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参考のために…祖母・傾山系のクマ年表・祖母・傾山域マップ by Mr. Sugimoto・祖母傾最新情報 by Mr. Kato・無人カメラのこと
いつもお世話になってます…延陵レンタカー・高千穂ユースホステル・アウトバック(クマ対策用品)
写真追加(6/11)…雪氷の竜ヶ岩滝(3/9)・「オオカミは四国犬」(3/15)・奇妙な白い毛と糞?(3/16)・イノシシの親子(3/16)・国見ヶ丘の朝日(3/22)・冬毛のテン(3/26)・ニホンイタチ(4/7)・疥癬症のタヌキ(4/13)・シカの親子(4/27)・イノシシの家族(4/30)・ニホンカモシカ(5/5)・怯えた?ノウサギ(5/12)
3月7日
朝から高千穂に向う。車はすこぶる快調で、高速道路も阿蘇の山越えも難なく走りぬけた。天候にも恵まれ約3時間で高千穂に到着。
高千穂は強風に黄砂が舞っていた。まずO氏の職場を訪ねるが、忙しいらしくちょっとお疲れの様子。当面(ずっと?)の宿になるユースホステルに荷物を下ろした後、M社長のレンタカー会社へ。車はもう借りる必要はないのだが、僕の「クマ探し」と「高千穂生活」にこの人は欠かせない。早速今夜の飲み会の打ち合わせ。
営林署を訪ね、国有林の入林許可の申請を行う。この際、この冬ある猟師がクマと思われる獣に遭遇したらしいとの情報を得た。
夕方からM社長の事務所で飲み会。かつてと同じ顔ぶれと挨拶を交しながら焼酎、日本酒を楽しんだ。YHに戻ると学生のグループなど宿泊客が大勢いた。春休みだねぇ。もちろん彼らと深夜まで飲む。
3月8日
朝から雪が舞っている。それでも時折日がさす妙な天気だ。午前中は目撃者Tさんと落ち合い、山の様子を見に行く。まず昨年12月にクマ?目撃があった場所に案内してもらう。やはりTさん自身が10月に目撃した場所のすぐそばで、より車道に近いのが驚きだ。
大分県境の峠はがんがんに雪が降ってはいたが、積雪はなかった。ただ、あたりでは数センチの高さの霜柱が立ち、また沢やトンネルではツララが下がっていた。大分県側に少し下りて祖母山の方を見上げたが、山頂付近は見えない。かすかに谷沿いに白いものが見て取れた。昨年良く走った林道は、営林署で聞いた話どおり閉鎖されていた。
昼ごろ町に下りたが、降雪は強くなる一方だ。O氏の職場に立ち寄った後、YHに戻った。二日酔いの突かれもあって、コタツで寝込んでしまった。夕方買い物に出ると、雪は吹雪きの様相。気温が下がったためか、積もり始めたようだ。日が暮れるころには峠越えの主要道路が相次いで通行止めに。夜になると町内でも凍結による事故があったようだ。YHではバイク客を中心にキャンセルが続いたものの、足止めをくうなどして飛び込み客もあり結構にぎわった。僕以外の8名の客は全て女性(しかもハイレベル!)。ちょっとハッピー。
3月9日
朝、まだ小雪が舞っていたが、心配していた積雪はわずかだった。日が高くなるのを待って、山に向う。積雪に残る動物たちの足跡を見てみたかったからだ。途中、路面に薄っすら雪が残っているところもあったが難なく通過。県境の峠でも積雪はせいぜい数センチ程度だった。これはちょっと期待ハズレ。閉鎖されている林道をすこし歩いてみた。所々に同じ種類と思われる小型動物の足跡があったが、不鮮明で正体がわからない。それ意外には動物の足跡が見られなかった。これはもっと期待ハズレ。道は営林署での説明の通り、崩落でかなり荒れており、一抱えもある岩が転がってる。これでは林道整備が終わるまで車は乗り入れられない。
その後、親父山の山麓の林道も走ってみた。閉鎖はされていないが、小規模の崩落が多い。途中、雪氷で見事に飾られた滝を見つけ、しばし撮影。(photo3.1)そういえば、無人カメラの点検だけで手が一杯だった昨年は、こういう余裕はなかったよな…。
町にもどってTカメラ店へ。ここには前もって手紙で現像代金の割引のお願いをしてあった。店主は快く格安料金を約束してくれた。早速滝を撮ったフィルムなど4本を現像に出した。
営林署では正式に国有林入林許可を頂いた。いよいよ本格始動だ。
先日営林署で聞いた「猟師がクマと思われる動物に遭遇した」という話の当の本人が判明し、電話で話を聞くことができた。が、「猟犬が木の上に向って吠えていた」のを離れたところから見た、というだけで樹上に何がいたのかは見ていないようだ。どうやら話に尾ひれがついてしまっていたようだ。いずれその現場には行ってみたいが、慌てるほどの話でもなさそう。
夜遅くに10人連れの若い女性客たちがYHへ。前夜のハーレム状態の再来を期待するオジサン心とは裏腹に、みんな寝室にこもって盛り上がっていた。相手にしてもらえないオジサンは寂しいのだった…。
3月10日
朝は放射冷却で冷え込んだ。路面の凍結が怖いので日が高くなるのを待ってから山に向う。この日向ったのは昨年無人撮影のメインのフィールドになったエリアだ。前日の「期待ハズレ」で心配していたが、林道を歩き始めると早速2頭のシカが走り去った。足跡などは決して多くはないが、その後も数回シカと遭遇、ピャッという警戒の声も何度か聞いた。動物が動いているのがわかって一安心。林内を歩くと、下草が全く伸びていないので随分歩きやすい。春のうちなら、昨年入るのを躊躇したような林にも入っていけそうだ。
午前中歩き始めた時は岩肌を氷のカーテンが覆い、地面もガチガチに凍っていた。しかし帰りには岩場の氷はすっかり剥がれ落ち、地面もどんどん緩んできた。その一方で林道の山側の土手は少しづつ崩落を続けていた。危うく拳大の落石を食らうところだった。
この日は下見のつもりで無人カメラは持参していなかった。しかし、近日中にはカメラを設置するとしよう。
夜は飲み仲間のNさんの還暦祝いで飲む。YHへ戻ると、これまた若い旅行客たち(含む2女性)と飲んで夜更かし。どういう訳か、僕の青春の日々を延々と語ってしまったようだ。
3月11日
日曜日のこの日は朝からTさん所有の山へ案内してもらう。10月にTさん夫婦がクマを目撃した現場の近くだ。昨年は県境の山(主に国有林内)にだけ無人カメラを仕掛けていたが、この辺りで昨秋に続いた目撃は無視できない。手入れの行き届いた杉林の急斜面をヒーヒー言いながら登って、その上の雑木林へ。獣道に今年最初の無人カメラを仕掛けた。T地点とした。
午後はYHにもどり、黄砂にまみれた車を洗った。そのあと頼まれものの原稿書きをしていて夕食の買出しを忘れた僕に、YHのお母さんは残り物の材料でチャーハンを作ってくれた。感謝、感謝。
この夜の泊り客の一人が、僕が大学院生時代を過ごしたK大学の後輩で隣の研究室の学生だと判明。「あの先生元気?よろしく言っておいてね。」
3月12日
10日に下見してきたエリアに向う。ここで昨年比較的成績が良かったB地点とD地点を再設置した。ただし、昨年とはカメラの位置などを大きく変更。
今日は日が高くなってもあまり気温が上がらない。それに雲も出てきた。先日ほど寒いわけではなく歩いていると気にならないが、無人カメラの設置には1基につき1時間前後かかり、その間にどんどん身体が冷えてくる。2基目をなんとか設置できたころ、粉雪が舞い始めた。本当はもう1基、先日目をつけた奥のエリアに仕掛けたいと思っていたが、すっかり身体が冷えきってしまった。早めに引き上げることにした。山はまだまだ冬だ。
帰りにO氏の職場に立ち寄る。実は宿泊先のYHではPHSがつながらない。O氏の職場からはつながるし(ただし32k)、自由に利用できるロビーがあるため、メールの送受信やこのHPの更新はここでやらせてもらっている。ただし、PHS用の熊本のアクセスポイントとの相性が悪いのか、メールの送信が不安定で困っている。携帯電話からのアクセスを考えなくては。
3月13日
今日は朝から快晴。日が高くなるにつれ、気温もどんどん上がって春らしくなってきた。こんな日こそ山に入るべきなのだろうが、まずは大分県側に向う。昨年3月中旬、傾山の大分県側の林道で数回にわたってクマが目撃されている。今年はぜひこのエリアも調査対象に含めたい。まずは現場の下見だ。山を越えてその林道に入ってみると…作業中で道がふさがれていた。がっくし。これでは下見どころではない。
せっかくここまで来たので、さらに山を下りて緒方町の民俗資料館を訪ねる。ここのT氏もやはりクマ問題に強い関心をお持ちで、以前1度だけあったことがある。挨拶と情報収集でも、と思ったのだが…仕事で忙しいらしい。書置きだけして資料館を後にした。
食事をして県境の峠に戻った。今日は夕方に約束があるので今から山中にカメラを仕掛ける時間はない。思いつきで、駐車場から稜線までつづく登山道を歩いてみた。後半はなかなか良い感じの自然林だ。どこかにカメラを仕掛けてみようかな。
YHにはヘルパーの学生さんが来ていた。1週間ほどいるそうだ。夜はまた深酒。
3月14日
やっぱり二日酔いだ。朝から山に向ったものの、気持ちのよい陽気もてつだって駐車場に停めた車のシートで寝込んでしまった。酒に関しては我ながら進歩がないなぁ…。昼から先日設置したB、D地点の手直し。
昨日夕方取材のあったD紙にさっそく紹介記事が掲載された。滞在先のYHまで明記されている。もう高千穂では悪いことはできません。ファンが押しかけたらどうしましょう??
