12月27日−31日
27日からは妻子を連れての大移動ドライブとなった。27日は宮崎市内へ移動。「下界」の暖かさに驚いた。夕刻から大型ショッピングセンターの見物(買い物もしたが、主目的は「見物」)しただけで市内泊。
28日は僕だけが写真展会場の準備のため県の博物館へ。博物館職員や他のメンバーと協力しつつ、昼ごろまでで何とか終わった。僕はその後、動物園に遊びに行っていた妻子と合流。一気に福岡を目指した。
毎週のように仕事で福岡へ行っている僕にとっては、年末年始に帰省するのは正直言って気が進まない。しかし、今年は子供が産まれ、両親も孫と過す正月を楽しみにしている。まぁ、これも「親孝行」ってやつだ。福岡の実家にたどり着いたのは夕方だった。もちろん両親は孫の顔を見て大喜び。
29日は妻子を連れて少し買い物などして過した。僕の風邪もどうやら落ち着いた、と思ったら…深夜、赤ん坊が突然40度の発熱。慌てて救急対応の病院へ連れて行く(こういう時、大都市は便利だ)。解熱剤をもらって帰り、少し落ち着いた。朝になって、改めて病院へ連れて行き小児科の専門医に診てもらうと、それほど心配のいらない一時的な病気だろうとのこと。
その言葉通り、ほどなく熱は下がって一安心。落ち着いて大晦日と年越しを迎えることができた。
12月26日
風邪の具合は、当初きつかった鼻のほうは大体すっきりしたのだが、喉の痛みがとれない。しかし、気分は随分とよくなった。高千穂で仕事ができるのは年内最後なので、朝から急いで絵葉書販売店などを回って商品の補充や集金、福岡の知人へのお土産購入などして回り、慌ただしい。新年を迎える準備は、かろうじて新しいしめ縄を買って付け替えるところまでだ(注・高千穂では玄関先に飾るしめ縄を通年飾っておく習慣が定着しており、僕もそれに従っている。このため、しめ縄は毎年年末に「付け替える」ことになる)。そして夕方、近所の病院で診てもらい、風邪の薬をもらうことが出来た。
明日は一旦宮崎市に行く予定だ。年明けから開催される写真展の会場準備が明後日に予定されているためだ。そして、その作業の後はそのまま僕の両親が(孫を)待つ福岡を目指す。この行程に我が妻子を同伴することになる。体調も万全とは言えないし、ちょっとハードな旅になるかもしれない。せめて天候がもつことを祈ろう。
12月25日
薬が徐々に効き始めたのか、少しずつ身体が楽になってきた。咳やくしゃみで風邪をうつさないようにマスクをはめているが、赤ん坊は気にせずじゃれついて来る。
風は冷たいが青空の広がった好天。昼から妻は赤ん坊を連れて実家へ。犬やヤギの世話をして来たようだ。僕はデスクワークを少し。このには、宮崎出張と福岡帰省が待っているので、早く体調が戻ってくれると良いのだけど。
前夜もそうだったのだが、赤ん坊の寝付きが非常に悪く、夜中に悪戦苦闘。
12月24日
風邪が悪化したらしく、朝から体調が優れない。寝込むほどではないが、このままだともっと悪くなりそうだ。赤ん坊がいることだし、年末の行事もあれこれ残っているので、早いうちに治したい。ところが、今日は土曜日。行きつけの近所の病院は休診。町立病院も休診で断られた。
少し遠い(片道33km)が、先日妻が赤ん坊を連れて行った病院なら土曜日も診てくれるので、1人で車を運転して向かった。が、この病院へ行くには、先日大雪の中バスが立ち往生しそうになりながら進んだあの一帯を通らなくてはならない。案の定、隣町に入ったあたりから路面に解け残った雪が目立ち始め、間もなく圧雪路面状態に。僕は4WDのジムニーにスタッドレスタイヤ、僕自身も4年間の雪国生活経験者なので難なく切り抜けたが、路上に(路肩ではなく)車を止めたまま慌ててチェーンを装着する車や、夏タイヤでオロオロしてる車などを多く見かけた。やっぱ、日本最南の天然雪スキー場のある町は違う。診断の結果は風邪の初期症状ということで、漢方薬を処方してくれた。
昼から薬を飲んで静養していたが、買い物に出る妻のため子守要員として付き添う。週末と重なったクリスマス・イブの午後とあって町のマーケットは大混雑だ。妻はお目当ての小さなケーキをゲットして御満悦。妻に頼んで買って来てもらったのはエンヤの最新CD。これは一応、妻へのプレゼント。ごめんね、大したことしてあげられなくて。
12月23日
目が覚めると、いつも以上に外が明るかった。窓からのぞくと、青空と白い雪のコントラストが美しい。しかし、いつの間にか暗雲が広がり、昼すぎから小雨になった。
先日から数度にわたってバッテリーあがりを起こしたジムニーは、今日も始動せず。ブースターケーブルを使って救済したものの、バッテリーの消耗は致命的のようだ。ま、軽だしバッテリーは安いからケチケチするまい。ホームセンターでバッテリーを購入して自分で交換。
久しぶりに妻の実家へ。いくつか頼まれた事があったのだが、それはともかく、長いことかまってやってなかった愛犬が大騒ぎ。はいはい、散歩に連れて行ってやろうかね。
妻子の風邪はほぼ全快。風邪気味だった僕もだいぶすっきりしてきた…と思っていたのだが、どうも良くない。夜になって本格的な鼻風邪状態に。福岡出張は一段落したとは言え、まだ寝込む訳には行かなんのだけどなぁ。
12月22日
寒い上に、この大雪で外出もままならない。だいたい、前夜は帰宅が遅かったのだし、できることなら昼まで寝ていたかった。実際、起き出したのはかなり遅い時間だったのだが、朝から騒ぎだした赤ん坊に睡眠を妨害され、いまひとつ寝たりない。結局昼寝でカバー。
前日からの雪はなかなか止まず、外は銀世界のまま。町内放送によると、町営バスや福岡行きの高速バスが全線運休、山越えの道はどこもチェーン規制だ。前日の出張が1日ずれていたら無理だったな。夕方には雪は止んだようだが、代わりに冷え込んで来た。
12月21日
最近にしてはやや温かい朝。日帰り出張のため福岡へ。高速バスが到着する頃には、福岡は本格的な雨になっていた。
今日はいつもの講議ではなく、専門学校の環境系1年生向けに進路相談会だ。僕と講師仲間のIさん、今春の卒業生で福岡市内で環境教育の仕事に就いているYさんと3人が自身の経験を踏まえた環境系業界の話をしたり、学生の相談にのったり。
終わって外に出ると雨は粉雪に変わっていた。妻からは「高千穂は大雪」とのメール。無事に高千穂にたどり着けるかどうか不安を抱えながら夕方の高速バスに乗った。高速道は降雪による速度規制が出たくらいでほぼ順調だったが、熊本からの山越えでドカ雪につかまった。最初は徐行していたバスもとうとう一時停車してチェーン装着。これは何度も高速バスを利用している僕にとっても初の経験。しかも前がマトモに見えないほどの降雪。このまま山の中で立ち往生するんじゃないかと、何度もヒヤヒヤした。
何とか山を越して定刻より1時間半遅れで高千穂到着。が、今度はタクシーが出払っていた。この状況では赤ん坊を連れた妻に来てもらうのも恐いので、しばし他の客と一緒にタクシーの営業所で待たせてもらった。幸い10分ほどでタクシーに乗ることが出来た。何にせよ、無事に帰宅できたことが嬉しかった。
12月20日
すこん!と晴れて良い天気。気温も少しは上がりそうだ。赤ん坊は風邪もほぼ治ったようで、覚えたてのハイハイで部屋中を動き回っている。妻の風邪もまだ全快とは言えないまでも、生活には何ら支障がないところまで回復。
ボサボサの髪を切ってもらうことにし、昼からいつもの店へ。すると店内に見覚えのある女性客が。ん?だれだっけ??…あっ!以前、毎週のように町で飲んでいたころ、行きつけの店でよく顔を合わせた女の子・Mちゃんだ。あの頃は、まだあどけなさが残る感じだったが、いつの間にか奇麗な大人の女性に変身していた。驚いていると、実はオメデタなのだそうだ。おぉー、これはメデタイ!早速「病院はどこ?そうか、うちと一緒だ。あの病院はねぇ…」「つわりは?軽いの?よかったねぇ。」とパパ・ママ系トーク全開。もちろん、最後に「たま●クラブの最新号、見てね」と付け加えることを忘れなかった。
髪はばっさり短くしてもらった。頭が1kgくらい軽くなった気がする。風邪を引かないように気を付けないと。でも、また寒波が来るようだ。
秋の台風襲来で大被害を受けて以来存続の危機にある高千穂鉄道について、現在の第3セクターでの経営を断念するという発表があった。しかし「即、廃線」と言うことではないらしい。残る希望は民間経営による存続だ。
12月19日
予報通りの冷え込んだ朝。妻子の風邪の具合は随分とよくなったようだ。午前中に僕だけ所用と雑務で外出したが、昼からは久しぶりに妻子も連れての買い物へ。特に赤ん坊の具合が悪くなって以来出歩きづらくなった妻にとっては、ほんとうに久しぶりに外出となった。
12月18日
朝は予報通り、相当な冷え込み。一家3人が寝ている部屋の窓の内側についた結露が、完全に凍結していた。ただ、積雪は期待(?)ほどではなく、「うっすら」というところ。日が高くなってもなかなか温度が上がらず、部屋が暖まったのは昼過ぎに部屋の窓から日が入るようになってからだった。注文していた年賀状が出来て来たので、発送の準備などして過す。
明日もまた冷えこみそうだ。
12月17日
朝から降っていた雨は昼ごろから雪に変わった。今シーズン一番の寒波襲来、らしい。妻子共に風邪は回復に向かっているが、まだまだ本調子ではない。
午後、所用と買い物のため僕だけ外出。寒いし、今夜は「おでん」ということになり、僕は久しぶりにすすんで台所に立った。昨年は妊娠中だった妻のために、よく作ってあげたっけ。
日没後、徐々に雪が積もり始めた。夕方発表の明日の天気予報によると、高千穂地方の明日の最低気温は氷点下7度、最高気温も1度。こりゃ、夫婦揃って冬眠だな。
12月16日
出張明けで寒い朝なので、当然朝寝。妻は朝から風邪がしんどそうな顔。対して赤ん坊は妙に元気になってきた。昼前に僕だけで買い物に出る。昼から妻子を病院に連れて行った。
また妻がラジオ番組に電話で出た。完全に「常連リスナー」となったようだ。
前日正式発表された妊婦雑誌の体験談コンテストに応募した作品を中心にした新しい「親バカコーナー」をこのサイトの一角に作った。以前からそのつもりで準備していたものだ。新米パパなりの工夫とか子育てのスタイルとか紹介して行くつもり。また少しずつ内容を増やして行こうと思う。
12月14・15日
毎週の福岡出張。寒波の襲来で高速バスの運行状況を心配しながらの出張となった。難所となるのは、隣町の五ヶ瀬町と熊本県側を結ぶ山越え区間、そして雪に弱く通行止めが出やすい九州自動車道だが、幸いなことに無事に往復することができた。もっとも、帰路の夜間の山越えでは路面がシャーベット状で、さすがに最徐行だったが。
専門学校の講議は、普段の授業としてはこれで年内最後となった(別件での出張は残っているが)。何とか一区切りつけて僕もホッと一息。
妻が妊娠中によく読んでいた妊婦向け雑誌を買って帰った。以前この雑誌で妊娠・出産時の体験談などをコンテストとして公募していたので、僕と妻の合作の文章(出産体験談)と僕の撮った写真で応募したところ、その後、出版者の方から受賞の連絡をもらっていたのだ。その正式発表が掲載されるのが15日発売の今回の号。帰宅後、妻と一緒にページを開く。てっきり「大賞」だと思っていたが、実際には部門賞だったのと、紹介された文章があまりにも短く抜粋されて(元が長文すぎたんだが…)普通に読んだら状況が伝わりにくい文章になってしまっていたため不満も残ったが、まぁ応募総数700名のトップ8名に入ったことだし(一応賞金もいただけるし)良しとしよう。
ところで、赤ん坊の風邪はだいぶん良くなって来たようなのだが、代わりに風邪気味だった妻が本格的に悪くなったようだ。僕までダウンしないように気をつけないと。
12月13日
赤ん坊の容態を見守りながらの生活が続く。容態が悪化しているわけではないし、薬もそれなりに効いているとは感じるが、目に見えて回復する様子もない。こうやって抵抗力をつけて行く、一種の通過儀礼のようなものだと分かってはいても、心配はつきない。赤ん坊が落ち着いている間を見て妻は家事、僕は講議の準備。
昼ごろまでは良い天気だったと思うのだが、いつの間にか雪が舞っていた。夕方所用で外出した際には、吹雪状態となった。前日冬タイヤに交換しておいて、本当に良かった。明日からの出張、大丈夫だろうか?
12月12日
寒い朝だ。夜中、愚図る赤ん坊に何度も起こされたこともあり、無理せず朝寝。
月曜日になったこともあり、赤ん坊は近所の病院で改めて診てもらうことにした。昼すぎに妻子を病院へ送り届けた。診察の間、僕はいつも世話になっているガソリンスタンドへ行き、乗用車に先日注文していた冬用のスタッドレスタイヤを付けてもらった。ちょうど天気は強い冬型に向かい、雪が舞う天気。今夜あたりは積もるかも知れない。ぎりぎりセーフでのタイヤ交換だった。もう1台のジムニーは天下無敵の4輪駆動に加えバリバリのオフロードタイヤなので多少の積雪くらい心配無用。冬タイヤへの交換は後日ということに。
診察を終えた妻子を迎えに病院へ。前日からの下痢は薬の影響だろうとのことで、別の薬を処方してもらったようだ。そのまま町で買い物。帰宅したらもう夕方。講議の準備はできないままだった。夜には雪まじりの激しい風が吹き荒れた。
12月11日
未明に赤ん坊が愚図る。やはり風邪がきついようだ。朝はゆっくり起き出し、午前中は赤ん坊を見守りながら、比較的のんびり過した。
昼過ぎ、先日から出演依頼のあった宮崎のラジオ局から電話。そのまま電話での会話を収録だ。「クマはなぜ可愛いキャラクターとして扱われることが多いのか?」がテーマ。放送は明日とのこと。
その後は風邪の赤ん坊と妻を残して、僕1人外出。台風14号で被災したTR高千穂鉄道の存続問題について意見を交わすための沿線樹運民の集会に出席した。直前に「全線の復旧は断念」という発表があったせいもあると思うが、会場の熱気はなかなかのモノだった。地域住民、鉄道愛好家、高千穂ファンの旅行者、そして鉄道社員。いろいろな立場にある人達が、鉄道存続のために今何が必要か、活発な意見交換が行われた。経営側からは鉄道会社社長である高千穂町長が出席したが、存続に向けた積極的な言葉を聞くことができなかった。予定を1時間オーバーして4時間半にわたる集会となったが、あっという間に時間が過ぎた。
帰宅すると、赤ん坊に下痢の症状が出始めていた。赤ん坊にとって生まれて初めて経験する病気なら、僕たち夫婦にとっても初めて経験する「子供の病気」。まだ元気はあるが、やはり心配だ。ひどくならなければよいが。
12月10日
ゆっくり寝ていたかったが、いろいろ用件がつまっている。赤ん坊は一見元気だが、やはりタンのからんだような咳。あいにく土曜日で近所の病院は休診だ。結局、昼から妻が少し遠い病院まで連れて行くことになった。僕は自分の雑務に加え、妻の実家のお使い。
今夜は妻の実家の地区の夜神楽が開催される。本当は妻子を連れて見に行くつもりだったのだが、赤ん坊の体調があるので今夜は諦めた。
病院から戻った妻によると、赤ん坊は気管支炎とのこと。熱も出ているが、元気はあるので、大事はないようだ。処方された薬を大人しく飲んでくれて、ホッとした。
12月7・8・9日
2泊3日で福岡出張。11月にも何度かこの変則パターンがあったが、幸いこれが最後の予定だ。往復は高速バス。
福岡の街はすっかり年末モードのようで、車も人も混んでいる。何だか気ぜわしい。気ぜわしいのは僕のほうも例外でなく、8日は朝から何度もメールが来たり携帯が鳴ったり。その度に違う業者や関係者からの別々の用件だ。何だか「売れっ子」気分。
いつものように好物のラーメン店に入ると、いつも流れているラジオ番組でジョン・レノンの特集をやっていた。早いもので凶弾に倒れて25年。僕はリアルタイムのビートルズ世代ではないが、悲報を知って中学生なりに空虚感を感じたあの日の事を思い出した。
9日夜、高千穂にもどると、何やら赤ん坊が変な咳をしている。熱はないようだが、就寝前には何度かミルクを嘔吐した。どうも、風邪をひいたらしい。
12月6日
積雪こそないものの冷え込んだ朝。未明に赤ん坊が愚図り夫婦揃って起こされた。で、寒さと寝不足でついつい朝寝。早起きして勉強するつもりだったんだけどなぁ。
たしか前日には「晴れ」の予報が出ていたと思うが、どんよりした曇り空に時折粉雪が舞う寒い一日になった。僕はひたすら講議の準備。気を利かせた妻は赤ん坊連れて実家へ。毎度のことではあるが、こんな寒い日にまで本当に申し訳ない。講議準備は夜中までかかった。
12月5日
さすがに寒い朝だった。早朝に目覚めた際、外を見ると田畑などにうっすらと積雪。二度寝の後にはもう解けていたが、断続的に雪が舞う一日となった。もちろん奥山は雪化粧だし、隣町からは20〜30センチの積雪との情報も。チェーン規制がかかった道もあるようだ。出張の時でなくてよかった。
午後から僕の雑務や妻の所用、そして買い物のため外出したが、こう寒いと赤ん坊連れの外出には何倍も気を遣う。それに、暖房のために使っている石油ファンヒーターの燃料消費が急に増えた。まだ12月初め。この先、どうなるやら。
講議の準備をするつもりだったのだが、結局ほとんどできないままとなった。まだ寒さは続きそうだ。
12月4日
前夜の疲れもあり、少し朝寝。外から聞こえる雨音に驚いた。また予報ハズレの冷たい雨だ。前夜のお客さんたちは、無事に夜神楽拝観を終えただろうか?雨は止むどころか、昼前には本降りになった。山はきっと雪だろう。
妻の義祖父が野山で収穫した「むかご」を、やっと「道の駅」に出荷。なかなか大粒のムカゴに、店員も驚いていた。売上は義祖父の小遣いになる予定だ。
買い物帰りの夕方、雨はミゾレになり、日没後には雪になった。多分これが初雪だろう。寒がりのくせに雪大好きの妻(犬かっ?!)が嬉しそう。
12月3日
珍しく朝から起き出した。寒っ!
