クマ探し日記(7)

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写真…浅ヶ部夜神楽にて(12/25)・FM‐MiMiにて(1/4)・クマの手(1/18)・クマの手足(1/26)・クマ塚(1/31)


11月18日

 起きたのは昼過ぎだった。全くの休養日と言うのは今月3日以来、2週間ぶりのことだ。のんびり昼風呂に漬かって疲れを取る。前夜トラブルを起こした機材を点検。ストロボが要修理。

 夕方5時から夜回りに出る。が、動物の気配はない。猟解禁後最初の週末でもある。日曜ハンターたちが大勢山に入ったのだろう。四季見原方面に向けて走り出すと、タヌキ1。四季見原ではオスジカ1(下記)、そして下山中の道でテン1。

 四季見原の付近で出会った立派な角のオスジカは、たぶんこの辺りでよく見かける奴だろう。だが、いつもなら軽快に逃げ去って行くのに…なにやら様子がおかしい。怪我をしているのか?車のヘッドライトに照らし出されたその姿を見て、ギョっとした。左前足の下半分が欠損している。胴体にも怪我をしているように見える。推測の域を出ないが、散弾銃による銃傷のように思えた。足の欠損は散弾で吹っ飛ばされたか、深手を負って脱落したか、さもなくば猟犬に食いちぎられたか…。傷ついたシカは、うつろな眼差しでこちらを気にしながら、ゆっくりと、そして弱々しく山へと消えて行った。もし僕がこのとき銃を持っていたなら、迷わずトドメの一発を放っていただろう。そのくらい痛々しい姿だった。

 僕は狩猟と言うものを全面否定するつもりなどない。それどころか、最近は狩猟や猟銃の免許を取得することも半ば本気で考えている。が、どういう状況であれ、撃つなら確実に仕留めるべきだし、手負いのまま放置するような真似だけは止めて欲しい。深手を負って山をさすらう獣がどれほどの苦痛を味わいながら死を待つことになるか…考えただけで心が痛む。

 僕が四季見原方面を夜走るときはいつも出会うのを楽しみにしていたあの大物シカが、最後に僕に見せたあのむごたらしい姿を、これからも心に刻んでおこう。


11月19日

 この日はバイト。いつものパソコン仕事+ちょっと肉体労働。

 7時過ぎに夜回りに出発。やはり動物はあまり出てこない。ノウサギ1、キツネ1のみ。前夜の手負いのシカのことが気になるが、燃料切れで四季見原方面は断念した。


11月20日

 良い天気だし山に行きたかったのだが、午前中足止めを食って、昼を回ってしまった。おまけに車を車検に出して代わりに借りた車がどうも相性が良くない(ブレーキと一緒にアクセルを踏んでしまう!)。慣れないこの車で山を走り回るのはちょっと怖い。結局、午後は洗濯、写真の整理、機材のメンテナンスなどして過ごすことに。

 北海道の友人からのメールで、四国で野生ツキノワグマの写真が撮られ、四国のクマとしては7年ぶりに生息が再確認された、との記事が新聞に載っているとの知らせ。あれれ、そんな記事見なかったぞ?前日のドラフト会議のニュースがデカデカとスペースを取っている。どうやら九州版では四国のクマネタは落とされたらしい。宮崎の寺原を本命・福岡ホークスが引き当てたんだから、まぁ仕方ないか…。それはともかく、インターネット版で記事を検索すると、無人カメラで苦労して撮ったもののようだ。関係者の労に敬意を表したい。

 私見だが、四国と九州のツキノワグマが置かれる状況はきわめて似ている。唯一大きく異なるのは、四国ではクマの存在が認知され、九州では認知されていない点だ。こっちも、負けてらんねぇぜ!

 借り物の乗用車で林道は無理なので夜回り中止。


11月21日

 いつものバイトを終えたあと整備工場に電話すると、車検は今日中に終わるとのこと。こちらとしては一泊で車が戻ってくるとは期待していなかったので、大助かりだ。やった〜!一旦帰宅して、バイト先でもらった「余った弁当」で腹ごしらえ。車を受取ったの7時前だった。そのまま夜回りにGo!

 いつもの林道では前半シカ2回3頭、タヌキ(アナグマだったかなぁ…?)1。後半では久しぶりにニホンカモシカが出て来た。角は生えているが、まだ若い個体のよう。四季見原方面に足を伸ばすと、先日手負いのシカに出会った辺りで立派な角が見えた。遠かったし、すぐに下の斜面に消えてしまったのであのシカだったかどうかは確認できなかったが…もしかしたらまだ生きているのか?早く楽にしてあげたい、という気持ちと、何とか冬を乗りきって欲しい、という気持ちが交錯した。その後タヌキ1。


11月22日

 良い天気だ。本当はバイトの予定だったのだが、20日に山には入れなかったのと、この週末の天気が少々不安だったため、急遽予定変更で山に入ることにした。山に向かう途中、工事の時間規制に引っかかり大きく迂回したため、余計な時間を食ってしまった。結局入山したのは昼前。小春日和で暖かい。

 10〜11日ぶりになるB、D、L、J、P、R、S各地点を点検。ほとんどのカメラが数コマずつではあるが撮り進んでいた。結構動物の痕跡もある。禁猟区のこの辺りでは、猟の影響はあまりないのか?先日の一部撤収で余ったカメラ2台を持参し、Dカメラは整備のための交換。また春にL地点設置の時に撤収したままになっていたC地点を復旧した。付近にはシカの新しい糞が。これで現行8基。

 日が西に傾く中、車に戻った。5時ごろから林道に入るがシカ2回2頭のみ。下山後町の写真店にフィルムを出す。先日注文したストロボはまだ届いていない。やっぱ通販にすべきだったか?

 10時半ごろ、深夜の夜回りに出発。序盤にシカが2回3頭、イノシシ(大)1が出て、ちょっと期待したが、その後はシカ1、小動物(イタチかなぁ?)1のみ。首輪をした犬に出くわした。おろらく迷った猟犬だろう。四季見原に足を伸ばしてみたが、あのシカにはお目にかかれず。戻る途中にシカ1。帰宅したのは午前1時だった。


11月23日

 今日も良い天気。そして秋の行楽シーズン最大の山場・3連休の初日ということで、観光地・高千穂も賑わっている。多分山も行楽客が押しかけているだろう。

 注文していたストロボが届いた。今修理に出している2台はカメラメーカー純正の専用品だったが、型は古い。今回は他メーカーの汎用品だが、最新モデルということで値段の割に多機能で使いやすそうだ。それにコンパクトで良いな。

 先日撮影した夜神楽の写真は、こちらの設定ミスもあって、あまりできが良くない。ま、初めてでもあったし仕方がないか。それにしても神楽の舞うち、1/3ほどしか撮っていないのに、36枚撮り×6本かぁ。このペースで撮影すると、全三十三番では20本以上使ってしまう。フィルム+現像コストだけでも大変だ。あちこちの神楽を本気で撮るなら、はやりデジタルカメラ(電源に充電池をつかえば、消耗品は不要)が欲しくなる。…あぁ、金がない。

 福岡から高校時代の同級生が遊びに来た。

 8時前から夜回り。連休だし、猟師+行楽客の影響は避けられない。案の定、シカ1、テン1、イノシシ(大)1のみ。新品ストロボは出番なし。


11月24日

 今日も良い天気だ。週末の天気を心配していたのは杞憂だったようだ。山に行こうかとも思っていたが、寝坊したうえ、雑事の処理で遅くなってしまった。ま、一部カメラのちょっとした手直しを考えていただけなので、デスクワークや機材の整理に切り替え。回収した一部のカメラ4台を修理・整備に出すため発送。

 この日も町内4集落で夜神楽が舞われる。取材に行くことも考えていたのだが、今の僕にはやりコストの問題が大きい。お供えものの焼酎2本に、フィルム20本とその現像…ポジフィルムだと数万円かかっちまう!それに本格的な冬になるまでは本業のクマ探しも手を抜くわけには行かない。神楽取材は来月から本格的に考えるようにしよう。

 あまり期待できないのは判っていたが、8時前に夜回りに出発。林道の入り口でシカ3が出てきたが、そのあとはさっぱり。四季見原に足を伸ばしたが、帰りにアナグマ1、シカ1を見かけただけだった。


11月25日

 今日も概ね良い天気。点検のタイミングとしては少々早いが、山に入る。C、J、P、R、S地点を点検。特に設置して間もないC、S地点の手直しが主目的だ。もう一台設置するつもりだったが、必要なパーツの一部を忘れてきてしまい、断念。

 途中、親子3代(たぶん)の3人の猟師(銃を持っていたのは2人)に出会った。内心、「この辺りは禁猟区のはずだが…」といぶかしく思ったが、事情を聞けば、下方から猟犬がシカをこの辺りまで追い上げたところで見失った、とのこと。しきりに犬笛を吹いて呼んでいる。どうやら、もう猟どころではないらしい。(注;猟師は自分の猟犬をすごく大事にする)

 下山して帰宅後、荷物を忘れて来たことに気づいた。途中でパーツの不足に気づいた際、手提袋で運んでいた新設する無人カメラ用の機材をその場に置いて先に進んだのだが、帰りに回収するのをすっかり忘れていた。持ち去る人はいないとは思うが、雨露でトラブるのはまずい。夜回りの支度をして、慌てて自宅を出たのが5時前。

 山の駐車場に車を置いて、昼間行き来した道を歩きはじめた。もう日が沈んだ。どんどん暗くなっていくが、懐中電灯も持たずに歩き始めてしまった。幸い半月が明るいく、暗がりの中で荷物の入った袋を発見。アフリカ時代に月明かりを頼りに外を歩き、その明るさに感動した時のことを思い出した。途中、藪の中を動物が逃げて行く音を聞いたが、暗くて何だかわからない。往復40分ほど歩いて車に戻った。6時ごろから夜回りに向かうが、小物も出ず成果なし。


11月26日

 日は差しすのだが、冷たい強風が吹き止まない。建物の中でバイトしている分には気にならないが…(暖房も入ったし…)。バイトを終えた後、コインランドリ―での洗濯を終えるころには、ますます冷え込んできた。さむ〜っ!すっかり冬の天気だ。

 こんな寒い日に夜回りに出るなんて嫌だなぁ…最近な〜んも出てきてくんないしなぁ…。いやいや!僕は何もバイトするためにここに移り住んだんじゃない。クマ探しは僕の本業。このくらいの冷え込みが何だぁ!という訳で、8時前に出発。が、林道に入って1kmほどで、なんと対向車。昼間ならともかく、夜にこの林道で対向車に出会うのは初めての経験。軽トラックだったが、猟師の夜回りか??ともあれ、こうなるとこの先はあまり期待できない。引き返すことも考えたが、どのみちあまり期待できないのはわかっていて出かけてきたのだ。ともかく走ろう。結局林道の前半は動物の気配すらなし。が、後半大きなシカが出てきてくれた。新品ストロボの初陣となった。四季見原方面にも行ってみるが、途中イタチらしき小動物1を見かけたのみ。


