エコロジスト栗原のクマ探し日記(1)

ご注意!このページは普通に上から順番に読めるように日付が並んでいます。


参考のために…祖母・傾山系のクマ年表祖母・傾山域マップ by Mr. Sugimoto祖母傾最新情報 by Mr. Kato無人カメラのこと

いつもお世話になってます…延陵レンタカー高千穂ユースホステルアウトバック(クマ対策用品)

写真…photo1(傷跡)photo2(シカ)photo3(テン)photo4(カモシカ糞)photo5(クマ看板)photo6(平行線痕)


2000年4月17日

 アルバイトの休憩時に新聞に目を通していた僕は、ある記事の見出しに目を止めた。

 「傾山のツキノワグマ調査・つめ跡、ふんを確認・鑑定へ」

 九州産ツキノワグマは、大分・宮崎県境の祖母山・傾山一帯でその噂があるものの、永年の謎とされてきた、というのは知っている。どうやら最近目撃情報があり、地元の登山家たちが独自に調査を行ったようだ。なにやら手がかりを掴んだらしい。

 「ほぉ、まだクマがおったか。地元の登山家や自然愛好家が地道に探しつづけていたんだね。いいこと、いいこと。やっぱ、こういうのは地元の人間ががんばってこそ意味があるってもんだ。」

 このとき、僕はまだ「クマ探し」の一傍観者に過ぎなかった。


5月6日

 夜、西中国山地のツキノワグマの生態を紹介したTV番組が放映された。傾山のクマ報道の直後だったため、興味深く拝見。

 ツキノワグマの生態についてはほとんど無知だった僕は、映像を見て驚いた。ブラインド(カメラマンがみを隠すための覆いやテントなど。野鳥や野生動物の撮影では多用される)+望遠レンズくらいではすぐにスタッフの気配に気付いてしまう。重要な映像の多くが無人撮影かリモコン撮影されていた。これほど用心深い動物だとは思わなかった。

 紹介された映像のほとんどは日本屈指のクマ研究者が手がけていることがわかった。いわば、クマのプロ中のプロだ。そのプロをもってしても無人撮影やリモコン撮影を要求されるとは…!とてもじゃないが、シロートが普通のカメラを首から下げて歩いて写真が撮れるような代物じゃない!!

 祖母傾山系にクマがもしいるとしたら…その写真が撮れるのは無人撮影法の技術をもっている僕しかいないのではないか…???


5月7日

 某メーリングリスト上でクマに詳しいことで知られるF氏(岩手県)に連絡をとる。まずは現地の状況だ。すぐさま返信があり、現地情報に詳しい方を紹介してもらうことに。


5月9日

 F氏の紹介で宮崎県高千穂町在住で最新情報を持っているO氏から連絡がある。同町内でも昨年11月にはクマの足跡?が、今年4月にはクマのふん?が発見されていた。

 さらに、宮崎市在住の獣医師・K氏を紹介してもらう。K氏は永年、祖母傾山の「幻のクマ」を追いつづけている登山家で、現地の山に詳しいらしい。さっそく手紙をしたためることにした。

 数日後、K氏からのFAX。5月20日に予定している同好会の山行への誘いだ。祖母傾山系の経験がまったくない僕にとっては絶好の視察のチャンス。すぐさま、同行させていただくことになった。


5月19日〜20日

 初の高千穂町入り。福岡から高速バスで約3時間余り。

 まずはO氏と落ち合う。これまでのクマ情報を教えてもらったあと、同町の町役場と営林署へ案内していただき、関係しそうなほとんどの部署で担当者と面会。情報収集だけでなく、地元のクマに対する感情を探るためだ。

 皆一様に「いて欲しいような、欲しくないような…」という本音を語ってくれた。これは余所者の僕にも十分理解できる。しかし、同時に「もし本当にいるのなら、1日も早く確認されてほしい。今のままでは、保護対策も被害対策も何もできない。あなたの撮影が確認の役に立つのであれば、歓迎します」との意向を示していただいた。地元の賛同が撮影の必要条件、と考えていた僕の気持ちが実施に向けて本格的に動き出した。営林署では国有林入林許可について協議、快諾を得る。

 この日は久しぶりにユースホステルに投宿。協力隊時代に馴染んだ「ドミトリー」を思い出させる雰囲気がある。その後、ここは僕の常宿となった。

 夕方、先日大分県で採集されたふんはクマのものではなかった、という報道があった。

 

 20日朝、宮崎市からのK氏の一行と落ち合い、マイクロバスで山に向う。中高年者、初心者向けの日帰り山行だ。美しいブナ林が残る稜線を歩く。なんとも気持ちの良い道だ。なんで今まで祖母傾山に来なかったんだろう?ちょっと後悔。

 ただし、である。森全体を見下ろしたところ、やはり天然林の面積、奥深さが少々物足りない。僕の中で「クマのいる森」の基準である白山(北陸)の広大なブナ林と比較するほうが可哀想かもしれないが、大型獣であるクマの生息を支えるにはぎりぎりの線、という印象を得た。この時点での僕の「クマ残存期待度」は50%。

 下山後は温泉に浸かって汗を流す。いいね、温泉のある山は。よし、ここに通うぞ!


5月31日〜6月2日

 営林署で入林許可が出たことを確認し、2泊の予定で高千穂に向う。今回は山中に無人カメラを2基しかける予定。

 前回はK氏一行が用意したマイクロバスを利用して山に向ったが、今回からは自力だ。車を所有していない僕にとってはこれが最大の問題。悩んだ末、レンタカーを借りることにした。事前に予約したレンタカー会社のM社長がバス停まで迎えに来てくれた。電話での印象通り、気さくで感じの良い人だ。

 営林署に立ち寄ったあと、約束通りO氏の職場に挨拶に行く。するとO氏は挨拶もそこそこに「新聞記者を呼んどいたから、話をしてあげてください」と。まだ山にも入らないうちから地元2紙の記者相手にまるで記者会見状態。結局翌日、翌々日の紙面に写真入で紹介されてしまった。

 

 6月1日、地形図上でめぼしを付けておいた尾根に入る。笹薮がひどいが、かろうじて獣道があるのでそれを頼りに分け入る。シカの角痕、イノシシの寝床跡、ふんなど獣の痕跡が多い。

 1時間ほど進み、薮が開けたところで休憩をとっているとき、ふと見上げた木に鋭い傷跡を見つけた。クマの爪跡か?!この山ではシカの角こすり痕をクマ爪痕と誤認した例が多く、この日もそういう傷を多く見た。だが、この傷は樹上2mの位置についていること、直線的な鋭い傷であること、全てではないが一部が綺麗な平行線を描いていることなど、シカ角痕とは印象が異なる。photo1(傷跡)

 この後この少し上まで登って、尾根上に最初の無人カメラをし掛けた(A地点)。

 尾根を下る際、地図とコンパスを使っていたにもかかわらず、登った時の進路を完全に見失い全く違った場所にでてしまう。幸い無事に山から出られたが、今後は気をつけないと危険だ。

 

 2日は前日とは別の尾根を目指す。一見、前日の尾根と似たような状態だが、藪の中にほとんど獣道がない。1時間ほど悪戦苦闘の末、前進と無人カメラの設置を断念。次に選んだ尾根はなだらかで歩きやすく、獣の痕跡も多い。この尾根に2基目の無人カメラをしかけることにした(B地点)。下山後、カメラ設置位置の報告をしに営林署へ。入山地での最小限の薮刈りを許していただいた。

 レンタカーのM社長はこちらの事情を察し、次回から格安で車を貸してくれることを約束してくれた。感謝!!


6月6日

 現像・プリントに出していた「クマ爪跡?」の写真ができあがり、早速スキャニング。デジタル画像化して、関係者に配信。作業中、パソコンが何度もフリーズして大変!やっぱ高性能マシンに代えないとだめかな?


6月7日〜8日

 7日に高千穂入り。昨夜配信した写真が、既に一部新聞社に流れていた。O氏が気を利かせたらしい。そんなつもりで配信したんじゃないんだけど…ま、いいか。

 案の定、O氏の職場に行くと、前回の地元2紙の記者が待ち構えていた。早速発見時の状況を説明。「クマ爪跡であるかどうかは、専門家に問い合わせ中でまだ確認がとれていない」「古い傷なので、仮に本当にクマ爪跡であったとしても、クマ現存の証拠とはならない」ことを確認して、記事掲載を承諾。これは翌日の紙面に写真付きで掲載された。写真の謝礼をもらったのが、久しぶりの収入(^-^;

 さらにA紙延岡支局からも連絡があり、翌日の作業時に同行取材を、と頼まれる。

 この夜、レンタカーM社長の誘いで飲み会。社長の会社のガレージで焼肉パーティ。地鶏と焼酎がうまい。地元の方たちの激励に、調子に乗って飲みすぎた。

 

 8日朝は完全に二日酔。A紙の記者氏と合流して入山。記者氏に「酒くさい」と言われてしまった。

 まずはA地点と「爪跡?」に向う。前回の反省から購入した刃渡り22.5cmの剣鉈(山刀)で薮を払いながら、また所々に目印をつけながら前進。手が傷だらけだ。薮刈りの手間で、かえって時間もかかった。2時間ほどかけ「爪跡?」に到達。A地点のカメラは数コマ進んだところで止まっていた(よくあるトラブル)。残コマが多いが、フィルムを回収。下山時、またも目印を見失い、かなりヤバイところを下りる羽目に。記者氏は「命がけですねぇ」と。

 林道に出て休憩を取ろうとしたとき、山の斜面で何かが数回にわたって薮を揺らした。緊張が走る。しかしすぐに静かになり、結局何者かはわからず。クマかな?