朝の内から妻の実家へ行き、ヤギや犬の世話。2頭の雌ヤギのうち、大人のほうのやつは先日まで乳を絞っていたのだが、止めたとたん発情したらしい。そこで、このヤギの「元家」である「ふれあい動物園」(閉園中)のOさんに種付けをお願いした。Oさんが連れて来てくれたちょっと小柄の雄ヤギと対面させると、その雄ヤギが気に入った御様子の雌ヤギはいつになくウットリの表情。もちろん雄ヤギのほうもヤル気マンマン。しばし「お見合い」は続き、何度かの交尾に至った。
実は僕は一時、人工授精も考えていた。ウシなどでは一般的だが、ヤギも凍結精子を取り寄せれば可能なのだ。しかし、今回自然な交配となったヤギたちを表情を見て、やはりこれでよかったと思えた。それに、興奮した雄ヤギのペニスから精液が噴出するところなど、本で読んだことしかなかった場面も見ることが出来たし。やっぱ子供も生き物も、自然に育てるに越したことはないねぇ。交配を確実にするため雄ヤギはしばし預かることになった。
お見合い中(左がメスのクララ、右がお相手のシバ系オス)
土曜日の今日は、川向こうの地区で夜神楽が開催される。で、先週末に引き続き、今日も「夜神楽見学ツアー」のみなさんの案内役だ。午後3時半ごろにツアーに合流し、各地からおこしの12名のお客さんたちを案内。夜10時でお役御免となり、神楽を見たがっていた妻を呼び出したが、子供が愚図って今回も断念。
岩戸五ケ村地区の夜神楽
12月2日
朝寝をしていたら、外から雨音。そんな予報、出てたっけか?昼過ぎまで仕事の打ち合わせなど、自宅で雑務。先日集金ができなかった絵葉書販売店1店で精算。
妻によると、義祖父が今年もムカゴ(ヤマイモのツルにつく小イモ状のもの)を集めている(昨年の今頃、食わせてもらったっけ)。昨年まではどこぞの市場に出していたらしいが、今年は僕らに任せてくれるというので、道の駅の物産売店にだそうか、ということに。パッケージはどうしよう?値段設定は??ついでにダイコンや白菜も出そうかな?
11月30日・12月1日
1泊2日で福岡出張。曇り空つづきで時折小雨がふったりする、スッキリしない天気が続いた。今回も高速バスで往復したが、平日でも毎回ほぼ満席だった11月までとは異なり、乗客は少なく空席のほうが多くなったし、バスセンターの混雑もなくなった。行楽シーズンの終わりをしみじみと感じる。
11月29日
講議の準備がまだ不十分なのだが、月末日の明日から出張なので、今日中に絵葉書販売店の月末精算をしなくてはならない。あれこれと「多足のわらじ」状態なので、仕方ないところだ。朝から販売店をまわる。予想通り、全般に売上は低調だが、大きく落ち込んでいるところと、最小限で済んでいる店とで、はっきりと明暗が分かれた感じだ。
結局、精算と商品補充が夕方までかかっていしまい、本格的に講議準備を始められたのは夕食後。それも、愚図る赤ん坊を妻と交代であやしながらだから集中できない。深夜までかかって、やっと一息。
11月28日
朝の内から頼まれものの撮影をひとつ。先日依頼があった絵葉書の商品補充を一店済ませたらもう昼だ。午後からはまたひとりで勉強。うーん、また煮詰まり気味だ。
11月27日
早起きできたら、夜神楽の最後の部分だけでも見に行こうか、なんてちょっと思ったりもしたのだが、すっかり朝寝。昼から妻の買い物に子守で付き合い、その後は独り自宅で講議準備、妻子は実家へ。
そろそろ、と思って見守っていたが、赤ん坊に口の中で最初の歯が頭を出した。やったー!
11月26日
冷え込んだ朝。昼過ぎまでゆっくり過し、午後2時半頃からひとり徒歩で出かけた。今日は、僕の自宅からすぐ近くの民家で隣地区の夜神楽が開催されるのだ。と言っても、今夜は撮影が主目的ではない。今回は「夜神楽ガイド」としての仕事なのだ。
僕が高千穂の夜神楽の撮影を手掛けるようになって、早いものですでに4年が経過し、写真だけでなく、夜神楽についての予備知識やウンチクも随分と蓄積してきた。それをまとめたのが、このサイトの一部に特設されている「高千穂神楽の夜は永く」というコーナーだ。幸い、観光客やマスコミ関係者に好評で、地元関係者からも一定の評価を頂いている。このサイトを見て広告用写真の提供と、「夜神楽ツアー」での現地案内を依頼してきたのが旅行代理店の「Jツアー」さんだった。当初は大手航空会社J社を親会社にもつ一流の旅行代理店からの依頼に戸惑ったものだ。
いろいろな下準備を経て、今日はお客さんを案内する本番だ。午後高千穂入りしたお客さんたちを載せたマイクロバスが神楽宿(神楽の開催地)にやって来たのは午後3時半ごろ。「舞込み」を見学してもらい、その後は一旦宿泊先に移動。「案内役」の僕は、「舞込み」の前後や移動中の車の中、宿泊先などで夜神楽の概略や、見どころ、地元住民にとっての夜神楽の意味など解説した。
実はこのツアー、ユニークな開催方法を採用していた。この後、翌朝の夜神楽終了まで、ツアー参加者が自由に利用できるバスを宿泊先と神楽宿の間で何度も往復させる。このため、お客さんは好きな時間帯に神楽宿にいて、寝たい時には宿にもどることができる。少人数製で、お安くはない価格設定だからこそできるツアーだろう。今回のお客さんは、最初に仮眠をとり、深夜から朝にかけての時間帯に神楽宿に向かう方が多かった。
神楽宿に戻ってしばらくお客さんらと神楽舞いを楽しんだが、間もなくツアーコンダクター氏から「講師契約時間終了」を告げられた。神楽大好きの妻を呼び出したが、連れてきた赤ん坊が愚図り、あまりゆっくり拝観できないまま帰宅。
11月25日
出張開けで、ゆっくり朝寝。赤ん坊とたっぷり遊んで、午後は3人で買い物。出張の間に車検に出していたジムニーが帰ってきた。走りが軽くなった気がする。
11月22・23・24日
今週は専門学校の行事の関係で通常の講議は休みなのだが、代わりに入った補講と臨時のゼミ(選択講議)のため2泊3日の出張となった。
中日の23日(祝日)には講議の予定がなかったため、22日の夜は久しぶりに友人らを呼び出して飲み会。結婚以来、外で飲む機会がめっきり減った僕は、ここぞとばかりに深酒。最後はどうやって実家に帰ったのか記憶がない。当然、翌日はひどい二日酔いでダウン。
何とか体調を持ち直して3日目は朝から夕方までの連続講議。夜の高速バスで高千穂にもどる。このところ週に2泊3日の出張が続いているが、普段の1泊出張よりずっと長く感じる。家と家族が恋しくなり、バス停に迎えに来てくれる妻子の顔を見るのが楽しみになる。
11月21日
どうもこのところ夜中に赤ん坊が愚図るパターンが続き、妻が寝不足気味。ゆっくり寝かせてあげたかったが、優しく(ほんとだよ!)起こす。僕の方は頼まれ仕事の撮影やら絵葉書の補充やらで、午前中から外出。
例年だとこの時期は観光シーズンのピークで、最後の山場となる祝日を控えて絵葉書の補充も大変なころだ。しかし、今日の商品補充は「申し訳」程度。お土産店の店主もあきらめムードだ。
午後は妻子と共に買い物など。帰りに妻の実家へ立ち寄る。犬と遊んでやったら、大喜びだ。ごめんなぁ、最近忙しいんだよ。
深夜、やっと赤ん坊を寝かし付けて横になったて間もなく、家がカタカタと揺れ始めた。激しくはなかったが、長く続いた。種子島沖を震源とする最大震度3の地震だった。
11月20日
未明に赤ん坊に起こされたのがこたえて、また朝寝だ。青空の広がる良い天気だが、風が冷たい。僕は普段より1日早い次の出張に備えて講議の準備。妻子は昼から一時実家へ。
11月19日
出張明けで朝寝。先週から往復に高速バスを利用するようになったおかげか、出張の疲れが随分と軽くなった。ゆっくり寝ると、何とか疲れが抜けてくれる。昼から所用で妻子と共に隣町へ。夕方、買い物など済ませて帰宅。
今夜は高千穂夜神楽の今シーズン開幕初日。例年だと昼過ぎには撮影機材を抱えて神楽宿に乗り込むところだが、このところ専門学校の講議や他の仕事の関係でタイトなスケジュールになっているため、撮影は控えることに。その代わり、撮影機材は持たずに夜7時頃から妻子を連れて出かけた。観光客や夜神楽マニア、報道関係者で混雑する神楽宿の後ろの方からしばし立ち見。赤ん坊も神楽舞を見つめ、時々歌っているかのように声を出した。おー、いいぞ。3年後にはお前も神楽舞人としてデビューだぞ。序盤の3番、小1時間ほど拝観して帰宅。
そう言えば、今日は僕と妻の挙式1周年の記念日でもある。とりたててお祝いなどはしなかったが、アタフタしながらアッというまに過ぎたこの1年を妻と振り返った。
11月16・17・18日
前週に続いて、3日連続の講議のため2泊3日の福岡出張。今回も往復は高速バスを利用。
出張中は冬型の天気となり、福岡は愚図ついた空模様だった。こういう季節はとんこつラーメンがうまい。
11月15日
朝からちゃんと起きて勉強…のはずが、ついつい二度寝。朝が冷えると起きるのがつらい。目覚めると、窓の外には青空が広がっていた。午後からは真面目に講議準備。
先週に比べたら講議準備は追い込まずに済んだ。おかげで夜は、年明けから宮崎市内で開催予定の写真展の案内の発送準備が少し出来た。明日からはまた出張だ。
11月14日
曇り空の朝。午前中は大口の絵葉書販売店の商品補充へ。観光シーズンのピークなので、そこそこの売れ行きだが、本来期待できるハズの数字には程遠い。言うまでもないことだが、これは僕の商品だけの問題ではない。どの店も全般的な売上の伸び悩みを訴える。今期の観光業の不振は、相当深刻なものになるに違いない。
午後からは妻子と買い物に出たり、夕方にはインフルエンザの予防接種に行ったり。結局今日はしたかった勉強が全くできなかった。しょうがない、明日がんばろ。
夕方の外出の影響で、夜回りに出るのが普段より遅くなった。夜8時半ごろ出発。一昨日の「成果なし」ほどではなかったが、シカ4回7頭、アナグマ2、ノウサギ1と、この季節として決して多くはない数字。ま、いずれにせよ、明日15日からはもう狩猟解禁で山が騒がしくなる。これで夜回りも冬休みだ。今年も、クマはあらわれず。
11月13日
雨の予報は撤回されたが、終日曇りの寒々とした天気。ずっと家で講議準備をして過す。
このところ専門学校の講議の方が忙しくて、絵葉書の補充にまわっていない。売れ筋商品については例年より店頭在庫を増やしているとはいえ、このところ商品補充の催促がどこの店からも来ない。寂しいことだ。
天気は夕方までもったが、勉強などのため夜回りはお休み。
11月12日
2泊3日の出張開けで、少し朝寝。良い天気だが、さすがにちょっとお疲れモードで、午前中はのんびり過す。たまっていた洗濯を済ませる。午後から妻の買い物に付き合い、帰りに寄った妻の実家で犬の散歩。
夜7時半から久しぶりの夜回り。天気も良いし、風も穏やか。期待して出かけたが、すっかり肩すかしをくらった。一番動物たちが活発なこの季節に、なんとシカ1匹出ない。まるで、狩猟解禁当日のような静けさだ。はっきりした原因はわからないが、猟解禁目前の土曜日で、日曜日の明日は雨の予報が出ている。もしかしたら、猟の下見で猟師や猟犬が山に入ったのかもしれない。
11月9・10・11日
今週の福岡出張は2泊3日。いつもの2日間の講議にさらに1日臨時の講議を頼まれたためだ。それもあって事前の準備の負担が大きかった。出張前にヘロヘロになった僕は、福岡までの往復に、久しぶりに高速バスを使うことにした。
この判断は正解だった。講議ではいつになく体力と精神力に余裕があったし、学校の近くの施設で開催間近の大相撲九州場所の影響か、周辺の駐車場の混雑が始っているようだ。おまけに最終日は終日雨。車で来ていたら、帰路は疲労に加えて日没後の雨と霧で大変なドライブになっただろう。何より、高千穂で待つ妻に余計な心配をさせずに済んだ。ただ、帰りのバスでは車酔いしてしまった。
11月8日
今朝は、妻の「早起き宣言」に従ってマトモな時刻に起床。外は良い天気だが、僕はまた朝から講議準備のため机に噛り付く。
赤ん坊の7ヶ月検診と予防接種のため、妻は昼から子供を連れて外出。夕方妻子が帰宅するまで勉強に集中できたものの、インドアなデスクワーク続きでは肉体的にも精神的にも楽ではない。せっかく田舎で暮しているのに…。結局、勉強は夜までかかった。
11月7日
前夜の内に雨は止み、良い天気になった。早朝に赤ん坊に起こされた僕たちは、また寝坊。
せっかくの好天だが、今日もまた自宅にこもって勉強。ここのことろ、今からざっと100年前のアメリカの自然保護活動家、ジョン・ミュアに関する伝記などに目を通している。若い時に一度は読んだ伝記だが、今読むと改めてすごい人だったのだな、と感心する。その一方で、もちろん偉大な先人の人生にはとても及ばないが、僕自身の人生ともかぶるものを感じた。
勉強疲れで夜回りは休む。
11月6日
前夜からの雨はかなりまとまった雨量になった。激しく降ったり止んだり、時には強風を伴ったり。一時は雷鳴も響いた。まるで台風でも来たかのような天気だ。実は、今年は全般に雨が少なかったためだと思うが、妻の実家の集落では上水道(地域の山から引いた簡易水道)が枯れてしまい、農業用水から水を引く、という事態になっていた。おそらくこの雨で本来の水源も回復してくれることだろう。
僕は朝から外出もせずに専門学校の講議の準備。今週は特に準備が大変だ。夜回りも休み、勉強は夜まで続いた。時々赤ん坊と遊んでやる(遊んでもらう??)のが息抜き。
11月5日
今朝も少し朝寝。なかなか疲れが抜けない。午前中はデスクワーク。
昼から、所用と買い物で妻子と共に外出。帰りに妻の実家へ寄り、欲しかった植物の葉を採集した。今度、専門学校の講議で教材として使用するつもり。帰宅後、乾燥標本(押し葉)にするため、新聞紙に挟んでいく。かつて植物学の勉強をしていたころは、こんなことばっかりやっていたよなぁ。ちょっと懐かしいや。
天候は下り坂、という予報通り、夕方には雲行きが怪しくなってきた。念のため夜回りを休むと、夜には雨音がし始めた。
11月4日
出張明けで、ゆっくり起床。外はまだ霧だった。午前中に雑務をいくつか片付ける。午後はのんびり過す。夕方、1軒だけ絵葉書の補充。11月に入ったせいか、商品の動きが少し活発になったように思う。平日の夕方にしては行楽客の姿も良く見かけた。
夜7時から夜回り。山奥を走る前半、最近頻繁に見かけたオスのシカがあまり出なかったので「オスが出るシーズンが終わったのか?」と思っていたら、後半標高の低いところで数匹が立続けに出た。寒くなって降りて来たのかな?シカ8回8頭、イノシシ1家族、アナグマ1、タヌキ1。
11月2・3日
毎度の福岡出張。先週に引き続き、最初の2コマが休講だったため、普段より遅めに出発。福岡の街の本屋でゆっくり本を物色する時間がとれた。
3日は世間的には「文化の日」で休日なのだが、学校の方針で通常講議となった。この日は自宅近くの天岩戸神社で毎年恒例の神楽祭りがある。11月中旬から始る本格的な夜神楽シーズン突入を告げる行事なのでぜひ行きたかったが、学校の仕事を優先した。神楽好きの妻は赤ん坊を連れて見に行ったようだ。
講議を終えての帰路、疲れをひしひしと感じた。特に日没後の運転が辛い。冬の間は高速バスを利用しようか?峠を越えて高千穂町に入った途端、ひどい濃霧になった。
11月1日
もう11月。朝刊のオリコミ広告の中に、夜神楽の日程表が入っていた。もうそういう季節なんだねぇ。
良い天気だが、午後妻子を連れて買い物に出た以外は、福岡出張に備えて講議の準備。夜回りもお休み。
10月31日
前夜のお出かけの影響か、赤ん坊が夜中に愚図り、夫婦揃って寝不足の朝。つい寝坊してしまい、慌てて仕事に出かける。
今日は月末のため、絵葉書の販売店をまわって、精算と商品補充だ。しかし、このことろ町の様子を見ていると、行楽地でもあまり活気がないのが気になっていた。高千穂鉄道の運休でツアーのキャンセルが相次ぐなど、客足にかなり影響しているのは事実のようだ。僕の商品の各店の売上を見てみても、やはり10月にしては物足りない数字。
ただ僕の場合は、この仕事での収入額はそれほど大きいわけではないから、減収と言ってもたかが知れている。大変なのは、観光分野専業の業者さんたちだ。中には死活問題となってくるところもあるだろう。高千穂の観光が不景気なのは近年続いていることなので、「すべてが鉄道運休のせい」とも言い切れないが、このまま廃止ではダメージが半端ではない。なんとかならないものか。夕方までに予定の集金を終了。
夜8時前、今日は普段通り、1人で夜回りに出る。いよいよ夜風が冷たくなってきた。シカ6回8頭、タヌキ1、アナグマ1。帰宅後、今期初めて、石油ファンヒーターのスイッチを入れた。
10月30日
ちょっと肌寒い朝。妻の実家で農作業の手伝いの予定があり、朝から起きて準備していたのだが、ドタキャンで急に時間が空いてしまったので、午前中は専門学校の講議の準備などして過す。午後は久しぶりに犬やヤギの世話をしに妻の実家へ。久しく相手をしてあげられなかった犬は大喜び。ヤギは蹄切りをしてやる。こうして外で動物たちと過すと、僕にとっても良い気分転換になる。本当は毎日でも触れてあげたいのだけれど。
夕方明るい内から妻子も僕も風呂を済ませた。夕食後の午後8時すぎ、普段だと1人でジムニーに乗って山道を走り回る「夜回り」だが、今夜は妻子を乗用車に乗せて山に向かう。一家3人での「夜回り」は初の試みだ。さすがに未舗装の林道は無理なので、鋪装された林道を選んで走る。1時間半あまり走って、シカ6回6頭、テン2、キツネ(?)1。赤ん坊はまだ動物なんてどうでもよいらしいが、妻は久しぶりの夜回りで念願のオスジカと対面して嬉しそう。結婚前、僕たちのデートと言えばこの夜回りだったっけ(妊娠で夜回りどころではなくなってしまったけど)。今日の家族連れ夜回りも、妻からのリクエストだった。終盤、妻がすっかり車に酔ってしまったのは想定外だったが…。
10月29日
前夜の雨は止んでいたが、曇り空の朝。まだ疲れが抜けきれないので、軽くデスクワークしたり妻子と買い物に出たくらいで、後はのんびり過す。
夜7時から夜回り。シカ5回6頭、テン1と、秋にしては割合静かな夜。
10月28日
出張明けなのでゆっくり起き出した。外は薄曇りの空。雑務で外出した以外は、本を読んだり子供の相手をしたりしてのんびり過す。