11月27日

 今日もバイト。またも…さむ〜い。

 夕食後一服していたら、福岡県のSさんから電話。この人、今年春に高千穂町内でクマを目撃した登山愛好家だ。先週末、今度のTV番組の案内のため、葉書を送ったのだが、それを見て電話してきたらしい。どうやらその後も祖母・傾山系にはよく登山に来ているらしい。で、最近某所でクマの足跡らしきものを見た、という。地図で調べると、僕は全く手をつけてはいないが、諸々の情報からクマ現存の可能性のある地域の話だ。残念ながら、写真は上手く撮れなかったとのこと。もちろん励ましの言葉もたくさん頂いた。ありがたい。

 Sさんに励まされるようにして、寒風の中夜回りに出発。が、はやり今夜もパッとしない。一度ヤブの中を動物が走り去る音が聞こえた(寒くても窓全開で走っている)が、姿は確認できず。四季見原方面も空振り。舗装路脇の側溝から顔だけ出していたのはテンのようだ。


11月28日

 久しぶりに隣町の見立(みたて)渓谷のほうに行ってみる。林道に入り、大崩山西側の植生や地形をチェック。思っていたより地形が急峻で、自然植生がよく残っていた。しかも入山者が少なそうだ。このあたりはクマ現存の可能性がある、とのある人から指摘を受けていたが、なるほど十分可能性はある。

 ついでに見立にある「英国館」に立ち寄った。このあたりに鉱山が栄えていた頃、英国系の技術者が住んでいた木造家屋らしい。古いが良い材を使っていてまだしっかりしている。中に入るとシンプルだが、どこか英国人好みのたたずまい。鉱山の歴史などの展示があるくらいだが、僕ならペンションかユースホステルにしたい、落ち着く建物だ。昭和62年に緒方町で射殺されたクマの足型(足拓?)が展示されていた。管理人のおばちゃんの入れてくれたお茶を飲んで、しばし寛ぎモード。(入館料300円也)

 このまま国道を下って延岡市内へ。写真用品の量販店で、安売りのフィルム24本を購入。無人撮影用のフィルムが残り少なくなっていたのだが、これで年内は十分だろう。ついでに釣具店にも立ち寄り、釣り用手袋(親指、人差し指、中指だけ指先が出る)を購入。生地は薄めの合皮だが、素手ではちょっと寒いくらいの気温での撮影には最適だ。

 7時半から夜回りに出発。買ったばかりの手袋が良い感じ。が、林道に入って2.5kmほどで倒木に行く手を塞がれた。この付近ではこれまでも崖の上から枯倒木が落ちてきて、道を塞いだ。自力で撤去したこともあるが、今回のは大物過ぎで無理だ。仕方なく引き返す。

 そのまま下山して、自宅前を通過。久しぶりに天岩戸温泉へ。ゆっくり足を伸ばして温まった。最近冷え込んで、自宅の風呂を沸かすのも時間はかかるしガス代も馬鹿にならない。冬はこれだね。


11月29日

 久しぶりに雨と霧の1日。今日はバイトだから、別に構わんけど。雨は夕方には小雨になったが、濃霧が出て夜回りは中止。夜になって再び雨脚が強くなった。

 2日前に電話のあった福岡県のSさんから、指し入れが届いた。

 今週末放送予定の僕が出るTV番組のことが、町内防災無線のお知らせ放送で紹介された。みんな見てね!

 N局のTV番組関係者からメール。「おお、いよいよ大御所のお出ましか!」と思いきや、アフリカのことでの質問だった。僕が行っていたのはM国。同じアフリカでもK国やT国のこと聞かれても、わからんよ。そーゆーことは、大使館に聞きなさい!

 祖母山の山小屋の管理人さんから、クマ目撃情報。祖母山北面の登山道だ。登山者が後姿を見て、クマであると断言しているとのこと。う〜む…本人と話してみないと判断できないなぁ。


11月30日

 雨は上がった。前日入ってきたクマ目撃情報に関しての新聞報道はなし。念のため何人かの新聞記者に聞いてみるが、情報は入っていなかった。

 バイト先の方が、地元紙・M紙に前日掲載された動物がらみの記事を見せてくれた。県南部の話だが、ヤブの中から出てきた獣の写真を撮ったものの、それがアナグマか、タヌキかで意見が分かれ、県博物館の学芸員まで引っ張り出す騒ぎになったようだ。で、掲載されている写真を見るに…どこをどう見たって、ただのアナグマだ…。いくらアナグマが知名度の低い動物とはいえ、写真を撮った人は自然観察の指導員…ちょっと図鑑をめくれば判るだろうに…。そしてこんな話が新聞沙汰になるとは、なんとも平和というか…。でも、自然関係の知識が一般に不足していること、そしてこんなときにすぐに疑問に答えてくれる専門機関・専門スタッフの不足が背景にあることを考えると、笑うに笑えない。

 帰宅後メールなどを確認するが、例の目撃談の続報はなし。おや?ファックスが来ている。大分県のクマ探しの大先輩・Kさんからだ。大分県の地元紙に掲載されたクマ目撃の記事だった。そっか、載ったんだなぁ…あれ??場所が違う??…ゲッ!別の目撃談だぁ!!!

 目撃があったのは10月初め、桑原山の山麓のことらしい。目撃者は高齢とは言え、地元の方だし、一人で山に入ってキノコ狩りをしていたようだから、元気で山に慣れた人なのだろう。少々距離が遠かったらしいが、「動物に気づいて声をかけると逃げ出した」というのだから、その姿を見届ける余裕は十分あった、ってことだ。

 実はこのエリアは7月に目撃があったとされる現場(未確認情報)の場所になかり近い。同一個体の可能性すらある。目撃直後にその知らせが入っていれば…。

 8時前から夜回りに出る。シカ1、イノシシ(大)1、四季見原方面ではテン1、タヌキかアナグマ?が2。最近の低調を考えれば、まぁ良いほうだろう。


12月1日

 おっと、また寝坊だ。慌てて支度をして山に向かう。ぽかぽか陽気の山に入って、B、C、D、L、P、R、S各地点を点検。B、D両地点は相変わらずコマの進みが悪い。一番奥のJ地点は時間切れで点検を断念。途中何度かシカにであったり声を聞いた。M局ディレクター氏からの電話で、皇太子夫妻に女子が誕生した事を知る。が、明日の番組の放送は予定通りとのこと。

 車に戻ったのは5時。このまま夜回りコースに入る。夕暮れ時の林道を走るとシカの親子2頭が出た。この夜は夜神楽に招かれているので先を急いでいると、林道コースの終盤、突然「バシュン!」という破裂音。続いて「シューーーー」という抜気音。ありゃりゃ、またパンクだ。幸い、新品に換えたばかりの前輪ではなく、磨耗の進んだ左後輪だった。それに裂けたのではなく、小さな穴が開いたような抜け方だから、たぶん修理可能だろう。日の暮れた暗い林道でタイヤをスペアに交換。帰宅したのは7時前だった。

 温泉で汗を流した後、高千穂の町へ向かう。丁度1年前、僕にとって初体験の夜神楽を味わわさせてくれた飲み仲間のNさん宅に今年もお邪魔した。すでに大勢の来客で盛り上がっている。1年ぶりに会った人たちもいる。山の疲れもあって、夜神楽の撮影はあきらめた。飲むぞぉ!

 その後、もう1軒お邪魔した後、深夜にようやく神楽宿へ。中盤の舞いを3番ほど拝見。バイトの関係で高千穂夜神楽の資料を読んでいるおかげか、何も知らなかった昨年より、いろいろ見える感じ。僕なりに撮影のポイントをチェック。体が冷えてしまい、深夜3時ごろ退散。


12月2日

 昼まで寝ていたいが、今日は朝10時からの番組をチェックしなくてはならない。がんばって起きてTVの前に座った。15分枠、実質12分半の短い番組だが、撮影には延べ5日もかかった。逆にいうと、その間に撮影した映像やインタビューから絞りに絞ってこの枠に収めるわけだから、その編集が番組の出来を決める。前日の電話では、スポンサー向けの試写でも好評だったとのこと。仕上がりに期待しつつ拝見。

 放映された番組は、なるほど上手くまとまっていた。取材の条件としていた「企業秘密である無人カメラの詳細を映さない」という点でも全く問題なし。僕がここで何を目指しているのか、見た人には正確に伝わったと思う。丁寧に取材してくれたディレクター氏に感謝。

 前夜損傷したタイヤを近所のガソリンスタンドに持ち込んで点検。接地面に長さ数センチの深い傷があった。修理は無理のようだ。タイヤが深手の損傷でダメになったのは今年4本目。その足で近所に住むクマ目撃者のTさんを訪ねる。実はTさん、以前の仕事の関係でタイヤ業者とコネがあるらしい。そこで、今回はTさんにタイヤの手配をお願いしてみることに。ついでにお昼を御馳走になった。

 コインランドリ―での洗濯ついでに、タイヤの空気圧計買ってきて、タイヤを点検。車検前にタイヤを購入した際、タイヤ店がかなり高圧にしたようで、その後硬い乗り心地になっていた。調べてみると、規定の倍の圧がかかっていた。しかし、オフロード中心に走るときはむしろ低めが正解。それにこの高圧が今回のパンクの遠因になっている可能性もある。さっそく規定値まで圧を抜く。

 スペアタイヤなしでは夜回りは無理だ。んじゃ、温泉でのんびりしましょ。天岩戸温泉に行くと、従業員や初対面の入浴客たちから声をかけられた。ますます悪いことができなくなったなぁ。


12月3日

 今日はバイト。新人の臨時職員がやってきた。ウワサ通り、若くてチャーミングな女性。思わず顔が緩んじまった。久しぶりにオジサン心がムクムク。

 タイヤの手配をお願いしていたTさんから電話。先方の業者に事情は説明してくれたようだ。値段交渉は後日僕が直接あって行うことに。

 まだスペアタイヤがないので、夜回りはなし。夜は雨になった。


12月4日

 昨夜の雨は朝には上がり、徐々に晴れてきた。

 バイト先でいつものようにパソコンに向かっていると、突然別任務の御指令。町内の旧家から「一部の家財を文化財として寄贈したい」との申し出があり、O氏とともに早速受取りに向かう。訪れてみると、昭和初期か大正期の築だろうという立派な家だ。引き出しを出し入れするとハーモニカの音がするタンスは初めて見た。が、これは大物すぎて後日の引取り。戦前の貴重な写真は僕の目で見ても写りも保存状態もなかなかいい。これは一時借用してコピーすることに。古い漆器、帝大時代の学生帽など小物を引き取る。

 昼食後、再びパソコンに向かっていたら、玄関前で埃まみれの引き取り品の掃除をしていた女性職員たちが突然悲鳴を上げた!つづいて「くりはらさ〜ん!!」の声。僕は「オリーブを救出に向かうポパイ」(例えが古いか…??)のごとく階段を駆け下った。そこで見たものは…!