 B地点のフィルムを回収した後、同じ尾根にもう1台無人カメラをしかけた(C地点)。

 翌日、A紙のローカル面に「爪跡?」の写真と記事が掲載。


6月9日

前日回収したフィルムを福岡で現像。シカ、テン、タヌキ?が写っていた。


6月13日〜15日

今回は2泊の予定で高千穂入り。カメラ設置点以外の場所も見て回る。が、特にめぼしい収穫はなし。A地点のカメラを少し標高の低いところに移動。3箇所ともコマが進んでいなかったのでフィルム回収を見送る。

15日、地元紙に宮崎県版レッドデータブック発行の記事が出ていた。ツキノワグマは「絶滅」扱いとなっている。これは、県が公式にクマの絶滅を宣言したことを意味している。残念。


6月22日

 福岡の民放TV局・K局から取材の打診。まだクマの写真がとれたわけでもないのに、こんなにマスコミ取材が先行してしまって、いいんだろうか??でもこの局の報道部デスク氏は友達だし、以前小さな写真展を取材・紹介してくれた「借り」もあるし…ま、いいか。


6月26日〜27日

 26日に高千穂入り。夜はまたレンタカーM社長の誘いで飲みに行く。たまたまユースホステルに来た岩手県の女性も連れて行ったら、社長はちょっと誤解したようだ。YHでナンパするほど若くないよ。赤い顔でTVに写るのはカッコ悪いから、二日酔いにならないようにしよう。

 27日朝、K局取材クルーと合流。山に同行するのは記者(女性)、カメラマン、アシスタントの3人。かなりハードな行程であることは事前に説明していたのだが、やはり撮影機材はかなりの重量。天候も持つかどうか怪しい状況なので、ハードはアプローチとなるA地点、および「爪跡?」に向うのは断念。楽なアプローチのB/C地点の尾根を中心に撮影してもらう。

 山育ちという女性記者はなかなかタフだ。自然に対する感性もいい。番組のしあがりに期待。


6月30日

 福岡の自宅でK局の取材。散らかった自室で機材製作の様子などを撮影した。先日回収したフィルムに写っていたシカの写真を使ってもらうことにした。photo2(シカ)


7月3〜5日

 2泊の予定で高千穂入り。初日からまたM社長たちと飲む。すっかり飲み友達状態。

 4日に無人カメラ3基の点検とフィルム回収を終え、5日は一般的な登山ルートから祖母山山頂へ。5月にこの登山道上にクマが出たという未確認情報があったからだが、登山道沿いに周囲の環境を確認したのみ。山頂から大分県側の様子を観察。地形が厳しく撮影は困難のようだ。

 K局の番組は4日の放送予定が急遽5日に。ローカルニュース番組(福岡県内のみ)の中の1コーナーだし、九州沖縄サミットを目前にしたこの時期だから仕方ない。いずれにせよ、宮崎では放送されないので見れず。


7月6日

 何人かの友人たちから、「TV見たよ」というメールが入っていた。しかし、変だな。いつもこういう時は一番にメールをくれる人たちから何も来てない。…その後、放送予定が決まった直後に関係者に送ったつもりの宣伝メールがちゃんと送信されなかったことが判明。と言うわけで、この放送を知っていたのはごく一部。むむむ、残念。

 なーに、クマが撮れた時が本番さ。そうなりゃ、全国ニュースでオンエアでしょう。


7月7日

 今回回収したフィルムの結果…シカが8コマ、そしてタヌキ?とウサギ?が各1。

 福岡でのサミット蔵相会議が終了。次は宮崎外相会議。これが終わるまで大人しくしていよう。おっと、台風4号の動きが気になるね。天気を見ながら動かないと。


7月10日

 やっと先日のTV放送のビデオを拝見。良い感じにまとまっていたので安心。さらに、大分県側での調査の様子や87年の最後のクマ捕獲時の映像など、僕が見たことのなかった資料映像も入っていた。


7月14〜16日

 宮崎外相会議も終わり、2泊の予定で高千穂入り。

 先日の岩手の女性がM社長当てに日本酒を送ってきたらしい。社長は仕事サボって海でサザエを獲ってきて、飲み会(あちらでは「のみかた」)準備OK状態で僕を待っていた。もちろん美酒のお裾分けをがんがんに飲ませていただいたのは言うまでもなく…。この夜、またYHにやってきた一人旅の女性を同伴したら、みんなから真顔で「奥さん?」と聞かれた。嫁さんもらえる身分じゃない、って!

 

 15日はいつものように3基の無人カメラの点検。一番アプローチのきつかったA地点も、これまでの笹薮刈りで、随分楽になった。が、ここはほとんどコマが進んでいなくて、フィルムは回収せず。のこる2地点のみ回収。

 比較的早い時刻に山から出て来れたので、付近の山中の林道を車で視察。林道を車で走っていてクマと遭遇した話もあるので、期待してカメラをスタンバイして走ったが、現実はそんなに甘くない。テンを1匹目撃したのみ。そのうち夜走ってみるかな。

 YHで夕食(コンビニ弁当)を食った直後に、突然M社長からの呼び出し。またみんなで飲んでるらしい。喜んで行ってしまう僕も僕だけど…。先日のテレビ放送のビデオをみんなに見せたら、オオウケ。この放送が福岡でしか流れなかったことがつくづく残念。

 この日、九州南部の梅雨明けが発表された。

 

 16日は隣町の日之影町から傾山山麓を目指す。このあたりにも目撃や足跡の情報がいくつかある。しかし、車で見て廻った限りでは、無人撮影向きの場所は見つからなかった。週末だし、天気も良いしで、綺麗な流れの川には釣り師や家族連れの行楽客がたくさん。次回営林署で山の詳しい情報をもらってから、どうするか考えよう。早めに戻って日之影温泉駅(高千穂鉄道の駅兼温泉)に。

 この日は日曜日。福岡に着いたは良いが、バスの乗り継ぎがすごくわるかった。仕方なくいつもと違う路線のバスを使ったために、バスを下りてから大荷物を抱えて夜の住宅街を長々と歩く羽目に。週末に帰宅するスケジュールはもう止めよう!


7月18日

 先日回収したフィルム2本の現像があがってきた。シカ…6コマ、ノウサギ…2コマ、しっぽだけ写っているのはテン?…1コマ。写真のできは良い感じ。しかし、ニホンカモシカやイノシシはどこへ行った??

 このサイトを見た旧友から感想のメール。「熊をおってますか。なんかサイト見る限りじゃ熊より、酒と女性のほうをよ〜け追ってるような・・・。」おいおい…!それはそれ、これはこれ、ですよ。


7月23日

 福岡は連日の猛暑で雨もほとんど降っていなかったが、天気予報によれば今夜から久しぶりに「大雨」とか。

 新聞の新刊紹介で見た「ニホンカモシカのたどった道」(*)という本を買ってきた。祖母傾山系でニホンカモシカの調査をした研究者が書いた本だ。冒頭にこんな一節…「1960年ころ、九州にはカモシカがいないとみられていた。しかし、山男たちは(中略)”みかけた”といっていた。」なんとニホンカモシカでさえ、当時はこんな状況だったとは。もっとも、加藤(1959)(**)にはその生息がはっきり記述されているのだから、ちょっと変な話ではあるが…。いずれにせよ、祖母傾ではカモシカの写真も撮りたいから、大いに参考にさせていただくとしよう。

  (*)小野勇一(九州大名誉教授)著、「ニホンカモシカのたどった道」、中公新書(1539)、2000年6月発行

  (**)加藤数功著「祖母大崩山群における熊の過去帳とかもしか」(「祖母大崩山群」, しんつくし山岳会、1959年発行)


7月24〜26日

 2泊の予定で高千穂入り。高千穂行きの高速バスは夏休みの子供たちで満席だった。

 さて、来たはいいが、天候が心配。梅雨を思わせる天気図上では前線がゆっくり南下してきている。明日は雨の予報。こりゃ、明日は山での作業は無理か…、というわけで心置きなくM社長たちと飲むことにした。いつものように社長の会社のガレージで地元で採れた天然アユを塩焼きにしてもらったら、うまいのなんの!今回はこの他にも大物のコイなど川魚をたらふく食わせてもらった。…と、このあたりまでは記憶がハッキリしている。その後、町に出て数軒をはしごしたらしい。

 25日朝、天気予報は大ハズレ。どんより曇ってはいるものの、入山を諦めるほどの悪天候じゃない。しかし…僕の頭は「大荒れ」。ひどい二日酔いだ。これでは車の運転も無理。とりあえず、午前中は休むことにした。ぜひ一緒に山に行きたい、というユースホステルのヘルパー君をつれて、昼から入山。行程の楽なB、C地点のみを廻ってフィルムを回収。

 「今夜は大人しくしていよう」と思っていたのは、最初のグラスに口をつけるまで。この夜はYHで名古屋の学生君たち、ヘルパー君らと焼酎を2時まで飲んでしまった。

 26日朝は幸い二日酔いにはならなかったが、さすがに寝坊した。A地点の点検の後、久しぶりに「爪跡??」、そしてその少し奥まで見てまわったが、これといった収穫はなし。今回は営林署で他の地域の地図をもらってきたので、そちらを視察するつもりだったのだが、時間が中途半端に足りなくなってしまった。う〜ん、まいいや。次回にしよう。早々に下山。

 次回から、すこし酒を控えないとだめだな…(そんなことは10年前からわかってますよーだ)。


7月28日

 今回回収したフィルム3本の結果…A地点は空振り。B地点はシカとノウサギ。C地点にはシカばかり10コマほど写っていた。

 今回の結果から、これまでも気になっていた機材に関するいくつか問題がより鮮明になってきた。詳しいことはここには書けないが、要は現在基本としている手法は、特にシカへのインパクトが強すぎるらしい。野生動物へのインパクトは少ないに越したことはない。方針の転換を考えないといけない。


8月4〜7日

 3泊の予定で高千穂入り。

 九州の南海上にある台風の動きが気になるところだが、到着したその日の高千穂は抜けるような青空に刺すような強い日差し。これが太陽の国・宮崎の夏、ってことか?個人的にはアフリカの空を思い出した。

 今回は3夜連続で夜間の林道を車で走ってみた。昼間はお目にかかれない動物たちの姿が見られるに違いない。もちろん、クマが出てくれば申し分なし。アフリカ時代に使った「ナイトサファリ仕様」のカメラを用意した。…というわけで、M社長との飲み会は今回は辞退。社長がちょっと残念そう。

 初日の夜はとろとろ走った(時速5kmくらい)せいか、ウサギ数匹のみ。動物たちが車の接近に気付いて隠れてしまうまでに接近しないと、見通しの悪い林道では見ることもできないようだ。アフリカのナイトサファリのようなわけにはいかない。YHに戻ると既に飲み会が始まっていた。即、参加させていただいたのは言うまでもなく…。

 

 5日はいつものように無人カメラ3基の点検。3箇所ともこれまでになくフィルムが進んでいた。誤作動でなければ良いが…。B、C地点と同じ尾根に4基目となるD地点を設定。先日通過した台風の影響か、森の中には木の枯枝が散乱し、先日まで立っていた朽木が倒れていた。

 この夜の夜回りは、前日よりもややペースを上げ時速15kmくらいで走った。前夜より走行距離を増やしたこともあり、ウサギ10匹ほど、シカ1匹に遭遇。

 

 6日は無人カメラ設置に向けて新しいエリアの開拓のため林道を走る。従来設置している地域より祖母山に近い山麓で、地形もより厳しい。崖が多くなかなか良い場所が見つからないが、1箇所だけ魅力的な場所を発見。シカの痕跡が多いところだ。

 夜はまた三度「夜回り」。さらに走行範囲を広げた。ウサギ数匹、シカ2匹、テン1匹、イノシシ1家族に遭遇。イノシシはすぐに逃げなかったので、車内からの撮影にトライ。夜間ドライブもやってみるものだ。

 

 7日は朝から親父山(1644m)に向かう。この山は祖母山・傾山を結ぶ主稜線から少し外れるものの、地元の方たちとの会話の中でしばしば登場するので気になっていた山だ。登山口に車を止め、しばらく歩いてその訳が判った。どういう事情か、この一帯には状態の良い自然林が残っている。他の一帯では尾根沿いはともかく、斜面はかなり高いところまで植林が進んいるところが多いのだが、ここに限っては斜面も豊かな森に包まれている。この森にもカメラをしかけてみたい。1時間半ほどで山頂に達し、西にある黒岳(1578m)にも足を延ばす。5月ごろにこの途中にある岩場で緑色の獣の糞を見た、という情報があったので気になっていたのだが、たしかに植物繊維を大量に含んだ色の淡い獣の糞が残っていた。どうやらイノシシのものらしい。小雨に降られながら下山。

 町で営林署に立ちより、これまでより地域を広げて撮影を行いたいと告げると、快く了承していただいた。感謝!とはいえ、十分な機材をそろえられるかどうかが問題だ。従来の3地点を一部断念することも考えなくてはならない。

 心配した天気は大きく崩れることもなく終わった。


8月9日

 先日回収したフィルムの現像が出来てきた。

 A地点はまた空振り。アクセスが大変な割には成果がでない。場所を代えるか、諦めて撤去するか??