夕刻から雨になった。夜回りはお休み。今までハイハイしようとしても後ろにしか進まなかった赤ん坊が、ほんの少しだけど初めて前に進んだ。おおぉ〜!すごい!やった〜!と、妻と二人で大騒ぎ。
10月26・27日
今週も専門学校の講議のため福岡出張。ただ、初日の最初の2コマが学校行事で休講となったため、朝の内に絵葉書の補充・在庫点検で一仕事してからの出発となった。
いつものように夜は福岡の実家に宿泊。開催中の日本シリーズではマリーンズが4連勝負けなしで一気に日本一を決めた。日本プロ野球の「頂上決戦」としては余りにも一方的な展開だ。
今回の出張では久しぶりにゆっくり本屋へ。講議準備に必要な参考図書を物色した。若い頃には持っていたはずのソロー(アメリカの環境保護思想の原形を作ったような人)の本を改めて購入。当時は読もうとしたけど難しくて挫折し、引っ越しの際に手放した、と記憶している。今なら、少しは読めそうな気がする。
帰りは夜のドライブになってしまい、何度も休憩をとりながら、夜9時過ぎに帰宅。
10月25日
前日の疲れで、朝寝を決め込む。起き出すと、外は曇り空。前日傷めた膝の痛みはまだ残っていて、立ったりしゃがんだりが不便。腰とふくらはぎの痛みは単なる筋肉痛だ。
今日中に仕上げなくてはいけない専門学校の準備がはかどらず、一歩も外出しないまま勉強。妻は午後から子供を連れて実家へ。犬の散歩などしてきたようだ。あぁ、僕も犬やヤギの相手をしたいなぁ…。
終日曇りで、室内は寒々としていた。夜になり一層冷え込む。夜回りはお休み。
10月24日
少し冷えたが、良い天気になりそうな朝。今日は久しぶりに山に入るため、朝から起き出して支度。専門学校の講議の準備がぜんぜん間に合っていないので勉強したいのだが、山中で長いこと放置している無人カメラも本格的に寒くなる前になんとかなくてはならない。いろいろスケジュールを考えて、今日の入山となった。
無人カメラが仕掛けてあった2つのエリアの内、ひとつは先日すべての無人カメラを回収した。今日は残る一つ、祖母山エリアに向かった。フィールドノートを確認すると実に1年近く3基の無人カメラを放置していた。情けないかぎりだ。かつてこのあたりでクマ目撃があって以来の調査だったが、このエリアは撮影エリアに到達するだけでもちょっとした登山で、一苦労する。点検をつい先延ばしにしているうちにこんなことになった。ここは一旦完全撤収。
ついでに北陸の知人に頼まれて毎年データを送っているブナの結実状況を調べる。ブナの結実はいわゆる「裏年」「なり年」というのが極端で、全国的にかなり広い範囲でシンクロすると言われている。結果は昨年に続いて今年も結実が確認できなかった。
久しぶりの入山で、膝の古傷が痛み始めた。もともと膝は悪いのだが、このことろの運動不足のせいか、痛みが出るのが早かった。こうして痛み始めると特に下りがきついのだが、だましだまし歩いて、何とか無事に下山できた。
下山後、携帯電話ショップへ。借出した新型電話と外部アンテナは不具合がありそのまま返却。当面は今のまま使うことになった。午後3時頃帰宅。
僕の留守中、妻は赤ん坊を病院へ連れて行った。「ハンサム」が自慢の我が子のほっぺに湿疹が広がってしまったのだ。が、診断は一般的な乳児湿疹との診断で一安心。
夕方、かわいい届け物があった。一月ほど前に地元の小学校で地元の野生動物をテーマに講話をしてきたが、その時の子供達が「お礼の作文」をひとりひとり書いてくれた文集だった。子供達なりに僕の語った生き物たちの世界を味わってくれたようだ。
夜7時半ごろから夜回りへ。昼間の疲れがあり、最近にしてはゆっくりペースで林道を走る。シカばかり6回8頭。帰宅すると、妻から「私もオスのシカが見たい!」とせがまれた。
10月23日
朝の内はスッキリしない雲行きで冷たい風が吹いていたが、昼ごろからは良い天気になった。犬の散歩やヤギの相手をするには悪くない天気なのだが、それは妻に任せ、自宅で勉強。雑務のため外出した他は自宅で過した。
夜7時過ぎから夜回り。シカ5回6頭、アナグマ2回3頭。斑紋の消えたシカも、ぽっちゃり太ったアナグマも、すっかり秋の装いだ。
10月22日
今日もゆっくり朝寝。やっと疲れがとれたかな。朝のうちは晴れていたのだが、いつの間にか、真冬に見るようなどんよりした雲が広がった。おまけに冷たい強風が吹き、寒々としている。
午後から妻子を連れ携帯電話店に出直す。電波がギリギリの新型タイプも、外部アンテナを補助的に使えばなんとかなりそう、らしい。結局、アンテナが入荷を待ってから出直すことにした。買い物をして帰宅。
夜7時半ごろから夜回りへ。昼間に引き続き冷たい強風が吹き荒れている。こういう夜は動物はあまり出ないものだが、今夜はシカ4回5頭とまぁまぁの成果。やはり秋は活発だ。
10月21日
出張明けのため、ゆっくり朝寝。今朝は5度くらいまで冷え込んだらしい。あー、ヤダヤダ。
午後から妻が欲しがっていた新タイプの携帯電話を物色しに行く。PCを使えない妻は、どうしても携帯電話のデータ通信料が大きくなってしまうので、データ通信料金の安い新型のほうが良かろうと思って。ところが、僕らの自宅は、ぎりぎりでその通信圏外であることが判明。すっかりその気になっていた妻は、たいそうガッカリ。仕方ないなぁ、引っ越すかぁ?
夜7時半頃から夜回り。シカ7回8頭、イノシシ2家族(頭数不明)、アナグマ1、テン1。奥山より人里近いところで多く見かけた。寒くなって来たからか?
10月19日・20日
専門学校の講議のため福岡出張。今週は後期の第1週だったが、前週の前期末試験の返却やら答えあわせやらが中心。休み時間には、まだ一部終わっていなかった前期の成績を確定する作業をしたりと、なんだかまだ前期を引きずっている感じだ。
天候の崩れもなく、往復のドライブも快適。ただし日が短くなってきたので、夕方からの帰路は十分休憩をとりながらとなり、帰宅したのは夜9時頃。
10月18日
冷え込んだ朝だった。最低気温は10度を割り込んだようだ。早起きはしなかったが、雲海はでただろうか?
良い天気だ。講議の準備で煮詰まっている僕はずっとデスクワーク。おまけに昨夜から腹の具合がよくない。下っているとかじゃなく、なんか胃が悪い感じ。ストレスか?妻は昼から赤ん坊を連れて外出。
妻のお友達から、古いベビー服が送られて来た。ベビー服はあちらこちらから頂いているが、赤ん坊の今の体格とこれからの季節に丁度良さそうな服が何着も入っていたので助かった。夜回りはお休み。
10月17日
ちょっと肌寒い朝だった。空は快晴。もう月曜日だ。今週の講議の準備をしなくてはならない。前週の出張が一日長かったので、それだけで間がすごく短く感じる。ネタ不足で頭を悩ます。前日撮った写真をプリントしてもらったり、銀行に行ったりで外出したのみ。
日が沈むと途端に風が冷たくなった。前夜より厚着をして夜回りに出る。快晴の夜空に眩しいほどの満月が輝いていた。前夜と同じ変則コースを走る。シカ10回11頭。そのほとんどが単独行動のオスジカだった。秋にはよく見かけるが、これほどオスジカを多く見るのも珍しい。他に小動物2(タヌキか?判別できず)。
帰宅すると、妻が「今夜は部分月食」という。みんなで外に出て見上げると、夜回りに出た時には真ん丸だった月が少し欠けていた。生まれて初めて月を見る赤ん坊はそんなことお構いなしのようだ。
シーズン中首位の我が福岡ホークス、またしてもプレーオフで無念の敗退!あぁ、なんて事だ!城島がいてくれたら…。
10月16日
未明に何度も赤ん坊に起こされ、ちょっとお寝ぼけモードの僕と妻。しかし、少し朝寝しただけで、これまた赤ん坊の「ウンチ」で完全に起こされた。外は抜けるような青空だ。たまりにたまった洗濯物を二人がかりで3度に分けて洗濯。外に干し終わると、すっかり昼。
午後から妻子と共に外出。買い物が主目的だったが、ちょっと訳ありで家族3人の写真を撮らなくてはならない。いろいろ悩んだが、駅前にある「千木の家」(移築保存されている古民家)へ行き、まるで観光客のようにはしゃぎながらの撮影。
息子とツーショット
天候も回復してくれたので、久しぶりに夜回りに出ることにした。夜7時前に出発。先日営林署で得た情報の通り、僕が夜回りの標準コースにしている林道は「復旧」していた。とはいえ「通ることができる」ということであって、路肩が落ちていたり土砂崩れの後が生々しくのこる箇所も多かった。おまけに終盤の部分に入るとまったく手付かずで、2キロも行かないうちに大きな土砂崩れに道をふさがれた。そっか、営林署で聞いたのは中盤までの部分の話と、「迂回ルート(僕にとっての)」の話だったっけ。迂回ルートをまわって山をおりる。この間、シカ2回5頭と遭遇。温かい服装で出かけたつもりだったが、夜風ですっかり身体が冷えてしまった。
10月15日
前日からの雨が続く。2泊3日の出張明けで、ゆっくり朝寝。前日に商品補充の要請があった絵葉書販売店に昼前に出向いた以外は、自宅でデスクワークをしたり、妻子とのんびり過す。
10月14日
臨時の補講のため、朝から専門学校へ。午前中2コマの講議。昼から少し買い物と、久しぶりに好物のとんこつラーメンを食いに行く。
福岡はまだ曇り空だったが、高千穂の妻からは「雨」との連絡。確かに熊本辺りから雨になった。先日、乾燥中の米の収穫を終わらせたのは正解だったようだ。
妻がいつも聞いているラジオ番組にメールで投書し、また電話で生出演したらしい。すっかり常連だな。
10月13日
福岡は爽やかな朝。今日も朝から専門学校で講議(試験)だ。午前2コマ、午後2コマ。
普段なら講議終了後はまま高千穂を目指すところだが、前期中に休講となった講議の補講を行うことになっているため、このまま福岡に留まる。で、ちょうど福岡開催中の井上真也さんの写真展を見に行く。
井上さんは沖縄在住の若手写真家で、海の魚や動物を撮影している。僕は井上さんとは初対面なのだが、実は彼のパートナー・Tさんを良く知っている。Tさんはかつて福岡のテレビ局で記者をしていて、僕のクマ探し活動などを何度か取材してもらったことがあり、それ以来の付き合いだ。勤め先が変わって沖縄に移ったのが数年前。いつの間にかその勤めも辞めて、井上さんのパートナーとして活動していた。
写真展の会場で数年ぶりに再会したTさんは、相変わらず元気そうで、以前にもまして生き生きとしていた。もちろん、井上さんの写真もじっくり拝見。柔らかい色調の魚たちやサンゴの写真は、単に「きれい」とかではなく、すごく詩的で、平和・平穏なメッセージが強く伝わって来る。たぶん、これが作者自身の伝えたいメッセージなのだろう。井上さん自身も、実に明るく楽しそうに生き物たちの事を語ってくれた。
僕より少し遅れて、専門学校から学生達が来てくれた。しばし海の世界に浸ったあと、学生達を残して会場を後にした。夕方の福岡は一時雨になった。
10月12日
福岡出張のため、朝から移動。阿蘇まではどんより曇り空だったが、福岡に到着するころには暑いくらいになった。少し時間があったので、買い物などの雑用を済ませてから学校へ。
今回、専門学校は前期の最終週。僕の担当する授業の多くが期末試験だ。昼から3コマの試験を実施。合間に早速採点。毎度の事だが、ため息が出る。学生達の努力が足りないのか、僕の教え方が悪いのか???
夕方、妻から米の収穫が無事終わったとの連絡。稲刈りから数週間天日干ししていた稲は、次の週末あたりに収穫(稲から脱穀して、モミの状態で保管する)をする予定だった。ところが前日、沖縄南方に台風が発生し、急遽親戚などの人手を借りて作業をすることになったのだ。生憎僕はこの出張を外す訳には行かず、作業を手伝うことができなかった。しかし、作業ははかどり昼過ぎには終わったそうだ。
10月11日
今日も曇り空の朝。絵葉書の在庫確認と商品補充のために数店をまわる。連休中の売上を期待していたが、なぜか期待を大きく下回った。どうしたんだろう?
夕方、営林署へ。9月の末で国有林の入林許可が切れているため、そのことで担当官と相談。現状では無人カメラによる調査活動を継続できる状況ではなく、また今後の代替プランも立たない状態だ。一部の無人カメラが山中に設置されたままなのだが、それは近日中に回収することを約束し、入林許可の申請は一旦見送ることにした。僕が2000年にこの活動を開始して以来、初めての事だ。
本来なら、今くらいの時期から11月の半ばまではクマ探し活動のピークで大忙しのはず。ところが、生活が一変した今はそれが全く出来ていない状態だ。11月15日の狩猟解禁で調査は休止しなくてはならなくなるし、今のままこれからの1ヶ月だけ集中してまともな調査ができるわけはない。クマの目撃情報などあれば臨時に許可をもらうことにして、ここは来春までは一旦あきらめよう。クマ探しを止める気はさらさらないが、気長に考えるしかない。
ただ、嬉しい知らせがあった。先月の台風被害で不通となっていた僕の夜回りのコースが復旧したところだという。「夜回り」だけでも継続できるのはうれしい。出張明けにでも再開できそうだ。
10月10日
終日曇り空のスッキリしない天気。朝からどこからかスピーカーの声。近所の地区の運動会のようだ。
町は神社のおまつりで盛り上がっているようだが、僕は義母さんのお使いや妻子を連れての買い物で外出したのみ。あとはのんびり。
10月9日
連休中日の日曜日。すっきり晴れた秋空は数日ぶりの洗濯日和だ。
午後、妻は帰省中のママ友に会いに出かけた。僕は絵葉書の補充のため数店を回る。自宅にいると分からなかったが、高千穂峡周辺は大渋滞。連休などでは恒例の高千穂峡へのシャトルバスが今日は出ていないらしい。なんでだろう?何にしても本格的な秋の行楽シーズン開幕だな。
夕方には雲が広がり、冷たい風が吹き始めた。
10月8日
昨夜の雨は未明には上がっていたのではないかと思うが、朝にはまた一時雨音を聞いた。どんよりした雲に覆われたスッキリしない一日になった。世間的には今日から3連休だ。
午前中はデスクワーク。午後は妻子と買い物に出かけ、帰りに妻の実家へ。久しぶりに犬と遊んでやることができた。日が沈むと、ぐんと肌寒くなった。いよいよ秋本番。
10月7日
出張明けなので、ゆっくり朝寝。目覚めると曇り空だ。天気はなんとか持ちそうだ。昼から絵葉書補充を2店。
昼間のうちに入浴を済ませ、夕方に軽めの夕食をとった後、妻子とお出かけの支度。今夜はいよいよ、TR高千穂鉄道の復興応援ライブだ。
会場となる高千穂駅には開演の1時間ほど前に到着したが、既に客が集まり始めていた。このイベント開催を応援しつつもインターネットの掲示板上でしか知らなかった人たちに声をかけられる(こういう時、顔だけでも知られいてると、実に便利だ)。
「高千穂鉄道なんて、数えるほどしか乗っていない」と言っていた妻だったが、僕がトイレの場所を聞くとすぐに教えてくれた。妻本人のほうが「何で知っているんだろ??」と首をひねる。そして、急に「就職して、まだ車の免許を取る前に、何度も乗ってた」と。
あまりにも日常過ぎて忘れていた記憶が蘇って来たようだ。
今夜のライブのメインは鎌倉研さんというフォーク歌手。本人も「無名」と認めるだけに、はっきり言って有名な人ではないが、高千穂鉄道には縁のある人だという。かつて国鉄が分割民営化されしJRとなるとき、赤字で廃止の対象となりそうだった「国鉄高千穂線」の存続運動があったそうだ。その頃に「がんばれ!ぼくらの高千穂線」という応援歌を歌ったのが、この鎌倉研さんということだ。夜7時、開演。前座代わりの子供達の合唱につづいて、ギターを抱えて、焼酎のコップを片手に鎌倉さんの登場。1曲目にいきなり「がんばれ!ぼくらの高千穂線」。
「(歌のことは)覚えていない」といっていた妻だが、歌が始ったとたん、なつかしそうな表情に変わった。また記憶がフラッシュバックしたらしい。これが歌の力なのかもしれないな。
入場客はざっと数百人。立ち見もでるほどの盛況ぶり。町議会議員たち、さらには地元選出の国会議員の姿もあった。高千穂にとって鉄道は過去のモノなんかじゃない。赤字だから、被災したからといって単純に潰してしまって片付く問題ではない。ここに集まった人々は、ひとそれぞれにそれを感じているのだと思う。
赤ん坊を連れていたため、夜9時頃で中座。妻は会場でもらった「がんばろう!高千穂鉄道」の特製ステッカーがとても気に入った様子。
夜中になり、雨音が響いて来た。ライブの間は降らずにいてくれたのだ。どうやら、天も見方に付けたようだ。
10月6日
前日の雨がウソのような好天の朝。朝一番から専門学校へ。夕方まで4コマの講議。
栄養ドリンクを注入して、高千穂を目指す。帰宅したのは夜8時頃。あー疲れた。でも、無邪気な赤ん坊に癒される。
10月5日
朝になってもまだ雨は止まない。そんな中、朝から福岡を目指してドライブ。高森峠は濃霧、熊本付近まで雨だったが、その後は雨が上がってくれた。
前日完成した試験問題は、期限に大幅に遅れての提出だった。担当氏に平謝り。そして久しぶりの講議は試験前最後の講議。3コマ終わると、少々疲れた。いつものように福岡の実家で一泊。
10月4日
曇り空の朝だったが、昼前には雨になった。日中の雨はかなり久しぶりだと思うなあ。切羽詰まっているため基本的には勉強の一日。しかし、雨が降っていることもあり、昼食後は妻の買い物に付き合う(もちろん、僕は子守役)。
土壇場まで引っぱった専門学校の試験問題づくりは、結局夜までかかってしまった。講議の準備まで終わらせて、ホッと一息。
10月3日
また暑くなりそうな天気。10月に入ってからこんな夏のような天気が続かなくても良いだろうに!が、昼から急速に空模様が怪しくなってきた。
僕はひたすら試験問題づくり。気を利かせた妻は、昼から子供を連れて実家へ一時退避。夕方、ようやく試験問題がひとつ出来た。残り1科目は明日に持ち越す。
夜は予報通り雨が落ちた。不安定な天気だ。
10月2日
良い天気の週末だが、僕は朝から勉強。試験の準備が山場に突入して、煮詰る。
昼ごろからぐんぐん暑くなって来た。午後は妻子を連れて外出。しばし買い物などして帰宅したものの、午後の日射しに照りつけられて、我が家は蒸し風呂状態。まるで真夏のような陽気だ。秋の涼風に身体が慣れかけていた時だし、この暑さはきつい!しばし暑さダレ。
なかなか試験問題の準備が進まないよぉ!
