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参考のために…祖母・傾山系のクマ年表・祖母・傾山域マップ by Mr. Sugimoto・祖母傾最新情報 by Mr. Kato・無人カメラのこと
いつもお世話になってます…延陵レンタカー・高千穂ユースホステル・アウトバック(クマ対策用品)
11月16日
先日取材のあったK局の番組が放送された。ローカルニュースの中の5分間ほどの特集だ。この枠で紹介されるのは今年3回目(クマ探しでは2回目)だが、回を重ねるごとに僕のキャラが軽くなってきてる気がするなぁ…。そのうちバラエティ番組に枠が移って、ギャグを飛ばしてたりして…。あぁ、こわ!
11月17日
高千穂から別送したダンボール箱2個が昨夜届いた。今日は天気が悪いので、出かけるのはやめてこの荷物を解く。機材にまとわりついたクモの巣をぬぐったり、錆付いた金属部品に油をさしたり。問題の発生したストロボを繰り返しテストすると、一度だけうまく発光しなかった。やはりこれが原因か…。
それはともかく、考えてみるとアフリカ時代から使っている機材も多い。灼熱のサバンナから霧に煙る日本の山までよくがんばってくれた。だが、まだまだ終りじゃない。これから頼んだぞ!
荷物には目撃者・Tさんから頂いた焼酎が入っていた。今夜はこれを味わうとしよう。
11月18日
今朝は福岡でもかなり冷え込んだ。日中も天気は良いのだが冷え冷えとしていた。祖母傾山もきっと秋から冬に季節が移ったことだろう。寒さのせいか大寝坊してしまい、油山に行きそびれてしまった。「クマ探し」が一段落して、ちょっと気が抜けているのかな?
このところ1日40件くらいで安定していたこのHPへのアクセスが、16日の更新の後約60件に跳ねあがった。TVの件をメールで宣伝したり、例の平行線痕のことを専門家のメーリングリストに問い合わせたりしたこともあってのことだろうが。毎日60人もの人たちがこの日記を読みながら、クマのことを考えてくれていると思うと、すごくうれしい。
TV、そしてこの日記の感想として送られてきたメールの中に、「資金難を克服して、ぜひ続けて欲しい」という内容のものがいくつか含まれていた。望むところだ。今の僕にとって「九州産クマの撮影」は手探りの夢などではなく、極めて具体的で現実的な目標になっている。そして、そのあとの夢も描き始めたところだ。いまここであきらめるわけにはいかない。
11月19日
朝起きると、テレビで大台ケ原のシカの番組をやっていた。半ば寝ぼけていてたので、内容はまともに覚えていないが、シカの映像と一緒に聞こえてくる鳴き声が気になった。秋に入ってから祖母傾のいたるところで耳にした鳴き声と一緒だ。シカがたくさんいる山なのだから当たり前、なのだが…実はぼくはこの声をてっきりニホンカモシカの声だと思い込んでいた。知人からそう言われてなんとなくそれを鵜呑みにしていただけなのだが…改めて資料を調べてみると、どうやらオスジカが縄張りを宣言するときの声らしい。一方ニホンカモシカがどういう声で鳴くか、については解説が見当たらない。おそらく、これといって特徴的な声は出さないのだろう。クマ探しとは直接の関係はないが、物事はやっぱり自分で確かめないといけないな…と反省。
11月20日
朝、寝ぼけ眼で新聞の紙面に目をやったとたん、ぶっ飛んだ。何と日本ではとっくに絶滅したと考えられていたニホンオオカミらしい山犬が至近距離で撮影され、その写真が1面を飾っているではないか!(N日本新聞。Y新聞の1面にはより大きく掲載されたことを後で知った)。しかもその場所が、かねてから噂のある紀伊半島ならまだしも、「九州中部山域」とあるから驚きだ。おそらく九州山地のどこかだろうが、僕にとっては寝耳に水の話だ。
撮影者は高校の校長先生とのことだが、記事の内容から察するに、この撮影は決して偶然ではない。至近距離で撮影できたこと自体は記事にあるとおり「偶然」かもしれないが、一般の人からすれば単なる野犬にしか見えないそれの写真を撮り、さらに巣を確認し、糞・体毛を採取したとなるとシロウトではない。事前に何らかの情報をつかんでいたのだろうし、「調査」自体もそれなりの期間がかかっているのだろう。
何分イヌとの区別が微妙なオオカミのことだから、この写真だけでは即断はできないというが、巣まで確認できているのなら長期の追跡調査も可能だ。いずれは結論がでるだろう。
以前、ほとんど絶滅と考えられていたニホンカワウソの糞が見つかり、まだ生き残っていると確認された時もおどろいたが、今回のニホンオオカミが本物ならばそれ上回る驚きだ。はっきり言って、このニュースの前には「九州産ツキワグマの再発見」なんて小さな話になってしまうのだが、僕にとってはクマが見つかったのと同じくらい嬉しいニュースだった。きっとヤツラも生きている…。
夜、出張で来福中のマラウィ協力隊時代の友人ほかと食事。
11月21日
前日のオオカミのニュースに関連して、友人たちから次々にメールが届いた。「てっきり栗原が撮ったのかとおもった」、「本物だと思うか?」、そして「クマ探しもがんばって」。
このオオカミ騒ぎはちょっとした大ニュースなハズなのだけど、TVのニュースではまだ見ていない。前夜は永田町の方が騒がしくてそれどころではなかったのだろうが…。
この夜、9月下旬に企画した飲み会の第2弾を開催。今回から「自然派の会」と称することにした。野生生物・自然保護関連以外にも、今回はアート系の参加者も複数。幅広く、かつ個性的な面々が11名そろった。どんどん広がれ、ともだちの輪!第3弾は新年会かな?