 足元に見覚えのある小動物が1匹…ヤモリだ。引き取り品の一部にヤモリの卵の殻が付着しているのには気づいていたが、どうやら漆器の納まった箱の中に巣くっていたらしい。ここで冬眠しかけていたのだろう。女性陣の要請により、その箱の中を調べると計12匹の大所帯と判明。O氏が急遽容器を調達してきたので、逃亡した1匹を除く11匹を保護することに。

 ヤモリは、少し前のこの日記(10/29)にも登場するが、民家などに住みつく小型の爬虫類だ。高千穂など宮崎県北部では少なく、県レッドデータブックでは「情報不足」種に指定されている。したがって、「保護」したわけだ。が、市街地では珍しくともなんともない生き物。それに、ただでさえちょっとグロい容姿の奴らが11匹もいると、このエコロジストと言えども愛情は感じない。これでは引き取り先はあるまい。とんだ「オマケ」をもらったもんだ。

 その後さらに「近くに片腕の子猿が出た。」との知らせも入ったが、僕はもう駆け付ける元気なし。妙に忙しい1日だった。

 夕方、近所のガソリンスタンドに行くと、Tさんが手配してくれた新品タイヤ2本が届いていた。早速後輪に装着してもらい、そのまま夜回りに出る。慎重に走り、イノシシ(中)1、ノウサギ1。


12月5日

 今日もバイト。昨日の旧家へ「ハーモニカ音が鳴るタンス」を引き取りに行った。ついでにもらってきたフスマを剥いてみると、下張りとして使われた戦前の古い新聞紙が現れた。「満州がどーのこーの…」。でも、ヤモリは出てこなかった。午後は静かにパソコン仕事。O氏が使っている別のパソコンが御機嫌ナナメ。

 バイトを終えて帰宅した後、O氏から電話。前日「保護」したヤモリは、このHPを見て事情を知った家人に引き取られた、とのこと。奥さんや子供さんも引き取りに賛成してくれたらしい。これでヤモリ一家は元屋で再び暮らせることになった。えぇ話やなぁ…(うるうる)。

 7時半ごろから夜回りに出る。この夜は四季見原方面にも足を伸ばした。で、夜回りとしては珍しい結果が得られた。遭遇したのはシカ1回2頭、キツネ1、アナグマ1、そして…テン5。テンはすべて完全に冬毛(白い顔)になっていた。一回の夜回りでテンが5頭も出たのはたぶん初めてのことだ。それも、最近ほとんど動物が出てこない状況にあってでである。また、上記のうち、テン1を除くすべてが舗装路を走っているときに遭遇した。平均すれば未舗装の林道のほうが圧倒的に遭遇率が高いことを考えると、これまた不思議な結果。テンを中心に手元の参考書などを調べてみたが、答えは見つからなかった。


12月6日

 未明に雨が降ったらしい。終日曇り空。この日のバイトは大きな事件もなく静かに終わった。

 7時ごろから夜回りに出る。前夜と同じルートで走ってみると、やはり舗装路を走行中にテン3。路肩に茂っていた草が枯れて見通しが良くなったからなのか、それともテンの活動が活発になったのか??林道ではアナグマかタヌキ1、そしてイノシシが中型5頭ほどの家族が1回と大き目の奴が1頭。今日は結構シャッターを切った。


12月7日

 午前中M社長の会社へ行き、車のオイル交換させてもらう。この車も春に購入して以来、走行1万9000kmを超えた。

 昼食後東に向かって走る。先日話題になった大分県側のクマ?目撃、そして夏に目撃の未確認情報のある現場はいずれも祖母・傾山系山系の東端・桑原山の山麓だ。この辺りは僕はまだ訪れたことすらなかった。いまさら行ったからと言ってクマが出てくれるわけではないだろうし、細かい情報がない。それでも、この辺りはかつて捕獲の記録もある山域でもあり、大まかな場所を確認して、山容を見ておきたかった。

 多少道に迷いつつもなんとか最初の目的地に辿り着き、付近の林道を走ってみた。場所にもよるが、案外植林が少ない。なるほど、この辺りなら秋にクマがうろついても何の不思議もない。2ヶ所目も該当する林道と思われるものを見つけた。現在は静かだが、比較的最近まで工事をやっていたような形跡がある。もしかしたら、目撃したのは工事関係者だったのか?

 麓に下りてきたときにはすっかり暗くなってしまった。おまけに延岡市街地で渋滞に巻き込まれた。帰宅したのは7時ごろ。6時間ほどのドライブと空腹で、すっかりくたびれてしまった。

 食事の後、温泉で疲れを癒す。風呂上りに寛いでいると、目の前に登山地図を熱心に眺める男性。「山ですか?」と声をかけた僕を見て、「あ、テレビで見ましたよ!」。明日登ると言う古祖母山方面のルートを教えてあげた。

 明日、ちょっとした講話の予定がある。その準備をしなくてはならないので、夜回りは中止。


12月8日

 昼過ぎ、Tさんの紹介でタイヤメーカーD社の関係者に会う。D社氏にこちらの諸事情を説明したうえで、タイヤの値段について交渉してみる。するとD社氏は、快く「特別な価格」での取引を了解してくれた。今回購入の2本だけでなく、今後も、である。感謝感激!

 今回のタイヤ交換で、愛車にはD社のタイヤが新品で4本ついたわけだが、D社のタイヤを選んだのには実用上の理由がある。春に愛車を購入して以来、いくつかのメーカーの(中古)タイヤを使ってきた。多くは他の有名メーカー製品だった。中古タイヤを手に入れては限界まで使ってきた僕は(良い子のみなさんは、真似しないよーに!)、磨耗が進むとまるで乗用車のタイヤのようになってしまうこれらのタイヤに不満を感じていた。

 ところが、中古のD社製タイヤを夏に手に入れて使っているうちに、作りの違いに気がついた。オフロード用のタイヤは溝が深く切ってあるが、よく見るとその深さは一様ではなく、部分的に浅く作られているものだ。そのあたりの作りがメーカー・銘柄によって異なるのだが、D社のこの製品は他に比べ全体に溝が深く、磨耗が進んでもタイヤパターンの変化が少ない。このことに気がついてから、僕のタイヤ選びはD社指名になった。

 今年経験した修理不可能な4回のタイヤ損傷では、側面の切り傷、接地面の損傷がそれぞれ2回だ。しかし、夏以来使っているタイヤ(30/9.50-15サイズのATタイプ)はオフロード用で側面の強度が高いらしく、側面を切るトラブルはほとんどなくなった。一方、接地面の損傷は厚みのある新しいタイヤを使うことでかなり回避できる。せっかくD社さんが応援してくれるのだから、今後は磨耗の限界に挑むような無茶な使い方は控えよう。

 

 午後4時からK町でちょっとした講話。同町教育委員会主催の「郷土史講座」の講師として招かれたのだ。多くが中高年の受講者たちの興味とはちょっと毛色の違う話ではあったと思うが、僕のアフリカでの体験や、クマ問題の歴史的・民俗学的背景の話をしてきた。持参したアフリカ動物の絵葉書が予想外に人気で、6セットも売れた。うれし〜!

 

 野生動物保護の国際的な活動をしているNGO(本部は東京)から、以前から僕のゾウの写真でTシャツを作りたい、という打診が来ていた。その話が概ね本決まりに。製品はこの団体を通じて販売される予定。もちろんこのNGOへの寄付金付きだ。お楽しみにね!

 8時半ごろから夜回り。シカ回4頭、イノシシ(中)3頭の群れ1と大きい奴が3、テン1。四季見原方面は帰りにタヌキ1のみ。イノシシがなかなか活発だった。解禁直後の狩猟熱も、師走に入って冷めたかな?


12月9日

 今日は休養日。のんびり朝寝して、ホームページいじって、洗濯と買い物に行って、っと。

 夜8時半、温泉に浸かったその足で夜回りへ。が、この夜はテン1匹出てこない。日曜日だし、たぶん昼間猟師が入ったのだろう。おっと、目が光ったのはシカ…?いや、キツネ…いやいや…犬!迷い猟犬と思しき犬が2匹うろうろしていた。

 いま住んでいる家は来年3月末までには立ち退かなくてはならない。この家もこの土地も結構気に入っているのだけれど、すでに取り壊しの予定が決まっているのだから仕方がない。で、そろそろ新居を探さなければならないところだったのだが、思いがけず引越し先が早々に内定した。先日の「ヤモリ」騒ぎのお宅の隣だ。高千穂町の町中だ。静かな山裾の暮らしも良かったが、町中もそれはそれでメリットもある。ヤモリ一家にも再会できそうだ。


12月10日

 平和にバイトで過ごす。

 8時半前から夜回りに出る。天気は下り坂のようで山上では時々小雨がぱらつく。林道の序盤は濃霧に悩まされたが、中盤以降は問題なし。シカ1回3頭、テン1、イノシシ1。まぁまぁってところかな。

 福岡市内のミニFM局で放送されている協力隊関係者によるラジオ番組がある。地上波のエリアは狭いが、インターネット同時放送で全世界で聞く事ができる。この番組を担当している知人から以前から出演依頼がきていたのだが、正月の帰省中に出演する事が内定。


12月11日

 今日もバイト。天気は回復したが、風が冷たい。

 8時半ごろから夜回りに出る。時折冷たい強風が吹く林道を走ったが、アナグマ(?)1のみ。


12月12日

 今日もバイト。曇り空で寒い一日。

 帰宅するころ、小雨が降り始めた。山はすでに霧に包まれている。夜回りはやめ。日没後、雨脚は強くなった。


12月13日

 冷たい雨がふるぐずついた天気。

 実は2日前の夜、お向かいの御主人から「この地区の神楽があるのでぜひ来い」とのお誘いを受けていた。年明けには引越しを控えているので、この機会を逃すと地区の皆さんにろくな挨拶も出来ないままになってしまう。バイトを終えて帰宅すると、僕は一升ビンを抱えて地元の公民館へと急いだ。

 この地区の神楽は「日神楽(ひかぐら)」だ。高千穂で「本式」の神楽といえば、神迎えの儀式から始まり全33番、夜を徹して舞う「夜神楽」だ。しかしそのためには「ほしゃ」と呼ばれる舞い手(男性のみ)が20人以上が必要なのだそうだ。「夜神楽」を執り行なう地区として今シーズンの予定表にあるのは21ヶ所だが、実は、十分な数の舞い手を地区内だけでそろえるのが難しく、他の集落からの応援なしでは成り立たないところが増えているらしい。そして、どうしても「夜神楽」が出来ない集落で行われるのが、昼間一部の舞(一般には最初の7番)だけを舞う「日神楽」なのだ。つまり、「日神楽」は単に時間帯が違うだけではなく、略式の神楽、ということになる。

 公民館では「舞」はすでに終わり、宴が盛り上がっていた。呼んで頂いたお礼と同時に、「舞」に間に合わなかった事を詫びつつ酒宴に加わった。お向かいのオヤジさん、酒屋の御主人など、馴染みの顔もいるが、多くは初対面の方ばかり。しかし、すでに「クマ探し屋」の名は知れ渡っており、暖かく迎え入れて頂いた。

 丁度1年前、ここから少し山のほうに行ったところでクマらしき動物に遭遇した女性がいた。熊本在住というこの女性は、実はこの地区の出身で、この神楽に会わせて帰省してきていたらしい。ご本人には会えなかったが、目撃の直後に山に様子を見に行った人々こそ、今まさに焼酎を酌み交わしているこの方たちだった。「クマ騒動で、神楽どころじゃねぇしてよぉ!」と、当時を振りかえっては大笑い。