10月1日
前夜、つい夜更かしをしてしまったため、すっかり寝坊。目覚めたら昼近かった。ま、おかげで疲れがとれたけど。
午後、妻の姉が来訪。しばし、赤ん坊とたわむれる。最近では義祖母や義母でさえ「人見知り」で泣かれるのに、お姉さんに抱かれても愚図らないのが不思議。妻が僕の顔を見ながら「この子は若い女性が好き」と。おいおい、どう言う意味だ!
手こずっていた専門学校の講議の試験の準備がようやく進展し始めた。ここ数日はがんばって勉強しなくては。
昼間では晴れていたのに、午後からまた怪し気な雲。
9月30日
朝からスッキリしない曇り空で断続的に小雨。今日は月末日のため、絵葉書販売店を回って精算と商品補充。9月は夏休みと秋の行楽シーズンの間で「中だるみ」的な時期のため、売上はそこそこ。しかし、明日から10月だ。行楽客の急増に備えて多めの補充。
いくつか販売店で、高千穂鉄道の問題が話題になった。しかし、ネット上での取組みを直接知っている人はほとんどいない。そして「復旧なんて無理」という悲観論が先に立っている。まぁ、これが一般論だろうが、安易なあきらめが思考をストップさせることのほうが恐い。
ネット上の議論では「被害の少ない高千穂〜日之影区間の復旧と観光鉄道としての部分営業再開」が当面の目標として語られている。「即時全線復旧」なんて無茶は誰も言ってない。また、多くの人が「赤字経営からの脱却」を存続の必要条件と考え、そのためにいろいろなアイデアが提案されている。みんなのポジティブ思考が生み出した「文殊の知恵」だ。
来週開催されるチャリティーライブが、蔓延している「なんとなくあきらめムード」を打破するキッカケになるといいなと思う。(チャリティー収益で高千穂鉄道が救えるなんて、関係者は考えてない!)
先日来た「国勢調査」の用紙の記入を行う。妻子を含めた3人分の記入を行うのは、小さなシアワセ。しかし、仕事関係の記述欄で頭を抱えた。大きく分けて高千穂での写真家(写真撮影と写真販売)としての仕事と、福岡での専門学校の講師と、二つの仕事を行ったり来たりしている僕にとっては、どちらのことを書いて良いのか分からない設問の仕方。つくづく、「世間一般の人は、一つの仕事で生活しているんだ」ということを改めて思い知った。
9月29日
雲の多い朝だったが、あとは晴れそうだ。朝のうちに稲刈りを終わらせようかと思い妻の実家に連絡すると、刈取りは昨日終えたとのこと。と言う訳で、朝のうちはデスクワーク。
昼前、東京から来た旅行代理店の某氏と合流。今年の冬、夜神楽拝観ツアーを企画されており、僕はその案内役を頼まれているのだが、今回はその下見&打ち合わせだ。昼食をとりながらの打ち合わせに続いて、二人で当日拝観する予定の地区などを確認して回る。関係者にも引き合わせることができたし、細かい確認もとれたりで、担当者氏も満足気。熊本空港に向かう同氏と別れ、帰宅。
午後はまた曇り空になった。不安定な天気だ。稲刈りは済んだので、台風さえこなければ良いのだが。月末を控え、絵葉書の精算の準備。
9月28日
雨の予報はどこへやら。今日も良い天気だが、所用のため稲刈りは明日以降に持ち越し。午前中、前日に商品補充の要請があった絵葉書の取り扱い店へ。
ここは高千穂を代表する宿泊施設でもある。宿泊客がいなくなったロビーで納品作業をしているときのこと。若い女性客2人組が飛び込みでフロントカウンターへやってきた。どうやら宿泊ではなく、道を尋ねに来たようだ。
「高千穂牧場へはどう行けばよいのですか?」とのご質問。そばで聞いていた僕はガクッ!この高千穂町内に「高千穂牧場」はない。この名前で有名な観光牧場は、宮崎・鹿児島県境の霧島山麓にある。つまり「高千穂の峰」の「高千穂」だ。良くある勘違いではある。しかし…フロントの若い女性スタッフは、これに答えられない様子。再びガクッ!
その女性スタッフが事務室にいた先輩スタッフと町内の観光地図を開いて頭をひねり始めた。その様子にまたまたガクッ!見兼ねた僕がお客さんに声をかけた。お客さんの持っていたガイドブックでそれを確認し「カクカクシカジカ、別の場所なんです」と御説明。勘違いに気付いたお客さんはとても残念そう。しかし、県外からの日帰りとのことなので、行程を考えたらこのあたりで遊んで帰る方が正解だ。というわけで高千穂峡など町内の観光案内。
ただ、お客さんは「体験型観光施設」を希望していた。高千穂牧場で搾乳体験とかしたかったらしい。ところが現在、高千穂町にはその類の施設がない。仕方ないので阿蘇山麓などの情報で補足させて頂いた。
その後、お客さんはとりあえず高千穂峡に向かわれた。楽しんでもらえたのであればよいが。高千穂の観光の現状についていろいろ考えさせられた一件だった。
昼から妻子を連れて外出。生後5ヶ月になった息子は、今日はポリオの予防接種。予防接種とは言え、ポリオは経口ワクチン(つまり、注射じゃなくて口から飲ませる)なので大騒ぎはせずにすんだが、ちょっと御機嫌ナナメか。所用で役場に立ち寄った後、買い物などして帰宅。午後から雲行きが怪しくなったが、雨は降らず。
9月27日
夕べは掛け布団を引っぱり出して寝たが、今朝の冷え込みはそれでちょうど良いくらいだった。赤ん坊のために電気ヒーターのスイッチを入れた。僕は今期初めて、長袖シャツを着て出かける。
朝から妻子と共に妻の実家へ。先日に続き稲刈り作業。5枚ある田んぼのうち、一番広い(といっても、このあたりでは小さい方だが)田を刈る。もちろん、稲刈機を操作するのは僕だ。1時間ほどで刈取り終了。あとはひたすら掛干し作業。日が昇ると、暑くなってきた。妻も赤ん坊を背負って作業に参加するものの、今日は赤ん坊が御機嫌ナナメだ。
僕の農夫姿も板に付いて来た?!
まだ稲刈りが済んでいない田があと1枚ある。一番狭い田なので、刈取りはすぐにできるのだが、掛干しが間に合いそうにない。今夜から明日にかけて天候が崩れるという予報があり、今日の刈取りは諦めて後日にまわすことにした。とは言え、僕にも仕事の都合があり、次は少し先になってしまう。妻に稲刈機の操作方法を教えておくことにした。新たに発生した台風の動きも気になる。
9月26日
福岡の朝も肌寒かったが、両親と赤ん坊がゆっくり寝かしてくれたお陰で、僕も妻もここぞとばかりに普段の寝不足を取りかえすかのように寝た。
今日は特に仕事はないので、福岡で買い物などして、後は高千穂に帰るだけ。成長著しい赤ん坊のために大きいサイズの肌着を購入。妻も久しぶりのショッピングで息抜きができたようだ。ついついのんびりしていたら、福岡を出るのが昼過ぎになってしまった。高千穂への復路も順調で、夕方には帰宅。
台風被災と恒常的な赤字で存続問題に揺れている高千穂鉄道だが、その応援イベントの話が出張中に急展開で決まったようで驚いた。全線運休中の鉄道の高千穂駅でコンサートが開かれるらしい。これは是非行かねば。
9月25日
「暑さ寒さも彼岸まで」とは良く言ったもので、ぐっと冷え込んだ朝だった。ばたばたと支度を済ませ、妻子を伴って出発。日曜日の今日は数日前になって急に頼まれた専門学校の模擬講議のための出張なのだが、水・木曜の通常の講議が2週連続休講ということもあって、妻子を福岡の実家に連れて行くことにした。好天に恵まれ、阿蘇山麓のすばらしい景観を楽しみながら順調なドライブ。
福岡到着後、実家に立ち寄り妻子と荷物を降ろした。僕はそのまま専門学校へ。昼過ぎから1時間ほどの講議を終えて、実家へ。妻子はすっかり実家でくつろいでいた。実家の両親も約2ヶ月ぶりに見た孫の成長ぶりに大喜び。先日の台風の惨状などを報告。
9月24日
3連休の中日。暑くなりそうな天気だ。朝から妻子を連れて妻の実家へ。今日は今シーズン2度目の稲刈りだ。5枚の田んぼのうち、2枚を刈る。僕は前回同様、稲刈機を操って稲を刈る。この機械の操作も、だいぶん慣れてきた。まだ虎刈りしちゃうけど。刈取った後は、稲束を竹竿に逆さに下げる「掛け干し」の作業。
妻は前回までの農作業では「子守り」に専念していたが、今回は本人もすっかりやる気。背中に背負った赤ん坊をさらにタオルでおおって日射しを防ぎ、自身も頬かむりに手甲、軍手と完全装備で作業に参加。これがなかなか似合っていて、すっかり「農家の奥さん」だ。息子も「農家の子」として本格的な「田んぼデビュー」。妻の背中で愚図りもせず、農作業に付き合ってくれた。将来有望!
母子で農作業
今日刈ったうち1枚の田んぼでは、かなり「ウンカ」の発生があったようなのだ。なんでも農薬散布の時期を間違えた、とか。その田んぼで作業していると、トンボが集まって飛び回っている。他の田んぼにはそれほど集まっていない。義祖母が「トンボはウンカを食べに来てる」のだと教えてくれた。なーるほど。これをうまく利用すれば、無農薬でも害虫被害を最小限にできるわけだな。
僕らは「掛け干し」と作業の途中まで参加して帰宅。無防備だった僕は、腕と首筋が赤くなるまで日焼けした。あー、暑かった!
9月23日
割と早く起き出したが、祝日で一般登山者が多いため、入山は控える。専門学校の期末試験の準備などして過す。
どうも昨日くらいから腹具合が良くない。妻は「自分が悪いものを食わせたのでは…」と心配しているものの、どうも寝冷えのような気がする。
9月22日
早起きして山に入るつもりにしていたが、しっかり寝坊。うーん、遅すぎるから、今日は山は諦めるか。と、近くで花火が打ち上がった。そうか、今日と明日は天岩戸神社の秋の例祭だ。
昼から妻子を連れて神社へ。お祭と言っても盛り上がるのは祝日の明日で、平日の今日は静かなもの。観光客に混じって神社の境内へ入ると、神楽囃子が聞こえて来た。恒例の神楽の奉納が行われているのだ。ベビーカーの我が子は神楽舞をマジマジと見つめている。いつか立派な神楽師になっておくれよ。休憩に入った舞人たちに挨拶すると、「子供さん、大きくなったねぇ」と返って来た。
今週と来週は福岡出張は無い予定だったが、急な依頼で日曜日に高校生向けの模擬講議をやることになった。そのついでに妻子を連れて実家へ里帰りすることにした。両親に成長著しい孫の姿を見せてやろう。
9月21日
いつもなら専門学校の講議のある曜日だが、今週は学校側の都合で休講。その代わりに講話の依頼を受けた地元の小学校で野生動物の話をすることになっている。
午前中、予定より少し早めに小学校へ。この学校では昨年6月にも3・4年生向けに講話を行ったことがある。今年もやはり3・4年生向けなので、今年の4年生は昨年も僕の話を聞いたことになる。テーマも同じ地域の野生動物なので少々困ったのだが、内容の重複を恐れず、話の重点を少し詳しいところにおいたり、僕がクマ探しを手掛けるようになったキッカケなども盛り込んだ話にした。概ね好評だったようだ。
昼過ぎに解放され帰宅。昼食の後はひと休み。いつの間にか怪し気な雲行きになっていた。講話で使った標本の返却、そして絵葉書と写真パネルの納品があり外出。小雨がぱらついた。
ネット上を中心としたTR存続運動は、今日になって地元M紙に紹介された。これで地元の人々にも広く活動が知れ渡ることになったはずだ。正念場はむしろこれからだろう。
9月20日
少し朝寝。明日は小学校で講話の予定があるので、午前中、担当の先生と電話で打ち合わせ。もっと早くに打ち合わせをしたかったのだが、台風の騒ぎでうっかり忘れていた。おまけに、打ち合わせしなきゃ!と気がついたら連休に入ってしまい連絡がつかなかったのだ(小中学校の先生は平日しか捕まらないことも多い)。ようやく内容やテーマの方向性が確認できたので、講話の準備。
昼からまた暑くなって来た。ひと頃の秋空はどこへいったか、夏のような雲と空だ。妻子を連れて買い物。明日の講話に備え、町の施設から動物の標本など借出した。昨日山から回収したフィルム2本は無事現像できたようだが、めぼしいものは写っていなかった。
9月19日
ゆっくり目に起き出したものの、前夜の夜更かしでちょっと心身がだるい。今日も暑くなりそうだが…、いやいや、悩んでいたらおっくうになるだけだ。久しぶりに山に入ることに。
「クマ探し」の活動の主軸に位置付けて来た「無人カメラ」での撮影活動だが、できれば週に一度、少なくとも2週間に一度は無人カメラの点検が必要だ。そもそもその作業をコンスタントに行うために福岡から高千穂に移り住んだ僕だった。しかし、その後は逆に福岡への「出稼ぎ(専門学校の講師業)」が忙しくなり、さらに高千穂のゆっくり、のんびりのペースにすっかり染まって、かえって山での作業がおろそかになってしまった。ま、このへんは怠けた僕が悪いのだが…。
昨年結婚して子供も産まれ、僕の生活も一変した。以前以上に稼ぐものは稼がないといけないし、子供の世話も大変だ。妻の実家の年寄りの世話や農業の手伝い、イヌやヤギの世話もある。冷静に考えると、かつてのやり方をそのまま維持しようとしても、どだい無理な話だ。「クマ探し」を止めるつもりはないものの、今の生活の中でやれること、持続できることを考えないとけいないなぁ。
久しぶり(何と11ヶ月ぶり!我ながら呆れる)に入山した本谷山山麓の撮影エリアだったが、現場までの林道は途中の大規模な土砂崩れで一部が流失していた。崩壊跡が新しいので、多分先日の台風によるものだろう。幸い状態は安定しており横断可能だったが、これを見て決心が着いた。このエリアに残っている無人カメラを一旦回収することにした。11ヶ月もの間、僕が来るのを待ち続けていた2基の無人カメラは、もちろん機能を停止ししていたが、外観は無事だった。昨年からカメラを撤収していた1基も含め、3基分の機材の固定具を現場に残し、他の機材やパーツはすべて回収。
自宅を出る時は暑い日射しだったが、山は怪し気な雲に覆われていた。作業を終えて遅い昼食をとると、小雨がぱらついた。急いで車に戻る。
帰りには、こちらも台風襲来で休止中の「夜回り」のコースを下見。が、予想通りメインの林道が途中で通行止めだ。多分この先で大きな土砂崩れでも起こったのだろう。迂回コースへも行ってみたが、最後の集落を通過した直後、土砂崩れに道を阻まれた。まだ復旧の手も付かず放置されている。日常生活に関係の少ない林道などの復旧はまだまだ先になりそうだ。当面、夜回りもあきらめるしかないか。
一旦帰宅後、町へ。11ヶ月カメラに納まっていたフィルムを現像に出す。その後駅前で仕事をしている知人を訪ねた。TR問題についての意見を聞きたかった。いま、地元出身者や高千穂リピーターを中心にTR存続に向けた活動が始っていることを、彼はまだ知らなかったようだ。パソコンでネット上でのやり取りを見てもらうと、興味津々の御様子。やはり、もっとアピールしないと、広がらないか?