 B地点はシカ7カット、C地点では、シカが16カットにウサギ1カット。B、C地点では明かにそれぞれ同じ個体のシカが何度も写っている。あまりカメラ+ストロボ発光を気にしていない様子だ。…あれれ?前回の結果で警戒が強い様子だったから、今回わざわざ設定の改良をしたんだけどな…。ま、いいか。

 夜間走行時に撮影した写真は完全に失敗。やっぱ車内から窓ガラス越しにストロボをたいてもダメだね。なにか良い方法を考えないといけない。


8月11日

 無人カメラ用に買って来きたカメラを改造。この機種の改造もすでに6台目(現役5台目)。最初は新品のカメラをいきなり分解して改造するのにすごく抵抗があったものだが、いまでは我ながら手馴れたもので1時間もあれば完成だ。これは先日視察してきたあたりにしかけるとしよう。福岡での撮影(油山)での撮影もあるし、本当はあと数台は欲しいんだが…資金が…!某カメラメーカーがスポンサーになってくれるといいんだけどな…。(スポンサー募集中です!!)


8月15日

 お盆、そして終戦記念日。本来ならもうカメラの点検とフィルム、バッテリーの交換に行かなくてはならないのだけれど、お盆休みの混雑はさけたいので大人しくしていた。行けるのは次週末になりそう。甲子園のTV中継を見たりしてすごす。

 無人カメラをもう1台増やすため、以前使っていた一眼レフカメラを引っ張り出した。旧式だが買えば安くはない。万が一の損害を恐れて、今まで使うのをためらっていた。が…どうやらシャッターがおかしい。これでは話にならん。やっぱ、もう1台買わないとだめかな??


8月17日

 夜のニュース番組(K米さんのやつ)で軽井沢のクマ問題が紹介された。別荘地やキャンプ場に生ゴミをもとめてツキノワグマが出没しているらしい。それでも地元の方たちが懸命かつ賢明に共存の道を模索している。見習いたいものだ。

 その点、九州産クマは?もし実在しているのであれば、これまで人目をさけるように生きてきた、そして農林業や人身に全く被害を出さなかったクマたち、ということになる。人間たちとクマたちが無意識のうちに保ってきた距離感の秘密は何なのだろう?これを知るためには、九州産クマ、生息地の環境、現地の方たちの生活や社会のすべてを十分に理解しないと答えがでない。が、その第一歩が「クマの生息確認」そのものであるのは間違いない…!


8月20日

 このところ、九州各地は天気が悪い。特に南部域ではかなりの大雨も降ったようだ。で、高千穂行きも延期。週明けにはなんとか行けそうだが、安心は出来ない。とくに雷は怖いね。


8月21日〜23日

 3泊の予定で高千穂入り。お盆をはさんだりしたため、前回から2週間もたってしまった。今回はいつも借りている4WD車を借りることができず、なんと10人乗りの小型バス。林道に入らなくてすむ仕事だけをすることにした。

 天候の回復に合わせて予定を組んだのだが、初日夕方の高千穂は土砂降りの雨となった。この日のユースホステルは珍しくたくさんの来客で溢れた。ヘルパーの友人たち、常連客、そして一般のお客さんで合計20人以上。夜中までみんなで楽しく酒を飲む。

 

 22日は朝から良い天気。まだほとんどの客が寝ている間に出発。いつものように設置済みの無人カメラの点検に向う。

 まずはA地点だが、今回もまったく撮り進んでいなかった。ここアプローチが一番きついくせに、これまでほとんど成果が出ていない。あきらめて完全撤去。カメラのボディにはカビが生えていた。C地点は1コマしか進んでいないのでフィルムはそのまま。B、D地点は20コマほど撮り進んでいた。早々に下山し、高千穂町内の写真店で即日現像してもらう。仕上ってきたフィルムにはシカ、ウサギ、テン、イノシシ、タヌキなどが写っていた。とくに水場(1mほどの水溜り)のあるD地点はなかなか面白い。今後に期待。photo3(テン)

 YHはこの日も大勢でにぎやか。で、今夜も飲み会。

 23日は親父山に向う。登山口にある駐車スペースは狭いため、今回の大きな車では無理。近くの路上に止められそうな場所を探して車を寄せた。ところが地盤がわるそう。「こりゃスタックするかもしれないな。別の場所にしよう。」と思ったときはすでに遅かった!通りがかりの方に連絡を頼んで、レンタカーのM社長が借り物のジープで救出に来てくれたのは1時間半後のこと。やっぱフィールド仕事は4WD車に限る。

 気を取り直して入山。営林署で入手した詳細な地形図をたよりに、設置に適した場所を探す。結局標高約1350mくらいの森の中に1基を設置したが、印象は今一つ。次回、もっと標高の高いところなどを探ってみよう。

 夕方、ゴロゴロと雷鳴が響きはじめ、ラジオでは強い夕立に注意を呼びかけている。かろうじて雨に降られることなく福岡行きのバスに乗ることが出来た。


8月26日

 現地からの連絡で、クマの足跡らしきものがビデオに撮影されたとの情報あり。次回高千穂で見ることができるだろう。


8月27日

 携帯電話を購入。今まではパソコンの64kデータ通信を重視してPHSを使っていた。しかし、高千穂では街の中心部以外ではほとんど役に立たない。山中は仕方ないとしても、常宿のYHでさえ圏外だ。これまでも取材があったときなどに不便を感じていた。それに、少なくともN社のケータイならかなり山深いところでも使えるようで、非常用にも役に立つ。先日のスタック騒ぎで連絡に手間取ったことで決心がついた。まともな収入がない身でケータイとPHS両方というのはなかなか辛いものがあるが…。都会派の64kPHSと僻地に強い携帯を使い分けるって、ちょっとカッコイイ???


9月1日〜4日

 3泊の予定で高千穂入り。今回は2〜3日にかけて行われるある行事にも参加する予定。

 初日の夜、久しぶりにM社長&仲間たちと飲む。7月末以来だから、1ヵ月ぶり。いつもの顔ぶれが「久しぶりじゃねぇ!どげんしょったとね。」と。

 

 2日、まずはいつもの点検に向う。ところが、町を出たときは天気が良かったのだが山は天気が悪い。今回からあの極悪アプローチのA地点がないので作業は楽だ。慌てることはない。止めた車の中でしばらく寝て待つことにした(悪天候は半分口実で、実はしっかり二日酔い)。すっかり寝込んでしまい11時頃目を覚ますと、雨が止んで空がいくらか明るくなっていたので慌てて出発。しかし、やはり山中は濃い霧が立ち込めていた。B地点はある程度撮り進んでいたが、C、D地点は空振り。他所に新たに設置するためCカメラを外した。天気はすっきりしないままなので、早々に引き上げ、町で現像してもらう間に温泉で汗をながした。現像結果はシカ、ウサギ、テンが数カットづつ。そしてこの日はいつものユースホステルではなく、ある集まり(登山家を中心とした集まりだが、クマとは直接の関係はない席)に顔を出すために祖母山の山麓の公民館に向う。

 ここにはいつも世話になっているO氏、一番最初に山を案内してくれた宮崎市のK氏、大分県側でクマ探しに関わっているE氏のほか、地元関係者がたくさん集まっての飲み会が始まっていた。この席でE氏が、前週に祖母山山麓の某所で大きな獣のフンを採集し分析依頼中とのこと。詳しく聞いたが、なるほどクマの可能性はあるようだ。先日、クマの足跡??がビデオに収められたという場所にも近い。ただし、楽しみにしていたそのビデオは手違いで届いていなかった。残念。この夜はこの公民館で借り物の寝袋に寝る。

 

 翌3日、親父山に向う他の皆さんと別れ、問題の「糞発見現場」に向う。細かい場所を教えてもらったが、山麓の林道沿いなので行くのは簡単。駐車場に車を置き、現場に向って歩き出すと、すぐにそれらしい糞を道端に発見。やや緑がかっていて植物繊維を大量に含んでいる。ただ、形は完全に崩れ、人が踏んだあとがある。「むむむっ!これがクマ糞か?!」はやる気持ちを押さえつつ、奥の現場に向って再び歩き出した。するとすぐに同じような糞が。クマが点々と糞をして歩く、なんて話は聞いた事がないが…。その直後、3つ目の糞を発見するに至り、「おいおい、これはちょっと変だぞ!」それに、この道沿いには昆虫を捕獲するための落とし穴状の罠が多数仕掛けられていた。これは昆虫学者が使う手だ。もしや……どうやら、これらの糞も獣糞に集まる昆虫を捕獲するために人為的に仕掛けられた餌のようだ。現場も確認したが、同様の糞が持ち去られた痕跡があった。先日E氏がここで採集したのも同じ糞とみていいだろう。車で戻ろうとしたら、道端でしゃがみ込んでいる男性2人を発見。確認すると、やはり彼らが仕掛けた「牛糞」であると白状した。やれやれ、とんだ人騒がせな糞だこと!