 夜になり、残った数人で同じ地区の方のお宅へお邪魔する事にした。翌日はバイトの予定もない。心置きなく焼酎三昧。


12月14日

 うぅぅ…。頭が痛い。完全に二日酔いだ。どうやって帰ってきたか、全く記憶がない。幸い(?)天気も悪いので、入山は明日に延期。昼すぎに温泉に入り、湯上りにソバを食ったら、やっと生き返った。空から舞い降りてきたのは白いもの。そして、山の稜線も白くなっているのが見えた。本格的な冬の到来だ。

 珍しく書店のCDコーナーを物色。正月明けに出演の決まっているラジオ番組では、出演するゲストの好みで挿入曲を選べるらしい。普段自宅ではラジオを流しっぱなしにして過ごしている僕は、特定のアーティストを聞き込んだり、CDを買うということがあまりない。放送で使うかどうかはともかく、久しぶりにCDを1枚購入。

 積雪の状況がわからないので、夜回りは中止。


12月15日

 冷たい風が強いが、天気は回復。気温が上がるのと体が目覚めるのを待って、昼頃から山に向かう。山頂付近はやはり白い。

 現場に向かって歩き始めると、解け残った雪、霜柱(長さ5cm以上!)、水の滴る岸壁には氷、そしてツララ。今年3月に入山した時の光景が戻ってきた。きれいなツララに見とれていると、突然1m横にこぶし大の落石。これからまた崩落の季節だ。岩の割れ目や土中で水分が氷結すると、霜柱と同じ理屈で土石を持ち上げてしまう。これが崖で起これば氷が解けたときに崩落する、ってわけだ。気温の上がらない厳冬期より、初冬や早春が危ない。気をつけなければ。

 ふと振りかえると、祖母山〜障子岳〜古祖母山の稜線が見事に冠雪。光を待ちながら30分ほどかけて撮影。でも寒風が冷たい。さむ〜。点検はB、C、D、L各地点。あまりコマの進みはよくない。動物の痕跡も少ないなぁ。シカの声を一度聞いた。残りのポイントは明日にして、早めに下山。地方紙M紙の記者氏に「祖母山の雪景色」の写真を売りこんでみるが、「雪山の写真は今シーズンはすでに何度か出たので、掲載は難しい」との返事。ま、しょうがないね。

 8時半から夜回りに出る。林道に入ると所々に雪が残っている。水溜りにはすでに薄氷が張り、崖に下がるツララがヘッドライトに照らし出されてキラキラと反射している。開けっぱなしの窓からは冷たい風が吹き込んでくる。しかし、動物はなかなか出てこない。林道の終点間際になって2頭連れのイノシシ(大)に遭遇したのみ。

 ホームページ上に新作の短編小説を公開した。この作品、基本的な構想はかなり以前からあったのだが、数日前のバイト中に具体的なストーリーがフッと浮かび、その夜一気に書き上げた。その後の細かい手直しが終わったのでHP上に公開することにした。短編小説は協力隊時代に数編書いたことがあるが、今回は数年ぶりの新作ということになる。


12月16日

 前日の強い北風はおさまったようだ。この日も昼頃から山に向かう。やり残したJ、P、R、S各地点の点検だ。コマの進みはまぁまぁってところだが、誤作動の疑いのほうが強い。前日、祖母山を覆っていた白いものはほとんどなくなっていた。

 途中、大きなオスジカに出会った。林道直下の急斜面でエサを食べるのを見つけ、とっさにカメラを構えた。シカがこちらに気づいたのはシャッターを数回切った後。僕がじっとしている間は、シカもじっとこちらを見詰めていた。

 時間が経つにつれ、雲が広がってきた。また天気は下り坂のよう。

 日曜日で大賑わいの天岩戸温泉で垢を落したあと、8時半ごろから夜回りに出発。が、終盤にノウサギ1のみ。


12月17日

 朝カーテンを開けると…薄っすらと雪が積った岩戸の町にみぞれが降っている。冬だなぁ。バイトに向かう頃には本格的な雨に。

 職場に到着した直後、工事のため一時停電。他の職員はもちろん知っていたらしいが…オレは聞いてないぞぉ!照明はもちろん、パソコン、コピー機、デジタル回線の電話とファックス、湯沸しポット、コーヒーメーカー…すべてが停止。最悪なのは、この寒いのに暖房が止まってしまったことだ!動いているのは時計と携帯電話くらい。電気がないと、何も出来ないなんて!アフリカで電気のない職場・住居で2年間過ごした僕だが、ここではどうすることも出来ず、ただ震えながらひたすら復旧を待つことに。パッと明かりがついた時には、心底ホッとした。気を取りなおしてお仕事、お仕事…。

 雨は夕方には止んだ。山の様子を気にしながら帰路につく。濃い霧の間に見えた見慣れた山は中腹まで雪化粧。霧や積雪も心配だが、この状況では凍結が怖い。この天候で夜中に山で立ち往生したら「遭難」だ。夜回りは諦める事に。


12月18日

 穏やかな晴れ間、雪の積った山に行きたいが、この日もバイト。

 仕事を終えすぐに帰宅して5時前から夜回りに出る。一日中晴れていたので、明るい間に舗装の峠道を通過できれば、夜回りでも凍結の心配はなさそうだ。この読みは当り、日が暮れる前に林道に突入。林道の積雪は深いところでも5cmほど。ほとんどは解けて路面が見えている。日頃からギアを4WDにして走る道だから、走行上は普段と大差ない。それに、僕は生まれも育ちも福岡だが、北陸の金沢で4回冬を越したので、雪道の運転は心得ている。

 白い道を走ると、ヘッドライトに照らされた動物の足跡が見える。一番判りやすいのがノウサギ、小さいのはたぶんテンだろう。この二つが多かったが、一部シカ?の足跡も。金沢で雪の上の足跡を探しながら自然観察会をやった時のことを思い出しつつ、雪の上の動物の足跡を判別しながら走った。が、動物はなかなか出ず、最後の舗装路でテン1のみ。

 下山後、M社長の会社に直行。この夜は忘年会に招かれていた。すでに盛り上がっている宴に加わる。先日のTVを見て、「栗原にぜひ会いたい」と初参加した男性(オジサン)を紹介された。最近高千穂にやってきたらしい。何が気に入ったのか、随分うれしそう。

 翌日バイトがある僕は一次会だけのつもりでいたのだが、このオジサンに半ば強引に誘われて他ひとりと一緒に町のスナックへ。最後は2人だけで深夜遅くまで飲んでしまった。町中に住んでいるらしいこのオジサンは「ぜひ泊まっていけ」というが、このオジサンからの「気に入られ方」はどうも普通ではなく、「危機」を感じた僕は振り切るように帰宅。


12月19日

 がんばって起きて、バイトへ。もちろん二日酔い&寝不足だ。う〜〜…。そしてこの日の「お仕事」は大掃除。高所作業の窓拭きが滅茶苦茶つらい。休憩時間だけは横になり、回復をひたすら待つ。

 やっと正気に戻ったころには、バイト終了の時刻。この日も好天だったので、急いで夜回りに向かう。が、成果なし。


12月20日

 数日前から車の霜取りが朝の日課になったが、今朝はまたひどい。お湯をかけて解かす。

 バイト先に到着して間もなく役場から電話。先日のTV放送を見て、僕に会いたいという人物が役場の受付に来ているらしい。居所を尋ねられたO氏が「今ここにいるよ」と伝えると、会いに来ると言う。先日の一件もあり、いや〜な予感。

 やってきたのは福岡県の初老の男性。引退後あちこちを旅してスケッチなどをしていると言う。で、旅の思い出話に長々と付き合わされたが、要するに…田舎に暮らしながら趣味を楽しみたい。そして、いろいろな芸術家たちと一緒にアートを柱にした「芸術村」を作りたい。その候補地として高千穂に近々移住したい、ということらしい。が、僕に何を望んでいるのやら、話は要領を得ない。こりゃぁ、「田舎暮らし」雑誌の読みすぎだ。きっと、洒落た丸太小屋に芸術家仲間が集うような光景でも夢見ているのだろう。

 僕自身、町関係者にしばしば「帰郷者・移住者の受け入れ環境の整備」を進言してきた。移住者には地域社会に積極的に解けこんで、そして新しい産業のキッカケを作る等の形で地域に貢献して欲しいと思う。少なくとも僕はそういう思いを持ってやって来たつもりだ。しかし、彼が持参した「計画書」には、地元地域への配慮の視点が感じられない。自分の夢が叶えば良いのか?

 遠路はるばる来られた方となれば、邪険には出来ない。が、勤務中にこんな話に2時間以上も付き合わされれば、やはり迷惑千万!昼過ぎ、やっと帰ってくれた。あ〜疲れた。TV出演の反響があるのは良いが、こういうのはもうご勘弁。これって、世に言う「有名税」って奴か??どうして「目をうるうるさせた女子大生」とかは来ないのだ?!

 と思ってたら、応援メールが一通。年齢・性別不詳だが、素直にウレシイ。がんばるぞぉ!

 

 以前修理に出していたストロボ2台が帰ってきた。先日買ったストロボより高い修理代がつら〜。早速そのストロボを持参して8時半から夜回り。峠の凍結を心配していたが、道がほとんど乾いていたので問題なし。林道もごく一部を除いて積雪はなくなっていた。が、峠に向かう県道で見たタヌキ1のみ。

 あるコンテストに出す予定の写真を準備。久しぶりに東京のプロラボ(本格的な現像所)でプリントしてもらう事にした。


12月21日

 朝から小雨が降ったり止んだりの天気。が、それほど冷え込んでいない。平和にバイトで過ごす。

 引越しの大まかな日程が決まった。今住んでいる家も地区も気に入っているのだが、3月末の立ち退き期限がある以上は、早晩引っ越さなくてはならない。先日内定した次の家の家主の希望もあり、引越しは年明け1月の後半くらいになりそうだ。バイトの後、役場を訪ねて担当者氏にこの予定を伝えた。

 濡れた路面は凍結が怖い。夜回りは中止。こういう夜はゆっくり温泉だ。8時半ごろ温泉に向かうと、雨は止んでいたが、水分の残った路肩が光っていた。今夜は岩戸の町でも路面が凍結しそうだ。

 前夜、代金引換で支払ったストロボ修理代金の額に手違いがあることが判明。先方のちょっとしたミスで、なんと6000円以上戻ってくることに。やった〜!(小市民の喜び)


12月22日

 クリスマス3連休(?)の初日は風が強く、晴れたり曇ったりの天気。僕は休養日でのんびり過ごす。

 引越し先の候補となっている借家を再度見に行った。中を改めて点検すると、設備上の問題に気がついた。電気関係は工事が必要だ。どうしたものか?大家と相談する事にしましょ。

 夕方5時すぎに夜回りに出る。前日また雪が積ったようだ。特に、久しぶりに足を伸ばした四季見原、親父山山麓では深いところでは5cm以上の積雪だ。タイヤが「ぎゅ〜」と雪を踏みしめながら走っている。が、動物の痕跡は多くない。結局出来てたのはテン1のみ。