11時過ぎに散会となったあと、高校時代の同級生3人が待つ別席に急ぐ。みんな「カタギ」のサラリーマンとして立派にやっているとはいえ、昔とちっとも変わっていなかった。しかし、それ以上に僕の生き方はあのころから何も変わっていない(進歩していない??)。
11月22日
夜、焼酎をちびちび飲みながらTVを見ていて、流れたニュースに驚いた。山口県で猟師がクマに襲われたらしい。いや、ここまでは時々ある話ではある。が、この猟師、重症を負いながらも、持っていたナイフでクマを刺し、その後このクマは死体で発見されたという。すげー!猟師が撃てなかったのだから多分いきなり襲われたのだろう。クマは2頭だったとのことだから、母子熊か。猟師を襲って殺されたのが多分母親だ。もちろんこういう状況であれば、この猟師の行為を第三者が非難する余地はない。僕だって同じことをするだろう。不幸中の幸いは中途半端な「手負い」にならずにそのまま死んでくれたことだ。
今年はこの手の被害の話が多い気がするが、自分がクマ探しをしているせいだろうか?九州産クマの再発見が、「人身被害第1号」とならないことを願いたい。
11月23日
クマ探しを休止して以来、冬の間の稼ぎ口をいろいろ探したりしていたが、僕の都合にあう仕事はなかなかない。結局、ドカタあたりに落ち着きそうだ。
11月25日
ドカタのバイトでも始めようかと思っていたら、昨日知人経由で某団体の臨時スタッフだか長期バイトだか(デスクワーク)の話が来た。といっても詳細が確認できないまま週末になってしまったため、待つしかない状況。
最後に高千穂からもどって10日。その間、たまに油山(福岡市内)にいって機材の点検をする以外にはフィールドに出ていない。身体もナマってきた。パソコンのおまけゲームにも飽きてきた。つまらん!かといって、ムダに出歩いたり撮影したりする金銭的な余裕もない(こういうとき、デジカメだとフィルム代を気にしなくていいんだろうな…)。それに、家で焼酎飲んでても楽しくない(飲んでないわけではないのだけど)。やっぱM社長とかYHのお母さんとワイワイいいながら飲んでいたい。…いかん!高千穂&クマ探し禁断症状かもしれん。あぁ、高千穂に行きてぇ!!
11月27日
バイトの件を確認しようと、朝一番に電話をいれる。が…聞いた話とはかなり違っていて、僕にできる仕事ではなさそうだ。僕にこの話が伝わるまでに数人の仲介者を経たために、情報が混乱したらしい。バイト探しはあっという間にフリダシにもどってしまった。ガックシ…。おーい、誰か仕事紹介してくれぇ!
午後、博多にある協力隊関係の団体事務所を訪ねる。ここにはよく来るのだが、今回はバイト情報の物色を兼ねて、先日放送されたK局の番組のビデオを持参。放送当日、ここのスタッフは行事で見ることができなかったのだ。皆がそろったところで上映。なかなか好評で、特に「現地の飲み友達(=M社長ほか)」とのほのぼのとした交流が印象に残ったようだ。
11月29日
今度、ひさしぶり(?)に高千穂に行くことになった。地元TV局の取材を兼ねて山の様子を見に行く予定だが、主目的は前々から誘われていたある集落の「夜神楽」のほう。高千穂神社で毎夜上演されているが、これは観光用のダイジェスト版(約1時間)。「本物」の夜神楽は冬の間、各地の集落でそれぞれの日取りで行われ、集落にもよるらしいが、一晩かけて行われるところが多い。これを見ないうちは高千穂を知ったことにはならない。M社長も、ユースホステルのお母さんも、ほかのいろいろな人たちが待っていてくれる。今から高千穂行きが楽しみだ。
午後、福岡の出版社を訪ねる。以前に一度だけ油山(福岡市)で撮影している動物写真の出版に関して相談したことがあり、できれば少しでも具体化したいと思ったからだ。しかし…、地味な写真でもあるし、やはりいろいろな面で苦しいようだ。提案やアドバイスは頂いたものの、出版には良い返事をもらえなかった。「ただ…これでクマが撮れたら話は変わってきますね。あのクマを撮った栗原の写真だ!となれば…」と編集長氏。なるほど、やはりまずは「クマ」ってことだな。
12月1日〜3日
2泊の予定で高千穂へ。と言っても、前述の通りお目当ては「夜神楽」だ。M社長の友人で、僕自身何度も一緒に酒を飲んだNさんから、彼の集落の神楽である12月2日に是非来い、と前々から誘われていたのだ。
とはいえ、初日は地元TV局のM局の依頼でクマ関係の取材に付き合うことに。昼前に高千穂に到着し、その場で取材スタッフと合流。週間予報で2日より1日のほうが天気がよさそうだったのでこの日の取材にしたのだが、これが裏目に出た。シトシトと雨が降っている。局の車で山へ。雨具に身を包み、以前3台のカメラ(B〜D地点)を仕掛けていた場所を案内した。実は担当の記者氏は高千穂町内の出身で、以前からクマの問題が気になっていたらしい。いろいろと資料も収集しているらしく、僕の知らなかった情報も持っていた。やはりローカルニュースの中の短い特集になるらしいが、内容が楽しみだ(7日夕方、宮崎県内で放送予定)。
夜はM社長やNさん、そして目撃者のTさんなどと町で飲んだ。翌日はもう入山の予定はないし、いくら寝坊しても構わないので、心行くまで飲むことができた。
2日午前中、前夜の約束どおりTさんが天岩戸神社を案内してくれた。もちろんクマ探しの成功を祈願。
午後はいよいよ神楽である。3時、集落の代表たちが神社に御神体を迎えに行くところを見学。頂いた御神酒は湯呑にたっぷり。神聖な儀式であるのは間違いないのだけれど、のどかでおおらかな雰囲気がある。決してお上品すぎないところがいい。肝心の神楽の舞いは舞台となる「神楽宿」(元来は民家だが、この集落では公民館を使っていた)へ場所を移す。僕たちは夕方から出直すことに。