 ビデオに足跡が収められたという場所(某登山道沿い)にも行ってみる。ただ、こちらは細かい場所が不明だし、最近雨が多かったので足跡が残っているとは思えないので、大まかな場所の確認だけ。ルートが思いのほか険しい。こんなところにカメラを仕掛けたら、後々の点検が大変だ。目的の地点まで行ったのみで引き返す。11時ごろに車にもどり、どこに向おうか、と思案していたら、突然土砂降りの雨になった。これでは山に入るのは無理だ。早々にユースホステルに帰ることにした。

 この夜、下山してきたO氏(実はYHの近くに住んでいることが判明)も交えてYHで飲み会となった。以前から彼とは一緒に酒を飲みたいとおもっていたのだが、やっとかなった。こんなに近くにすんでいるのなら、もっと早く誘えば良かった。もうすぐ結婚すると言う彼を酒の肴にしつつ、彼の専門である考古学と民族学の話も面白かった。今度はM社長との飲み会にも誘おう。

 

 4日は前回E地点を設置した親父山に向う。このE地点は実はあまり魅力的な場所ではなかったのだが、実際フィルムは進んでいなかった。とりあえず、次週まで様子をみることにした。そしてさらに高いところまで上って、新しい設置点を探すが、どこも笹薮がきつく登山道から大きく外れることができない。奥に入ることは諦めて、ある岩場の周辺を探索したところ、ニホンカモシカのものと思われる糞を見つけた。その近くの獣道にカメラを設置(F地点)。photo4(カモシカ糞)

 この日は天気には恵まれていたのだが、歩いている時はともかく、作業中は風が冷たく感じられた。そういえば、山の木々もうっすら色づいている。下界はまだ暑いが、山上ではすでに秋が始まっていた。


9月5日

 例の「クマ糞?」の発見者・E氏より電話。僕が3日の現地調査で「牛糞を誤認したのではないか」と判断したことをO氏から聞いてのことだった。

 彼の説明によると、彼も2日に現地を再訪した際にこの牛糞の設置は見ているらしく、これとは別物であるという。また採集現場は、僕が「ここ」と思った場所よりすこし奥とのことで、僕は採集現場を見ずに引き返してしまったことになる。2日の説明にしたがって見に行ったつもりなんだけどな…。

 ただ、あのとき僕が会った昆虫調査の人たちの話では、他にも同様の調査(採集?)を行っている人たちがいるようだったし、タイミング的にも誤認の可能性は否定できない。

 ま、僕自身が採集品を見ているわけではないので、あれこれ言っても仕方がない。K大学のD先生(哺乳類学者・僕にとっては既知の方)に鑑定依頼が行ったようなので、先生が何らかの結論を出してくれるだろう。


9月8日

 高千穂のO氏から電話。やっと「足跡ビデオ」が届いたらしい。泥の上に複数の「それ」が映っており、彼の印象ではかなり大きい、とのこと。ただ、撮影者は「それほどでもない。大型犬かも。」と言っているとのこと。見てみないと何とも判断できないが、綺麗に足型が残っているのであれば、イヌ科(イヌ、タヌキ、キツネが考えられる)とクマなら明確に区別できるはずだ。次回現地に入って見せてもらおう。

 夕方、福岡の民放TVのK局のニュースの時間に、福岡で僕がやっている撮影(油山)のことが紹介された。前回僕のクマ探しを取材にきたのと同じ記者が、この撮影活動にも感心を寄せてくれて実現した(先週収録)。自然や野生生物に対する僕の考え方とこの記者のそれとが共感したようだ。次の取材も楽しみ。


9月10日〜12日

 2泊の予定で高千穂入り。今回は大型の台風14号が沖縄に接近、そして秋雨前線が日本を縦断するなか、雨覚悟の現地入り。一部のカメラを新しいタイプに交換する予定なので、荷物が多くなってしまった。

 初日、高千穂町では年に一度の大きなイベントが行われていた。スタッフの一人であるO氏も忙しそう。

 ともあれ、彼の職場で勝手に「足跡ビデオ」を拝見。まず、一見してイヌ類(タヌキやキツネも含む)でないことは明らか。形状から見ると、可能性があるのはツキノワグマとアナグマくらいだ。爪の跡にツキノワグマの特徴が現れていると見た。しかし、歩行パターン(足の運び方)はアナグマ的。肝心の足跡の大きさがよくわからない。大雑把に言えば、10cmくらいか?もし本当にクマであればまだ若いクマだろう。

 なんて話を土産にM社長たちと飲む。この夜は「ハチの子」が食えるとの話だったが、ハチの子担当者は手を腫らしてやってきた。ハチ獲りに失敗したらしい。代わりにクマバチ(スズメバチの一種のこと)の親バチとナスで作った料理が出された。

 

 翌11日朝、町では雨は降っていなかったものの、山に向うに連れ霧雨が降り始めた。登山口に車を止め、しばらく様子を見る。これ以上大きく崩れる様子はないし、なにより雷は鳴っていない。荷物を最小限にして、レインスーツに身を包み、山道を登ることにした。E地点は今回も成果なしで、諦めて撤去。前回しかけたばかりのF地点も全く撮り進んでいなかったが、ここはどちらかと言うと「カモシカ狙い」だ。気長に狙うとしよう。

 一旦下山して、今度は「足跡ビデオ」の撮影現場と先日の「クマ糞??」採集現場に再度向う。この2箇所は距離的にすぐそばだし、時期も近いので、両者とも本物であれば、有力な情報になるのだが…。

 クマ糞??の現場…前回僕が「ここ」と思った場所を再確認した後、発見者・E氏の先日の話に従い、さらに奥に進んだら、確かにそれらしいものがあった。が、これら2箇所にある糞の残骸は、含有されている植物繊維の状態などから見て同じものだ。そしていずれからも「モミガラ」を発見。どちらの場所で採ったのかは知らないが、いずれにせよ牛糞と見て間違いなかろう。(ただし、先日僕が会った昆虫調査の人たちが残した牛糞とは含まれている植物繊維が明かに違ってはいた。多分彼らが言っていた「同様の調査をしている他のグループ」が仕掛けたものだろう)。

 ビデオ撮影現場…ビデオの映像から見て、場所は登山口からさほど奥ではない。「たぶんこの辺りだろう」と思われる場所を見つけたが、映像を見た時の印象より道幅が狭い。ということは、足跡のサイズも歩幅も下方修正しなくては。足跡長が7cmくらいとなると、アナグマの可能性も十分ありうる。唯一「クマ説」を強く支持するのは、前述の爪の部分の特徴かな。クマであれば、若クマというより母親同伴の「子グマ」だろう。

 この夜は地元紙のD紙、M紙の高千穂支局の記者氏たち、O氏の4人で飲む。居酒屋では今度こそ「ハチの子(やはりスズメバチの一種らしい)」を出してもらった。相変わらずO氏が高千穂のこれからを熱く語っていた。僕は「高千穂には美人が多い」という下世話なネタで盛り上がる。YHに戻ってまた飲む。3人の若い女性客たちと盛り上がってしまい、寝たのは1時。

 

 12日、名古屋には洪水の被害が出たようだ。高千穂の町を出たときはまだ降っていなかったが、山に向って車を走らせはじめると早々に雨粒が舞い始めた。山の駐車場でしばらく様子をみるが、昨日よりやや天気は悪い。この日は前回一時的にカメラのみ撤去したC地点を再設置、B・D地点には新しいカメラに変更する予定だったが、新カメラの設置は雨の中では難しいので諦めることに。B地点のカメラは1コマも撮らないうちに湿気で動かなくなっていたので、一時撤去。D地点のみ撮影が進んでいた。

 今回は収穫が少なかったが、こんな時にあくせくしても仕方がない。早々に下山し、ゆっくり温泉につかることにした。回収した唯一のフィルムを現像してもらうと、やたらタヌキ写っていた。YHに立ち寄り、今回設置できなかった機材の保管をお願いした。

 台風は沖縄本島を直撃、前線は東海地方に大きな被害を出している。まだ雨は止みそうにない。


9月15日

 敬老の日。世の中の感心は、しかしシドニー五輪で日本サッカー代表が南アに勝ったことであって、ダイエーホークスのV2がいつ決まるかであったりする。

 ちなみにこの日、僕は35歳になったのだけれど、普段どおり静かにすごしているのでした。突然玄関のチャイムが鳴って、美しい女性が花束なんかを持って恥ずかしそうに立っている…なんてことは望んでません。ただ、今日あたり、祖母傾のDカメラの前に毛むくじゃらのそいつがやって来てくれると、最高なんだけど。


9月16日

 昨夜福岡を嵐が駆け抜け、今日は台風一過。まだ空を流れる雲は多く、ときおり思い出したように雨が屋根をたたくが、その雲間から見えた青空は抜けるような秋空だった。風も涼やかだ。例年になく暑かった夏が終わり、秋がやってきた。クマ探しも勝負の季節だ。

 シドニーではヤワラちゃん(田村選手)が最高の笑顔で試合を終えた。こっちもがんばらねば。


9月18日〜20日

 2泊の予定で高千穂入り。福岡も高千穂もさわやかな秋晴れだ。

 高千穂のバスセンターに到着すると、いつものようにレンタカーのM社長が迎えに来てくれていた。そしていきなり…「ハチ採り行かん??」なんと今からハチの子を採りに行くと言う。好きだねぇ、この人も。用事のあった僕がこの誘いを辞退すると、社長は「夕方は開けちょってよ!」と言い残してお友達の軽トラックに乗って消えてしまった。僕は一人借りた車でレンタカー会社へ。なんか変なの!

 夕方、「大漁」との知らせ。しかし、諸事情でガレージパーティ(?)は明日にして、この日は町の居酒屋へ。夜はぐんと冷え込み、布団をかぶって寝た。

 

 19日、早朝に目を覚ますと外は濃霧。YHのお母さんによると、これを高台から見下ろすと「雲海」がとして見えるのだそうだ。日が高くなるに連れ霧は晴れてきた。空は快晴。

 いつものようにB〜D地点に向う。今日はC地点は点検だけだが、B、D地点は前回できなかったカメラの交換作業をする。実はこのカメラ、今まで通常撮影用に使っていて無人撮影には使ったことのない機種。データがなく、さらに従来の機種の数倍のコストがかかるため破損などした場合のリスクが高い。できれば使いたくはなかったが、新しく別のカメラを買う余裕がないため、仕方なく設置することにした。設置にてこずり、全ての作業が終わったときには午後になっていた。

 時間が中途半端なため、望遠レンズ付きのカメラを抱え、付近の林道を歩く。この林道はもともと行き止まりなのだが、最近入口が工事で車が入れなくなっていて、ほとんど人気がない。往復する間に6頭ほどのシカに遭遇した。

 夜はいつものようにM社長のガレージにてハチの子と地鶏で飲む。夜はやはり冷え込みが厳しく、長袖シャツどころか上着が欲しくなる。うかつにもTシャツ姿だった僕は、社長のジャンバーを借りて炭火の前にかがみ込む羽目に。まさかこんなに寒いなんて!