12月23日

 この連休は点検作業の予定はないので、この日ものんびり。ぽかぽか陽気だったので、午後から四季見原方面を車で見に行く。途中、何人もの猟師に出会った。山の稜線が白くなっているが、どうやら積雪のためというより樹氷が目立っているためのようだ。

 正月に出演予定のラジオ番組で使う曲を改めて選んでみるが、はやりソフトのストックがあまりに少なくて、選びようがない。好きなCD1枚をBGMに指定して、挿入用に1曲手持ちのCDから選曲。あとは、いくつか思いついたリクエストを局のほうに提示してみることにした。

 10時前から夜回りに出る。峠近くでは雪がちらついていた。林道の積雪は前夜とそれほど変わらない。動物の気配はなく、成果なし。


12月24日

 言わずと知れたクリスマス・イブ。しかも、暦のいたずらで休日と来たもんだ。ラジオでも朝から「クリスマス」の話題ばかり。ケッ!やってらんね〜ぜ。曇り空で時折小雨がぱらついている。今日もまたのんびり過ごす事に。

 洗濯に出かけたついでに家電店で携帯電話のカタログをもらってきた。A社のやつだ。実はこの辺りの山では、今愛用しているD社よりA社のケータイのほうが使える。それに最近出た「GPS携帯」なるものにもちょっと引かれた。山で使えるかもしれん。で、カタログを開くと…GPS、メール、ムービー、ゲーム…「てめぇ!電話機だろーが?!電話なら電話らしくしてろぃ!!!」一瞬ブチきれそうになった(誤解している方々もおられようが、実は僕は機械が苦手)。まぁいいや。このGPSも、まだ山で使えるほどのものでもなさそうだ。

 夕方6時から夜回り。峠付近は雪になったが、それほど冷え込んでいないので、積雪も凍結も大したことはない。イノシシ(中)が4頭。

 明日はハードな撮影が待っている。が、天気が荒れそうだ。


12月25〜26日

 目覚めると外は薄っすら雪が積っている。こりゃ、寒くなりそうだ。弁当を大小2個、熱いお茶のポット、スナック、防寒具、撮影機材一式を用意。そうそう、焼酎2本も忘れちゃならない。この日僕が向かったのは山ではなく、高千穂町内のある集落。高千穂神楽のなかでも特に保守的とされるこの地区の夜神楽の日なのだ。「ここの夜神楽を見ずして、高千穂神楽を語るなかれ!」とは、高千穂神楽の調査を続けているO氏の弁だ。ここの神楽の全日程(約24時間)の撮影に挑戦する。

 この日の神楽宿(夜神楽の舞台となる民家)にたどりついたのはお昼ごろ。丁度、O氏もご到着だ。関係者への挨拶を済ませ機材を準備していると、間もなく最初の神事が始まった。ほしゃ(舞い手)、関係者、神官ら一同が集い、ピンとした空気が神楽宿を包む。

 本格的な神楽舞が始まったのは午後4時ごろ。この日の神楽宿は見物客用のスペースが特に狭く、その一方で人気の夜神楽ということで、多くの写真家、そしてTV取材がつめかけた。以前福岡で世話になった写真家S氏の姿も。僕はO氏と共に神楽宿一番乗りだったのに、遅くに来たオバちゃん連中に最前列席を奪われた。悔しいが、こっちも引くわけには行かない。2列目からオバちゃんの頭上や顔の横にカメラを突き出して、遠慮なくシャッターを切らせてもらう。最前列に陣取るならそのくらいは覚悟してもらう。

 フィルムは持っていたポジ(スライドフィルム)の在庫すべてを持ち込んだが、36枚撮り8本、24枚撮り7本しかない。本来なら36枚撮りで40本くらいは欲しいところだが、予算の都合でこれだけで全過程を撮りきらなくてはならない。コマを節約しつつ、要所を押さえる。隣りのO氏が神楽の進行を先取りしてアドバイスしてくれるので助かった。

 夜は冷え込み時折雪も舞った。外はとっくに氷点下だろう。吹き抜け状態の神楽宿は、中にいても気温がどんどん下がる。それでも見物客は減らず、窮屈な撮影状態は続いた。もちろん移動しながらの撮影など無理。時間の長さと共に、この寒さ・混雑は神楽撮影を難しくする要因だ。深夜になりウトウトし始めたオバちゃん連中の頭越しに撮影を続ける。が、明け方にはさすがに僕も睡魔に襲われはじめた。要所を落さないように、神経を集中させる。(photo7.01)

 すっかり夜が明けた後、10時ごろからいよいよ終盤。これまで見ているだけだった見物客も行事に参加して、神楽宿全体が一体になった。これが夜神楽のクライマックスか!僕は丁度最後のフィルム1本でこの最終章を撮り終えた。11時すぎ、一同を前にしての神官の祈祷と挨拶で長い夜神楽の幕が降りた。空はすっかり晴れていた。足腰と目の疲れがひどい。

 帰宅後、食べ残しの冷たい弁当を腹に納め、夕方まで仮眠。その後は温泉でゆっくり疲れを取る。疲労のため夜回りはなし。


12月27日

 バイトは今日で仕事納め。O氏は出張。

 事務所に野生動物の観察ガイド本(※)が置いてあった。その本のことは以前から知っていたが、現物を手に取るのは初めてだ。夜神楽撮影の時、O氏がその手の本を買ったとか言っていたが、この本のことか。

 そういえば、O氏は「栗ちゃんそっくりの人が出ていた」とか言っていたっけ。ページをぱらぱらとめくって行くと…ふと目に止まった怪しげな人物のイラスト。髭ヅラ、全身迷彩服、重装備の「ナチュラリスト」。…目の所は「墨ぬり」なのだが…似てる〜!アフリカ時代や今のクマ探しで山に入っているときの僕の姿にそっくり!これは笑える!笑えるくらい似ている。

 ちなみに、このイラストは「こういう奴はあんまり信用するな」みたいに紹介された。う〜ん、まったく同感だ。こんなのが他にうろうろしていたら、僕だって信用したくないなぁ。しかし、なんでまたこんなにそっくりなイメージのイラストが出来あがったんだろう??あ、そうだ…実は僕はこの本の著者と一度だけ直接会って話したことがある。もしかして…本当にモデルは僕か?!

※「哺乳類観察ブック」熊谷さとし、人類文化社・話題のイラストはP226

 昼頃、白人男性(一見して英国人と判った)と日本人女性のカップルが職場を来訪。歴史の専門家らしい。今回は日本神話の調査とのこと。普段ならO氏の饒舌が炸裂するところだが、幸か不幸か不在だ。「門前小僧」の僕が付け焼刃の解説。間違った事言ってたらごめんなさい。

 

 決まりかけていた次の借家の話は、結局思い直して大家にお断りの連絡を入れた。少なからず難のある物件とは言え、家賃を考えれば一般には許容範囲内だろう。ただ、僕自身の特殊事情もあって、断念する事に。今住む家の居住権は3月末までだ。それまでにより条件のあう物件を探すことにしよう。

 夜9時すぎに夜回りに出る。凍結と積雪を心配したが、大したことはない。雪上には新しい動物の足跡がある。シカ?のそれが目立つ。おそらく天気の良かった昨夜のものだろう。時折強風の吹くこの夜は動物の気配はなく、成果なし。


12月28日

 おっと、また寝坊だ。昼前から山に向かう。無人カメラの現場まで雪の積った道を歩いて行く。B、C、D、L、P、R、S各地点を点検。が、ほとんどの地点ではあまりコマは進んでいない。天気は暖かい日が照ったり、小雪混じりの冷たい強風が吹き荒れたりの安定しない天気。一番奥のJ地点の点検は見送った。これで今年の山での作業も仕事納めだ。

 温泉で温まったあと、近所に住む目撃者Tさん宅で夕食と焼酎をご馳走になった。こちらからは家探しの問題を相談。来年こそは、Tさんと「クマ発見」の祝杯をあげたいものだ。


12月29日

 朝外に出ると雪が舞っていた。今日は晴れると思っていたんだけどなぁ。荷物をまとめて車に積み込む。福岡の実家に帰省だ。

 途中、祖母山の登山口に立ち寄る。途中の林道は積雪。圧雪・凍結の路面で苦戦しつつも、何とか登山口に辿り着いた。「求む!クマ情報」のチラシを補給しに来たのだ。先月置いたチラシはまだ少し残っていたが、正月は登山客も多かろうし、この路面では次いつ来れるか判らないので、新しく用意した100枚をすべて置いていく。小雪の舞う中、来た道を慎重に下るが、油断したとたんに大きくスリップ。土手で止まってくれたから助かったが、場所が悪ければそのまま脱輪していたところだ。いかに4WDとはいえ、この状況ではスタッドレスタイヤかチェーンが必要だな。

 そのまま高森峠を超え熊本経由で福岡へ。ずっと小雨のぱらつく天気だが、かえって凍結や積雪はなかった。無事に福岡の実家へ到着。

 自分の部屋の整理していたら、外貨が出てきた。そうか…3年前にアフリカから帰国したとき、当時は円高だったものだから使い残した米ドルと英国ポンドを換金せずに保管してあったんだ。改めて数えてみると結構な額だ。今は円安のご時世!換金すれば生活の足しになるぞ。ひゃっほ〜!


12月30日

 半年ぶりに床屋に行って髪を切る。ボサボサの頭がすっきり。でも、さむ!

 行き付けのラーメン屋へ。ここのとんこつラーメンを食うのが、帰省時の楽しみの一つだ。が、店はすでに年末休業。が〜ん…!大掃除をしていた店員のオバちゃんが、僕の顔を見るなり「あ、テレビみましたよ!いつも来てくれる人だ、ってすぐにわかりましたぁ!」と。

 福岡の街に出かけてCDショップを廻る。1月4日に生放送予定のラジオ番組でかける曲がまだ決まっていないので、いくつか頭に思い浮かんだ候補曲を物色するためだ。いくつものショップを探しまわったが、一番欲しかったある映画音楽は見つからない。その代わりに思わぬ発見をした。僕が3年暮らしたM国の民俗音楽を収録したCDだ。それも50年代の録音という貴重な音源!この仕事を成した英国人は、当時中東南部アフリカ各地でいろいろな民俗音楽の録音を行ったという。このCDはシリーズもので、小さなM国だけで2巻あるというのだからその音源コレクションのすごさが判る。聞いてみると、正直聞いた覚えのない歌がほとんど。娘たちの合唱が気に入った。これを放送に使ってみるか?

 このHPを見たある生物学者の方からメール。保存されている剥製や骨格などから九州産ツキノワグマのDNA分析を試みたい、という。鳥肌がたった。僕が「クマ発見」と並んで夢見ていた「九州産ツキノワグマのDNA分析」が実現するかもしれない!!!DNA分析は専用の設備のある研究機関でないと無理だし、依頼するにも大変なお金がかかる。が、この生物学者は大きな研究プロジェクトの中で日本だけでなく東アジア各地のツキノワグマのDNA分析を行う、という。予算の裏づけを持った第一線の研究者が分析に乗り出してくれるのなら「鬼に金棒」だ。お〜し、来年は「クマDNA分析プロジェクト」だぞぉ!