竹田市の営林署に電話。昨日、傾山の林道が作業中だったことについては把握していなかった。通行止めにはしていないし、県関係の短期の作業ではないか?とのこと。近々、改めて出なおしてみよう。
ライダー3人組の客たちとかる〜く飲んで寝た。
3月15日
朝は予報どおり雨。午後は晴れるという予報だが、山はどうなるかわからないので大分県側の林道を再度下見することに。幸い前回道をふさいでいた作業の車は今日はなく、かなり奥まで車で入ることができた。2箇所ほどに目星をつけた。竹田の営林署に行って許可を申請しようと思って電話すると、担当者が明日まで不在で受付ができない、との返事。やれやれ。
実はこの日、偶然立ち寄った某所で、ある掲示物を発見。手書きで書かれたその内容に驚いた。
「平成12年7月8日この場所においてニホンオオカミに間違われて撮映されお騒がせしたのは純血の四国犬です。関係者各方面、マスコミの皆様、御迷惑掛けて誠に申し分け有りませんでした。事情が有って放犬しました。」(原文のまま。この文の下に手書きでイヌのイラストが描かれ、署名などはなし。)(photo3.2)
昨年11月に報道された「九州中部山地でニホンオオカミと思われる山犬が撮影された」という一件を指しているのは疑いない。この内容がその真相なのか?それとも誰かのイタズラか??高千穂に戻って一応地元新聞社(M紙・D紙)に連絡をいれた。
3月16日
昨夜はあまり深酒しなかったので朝がさわやか!天気も良いので早々と山へ向う。今日はB地点のカメラを別のタイプに交換し、新たに2基しかける予定で荷物が多くなってしまった。ところが、機材の一部が不調でBカメラの交換はできず。不調の原因を調べなくては…。昨年のC地点を再設置したあと、10日の下見で目をつけていた地点へ向い、斜面の雑木林の中にある岩陰に辿りついた。前回見たとき、ここにはシカと小動物の糞を少量見つけていた。が、今回ここにあったものは…!
植物繊維を大量に含む獣糞が直径50cmほどの範囲に数センチの厚さで積もっていた。かなりの量だ。1度にまとめてした糞だとしたら、かなりの大物ということになる。原型がどうだったのかは良くわからないが、アフリカ時代に見たカバやサイの糞に状態が似ている。もっと驚いたのは、この糞の上にばら撒かれたように大量の獣毛があったのだが、これが真っ白!北国には冬の間は白い冬毛で春には夏毛に生え変わる獣もいるが、九州にそんなやついたっけ??もしかして「シロクマ」???とりあえず、毛と糞をひとつかみ採集して下山。(photo3.3)
YHに戻って、K大学のD先生に電話。上記の糞と毛の発見状況を説明するが、哺乳類学の専門家も「何だろうねぇ?」と答えに困った様子。だが、「糞はその状態では無理だが、毛は調べれば判るだろう。送ってくれ。」D先生は獣毛から動物の種類を判定するのを得意としている。現場写真と一緒に、謎の白い獣毛を郵送することにした。
D地点から回収したフィルムにはイノシシ親子の姿が。今年最初の成果だ。(photo3.4)
D紙が昨日の「オオカミは四国犬?」を記事にした。しかも5段抜きで。僕の撮った写真が採用されたので、若干の収入になるな。M紙は慎重になったのか、記事にはしなかたようだ。
夕方、地元TVのU局から取材の申し込み。オオカミの話ではなく、もちろんクマ探しの件でだ。
翌日は雨の予報。ゆっくり飲みたいが、焼酎が早々に切れてしまった。
3月17日
予報どおり朝から雨。午後まで止みそうにない。週末なので、役所関係の用事も進まない。今日はゆっくり過ごすことにした。丁度良い骨休めだ。
昨日現場で不調だった機材は、持ちかえるとちゃんと動いた。何でだ??こういう不安定な状況が一番困る。
昨夕のD紙に続き、A新聞が例のオオカミの張り紙を記事にした。張り紙発見直後に野生動物関連のメーリングリストにも情報を流したのだが、専門家から「捨て犬説」を支持する見解が早速投稿されている。
夕方はまた天気が崩れた。YHにはずぶ濡れのライダーやチャリダーが何人もやってきた。
3月18日
朝は曇っていたが、雨は0%の予報。U局のスタッフと合流して山へ向うと、山を覆っていた雲も晴れてきた。取材を伴っていると作業が捗らないのは今までの経験でわかっているので、例のごとく行程が比較的楽なB〜D地点の点検の様子を取材してもらった。午後はO氏の職場で取材。Dカメラから回収したフィルムにはヤマドリのオスが写っていた。他は誤作動。
全国紙のM紙やブロック紙のN紙などがこぞって「オオカミ=四国犬?」を報じた。A紙は東京版でも報じられたとの情報があった。
この夜、YHは外国人の団体さんでごった返した。お母さんから「今日は出て行け」と言われた僕は食い下がって屋根裏に寝かせてもらった。
3月19日
朝は団体さんを送り出した後の片付けを少し手伝ってから、竹田の営林署へ向う。昼過ぎに担当者と会って、入林許可の手続き。ポカポカ陽気のこんな日に役所の用事で山に入らないのは嫌なのだが、明日はまた祝日なので仕方がない。帰りに少し寄り道をしただけで、山での作業はできないまま戻る。
この夜のYHは若いライダー客が多かった。お母さんが手打ちのそばをたらふくご馳走してくれた。
3月20日
朝から山へ。前回取材のため見送っていた、B〜D地点の手直しをしてから奥のH地点の点検と、新規の設置もする予定にしていた。しかし、B地点のカメラ交換は前回同様機材のトラブルで断念。この問題を解決できないと、同機種2台のカメラが無駄になってしまう。C地点のカメラはまだ新しいのに急に動かなくなってしまった。要修理か??新地点用に用意したカメラに交換。結局B〜D3地点の作業だけで時間を食いすぎて下山。途中Tさんの山に寄ってT地点の点検をしたがコマは進んでいなかった。C、Dカメラから回収したフィルムを現像したが、全て誤作動だった。まだ木々が落葉したままで林床まで日が差すので、日光による誤作動が多いようだ。
夕方、U局の番組が放送された。ローカルニュースの中で3分ほど。比較的あっさりした内容になっていた。
毎日若者たち(主にライダー)が入れ替わり立ち代りやってくるYH。この夜もまたそんな若者たちに勧められるままに焼酎を飲む。
3月21日
夜更かしのせいで、すこし寝坊。前日行けなかったH地点へ直行。改めて問題の糞をじっくり観察する。未消化物を多く含んだ内容物はほぼササだけとみてよさそう。草食性の動物だろうが、これだけ未消化繊維が多いとなると、「やっぱりクマ?」と思いたくなる。10日に下見した場所とこの糞があった場所を前回は同じ場所と思い込んでいたが、下見で見たのは一段上の岩陰だったようだ。糞は一見すると比較的新しそうでもあるが、最近まで氷点下の気温だったことを考えれば、結構時間が経過している可能性もある。
ただ、何度見ても「白い毛」というのが謎。野良犬?ヤギか何かが野生化した?シカのお尻の毛??いずれにしても糞との組み合わせて考えると説明がつかない。アルビノ(白色化固体)のクマだったりしたら、それだけで大ニュースなんだけど。
林道を歩きながら、新しい設置場所の候補を探し、2箇所ほど目をつけた。
YHにやってきた学生のグループが、「国見ヶ丘で朝日が見たい」という。国見ヶ丘は見晴らしの良い高台で、特に晩秋の雲海のシーズンは人気がある。車かバイクでないと早朝に行くのは無理だが、彼らは足がない。そういえば僕はまだ行ったことがないな。付き合うか。他のお客さんも一緒に翌朝出かけてみることにした。
3月22日
珍しく夜明け前から起床。6時頃、車に分乗してみんなで国見ヶ丘へ。展望台から見下ろした高千穂の町には霧が立ち込め、幻想的な雰囲気。本格的な雲海はまた一味違うのだろうが、これはこれで印象深い。10分ほど待ったころ、遠くの山並みから黄色い光が昇ってきた。日の出だ。見る見る丸い太陽が顔を出した。日の出を拝むのは久しぶりだが、今回はまた格別に美しい。みんな大満足。僕はフィルム2本をあっという間に使いきった。(photo3.5)
日の出の余韻を残したまま、他のグループのみんなとは高千穂峡で分かれた。YHで朝食後、一時帰省のため福岡へ。高森、阿蘇を経由する325号線は快適なドライブ。昼前には自宅に到着した。
午後はいくつかの用事や買い物を済ませ、夕方から「自然派の会」。今回は僕ではなく、常連のE嬢に幹事をお願いした。年度末と言うこともあってか、常連ばかり小人数の集まりになったが、これもまたいい。2次会はメンバーのひとりのKさんが小さな展示会を開催中のフリースペースで飲む。
3月23日
夕方、福岡市内で催された写真家・Sさんのスライド上映会に出席。Sさんは元マラウィ協力隊員(写真隊員)で、南アフリカのお花畑を撮りつづけ日本に紹介したことで知られている。すでにメールでは交流があったのだが、お目にかかるのは初めて。実は今回の帰省の最大の目的は彼に会うことだった。温和な人柄に好感が持てた。本当はもっと話がしたかったが、連日の講演で忙しいようだ。再会を約束して別れた。
3月24日
今日は休養日にした。のんびり寝坊して、午後は近所に買い物に行ったのみ。おかげで溜まっていた疲れも取れた感じ。
午後、広島県を震源とする地震があった。僕自身は揺れに気付かなかったが、広い範囲で強い揺れを観測したようだ。祖母傾の山中ではまだ雪解け後の崩落が完全に落ち着いていないので、崩落の拡大が心配だ。
夕方、「Sさんの紹介で」としてYと名乗る人物から先日の「オオカミは四国犬」の張り紙に関して電話。この人もオオカミを探しているらしいが、「あの張り紙は私たちのオオカミ探し活動を悪意を持って邪魔するある人物によって書かれたもの。撤去に協力してほしい。」という。僕は「張り紙がイタズラである可能性は十分認めるが、証拠はない。第一、僕にそんな権限はない。」と断った。話っぷりから、永年オオカミの存在を信じて追いかけているタイプのアマチュア研究家ではないかと思う。
クマ問題にも言えることだが、「信じる、信じない」のレベルで話をし始めたらもう終わりだ。これは科学でも調査でもなんでもない。電話での印象では、この人物の言動はそのレベルに陥っているとしか思えなかったし、そのことに本人は気付いていない様子だった。もちろん、彼の言うとおりある人物が意図的にあの張り紙を出したとしたら、そっちのほうがレベルはより低いし、重罪でもあるが。
僕は「クマはいると考えている」のであって、「信じている」わけではないし、まして根拠の乏しい水掛け論に参加する気はない。僕は黙って、決定的証拠を提出するための努力を続けるだけだ。
Sさんという紹介者には覚えがないが、先日僕が張り紙の情報を投稿したあるメーリングリストの名簿にその名があった。僕が誤って掲載した電話番号を紹介したのだろう。
その後、このSさん本人から丁寧な謝罪のメールがあった。
3月25日
雨の福岡を発ち一路高千穂へ。日曜日の朝ということもあってか、市街地も高速もスイスイ。が、熊本→阿蘇方面が思わぬ渋滞。この雨の中、行楽客か??霧の高森峠を越えて昼過ぎに高千穂に到着。高千穂も雨。
先日申請した大分県側の国有林入林許可がYHに届いていた。
今回福岡で手に入れたモバイル通信用のカード型PHSをセットアップ。これはさらに携帯電話も接続できるので、PHS圏外からの通信が可能になる(電話代は高くつくが…)。普段は今までどおり町からPHSで、急ぎのメールがある時だけはYH(PHS圏外)から携帯でつなぐようにしよう。これで(ほぼ)最強のモバイル環境の完成だい!(これでPHSが64k圏内だったらなぁ…。ド○モさん、なんとかなりませんかね?)