夕刻M社長ほかと焼酎を下げて向った先は、なぜか神楽宿ではなく、Nさん宅だった。ここでは既に宴の仕度が整っていた。それから入れ替わり立ち代り、いろいろな方がやってきては酒を酌み交わした。僕は「神楽」というのは「神楽宿」で完結するものだとばかり思っていたが、そうではないことに気がついた。氏子たちの家々ではこうして宴が持たれ、それぞれの縁者たちは各家に招かれ酒と料理でもてなしを受ける。もちろん、人によってはこれを2軒、3軒とハシゴをし、またある人たちは町の飲み屋に座を移す。肝心の夜神楽は結局見に行かない人も結構いるようだ。神楽の舞いがメインイベントであることに変わりはないが、地元の人々にとって「神楽」の夜はそれだけでは終わらないわけだ。
深夜、神楽宿に行って神楽の舞いを見物。O氏は記録映像の撮影に余念がないようだ。夕刻から始まっている全33番の舞いもまだまだ序盤だった。終了は翌朝10時頃とのこと。がんばって最後まで付き合おう…と思っていたが、さすがに久しぶりの徹夜はこたえた。朝7時半で断念。シトシトと雨が降る中、ユースホステルに戻って休むことにした。昼まで寝て、午後は温泉に浸かったりしてゆったりと過ごしたあと、夕方のバスで高千穂を発った。神楽の終盤を見逃したのは残念だが、次の機会は早朝から見に行きたいもんだ。
今回僕は神事・伝統芸能としての神楽の舞いを拝見できただけでなく、村の祭としての神楽の夜を体験させてもらった。余所者の僕を半ば身内の人間として招いてくれたNさんほかの高千穂の皆さんに感謝しよう。来年のクマ探しは、今年以上に「地元意識」を持ってやっていけそうだ。
12月4日
発行されたばかりの「Nてつニュース」の最新号を入手。以前、草稿に一度目を通していたので大体の内容は判っていたが、写真も含めなかなかよい感じにまとまっていたので安心。世話になった人たちに送らねばならないので、多めにもらってきた(無料配布です!N鉄バスセンターなどでどうぞ!)。
またこの広報番組「Nてつトピックス」が上映されている天神の街頭スクリーン(Sラリアビジョン)もチェック。プロダクションからの連絡で毎時6分15秒から、と放映時間がわかったので安心して見に行った。はっきり言って、ほとんどCMばかりのこのスクリーンをマジマジと見ている人はいないが、「Nてつトピックス」が始まりクマの話題が紹介されると、ひとりの年配の女性がスクリーンに歩み寄り終わるまで眺めていた。
いずれも決してメジャーなメディアではないが、こうやって少しづつでも人々の中に浸透して行ってくれればいいな…。
12月5日
前日買ってきた求人情報誌で、ある求人に目を止めた。写真やパソコンの経験が活かせ、さらに勉強にもなりそうな関連の仕事だ。勤務地も都合の良いところだったので早速電話して面接の予約。すると後になって、店長と思しき人物から電話があり、写真やパソコンの知識や経験をいろいろ聞かれた。こちらからも、もろもろの事情を正直に話して、撮影活動と両立できる仕事を探していることを説明した。感触はよかった。少なくともこういう業界の人ならば、自分の作品作りに賭けている人間の気持ちをわかってもらえるだろう。待遇などの面はまだわからないが、「クマ探し」と両立できる長期の仕事であれば、言うことなしだ。
12月7日
多めにもらってきた「Nてつニュース」もあちこちに配ったり郵送したりしていたら、あっという間になくなってしまった。で、発行元であるN鉄の広報に相談したところ、たくさん送ってくれることに。感謝、感謝!HPのリンクも許していただけた(下記)。
夕方、先日取材のあったM局の番組(宮崎県内)を見ての感想の電話が2件あった。なかなか良い感じだったようだ(あぁ、早くビデオ見たいよ〜!)。何でも、9日にも別枠で放送があるらしい。M局はかなり「本気」のようだ。
この半年に現地で撮影したいろいろな動物たちの写真を地元D紙が掲載してくれることになり、電話とFaxで誌面の打ち合わせ。モノクロ刷りというのが残念だが、地元の人たちが地元の自然により目を向けてくれるきっかけになってくれるといいね。
12月8日
バイトの面接のため、某写真店に出向いた。店主で社長のF氏は気さくな感じのカメラマンだった。まず僕の履歴書を見て一言「楽しそうな生き方だなぁ…。羨ましい…」。さらに「Nてつニュース」の記事を見てもらったりして「クマ探し」のことを説明すると、「バカなことやってるよなぁ。」と、実にうれしそうに笑った。そして最初はバイト勤務の話をしていたのが、いつのまにか「こんなバカなことやっている奴を、どこまで応援してあげられるか、だよなぁ…。」と言い出した。結局バイトとしてではなく、なにやら彼の事業の一角の中で、僕が稼ぎながら「クマ探し」を続けられる良い手を考えてみたい…という話に。結論は来週に持ち越しとなったが、なんとも予想外の展開だ。こういうのを「ひょうたんからコマ」って言うんだろうか。何はともあれ、良い理解者とであったようだ。
N鉄広報室にお願いしていた「Nてつニュース」の追加分が届いたので、さっそく関係者向けに封筒詰め。
12月11日
さむっ!これまで「もうすぐ春か?!」というような陽気が続いていたが、とうとう寒波がやってきた。福岡の天気予報で「雪」という言葉を聞いたのはこの冬初めてだったと思う。身体がまだアフリカ仕様から戻りきっていない僕にとっては辛い季節の到来だ。祖母傾の山々は、そしてそこに暮しているであろうクマたちは、どんな冬をむかえているのだろう?