12月31日

 前日購入したCD3本と、高千穂から持参したものの中から、番組用の曲を選んだ。なんとか3曲分が「アフリカ」というテーマで揃いホッとした。予備として用意した数曲はアフリカと関係ないが。

 そのほかは比較的のんびり過ごす。クマ探しに明け暮れた1年が終わろうとしている。


2002年元日

 福岡は雨の元旦になった。御屠蘇を飲んだ。雑煮を食った。お笑い番組は相変わらずつまらない。何事もなく、特に盛り上がるわけでもなく、いつものようなごく普通の新年。

 今年こそはクマを撮ろう。そしてDNA分析を実現させ、九州産ツキノワグマの謎を少しでも解き明かして行こう。高千穂は昨年「フズリナの化石」で盛り上がったが、今年は「クマ」だぜい!

 な〜んて言いつつも、のんびりぐうたらの寝正月。


1月2日

 強い寒波のため雪と強風の荒れた天気。寒さでバッテリーが弱った車はエンジンがかからない。震えながらバスで福岡の街へ。といっても、さすがに街の中心部くらいしかまだ営業していない。福袋を買い求める多くの人々を横目に、写真用品の量販店に行き、フィルムばかり150本ほど購入。あとは本を数冊。


1月3日

 東海地方では大雪らしいが、福岡ではいくらか天気が良くなった。前日エンジンが始動しなかった車も、この日はすぐに息を吹き返した。

 バッテリーの充電も兼ねて、市内を車でうろうろ。行き付けの登山用品店は今日から仕事始めだ。冬山用の小物を購入。本当は他にもいろいろ買いたいものもあるのだけれど自粛。タイヤのチェーンを探すが、福岡では4WD車のチェーンなんてあまり置いていないらしい。帰りに熊本あたりで探してみよう。


1月4日

 今回の帰省期間中、唯一の「平日」であるこの日は朝からばたばた。まずは車で出かけ、修理の完了したカメラとレンズをメーカーの営業所で受取り、続いて先のTV番組のビデオを持参して日頃お世話になっている協力隊関係の事務所を訪ね、年始の御挨拶。

 一旦自宅に戻り車と荷物を置いて、今度はバスで天神(福岡市の繁華街)へ。先日引出しから見つけた外貨を銀行で両替。が、英国ポンド紙幣の一部がすでに旧札となっており断られてしまった。これだけでも2万円くらいあるのに、くやし〜!最近出来たらしいラーメン屋に入ってみる。博多ラーメンの「のれん」を出してあるが…不合格!!!食うんじゃなかった。

 このあとさらにバスで百道(ももち)へ。このあたりはホークスの本拠地・福岡ドームがあることで知られているが、オフィスビル街でもある。この日出演する事になっているミニFM局もそんなオフィスビルの一室。本当に「1室」の中にスタジオから事務室まで全て入っているという、なんともこじんまりとした、アットホームな局だ。用心のため放送時間よりかなり早めに訪れたのだが、どうやら打ち合せは直前らしい。用意したCDだけ渡し、ついつい寛ぎモード。たまたま別コーナーに出演しに来ていた地元で有名な和菓子メーカーの社長さんと高千穂の神話の話などして出番を待つ。

 予定時間の直前に呼ばれてスタジオへ。ほとんど打ち合せらしいものもないまま、即生放送とは恐れ入った。2人のパーソナリティと冗談を交えながら、談笑するかのような約1時間。多少話したりない部分はあったが、これ以上語ると硬い話しになってしまうから、まぁこんなものだろう。出番が終わった後、記念撮影。(photo7.02)

 帰りに乗ったバスは天神界隈の大渋滞に巻き込まれた。やれやれ、他にも2〜3片付けておきたかった用事があったのだが、あきらめよう。


1月5日

 昼過ぎからバスで天神界隈へ。電子パーツショップで無人カメラの予備パーツを調達。ミリタリーショップでは手ごろなベルトポーチを見つけた。ここ数年もらい物で済ませていた手帳が今年はどこからももらえなかった。仕方なく自分で購入。

 夕方、友人たちと集まって居酒屋へ。数ヶ月ぶりの「自然派の会」だ。今回はお正月早々ということもあってか、6人と少々少なめ、新参加者なしだったが、久しぶりにあったみんなと楽しく鍋をつつく。

 参加メンバーのひとりで電機メーカーに勤めるKさんが「実家の畑のために手製の電気柵を自作した」という。何と、乾電池数本だけで数ヶ月動くという。それでちゃんと動物たちの侵入を防いでいるらしい。普通この手の電気柵はかなり高価で、電源には車のバッテリーや家庭の100V電源を要求する。農家にとっては結構な負担になっている設備だ。これがわずかなコストで実現するとなれば、ものすごい朗報だ。「すぐに特許を取って、無償で公開しろ!」と強く要請したら、とりあえずマニュアル的なものをまとめてもらえることに。


1月6日

 車に荷物を積み込んで福岡を発つ。幸いポカポカ陽気に恵まれ、峠の凍結や雪の心配もなさそうだ。渋滞もなく、3時間ほどで高千穂へ。自宅に向かう前に、まずは高千穂神社を訪れた。遅れ馳せながら、新年のお宮参りだ。「クマ撮影成功」を祈願した後引いたおみくじは「吉」、「願望 他者に助けられ早くかなう。」とのこと。そして、くしふる神社、天岩戸神社でお参り。

 帰宅した自宅にはクマ探し活動を通じて知り合った方々から年賀状がたくさん届いていた。僕自身はろくに年賀状も出さないというのに、申し訳ない。

 天気は良かったが、週末であまり期待できないので、夜回りは止める。


1月7日

 バイトの仕事始め。職場で「業者が置いていった」手帳をもらう。福岡で買ったやつより、こっちのほうが使いやすそう。ちょっと悔しいが、使っちゃおう。

 クマ遺物のDNA分析に向け、遺物の保管先などを調べ始めた。O氏の情報力に感謝。宮崎市のクマ探し屋・K氏からは僕やO氏が把握していなかった遺物の情報が。他の関係者にも協力を呼びかける。未発見もクマ遺物がもっと出てくるとうれしいんだが。

 夕方には小雨、そして強風。天気は下り坂か。夜回りは中止。


1月8日

 断続的な強風は夜通し続いた。朝目覚めると、積雪こそないが雪が強風に舞っている。普段より厚着してバイトへ。夕方になっても風雪は止まない。この様子では山はかなり積っているだろう。チェーンをまだ手に入れていないので、夜回りは中止。

 帰宅後、クマ遺物を求めてあちこちに電話。思いがけず、いろいろ保管されている事がわかってきた。個人所有のものなど一部は保管状態が不明だが、合計8件。これだけそろえばDNA分析でかなり突っ込んだ議論ができるだろう。特に、祖母・傾山系産のものだけでなく、九州山地産と思われるものが見つかったのは朗報だった。今から結果が楽しみだ。

 バイト先でO氏がくれたフロッピーを改めて開いてみる。年末の夜神楽取材時のデジタル写真だ。僕が女神に迫られている様子がばっちり。せっかくだから、公開しませう。(photo7.01)


1月9日

 天気は回復したが風は冷たい。山に雪が積ると、吹き降ろしの風が冷たくなる、とはこのあたりの人たちがよく言うことだ。どのくらい積ったのだろうか…なんて考えながら、大人しくバイト。

 ずっと晴れていたので夜回りに出ようかとも思ったが、チェーンなしでは怖いので止めた。はやくチェーンを手に入れないとまずいなぁ。


1月10日

 バイトを終えて一旦帰宅したあと、M社長の会社で新年会。M社長が「あんたのクマ探しを気にかけてくれている人がいる」と言って、知人のオジサンをわざわざ呼び出してくれた。「心配するな」と言うM社長の言葉通り、今回はごくまともな人だった。

 天気は下り坂。夜は季節外れのまとまった雨になった。社長の会社に泊まらせてもらう。


1月11日

 二日酔いにはならなかったが、ちょっと寝不足。M社長の会社からそのままバイトへ。睡魔と戦いながらパソコンに向かう。

 注文してあった写真コンテスト用のプリントが届いた。即日コンテストにこの2作品をエントリー。ローカルなコンテストだし、「プロ」を名乗っている手前、落選すると恥ずかしいのだけど…。一緒に夜神楽の写真の現像も出来あがってきた。整理が大変だ。

 夕方、再びM社長のところへ。不要になったタイヤチェーンの中から僕の車に合う物を探そうとしてくれたが、マイクロバス用でも短すぎる。すると、居合せたKさんが以前乗っていた4WD車用の中古チェーンをわざわざ自宅から持ってきてくれた。これは大きいくらいだ。切断して調節すれば使えそうだ。感謝!

 天気は良いのだが、日が暮れても冷え込みがきつくない。どうやら暖かい南風の影響らしい。この気温なら凍結の心配はなさそうだ。9時半ごろから久しぶりに夜回りへ。林道では一部で雪が残り凍結していたが、その氷もすっかり緩んでおり不安なく通過。シカ1、テン1。

 夜、仕上がって来た夜神楽の写真をチェック。出来は良くない。夜神楽は特殊な撮影条件が重なる。まだまだ修行がいるな。


1月12〜13日

 「成人の日連休」の初日、昼までゆっくり寝たあと、支度をして2時ごろ出かけた。前日に引き続きポカポカ陽気。山に向かいたいところだが、この日は夜神楽の取材だ。

 町内でも2地区の夜神楽の重なったこの日、僕が選んだのは熊本・大分県境に近い某所。年末に取材した町の中心に近い地区のそれとは、いろいろな点で変異・違いが読み取れるという。

 少し迷って「神楽宿(夜神楽の行われる民家)」に到着すると、この日は来ないはずのO氏の姿が。それも若い女性を連れている。神楽について調べに来た福岡の学生さんらしい。クマの事で僕を訪ねてくる女子大生はいないが、神楽のことでO氏を訪ねる女子大生はいるらしい。うらやましい限り…。

 今回は「神庭(こうにわ。舞が行われる8畳分のスペース)」前の最前列を楽々ゲット。日の暮れた夕方6時ごろ、本格的な神楽舞がスタート。地区ごとに本当にいろいろ違うもので、神楽宿の飾りつけ、「ほしゃ(舞い手)」の衣装(毛笠という被り物が多く使われていた)、番付の内容と順番(結局舞われたのは22番)、舞の内容…。助かったのは、一般参列者にも食事を振舞ってくれたこと。暖かい食事にありつけるだけでなく、その間は舞も休むのでゆっくり休憩が取れる。それにそれぞれの舞が次々に繰り出された前回と違って、舞と舞の間に準備のための間があいてくれるので、適当に気を抜く事ができた。他の神楽と重なったためか、混みかたも前回ほどではない。

 急用で退席したO氏に代わって、女子大生君は僕が面倒を見ることに(O氏、ありがとう!)。が、彼女は防寒の準備が足らなかったようで、夜半の冷え込みに耐えかねてストーブの隣りへ退避。僕にとっては雪が降っていた前回よりはマシだ。そのまま神庭の前で朝までがんばる。

 朝8時半ごろ全ての日程を終えた。使ったフィルムは36枚撮りで15本。案外少なかったのは、はやり舞われた舞の番数が少ないからだろう。空はいつのまにか小雨模様。女子大生君をバスターミナルまで送り、帰宅後は残った弁当を食って、布団にもぐりこんだ。