 

 20日、二日酔いこそしなかったが、身体が重い。「2連ちゃん」がこたえたか?寒さで余計な疲労が溜まったのかもしれない。この日は親父山のF地点の点検。1コマだけ進んでいた。センサーとカメラが1セットだけ余っていたので、どこかに設置しようかとも思ったが、結局適当な場所を見つけられず断念。昼過ぎに車に戻ってすこし移動したが、眠気を感じて仮眠。疲れていたのか、すっかり寝込んでしまった。結局これで作業は終了。

 さて、営林署からもらってある入林許可は10月一杯だ。先日まで「延長」も真面目に考えていたが、今回の寒さからするとそれどころではないかもしれない。そうなると、残り40日。しかし、クマの出現が大きく期待できるポイントはいまだに確定できていない。本当に撮れるだろうか??いや、そもそも本当にクマがいるのだろうか?心に不安がよぎる。そして…資金がもうすぐ底をつく。来春以降の撮影継続は可能だろうか?もし、継続できるなら…この町に移住することも考えなくてはならない。

 夜の福岡は高千穂ほど涼しくはなかったが、人々の装いに秋の気配を感じた。


9月22日

 福岡市油山での無人カメラの点検作業。いつもお世話になっている自然観察センターにて「アナグマの死体がでた」との知らせ。まもなく体長60〜65cmほどの大きなアナグマ親子2頭の死体が届けられた。麓の町でそろって車に跳ねられたらしい。先日の「足跡ビデオ」騒ぎを思い出し、職員にお願いして足を中心に写真を撮らせてもらった。死体はとりあえず冷凍保存された。

 アナグマという動物は、決して珍しいものでなく、タヌキとならんで身近な里山のいきものだ。ところが、姿形がどことなくタヌキに似ているため、タヌキと混同されやすく、タヌキやキツネにくらべ知名度がやたらと低い。先日の足跡騒ぎもその一端なのだと思う。

 死んだアナグマたちにはとっては可哀想なことだが、この死体が剥製になるなどして「アナグマの知名度アップ」に役だって欲しいもんだ。


9月26日

 福岡の繁華街・天神にて飲み会。僕が自然の好きな友人たちをお互いに紹介するために呼びかけた席で、各人がさらにお友達を誘い計7人、僕以外は全て女性というなんともハッピーな会になった。生き物のこと、自然のこと、環境のことなどを肴にしつつたのしく談笑。こういう仲間が増えるのはほんとうに嬉しい。またぜひやろう!


9月29日〜10月1日

 大阪で開催された哺乳類学会に初出席。お目当ては無人撮影法に関するシンポジウム。僕が思いつきもしないような方法論で無人撮影(含ビデオ撮影)を使った調査方法が試行されていた。また、専門業者が無人撮影用のセンサー一体型カメラの試作機や、高性能センサーを持ち込んで展示。もちろん全国のクマ関係者とも情報交換。僕のクマ探しの初期から情報を頂いている岩手県のF氏にも初めて会うことができた。

 いろいろ勉強にも刺激にもなった。会いたかったいろいろな方にも会えた。無理して(お金を工面して)大阪まで行った甲斐があったってもんだ。

 ただ、僕の撮影に関しては「困難」との意見がやはり多い。理由は無人カメラの設置数が少なすぎることと、餌などで誘引することをしていない点。これは来年以降の課題にしておこう。

 先日の「クマ糞?」の分析依頼が行ったD先生(K大)にも久しぶりに会ったが、僕の読みどおり「牛糞」との結論を出していた。


10月4〜6日

 2泊の予定で高千穂入り。今回は急遽5日に某大手企業の広報誌の編集者・U氏が同行取材することになった。カメラマンは彼と僕が分業。つまり、僕は取材されながら取材をするという、へんな状況に。

 4日、いつものようにM社長ほかのみなさんとガレージで飲み会。この日はいつもお世話になっているO氏が初参加。また、ユースホステルに素泊まりするという京都の若い女性客を同伴。女性同伴でこの飲み会に参加するのは久しぶりなのだが、「くりちゃん、相変わらず手が早いねぇ!」とみんな。この女性、初対面の自分を快くかつ気さくに受け入れてくれる高千穂の人々の情に感動したらしく、ほろりとする場面もあった(単に泣き上戸なのかもしれんが…)。お開きになったあとは、O氏ともどもYHに場をうつし、他の泊り客も交えて焼酎をのむ。

 

 5日朝、編集者と山で落ち合う。慣れない道のせいか、約束の時間から1時間半も遅刻。ま、当日の朝福岡を車で出る、と聞いたときから遅れることは覚悟しいたけどね。本当は「爪跡?」の場所まで案内する予定になっていたのだが、インタビューや撮影もありB、C、Dの3カメラの点検作業だけで時間切れ。翌日と次回で僕が撮影の不足を補うことになった。各無人カメラは順調にコマを進めていた。

 編集者と別れ下山して3本のフィルムを現像してもらう。前回からB、C地点に置いた新しいタイプのカメラの出来が一番気になっていたのだが、現像の結果、Bカメラから回収したフィルムに異常(光漏れ)が発生し、半分のコマが台無しになっていた。

 この夜は飲み会の誘いはなかったので、YHでみんなと飲む。これもまた楽しい。

 

 6日は早めに出発し、まず親父山のFカメラを点検。ニホンカモシカの声が何度も聞こえてきた。下山後、異常のあるB地点の点検に向う。1日に両方の地域を回るのは初めてだ。異常の原因は良くわからなかったが、おそらくカメラ本体のトラブルだろう。予備のカメラに交換。

 ついでに近くの林道を奥まで歩いてみた。シカの写真でも…と思っていたが、思いがけずニホンカモシカに出会った。まだ小さく、おそらく今年の春に生まれた子供だと思うのだが、どうしたことか一人ぼっちで親が見当たらない。死に別れたのだろうか?まだ元気な様子だが、冬は越せないかもしれない。でもがんばれ。1日でも長く生きるんだぞ。

 M社長の会社に車を返しに行くと、また飲み会が始まっていた。ビールを2本開けて、バス乗り場へ。

 この日、鳥取県西部を中心に強い地震があり、大きな被害が出た。


10月7日

 前日に持ちかえったフィルムを現像に出す。

 問題の発生したB地点で5日にセットしてテスト撮影+1晩だけ無人で撮影したフィルムの現像結果は予想外に正常。綺麗にテンが写っていた。光漏れはどうやらカメラ側の問題ではなかったようだ。となると…いろいろ考えたが、現像業者の作業ミスくらいしか思いつかない。だとすれば、なんとも悔しい。

 F地点のフィルムには期待のニホンカモシカではなく、シカが数コマ写っていた。

 この夜、福岡ダイエーホークスがパ・リーグV2を達成した。(よっしゃ〜〜っ!!)


10月8日

 昨夜、クマに出会う夢を見た。

 車で走っていて、子供のクマらしいものを発見し、車を止めて様子をうかがっていると、それが駆け寄ったところにまぎれもない親グマがいて、僕は慌てて望遠レンズで写真を撮る、という夢だった。あまりにリアルな夢だったせいか、目覚めたときは「なんだ、夢か…。」と、ちょっとガッカリした。正夢になってくれるのはいつの日だろうか。


10月13日〜16日

 今回は久しぶりに3泊の予定で高千穂入り。

 秋の行楽シーズンで、レンタカーのM社長の会社も忙しそうだ。めずらしく、初日から飲み会なし。YHでおとなしく?飲んだ。

 14日、この日はB〜D地点の点検のほか、前回の取材のフォローでいくつか写真を撮らなくてはならない。午前中にカメラの点検を終わらせ、「爪跡?」の現場に向う。このルートはA地点を放棄して以来はほとんど足を運んではいないため、薮がまた茂っているのではないかと心配したが、たいしたことはなかった。ただ、編集者U氏が期待したような晩秋を感じさせるような状況ではなかった。紅葉にはまだちょっと早い。

 この夜はM社長他と居酒屋へ。翌日も忙しいらしく、この日も比較的おとなしく飲んだ。

 

 15日、この日は無人カメラの点検ではなく、動物の写真を通常撮影で狙うために、前回カモシカと遭遇した林道を迷彩服に身を包んで3時間ほど歩いた。いつもなら歩いているだけで数頭のシカには必ず出会える場所だったのに、この日に限って鳴き声すら聞こえない。結局これといった写真は撮れず。

 午後はまだ行ったことのなかった大分県側に足を運んだ。特に傾山の北側にはクマの目撃談が多い。ただ、大分県側は地形が厳しいのと、バスの関係で高千穂町をベースにしている僕にとっては移動に時間がかかりすぎるため、これまで大分県側での撮影は考えなかった。しかし、このクマ探しが年を越すとすれば、当然大分県側も含めて考えなくてはならない。…てなわけで、大分県緒方町の傾山登山口を目指す。

 まずは驚いたことが一つ。登山口に「クマ捕獲禁止・クマに関する注意事項」という立派な看板が掲げられているではないか!設置者は「大分県」。看板の日付は平成11年に更新されていた。ちなみにクマ禁猟は大分県だけでなく九州全域で有効。あっさり「絶滅」と決め付けた宮崎県の対応とは対照的に、大分県はクマがいることを前提にしているわけだ。photo5(クマ看板)

 車を林道に乗り入れると山の険しさがひしひしと伝わってきた。路上の落石も多い。林道や登山道はともかく、それから外れての作業なんてやったら命にかかわる。落石を食らうか、自分が転落するか…。クワバラクワバラ…。ただ、その分奥深さはある。クマくらいいてもおかしくない雰囲気だ。来年はこの辺りでの作業も考えなくては…でも、安全にやる方法はあるのかな??

 この日は登山客が多く、僕も引き返す時に下山してきた2人を途中まで乗せてあげた。福岡からの登山客だった。僕はそのまま高千穂側に戻り、また別の林道を走って山を下りた。その数時間後その林道のちかくで一大事が起こるとも知らずに…。

 

 翌16日は親父山のF地点の点検。現場に着いてから、いつもは必ず持ち歩くカメラの予備バッテリーを車に忘れてしまったことに気付いた。こんな時に限って、カメラの電池が切れかかっている。でも、いまさら車にもどって登りなおす元気はない。この地点はあまり成績が良くないし…ま、いいか。

 下山後、ぐる〜っとまわって祖母山の大分県側を見に行った。こちらも確かに奥深い感じだが、傾山のような幽玄さは感じられなかった。それより、遠い!