今日のYHは子供からおばあちゃんまで幅広い客層。お母さんが買ってきた芋焼酎がうまかった。
3月26日
朝から良い天気だが、少し寝坊した。B〜D、H地点の点検・手直し、そしてHの近くに新しくJ地点を設置。地震と雨で心配した新たな崩落もなかったようだ。午前中吹いていた冷たい強風も昼には収まり、午後はポカポカ陽気で作業は順調に終わった。この陽気で、高千穂の町でも桜の花が一斉に開いた。
B〜Dの3地点から持ち帰ったフィルムを早速現像。B地点で綺麗に冬毛のテン(Photo3.6)やシカなどが撮れている。D地点でもシカとヤマドリが撮れたが誤作動が多い。C地点は誤作動ばかりでフィルムが終わっている。
今夜のYHは僕以外には泊り客がおらず、ヘルパー君もどこかに消えた。実に静か。この隙に、例のうまい焼酎を飲み干してやろうかとも思ったが、やっぱり止めて自前の安焼酎をちびちび…のちにがんがん飲んで寝た。
3月27日
先日大分県側の入林許可が下りたので、今日は峠を越えて緒方町へ。以前の下見で目星を付けておいた雑木林を再度歩きながら、2箇所にカメラをしかけ、Z、Y地点とした。標高の低いY地点は、昨年の今ごろ親子グマが何度も目撃されている一帯に近い(はず)。
例の「オオカミは四国犬」の張り紙を見に行った。誰かが剥がしたりしていないか?と思ったが、特に変わった様子はなくそのままだった。
夕方YHに帰る前に、M社長のレンタカー会社に顔をだす。間もなくいつものようにNさん(神楽の時世話になった)もやってきて、なし崩し的に焼酎を飲み始めた。結局Nさんの誘いで近所のNさん宅で食事をご馳走になった。マーケットの惣菜弁当(それも夕方の値引き品)を食う毎日だったので、遠慮なく腹いっぱい食わせてもらった。感謝感謝。
車はM社長の所に置いたままYHに戻ると、この夜はそこそこの人数の客が。チェコ人留学生の女の子が流暢な日本語で賑やかにお喋り。
3月28日
前夜は後半セーブしたおかげか、目覚めは良い。さっそく車を取ってくる。朝食後、天岩戸神社に向う数人の客を送り届けてそのまま山へ。
無人カメラも既に8台の設置が完了し、作業の山場は越えた。残り4台のうち、すぐに設置できるのは1台のみで、これは設置場所を思案中。他3台は機材の問題で一時保留の状態だ。既に設置したカメラの点検も数日置きで良い。今日はどうしようか?と思っているうちに、ポカポカの車内でウトウト。そのまま気持ち良く熟睡してしまった。結局お昼寝とお弁当を食べただけで下山。ま、連日山に入っての長丁場だから、休める時にゆっくり休もう。
不足しそうなパーツを探すが、高千穂の町では見つからず取り寄せになりそう。
町の武道館(高千穂町の体育館なのだが、ここでは剣道が盛んなためか「武道館」となっている)でなにやら剣道の大会があるらしく、YHにも少年剣士たちの姿が。夕食時に焼酎を飲み始めた引率の先生方と一緒にいつになく早い「スタート」。その後は代わって他の泊り客たちとやって、深夜まで。
3月29日
予報どおり曇り空で、すこし冷え込んだ。YHの窓から白いものが舞っているのをみて「まさか雪?!」と思ったら、桜吹雪だった。山は天気が悪そう。急ぐ作業もないので、山に入るのは止めにした。車で祖母山の登山口付近の様子を見に行く。林道は整備の作業中。登山口では雪が降っていた。こんな天気では何もできない。早々に下山してM社長のところでお茶をすする。
少し前に書いたエッセイの原稿が写真と共に週末のD紙に掲載されることが決まった。原稿提出から掲載決定まで少々待たされたので、安心した。無名カメラマンの手記を粘って推薦してくれた記者氏に感謝。
夕方近くになって空は晴れたが、相変わらず風は冷たく気温は上がらない。前日に引き続き剣道の大会で町内の宿泊施設が満杯のようだ。YHも貸し切り状態で(僕は例外的に滞在を許されているが)、飛び込みの客を何人か断っていた。連日飲み過ぎの感があったので、この夜は酒は少し控えた(全然飲まなかったわけではないんだけど…)。
3月30日
朝は冷え込んだが、澄みきった快晴。だが、予報からすると山では昼ごろには天気が崩れそうだ。で、午前中に山での作業を終わらせるため、現場に急ごうとするが、寒さでバッテリーが弱ったのか車の始動に手間取ってしまった。山頂付近は積雪があったようだ。
正午ごろには予定どおりB〜D地点の点検を終えたものの、多少雲が出たくらいで早急に天気が崩れる様子はなかった。慌てて損したなぁ。ポカポカの日差しを楽しみながら、ゆっくりお弁当を食う。持ち帰って現像したフィルムにはシカ、そしてD地点ではすでに常連の感があるヤマドリの姿が。
結局雨が降り出したのは日が暮れてからだった。氷雨がざーざーと音を立て、明日は阿蘇に向うと言うライダーカップルがおののいている。客は他に2人。うちひとりは徒歩で九州自然歩道を縦断中という。
3月31日
氷雨は明け方まで降り続いた。徐々に天候は回復してきたが、朝のうちは時折冷たい小雨。雲の切れ間から見えた山は白く雪化粧だ。桜も菜の花も咲いているというのに、冬と春が同居しているよう。昨夜のライダー達はレインスーツに身を包んで寒風の中を出発した。九州縦断中のTさんは休養日らしく、のんびりしている。僕も午前中は洗濯、午後は文庫本を買って来てコタツで読書→昼寝。
なんだか、ここ数日のんびりしているなぁ。天気が悪かったり寒かったりということもあるし、無人カメラは設置してしまえば点検とフィルム・電池交換だけして、ひたすら結果が出るのを待つしかない。
ただ、僕が昨年の「通い」から今年「泊まり込み」に方針を変えたのは、何も作業の都合ではない。たとえ毎日フィールドに出なくてもフィールドを眺めながらその土地で暮すことで、季節の移り変わりなど自然の息遣いや地元の人間社会の機微を心身に染み込ませたかったからだ。そうすることでいろいろなことが見えてくることは、3年間のアフリカ生活が教えてくれた。こうして「寒い!」といってコタツで丸くなっていても、時間を無駄にしているわけではない。(なんて、言い訳??)…それにしても、先日の帰省の際に冬物の防寒具を置いてきてしまったのは失敗だったなぁ。
地元紙・D紙1面に僕のエッセイ「アフリカとクマ探し」の前半が掲載された。内容は僕がアフリカでの活動の中で「人間も自然の一部分・自然も人間社会の一部分」という考え方に辿りついた話。当時撮影したカバとワニの写真も一緒だ。結構大きな面積を占めていて、何だか気恥ずかしい。後半は来週かな?