 午後4時ごろから起き出した。背筋や肩が凝っている。やっぱ、夜神楽の撮影は過酷だな。温泉でゆっくり疲れをとる。


1月14日

 「成人の日が1月15日でない」というのはいまだに違和感があるが、成人の日である。予報より早く朝から雨になった。晴れ着の若者たちにはかわいそうな天気だ。僕も予定していた山での作業は中止。ま、これだけ降れば諦めがつく。中途半端な天気で山に入って、冬の雨に降られるよりはマシだ。が、またスケジュールが面倒なことになったなぁ。

 M社長に預けたままのもらい物のタイヤチェーンのサイズ合わせに行く。タイヤを外してチェーンを巻いて、切断する場所を決めた。休日出勤のM社長が借り物のバスバーナーで早速切断してくれた。これでサイズもばっちりだ。持ち帰り、防錆油をたっぷり塗してやった。

 背中の痛みがなかなか取れない。筋肉痛用の塗り薬を購入。悪天候+週末なので、夜回りはやめた。


1月15日

 朝から生暖かい。外は霧に小雨。真冬とは思えない天気だ。

 カメラバッグを車に積んで、高千穂神社に向かった。旧暦12月3日のこの日は、同神社で「猪掛祭(ししかけまつり)」が執り行なわれる。この地の狩猟文化との関わりが深く、また夜神楽の原型とも言われるこの祭はぜひ見ておきたかった。

 境内に到着すると、すでに本殿前に氏子の人々が集まっていた。「ほぅ〜ほっ」2人がそれぞれ長槍を天に向かって突き上げながら、本殿の周りをゆっくり歩いている。魔祓いのようだ。簡単な御祓いのあと、宮司さんは氏子たちを伴って神社近くの「鬼八塚(きはちづか)」へ。

 その昔、この近くに悪神・鬼八(きはち)が住みついて村人たちを苦しめていることを知った神・ミケヌノミコトがこれを退治した、という「鬼八退治」の伝説がこの地にある。鬼八の蘇生を絶つため三つに切り分け埋めたのが、この辺りにある3つの「鬼八塚」なのだそうだ。僕は宮司の一行に伴われて、そのうちの一つを訪れた。

 鬼八退治の後も続いた祟り(早霜)を鎮めるため、と伝わる慰霊祭である。注連縄を掛けなおし、イノシシの肉・新米の供え物をして、祈祷。「山の神様でもあるので」と言う宮司さん(実は「クマ探し」の理解者でもある)の計らいで、写真を撮っていた僕も他の氏子に倣い玉串(榊の枝の供え物)を奉納させていただいた。ちょっとウレシイ。

 本殿に戻った後、今度はたくさんの参列者が加わって、「猪掛祭」のメインである「笹振り神楽(ささふりかぐら)」の奉納だ。御神体に向かって、二束の笹の束を両手に持ち、手を振るだけのシンプルな舞い。笛・太鼓の囃子は一般の神楽とほとんど同じようだが、足の動きはないし、笹の振り方も単調。この「笹振り」がより複雑な神楽舞の起源であろうとの説も、なるほど頷ける。宮司さんの後、続いて夜神楽の舞い手たちや氏子たち数人が舞いを奉納した。

 舞い手の前の祭壇には大きなイノシシが供えられていた。丸々1頭、仕留められたままの姿である。鬼八鎮魂のために処女を生贄にした名残ともいうが、狩猟の成果への感謝の意味が込められているのだろう。祭式の後、他の参列者と共に社務所に通され、新米のご飯とイノシシ汁を頂いた。秋の収穫と山の恵みに感謝し、天災を畏れた古の人々の自然に対して謙虚な生き方が垣間見れた気がする。宮司さんは、他の参列者に僕を紹介しながら「山の神を祭る猪掛祭に参られたのだから、きっとクマも見つかるでしょう」と言って下さった。

※栗原の余談…「シシ掛祭」の「シシ」という日本語は、もともとイノシシだけでなくシカやカモシカを含めた野獣の総称、またその「肉」を指す語らしい。シカもかつては「カノシシ」、カモシカは「カモシシ」とか「アオジシ」とか呼ばれたそうな。この意味の「シシ」は本来「宍」(「肉」の俗字)の字を当てる。「猪」と書いて「シシ」と読むのは俗語だろう。ちなみに、東アフリカの各部族語でも「Nyamaニャマ」という一単語が「動物」と「肉」の両義で使われる例が多く、これと同様の「シシ・宍」も「動物」=「肉」という狩猟生活の名残りだろう。なお、カモシカを九州などの方言で「ニク」と称する。これが露骨に「肉」の意味なのかは、今のところ栗原にもわからない。

 

 午後、農協を訪ね、電気柵のことを教えてもらった。今このあたりの農家で使われているのは、主に本体部分が三万円台の製品らしい(田畑にめぐらせる電柵線の資材費・施工費は別)。電源はバッテリーで、乾電池も使えるのだそうだ。また、獣の食害被害のある農家は町の補助を受けて電柵を設置するとのこと。先日福岡の友人が作ったと言う手作り電柵のほうが低コストなのは間違いないはずだが、メンテナンスや安全性を考えれば、やはり既製品にはかなわないだろうなぁ。でも、何か活用方法がありそうな気がする。もう少し考えてみよう。

 夜になっても、天気は相変わらずだ。夜回りは止める。


1月16日

 生暖かい、愚図ついた天気はまだ続いている。冬将軍はどこへ行った??この日はバイト。O氏が不在のため、一人で静かにパソパソ。日中はほとんど止んでいた雨も夜には再び降り始めた。山には霧がかかっている。でも、この暖かさも今夜までのようだ。

 DNAの分析をやってくれる予定の名古屋の先生も海外出張からそろそろ戻るはずだ。先日集めたクマ遺物の情報をメールで送信。


1月17日

 久しぶりに雨が止んだ。が、どんより曇り空。明日以降はまた天気も下り坂のようなので、この日を逃すと次いつ山に入れるかわからない。支度をして山に向かう。

 山の駐車場で身支度していると、土木技師風の男性に声をかけられ、しばしクマの事を話す。この男性、87年に緒方町でクマが射殺された当時は大分県側で仕事していて、クマを撃った猟師とは仕事上の付き合いがあったという。その猟師が彼に「射殺現場は傾山の麓」と説明したという。公式に射殺現場と報告されているのは西隣りの笠松山。が、彼の口からこの山の名が出ることはなかった。「射殺したのが傾山の禁猟区内だったので、笠松山と偽って報告したらしい」とのウワサは、どうやら本当だったようだ。

 そしてこの男性が言う「現場」は、数年前に親子グマが連続して出没して土木作業員たちに何度も目撃された現場付近のことのようだ。近くで土木工事が行われていた、という点でも共通点がある。「87年射殺の謎」の解明の糸口がつかめたぞ!

 前夜までよりは気温が下がったとはいえ、山の上も晩秋〜初冬くらいの気温だ。案外動物の痕跡があるのは、悪天候で猟師が山に入らなかったからか?3週間ぶりに8ヶ所の無人カメラをまわって、点検とフィルム交換。コマの進みは、まぁまぁってところ。

 車に戻るとバッテリーが上がっていた。ライトを点けたままだったようだ。先ほどの男性やその同僚に助けられた。危ない、危ない。

 夜9時過ぎ、夜回りにでる。天気にも路面にも不安を感じずに夜回りするのは久しぶりだ。テン1、ノウサギ1.


1月18日

 小雨が降ったり止んだりの天気。ちょっと気温が下がってきたか?。前日回収したフィルムを現像してもらったが、シカとテンばかり。

 バイトを終えて自宅に戻っているとき、まだ職場にいたO氏から携帯に電話。なんと「クマの手」が届けられたという。慌てて職場に戻る。届けられたのは、高千穂町内で個人によって保管されているとされていた3点のうちの一つ。DNA分析を行う予定の名古屋の先生から連絡を受け、所有者が自ら届けに来たそうだ。干からびているが、原形はしっかり留めている。確かにクマの手だ。サンプルの採取にも同意していただいたとのこと。やった!(photo7.03)

 帰宅後、もう一件保管状況が不明だった「クマの手」の所有者に電話してみるが、「見つけ出せなかった」との返事。残念!当の名古屋の先生からは月末にこちらに来て、直接サンプリングしたいとの連絡。だが、ちょっとスケジュールが厳しそう。どうなるかなぁ??

 知人を通し、町内の中学校での講話の話がきた。もちOKよん。

 

 少し前のことだが、祖母・傾山系以外の九州内のある山域で、昨夏にクマらしき動物を見た人がいる、との情報を得た。その後、この本人とメールで連絡をとることに成功し、詳しい状況や場所が分かった。さらに、疑問点に答えていただいて、かなり整理できた。現場も見ていないのでは最終判断はできないが、現場が以前から熊現存の可能性ありと睨んでいた山域である事と、目撃時のその獣の行動がクマの習性に矛盾していない事だけは確かだ。本当にクマであった可能性はある。いよいよ、こっちの山域も気になってきた。

 夜になり風が強くなった。久しぶりに冷え込みを感じる。やっと冬の気候に戻ったようだ。


1月19〜20日

 曇り空の天気。少し朝寝をした後、昼頃から出かける。この週末も夜神楽の取材だ。この日は高千穂町南部の夜神楽を訪ねてみることにした。山中を走りなれているはずの僕が心細くなるほど狭い山道を延々と進み、少し迷った後に辿り着いたのは、山間部の小さな集落だった。明らかに早すぎる来客だったようで、若い「ほしゃ(舞い手)」が舞の練習をしていた。

 高千穂町内の夜神楽を全日程取材するのはこれで3回目。一部参観しただけのところを含めると5地区の夜神楽を拝見した。総称として「高千穂夜神楽」の呼称がしばしば用いられるが、その内容は一様ではなく、地域ごとに特色がある。今回の地区も「氏神」に神仏習合の名残が強く見られる点や、一部の舞(番付)が独特であること、番付の進行に独自のパターンがあることなど、とても興味深く拝見。他の地域では神楽宿の間口は普通開放されたままの所が多いが、ここでは朝必要なときに開いただけ。それに見物客に対する夕食や夜食の賄いも手厚かった。お陰で極寒に凍えたり、空腹に悩まされる事はなかった。睡魔と戦いつつ、何とか15本のポジフィルムで撮影完了。

 高千穂夜神楽という伝統芸能は「固定化されたもの」であるかのような印象を受けるかもしれないが、実際には集落ごとの多様性に富み、ある面保守的ではあるが、またそれぞれが常に進化・変化の途上にある。そして、その多くが消滅の危機に瀕している。単に文献や画像に残すとかだけでは不充分で、その行事が地域の生活の中で「生きている」事に本当の価値がある。そう考えると、こういった伝統芸能の保存問題は、希少野生生物の保護問題と何か共通しているようだ。

 

 帰宅後寝ていたら、午後2時過ぎに電話で目覚めた。近所に住むクマ目撃者・Tさんからのお呼び出しだ。Tさん宅を訪ね、クマ探しこのと、家探しのことなどで雑談。そのまま明るいうちからお酒が入り、夕食までご馳走になった。


1月21日

 前夜寝る前に飲んだ栄養ドリンクが効いたのか、徹夜取材の疲れはすっきり抜けた。さすが「ファイト!一発!」だ。小雨の中、バイトへ。仕事をしながらO氏に今回の夜神楽取材の報告。HPに夜神楽コーナーを作れば?とのアドバイス。うむ、「別冊・自然派宣言!」ってのも良いかもね。

 帰宅する頃には雨も一段落したが、今度は急に冷え込んできた。久しぶりの冬型天気図か?