先日面接に行った写真展の店主から電話があり、とりあえずバイトで仕事をはじめてみないか、と。もともとそのつもりで面接に行ったのだから、悪いはずがない。
夜、N局の定番「いきもの」番組で、有名な動物カメラマンが外国のコウモリの撮影をする姿をドキュメントしていた。金のかかった撮影やっとるな〜。僕もいつか有名になったら、N局引き連れて撮影してやる!
12月13日
今日からバイト。朝から写真店でお客さんの相手をしながら、DPEの現像や焼付け作業を教わる。と言っても、基本的にはオートマチックの機械がやってくれるのだから、手作業のモノクロ現像&焼き付けに比べたら楽なものだ。まだまだ覚えなければならないことはたくさんあるが、自分にとっても役に立つことなのでやりがいがある。年末のこの忙しい時期(写真年賀状が多い)にスタッフの皆さんの足を引っ張らないよう、早く仕事を覚えなきゃ。
12月14日
バイトは2日目。ある発色の悪いネガの焼き直しに苦戦。なかなか自分独りでは色合いが決めきれなかった。細かいカラーバランスの問題が実はよく分かっていなかったのだろう。良い勉強だ。
夜は友人の写真家・Kさんの呼びかけで飲み会。彼の紹介で若手のカメラマンや写真愛好家を紹介してもらう。写真やカメラの話題で盛り上がる。ここでも「クマ探し」の話はオオウケ。
12月15日
今日はバイトは休み。と言っても僕にとっては「休日」ではない。無人カメラの点検のため、油山(福岡市)に。油山の点検作業は5〜7日おきに1日あれば問題ないので、これでバイトとの両立は十分可能だ。もちろん、祖母傾まで泊りがけの行程になる「クマ探し」はこんなわけには行かないが…。そのあたりのことは追々考えるとしよう。
12月16日
夜バイトから戻ると、宮崎のM局からビデオが届いていた。先日放送されたクマ関連の2つの番組の録画ビデオだ。早速拝見…したいところだが、我が家はいまだにビデオデッキがない、という珍しい家庭であるので、そのうち油山の自然観察センターかどこかで拝見するとしよう。
昭和58年に高千穂町の親父山でクマ足跡??が発見された当時の新聞記事のコピーなども一緒に送られてきた。が…そこに掲載されている写真を見る限り、イヌの類(野犬、キツネ、タヌキ)の足跡としか思えない。多分、大型の野犬だろう。
12月18日
朝から携帯電話が鳴った。高千穂のO氏からだった。なにやらクマの目撃談の新情報らしい。バイトで忙しく、詳しいことが分かったのは帰宅後、夜11時すぎ。O氏からのメールと、この件を記事にしたと言う地元D紙の記者氏に電話で聞いた話を総合すると…
目撃があったのは17日。10月の下旬にTさんが目撃した場所に近いらしい。里に非常に近いところだ。猟師もうろうろしているはずで、こんなところにそうそうクマが出てくるとは思えないが…。今回の目撃は距離がかなり離れてる(数10m)ため、本人も断定はしていないらしい。ただ、「怖くなって車で逃げた」とのこと。本当にクマであった場合のことを考えれば適切な対処だろう。
またこの話を聞いた集落の男たちが付近の山に入り、獣の巣穴らしいものを見つけたという。大きさとかその場所の地形など詳しいことは分からないが、里に近いところのはずだからクマの冬眠穴とは考えにくい。多分アナグマか何かの巣穴だろう。
12月19日
写真店でのバイトを始めて1週間。なんとか基本的な仕事は覚えることができた、というところ。店内の来客用のソファのところには「Nてつニュース」が置いてあり、時々社長が客を相手に「そこに載っているクマ探している人が彼だよ」と僕をうれしそうに紹介している。まだ不慣れな手つきで仕事をしている僕としては少々気恥ずかしい。
12月21日
今日はバイトはお休み。無人カメラの点検に行った油山(福岡市)の施設でビデオTVを借り、先日宮崎で放送されたM局のクマ番組のビデオをやっと拝見。地元局(というか、担当記者が地元高千穂町の出身)の利を活かし、細かく情報を集めていた。目撃談、歴史的背景、そして僕の取り組みと主に3テーマ、それぞれ具体的な内容で構成。さすがに30分番組となると内容が濃い。クマ発見の暁には、この内容が全国的に紹介されることだろう。
先日のクマ目撃の新聞記事などをFAXしてくれたレンタカーのM社長にお礼の電話。久しぶりに社長の声を聞いたら、なんだか無性に高千穂に行きたくなってきた。
12月25日
年末で週末明け、クリスマスといろいろあってか、現像も焼き増しの注文も多かった。おまけにこういうときに限って機械がトラブルでもう大変。閉店後、社長がメシをおごってくれた。
このとき、少しだけだが今後のことを話すことができた。もし、僕がクマ探しを趣味や道楽のレベルでやって、仕事としては写真屋(DPE業)に専念するのであれば、いろいろ応援してくれそうだ。写真で生きていくのなら、たしかにメリットのある方法ではある。しかし、その修行のためにクマ探しを長く中断する気はない。そのことは社長も察しているようだ。そして「結論は自分でだすしかない」とも言った。
12月27日
未明、左肩が急に痛んで目が覚めた。最近肩にコリを感じていたが、まさかつるとは思わなかった。
今日はバイトは休みで福岡市内の油山で無人カメラの点検。僕の表情に疲れを感じたのか、自然観察センターの職員・T嬢は「なんだかオーラが普通の人ですねぇ…」と。いままでのオーラって、どんなだったんだ??