 これで山での作業は終わりにして高千穂に戻る。このあと営林署に立ち寄って今後のことを話したかったのだが、今日は会議で忙しいらしい。あきらめて温泉で疲れを癒すことにした。

 高千穂町のO氏と今後のことを話す。僕が大分県側での撮影活動を考えていると言うと、ちょっと複雑な表情をみせた。やはり彼としては高千穂町内でクマが見つかって欲しいのだろう。同町でこれだけ世話になっている僕にも同様の思いはあるが、まず写真一枚を撮るためには少しでも可能性の高い場所を狙う必要がある。同町への恩返しは後回しになっても、それはしかたがない。

 車を返しに行くと、忙しかった週末がやっと終わったM社長もちょっとお疲れのようだった。


10月17日

 高千穂からもどった翌朝、高千穂のO氏からの電話で目が覚めた。高千穂町内でクマの目撃があったらしい。僕の頭は寝ぼけながらも「またどうせガセネタでしょう…」と冷めていた。直後に彼からFAXで送られてきた地元紙の記事によれば、15日の夕方に福岡からの旅行者が林道を車で走行中に「1mに満たない」それを目撃し、「クマに間違いない」と証言していらしい。

 再びO氏から電話があり、連絡先がわかったので目撃者本人と電話で話したとのこと。後姿がまるまるとした感じだというが、「見たのは後姿だけ」というのが苦しいところだ。「1mに満たない」をどう解釈するかで判断が分かれるところだが、アナグマの可能性もある。

 O氏から電話番号を教えてもらい、目撃者本人と話をすることができた。一番気になる大きさについて、「たとえば大型犬とくらべてどうか?」とたずねると「くらべものにならない。ずっと大きかった。」という。また山にも動物にもかなり慣れている方のようで、そうそう誤認するような感じでもない。この大きさでクマ以外に考えられるのは大型のイノシシくらいだが、林道で数秒間程度は前を走っていたというのだから、これまた誤認しにくい状況だ。こうなると、かなり信憑性がある。

 ご本人は既に新聞記事になっていることは知らなかったようだ。騒ぎが大きくなってしまったことに戸惑っているのか、そっとしてあげて欲しいという配慮からか、あまり多くを語ろうとはせず電話を切ってしまった。

 詳しい場所は記事や電話の話だけでは判りにくかったが、おそらく先日僕が車で走ったところだ。この日はあの辺りも登山者が多かった。登山者が多い稜線付近を避けて下りてきたのかもしれない。

 正直なところ、最近どこかあきらめの感があった僕の中に、一筋の希望が湧いてきた。


10月18日

 今回のクマ騒ぎで現地を視察したと言う高千穂町役場の職員と電話で話をした。

 彼らも目撃者の案内があったわけではなく、その証言だけを頼りにたどったため、正確な位置は良くわからないというが、すくなくとも僕が新聞記事などから推察した場所とは少々違っていた。まだ比較的あたらしい大規模林道で、このところずっと工事が行われているあたりの話だ。おまけに展望台やキャンプ場(夏季のみ営業)にも近い。正直なところ、こんな人気の多いところに「幻のクマ」が出てきたのだとしたら一大事だ。担当者氏も目撃者本人と話しており、「この話はかなり信憑性が高い」との印象を得ていたようだ。大分県に倣って「クマ看板」のようなものを早急に設置するよう進言した。

 夕方編集者のU氏事務所を訪ね、先日撮影した写真などを渡した。肝心の「爪跡?」は氏の希望どおりの仕上がりとはいかず、結局発見時に撮影した写真が採用となった。12月初めに発行されるそうだ(N鉄の広報誌「Nてつニュース」の12月号だよん!)。


10月19日 

 岩手県でクマ用品(?)を扱うF氏のショップにトウガラシスプレーを発注。すぐに発送するとの返事。この製品はクマが人を襲ってきた時に撃退用として使われるもの(米国製)。安くはないが、効果には定評がある。

 今までは、ごくわずかな目撃談しかない「幻のクマ」が僕の前に現れることなんてまずありえない、とタカをくくっていた。だからこそ無人カメラを持ち込んで撮影しているのだ。もちろん、そんなことはそうそう無いとは思うが、先日のクマ騒ぎが本当であれば、かなり人里に近いところまで来ていることを意味している。これは正直、予想外だった。備えあれば憂い無し、というわけで護身用スプレーを装備することにした。

 でも、もし本当に僕の前にクマが現れたら…いちばんの問題はカメラからこのスプレーに持ちかえるタイミングですね…。


10月21日

 日本シリーズ”ON決戦”が始まった。福岡の僕はもちろんホークス派!ところが、クマ探しの舞台・宮崎県はキャンプ地の関係でGファンが圧倒的に多い。シリーズの展開次第では、非常に気まずいことにもなりかねないナ…なんて考えているうちに、我等がホークスが敵地で粘り勝ち!(ひゃっほ〜〜!!) 僕のクマ探しも、粘りの勝負。ホークスにあやかろう。

 注文していたトウガラシスプレーが届いた。練習なしでうまく使えるかな??


10月23日〜26日

 3泊の予定で高千穂入り。

 出発の朝、現地のローカル新聞D紙の記者氏から電話。なんと、21日にまたも高千穂町内でクマの目撃があったという。高千穂到着後、記者氏と落ち合い早速現場に向う。記者氏はこの日の午前中に目撃者・T氏(地元の方)の案内で現場を視察し、当時の状況を詳しく聞いていたので、現場でその内容の説明をしてもらった。

 林業の作業を終えて奥さんと2人で車で帰るとき、林道上に黒い動物が横向きに座っているところに出くわした。その動物は5mほど林道上を進んで斜面下側の薮に一旦入り、こんどはさらに下方向の杉林の中に消えた。大きさは体高が人の膝丈くらいで、ほぼ真っ黒。胸から肩のあたりに白い部分があった…。最短で5mくらいまで近寄ったという2人は「小さなクマだった」と証言している。林道上は草も伸びておらず、見とおしは良い。イヌなどを誤認するような状況ではない。これはかなり信憑性のある話だ。現場は集落のほんの裏山、という感じで、おどろくほど集落に近い。周囲はほとんど杉の植林地だが、そばにクヌギの植栽林があった。どんぐりを食べながらここまで来たのか?「下に逃げて行った」というのが気になる。もし山の奥からやってきた獣なら、本能的に奥のほうに逃げるのが普通だ。下に逃げたのであれば、その方向に親がいたのかもしれない。かなり危険な状況だった可能性もある。

 引き続き、15日の目撃現場に向ってもらう。記者氏は数日前に現地を再訪した目撃者(福岡県のY氏)に案内してもらっていた。現場は先日役場の方から受けた説明とは若干違っていた。比較的細い未舗装の林道で、周囲は広葉樹林。このあたりはクマが出てくる可能性は十分と以前から睨んではいたが、しばしば工事で通行止めになっていたため、カメラを仕掛けそこなっていた。林道のカーブの状況から、最初に出くわしたとき、かなりの至近距離であったことは間違い無い。そして車の前を30m以上走ってから山中に消えている。逃げる動物の様子などについても新しい情報があった。総合すると、やはりクマと考えるのが妥当のようだ。

 

 24日、この日は以前取材に来たA新聞延岡支局氏が再度同行。約束どおり山の駐車場で落ち合ったが、小雨と霧。その場で天候の回復を待ちながら、これまでの作業の推移や最近の目撃情報についてのインタビューを受けた。合間に先日購入したトウガラシスプレーの実射テスト。ほんの一瞬噴射しただけだが、「ドシュンッ!」という音と共に朱色の噴霧が一気に約5m先にまで飛び出した。これは使えそうだ。

 たまたま車でやってきた地元の方が、「実は2年前、そこの林道でクマを見ました。誰も信じてくれないので黙っていましたが、最近目撃が続いたので役場に報告しておきました。」という。そういう情報提供があった、というのは僕の耳にも入っていたが、まさか当人にお目にかかるとは!

 雨が小降りになったところで入山。B、C、D地点のカメラを点検し、フィルムを回収。とくに異常なく動いていたので昼過ぎには作業を終えることができた。

 この記者氏は最近の目撃地をまだ見ていないというので、一緒に行くことにした。天気が良ければクマが逃げたあたりに入って探索したいところだが、天気は相変わらず小雨。現場で昨日のD紙記者氏から聞いた話や、僕の推理を説明。

 その後町に下り、21日の目撃者・T氏宅を訪ねお話を伺った。同氏は周囲の人や一部の報道関係者から、目撃証言をあまり信じてもらえなかったことがよほど悔しかったらしい。そして、今後山に入ることに恐怖心を抱いていた。基本的なクマ避けの知識などを教えてあげたら、いくらか安心された様子。

 この夜はレンタカーのM社長と居酒屋で飲んだ。

 

 25日も天気があまり良くない。親父山での作業は翌日にして、役場に向う。今回のクマ騒ぎで情報を集めている部署の担当者氏に面会した。氏も「彼らの話はかなり信用できる。個人的には、クマはいる、と考えています。」とのこと。そこで「用心のため注意を呼びかける看板など設置したほうがよい」と提案したが、「決定的な証拠がない現状では、役場としては動きにくい。」との返事。事故が起こってからでは遅いのだが…。あらためて、1枚の証拠写真がもつ意味の大きさと、自分の責任を自覚した。

 しかし…前日回収したフィルムを現像したが、クマの姿はなし。シカ、イノシシ、タヌキなどが良い感じで写ってはいたが。

 午後2時半ごろから山に向う。雨は止んだようだ。15日の目撃地点に入り、こういう時のためにとっておいた予備の無人カメラを設置した(G地点)。夕方まで待ってその林道を走ったが、クマは出てこなかった。柳の下にいつもドジョウがいるとは限らない…か。

 夜はYHで他の客などと飲んで、つい夜更かし。

 

 26日、朝寝坊でいつもより1時間ほど遅く出発…しようとしたら車のタイヤがパンクしていた!昨日の林道走行でやられたらしい。慌ててタイヤを交換して、やっと親父山にむかう。平日だというのに登山口付近の駐車場には車が一杯。どうやら紅葉目当ての登山客らしい。なるほど、そろそろ紅葉が良い感じだ。しかし出遅れた僕は、紅葉を楽しむ間もなく急いでF地点の点検を終わらせて下山。M社長のレンタカー会社にもどってタイヤを修理してもらった。

 午後は営林署に出向く。さっそく今回のクマ騒ぎの話になり、営林署としての対応を聞くと、すでに現場近くでの作業を中止し、作業員は他の地域の仕事に回したとのこと。また警察とも簡単な協議をしたという。さすが、毎日現場に関係者を入れているだけに対応が迅速かつ現実的だ。10月一杯としていた入林許可の期間延長を申し出ると、その場で了承していただいた。

 

 今回のクマ騒ぎは、九州産ツキノワグマの撮影を目指す僕にとっては嬉しい情報ではあるし、最近抱えていた不安を一気に払拭してくれた。そしてこれまでのさまざまな情報を僕なりに分析するなかで、この山系のクマたちの年間の動きがだいたい見えてきた気がする。

 しかし反面、予想以上に人里に近いところまでクマが出没していること、行政の対応がなかなか進まないことに別の不安を感じる。今年目撃が続いたのは、山で果実が不作なのかもしれない。だとすれば、クマはまだ人里近くまで出没してくる可能性がある。不幸な事故が起こる前に写真を撮らなくては!!

 

 帰りの高速バスがやや遅れ、福岡に着いたのは22時ごろ。駅の電光掲示板では、日本シリーズでホークスが連敗して2勝2敗となったことを伝えていた。こーなったら、いっそ7戦目までいっちゃえ!