9月18日
まだ暗い、一番眠たい頃合いに赤ん坊に起こされた。前日の疲れがあるので今朝はゆっくり寝ていたかったんだけど、早朝から赤ん坊の遊び相手。二度寝したら、起きたのは昼前だった。うーん、寝過ぎた。身体は筋肉痛。今日は静養日、ってことで。
昼から妻子を伴って買い物、そして妻のかつての勤め先に顔をだす。世間的には連休で、行楽客の姿も多い。台風被災でどうなることかと心配したが、お客さんは思いのほか早く戻って来てくれたように思う。
台風被災で全線運休が続いているTR高千穂鉄道の存続問題について関連の掲示板で連日意見を交わしている同志たちが、ネット上で「チャット」を昼夜2回やることになった。僕はこのチャットというのは初体験だったが、地元からの数少ない参加者として夜の部に参加。雑談を交えて意見と情報を交換。焼酎をちびちびやりつつ、深夜1時ごろまでで僕は「退室」。
9月17日
朝から良い天気。妻の実家で稲刈りをするというので加勢に行くことに。朝から農機具店の方が稲刈り機のメンテナンスのために来てくれていたので、ついでに使い方を教えてもらった。そのまま田んぼに移動して稲刈り作業。今日刈るのはこの家が米を作っている5枚の田んぼのうち、餅米が植えられている比較的小さな1枚のみ。他のうるち米は、あと1・2週かかりそうだという。
僕は昨年は稲刈りには参加できなかったので、今回が稲刈りデビュー。僕が教わったばかりの稲刈機を操作し刈り進んで行く。何度か「とら刈」にしてしまったが、初心者でも何とかなるもので1時間ほどで刈取り作業終了。また手のひらにマメを作ってしまった。
午後から今度は刈取った稲の束を竹の竿に逆さに干して行く「かけ干し」という作業。これが田んぼにずらっと並ぶ光景は、高千穂の秋に欠かせない風物詩だ。完全自然乾燥のため、機械乾燥の米とは味が全然違う、らしい。夕方までに作業終了。
川向こうの集落にある「神楽の館」という施設で、観月(お月見)神楽の催しがあると聞き、夜7時過ぎに妻子を連れで外出。息子にとっては出生後初の神楽見物だ(妻のお腹の中に入っている時に3回ほど体験しているハズだが)。
妻の祖父は、ある地区の神楽の師匠として名を馳せた人だ。息子にはまだ何にも分からないとは思うが、その神楽師匠の血が1/8流れている。このリズムと旋律を身体に刻んでおいて欲しい。生後5ヶ月足らずの赤ん坊が神楽舞をジッと見つめている横顔は、僕の期待に応えてくれているように感じた。ゆっくり楽しみたかったが、30分ほどで退席。
9月16日
朝一番から絵葉書の補充に出て回る予定が、出張疲れですっかり寝坊。遅ればせながら出かけると、最初に行きたかった大口の店は大型バスがずらり!むむ、台風被災の影響を心配したが、予想以上に観光客の動きがあるようだ。取りあえず他店を回ると、悪くない売れ行きだ。
午後はしばしデスクワークの後、また絵葉書の補充に出て回る。朝に行きそびれた店はなかなか賑わっていた。高千穂峡の被災の影響を心配したが、一部通行止めになっていた遊歩道も仮復旧し、今日から観光客も利用できるようになったらしい。行ってみると、「手すり」などは間に合わせに組まれた鉄パイプなのだが、歩くのに支障はない。水位も下がり、名物のボートも出す準備をしている様子。どうやら明日からの連休に何とか間に合ってくれたか。
妻は午後から赤ん坊を連れて町の保険センターへ。「三種混合」の予防接種で、我が子も「注射デビュー」だ。妻によると、注射された直後は泣いたものの、ほかは結構ゴキゲンだったらしい。よしよし、頼もしい奴だ。
9月15日
福岡は肌寒いほど涼しい朝。きっと高千穂はもっと寒かったろう。朝一番からの講議のため専門学校へ。午前・午後、計四コマの講議。
終わって高千穂を目指す。日が短くなり、この時間に急いで帰っても、もう明るいうちに高千穂に到着することはできない。途中でゆっくり休憩&夕食をとりつつの帰路。夜8時頃帰宅。
風呂上がりに何か飲み物が欲しくて冷蔵庫を開けると、普段は絶対に置いていないビール(発泡酒じゃなくて!)のロング缶が1本。「え?これは?」と子守り中の妻のほうを振り返ると、「誕生日だしね」と。
出張でそれ所ではなかったので気にしていなかったのだが、そう言えば今日は僕の誕生日。40歳(!)の大台突入だし、心境は複雑だ。しかし、妻子に恵まれての40歳なのだから、感謝しよう。妻が気を利かしてくれたビールを堪能。ぷはーーっ!
9月14日
朝から出張の僕のため、妻が早起きして弁当の支度を始めた。子供が産まれてしばらくは僕としても遠慮していたのだが、ようやく妻にもそれだけの余裕が出て来たようだ。
天気は良くなるのかと思っていたが、山越えは雨。到着した福岡でもスッキリしない天気だ。まずはプロラボに直行し、たまっていた支払やらプリントの発注やら。
専門学校の夏休み明けの講議は先週から始っていたが、台風の影響で休講にしてしまった僕にとっては、今回は本当に久しぶりの講議。職員や講師の面々と台風談義。講義中、外は雨が降ったようだ。
9月13日
暑くなりそうな天気だ。午前中から妻の実家へ。今日は農業用廃プラスチック(ビニールシートとポリ容器とか)の回収日。妻の実家では日常的にそういう廃棄物がでるわけではないのだが、壊れたビニールハウスを夏に解体した際に大量に出てしまった。縛り上げて積んでおいたものを軽トラに積み込む。先月末の回収日が雨で延期になったのだが、先日の台風で飛ばなかったのは幸いだった。昼から回収場所へ持って行く。
その後は絵葉書の補充を1ケ所。台風の影響を心配したが、この時期にしてはそれなりの動きをしている。
夕方から一時雨。夜になっても蒸し暑さが残った。
今日は、僕たち夫婦の結婚(入籍)1周年記念日。取り立てて特別な食事をしたわけでもなく、プレゼントを用意した訳でもないが、アッと言う間のこの一念を振り返ると、やはり感慨深いものがある。
9月12日
赤ん坊に起こされ、僕らとしては朝早くから起き出した。新聞とラジオは、今回の選挙での小泉自民党の圧勝を告げている。
朝から妻は赤ん坊を連れて実家へ。僕はせっせと勉強。妻は昼前に戻って来て昼食の支度をし、昼食後にはまた実家へ出かけて行った。僕が仕事(勉強)に集中できるように、と気を遣ってくれてのことだ。
こんな面倒なことをしなくてはならないのは、家族の生活の場と僕の仕事場が小さな家のなかに同居しているのが原因なのは明白だ。僕の仕事場をどこかに借りるか、住むところを別に用意するか。妻の実家の敷地内に家を建てたい、という希望は持っているものの、先立つものの目処が立っていない。
久しぶりに暑い午後になった。自宅で勉強していると、じっとりと汗ばむ。雲が広がって夕方にはゴロゴロ言い出したが、雨は降らず。
9月11日
午前中は小雨が降ったり止んだり。衆院選と町議選の投票日なので、午前中に妻子と共に投票所へ。さっさと投票を済ませて買い物に行く。
妻は昼から実家の家人を投票所(僕らとはべつの所)に連れて行く、と言って子供を連れて実家へ。午前中から眠気が耐えなかったため、ひと眠り。1時間ほどごろごろしたら、スッキリした。その後は講議の準備に集中。
夜、ラジオや町内放送から開票速報が流れてくる。日本は変わるんだろうか?いろんな意味で…。
9月10日
どんよりした曇り空。とりあえず洗濯はしたものの、外に出しては、小雨が降り出してし仕舞い込む…をくり返した。
まとまった雨になったのは昼過ぎ。激しい雨になった。まだ先日の豪雨から間もないため、いつ土砂災害が起こっても不思議ではない。町の防災無線が警戒を呼び掛けている。
小降りになった合間に、妻が子供を連れて外出。僕が講議準備のための勉強に集中できるように、と気を利かせたのだ。こんな天気の時に申し訳ない。必要な買い物は、実家の家人を子守りに連れ出して行くようだ。しばし集中して本を読んだり頭を働かせたり。
妻が外出中も、断続的に強い雨が降った。防災無線によると、先日の被災地に向かう道を通行止めにしたようだ。おそらく予防的措置だろう。
明日は選挙の投票日。国政選挙の方はこんな田舎町で選挙戦の最終日を迎える候補者がいる訳はない。しかし、台風と災害で短い選挙戦の出鼻をくじかれた町議選の候補者たちはもう必死だ。僕の自宅は通りに面しているので、前を行く選挙カーのスピーカーがうるさくてかなわない。
夜、高千穂鉄道のファン「さるてつ」氏が電話をかけてきた。しばしTR存続問題について語り合う。
雨は夜になって小康状態に。このまま何も起こらないうちに止んで欲しいのだが、明日も雨の予報だ。
9月9日
朝から良い天気。僕ひとり、町立病院へ。1週間ほど前からお腹に湿疹がでて、むずがゆい。最初は虫刺されかと思ったが、数日前に広がる気配を見せるにいたり、「帯状疱湿」だと気がついた。アフリカにいたころにやった経験がある。たしか、ウィルスが原因だ。子供にうつさないうちに直さなきゃ。
町立病院はこのあたりでは一番大きな病院だ。いろいろな診療科がそろっているのはよいが、すべてが毎日診療してくれているわけではない。皮膚科は週2日だけだ。だから患者も集中するので待ち時間も長い、らしい。皮膚科なら民間の病院にかかったことがあるが、少々遠いし災害直後で道路状況に不安があったため、町立病院にいくことにした。
受け付けを済ませたものの、患者だらけの待合所に閉口して、しばし外出。絵葉書販売店の様子を見に行ったり、買い物に行ったり。1時間ほど外で時間をつぶして病院に戻ると、患者はいくらか減っていた。しかし、まだまだ時間がかかりそう。結局、僕の診察の順番が巡って来たのは、受付から2時間半後。待ち時間の長さは全国の大病院の共通の悩みだとは思うが、何か間違っているんじゃないか、と思えてならない。
診断は、予想通り「帯状疱湿」。子供への感染の心配は少ないそうで、一安心だ。あー、疲れた。お腹空いた。
町内各戸に設置されている無線受信機「防災無線」は、先日のような災害時の連絡とか、火災時の消防団出動命令などに使われるが、日常でも役場からの連絡が毎日4回ほど放送されている。その中で必ず放送されるのが「葬儀のお知らせ」だ。今日は、先日の土砂災害で一家4人が生き埋めとなったお宅の犠牲者全員の名前が読み上げられた。改めて、ひどい災害だったのだなぁ、と思う。
9月8日
朝から選挙カーの声が聞こえる。うーん、ウザイ!今朝も妻の実家へ。行くなり、畑の電気柵の断線を直してくれ、との事。よくよく話を聞けば、今回の台風とは無関係で、人的ミスで切断してしまったもののようだが…ま、いいか。
まずは、裏山からの倒木の片付け。加勢に来てくれた親戚のオジサンが、慣れた手つきでチェーンソーを操り倒木を刻んで行く。僕は切断された材を片付けたり、邪魔な枝をノコギリで落としていったり。倒木があらかた片付くと、オジサンは「落ちたカキの実にクマバチ(スズメバチ)が来ている」と言って、ハチノコ採りの道具を取り出してどこかに消えてしまった。さすが、高千穂の男はワイルドだ。
昼過ぎに再び妻の実家へ行き、今度は午前中にやり残した電柵の修理。その後は町に買い物へ。ちょっと疲れたので、帰宅後はゆっくりすることに。
高千穂鉄道の被害はかなり深刻で、存続に関わる事態のようだ。数えるほどしか乗ったことがない僕が偉そうなことを言っても説得力がないが、全国の鉄道が合理化・効率化の中で無機的な交通手段となっていく中で、かつての「夢のある存在としての鉄道」の味を残す貴重な路線だと思う。残せるものなら残して欲しいと思うが…。
夕刻の町内放送で町内の土砂崩れ現場から最後の行方不明者が発見され、捜索活動は終了した、との告知があった。犠牲者に合掌。
9月7日
台風の猛威から一夜開けた。天気はすっかり回復したようだ。外からヘリコプターの音が聞こえる。報道機関のヘリだろう。窓から外を見ると、地元消防団の車や役場関係の車、ブルドーザーなどが頻繁に行き来している。
今日と明日は講議のため福岡に出張の予定だったが、この予定はキャンセルし、台風の事後処理にあたることにした。
遅めの朝食と2日分たまったオムツの洗濯を済ませたあと、妻子と共に妻の実家へ。古く、お世辞にもコンディションが良いとは言えない建物なので心配したが、ガラス窓が1枚割れただけだった。ヤギも元気で、さっそく外の草を食いたがっている。犬はもっと元気で「散歩に連れて行け!」とワンワン。だが、今日は片付けが優先だ。敷地内に被害がないか確認しながら、見回る。
田んぼの稲がかなり傾いているが、すっかり倒れ込んでいるのはごく一部だ。妻の話だと、まだ時期が早いので、多くは立ち直ってくれるだろう、とのこと。ただし、今後台風被害が重ならなければ…らしい。
敷地内の立ち木から折れ落ちた太い木の枝が散乱していたので、手持ちのノコギリで切断して片付ける。裏山から倒れ込んでいる数本の木が、イノシシよけの電気柵を押し倒しているのが分かったが、これは僕ひとりでは手に負えない。裏山の地主である妻の親戚に応援要請。さすがに今日は無理とのことで後日作業することに。
義祖父が愛用しているチェーンソーを借りようとしたが不調と聞いたので、預かって帰る。昼食後、先日世話になった農機具店に持ち込んで、メンテナンスを受けると、すぐに復調してくれた。ついでに「正しい使い方」を教わる。
帰りにホームセンターに立ち寄ると、家屋の補修材とかを買い求める客の姿が多くあった。路上では「災害派遣」の札を付けた自衛隊車両とすれ違った。町内の生活道路はまだ各地で寸断されているようだ。こりゃ、また夜回りは当分休止だなぁ…。
帰宅後は自宅の庭先の片付け。折角先日から大輪を咲かせてくれていたヒマワリが折れてしまった。ちょっと残念だが、これほどひどい被害を出した台風で、我が家の被害はこのヒマワリくらいだから、感謝しなくては。ニガウリとキュウリもその役目を終えたようなので、一緒に片付けた。アサガオもそろそろ終わりのはずなのだが、まだ少しつぼみが残っているようなので、それが咲き終わるまではこのままにしておこう。
土砂崩れで行方不明になっていた4人のうち1人が遺体で収容されたようだ。高千穂鉄道は鉄橋が2つ流失するという、大きな被害をうけていることが分かった。
前日告示された町議選の候補者たちの選挙活動がやっと活発になってきた。しかし正直、「ウルサイ!!」。
9月6日
前夜遅くから強くなった風雨は、朝には暴風雨になっていた。起きてすぐにラジオとネットで情報収集。台風の勢力は相変わらず、進路も速度も相変わらず。すでに宮崎県南部を中心に「避難勧告」や「避難指示」、県北でも道路冠水の情報が。
風雨はどんどん強まって、昨年の相次いだ台風で経験した最悪の状態に近いものになった。電気が不安定になって、ネットでの情報収集を中断。非常持出し用の荷物を整え直す。県北の延岡市内も各地冠水で避難指示がでた。これはかなりの被害がでそうだ。
昼ごろから福岡の友人たちから「大丈夫か?」というメールや電話。どうやら町内で土砂崩れの被害がでてそれが報道されているらしい。ラジオの選局を変えるとすぐに情報が入ってきた。死者と行方不明者が出ている。どおりでみんなが心配するはずだ。
昼ごろから激しい風雨の間隔が開き始め、その間は風雨も穏やかな状態に。嵐の中でも赤ん坊はいつものようにヘラヘラ笑っていたり、オッパイをもとめて愚図ったり。被災の報道を聞きながら、妻が「この子を残しては死ねない」と言った。僕は思った…この家族を、命に代えてでも守らねば…。