今まで連日のように山に入るのが当たり前の生活をしていたのだから、今のバイトは慣れない世界。それほどハードな仕事ではないのだけれど、妙な疲労感が残る。休みの日に油山で作業をするのが良い気分転換だ。
12月31日
2000年の大晦日。バイトは昨日で仕事納めだったので、今日は久しぶりに買い物に出た。とはいえ、買ったのは電池とかフィルムとかばっかり。
年末年始の休みを利用して高千穂に行くことも考えたが、結局は大人しく自宅で過ごすことを選んだ。
夜、12月初めに高千穂の夜神楽を見物に行った際に入手した「カッポ酒」用の竹を引っ張り出した。青竹に簡単な細工を施したもので、酒を注ぎ込み火にあぶって燗をつけるものだ。穴をあけた節を酒がくぐる時にポコポコと音を立てるため、「カッポ酒」の名があるらしい。早速日本酒を注ぎ込み、教わった通りガスレンジや石油ストーブであぶって家族に振舞うと、なかなか好評。僕も現地で味わえなかった高千穂の味を楽しんだ。
さて、いよいよ2001年。SFではない21世紀が始まろうとしている。今年の無念を心に秘め、己の目標に向おう。
2001年1月1日
地球のどこかで2001年、そして21世紀を迎えられたみなさまへ
明けましておめでとうございます。
僕は福岡の実家で、例年になく温かい年越しをしました。皆様はどこでどのように年を越されたのでしょうか?
旧年中は祖母傾山系でのクマ探し、福岡市油山での野生動物の撮影と、相変わらず我が道を爆走・暴走する僕に有形無形の応援を頂き、心より感謝いたしております。今年こそは、「幻の九州産ツキノワグマ」の撮影を成功させ、みなさまのご期待とご声援にお答えしたいと考えております。益々の応援をよろしくお願いいたします。
2001年が、そして21世紀が、みなさまと世界の人々にとって幸多き日々になることを、そして人間と自然と生き物たちの共存に向けた新時代の幕開けとなることをこころより祈っています。
1月3日
今日は僕にとっては仕事始め。と言ってもバイトのことではなく、撮影活動のほうだ。油山(福岡市)で無人カメラの点検へ。動物たちも正月休みなのか、あまりフィルムが進んでいなかった。朝は天気がよかったのだが次第に暗い雲が広がり、作業を終える頃には時折白いものがちらつき始めた。今夜は冷え込みそうだ。
正月三が日の間に届いた年賀状の中に、見ず知らずの方からのものが1通あった。「Nてつニュース」のクマ探しの記事を読んだ方からの応援のメッセージだった。
明日はバイトも仕事始め。最初の1週間は正月明け+成人式でかなり忙しくなりそうだ。
1月5日
今日のバイトは遅番だったので、朝はゆっくり寝ていた。そして夢をみた。
仕上った写真を受け取るとき、「何か写っているよ」と言われた。プリントをチェックすると…乱反射などで画像が大変見づらいものの、複数のコマにクマと思われる動物が写っていた。中には「月の輪」らしい白い模様が見えるものもあった。やった!K大のD先生に見てもらおう!と息巻いているときに目が覚めた。
「いけない!寝坊した。急いで先生のところに写真を持っていかなくては…」と真面目に考えた後で夢だと気がついた。この正月に「初夢」を見たかどうか、僕は覚えていない。記憶に残っている夢としてはこれが今年最初だ。これを今年の「初夢」ということにしておこう。
昨年、やはりクマを見つける夢を見た、という話は以前この日記にも書いた(10月8日付け)。実はこれには後日談がある。その2週間後の10月21日に地元のTさんがクマを目撃。23日に僕はその現場を訪れたのだが、この現場の状況があまりにあのときの「夢」に似ていて驚いた。もちろん詳細は異なっているが、ただの偶然には思えなかった。ある意味で、あの夢は「正夢」だった。今度の「初夢」は「正夢」になってくれるだろうか?
1月9日
昨日は成人の日だった。写真屋のバイトは大忙し。TVでは成人式会場でのインタビューで、パッパラパーな受け答えしか出来ない若者たちや、壇上の来賓からお叱りを受ける行儀の悪い若者たちの姿が。それを見て「近頃の若いモンは…」と思ったのは、何も僕がオジサンになったからだけではあるまい。
「Boys, be ambitious! 若人よ、大志を抱け。」という有名な言葉がある。(「少年よ…」は、僕に言わせれば誤訳だ)。僕は、今の若者たち、子供たち、そして大人たちにも「大志を抱け」と言いたい。夢ばかり追いかけて金がなくてピーピー言っている僕の現状も困ったもんだが、夢も希望も持てない、ただだらしないだけの若者ばかりの社会では先が思いやられる。しかし、そんな若者たちや子供たちの姿は、今の大人たちの姿の写し絵だ。
僕はいつまでも夢を追って生きていこうと思う。そんな僕の姿を、バカにしたい奴はすればいい。こんなご時世だからこそ、僕みたいな奴がひとりくらいいたって、いいんじゃないかい?