10月27日

 撮影のため、福岡市油山へ。ここのレンジャー(自然観察指導員)たちに、ドングリ類の実り具合を聞いてみた。すると、「昨年は豊作、今年は比較的少ない。」との答。木の果実の実り具合は天候などにも左右されるが、それとは無関係に広い地域で一貫して豊作になったり(生り年)、凶作になったり(裏年)する現象が知られている。油山の「昨年は豊作、今年は比較的少ない。」が、祖母傾山系にも当てはまっているとすれば…今年の春、クマはたくさん子供を産み、いま冬を前にしてエサ不足に困っているのかもしれない。最近のクマ目撃の要因はこの辺りにあるのかもしれない。


10月28日

 夕方、D紙の新聞記事がFAXで送られてきた(M社長からだ)。「ツキノワグマ・いるのか、いないのか」として、先日の目撃地点2箇所を視察したときの僕のコメントなどとともに、宮崎県内のクマを「絶滅」とした県版レッドデータブック作成にあった大学教授のコメントがあった。「50年以上生息の証拠がない」だって?!

 やはり1987年の射殺を過少評価しすぎている。当時、あのクマが野生状態で山に暮していたのは疑いようの無い事実。確かに犬歯の過度な磨耗も事実だろうが、これによる「飼育の疑い」はあくまで解釈の一つに過ぎない。推論を根拠に明確な事実を無視したのは科学的な態度と言えるだろうか?

 目撃情報も過少評価している。目撃情報の中には信憑性の低いものが混在しているのは事実だが、それを見極めるのが専門家の役割。目撃情報が押し並べて「科学的でない」というなら、刑事事件の捜査や裁判すら成立しない。

 何より、レッドデータブックがもつ社会的な影響力を理解していないようだ。レッドデータブックは行政が参照する、野生生物についてのもっとも基礎的な情報だ。「絶滅」とされた生物に対しては現状調査・保護対策・被害対策の予算が組まれない。「絶滅危惧」や「現状不明」として、調査を促して欲しかった。

 

 この夜、日本シリーズが終わった。ジャイアンツが日本一。ホークスファンとしては残念だが…ま、楽しみは来年にとっておこう。21世紀は「新時代」さ!


10月29日

 夜、宮崎市のK氏が昨日の新聞記事を見て電話してきた。同氏は僕が最初に現地を視察した時に案内してくれた人で、クマ探しに関しては大先輩だ。今回のクマ騒動のことで情報や意見を交換。彼の言葉の端々に若干の焦りを感じる。僕に「クマ発見」を持っていかれるのが心配なのかな?


10月30日

 15日のクマ目撃者・Yさんと電話で話した。前回21日に現地を再訪した際、町の職員や新聞記者から僕の事情を聞いたらしく、今回は快く話しをしてくれた。ただ、21日の2度目の目撃の一件についてはまだ知らなかったらしい。驚くと同時に、やはりうれしそうだった。

 今回のクマ騒ぎで気付いたことだが、クマ目撃者はしばしば周囲の人たちから「どうせ見間違い」などと、なかなか信じてもらえず、あるいは馬鹿にされ、結果立腹して口を閉ざしてしまう例があるようだ。ならば、埋もれているクマ情報もあるはず。クマの存在が一般に認知されれば、もっとたくさんの目撃証言が発掘できそうな気がする。


10月31日〜11月3日

 3泊の予定で高千穂入り。今回は台風20号の接近などであまり天気が良くなさそうなのだが、3日からの3連休を外したかったので、こういう日程になってしまった。

 初日、休暇でシドニーで遊んできたO氏を訪ねる。彼の休暇中に起こった2件目のクマ目撃などのことで話し込む。そうこうしていると「動物のことを知りたい」という町内の小学校の生徒さん3人+引率の先生がやって来て、急遽動物講話。「クマ、いて欲しい?」と聞くと、恥ずかしそうにうなずいてくれた。その後、D紙記者氏を呼び出して、またクマ談義。ここで僕はO氏と記者氏に「クマ発見後」のプロジェクトを提案した…(まだひみつ!)。

 飲み会の予定が入らなかったので、焼酎を買って来てYHのお母さんとでのむ。

 

11月1日は予報どおり朝から雨。山での作業は翌日以降にして、この日はまず大分県竹田市の営林署に向うことにした。ただ、その前に同宿だった母子に高千穂峡をみせてから竹田に送り届けることに。この半年、高千穂に通いつづけた僕だが、実は観光は全くしていない。母子と共に、はじめて高千穂峡を見て歩いた。天気が良ければもっと良かったのにね。

 竹田駅で母子と別れ、営林署(正確には「森林管理センター」となっている)へ。突然の訪問だったが、副所長さんが対応してくれた。現在行っている撮影のことなどを説明した。そして、来年は大分県側でも同様の撮影を検討している旨を伝えた。具体的な許可申請はまだ先の話だが、とりあえず高千穂営林署と同等の協力を得られそうだ。ちなみに、最近のクマ目撃2件については全く知らなかったそうだ。参考までクマ撃退用トウガラシスプレーも紹介しておいた。

 竹田を後にして、午後は緒方町の民族資料館を訪ねる。ここには1987年に射殺されたクマの剥製がある。一度はお目にかかっておかないといけないと思っていたが、なかなか機会が作れずに今日まで来てしまった。そのクマは玄関正面で僕を出迎えてくれた。クマとの対面を終えたあと、併設されている図書館も覗いてみた。何か資料はないかいな?

 あった!ズバリ「ツキノワグマ」とタイトルされた資料集だ(主に新聞のコピー)。古いもので昭和24年〜29年ごろの新聞記事のコピーが少ないながら綴じられていた。祖母傾クマ問題の祖・加藤数巧の名もある。しかし時代は彼がまだクマの存在を指摘はしたものの、まだ出版物(*)にする前で、当時も「いるのか?いないのか?」と今とあまり変わりない議論がなされていたようだ。50年も経っているのに、ここのクマ問題の議論は何も進歩していないのかもしれない。この他は主に1987年の捕獲直後の記事のコピーだった。

(*;加藤数功,1959,「祖母大崩山群における熊の過去帳とかもしか」,しんつくし山岳会発行「祖母大崩山群」に収録)

 もう一冊、貴重な資料を拝見。その存在は知っていたものの、原典を拝む機会がなかった「大分県祖母・傾山系で捕獲されたツキノワグマについての緊急調査報告書」(土肥ほか,1988,大分県緑化推進課)、つまり1987年の捕獲個体(上述の剥製になっている奴)の射殺直後に行われた解剖などの調査結果報告だ。大筋の内容は知っていたが、目撃情報などについて書かれた最後の章に、ひとつ興味深い記述を発見。この捕獲の後、それまで埋もれていた目撃など4つの情報提供があったらしいが、その証言者たちが決まって「話しても信じてもらえなかった、もしくは信じてもらえないと思って話さなかった」と前置きした、というのだ。先日の2件の目撃、そしてその直後に出てきた2年前の目撃証言と同じだ。九州産クマの情報量の少なさの謎がひとつ解けた気がした。彼らは「幻である」がゆえに「幻にされた」のだ。

 雨と濃霧の中、山越えのルートで高千穂に戻った。台風は九州をまっすぐに目指していた。

 

 2日、前夜から午前中の入山はあきらめていたのだが、やはり朝は雨。午後には天気は回復するという予報を信じて、昼前に出発して駐車場で弁当を食いながら雨が止むのを待つ…が、相変わらずの霧雨〜小雨。気象台のうそつきっ!さりとて全ての点検を翌日に持ち越すわけにもいかず、雨具を着てB、C、D地点に向う。雨の降る中で濡らさないようにフィルムや電池を交換するのは大変だ。やっとの思いで作業を終えて下山。

 夜はM社長のお誘いでガレージ・パーティ。この日はレンタカー会社の事務員・Eちゃんの誕生日祝いという名目だったのだが…19歳になった女の子の誕生日祝いにしては少々むさくるしい面々。

 

 3日、ようやく雨が止んだ。この日は残るF地点(親父山)とG地点の点検だ。まず親父山に向ったが、連休初日といこともあり、登山口には車がならび、さらに貸し切りバスが登山客を大勢下ろし始めた。そして、このルートでは登りはじめの数カ所で沢を渡渉しなくてはならないのだが、この日は前日までの雨でかなり増水していて大勢の登山客がこれに苦戦して渋滞。あ〜、やだやだ。やっぱり連休に引っかかるとろくなことは無い。F地点はカメラにトラブルが無ければもう一週間くらい放置しても大丈夫だ。行くのや〜めた!

 というわけで、とりあえず四季見原に行ってみる。キャンプ場がもう閉鎖されているため閑散としてたが、見上げた山の紅葉はなかなかいい。あの辺りに入ってみるか…なんて考えているうちに、車の座席で寝込んでしまい、昼まで熟睡。ま、いいか。昼食後、G地点を点検して早々に下山。

 温泉も混んでいた。世間は行楽シーズンなんだね。車を返して、その場でビールと焼酎。高速バスに乗り込む時は、日がすっかり暮れて寒くなっていた。次回がいよいよラストだ。


11月4日

 連休の中日、福岡は心地よい陽気。世間の方々は大喜びだろうが、前日までの高千穂3泊が悪天候に悩まされた僕はちょっと複雑な心境。

 持ちかえったフィルム3本(B、C、D)を現像。先の目撃2件で期待は高まっていたが、現実はやはり甘くない。シカ、イノシシ、ウサギ、テン、ヤマドリ、そして猛禽が一種。ということは、今現在仕掛けられている5本のフィルムが最後のチャンスだ。延長10回裏、2アウトで一発出れば、逆転サヨナラ…って感じかな。

 夕方、協力隊時代の友人から呼び出しの電話。そうだ!今日は飲み会の約束があったんだった。慌てて天神に出て飲み会に合流。クマ探しの話で結構盛り上がった。最後は一人で後輩のやっている店に行き、3時前まで飲んでいた。


11月6日

 福岡の某映像製作会社から電話。先日取材のあった「Nてつニュース」は記事の内容に合わせて天神の中心部に設置されている大画面でPRビデオが上映されるらしい。その素材撮りの申し込みだ。次の高千穂行きでは6月に取材のあった福岡のK局の2度目の同行取材やら、D紙の取材やらの話が既にあるんだがな…。なんか忙しくなりそうだ。

 

 昨日のことだが、(その筋では有名らしい)ある考古学者が発掘現場で埋蔵物を捏造したことが発覚し、波紋を呼んでいる。「魔がさした」が動機とは、まったく情けない話だ。この一件に対する(みんなが知っている)著名な考古学者・Y村先生のコメントは「考古学を死に至らしめた。考古学は今後疑われ続ける。」

 物証の「信憑性」ってなんだろう?