少しホッとしたところに、町内の山間部の集落に避難勧告だ。どうやら、午前中に土砂崩れがあったのがその地区らしい。避難勧告が後手になったか。
台風は長崎県に上陸したかと思ったら、夕方には福岡市に到達。急に速度があがったらしい。自宅周辺は夜には時折吹く強い風以外はすっかり静かになった。自宅では短時間の停電と水道のわずかな濁り、折れた庭のヒマワリ以外に被害らしい被害はなかったが、宮崎市内や延岡市内などでは広域で洪水が発生し、高千穂町でも停電・断水・生活道路の寸断と被害が広がっている。TR高千穂鉄道の鉄橋が被害を受けたという情報もあり心配だ。
実はこの日、高千穂では町議選の告示があった。もともと町政選挙では平日投票する習慣のある高千穂では、この町議選は4日ほど後の予定だった。しかし、衆議院の「郵政改革」解散で、総選挙に合わせた日程になった。その挙げ句にこの台風直下の告示だ。午後は遠くで選挙カーの声が聞こえたが、はっきり言って選挙どころではない。
9月5日
僕ひとり早起き。台風の影響で前夜から雨。まだ雨は強くないし風もほとんどない。ラジオとネットで台風情報を収集。どうやら勢力を保ったまま予想進路を順調に北上しているようだ。気象衛星の画像では、まるでドーナツのようにドデカい目が発達した台風が九州を飲み込もうとしている。タダでさえ大型で勢力も強いのに、速度は時速15キロとゆっくりだ。台風通過まで長くかかりそうだ。
朝から妻子を残し、僕ひとり買い物に出る。足りない食材、そして防災もの。妻の実家に1ケ所だけ気になる傷みがあったので、その修理に必要な材料と道具も購入。買い物の後、工具箱を抱えて妻の実家へ。取急ぎ応急修理を済ませた。
昼ごろから雨足が強まった。7・8日は夏休み明け最初の通常授業のため福岡出張の予定がある。7日に関しては台風の影響で休校になる可能性があるが、ともあれ講議準備を始めた。夏の間、講議のネタを仕込もうと思っていたが、ほとんど手が付けられなかった。夏休みの宿題をやってなくて学校が始ってから慌てる小学生の気分。
夕方くらいから雨足が強まった。風はまだそれほど強くはない。ラジオでは宮崎県南部での避難勧告の告知とか、川が警戒水位を越えた、なんてニュースが次々と。町内の防災放送でも、避難所の案内などがくり返し流されている。本格的な風雨はこれからだ。
9月4日
目覚めると雨になっていた。台風の影響が出始めたか。日帰りの福岡出張のため、朝から起き出して出発。日曜日とはいえ、夏休み明けだし、この天気だ。行楽客の車はほとんど見かけない。道は平日並みに順調。雨は熊本で上がり、到着した福岡では晴れ間も見えた。
今回の出張は、夏の間ほぼ毎週担当してきた高校生向けの模擬講議の最終回。引き受けた当初からこの日は希望者はいないと予想していた。9月の上旬と言えば、たいていの高等学校が運動会(体育祭)の準備で連日忙しいころだもんね。予想通り、今日は全般に参加者が少なく、僕の担当コースは希望者なし。担当者氏と軽い打ち合わせをしただけで学校を出る。
妻から「夕方には強風域に入る」との情報があったので、寄り道をせず高千穂を目指す。夕刻の高千穂に到着したころには雨も止んでいた。すぐにまた降り出したが。
悪天候のため夜回りはお休み。前日購入した防災グッズに日頃愛用のフィールドグッズ、さらに買い置きの非常用品など加え、非常持ち出し品をまとめる。
9月3日
今朝も早朝から子供に起こされ、二度寝したらまた寝坊だ。北上中の台風の動きが気になるが、取りあえず今日は良い天気。
今回耕耘機を世話してもらった農機具店が展示会をやっているというので、行ってみた。北海道あたりの大農園にありそうなでっかいトラクターを見て妻がはしゃいでいる。おいおい、うちの田んぼにこんなの入れたら、ころげ落ちるだけだぞぉ!中古の農機具もチェックしたが、今回僕らが購入したような耕耘機は1台もなかった。そういう御時世なんだろう。食材などの買い物をして帰宅。
気温の上がってきた午後は妻子だけ実家へ向かわせ、僕だけで買い物へ。今度の買い物の中心は防災グッズだ。最近頻発している強い地震、そして九州を目指して北上中の大形台風。フィールド屋の僕は、万が一被災することがあっても自分ひとりだったら何とかなるだろう、という自信はある。しかし、今や僕にも守らなくてはならない家族がいる。特に乳飲み子を抱えているので、万が一「避難」となった場合のことを考えると心配は尽きない。取りあえず、とりいそぎ揃えておきたかったもの…ミネラルウォーター、レトルトのご飯、携帯用粉ミルク、手動発電機付きのラジオ兼ライト兼携帯電話充電器などなど…購入。
買い物を終えて、妻の実家で妻子に合流。馬屋の開け放した間口に戸板を固定する作業を手伝う。これも台風対策だ。時間がなくて犬の散歩はできなかったが、代わりに買ってきたばかりの新しい首輪をプレゼント。
今夜は天気ももちそうなので、夜7時から夜回り。前夜とほぼ同じコースを走り、シカ?(お尻のみ)1、イノシシ1と遭遇。排気系の修理が済んだジムニーは山道でもいい調子だ。ただ、路面の凹凸に勢い良く突っ込んで激しく揺れたとき、ドアの上あたりに頭をぶつけて「いて〜!!」。ジムニーは狭いし、板バネで跳ねやすいからなぁ。次からはヘルメットかぶってこよう。
9月2日
早起きするつもりが、すっかり寝坊。朝の涼風を感じる間もなく、暑そうな日射しを見上げた。午前中に前日の耕耘機の支払いなどの雑用を済ませる。
昼過ぎから妻の実家へ。暑い最中ではあったが、まずは前日散歩を「お預け」になったままの犬を連れ出す。続いて、草刈りの手伝い。
農家の必需品の一つに苅払い機というのがある。前端に回転ノコギリのような刃、後端に小型のエンジンを備えた棒状の農機具だ。都会でも公園や河川敷などの除草に使われているはずなので、どこかで見たことはあると思う。このあたりの農家では、これが一家に1〜2台はある。トラクターを持っていなかった妻の実家にも、2台備わっていた。僕が使うのは初めてだったのだが、義母さんから使い方を教わり、早速田んぼの畦(あぜ)の草刈りをおおせつかった。
実際に使ってみると、刃先を左右に振りながら草を刈るのだが、その時に回転刃が地面に触れたりするとが左右方向に強く振られそうになる。それを腰でコントロールしながら操るので、見た目ほど呑気な作業ではない。「斜面などの足場の悪いところで苅払いを機使うと危険」との事前の注意の意味が分かった。何はともあれ、慣れれば見る見る草が刈れるので、これはこれで楽しい。暑い午後だったが、お天道様の下で、気持ちの良い汗をかくことができた。
夜7時から、前夜に続き夜回りに出る。前日落石で通り抜けられなかった林道を逆方向から入る。多少荒れていたり、路肩の崩落の後があったりはしたが、障害は前日の落石のみであることを確認。そのまま、再び折り返して林道を下る。動物の気配がなく、つまらないなぁ…と思っていた終盤、目の前にたくさんの「ウリボウ」が出現。ざっと10頭近い。続いてその母親らしき中型のイノシシが1頭。母親の後を追いながら走るウリボウたちの姿が愛らしかった。
9月1日
朝から良い天気だ。前夜ムカデに噛まれた(?)患部は何ごともなかったかのようにかゆみもない。午前中に妻子を伴って外出。買い物といくつかの雑用も済ませる。
日射しの強まった午後から妻の実家へ。今日は町内の農機具店から中古の耕耘(こううん)機が届く。妻の実家では田を耕したりするトラクターを所有しておらず、必要な時には隣の農家にお願いしてやってもらっていた。春の田植前にその様子を拝見したが、使っていた乗用型トラクターは大きな田んぼには便利でも、妻の実家の狭い田んぼには向いていない様子だった。何より僕はせっかく農業をやるのなら、可能な限り自分で作業したい。
そこで中古の歩行型トラクター、いわゆる耕耘機を探しすことにした。水田の区画整備が進んで乗用型トラクターが主流になっているので、逆に不要になった耕耘機くらいどこかにあるだろう、という魂胆だった。それは的中し、最初にあたった農機具店で買い手を求めている古い耕耘機の情報が入ったのは7月だったか。8月には現物を拝見し、農機具店で整備・修理の上、買い取ることになった。それが今日納品なのだ。
届いた耕耘機は錆が目立つものの、要所はきちんと修理されて来た。手回しでエンジンをかけると、なかなか良い感じの調子でドドドドド…と動き出した。丁度収穫を終えた狭い畑の一角で試運転。農機具店の人に操作を教えてもらいながら、何とか耕耘機を動かす。つい力が入って、手にマメができてしまった。
自宅ではちょっと困ったことが起こった。前夜出てきて僕を噛んだ(?)のと同じくらいの小さなムカデが今日だけで6匹も出てきた。その都度退治したので、同じのを何度も見た、ということではない。こんなムカデの大量発生は、ここで暮し始めて以来、初めてのことだ。そう言えば、3年あまり前にこの家に引っ越してきた時、先住者のころムカデが大発生して「ムカデハウス」と呼ばれていた、と驚かされたっけ。当時の僕は「ムカデが恐くて、クマが捜せますか!」と豪語したものだ。
実際、僕ら大人が噛まれても、前夜程度の事で済むだろう。しかし、生後4ヶ月あまりでまだ抵抗力の弱い赤ん坊が噛まれたら、きっと僕らよりひどい症状がでるだろう。それが心配だ。
夜7時頃から夜回りに出る。ここで言う「夜回り」とは、クマとの遭遇が期待できそうな林道を中心に車で1時間半から2時間ほど走りながら、出てきた動物の写真を撮ったりすることで、僕のクマ探しの一環として行ってきた活動だ。しかし妻の出産直前の4月中旬に休しして以来4ヶ月半ぶりの再開だ。
今年の梅雨は雨も少なかったし、災害が発生するような大雨はそう何度も降っているわけではない。だから、林道の状況も楽観的に考え昼間の下見もなく夜回りに出た。が、これ失敗。メインの林道に入って2キロ地点で大きな落石に阻まれた。迂回して変則コースをとる。結局、久しぶりの夜回りの成果は、シカ1頭のみ。
8月31日
今日も雲の多い天気。朝から絵葉書販売店を回り月末精算。夏休みとお盆で賑わった今月は、なかなかの売り上。集金のし甲斐があるってもんだ。しかも、今日はどこも行楽客の出足が引き、ゆっくりと精算ができた。夕方までに全店精算終了。
商品は秋物に動きが出始めた。行楽客も敏感に季節の変化を感じ取っているようだ。
夜、寝ようとした時、ふくらはぎに弱い痛がゆさを感じた。気のせいかとも思ったが、小さく腫れている。虫か何かに刺されたのだと思うが、初めて経験する感触だ。布団の周辺を確かめている時、妻が小さなムカデを見つけた。そう言えば、今日は風呂場でも小さなムカデを見たし、先日はトイレに大物が出てきたっけ。
外が冷えると、ムカデなどの虫たちが暖を求めて室内に侵入して来る。我が家では春秋に恒例の季節現象だが、ムカデに噛まれたのは初めてのことだ。僕らはともかく、子供が噛まれると可哀想だなぁ。しかし結局そのムカデは取り逃がした。僕の方は痛がゆさは残ったが、アフリカ時代にサソリやハチに刺された時の事を思えば、どうと言うことはない。患部には抗ヒスタミン剤を塗って就寝。
8月30日
少し雲が多い空。天気は下り坂の予報だ。
午前中から妻子を伴って美容室へ。僕は夏に一度散髪しているが、妻は出産前から5ヶ月余りも髪を切っていない。髪の傷みに加え、わずらわしい中途半端な長さになってしまったようだ。本当はパーマとか染髪などもしたい様子だったが、乳飲み子を抱えている母親には、美容室でゆっくり過す時間もない。最短の時間で済むようカットとセットだけにしてもらい、その間は僕がそばに付き添って子守りをする。1時間ほどの予定が結局2時間かかってしまったが、幸い子供が激しくぐずることもなく、無事に終了。僕にとっては初めて拝見する妻のショートカット姿…おぉ、なかなか似合うではないか。帰宅して少し遅い昼食をとると、2時間子供をだっこし続けていた疲れがどっと出た。ついついウトウト。
午後から怪し気な雲が広がった。夕方近くになって絵葉書販売店への商品補充を1軒。「秋物」商品の動きが徐々に活発になってきたようだ。夜には時折雨音が響いた。
8月29日
出張明けなので、朝はゆっくり寝ていた。目覚めるとスコン!と抜けた青空、肌寒いくらいの涼しい風。秋だぁ!午前中はデスクワーク。
日射しが強く、昼ごろから暑くなってきた。とは言え、真夏だと暑さで居れたものではなくなる我が家も、いくらか過しやすくなったか。妻子を伴って買い物へ。
赤ん坊もだいぶん首が座ってきた。首がもっとしっかりすれば、買い物に毎回僕が付き合う必要もなくなるだろう。入浴も妻1人で無理なくできるようになった。僕もまた、9月になれば1年で一番忙しい季節を迎える。子育てモードから仕事モードに切り替えなきゃね。
8月28日
目覚めると雨音。早朝から雨になったようだ。その雨の中、日帰り出張のため福岡へ。熊本あたりで雨は上がり、福岡に到着するころには晴れ間が広がった。
夏休み最後の日曜日だが、やはり8月前半にくらべると行楽客の出足もそこそこのようだ。とは言え、専門学校の周辺は近所で開催されているイベントの影響で親子連れの姿が多い。模擬講議を終え、妻のリクエストの裁縫(ミシン)グッズを仕入れた後、帰路につく。
夕刻の高千穂にはもう涼風。高千穂でも天候は昼ごろまでに回復したらしい。
8月27日
すっかり秋晴れの青空が広がった。午前中に買い物など済ませる。朝は涼しかったが、昼近くには随分気温も上昇。しかし室内の寒暖計は30度を割ったまま。先日まで雨で肌寒い天気が続いたので、それでもすごく暑く感じる。洗濯物はすぐにかわきそうだ。
午後は、妻の実家へ。久しく相手をしてあげられなかった犬とヤギの世話をしに行く。犬もヤギも大喜びだ。ついでに庭先の片付けを手伝う。
8月26日
台風は関東地方を直撃したようだ。こちらは朝から良い天気。前日の一日がかりのドライブの疲れが残りゆっくり寝ていたかったが、夏休み前最後の週末を控えて、絵葉書の商品補充をしなくてはならない販売店が複数ある。ぐっすり寝ている妻子を起こさないように静かに出かけた。3店鋪を回って納品。前日の疲れに加え、朝食を採らないまま出てきたので、11時ごろからどっと疲労感が増した。10時過ぎに商品補充の要請のあった別の販売店へは、昼食後に出向く。
午後、妻の実家へ行ってヤギや犬の相手もしてやらねば…と思っているところに、何故かFMラジオ局から電話。どうやら妻が生放送中の番組にメールを送ったらしく、電話でナマ出演することになった。すっかり舞い上がる妻。1時間あまりの後、妻と、途中から引っぱりだされた僕がDJの「P」氏と話したのは、僕ら夫婦の出合いから子供に恵まれての結婚生活について。自称「親ばかっぷる」とは僕らのことさ!
夕方から所用で友人を訪ね、買い物をして帰宅。久しく相手をしてあげられていない犬たちのことが気掛かり。
8月25日
北上中の台風は関東から東海地方を目指している。進路から外れたこちらでは、曇り空から時折晴れ間が見える天気。朝から所用のため妻子を伴って宮崎市へ向かう。このルートには高速道路がないので、ひたすら一般道を走る。何度もオムツ交換のために休憩をとりながらのドライブで、目的地まで4時間を要した。
用件自体は1時間ほどで済んだものの、そのまま復路をたどる。途中、遅い昼食を挟み、帰宅したのは夕暮れの午後7時過ぎ。あー、疲れた!