明日は天気がよさそうだから早起きして山に行こう!なんて思っていたけれど、徒歩旅行のTさんと飲んで、ついつい夜更かし。
4月1日
早起きするはずが、すっかり寝坊。慌てて仕度をして出かけようとするが、またしても車のエンジンのかかりが悪い。再びヘルパー君に頼んでブースターケーブルで助けてもらう。冷え込んでバッテリーが弱った、というより、エンジンの始動性自体が悪い感じ。なんでだろう??予定ではH・J地点方面に向うつもりだったのだが、30分ほど走らせただけではバッテリーの充電が十分か不安でエンジンを止める気になれない。急遽予定変更で、一番遠い大分県側のZ・Y地点まで車を走らせることにした。
祖母傾の尾根筋は前日の雪でまだ積雪があった。しかし空は快晴で、気温はそこそこ。Z地点は特に動きなし。あたらしい動物の痕跡はあまり見当たらない。Y地点はフィルムが終わっていた。辺りに動物の真新しい痕跡がたくさんあったのでちょっと期待したが、どうも誤作動らしいと分かった。少し場所を移動させて再設置。ついでに辺りを散策すると、この森は照葉樹と落葉広葉樹の混交林で、いかにもクマ好み(?)の良い感じの森だ。次回はもう少し回ってみて、カメラを追加しよう。
下山後高千穂に戻る途中でT地点の点検。今回は何か写っていそうだ。
数日前からYHに滞在している準ヘルパー?の少女が英語の宿題を見てくれ、と言い出した。軽い気持ちで引きうけたら、薄い問題集1冊、4時間付き合う羽目に。終わったのは深夜。このYHでこんな時間までシラフで起きていたのは初めてだ。一緒に付き合っていたヘルパー君がビールをおごってくれた。
4月2日
前日行きそこなったH・J地点に向へ。良い天気だ。現場に辿りついて早めのお弁当をのんびり食べた後作業にとりかかろうとしたら、携帯電話が鳴った。D紙の記者からだ。何でも前日にクマの目撃があったという未確認情報が入ってきたらしい。2時間後に現場?付近で落ち合うことに。
早々に作業を終えて記者氏と現場へ。「多分この辺りのことでは?」という場所は昨年10月の目撃の地点からそう遠くないし、状況が似ている。しかし、詳細が分からないことにはなんとも言えない。一旦YHに戻って、食料など買い込んで夕方から再訪。5時頃からじっと車内から外の様子をうかがうがシカ一頭出てこない。記者氏が貸してくれたダウンジャケットは温かかったが、それでもこのまま寝込むと風邪を引きそうだ。張り込みは9時頃でやめ、昨年良く夜回りをした林道を走って下山することに。見たのはウサギが2匹と轢かれたテンが1匹。携帯電話には記者氏から「目撃者に電話で確認したところ、場所が違っていたようです。スミマセンですぅ」というメッセージが入っていた…。あれあれ。
徒歩旅行のTさんは痛めた足の治療で滞在が長引いているようだ。明日帰るというヘルパー君の慰労会?でまた夜更かし。
4月3日
今回の目撃談が地元M紙に掲載。目撃者本人から町役場の方に報告があり、プレスリリースされたようだ。目撃は1日の夜、といっても未明の深夜0時すぎだ。D紙記者氏はすでに目撃者と電話で直接話していた。ヘルパー君や他の泊り客を見送った後、小雨の降る中D紙記者氏と一緒に現場に向うことに。場所は前日に行ったところよりもう少し里に近いあたりのようだが、さすがに細かい位置まではわからない。この辺りかな?というところを確認したのみ。雨は止まず、昼ごろ一旦下山する。夕刊のD紙にも記事が掲載された。
YHで休憩した後、夕方からまた現場に入り、手ごろな路肩に車を止めて張り込み。特に成果のないまま午後9時頃、引き上げる。明日出発すると言うTさん他の客らとまた飲んで夜更かし。
4月4日
クマ探しの大先輩・宮崎市のKさんからの電話で目覚めた。今回の目撃に関して情報交換。次にO氏から電話で、A新聞にも記事が掲載されたとのこと。自然歩道を徒歩であるいて日本縦断を目指すTさんをD紙記者氏が取材に来た。Tさんを見送ったあと、山に向う。
天気は快晴。風が少し冷たいが、B〜D地点の点検は順調に終わった。Cのみフィルムが終わっていた。たぶん誤作動だろう。
下山後に携帯電話を確認するとO氏からのメッセージ。ある林道にカモシカの死体を発見したが、足の一部などに何かが食った形跡があるとのこと。夕方から出なおしてみることに。
車の走行距離が購入後3000km弱になったので、山に入る前にオイル交換。1日平均100km走っていることになる。ディーゼル車にしておいて、本当に良かった(環境にはやさしくないけど)。
4時頃カモシカ現場に到着すると、地元のD紙・M紙の両記者、そしてD紙の上司さんまでもいた(これは偶然らしいが)。見たところ、内臓などは腐敗し、筋肉などは乾燥が進んでいる。まだ朝夕はかなり冷え込む山のことだから、少なく見積もっても死後1週間以上は経過しているように思える。後肢の一部から腹部にかけて、そして頚部に食われた形跡がある。が、野犬やカラス、そしてタヌキ・テン・ネズミなどの小型の動物によるものだろう。記者のみなさんは「クマによる捕殺」を期待したらしいが、僕が「越冬で衰弱した自然死でしょう」というとちょっとがっかりしたみたい。近くの林でガサゴソと動物の気配がした。
現場には僕だけが残り、そのまま張り込む。死体を食べに何かが来るのでは?さっきのガサゴソは何者??いろいろ期待したが、ガサゴソの正体はオスのヤマドリ。日没後9時まで粘ったが、死体には何も来なかった。もっと新鮮な死体だったら、いろいろ来たんだろうけどな…。冷え込みに我慢できず退散。
YHには若い男性客が3人。焼酎を軽く飲んで寝た。
4月5日
D紙記者氏のもとに今回の目撃者が送ってきた現場写真(山行の帰りに撮影した昼間の写真)を預かり、現場へ。やっと現場を特定した。クマが消えたとされる急斜面を登ると、そこは杉の植林地だ。ただ、尾根一つ挟んで雑木林があった。シカなどの痕跡があるものの、クマの手がかりはなし。
昼食後、昨年秋に目撃があり一時期G地点をしかけていたところを再訪。イノシシなどの新しい痕跡がたくさん。昨年も短期間に良い写真が撮れた場所でもあるので、G地点を再設置する。その後同じ林道を見てまわり、新しいカメラ設置地点の候補を見つけたが、カメラのやりくりが問題だ。
カモシカ現場も訪れるが、死体は片付けられた後だった。なお、夕刊のD紙には昨日のカモシカ死体の話題が記事として掲載された。しかも、僕が死体をいじくりまわしている写真とともに。まさかこんなのを本当に記事にするとはねぇ。さすが、地元の話題にディープにこだわっているD紙だけのことはあるね。
夕方近くになり、なんだか体調がすぐれない感じ。連日の張り込み&夜回りで身体を冷やしすぎたか?この夜は夜回りは止めて、YHでゆっくりすることにした。客は僕ひとりだった。
4月6日
朝9時すぎに目覚める。夜更かししたわけでも深酒したわけでもないのに大寝坊だ。もっとも、今日は急ぎの作業はないし、なんだか風邪気味のようでもある。天気が良いのでちょっともったいないが、今日はこのまま休養日にしよう。洗濯したり、荷物の整理をしたり、ゆっくり温泉に浸かったりして過ごす。
高千穂町には「高千穂温泉」と「天岩戸温泉」がある。昨年福岡から通っていたときは、最終日に作業を終えて夕方のバスに乗る前には必ずどちらかの温泉で汗と泥(とダニ)を洗い流したもんだ。今年はずっとYHに寝泊りしてるので行きそびれていたが、やっぱり温泉はいいね。今日はしっかり長風呂して堪能した。ちなみに、YHの他の客には広々していていろんなタイプの風呂を楽しめ、距離も近い高千穂温泉(500円)を勧めることが多いが、僕個人はシンプルな天岩戸温泉の方が好みだ。それに、こっちのほうが安い(300円)。今日行ったのも「天岩戸」。
夜、延岡のIさんから突然の電話。Iさんとは面識はないが、古い新聞記事には在野のクマ研究家としてコメントなどが出ているのでその名は知っていた。これまでに撮りためた「クマ痕跡」のビデオ映像などを見て欲しい、という。雨で山に入れないときにでも、お邪魔することにした。
少し遅い時間にYHにやってきたのは一人旅の若い女性客。しかも笑顔がかわいい。オジサンの気分はハッピー!
4月7日
連泊する女性客を天岩戸神社に送り届けたあとは、大分県側のカメラの点検に向う。天気は曇りで、暑くもなく寒くもなく、山での作業にはちょうど良い。Z、Y地点ともに機材の手直し。沢のそばで昼食をとっているとニホンイタチ(Photo3.7)が出てきた。Y地点では斜面の上方からしきりにシカが警戒の声をあげている。木立の向こうにかろうじてメスのシカの姿がみえた。Y地点からすこし離れたところにX地点を設置した。これで設置した無人カメラは10台になった。
夕刊のD紙に、僕のエッセイ「アフリカとクマ探し」の後半が掲載された。なぜ僕がクマ探しを始めたのか?を、アフリカでの体験・経験をからめて紹介。写真はアフリカ時代に無人カメラで撮ったクロサイの姿だ。
夜、クマ探しの先輩・宮崎市のKさんが仲間2人を連れて高千穂入り。山麓でキャンプして明朝調査のために山に入るので同行しないか?とのお誘いだ。キャンプと調査への参加はご辞退したが、夜回りついでにキャンプ地に挨拶に出向く。あれやこれやとしばし情報交換の後、僕はまた夜回りをしてYHへ戻る。夕べの女性客+女性ライダー(これまた素敵な女性)+陽気なチャリダーで飲む。YHのお母さんが腰を痛めたようだ。
4月8日
朝から雨でお休み。これから数日は天候が不順のようだ。つい2日前に休養を取ったばかりなので疲れが溜まっているわけでもなく、むしろカメラの点検をしたいのだけど、この天気ではどうにもならない。少し前の週間予報ではここまで崩れるとは言ってなかったんだけどね。Kさん一行は大丈夫かな?
今回の目撃の一件の記事や僕のエッセイ記事のコピーを関係者に送るため、手紙を書いた。あとはまた温泉に入ってのんびり過ごす。
夜になり雨脚は弱まるどころか断続的に土砂降り。今夜の女性客2人は、部屋にこもったきり出てこない。つまらん。
4月9日
朝になっても雨は止んでいない。今日も入山は無理だ。6日に電話があった延岡のIさんに会うことに。
初めての延岡の道で迷ってしまったが、約束より少し遅れてIさん宅を訪問。さっそく2時間ほどに編集されたビデオを拝見した。
著名なクマ研究者・M氏から「95%はクマと関係ない」と言われたというが、なるほど、他の動物や人間のつけた痕跡と思えるものも多数含まれていた。といっても、僕もクマ痕跡調査のプロではないから、書籍などで紹介されている内容程度の知識しかない。まして、現物ではなくビデオ映像となると「良くわかりません!」的なものも多い。ま、そういう意味でも僕の関心は「クマと関係ある(かもしれない)5%」の部分。で、確かにクマの物と思える足跡、爪跡などが記録されていた。シカなどでは説明しがたい竹の食痕には興味がそそられる。
なんだか昨夜から体調が良くない。頭が重いし、お腹の具合も…。夕方熱を測ってみると微熱があった。風邪かなぁ?夕食後、薬を飲んで早々と就寝。高千穂に来て以来初めてのノンアルコールの夜。
4月10日
薬のおかげか、12時間の睡眠のおかげか、体調はだいぶ回復。2日続いた春の嵐も終わり、3日ぶりに山へ向う。歩いていると、まだちょっと「病みあがり」って感じだが、のびのびになっていたB〜D、H・Jの5箇所をがんばって点検した。全カメラからフィルムを回収したが、現像の結果はB地点で数コマにシカが写っていたのみで、他は全て誤作動。
夕方、福岡県のSさんから電話。実はこの方、つい先日のクマ目撃の当人だ。先日現場確認で使わせてもらった写真のお礼の手紙を出していたのだが、それを読んで感激して電話してきたという。何度も何度も激励の言葉をいただいた。ありがたいことだ。
体調が今一つだし、一人旅、しかも写真が趣味という女性客を放って置くわけには行かないので、夜回りは中止。
4月11日
寝坊して、夕べの女性客を見送りそこねた。ちょっと残念。もう一泊してくれたらなぁ…。
G地点の点検をするが、どうも誤作動が続いているみたい。機材の一部を交換して様子を見ることに。付近を散策すると他にもしかけてみたいポイントがいくつかある。でも、機材が足りないなぁ…。
午前中はうす曇りだったが、昼ごろから雲が厚くなってきた。天気は下り坂のようだ。急いでT地点を見に行く。数コマ進んでいるが、そのままにした。ここは日が入らない照葉樹林のためか、誤作動はほとんど出ていないようだ。
夕食・入浴の後に夜回りにでる。林道でシカが出てきた。車の前を行くシカの後姿を、左手はハンドルを握ったまま右手のカメラで撮ってみた。うまく撮れているかな?