1月11日
たぶん全くの偶然だと思うが、この日このホームページを見たという2人の読者からのメールが届いた。
一人は現役の青年海外協力隊員としてアフリカ某国で活動中の方。かつての僕と同じ「生態調査」隊員で、日本時代にクマの調査をした経験があるという。もう一人はシロクマの写真を中心としたHPを開設した方。写真の作者は別のアマチュア写真家らしいが、HPの内容に共感していただいたようだ。
このホームページが、そして僕の「クマ探し活動」が、自然と野生生物を愛する人たちの架け橋になってくれるのであれば、こんな光栄な事はない。
1月12日
バイト先の写真店で、使用期限がわずかに切れたフィルムが大量に出てきた。保管状態がよいので実際の使用には全く支障はないはずだが、商品として客に売るわけには行かない。社長との交渉の結果、格安で売ってもらった。これでクマ探し無人カメラ用のフィルム40本が確保できた!
1月13日
今日は全国的に冷え込んだようで、各地で大雪になったらしい。高千穂のTさん(クマ目撃者)から電話があり、高千穂町内でも雪が積もったらしい。山は20cmくらいだろう、とのこと。積雪の上の足跡を探しに行きたいが、なかなかそうもいかない。福岡も明日は雪の予報が出ている。
1月15日
寒波はいよいよ本格的になり、福岡でも今日は朝から雪が積もり(といっても北国のそれからすればわずかだが)終日断続的に雪。日中に降る雪が積雪となるのは、福岡では珍しい。
正月休みに購入した本をようやく読み終えた。「ベア・アタックス クマはなぜ人を襲うか」(*)である。北米に生息するグリズリー(北海道のヒグマと同種)やブラックベア(ツキノワグマの近縁種)が起こす人身事故の原因と防止策について書かれた本だ。多くのページは、より危険性が高いとされるグリズリー(ヒグマ)についての記述に裂かれている。僕個人はクマに関わる話もさることながら、アメリカの野生生物管理体制の充実ぶりに改めて感心した。日本では…寂しい状況が今日まで続いてきた。僕が自費を投入して続けてきた「クマ探し」だって、本来は環境庁あたりがとっくの昔にケリをつけて置くべき内容の事業だ。先日、同庁は「環境省」に昇格された。予算は約三倍だそうだ。さて、お手並み拝見といこうか。
(*)…「ベア・アタックス クマはなぜ人を襲うか T・U」、S・ヘレロ著、嶋田・大山訳、北海道大学図書刊行会(2000年9月)、各巻2400円+税
1月16日
今日も朝から積雪。今日はバイトが休みで油山に行くべき日なのだが…、昼ごろ出かけたものの山へとつづく道は路面に積雪が残り、とてもではないが僕のスーパーカブ号で登るのは無理。早々に引き返した。
結局、自宅で確定申告の準備。通帳などをみながら昨年の収入を集計するものの、なんとも寂しい内容。昨年に引き続き、担当官に同情されながらの申告になりそうだな。うるうる。
1月20日
正月の話だが、宮崎県北部を販売エリアとする地方紙・D紙の正月版(元旦発行)に僕が撮影した祖母傾の動物たちの写真と紹介記事が掲載された。その時の新聞が今日届いた。事前にFaxで内容を確認していたが、実際に自分(と自分の写真)見開き2面を使って紹介されたのを見ると少々気恥ずかしい。次の機会には、ぜひクマの写真といっしょに掲載されたいものだ。
夜、福岡在住の協力隊時代の友人たちと飲む。
1月23日
バイトは休み。1週間前の大雪がウソのようなポカポカ陽気の中、油山での作業。このまま春になるのかなぁ…??寒さが緩むと、クマの状況が気になる。
先日のD紙掲載記事の謝金が現金書留で届いた。う、うれしい。うるうる…。
1月25日
福岡市内の小学校に講師として招かれた。国際理解教育の研究授業とのことで、野生動物の絶滅をテーマに選んだ5年生の子供たちを相手に講話。子供たちから「自分たちにできることは?」との質問があったので、こう答えた。「勉強してください。たくさん勉強して、いつか自然保護や野生生物のために役に立つ人間になってください。」子供たちに心に、夢の種を蒔くことはできただろうか?
1月27日
この夜は、僕主宰の「自然派の会」の3回目。「自然」というキーワードとお友達の紹介だけで、またいろいろな人たちが集まった。今回は参加9人中6人が初参加。11月にクマ探しの取材に来た映像プロダクションのIさんも同僚の方と一緒に来てくれた。人間関係は雑多なほうが面白い。これからも輪がどんどん広がるといいな。
2月1日
今日は春日市内の中学校で講話をしてきた。と言っても、今回は動物の話が主ではない。子供たちが将来の職業や進路を考える機会にするための総合学習の時間だ。まともな稼ぎがない身でこんな席に招かれたのはなんとも気恥ずかしいが、自分なりのこだわりと夢を追いつづける生き方も一つの人生、と語ってきた。子供たちよ、夢をあきらめるな!
夜、N局のTVトーク番組に若手の噺家・K氏が出演。熱っぽく「これからの落語のあり方」を語ったとき、彼が口にした一言が気に入った…「座布団一枚の宇宙」。ならばぼくら写真家は36×24ミリ(*)の枠の中に無限の宇宙を描くのが仕事、ってわけか。いいねぇ。やってやろうじゃないか!