8月24日
断続的に小雨が降ったり止んだりの天気。前日から乾ききれない洗濯物を外に出したりしまったり。北上中の台風の動きが気になるが、九州への影響はそれほど大きく無さそうで一安心。午前中から昼過ぎまではデスクワーク。
午後は妻子を連れて買い物へ。帰りに妻の実家へ立ち寄る。犬が相手をして欲しそうにしているが、雨が降っているし、また今度ね。夕方にはまた雨脚が強まってきた。
8月23日
しとしと雨の朝。今日と明日は作業の予定があったのだが、雨のため延期との知らせ。やったー、雨の中で作業せずに済んだ。今日はのんびりできる。
雨は大降りすることはなかったが、終日降り続いた。空気はひんやり。これはもう秋雨だ。今年の梅雨は雨が少なかったので、こんな天気は久しぶり。部屋干しの洗濯物が乾ききれなかった。
8月22日
出張疲れで、本当はもう少し朝寝したかったのだが、やっぱり子供に起こされた。午前中は休養。
午後は雑務、そして妻子を連れての買い物。あと、絵葉書の補充を2ケ所。夏の行楽客のピークは過ぎたものの、まだまだ夏休み。特に学生風の行楽客が目立った。
8月21日
前日からの雨は朝になっても降り続いていた。2週間ぶりの出張のため、朝から福岡へ。雨の割には快調なドライブだったが、福岡都市部へ入った途端の渋滞だ。ラジオによると福岡ホークスvsライオンズのデーゲームの影響らしい。仕事先の学校一体も近くにサーカスが来ているらしく、道も駐車場も混雑。夏休み中の日曜日の出張はこれだからイヤだ。
雨のおかげか、僕が担当する模擬講議には参加希望がなし。担当者氏と臨時のミーティングをしてから学校を出た。もう雨は止んでいた。都心の写真量販店に立ち寄ったら、店を出てから渋滞に巻き込まれてしまった。
高速道路に入って間もなく、電光掲示板の警報に驚いた…「逆走車有」。高速道路を逆走して事故を起こしたニュースを何度か聞いたことがあるが、まさか自分が走行中にこんな警報が出るとは!以前に見た「歩行者侵入」の警報をしのぐ驚き。いやいや、そんなのんきなことは言ってられん。本当に逆走車が突っ込んで来たらどうしよう?!?!ハンドルを握りつつ、ちょっと焦った。
この警報は鳥栖ジャンクション付近まで出されていたが、逆走車に遭遇することもなかったし、ラジオのニュースでも交通情報でも何も言ってなかったので、たぶん一時的な混乱だけで事故に至らず済んだのだろう。
その後天気はすっかり回復。何とか日が暮れる前の高千穂に無事到着。
8月20日
朝から降りそうで降らない天気。午前中はのんびり過す。
昼過ぎから雨が落ち始めた。妻子を連れて買い物の後、妻の実家に立ち寄る。ヤギミルクをもらい犬に餌をあげただけで帰宅しようとすると、突然土砂降りの雨になった。
天気図を見ると、夏と言うより秋雨のような感じだ。しばらく雨が続く予報。
8月19日
今朝も冷え込み霧が出た。あとひと月もしたら、雲海の季節だな。朝から所用のため妻子を連れて外出したり戻ったり。午後は県と町の関係者が来訪。
今日も午後は降りそうな天気になったのだが、結局降らず。もう少し雨が欲しいところだ。
8月18日
朝は少し冷え込んで霧がでたようだ。そろそろ山にも入りたいところだが、今日は午後から天気が崩れるとの予報だったので、朝はゆっくり朝寝。
昼過ぎ、天気が持つなら妻の実家の犬やヤギの世話もしにいかないといけないのだが、と迷っていたら、雷鳴に続いて雨が落ち始めた。最初はパラパラだったが、間もなく本格的な夕立ちに。雷のためパソコンも使えないので、今日もミシンを引っぱりだして縫い物。不具合のあったベビー服2着をリフォーム。楽しそうに縫い物をしている僕を、子供を抱えた妻が感心しながら見つめていた。
夕方には一旦上がった雨だったが、夜にはまたまとまった雨になった。午後8時頃、僕が風呂に入っているとき、グラッと来た。地震だ。震度2か3くらいあった。まさか、また福岡か?急いで風呂から上がってラジオに耳を傾けたが、情報はない。はて?しかし、雷がなっているためパソコンが使えない。では携帯で…と思いきや、「圏外」表示。そんなバカな…??あっ!さては、雷で電波塔がやられたんだ!去年もそういうことがあったっけ。
仕方なく雷が止むのを待ちパソコンを起動してインターネットで地震情報を開く。震源地は「宮崎県北部山沿い」。高千穂町内や阿蘇などで震度1と出ている。規模の小さい直下型地震だ。僕の住む地区に地震計があればおそらく震度2とか3が出ただろう。
その後、携帯電話も回復した。真剣に防災対策を考えようかいな。
8月17日
すこし肌寒い朝だった。ひと頃の暑さが和らいだ、ということか?朝から家電店へ行き、FAX機のインクリボンを購入。やっと前夜のFAXを印刷して目を通すことができた。昼前までかかってこの仕事を片付ける。
昼過ぎ、約束通りミシンメーカーの方が来訪。春に購入したミシンが不調だというので、来てもらったのだ。幸い、ちょっとした使い方の問題で故障ではなかった。それでもイヤな顔ひとつせず親切に対応してくれた。やっぱりちゃんとメーカーさんは、サービスもしっかりしている。
妻子を連れて買い物に行った後、授乳で手がはなせない妻に代わって、僕がミシンを動かして縫い物。こういう作業もなかなか楽しいもんだ。
夕方から怪し気な雲が広がった。降るか?降るか?!と気を揉んだが、夜になってまとまった雨に。長くは続かなかったが、本当に久しぶりだ。
8月16日
前夜、遅い時間に雨が降った。ほんのお湿りだったが。で、今朝はすっかり夏の青空。あーあ、また暑くなりそうだ。午前中は子供の相手をしたりして過す。
午後、絵葉書の売り上げ状況の確認と商品補充のため各販売店を回る。お盆のお客のピークは過ぎた、と判断してのことだった。が、行楽地はどこも一杯。結局、落ち着いて商品点検ができたのは夕方ちかくになってからだった。お盆前は客の少なさを嘆く声が多かったが、12日ごろから客足が伸び、暦の悪さ(13・14日が土日に重なった)にもめげずに今日まで活況に恵まれたようだ。嬉しい誤算だった。僕の商品の売上も上々。
仕事で東京からFAXが入る。近年仕事のやり取りはメールで片付くことが多いので、FAXを使うのは珍しい。が、こういう時に限ってインクリボン切れ(普通紙タイプなもので)。FAX機が今どきのタイプで、データは読み込んで保存してくれたので、インクリボンを買ってくれば印刷できる。が、すでに夜だったので、明日に持ち越し。
この日、宮城県沖で大きな地震が発生。最大震度は6弱と、春の福岡西方沖地震にらかい規模だ。このところ地震が多いと感じるが、どうも気のせいでもないようだ。
8月15日
少し朝寝した朝。雲は多いが、やっぱり降らなさそうな、そして暑くなりそうな天気。午前中はパソコンのメンテナンスをながら(メンテナンスソフトの処理時間がかなり長くかかるので)のんびり過す。
昼から妻の実家へ。妻子と共に、仏壇に参る。後はいつものようにヤギの世話と犬の散歩。暑いのは暑いが、今日は雲が多いのでいくらか過しやすかった。
夕方から空模様が怪しくなった。すっかり日が暮れた後、久しぶりに激しく雷鳴が轟いた。我が妻は、実は雷が大好き。親子3人で外の縁台で稲妻鑑賞することに。蚊取り線香を焚き、線香花火を楽しみつつ、天空を走る稲妻を眺める。近所では打上式の花火が舞った。集落のあちらこちらで「精霊様送り」の灯りが見えた。夏もこれで一区切りか。期待した雨は降らず終い。
8月14日
天気予報は晴のままなのに、朝からどんよりした空が広がった。でも、降りそうで降らない。蒸し暑い。今日はお盆の中日かつ日曜日だ。どこへ行っても行楽客と帰省客で賑わっているだろう。午前中は自宅でのんびり過す。
午後、スーパーが一番空いていそうな時間を見計らい、妻子を連れて買い物へ。3店を巡っての買い物になった。帰宅後は午後の猛暑に耐えつつ、のんびり過す。
日没後、近所で地区のお祭があるというので、妻子を伴って出かけてみることにした。ところが、会場は大音響のカラオケ大会の真っ最中。これでは赤ん坊が愚図る、とすぐにその場を離れた。そのまま帰宅すれば良かったのだが、つい町まで足を伸ばし開いていた喫茶店へ。僕は生ビール、妻はケーキ、と、お互い結婚・妊娠以来滅多にありつけなくなった物を嬉々として頼んだまでは良かった。しかし間もなく我らが王子様の御機嫌を損ねた。慣れない夜の外出が良くなかったか?早々に店を後にし、妻の運転で帰宅。車の中で絶叫していた赤ん坊も、自宅で妻のおっぱいに吸い付くと、途端に静かになった。子連れの外出は、なかなか大変だ。
8月13日
相変わらず暑い毎日だが、とうとうお盆だ。午前中はのんびり過し、午後はいつものように妻子を連れて妻の実家へ。ヤギの世話と犬の相手だ。前日手に入れた米ぬかをヤギに与えてみると、うまそうに食った。義母さんに少しずつ与えるようにお願いした。
自宅の前を通る子供たちの姿を多く見かけるようになった。どうやら御近所さんたちのところにも、親戚やらお孫さんやらがやって来ているようだ。
8月12日
朝のうちから隣町に妻の親戚を訪ねる。少し早いがお盆参り。お昼を御馳走になった後、帰宅。
午後は毎度の避暑のため妻子は妻の実家へ。僕はお盆を前に絵葉書の補充のため販売店へ。大口の店を中心に4店を回って補充。昨年はこの時期に製造元のトラブルで欠品が相次ぎ販売店に迷惑をかけたが、その後、製造ルートを二つに分けたおかげで今年は余裕を持って商品の補充ができる。帰省客・行楽客の出足もよくなってきた。
実家が精米所という友人に頼んで、米ぬかを譲ってもらった。乳を出しているヤギに補助栄養として与えてみようと思っている。
8月11日
今日も朝から良い天気。午前中、先日福岡で購入したパソコン用の外付けハードディスクをセットアップ。撮影する写真のほとんどがデジタルカメラによるデジタル画像になり、「写真の保管」イコール「データの保管」を意味するようになった。パソコンの内臓ハードディスクとCD-Rでのバックアップだけではとても心もとない。外付けハードディスクに必要なデータをコピーし、ちょっと安心できるようになった。
午後は妻子を連れて買い物へ。お盆直前というとで、スーパーはさらに賑わいを増した。駐車場では他県ナンバーの車が何台も。僕らは妻の実家の墓前用に菊の花など購入した他は育児用の消耗品や日常の食材ばかりなのに、ちょっとした買い出しになってしまった。
8月10日
朝から空を見上げて、「今日も降りそうにないねぇ。ひと雨来ないかなぁ…」。連日の暑さに、少々夏バテ気味。最近、赤ん坊がひどく愚図ることが多くなり、しかも妻がおっぱいをあげないとおさまらない。以前のように僕が粉ミルクを与えてもダメだ。妻のことを、特別な「母親」という存在であると認識したようだ。
昼から妻の実家へ。前日あまり相手ができなかったヤギの相手。ちょっと健康状態に不安を感じていたのだが、どうやら単に暑さでバテているだけのようだ。外に繋いでしっかり雑草を食わせる。ヤギを木陰から見守りながら義母さんからもらった缶ビールを一本飲み干した。うまいっ!が、その後に犬の散歩をしたら、一気に酔いが回った。妻に車を運転してもらって帰宅。
夜、赤ん坊が普段より早く寝付いたので、妻と二人で外の縁台に座り込み、買っておいた線香花火を楽しむ。うーん、ニッポンの夏!(やっぱ、ここでビールが欲しい!)。
8月9日
ゆっくり寝ているつもりが、赤ん坊に起こされてしまった。午前中は夫婦揃って「ねみぃ(眠たい)」を連発ながら赤ん坊をあやしつつのんびり過す。
昼から妻の実家へ妻子を連れて行った後、僕のみ軽トラに乗って買い物に出た。軽トラが手に入ったらすぐに買いたかったものがあったのだ。それは自宅の軒先で使うための縁台。一番大きな長さ180センチの物を購入したが、軽トラの荷台には楽々納まった。さすがだ。早速、自宅に持ち帰り軒先に降ろした。間口の前に置くと、ちょうど縁側ができたようで、良い感じになった。妻の実家へ戻り、犬と(今日はヤギではなく)猫の相手。
午後の西日の強い自宅では、日没のあとの夕暮れ時は、熱がこもった部屋の中より、外のほうが涼しくて快適だ。夕食の後、妻を外の縁台に誘い出した。目の前が道路なので行き交う車の視線が気になるが、夕焼けを見ながら涼むのは悪くない。妻も気に入ってくれたようだ。ああ、ここでビールが飲めたら…。(注・授乳のため禁酒中の妻に配慮して、ビールは自粛中。)
8月8日
出張明けでゆっくり寝ていたかったが、前日連絡のあった絵葉書販売店に商品を補充するため、朝から営業活動。ほかの2店も回って商品の補充と点検。
6月に福岡で受験した「生物分類技能検定・3級」の合格通知と認定証が届いた。おー、やったね。今春から専門学校で、この検定の受験を念頭においた講議を担当したことがキッカケだったのだが、これで胸を張って授業ができるぜ。それに結構勉強になったし。2級検定は途端に専門性が高くなるので難関だと聞くが、がんばってみようかなぁ。
昼すぎ、先日購入を決めた中古の軽トラックが納車された。購入費用は妻の実家に出してもらい、任意保険の費用は僕。名義は妻だが、AT限定免許の妻がそのうち限定解除するまでは、運転はもっぱら僕の担当。田舎暮しの必需品である軽トラが手に入り、これで何かと便利になるぞ!
妻子と共に買い物にでると、スーパーが賑わっていた。高千穂が観光客以上に里帰り客で賑やかになるシーズンがやってきた。
8月7日
福岡出張のため、朝から移動。夏休みも半ばの日曜日で行楽客の車が目立ったが渋滞するほどではない。思いの外、順調なドライブ。朝で高千穂は曇り空だったが、到着した福岡は夏空。
昼から体験入学をやっている専門学校で模擬講議。参加してくれた高校生は9人で、これは僕が担当した模擬講議では最多記録。ついつい話に熱がこもる。
今回は日帰りのため、講議を終えてそのまま高千穂を目指す。熊本でどんよりとした雲に覆われたが、弱い雨が降ったのみ。強い雨は局地的だったようだ。夕刻に帰宅。高千穂でも一時的に雨が降ったのみだそうだ。
8月6日
今朝は確信犯的に朝寝。実は、連夜おそくの授乳のために睡眠不足が慢性化しつつある妻の希望だった。横で寝ているだけの僕でさえ睡眠不足が続いているのだから、夜な夜な赤ん坊を抱えて授乳している妻が辛いのは当然だ。9時頃までゆっくり寝ていたが、それでも妻はちょっと眠たそう。僕自身もこのところ出回ってばかりだったので、今日はできるだけ外出を控えて静養することにした。
朝のうちは晴れていたが、どんどん雲が広がり、昼過ぎには雨が落ち始めた。久しぶりのまとまった雨か?!と、期待したものの、雨はすぐに止んでしまった。その後は晴れたり曇ったりの天気。何とか自宅で過ごせる程度の暑さだったのは幸いだった。妻の実家へ行くこともなく、僕だけで買い物に出た。妻はやっと仮眠がとれたようだ。
生後3ヶ月半の赤ん坊は、最近寝返りを打つようになった。うつ伏せになったまま窒息しやしないか、とハラハラ。ところが、今日の午後になり、うつ伏せになったまま、首をしっかりともたげて周囲を見回すようになった。首の座りはまだ完全ではないが、日に日に成長する我が子が頼もしい。
8月5日
曇り空の朝。午前中、前日に中古の軽トラが入荷したという連絡をくれた自動車販売店へ。ちょうど僕らにはお手ごろ価格の車だった。細部に難が無い訳ではないが、試乗してみるとエンジンも悪く無い。まぁ、年式と値段を考えると妥当なところか。全タイヤ交換などの注文を付け、僕らの予算丁度で商談成立。高千穂では珍しく、若いがテキパキした社員の対応が印象的だった。役場で所用を済ませて帰宅。
午後、妻子を連れ、ある恩人を訪ねる。僕ら夫婦がまだ交際しているころから応援してくれた人だ。さらに結婚した時も子供が生まれた時もたいそうなお祝を頂いた。その後は子供を連れて行くと、まるで自分の孫のように可愛がってくれる。数々の恩へのささやかなお返しとして、僕が撮影した高千穂峡の写真でつくった大きな額をプレゼント。
夜、赤ん坊を風呂に入れる際、いつもだと入浴させる係の僕と入浴後のケアをする係の妻が、それぞれの役割を交代してやってみた。ちょっと新鮮な感じ。うん、何とかなったぞ。
8月4日
少し雲のある天気。朝から妻子を連れて外出し、昼前に帰宅。北上中の台風の影響か、心地よい風が吹く。が、昼過ぎにはやっぱり暑くなった自宅を脱出。久しぶりに妻の実家へ行き、ゆっくりヤギの世話と犬の散歩。動物たちも嬉しそうだ。もっと涼しい時間帯に相手をしてあげられるとよいんだけどなぁ。ま、それは一緒に暮らせるようになるまでお預けだ。
8月3日
曇り空の朝。先月末にできなかった絵葉書の精算と商品補充のため、朝から各販売店を回る。先月下旬に主だった店には商品を補充してあったので、多くの店は精算のみ。おまけにその後の行楽客の出足が鈍く売上は伸びていない。「愛知万博に客をとられている」という声を何度も聞いた。おかげで作業は順調に進み、夕方までに精算を終えた。
午後から天気が崩れたお陰で、夕方以降は過しやすかった。天気予報では北上中の台風の情報が流れている。
8月2日
蒸し暑い曇り空の一日。出張疲れで午前中はゆっくり過す。
昼から、妻子を連れて町の保険管理センターへ。今日は赤ん坊の「3ヶ月検診」だ。町内では今年4月生まれはたった4人とのことで「3ヶ月検診」の受信者は少なかったものの、他の検診なども重なって、乳幼児とその保護者でにぎやかなこと。見回しても、夫婦で来ているのは僕らだけだった。いくつかの健康診断の後、BCGの接種を受けた。思いのほか時間を食い、半日仕事だった。
8月1日
福岡の朝は蒸暑い曇り空。午前中は買い物などしつつ暇を潰した。昼ごろ街のギャラリーへ。翌日から始る恒例の写真展のため、地元出品者が集まっての会場設営だ。この写真展では、昨年までは福岡市内で撮影した動物の写真をずっと出品していたが、今年はもっと前にアフリカで撮影したゾウの写真だ。
3時過ぎに作業からひとり抜けさせてもらい、プロラボ(現像所)に頼んでいたプリントを受け取ると、高千穂に向けて走り出した。間もなくひどい土砂降りの雨に見舞われたが、それも一時的。後は比較的快適ドライブだった。
夕刻に高千穂に到着。借り物の車を返却し、愛車のジムニーに乗り移る。このジムニー、今回の出張中に以前から悪かった排気系の修理をしてもらった。やっと音が静かになり、本来のパワーが戻って一安心。帰宅後、シトシトと雨が降り出した。
7月31日
未明から断続的に激しい雷雨になった。朝になっても止まず、雨の中、例のごとく借り物の車で福岡へ出張。雨は熊本付近で止み、昼ごろに到着した福岡では雲間から熱い日射しが照りつけていた。
昼すぎから専門学校で「模擬講議」。今回は翌日に別件があるため、福岡の実家に1泊だ。あれこれ買い物の後、実家へ。
実家では鳴き止まないセミの声に閉口しつつ、ビールを飲む。高千穂では禁酒中の妻に気兼ねして、なかなかビールが飲めない(焼酎は飲むけど)ため、福岡ではゆっくり頂く。
7月30日
雨は前夜半から降り始めた。シトシトと降る雨は久しくぶりのまとまった雨。今日になってやっと田植えをすませた田んぼがあった。午前中、絵葉書の営業を1件。帰宅した昼頃には雨は小降りに。
午後はまた中古軽トラックを物色。前日目を着けて、本気で購入を考えていた出物が、既に売れていてショック。他店も見てみるが、良い出物はなく、結局今回は断念して、しばらく良い出物を待つことにした。予算が限られているので、なかなか難しい。
夕方には晴れ間が広がった。お陰で生乾きの洗濯物がきれいさっぱり乾いてくれた。
7月29日
曇り空の朝。低気圧の接近で天気は下り坂らしい。午前中はデスクワーク。
午後から断続的に雨がぱらついた。また妻子を連れて軽トラを物色しに行く。初めて行った店で悪くない出物を見つけたが、かなりの予算オーバー。どうしたものか。
7月28日
最近は夜は大人しかった赤ん坊が、夕べはやたらと愚図った。朝から久しぶりに山に入ろうかと思っていた僕もすっかり寝坊し、あっさり中止。天気は曇り。どんより怪し気な雲がひろがったかと思うと、薄日が射したり、不安定な空模様。一雨期待したが昼になっても降らず。
午後は前日に引き続き1軒だけ中古軽トラを見に行った後、妻の実家へ。僕は相変わらずヤギや犬の相手だ。赤ん坊は本格的にヤギ乳デビューを果たした。その後夜まで軽快なオナラが続いたが、粉ミルクよりお腹の具合が良いのかもしれない。
夕方になり、やっと雨がふったが、まとまった雨量にはならなかった。田植は乗り切ったとは言え、水不足になる前にもう一雨欲しい。
7月27日
また暑くなりそうな天気だ。午前中、カメラザックなど「クマ探し」用の機材と道具を久しぶりに引っぱり出した。僕のクマ探し活動の主軸である無人カメラによる撮影は事実上中断して久しい。山中にはカメラが仕掛けられたままだが、とっくに機能を停止しているはずで、「もし壊れていなければ幸運」といえる状況だ。そろそろ点検に行かないとなぁ。まずは機材のホコリを叩いて点検。
午後、妻子を連れて町に出る。農業機械の販売店と自動車の販売店を回った。お目当ては中古の耕耘機と中古の軽トラックだ。僕たち夫婦が妻の実家の田畑で農業をやって行くためにはどうしても必要になる。が、金はないし、たいした稼ぎにはならないのも目に見えているので金はかけられない。歩行(手押し)式耕耘機は、中古の情報が1件。軽トラックは数件の候補を見つけた。
2日前に情報提供のあった「クマの足跡??」という写真が届いた。それが雪の上に残された動物の足跡であることは確かだし、その足跡がかなり大きいものであるのも確かだ。しかし、雪上に足跡が残されたあと数日以上は経過しているだろう。雪が解けて指などの形状は判別できない。またこういう雪上の足跡は、時間が経過するに従ってどんどん広がるようにして解けて行くため、本来の大きさからするとずいぶんと大きなものになる。
動物の足跡というと、その足跡ひとつの形状から動物を判別する、という発想が多いが、少なくともフィールドワークとしてはこれは間違いだ。歩幅や脚の運び方、進路の取り方、足跡以外の痕跡など、総合的に情報を読みとって、動物の種類やそのときの行動などを推理して行く。従って、本来はそういう記録の取り方をしていないと意味がないのだが、残念ながら「足跡」として僕の元に届く情報は足跡のみのアップの写真、というパターンが多い。今回もやはりその例にもれず、残念。
3ヶ月になる赤ん坊は、不完全ながら寝返り運動を積極的にするようになった。ただ、まだ首が座ってないし、自分で元の姿勢に戻れないようで、うつ伏せのまま窒息するんじゃないか?と、心配。
7月26日
台風は関東地方へとそれ、高千穂は晴。風が強いが、かえって心地よい。午前中から妻の実家へ。台風対策で閉め切った馬屋に閉じ込められていたヤギたちを外に連れ出す。
昼どき、前日に打診のあった写真を今日中に届けて欲しい、という連絡が入り、慌ててデータの入ったディスクを先方に持参。行き違いがあったりしたが、まぁギャラは頂いたから良しとしよう。
午後から再び妻の実家へ。たっぷりとヤギ&犬の相手。ヤギは敷地内の除草に大活躍だ。妻と一緒に久しぶりに犬を洗ってやったが、抜け毛がたまっていることに気がついた。そう言えば、春の子供の誕生、そして最近ではヤギの導入で、以前ほど犬の相手をしてあげられていなかった。犬には悪いことをしてしまった。たまった抜け毛を取るために何度もブラッシングしてやると、犬がとても嬉しそう。
7月25日
台風の進路は東にそれて東海地方あたりを目指しているようだ。九州への直接的な影響はなさそう。雲がでたお陰で、このところの猛暑から解放され、むしろちょっと肌寒く感じることも。
午後、会社を経営する友人からの電話。宣伝用に写真を使わせて欲しい、というビジネスのお話。喜んでサンプルデータを送信。このところ写真の引き合いが急に多くなった。不思議なものだ。
宮崎市内の登山愛好家という男性から電話。今年の冬、祖母山系で見たことのない獣の足跡を雪上に見つけ、写真を撮ったという。写真の整理をしていて思い出したので、写真を送る、という。熊との関連は写真を見てみないと何とも言えないが…。この他にも、大きな植物臭のする糞を見つけたことがある、という。古い話で写真も残っていない、というのが残念(久々のクマネタでした!)。
7月24日
夏休み期間中は日曜が定例となった出張のため、朝から福岡へ。今日は行楽客の車もほどほど。渋滞もなく、快調に福岡到着。ショッピングセンターで買い物と昼食を済ませて学校へ。が、本日僕が担当することになっていた見学者向け模擬講議は、参加希望者なし!というわけで、久しぶりの給料ドロボーとなった。福岡にいたのはわずか2時間あまり。来た道を帰る。
熊本から山を越えて宮崎県境に差しかかるところで雨になった。断続的に土砂降りになったものの、自宅付近は小雨程度。局所的に雨が降っているようだ。妻の実家に寄ると、まだ妻子がいた。現在大平洋上を接近中の台風の動きが気になるところだが、強風に備えて片付けなどしていたようだ。少しだけ犬にかまってやったが、かえって欲求不満を増してしまったかな?