 先日のクマ問題の記事にあった大学教授のコメントによれば、目撃だけではだめで写真・糞・体毛などクマと確認できるものなら良い、そうだ。でも、もし誰かが本州で撮ったクマ写真とか高度な合成写真を持ち出してきたらどうなる?クマ糞やクマ毛なら動物園やクマ牧場でも手に入るだろう。

 目撃証言だけで全てが片付くわけではない。でも、これは物証だって同じこと。シロートさんの証言はときに曖昧だったりはするが、そこから真実を見出すのがプロってもんだ。そして全てを総合して初めて結論がでる。僕は、それをやってやる。


11月7日

 とりあえずはこれが最後になる高千穂行きのため、車や宿を予約した。長めに5泊を予定している。だが…資金がほとんど底をついた。この5泊分を工面するだけでも、正直しんどい。半年前に100万円ほどあった貯金がスッカラカンになってしまった。覚悟していたことではあるんだが…我ながらよくやるなぁ…。

 来年も撮影をつづけたいし、高千穂に拠点(つまり「高千穂事務所」!)を設けたいと思っていたら、地元の方の厚意で良い物件を格安で紹介してもらえそうだ。それは嬉しい話なのだが…。今のところ写真からの収入なんてわずかなものだ(うるうる)。当面は撮影の合間に日雇い仕事でもやって稼ぐとしても、車、機材、フィルムに現像…撮影活動はケタ違いに金が掛かる。本気でスポンサーを探すか…。

 とりあえず、冬の間にバイトである程度稼がないとな。数人の関係者に「バイト・短期仕事、探してます」を打診した。さっそく一件反応あり。あと、福岡での作品を世に出さねば!これがすぐに金になってくれるとうれしいが、そう甘くはなかろう…。


11月9日

 今回、高千穂で取材をうけることになっているマスコミ各社と打ち合わせ。といっても、それぞれ別個の話なので、僕が相互を調整しなくてはならず、なかなか大変だった。長めにとったはずの日程もかなり込み入ったスケジュールになった。きっと人気タレントのマネージャーってのは、毎日こんなことをしているんだろうな…。ま、僕の「売れっ子」状態は一時的なものだから、いいんですが…。


11月10日〜15日

 これが区切りとなる高千穂行きは5泊の予定。今回、設置してある5基の無人カメラの全てを撤去する。最大の理由は、15日に狩猟が解禁になるためだ。僕にとってはクマ以上に危険だし、山に大勢の猟師と猟犬が入り込んだのではクマも奥に逃げて行くだろう。もちろん、資金切れももう一つの理由だが…。

 初日はD紙記者氏の提案で、山で一泊キャンプすることになった。さむそ〜〜!テントなどは記者氏が用意してくれた。ばたばたと買い物などをすませ、先日最初の目撃のあった林道に向った。夕暮れ時で動物が出てきそうな感じだったので約10kmの林道を走り抜けるが、シカ2頭のみ。林道中ほどの空き地に戻って、車のヘッドライトを頼りにテントを立てた。寒風の中でラーメンをすすったあとは、テントに入って焼酎を飲む。話は尽きず、深夜1時ごろまで飲んでしまった。一度、聞いたことのない動物の声が聞こえた。

 

 翌11日、朝は冷え込んだ。明け方の寒さでやや睡眠不足。9時すぎにキャンプをたたみ、B、C、Dカメラの点検に向う。記者氏は一番近いCカメラまで同行した。同氏とは「クマ探し」の当初からの付き合いだが、フィールドに同行したのはこれがはじめてだった。下山する記者氏と別れ、のこるB、Dカメラの点検に。起きた時には晴天だったのに、点検を終える頃には霧雨が降り始めた。歩いての探索も考えていたが、やめて車でGカメラの点検に向う。

 この夜は、M社長ほかと町の居酒屋へ。飲み始めると元気が出てくるのはなぜだろう??早めにユースホステルに戻ったら、女性客が2人。寝不足も忘れて3時前まで飲んでしまった。

 

 12日、2日連続の二日酔いをこらえて親父山の急登をあえぎながら登る。ここのFカメラは前回点検をサボったので3週間ぶりになる。カメラはちゃんと動いていたが、なんと一コマも進んでいない!ニホンカモシカを狙って仕掛けたが、この地点はハズレだったようだ。機材を全て回収して下山。週末で山も林道も人が多く、何より疲れていたので早々にYHに戻る。夕食後、一眠りするとすこし元気になった。夜は大人しくしているつもりだったのだが…年配のご夫婦、3人の若者たちとYHでしっかり飲んだ。これで3連ちゃん。

 

 13日、この日は取材が2件重なっている。まず朝、NてつニュースのPRビデオの製作会社スタッフと合流。「イメージ映像なので、場所はどこでも良いですよ…」というので、手ごろな雑木林でさっさと撮影を済ませた。緒方町に向う彼らと別れ、今度はK局のテレビスタッフと合流。B、C、D、Gカメラの撤収作業を撮影することに。実は撤収は翌日の予定にしていたのだが、天気が下り坂のようだったので急遽予定を繰り上げた。その甲斐あって、天気は良い。紅葉も良い感じ。

 まずは同じ尾根上のB、C、Dカメラのうち、一番遠くのDカメラまで行って撤収することにした。ここは無人カメラが小さな水溜りを狙っている。撤収の前に、その水溜り(と言っても、干上がっていたが)あたりに足跡でもないかと見まわした時、落ち葉に半ば隠れてはいたが、なにか新しい足跡のようなものが見えた。どれどれ…と、しゃがみ込んで落ち葉を丁寧に取り除いていくと…

 「!」そこには僕が今まで見たことのない4本の平行線状の痕跡があった。全体の幅は約15cm。線上に蹄の跡はないし間隔が広いのでシカやイノシシのものではない。典型的なクマの足跡でもないし、クマがこういう痕跡を地表に残すという話は聞いた事がない。ただ、クマが樹幹に残すと言う「爪跡」によく似ている。一帯を覆っている落ち葉にはドングリやドングリの帽子がたくさん混じっていた。ドングリを探すためにクマが落ち葉を掻き分けているときに爪と指で土に線をつけたとしたら…決して無理な解釈ではない。「ま、まさか…!」K局スタッフたちにも緊張が走った。間もなくK局のカメラマンが、数メートル離れた落ち葉の下にほとんど同じ痕跡を発見。こうなると、シカか何かが線状に付けた跡が偶然こういう形に並んだ、とは考えにくい。一度に15cmの幅で4本の跡をつけるなんて、いよいよクマくらいしか考えられない。photo6(平行線痕)

 2つの痕跡はカメラの撮影範囲内だ。痕跡はごく新しいものだが、カメラは2日前の点検のあと3コマ撮り進んでいた。「写っているかもしれない!」胸の高鳴りを押さえつつ、Dカメラに続いてB、Cカメラ、さらに移動後Gカメラも撤収し、無人カメラを全て撤去した。早く下山してフィルムを現像しよう。

 下山後、高千穂の町に戻る途中、先日の2件目のクマ目撃者・Tさん宅を訪ねた。K局による収録のあと、「写っているかも」と報告すると、うれしそうな様子。この夜高千穂の町で会って飲む約束をした。

 町のカメラ店に出したフィルムはその日の夕方にはできてきた。受け取りに行く僕は、さながら「合格発表を見に行く受験生」の心境だった。K局スタッフもカメラを抱えてやってきた。YHのお母さんまでついてきた。みんなが見守る中、カメラ店の前で現像結果をチェック。どきどきどきどき…

 「ダメだ…写ってない…!」僕の一言に、みんなの期待は一気に落胆に変わった。問題の3コマは1枚目には動物のいない景色だけが写っていた。多分、動きの速い鳥か何かに反応して撮り逃したのだろう。残る2枚は…真っ黒け。何一つ像が写ってない。これには思い当たることがある。このDカメラでは最近時々こういうコマが出ており、おそらくストロボの不調が原因だろうとは思っていた。対策を怠った僕のミスだ。この闇の向こう側にいったい何がいたのか?それは解けることのない謎となってしまった。

 Tさんの待つ焼肉店に行き結果を報告すると、Tさんは残念そうな顔をしながらも僕の労をねぎらってくれた。2軒目のスナックではD紙記者氏も呼び出して飲んだ。3軒目を出てYHに戻ると、先に帰っていたK局スタッフたちが呆れるほどハイテンションの大盛り上がりで飲んでいた。こうして、僕の「クマ探し」で一番長い一日が終わった。

 

 14日、既に山での作業を終えた僕は、この日はK局スタッフを案内して大分県緒方町の民俗資料館に。総勢二日酔いのK局スタッフたちは、山越えの道が相当に辛そう。民俗資料館ではクマの剥製の撮影が一番の目的だったのだが、僕にとっては職員でやはりクマに感心を持っているというT氏にはじめてお目にかかれたことが収穫だった。彼は「私も狙っていたんですが、どうやら栗原さんに先を越されそうですね」と。帰りに「クマ看板」も撮影。YHに戻る頃にはスタッフたちも元気が戻ってきた。今までに撮れたシカ、イノシシなどの写真から今回の番組用のものを選んでもらう。

 夜はM社長がいつものガレージパーティーで「打ち上げ」をやってくれた。K局も福岡に帰る前にその様子を撮影することになったが、この日に限っていつもの面子の集まりが悪い。結局今一つ盛り上がる前に収録を終えてしまった。彼らの二日酔いの疲れさえなければもうすこし待ってもらえたかもしれないと思うと、ちょっと残念。その後は人数もそろっていつもの調子で盛り上がり、珍しく町にでることもなくその場で11時過ぎまで飲んで語った。

 

 最終日の15日、午前中はM社長と、その仕事仲間・飲み仲間であるS氏の3人で山の林道を走る。S氏が数日前に妙な動物の痕跡を見たというので案内してもらおうとしたのだが、本人も場所がわからなくなってしまったらしい。もっとも、話を聞く限りではおそらくイノシシの「ぬた場」だろう。狩猟解禁日ということで途中数人の猟師とすれ違った。そのあと、大物のオスジカに遭遇。出会った相手が猟師でなくてよかったね。雨も降り出したので、昼ごろ下山。

 あとは挨拶まわり…の予定だったのだが、世話になったO氏は仕事で不在。営林署も皆が出払っていた。車を返しに行くと、M社長も来客中でゆっくり話せなかった。ま、いいか。何もこれを最後に高千穂に来なくなる、って訳じゃない。

 あの「平行線痕」が本当にクマだったとしたら、我流でやってきた僕の「クマ探し」も決して的外れではなかったということだ。結果は残念だったが、手応えは十分だった。「負けることで、来年の課題がはっきりした」ダイエーホークスの王監督が今年の日本一を逃したときに語ったこの言葉を思い返しながら、僕は高千穂を後にした。


続きは「クマ探し日記(2)」   クマ探し日記の表紙へ


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