(*)注;36×24ミリ…一般的なフィルム(35ミリ判)の1コマ分の面の大きさ。
2月6日
今日は生暖かい一日だった。バイトが休みだったので例のごとく油山へ行くと、既にカエルが卵を産んだという。春はすぐそこまで来ている。
無人カメラの点検作業中、10mほど先の藪の中をイノシシの家族が歩いて行く姿が見えた。また休憩している時には、何度も無人カメラが撮影してるブチの野良猫がそばを通り過ぎていった。油山に通うようになって1年半だが、どちらも初めてお目にかかった。最近の雨でセンサー2個が浸水被害を受けていたが、今日はそれでも気分よく山を後にすることができた。
2月10日
今日はバイトを休んで油山自然観察センターの行事に参加。僕が無人カメラで撮影した写真を子供たちに持たせ、遊歩道を歩きながらどこで撮ったか当ててもらおう、というゲーム。無人カメラはカメラ本体を外しただけでセンサーなどはそのままだったのだが、その意味を知らない子供たちには撮影地点がなかなか判らなかったようだ。
「クマ探し」に備え、油山での撮影は今月一杯を目処に休止する方針であることをスタッフに伝えた。
2月12日
バイト先で社長に春からの予定を伝えた。「3月から梅雨入りまでの3ヶ月は現地で長期取材」。社長は「君のことは最初から当てにはしていないから、行くといい」と言ってくれた。いろいろ悩んだ末の結論だった。世話になったバイト先に迷惑をかけることになるのは心苦しい。だが、中途半端な体制では良い結果が出ないのは目に見えている。僕の目標は一つなのだから、わき目はふるまい。
夜、久しぶりに高千穂のレンタカーのM社長と電話で話した。車のことなど相談。「栗ちゃん、とにかくクマを見つけようや!」そう、僕には高千穂で待ってくれている人たちがいる。
2月13日
不景気の影響でバイトの勤務時間が減らされている。おかげで今日も休み。
春からの「クマ探し」で使う車の問題で最近悩んでいる。3ヶ月の長期滞在ではレンタカーというのも費用が馬鹿にならないし、第一昨年M社長の会社から借りていた4WD車は4月まで使えないらしい。で、安い4WD車を購入することを考え始めた。しかし、十分な予算がない。
ふと、福岡市内で自動車屋だか整備工場だかを営む協力隊OBのことを思いだした。以前この人から「留学生向けに(ただ同然で)車を提供します」という内容の案内ハガキをもらっていたのだが、実は面識はない。そのハガキを探し出して早速電話。事情を話すと、「何とかしましょう」との返事。拾う神あり、ってやつかもしれん。
2月15日
今日もまたバイトは休み。休みが多いのは良いが、その分給料が減るのだから喜ぶわけにはいかない。
車の件で、高千穂の知人から「埃をかぶっているセカンドカーを貸そうか?」との申し出があった。「無事に修理が済めば…」という条件付の話ではあるが、もし手ごろな車が手に入らなかったときには、彼のご厚意に甘えさせていただくことになるかも。
ある写真コンテストに応募の準備。昨年「クマ探し」の無人撮影で撮った写真の中で一番きれいなイメージの写真を応募することに。
2月16日
今月1日にゲストティーチャーとして招かれた春日市内の中学校から厚みのある封筒が届いた。僕の講話を聞いた生徒さんたちひとりひとりからのお礼の手紙が入っていた。もちろん、先生からそういう指導があってのことだとは思うが、ひとつひとつ目を通すとそれぞれ子供たちなりに僕の言葉を受けとめてくれたのだということがわかる。
昨年「クマ探し」をやっているころ、その活動を「ロマン」という言葉で語られることに僕はある種の抵抗を感じ、時には露骨に不快感を示したこともある。少なくとも僕は「ロマン」などという感傷のためにクマ探しをやっているのではないし、それは今でも変わりはない。ただ最近は、周囲の人たちが僕の姿にある種の「夢」や「ロマン」を感じるのであれば、それはそれで悪くない、と思えるようになった。暗い話が多いこのご時世に明るい話題として語られるのであれば、あるいは子供たちが自分なりの夢を探るきっかけになるのであれば、それだけで世間の役に立った、ってことだろう。かく言う僕だって、かつては植村直己(*)の自伝を読みながら自分の夢を膨らませたのだから。
(*)植村直己…うえむらなおみ。日本を代表する登山家・冒険家。日本人初のエベレスト登頂、世界初の世界五大陸最高峰制覇、イヌぞりでの単独北極点到達などの偉業を成し遂げたが、アラスカのマッキンリー山で消息を絶つ。栗原が「尊敬する人物は?」と聞かれたときに答えるのはこの人の名。
2月19日
写真家仲間のKさんが小さなスライド上映会を開いた。共通の友人・Eちゃん宅での内輪の会。僕は珍しく忙しかったバイトを抜けて駆け付けた。主に「ボツ作品」を中心に、「何を撮ろうとして、何が失敗だったか」を彼なりのこだわりで紹介。僕とは全く違った方向性の写真家である彼の話はとても刺激になった。次回は僕の撮った動物の写真で…とのリクエストが。ぜひクマの写真をみんなに見せたいね。
2月20日
なぜかこの日もバイトは大忙し。深夜2時ごろに自転車で帰宅したが、あまり寒さは感じなかった。春がそこまで来ている。仕度を急がねば。
福岡市油山で撮影した動物や鳥の写真から19作品を選び、ある写真コンテストに応募。賞を獲れれば出版の話も夢ではなくなると思うのだが…。
2月22日
今日、確定申告を終えた。と言っても、収入なんてわずかなものなので、源泉徴収分を還付してもらうために行ったようなものだ。会場は込み合い2時間待たされ、手続きは5分で終わった。情けない話ではあるが、たった約1万5千円の還付も僕にとっては小さな額ではない。来年はぜひ「税金対策」なんて真剣に考える身分になっていたいものだ。
山で使いやすい4WD車を安価で!という僕の注文に、中古車オークションの情報を探ってくれている協力隊OBのYさんから連日何度も電話がかかってくる。が、なかなか難しそうだ。まだ面識すらないというのに、僕の難しい注文に応えるべく苦心してくれているYさんには頭が下がる思いだ。
2月23日
今日は油山での作業。朝からどんより曇り空で、風は妙に生暖かい。今回から機材の撤収を始めることにした。一度に全てを撤収するのは無理なので、とりあえず今回は6基の無人カメラのうち2基を撤収。今月一杯はもうバイトを休めそうにないので、次回は3月になってからかもしれない。
2月25日
車を探していくれている福岡市のYさん(協力隊OB)によると、僕が欲しがっている車種は中古車オークションでも妙な高値が続いていて、僕の予算での購入では難しそう。高千穂からも中古車の情報が入ってきたが、結局はこれも断った。高千穂の知人Sさんの愛車は無事に修理を終え、絶好調との知らせ。当面はこの車やM社長のレンタカーを借りながら、手ごろな中古車の情報を待つとしよう。愛車スーパーカブ号を高千穂に持ち込めば日常の足には困らないが、現地までこれで行くとなると悲惨なことになるか??