高千穂は午後から曇っていたようで、最近では珍しく過しやすい夕刻になった。接近中の台風の動きが気になる。
7月23日
朝から絵葉書販売店数軒を回って商品の補充。先日「海の日」で3連休となったとき(僕は福岡出張だったが)の賑わいが話題になった。ゴールデンウイーク並みだったそうだ。が、今はまた少し落ち着いているようで、本格的な客足は8月に入ってからだろう。
午後はまた妻の実家へ。ヤギや犬の相手の合間に家人らの片付け作業を手伝う。どうやらかなりの農業廃棄物が出そう。田舎の年寄りはゴミの処理に無頓着な人が多いが、こちらも例外ではない。くれぐれも焼却などせずに適切に処分するよう頼んだのだが…聞いてくれるだろうか?
2頭のヤギは仲良くやってくれると思っていたのに、ちょっと難しい状況だ。2頭を近くに繋ぐと子ヤギが今回来たメスヤギの乳を欲しがるのだが、メスヤギがこれを嫌がり、小突いたり噛んだり。2頭の間に挟まれてひと騒動だった。おまけにメスヤギが子ヤギ以上に僕になついたようで、嫉妬するような様子もある。うーむ、まいったなぁ。
7月22日
くり返して書くのも嫌になるほど、また晴れの暑くなりそうな天気だ。朝から絵葉書販売店の一つである駅前のお土産店へ。少し前に模様替えしてスッキリしたので、絵葉書用の大きな陳列スタンドを置かせてもらうことになった。先日届いたスタンドと大幅に増やすことになった商品を納品。他1店を納品したら昼になった。
午後も絵葉書営業の仕事に行きたかったが、あきらめて妻子を連れて妻の実家へ避暑することに。我が家は安っぽい作りの古い家なので、夏は暑く、冬は寒い。このところの暑さと強い西日で、午後は蒸し風呂状態だ(念のためお断りしておくが、当然エアコンなんてものはない)。僕1人ならどうにでもなるが、妻子が参ってしまいそうなのだ。妻の実家は、その点まだ過しやすい。家人たちと妻子が涼んでいる間に、僕は犬と2頭のヤギの世話。
夕方、町で買い物をして帰宅するものの、そこはまだ蒸し風呂のままだった。僕だけ絵葉書の納品のため再度外出。1時間ほどして帰宅すると、妻はその蒸し風呂のなかで赤ん坊を抱いていた。何とかしなきゃなぁ。
7月21日
今日もスコンと晴れた良い天気。暑くなりそうだ。午前中は雑務のデスクワーク。
昼から妻の実家へ。午後2時頃、約束通り隣町からAさんがヤギ3頭を連れてやって来た。続いて、この暑いのに大分県からわざわざお越しのMさん。Aさんが飼い続けられなくなった3頭のヤギのうち、乳の出るメスを僕が、親子のオス2頭をMさんが引き取ることになったのだ。代金は僕とMさんで7500円
ずつ折半。
さすがに成獣だけあって、先日入手した子ヤギとは比べものにならないくらいデカイ。食欲も旺盛で、雑草をバリバリ食ってくれる。これは頼もしい!体にブラシをかけてあげたり、伸び過ぎた爪を切ってあげたりしていたら、いつの間にかすっかり僕になついてくれた。子ヤギとお揃いの「カウベル」を首から下げてあげた。乳搾りは当面、経験者である妻の家人にお願いすることに。
息子は今日で3ヶ月になった。元気で何より。
はいじ&くらら
7月20日
日が高くなる前に自宅前の草刈りをするため、少し早起きしようと思っていたものの、やっぱり寝坊。草刈りを始める頃にはぐんぐん気温が上がり始めた。ふー、暑い暑い。刈り取った草はちょっとした量になった。これは妻の実家のヤギの餌だ。
午後、夜神楽の写真の画像データが入ったディスクを持って天岩戸神社へ。案内看板に使うという写真を選んでもらう。どんな看板になるのか、楽しみだ。画像使用料は即金で支払ってくれた。ここの宮司さんはこういうことに関しては実に現実的で話が分かる。
エアコンのない自宅は午後の西日を受けて温室状態に。逃げ出すように妻子を連れてスーパーで買い物。だがその天国もほんの一時で、帰宅してからがまた地獄だ。毎年の事で慣れている僕は良いが、妻子は少々辛そう。日没後の涼風で生き返る。
7月19日
少しゆっくり寝ていたかったものの、早朝から顔のまわりをハエが飛び回ったお陰で朝寝ができず。
昼過ぎ、妻子と共に妻の実家へ。妻の実家は小さな農家。敷地は決して広くはないうえに急斜地なのだが、いつかここに家を建てて妻の家人たちと(そして動物たちと)一緒に暮せるようにしたい、というのが僕たち夫婦の夢のひとつだ。夢を見るのはシロートでもできるが、本当にこんな場所に家が建つのか?建つとしたら、規模や、だいたいの費用は?など基本的なことが皆目見当もつかない。そこで、建築家の友人にご足労願った。僕たちからだいたいのイメージや土地の状況を説明すると、かなり具体的にアドバイスをもらうことができた。ありがたや、持つべきものは友である。
友人が去った後、ヤギや犬の散歩。が、今日はカンカン照りの猛暑。すぐにバテバテ。
7月17日・18日
17日が日曜日、18日が海の日で祝日。土曜日だった16日まで含めると、世間的には3連休だ。が、僕はこの2日は福岡出張。夏休みの体験入学用模擬講議だ。
17日朝から移動で、多少行楽客の車が目立つものの概ね快調なドライブで福岡へ。が、福岡近郊は高速道路の出口付近とそれに接続する都市高速道が大渋滞。危うく遅刻するところだった。
実家で一泊し、18日も昼から講議。終わって高千穂に向かう帰路は、今度こそ快適ドライブだった。
7月16日
目覚めると、スコン!と晴れ上がった青空。おお、本当に夏がやって来た。朝のうちから妻子を伴い町内の妻の親戚関係を回る。出産のお祝を頂いたみなさんへのご挨拶だ。昼までに7軒を回り終えた。午後は雑務、そして絵葉書の補充を1軒。
先日から知人の仲介で、飼い切れなくなったヤギ3頭を引き取って欲しい、という話が来ていた。こちらは既に先日1頭を仕入れたところだが、追加が欲しくない訳ではない。3頭のうちこちらの希望にあう1頭の引き取りは了解したが、残る2頭の引き取り手を探すところまで頼まれてしまった。少々無責任すぎはしないかい?と思いつつも、ネット上で呼び掛けると早速手が上がった。今日の夕方、ようやく3者の話がまとまった。来週には2頭目のヤギがやってくるぞ!
7月15日
珍しく早起きすると、外は霧。爽やかな夏の朝だった。すぐに支度をして妻子を伴って外出。妻の親族への挨拶など、いくつかの所用を済ませた。予定より早く昼前に高千穂にもどった。が、昼食の用意ができていない。そこで、妻がかつて勤めていたレストランへ。ここなら赤ん坊を連れていても気兼ねせずに済む。妻にとっては久しぶりの外食となった。
午後は再び妻子を連れ、所用のため役場へ。役場には知り合いが少なくないが、そのうち何人かに声をかけられた。ここぞとばかりに赤ん坊を見せびらかす。帰りに妻の実家へ行き、犬とヤギの散歩。一度に済むと良いのだが、犬の気性が荒いためそうも行かない。2度に分けた散歩で暑い、暑い!暑いと思えば、気象台からは「梅雨明け」の発表。どおりで夏空なわけだ。
7月14日
朝は曇り空だったが、間もなく雨がひと降り。小降りになったところで、妻子を連れて町の保険管理センターへ。赤ん坊の体重を計ってもらうと5400グラムほどだった。誕生時からほぼ倍増。順調だ。ここにこのようにして来るのは2度目だが、父親同伴は非常に珍しいらしく、職員のみなさんから感心された。
午後は天気が回復し暑くなって来た。妻の実家の犬やヤギの相手をしに行きたかったが、パソコンで一仕事していたら遅くなってしまった。
7月13日
朝から薄曇りの悪くない天気だ。たまった洗濯物が物干竿にずらりと並んだ。庭先でキュウリ1本とミニトマト3個を収穫。さらにお隣さんの家庭菜園でナスとインゲン豆を頂いた。ぐずる赤ん坊をあやしていたら、すぐに昼になってしまった。
午後は夕立ちのような激しい雷雨。心地よい涼しさだ。小降りになったところで妻子を連れて買い物へ。スーパーで買い物は妻に任せて赤ん坊をだっこしていたら、なぜか女子高生たちの視線。僕の顔に見覚えがあったのか、それとも僕みたいのが赤ん坊をだっこしているのが珍しかったのか?
7月12日
朝のうちから雨が降り出した。まとまった雨だ。午前中は雑務のため外出。昼からボサボサに伸びた髪を切りに行く。妻ともども行きつけの店なのだが、子どもから離れられない妻は今回は断念した。
頭がスッキリしたところで、妻の実家へ。雨は上がったようだし、たっぷりと犬の散歩と遊びの相手。その後は今度はヤギの散歩。すっかり家に馴染んだ子猫は、当初メスだと思っていたのだが実はオスであることが判明した。ま、いずれ避妊(去勢)するつもりなのでどっちでもよいのだが。
夕方ごろには天気もすっかり回復してきた。夜風はちょっと肌寒いほどだ。
7月11日
やはり福岡と違って高千穂の朝は涼しかった。もっとゆっくり寝ていたかったが、サボりにサボった絵葉書の営業に行かねばならない。6月はあまり売上の上がらない月なので、大口の販売店以外は精算を見送って商品の補充のみとした。夕方までにほとんどの販売店をなんとか一巡りできて、一安心。ある大口の販売店から専用のオリジナル絵葉書の製作を依頼された。取りあえず試作品を作ってみる、という話に。
福岡で両親などに遊んでもらったのが刺激になったのか、赤ん坊が人形などに話しかけるような感じで声を出すようになった。また、今日は僕らの呼び掛けに答えるように言葉をリピートしたように聞こえた。うーむ、こいつは天才かもしれない(親ばか!<<妻)。
7月5日〜10日
6・7・8日の3日連続で専門学校の講議の予定が入った。形式上では先週の講議を最後に夏休みに入っているのだが、様々な理由で「休講」となった講議の「補講」が集中的に組まれているためだ。それに合わせて妻子を福岡の実家へ連れて行くことにした。5月に一度連れて行っているので、2度目だ。
5日に福岡へ移動。6・7・8日は昼間は僕は仕事、妻子は実家でのんびり過したようだ。成長著しい孫の姿にふれることができた両親も満足そう。9日に戻ってくる予定にしていたが、活発化した梅雨前線の影響で大雨となり翌日に延期した。おかげで9日は僕もゆっくり過すして骨休め。10日、熊本県内を通過中には何度か大雨も降ったが、無事高千穂着。やっぱ高千穂は福岡に比べて涼しいや。
この間、7日には大きなニュースが入って来た。ロンドンで開幕した先進国首脳会議に合わせるようにして発生した同時多発爆弾テロ。地下鉄や路線バスが狙われた。
7月4日
相変わらずどんよりした空。今週はちょっとハードなスケジュールだ。前日、日帰りで福岡に行って来たばかりだが、明日からまた福岡で4泊ほどする予定。その間の専門学校の仕事も今週は普段より講議が多くなってしまった。絵葉書の営業にも行きたいところだがそれはあきらめ、講議の準備。午後は気を利かせた妻が「犬とヤギの世話」と言って子どもを連れて実家へと出かけた。久しぶりにひとり講議準備に集中できた。
雨は何度か降ったものの一時的。山の方はもう少し降っているとは思うが、これまでの水不足を補うにはまだ降り足りない。災害が起こっても困るのだが、適度に雨を降らせて欲しいものだ。
7月3日
今朝もどんよりした空。寝ぼけ眼の妻子を残し、専門学校の仕事のため福岡へ。今日は日曜日なので通常の講議はないのだが、高校生向け体験入学の夏シリーズが始まった。今シーズンも毎週のように模擬講議を頼まれているのだが、今日はその1回目だ。降ったり止んだりの天気の下、借りた車でドライブ。週末とあって、普段より家族連れを多く見かけた。
昼過ぎから高校生相手にアフリカの動物のお話。今回の仕事はこれだけなので、実家には寄らずにそのまま日帰りで高千穂へ。夕方、帰宅。妻子はのんびり過したようだ。高千穂では降雨はなかったとのこと。
7月2日
朝からどんよりした雲が広がっているが、降りそうで降らない。午前中から妻の実家へ。ストレスのたまっていた犬は散歩させた後ブラッシングしてやったらとても喜んだ。ヤギも散歩させながらいろんな草を食べさせると嬉しそう。ネコたちには爪研ぎ用のマットをプレゼントしたのだが、爪を研ぐ前に付属のマタタビで落ち着かなくなってしまった。
昼からまとまった雨。福岡などで大雨が降っているらしいというニュースを聞いた直後だったのでちょっと心配しつつ、久しぶりの梅雨らしい雨を見守る。断続的に強く降ったが、幸い災害が起こるようなひどい雨にはならなかった。水不足に悩んでいた農民にとってはちょうど良い恵みの雨だろう。
7月1日
いつの間にか7月。今年ももう下半期か。早!
朝から絵葉書の精算のためある販売店へ。今回は月末日が出張に重なり精算に回れなかったのだが、6月はもともと売上が上がらない時期なので集金も補充も慌てることはない。ただ、どうしても毎月末日に棚卸しをして請求書を出さなくてはならない店と言うのがある。事前に断って今日にしてもらったのだが、正直、こういうのはちょっと面倒臭い。
佐賀県に住む友人I君からおめでたいメールが入った。かつてアフリカで知り合い、今は専門学校の講師仲間でもある男だが、地元の女性とゴールインすることになったそうだ。僕たち夫婦同様に「おめでた婚」らしい。こりゃあ、めでたい!一足早くパパになった僕は、お祝メッセージと合わせて、初めて「先輩パパ」としてのアドバイスを返信にしたためた。今度会ったときには、子育て談義かな。
蒸し暑い1日で、結局雨は降らず。午後はのんびり過して疲れをとった。お隣の奥さんが畑でとれた立派なピーマンとナスを分けてくれた。自宅のプランターのキュウリやトマトは今一つ元気がない。やっぱ野菜づくりも一朝一夕にはいかないもんだ。
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