ここ数日体調が悪かったのは、先日から飲んでいた焼酎が身体に合わなかったから、と勝手に結論付けて、新たに買ってきた焼酎を一人で飲んだ。うん、安焼酎だがこれはうまい。よしよし。
4月12日
焼酎を代えたおかげか、体調は良い。ただ、どんよりとして寒々とした空は冬のよう。強風が冷たい。少し遅目に出かけようとしたら、また車の始動に失敗。M社長に助けを求めた。約1時間後にやってきた社長は何とかエンジンをかけてくれたが、「バッテリーでもスターターでもねぇしなぁ…」と頭をひねる。社長にわからないのなら、僕に原因がわかるはずもない。
ようやく出発したのは昼前になった。車で四季見原まで行くが、冷たい強風がきつくて車外に出ると身体が急速に冷えてしまう。早々に下山。まいいや、今日はドライブだけだ。
某全国紙が写真記者を送り込んでくるらしい。強力なライバルの出現か??
朝のお礼もあってM社長のところへ顔を出しに行った。「飲みたいねぇ」「ほんとだねぇ」「飲みに行こうかねぇ」「そうやねぇ」…てなわけで、この夜はM社長の自宅のある延岡市で飲むことに。夜、季節外れの寒風が吹く延岡の街をM社長と2人で飲み歩いた。3軒目のスナックでカウンターにいたママとその娘が美人だったなぁ。4軒目は記憶が途切れ途切れだ。
4月13日
朝、M社長の愛犬に顔をなめられて目が覚めた。ううぅ…二日酔いだぁ。頭が痛い。社長自慢の美人の奥さんに見送られ、社長と一緒に高千穂に戻った。
今日も多少風はあるが良い天気だ。二日酔いは辛いが、がんばって山に行こう…と思ったら、社長の会社に置いてあった愛車がまたご機嫌ナナメ。エンジンがなかなかかからず、原因を調べるため「一時入院」となってしまった。M社長から臨時に車を借りたものの、結局この日の山行きは中止。修理工場から連絡では、どうやらグロープラグ(ガソリンエンジンのスパークプラグに相当するディーゼルエンジン独特の部品、らしい)が怪しいとのこと。パーツが届くまでだましだまし乗ることに。かかりが悪いのは朝の最初の始動だけだ。それさえ何とかなればあとは問題ないでしょ。
D紙から先日のエッセイ記事の謝礼をいただいた。感謝、感謝。でも、この金が車の修理だけで吹っ飛んだら悲しいな…。
先日のクマ目撃者・Sさんから「差し入れ」が届いた。お饅頭がたくさん入っていた。YHのお母さんやM社長にもお裾分けしなきゃ。
先日回収したG地点のフィルムのプリントが仕上った。イノシシ2コマのほかに、白いブタのような生き物が…(Photo3.8)。いや、白いのではなく、頭部を除く全身の毛が抜けてピンク色の地肌が剥き出しになった動物だ。おそらく疥癬(かいせん)症だろう。疥癬は皮膚疾患のひとつで、ある種のダニが直接の原因とされている。薬はあるが、処置しなければかゆみを伴った皮膚のタダレ、脱毛が広がり、最後は衰弱死する。もともと飼い犬の病気だが、近年この病気がいろいろな野生動物(特にイヌ科のタヌキ)でしばしば報告されるようになっており、その背景はまだ良くわかっていない。一説には、人間の出した残飯に含まれる化学添加物などによって抵抗力が落ちることが遠因ではないかとも言われているようだ。後姿でわかりにくいが、今回の写真の動物もどうやらタヌキらしい。福岡市油山での撮影でも疥癬症のタヌキを撮ったことがあるが、今回のは症状がもっと悲惨だ。可哀想に…。
4月14日
車は朝日があたる場所に止めておいたので、少しは温まっているだろうからきっと大丈夫…と、考えたが甘かった。やっぱりエンジンがかからない。なんだか症状がどんどん悪くなっている気がする。安く買った旧式車だから、文句は言えない。土曜日というのに朝から整備工場の人に来てもらった。何とかエンジンはかかったが、不安なので代車を借りて、愛車は入院となった。代車はやはり四輪駆動車タイプだが、小型の1600ccガソリン車。どちらかと言うと都会派4WDだ。なんだがふわふわした乗り心地で馴染めないなぁ。小さくて小回りが効くのは良いけど、やっぱ僕は硬派な車がいいや。愛車よ、早く戻って来い。
慣れない車を駆って大分県側へ向い、X〜Z地点の点検。Z地点のセンサーがおかしい。壊れたか??仕方なくZ地点は一時撤去した。
急斜面を下りていて足を滑らしそうになり踏ん張った左膝に痛みが走った。僕は以前から左膝に故障を抱えていて、山に入るときはサポーターを巻く必要がある。もちろんこの日もサポーターをつけていたのだが、それでもだめだった。古傷が悪化しなければよいのだが。
YHに戻って、これまでに収集したクマ関係の古い新聞記事などを整理した。不慣れな車で夜の林道に入るのは不安だったので夜回りは中止。
4月15日
朝から晴天の行楽日和。とりあえず、前々から興味があった四季見原付近の山野を散策。親父山の山頂へと続くなだらかな稜線は魅力的だが、ササが混んでいる。今度は鉈を持ってきて、道をつけてみようかな?整備したら良い山歩きルートになるだろう。
下山する時にシカの角を1本見つけた。4尖(3回枝分かれして先端が4本に分かれている、の意味)の立派なやつだ。大物のオスジカだな。春はシカ角の生え変わりのシーズンだ。
昼食後、先日センサーを交換したG地点を点検。誤作動は出ていないようだ。斜面を下っていた時、再び左膝が痛んだ。痛みは一時的だが、しばらくは無理をしないほうが良いか?地元の人に町内の整骨院を紹介してもらった。
温かくなってきたこともあり、そろそろどこかに安い借家か部屋を借りることを考えている。これまでもM社長ほかの紹介でひとつふたつ話はあったのだが、結局はだめだった。で、目撃者のTさんに相談してみた。この人は特に岩戸地区では顔が広い方だ。なんとかなると良いのだけれど。なおここ数日、YHはお客さんがほとんど来ない。ちょっと寂しい。
4月16日
今日も良い天気。朝から日差しが強く、歩いていると汗が噴出す。山の主役もサクラからアケボノツツジに代わり、新芽の彩りも目立ってきた。作業はB〜D地点の点検へ。B・D地点は順調と言えば順調で誤作動は出ていないようだが、コマはそれほど進んでいない。フィルムの回収は次回にしよう。Cカメラはまだ誤作動が続いているようだ。ここは昨年もそれほど成績が良かったわけではないので、撤去して他に回すことも考えなくては。
平坦な林道を歩いている分には何ともなかったが、林道を外れて急斜面を下りようとしたら途端に膝が痛んだ。やはり1度医者に見せないとダメか?H・J地点まで足を伸ばす時間は十分にあったのだが、用心して早めに下山。
この日は高千穂神社の春祭。街は祭でにぎわったらしい。夕方、M社長のお友達・Sさん宅に招かれた。神楽の時もそうだったが、高千穂の祭では各家々での宴が欠かせないらしい。その後もう1軒お邪魔した後、街の居酒屋、そしてスナックと定番のコース。YHに帰った時には12時を回っていた。
4月17日
今日はお休み。二日酔いがひどいわけではなく、左膝の養生のためだ。温泉に行った後、午後から先日紹介されたI整骨院へ。親切な先生が丁寧に診てくれた。この膝の故障はもう長いのだが、こうやってきちんとした診察を受けたのは初めてだったかもしれない。診断結果は「半月板の軽度の損傷からくる痛み」。手術するほどではない、とのことで痛みを取るための電気や超音波による治療を受けた。
最近調子が今一つのパソコンを触っていたら、連続フリーズ。試しにシステムやハードディスクのメンテナンスを実行したら1時間もかかってしまった。が、調子はよくなったみたい。
4月18日
昨夜から降りだした雨が朝になっても降り続いている。昨日休んだばかりだというのに、またもお休みだ。だったらゆっくり寝坊していれば良いものを、こういう日に限って早々と目が覚めてしまった。暇だ。
昼食後がーがーと昼寝していると、某新聞社から電話。今度クマ取材に乗り込んでくると言う写真記者だ。どうやらその取材の中で無人撮影を試みるつもりのようだ。アドバイスが欲しいようだったので、「すげー大変ですよ。」とあれこれ脅かしておいた。それ以上はこちらにメリットがあるなら協力するけど、そうでないなら企業秘密を守るのが先決なので、あまり期待されても困る。手っ取り早く、僕の撮った写真を使ってくれればいいのになぁ。
北海道で山菜取りをしていた女性がヒグマに殺された。僕にはこのニュースが17時の全国ニュースのトップ項目であった事のほうが驚きだった。今や人が人を殺しても大したニュースにはならないが、ヒグマが人を殺すと大ニュースになる。
天気は夕方になってやっと回復してきた。夕方やってきた2人の男性客、そして腰痛がほぼおさまって復帰したYHお母さんで久々に楽しく飲んだ。(ここには書けない)ディープな話題で盛り上がって夜更かし。
4月19日
前夜の夜更かしの割にはすっきりした目覚め。天気は再びピーカンの晴天にもどった。ついついのんびりしてしまう僕は、お母さんに急かされながら山に向う。木々の芽吹きは山の斜面を駆け上っている。
少し間が空いてしまったH、J地点の点検。あまり成果がでてなさそう。誤作動ばかりが続いていたC地点の様子を見に行くと、今度は誤作動が出ていない。前回センサーを多少手直ししたのが効いたのか??B地点のカメラを本命の機種に変更。周辺機材の不調でのびのびになっていたが、何とか対策が分かったので仕掛けてみることに。しかし、メインのカメラにトラブルがあることに気付いた。中古で買ったあとチェックしなかったのがまずかったなぁ。予備機を仕掛けることに。結構歩いたが、膝は痛まなかった。治療と2日間の静養が効果か?
修理に出していた愛車がようやく帰ってきた。グロープラグの交換で調子は良くなっていた。やったぁ!やっぱり自分の車が一番安心だ。でも、修理代の請求が怖い。
ようやく温かくなったから安心して外で飲めるぞ、ということでM社長たちと久しぶりにガレージの飲むことにした。僕の誘いで地元D紙の記者氏が初参加。最後は記者氏とM社長と3人で深夜まで話し込んでしまった。記者氏は「わが社としても、栗原さんにはぜひクマを撮ってもらわんと困りますもんねぇ。」とプレッシャーをかけてくる。YHに帰ったのは2時前だったと思うが、驚いたことに他の客3人(若者の一人旅×3)がまだ飲んでいた。ついつい座り込んで寝たのは3時。s
4月20日
今日はM社長の手伝いで、山仕事はお休み。といってもバイトとかではない。小屋を作るらしく、解体現場から廃材をもらってくる手伝いだ。こういう現場を見るのは初めてだが、使えそうな木材がたくさん。これを寄せ集めるだけで小さな家くらい建ちそうだ。良い借家が見つからなかったら、いっそ自分で建てるか?