2月27日
バイトは午後からだったので、午前中は先日油山から回収してきた機材の整備。1年くらい(だったっけか??)山に置きっぱなしになっていた三脚を部屋でいじり始めたら、隙間からアリがぞろぞろ這い出してきた。よく見ると幼虫までいる。アリたちには申し訳ないが、本格的に分解して中の巣を取り除かないと…。
2月28日
九州北部に「春一番」が吹きぬけたこの日、写真店でのバイトも最後となった。結局蓄えることのできた資金は十分とは言いがたい。けれど、この仕事を選んだことは後悔していない。いろいろ勉強になった2ヶ月半だった。
今後、すくなくとも3ヶ月間は再びクマ探しに専念する予定だ。3ヶ月後のことは僕にもわからない。クマは見つかるのか?資金は足りるのか?現地で収入をえる手立てはあるのか…?ただ、すくなくとも3ヶ月後にまた福岡にもどってバイト生活になる、という展開は決して望んではいない。できることなら、高千穂に根を下ろしてクマを追いつづけたい。
何はともあれ、いよいよ僕のクマ探しの次章が始まろうとしてる。
3月1日
前日からの雨が止まない。油山へ行く予定は取り止めて、午前中は床屋へ。3ヶ月ほど伸ばしっぱなしでボサボサだった頭をすっきりとスポーツ刈りにしてもらう。まだちょっと寒いが、山では短髪が一番。
夜、協力隊関係の集まりに出席。関係者にクマ探し再開の予定を伝えた。
3月2日
天気が回復したので朝から油山へ。今回は残る4基の無人カメラを完全撤収。帰りの荷物は普段の点検時の倍くらいの重量になってしまった。自然観察センターにまで下ろすだけで身体がギシギシきしむ感じがした。バイクにも一度には載せることができず、2回往復して持ちかえった。高千穂に持ち込む機材はこのさらに2倍くらいの量になる。これは荷造りと輸送だけで大変だな…。
なんて考えているところに、車を探してくれているYさんから電話。僕の第一希望とは違う車種だが、手ごろな車が見つかった。オークションの結果に期待。
3月3日
機材の整備をしていると、Yさんから電話。例の車を競り落としたらしい。やったね!早ければ来週火曜日にも乗れそうだ。高千穂出発はその後になるだろう。
3月4日
今日は強風と雪という大荒れの天気。きっと祖母傾の山も雪が積もったことだろう。クマたちの目覚めもお預け、といったところかな。
日曜日で暇だったのかYさんが車を持ってきた。名義変更手続きの前に車を点検して欲しいとのこと。型は古いが、驚くほどコンディションが良い。走行距離も短い。前オーナーが大切に管理していた事がわかる。思っていた以上に荷室が広いので、中で寝泊りもできそうだ。車検も11月末まであるので、今年のクマ探しには十分だ。
3月5日
これまで無人カメラ用に使っていたカメラの一部を処分することにした。この機種は当初「これは使える!」と思って中古や安売りで6台も買い込んだが、その後機能面の欠点がいくつか判明。昨年のクマ探しでも最終的には見きりをつけることになった。条件を限れば使えないわけではないので、6台中3台を下取りに出し、より実績のある2機種3台のカメラを購入。早速無人撮影用に改造・改良を施した。結局無人撮影用に用意できたカメラは3基種12台となった。
車の手続きを進めてもらい、明日にはなんとか動かすことができることになった。
3月6日
所用でYさんの事務所まで車を走らせる。この車を運転するのは初めてだが、昨年高千穂で借りていたレンタカーと同様の車格なので違和感はない。エンジンや足回りなどのコンディションを確かめながら走るが、特に問題はないようだ。
クマ探しのために荷造り。協力隊でアフリカに派遣される時に使った大型のアルミトランクを久しぶりに引っ張り出して、これに機材を詰め込んだらすぐに一杯になった。さらにダンボール箱、カメラバックなど数個。荷物はかなりの量。荷物がたくさん載る車で良かった…。
明日はいよいよ出発だ。いざ、高千穂へ!
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