午前中で作業は終わり、昼食をとったら眠くてたまらない。で、午後はお昼寝。
夕方から曇ってきた。天気予報でも明日は雨だと言っている。やっぱ、今日山に行くべきだったか?いつまで天気がもつか分からないので、夕食の弁当を買ったその足で夜回りに向う。愛車復帰後初の林道走行だが、足回りが随分軽く調子がいい。どうやら修理に出している間に、いろいろメンテナンスしてくれたようだ。感謝、感謝。片道14km余りの未舗装林道を往復する間に、シカ8頭、ウサギ2匹に遭遇。走行撮影にもトライ。
夜は他に客もなく僕ひとり。ここ数日深酒が続いたせいか、なんとなく飲む気がせず、珍しくノンアルコールで過ごす。
4月21日
天気予報の通り、朝から雨。目が覚めたがそのまま二度寝して起きたのは9時半ごろだった。今週はやたら休みが多いな…。他にやることもなかったので、調子の悪い機材のメンテナンスをする。先日トラブったカメラをいじっていたら、何とか復旧。やってみるもんだ。
そうこうしていると、M社長から電話。「今日は暇じゃがぁ。あんたも暇じゃろ?焼酎ば飲も!」昼前に顔を出すと、しきりに焼酎を勧められる。が、今飲むと身動きが取れなくなる。とりあえず焼酎はご辞退して温泉へ。温泉の帰りに昼めしを食べYHに戻るとそのまま寝込んでしまった。
夕方またM社長から「遅せえがぁ。早よ来て飲もやぁ。」と、再度のお呼び出し。再び顔を出すと、みなさん既に良い感じで飲んでいた。が、僕のほうは今朝から胃腸の具合が芳しくない。軽く飲んでお茶を濁すことにした。
最近、飲み会のたびにあちこちから「婿養子」の話が飛び出す。この日は常連の顔であるNさんが「ウチの養子になれ」と言い出した。そう言えば、先日O氏は「私はそれを乗り越えて他所から嫁をもらいました。」と言っていたなぁ。
雨は終日降り続いている。明日は晴れてくれるだろうか…。
4月22日
前日の雨がウソのような晴天。気持ちの良い春の日差しを浴びながら山に入る。調子が良くなったカメラをB地点に設置。このほか、C、D、T地点をチェックするものの、コマはあまり進んでいない。天候のせいかなぁ?膝が少し痛んだが大事ないようだ。
夕食後、夜回りに出るが、イノシシが1匹出てきただけ。ちびっこ2人が元気な家族連れ+若い夫婦連れ+一人旅の女性ライダーとそこそこの人数の客がいたが、賑やかだったのは子供たちだけ。(当然、一人旅の女性のことが気になりつつも)一人静かに焼酎を飲む。
4月23日
今日も晴天。朝から大分県側へ向う。山もすっかり新緑の季節になった。
前回からカメラを外しているZ地点の周辺には新しい動物の痕跡がない。再設置は見送り、当分様子をみることに。山麓に近いY、X地点のほうはそれなりに期待できそう。
続いて宮崎県側に戻って、G地点へ。ここも調子はよさそうだ。前回の下見でより上方にも良い状態の森が続いていることが分かっていたので、しばらく登ってカメラを設置。K地点とした。これで無人カメラの数は実働10箇所、休止1箇所、待機中のカメラ1基分、故障1基分となった。
YHの客はお年寄りのグループの他、一人旅の男女各1。M社長から電話で「かわいい女の子が来とうやろ?バスに乗りそこなったげな。」この女性客、町内のバス停でバスに気付いてもらえず取り残され、他の車に送ってもらったらしいが、そんな話がもう噂になっているとは何とも狭い町よ!
4月24日
今日は朝から雨。最近の天気はメリハリがあって良い。雨の日は朝からずっと雨、晴れの日は朝からピーカン。
一時帰省のため、荷物を片付けて一路福岡に向けて車を走らせる。阿蘇の麓付近では雨が一時的に止んで結構良い景色を楽しめた。昼過ぎ、雨の福岡に無事到着。
1ヶ月ぶりの博多ラーメンに感動した後、クマ取材をやろうとしている某新聞社の写真記者を訪ねる。結局、僕と競争関係になるような取材は、積極的には行われないような感じ。むしろ僕(など、クマ追い人たち)を取材する形に落ち着きそうな気配だ。いろいろ情報交換(といってもほとんどこちらからの提供だったが)をしただけで失礼した。
福岡市・油山で撮影していた動物の写真をあるコンテストに応募していたのだが、自宅に落選の通知が届いていた。結構自信あったんだけどなぁ。残念無念。
故障のあったセンサーを分解。最も重要な部品に腐食があった。油山で使っているとき、浸水したもんなぁ。スペアのパーツと交換したら回復した。ストロボの電源部の不調も簡単な修理で終わった。問題は買ったばかりなのに故障が生じたカメラだが、これはメーカーに出すしかないな。
4月25日
天神(福岡市の中心部)に出て買い物。これはもしかしたら無人カメラ用に使えるかも、という安カメラを1台購入。改造してみて本当に使えるようなら、従来の半分以下のコストで無人カメラが作れるぞ。そしてフィルム100本を量販店で値切って買った。
午後、写真仲間のYさんと落ち合い、某写真メーカーの営業所を訪ねる。顔なじみだというYさんにお偉いさんを紹介してもらい、プロ登録のための根回し。現在使用している無人カメラのベースになっているカメラはほとんどこのメーカーの物。今後ともよろしくね。不調のカメラも修理に出した。
夕方、同じく写真仲間のKさんも合流して3人で飲む。
4月26日
二日酔いで少し頭が痛いが、前日購入したカメラの改造を試みる。が、改造困難と分かり方針変更。中古一眼レフカメラを追加購入した。これで入院したカメラの分を補うことにしよう。他に細細した買い物で、結構お金がかかってしまった。
4月27日
朝から高千穂に向けて発つ。荷物を減らすつもりだったけど、結局ちっとも減ってない。またユースホステルのお母さんに嫌われそうだ。日差しは強く、車の中はエアコンがないとつらい。もう連休モードに入っているのか、団体のバスなども多く見かけた。とはいえ、大した渋滞もなく3時間で到着。
昼間は休んでいたが、夜は夜回りに出かけた。いつもの林道を往復して、シカ7頭、イノシシ1家族5頭、ウサギ数匹。一組のシカは車のそばで立ち止まっていたので、その隙に数コマ写真を撮った(Photo3.9)。
4月28日
朝は曇り空で、天気は下り坂だ。急いでB〜D地点の点検に向う。B地点のカメラはまた不調だ。再度予備カメラに交換。こんなことなら福岡で修理に出すんだった。天気はなんとか持ってくれていたのでG、K地点へ。点検を終わらせるのを待っていたかのように、雨が降り出した。
膝の具合があまり良くない。斜面の上り下りで、鈍い痛みがある。
連休が始まったこともあって、YHの客は多くなった。数組の家族連れと数人の若者。僕の客の一人に過ぎないのだけど、なんだか嬉しい。小雨の中の夜回りのあと、夕方買っておいた焼酎をみんなに振舞う。寝たのは深夜3時。
4月29日
予報どおり朝からずっと雨。人に会う約束があったのだが、先方の都合で急にキャンセルになってしまった。おかげで暇、ひま、ヒマ。
僕が3月の中旬に発見した不思議な白い毛の鑑定を依頼していたK大学のD先生とK市自然史博物館のB先生の2人から返事があった。白い毛はシカのものだろうとのこと。なるほど、シカの腹部やお尻は真っ白だ。
が、糞はどう見てもシカのものではない。状況から見て、シカが捕食されたあとの未消化物として毛が排泄されたとも考えにくい。勝手に推測してみるに、「糞が腐敗によってわずかに発熱し、この温かさを求めてシカがそこにしゃがみ込んだ。このときに腹部の毛が落ち、一部はシカ自身の踏みつけなどによって、糞の中に混ざり込んだ…」ってところだろうか?
問題は糞の落とし主だ。未消化植物繊維の多さ、全体の量の多さ…アフリカで見たサイ、カバ、ゾウの糞の雰囲気によく似ていた。大量に植物を食べるくせに、十分に消化しきれない効率の悪い消化器系をもつ野生動物…日本でこれに該当するのはクマ類のはずだ。糞が新鮮なうちに発見していれば、鑑定できたんだがなぁ。
歩き回ったわけでもないのに、膝の具合があまり良くない。また病院に行ってみるか?
午後、比較的早い時間からずぶ濡れのライダー達が次々にYHに到着した。せっかくのゴールデンウィークに生憎の天気だ。皆で2時半まで飲んだ。
4月30日
朝から天気はすっきりせず、霧雨。山には濃い霧がかかっている。他の客達を見送った後、入山するかどうかで悩んでいると、目撃者Tさんから電話。隣の日之影町を回って大分県側のほうへTさんの車で出かけることになった。男2人でドライブだ。
日之影町の奥のほうは昨年夏に一度訪れて以来だ。天気が悪いせいか、連休だと言うのに客は少ない。山を越えて宇目町、三重町、清川村を経て緒方町へと走る。緒方町では民俗資料館を訪ねる。休館日だったが、職員がいて入らせてくれた。Tさんはクマの剥製と初対面。その後は竹田市経由で高千穂に戻る。
午後には天気が回復するという予報は外れたようで、霧雨が夕方近くまで続いた。明日は前日の予報くらいまでは天気が回復することになっていたのだが、今日の予報では「雨」。なんてこった!最初からこんなに雨が続くと分かっていたら、福岡でゆっくりしていたのに!
昼間何もできなかったので、気合を入れなおして夜回りに出る。小雨と濃霧の中、普段あまり行かない林道にも足を伸ばしたが、結局イノシシ1家族、シカ1、テン1、ウサギ数匹のみ。イノシシ家族はなんとか写真が撮れた(Photo3.10)。
YHではやはりライダーを中心とした客達と飲む。昼間Tさんが「土産に」と持たせてくれたのいちごのリキュール(K酒造の新製品らしい)は、氷や水を入れると褐色から鮮やかなピンク色に変わって綺麗だった。寝たのは3時半。
5月1日
予報どおり朝から霧雨・小雨。一部のライダー客達は移動の予定を変更して、高千穂沈滞を決め込んだようだ。僕も入山は早々にあきらめた。細々した仕事や用事をやった後は温泉。
岩手県で、白いクマが目撃されたとの情報が入ってきた。僕が山で白い毛を見つけた時、アルビノのクマの可能性を考えたが、やはり現実に存在したのだ。
9時頃からいつものように夜回り。霧と雨の中、ウサギ達が何匹も出てきた。他にシカとアナグマ。
YHはこの夜も満室。前日に比べると車の客が多い。が、11時半ごろ戻ったら、妙に静か。前夜から連泊のライダー達だけが起きていた。一部の家族連れに遠慮したのかな?せっかく焼酎を買ってきたのになぁ。
5月2日
4日連続の雨の朝だった。予報では午後には天候も回復することになっているが、確かに9時頃には雨も上がり、わずかに日もさした。回復傾向なのは間違いない。
天候の回復を祈りつつ、大分県側に向けて出発。が、山間部はやはり雨と霧。さらに大分県側は天候の回復が遅れているようだ。X〜Z地点付近まで行ったものの、雨は止まない。無人カメラ自体は全天候仕様なので雨には耐えられるが、点検時には防水ケースを開く必要があり、降雨時は作業が困難になる。結局、点検作業は見送ることに。
「オオカミは四国犬」の張り紙のあった場所へ行ってみると、この張り紙がなくなっていた。管理人が撤去したのか?それとも…。
高千穂に戻っても天気は小康状態といった程度で、まだ時折小雨がぱらついている。天気予報では明日こそ晴れると言っているが、本当かなぁ…??
夕方からM社長の事務所で飲む。その後戻ったYHでは既に大勢の客が賑やかに飲んでいた。
5月3日
空模様は今一つすっきりしないが、雨の確率は0%。前日引き受けたM社長の仕事の手伝いがあったため、11時頃から山に向う。B〜D地点の点検をしたが、コマが進んでいたのはB地点のみ。
時間が中途半端になってしまったので他の地点はあきらめ、車でいつも夜回りで走る林道に入った。昼間なのであまり期待はしていなかったが…ゆっくり走る車の目前を突然ニホンカモシカが横切った。山側の急斜面の上から一気に飛び出して一瞬にして谷へと消えていった。あ〜、ビックリした。結構でかかったな。生きているニホンカモシカをこの山で見たのはこれで2回目だ。
夕方からM社長の頼みで延岡まで付き合うことに。車を延岡に回送しなくてはならない社長に代わって社長の個人車を運転。延岡ではまた社長と町に出て飲む。古い付き合いと言う焼肉屋の店主によると、その友人が昨年クマを目撃したという。普段、少々では酩酊しない社長が、珍しく早々に酔っ払った。この夜は延岡の社長宅に宿泊。
5月4日
社長の車で延岡から戻った後、その足で山に向う。前日行きそびれたH・J地点へ。H地点は例の白い毛を見つけた岩陰の地点だが、全く結果が出ていない。一段上の岩陰のほうがまだ新しい動物の痕跡があるので、こちらに移動。そのままH地点とした。B〜D地点のある尾根には新たにL地点を設置。比較的新しい痕跡があるので、成績の出ないC地点よりは多分マシだろう。作業に手間取り、車に戻ったときにはもう夕方だった。林道を走って帰る。
夕方からまたM社長の事務所で飲む。社長が飼っている鶏の卵が孵化するらしく、社長は泊まり込みで番をするそうだ。ようやく生まれたひよこを見て、大喜び。これを育てて…焼き鳥にするつもりらしい。YHは今夜も満室。
5月5日
天気は曇り。今夜には再び天気が崩れそうだ。点検をし残していたG、K、T地点、大分側のX、Y地点を慌しくまわって点検。最後にT地点の点検を終えて山を下りはじめたら、小雨が降り始めた。
下山後すぐにフィルムを現像に出す。どこもあまりコマが進んでいなかったが、それなりに動物が撮れていた。特に4月下旬に新設したばかりのK地点から回収した1本目のフィルムには、ニホンカモシカの姿が。これまでニホンカモシカを目撃したことはあったが、無人カメラでの撮影に成功したのは初めてだ(Photo3.11)。G地点では以前と同じ個体と思われる疥癬症(?)のハダカのタヌキが繰り返し写っていた。前回より衰弱しているように見える。
夜回りはウサギとアナグマを2回目撃しただけ。YHに戻った直後から雨が本格的に降り始め、深夜には土砂降りになった。少し客が減ったYHで、また楽しく飲んだ。
5月6日
ゴールデンウィークも最終日。天気は予報どおり朝から雨が降ったり止んだり。僕は朝から洗濯だ。
全国紙のM紙にツキノワグマに関する特集記事が掲載された。近年、関西や中国地方のクマ目撃が増加していることに関して、人間の活動による山の環境の変化などの要因を指摘している。
昼間はのんびり過ごしたが、夜はちゃんと夜回りに出た。と言っても、アナグマとシカを各1匹みたのみ。
YHの泊り客は僕ひとり。何人もいたヘルパーたちもいなくなり、前日までの賑やかさがウソのように静まり返っている。連日の飲みで、さすがに胃と肝臓がお疲れだから、今日は僕も大人しく寝るとしよう。
5月7日
やっぱり今日も雨。ゆっくり寝坊させてもらった。
先日、岩戸地区のある家が空家になっているという情報があった。僕にとっては都合の良い場所でもあったので、もし家主に貸す気があるのなら好都合だ。で、この情報をくれた商店を訪ねると、たまたま家主の親戚であるおばあちゃんが来ていて、他の町に住んでいると言う家主に打診してくることに。また、やはり岩戸に住むTさんに電話すると、家主を知っているというので、こちらからも打診してもらう事に。うまく話が進んでくれると良いけどなぁ…と期待したものの、家主は断ってきた。う〜ん、残念。Tさん宅でお昼をご馳走になる。
午後はO氏の職場へ。なにやら古い文献資料がみつかったかなにかで、D紙やM紙の記者も集まってきた。さっそく先日のカモシカや疥癬症のタヌキの写真を売り込む。記事にしてくれると嬉しいんだけど。
「オオカミは四国犬」の張り紙が剥がされてなくなっていた件(5月2日)で、休憩小屋の管理人に確認のメールを送っていたら、その返事が来た。「剥がしたのは自分ではない。4月27日の時点で、すでになくなっていた。25日にはまだあったらしい。「オオカミ?写真」の撮影者でもなさそう。掲示した本人が剥がしたのではないか?」という旨の内容だった。他のオオカミ信者(オオカミマニア)の可能性もあるな…。ま、いずれにせよ掲示されて1ヶ月以上が経ち、報道もされて関係方面では認知されているので、特に問題はないだろう。
雨は結局終日降ったり止んだり。山には濃霧が出ているようなので夜回りは止めた。この日のYHは僕のほかに男性2人。YHに誰かが残して行った焼酎を少し飲んだだけで、早々に寝た(たまには摂生)。
5月8日
朝には雨は上がっていたが、どんよりした曇り空。山に入るかどうか少し悩んだが、一応身支度して山に向う。標高の高いところにはまだガスがかかっているが、雨は降っていないようだ。ただ、雨も上がったばかりで地面はゆるい。今後数日は天気も比較的安定していそうなので、点検などは明日以降にして、車で林道を走りながら数カ所を見てまわる。午後には雲の切れ間から強い日が差しこみ始め、車の中は暑くなった。
また北海道でヒグマの犠牲者が出たようだ。今度は死体が埋められていたと言う。ヒグマが食物として人を襲ったことを意味している。
夕暮れ時、まるで夕立のように一時的に激しい雨になった。雨は1時間ほどで上がったが、山にはまた濃霧がでて、夜回りは中止。YHは夫婦連れ1組のほか、男性ライダー1、そして飛び込みの女性客1。比較的おとなしく談笑して早寝。
5月9日
雨は完全に上がっていたが、山には霧がかかっていた。しかし天気は回復傾向。峠の駐車場で荷造りをしている間に、空が明るくなってきた。作業はB〜D、Lの4地点の点検。D地点は以前から予定していたカメラの交換をやっと済ませた。設置に手間取り、作業はこれで切り上げる。まだ雲は残っているが、暑い日差しと青空が戻ってきた。車に戻るまでTシャツ1枚になって歩く。
夕方YHに戻ると、オーストラリア人の女性が一人。何やら福岡で仕事があって、そのあと少し旅行している、とのこと。日本語は簡単な挨拶くらいしかできないようだ。夕食をとりながら、久しぶりに英語で会話をした。
夕食後は毎度の夜回り。雨・霧の心配のない夜回りは久しぶりだ。シカ2回・4頭、ウサギ1匹、アナグマ5匹。アナグマの最後の奴は、急に飛び出してきて、危うくひき殺すところだった。最近良くアナグマが出てくる。それもちょっと小さめの奴だ。そう言えば福岡の油山でも、5〜6月くらいに急に活発になって現れたことがあった。きっとそういうシーズンなんだろう。
誰かの飲み残しの焼酎を軽く飲んで寝た。
5月10日
少し雲がでているが、暑すぎず良い天気。昨日行ったB〜D、Lに再度向う。無人カメラの機材のやりくりの関係でD地点のセンサーを交換、成果の出ないC地点は完全撤去。最近設置したL地点は誤作動が続いているようだ。
午後はG、K地点の点検と、この斜面のさらに上部を探索。どうやらこの辺りの岩場はカモシカの住処らしい。動物の痕跡のある比較的はっきりしたけもの道に無人カメラを新設。M地点とした。
夕食後の夜回りはアナグマ数匹とウサギのみ。連泊のオーストラリア女性のほかにニュージーランド人のカップルが増えた。一人でやってきたおじさんライダーは英語が飛び交うこの状況に戸惑い気味。オーストラリアの女性に日本語を教えながら焼酎を軽く飲んだ。
5月11日
今日もいい天気。朝、先に出かける外人3人を見送ろうとしたら、オーストラリア女性はニュージーランドカップルに「この人は未発見のクマを探しつづけるアドベンチャラー(冒険家)だ」と説明していた。おいおい、それはカッコ良すぎだよ。
作業はまずT地点でカメラを交換。コマは進んでいなかった。続いて移動後にH、J地点へ。J地点はずっと成績が良くなかったが、今日は周囲に新しい動物の痕跡があり、コマも進んでいる。ちょっと期待。「白い毛」発見地点の近くのH地点は手応えなし。
このあと「白い毛+奇妙な糞」の発見現場から10数メートル下の急斜面で動物の死体を発見した。ほとんど白骨化しているが、どうやらメスのシカらしい。まだ比較的新しく頭蓋骨〜背骨〜骨盤〜後足までがまだつながったままの状態で斜面の木に引っかかっり、周辺には例の「白い毛」と同じものが散乱していた。どうやら僕が最初に「白い毛+奇妙な糞」を発見した場所で息絶え、死体を動物に捕食されているうちに下の斜面に落下したようだ。実は先日、あの毛の鑑定をして下さったB先生から「シカ」との結論を頂いた際、「『未消化の植物繊維を大量に含んだ糞』というのは、シカの胃の内容物だけが食べ残された物かもしれない」とのご指摘を頂いていた。どうやらこれが的中したようだ。う〜ん、さすがだなぁ…。
夕方下山し、いつものように半額になった惣菜弁当を平らげて、また夜回りに。で、この夜もまたアナグマのみ。この日の泊り客は、再び僕一人となった。静かに焼酎をチビチビ。
5月12日
朝早めにYHを出て大分県側へ。今日は傾山の山頂を目指す。実は以前YHで出会った九州縦断を目指すバックパッカー・Tさんが高千穂を出た後祖母傾山系の縦走をした際、傾山山頂付近でクマの爪跡らしきものを見た、と知らせて来た。その後なかなか行く機会が作れないままになっていた。白状すると、僕は今まで傾山の山頂には立っていない。クマ探しは山登りとは違うので、山に入ってもいちいち山頂を目指したりはしない。これまで母山、親父山、本谷山には1度づつ登っているくらいだ。傾山もそのうち機会があれば…、くらいにしか考えていなかったが、今回上記の情報があったのと、無人カメラの点検作業の合間に行く時間が作れるようだったので、山頂を目指すことに。
天気はほぼ晴天で風もない、絶好の山歩き日よりだ。手抜きをして、一番歩く時間が少なそうなところから入山。1時間ほどで稜線に出て、さらに1時間あまりで山頂に達した。なかなか気持ちの良いルートだ。永年登山愛好家たちから愛される山なのもうなずける。山頂付近はアケボノツツジとサイゴクミツバツツジ(だと思う)が咲き乱れていた。この辺りでは今がちょうど盛りのようだ。週末と言うことで、中高年の登山客が目立った。肝心の「爪跡?」だが、山頂の少し手前でそれらしいものを見つけた。多分これのことを言っているのだろう。しかし僕が見た限り、典型的な「シカの角こすり痕」だった。
足早に来た道を戻り、無人カメラのX、Y地点を点検。
高千穂に戻ると目撃者・Tさんから電話。大分県がクマの絶滅を宣言するとの報道があったという。そういう方向にあるとの情報は得ていたが、とうとう発表に至ったか。残念と言うより、腹が立つ。
随分歩いて疲れていたので、夜回りは止めようかとも思ったが、夕食をとり風呂に入ったら、やっぱり車に乗り込んでいた。しかしさすがに林道往復は止めて、舗装された県道を走って、そこから林道を下りてくることにした。と、峠近くの県道で、テン、シカが出没。さらに林道に入ると何度もアナグマ、ウサギが出てきた。そして新しい角が生えかかっているオスジカも目の前に飛び出してきた。ウサギの1匹は様子が変だった。路上にじっとしていて、逃げようとしない。車を止め、僕が車外に出て1mほどにまで近づいて、さらに数枚の写真をとっても動こうとしない。怯えているのか、パニック状態なのか?我に返ったように「脱兎のごとく」飛んでいくまで数分はかかった(Photo3.12)。その後しばらく走ると今度はウサギの死体が転がっていた。まだ温かく、たぶん日没後に走った車の輪禍にあったのだろう。さっきの怯えたウサギも関係あるのか??
YHに帰って数人の客らと軽く飲んでねた。
5月13日
朝、O氏から知らせでブロック紙のN新聞に大分県のクマ絶滅宣言の記事が掲載されている事を知る。出かけに寄ったコンビニで同紙を買うと、1面で取り上げていた(地方紙ではM紙が記事を掲載)。「生存を裏付ける科学的根拠がない」そうだ。では絶滅を裏付ける根拠はあるとでも言うのか?結論を出す前に、十分な調査をやったとでもいうのか?目撃者たちの証言は全部ウソや見間違いだと言うのか?今絶滅宣言を出すことにどんなメリットがあるというのか??
これで「九州のクマは絶滅」が今まで以上に信じられるようになるだろう。地方自治体は調査にも保護対策にも被害対策にも手が出せなくなる。そして人知れず最後の1匹が死んだとき、御用学者や役人たちは自分らの面目が保たれたことを安堵するのだろうか。
山に向って車を走らせていたら、ムラムラと怒りがこみ上げてきた。気になっていた前夜のウサギの死体が何の変化もなく横たわっていることを確認した後、すぐに高千穂の町に戻ってパソコンを開いた。このまま黙っていたら、本当に「絶滅」が一人歩きしてしまう。関係者や報道機関に向けて僕の意見をメールで発信した。
YHでは常連らしいおばさん3人組が作った中国四川風のピリ辛鍋をご馳走になる。ニンニクとトウガラシで火照ったまま夜回りに。最近多いアナグマはそれらしいのが1度ちらりと見えただけ。その代わり、シカが目の前に3回も出てきた。
5月14日
朝から曇り空。台風1号の接近で天気は下り坂のようだ。雨が降り出すのは夜になりそうだが、今日は休養日と決め込む。
町役場を訪ね、クマ問題の仮の窓口になっている担当者氏に会う。先日O氏の職場で偶然お目にかかったこともあり、改めてご挨拶。大分県の絶滅宣言のことなどで意見交換した。ついでに公営住宅の情報を探ると、もしかしたら入居できるかも、という話を1件見つけた。O氏を通して担当者に打診してもらうことにした。
夕方メールをチェックすると、クマ関係の団体から急な原稿依頼が来ていた。「明朝までに」ですと。ばっくれようかとも思ったが、名刺に「ライター」と肩書きを入れている意地もある。夜回りの後でがんばって書くとしよう。
夜になっても天気が崩れる気配はない。夜回りは県道沿いで1頭、林道入口で2頭シカが出てきたものの、その後はウサギとアナグマが1匹づつのみ。YHに戻った後、珍しく他の客の相手もせずにパソコンに向った。原稿を書き終え、写真1枚と一緒にメールで送信し終わったら深夜1時だった。みんなが寝静まった談話室で静かに焼酎を2〜3杯で、就寝。あ〜つかれた。
5月15日
朝から良い天気。先週の週間予報では、昨日、今日は雨ということになっていたので、連休のつもりでいた。そのせいか、なんだか気が乗らない。役場からの連絡で、住宅の件で担当者と午後会うことになった。
結局、山は午前中に車で見てまわっただけ。前夜、前々夜にうっかり見落としていた例のウサギの死体を確認。動物に食われたらしく、胴体は背骨だけ、頭部の一部や両後足だけがなんとか原形を保っている。場所は全く動いていないので、多分テンなどの小型動物が食べたのだろう。
福岡の青年海外協力隊関係の事務所から電話があり、海外向けの雑誌から取材の申し込みが来ているという。もちろん快諾した。
夕方、約束どおり役場を訪ねる。住宅の担当者に面会してこちらの事情などについていくつかの質問に答えると、その場でOKが出た。僕がいつも山に向かう途中に通る道筋にある小さな家だ。一人暮しには十分な広さと設備。しかも家賃は月額でユースホステル4泊分ほど。年末か来春くらいまで、という期限も僕にとってはちょうど良い。書類上の手続きが済めば今週中にも入居可能だろうとのこと。申し分のない条件だ。ありがたや、ありがたや。
夜回りはあまり成果がないままYHにもどる。パソコン仕事をやっている間に、前夜から連泊の女性客は寝てしまった。し、しまった!
5月16日
朝から暑くなりそうな天気。B、D、L地点の点検へ。B、Dは何か撮れていそうだが、L地点はまた誤作動っぽい。
そうこうしていると、役場から電話。昨日提出した書類は正式に許可が下り、担当者は家の点検中、敷金を振り込めば、今日中にもカギを渡せる、という。思いのほか処理が早いので驚いた。こちらの準備のほうが間に合わん。とにかく作業はこれで終わって昼過ぎに下山することにした。
帰りに入居予定の家に立ち寄るとすでに電力会社がメーターの取りつけに来ていた。入れ替わるように役場の方とガスの技師がやってきた。風呂釜の調子が悪いらしく、修理するそうだ。家の中はさすがに半年間空家だったのでクモの巣が張っていたりはするが、それでも結構綺麗な状態だ。間取りは十分だし収納スペースが大きい。もちろん風呂も一人前。玄関も勝手口もしっかりあるあたりは、小さいながらも一軒家。ただし、車の出し入れには苦労しそうだ。明日、敷金を振り込んだら、まずは掃除からだな。
夕方、目撃者・Tさんと、飲み仲間のNさんを訪ねて、住宅の誓約書に保証人としてサインしてもらった。快く保証人になってくれたお2人にも感謝。
夜回りはこの夜もパッとしない。北海道旅行の計画を立てているお母さんの横で焼酎を飲む。
5月17日
朝一番で住宅の敷金を振り込み、役場で家のカギを受け取った。ガス、電気、水道もOKだ。これでもう、僕の家だ。最小限の掃除道具を買い込んで、まずは掃除。クモの巣を払って雑巾をかけたら、綺麗になった。こんなに真面目に掃除したのは久しぶりだな。
掃除をしながら青年海外協力隊でアフリカにいた頃を思い出した。ある時期、僕は住むべき住居がなくて、青年海外協力隊員用の宿舎に寝泊りしたり、派遣先の職場でも仮の宿りをしていた。そしてようやく職員用の住宅を与えられたときは、小さなボロ屋でも嬉しかった。僕はいよいよここに腰を落ち着けて生活し、そして仕事をするんだなぁ…。見なれた風景も、なんだか違って見えたもんだ。あの時と同じ思いが湧きあがってくる。僕にとっては第2の協力隊派遣のようなものかな。
一通りの掃除が終わったところで、荷物を一部運び込んだ。YHのお母さんに、明日でYHを引き払うことを伝えた。この夜は夜回りはやめてYH最後の夜をゆっくり過ごすことに。一人旅の美人ライダーがやって来たこととは無関係である!
これ以前の日記は「クマ探し日記(2)」 続きは「クマ探し日記(4)」
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