1月22日

 昼間も雪が舞う天気。

 バイト先のパソコンが少し前から不調になった。が、どうしても原因がわからない。自分のパソコンを持参し、試しに同じソフトを入れてみて、きちんと動くかチェックしてみよう…なんて気を利かせたのがよくなかった。ハードもシステムも3年前の「旧式」の愛機は、新型ソフトを食らって食あたり。起動すらできなくなった。バイトのパソコンは、その後なんとか問題箇所を把握するのがやっと。

 町内の中学校の先生がバイト先まで尋ねて来た。先日打診のあった講話の正式依頼だ。もちろん快諾。

 帰宅後、瀕死の愛機のケア。何とか起動するところまで行ったが、やっぱり機能が完全に戻らない。特にインターネット接続に必須のソフトの再導入ができず、メールどころではない。仕方なく、バックアップしてから、ハードディスクを再フォーマット+システム再導入の大手術。一日中パソコンと格闘した僕は、ここでダウン。おやすみなさい。


1月23日

 この日も朝からバイト先でパソコンの治療。こちらのパソコンも、必要データを取り出してシステム再導入に踏み切った。が、それでもなかなか機能が戻らない。あ〜でもない、こ〜でもないといじくり回していたら、何がどうなったのか、いつのまにか機能回復。どうも、このソフト、バグっているみたいだ。バックアップのデータが再導入できなくなって、また悲し。

 名古屋の先生から電話。DNA分析用のサンプルの採取に来町されるとのことだが、なかなかハードスケジュールになりそうだ。

 帰宅後はまたも愛機の治療の続き。少々てこずったが、なんとか夜8時ごろ、インターネットアクセスが回復した。やっと読み込めたメールをみると、なんと!女性ファンからのメール。わ〜い!


1月24日

 天気は持ち直して青空が広がった。バイト先のパソコンがおかしくなる前にとっておいたバックアップデータを入れなおして、僕がやってきた仕事のファイルだけはかろうじて救済できた。完全に復旧させるため、一部打ち込み直しの作業。

 良い天気だったので、帰宅後すぐに夜回りに出る。林道の積雪も大した事はない。1週間ぶりの夜回りに張り切っていたが、序盤で3台の軽トラと出くわす。どうやらみんな猟師らしい。天気が良い日に山に行きたくなるのは僕だけではない、ってことだ。ヤマドリ1のみ。


1月25日

 比較的穏やかな天気。バイトはデータの復旧で終わった。

 夜回りに出ようかとも思ったが、また猟師が山に入ったのは目に見えている。や〜めた。


1月26日

 朝からまとまった雨になった。バイトはないので安心して寝坊。ちょっと風邪気味かな?この日、町内のある集落で夜神楽が行われることになっている。取材に行きたいところだが、どうしても優先しなくてはならない用事がある。

 午後2時、名古屋の先生から電話。実は先生、学会で鹿児島に来たついでにクマのサンプルを自ら採取するために高千穂に立ち寄ってくださったのだ。「ついでに…」と言うには少々長いドライブを経て、高千穂にたどり着いたところだった。

 バイトの職場で先生と落ち合い、まずは先日から預かっているクマの手を見ていただいた。「これは期待できそうですね。」と保管状態に好印象を持ったようだ。この資料からのサンプル採取は後回しにして、まずは高千穂町岩戸のF氏宅を訪ねることに。このお宅にも明治14年に捕獲された熊の手足(左の前後一対)が大切に保管されていた。この「熊の手」の存在は僕も以前から知ってはいたが、現物を拝むのは初めてだ。(photo7.04)

 雑談を交えながら、先生は丁重にサンプル採取の許しをもらい、家人や僕が見守る中、皮の内側の組織、体毛、爪の一部を採取して密閉試験管の試薬の中に保管した。今までごく限定的な調査しか行われてこなかった九州産ツキノワグマの謎に最先端の科学分析技術の「メス」が入った記念すべき瞬間だ。120年の歳月を越えて、このクマはどんなメッセージを僕らに届けてくれるのだろう。時間切れのため、もうひとつのサンプルは翌日に持ち越す。

 雨は止まない。夜は強風が吹き荒れた。


1月27日

 雨は止んでなんとか天候は回復。朝からバイトの職場で名古屋の先生と落ち合う。ここで預かっているもうひとつのクマの手からサンプルを採取してもらうためだ。前夜にお誘いした所有者のS氏も来て下さった。前日同様、所有者の意向を確かめながら、クマの手から毛、爪の一部を採取。クマの手は、その場で所有者に返却した。

 作業を終えて先生と二人で食事をしつつクマ問題について話した。近年のクマ目撃情報や昨年の絶滅宣言に関する資料などに目を通した先生は、クマ探しに取り組む僕の理念を理解してくれたようだ。先生自身の研究目的とは違うが、87年に射殺された「疑惑のクマ」の出処特定にも積極的に取り組むことを約束してくれた。

 これまで九州産クマの現存を主張しようとしても、否定派を納得させるだけの科学的根拠をそろえることが難しかった。たとえ今僕がクマの写真を撮っても、それは「野生グマの生息」を実証するだけであって、その出処までは示せない。もし再び「人為移入」の疑いをかけられれば、反論は難しい。だが、先生が最先端のDNA分析技術をつかって出すであろう結論は、調査もせずに口先だけで否定できるようなレベルのものではない。その結論が「九州産」であれば、87年当時九州産ツキノワグマが生息していた決定的な証拠となり、「絶滅宣言」はその根拠を失う。そして、これまでの数々の目撃証言も、より重要な意味を持つことになるだろう。

 別の研究の関係で川を見たい、という先生を天岩戸神社近くの川辺まで案内した後、神社の前で先生を見送った。

 どうも風邪の具合が良くない。午後は風邪薬とビタミン剤を飲んで静養。


1月28日

 バイトは今までのパソコン入力から開放された。O氏と共同作業で図面を作る。午前中まで風邪の具合も良くなかったが、午後には落ち着いてきた。

 良い天気だったが、夜になって一時的に雨音。その後外に出ると、車に薄っすら雪が積もっていた。風邪がぶり返すと面倒だ。夜回りはよそう。前夜はつい夜更かしをしてしまった。今夜は早く寝るぞ。


1月29日

 まだ風邪はすっきりしない。珍しくタバコを控える(ただし、夕方まで)。鼻をぐずぐずいわせながら、バイト。

 地元D紙からエッセイの不定期連載の依頼があった。昨年2回だけ書かせてもらったのと同じ欄だ。字数が多すぎず少なすぎずで、なかなか書き応えがあった。フリーテーマで月1回なら、無理はないだろう。よーし、引き受けた!ついでに写真も売り込むぞ!

 

 デジタルカメラの雑誌を買ってきて、高級デジカメの記事を興味津々拝読。最近のデジカメは進歩が著しい。少なくともプロ用高級デジカメは、すでに35ミリ判(普通サイズのフィルム)のカメラを越えた感がある。クマ探しの無人撮影ではいくつかの事情でまだデジカメの導入は困難だが、通常撮影ではかなり魅力的だ。特に今シーズン試験的に撮ってきた夜神楽では、かなり節約したのに一晩に36枚撮り×15本前後(500コマくらい)。フィルム代と現像だけで2万円(ポジ=スライドフィルム使用)だ。節約せずに撮ればその2〜3倍だろう。これを1シーズンに10回繰り返すなら、これだけで高級デジカメが買える計算になる。

 それに、こういう地方を拠点に撮影活動しているとラボ(現像所)の問題も大きい。一般的なネガフィルム現像&サービスプリントはまぁ許せるとしても、ポジ現像はコスト・時間(戻ってくるのに5日〜7日かかる)の面で不満が募る。来シーズンは真面目にデジカメの導入を考えなきゃな。

 高千穂の明朝の最低気温予報はマイナス6度だと。今夜は冷えそうだ。


1月30日

 朝の冷え込みは予報ほどではなかったようだ。が、朝は雪。前夜の早寝が良かったのか、風邪はいくらか楽になった。

 バイトから帰宅後、クマに関する生体遺物や史跡に関する情報を整理した。久しぶりに宮崎市のKとも電話で話しながら情報を補足。こうしてみると結構あるものだ。新しいページを組む。今のうちに見て回りたいクマ塚なども多いが、連日のバイトでなかなか時間が作れそうにない。

 数年前の秋に祖母・傾山系の縦走中に獣の吼える声を聞いた、という体験談が寄せられた。「クマの声を聞いた」とする証言は多いが、こればかりは僕も聞いたことがないし、「こんな声だった」と言葉で表現されてもなかなかつかみ所がない。ただ、今回の証言の地点は以前にも目撃談(詳細は未確認)があるあたりだし、シーズンもクマが活発な時期だ。大の大人3人がそろって腰を抜かしたほどの大声だったとなれば…。


1月31日

 前日バイト先で一緒に町内の史跡の情報を整理していたO氏は、文献にはあるものの場所も現状もまだ未確認の史跡があることに気がついた。で、この日は午後から確認に出かけることに。その史跡というのが、「クマ塚」なのだから、僕がついて行かない訳がない。このクマ塚のことは僕も今回はじめて知ったのだが、なんと僕の自宅のご近所・岩戸地区の馬生木という集落にあるという。

(ここでちょっとクイズ。地名「馬生木」…何と読む?三文字です。答えは後日)

 地元のKさんに案内されたのは、集落からそう遠くない杉の植林が広がる山中。車を降りて斜面をすこし登ると、まもなく大きな岩壁の下の少し広くなったところに、それらしいものが見えた。

 以前見に行ったクマ塚は少々傾いてはいたもののちゃんと祠の形をしていたし、今でも慰霊祭が行われていた。それにくらべ、このクマ塚は1mほどの石柱を加工もせずに立てただけのようだ。供え物などの形跡もない。案内のKさんも、「クマん墓(クマの墓)」と呼んではいるものの、言い伝えは何も聞いていないという。たぶんこの近くでクマをしとめた猟師がこの場にあった石でにわか作りの墓を建てたのだろう。(photo7.05)

 このクマ塚のことは、紹介してある文献もごく限られていた。まだしっかり残っているうちに確認できたのは幸いだった。僕が確認できていないクマ塚・クマ墓は大分県側も含め、まだかなりある。時間はかかるかもしれないが、ひとつでも多く確認して、記録に留めたいものだ。

 温泉で温まった後、外に出ると良い月が出ていた。晴天無風。冷え込みもそれほどきつくない。風邪はまだ全快とはいえないが、久しぶりに夜回りに出ることにした。10時出発。凍結もなく、林道の積雪はごく一部のみ。快調に林道を走るが、成果はなし。


2月1日

 おっと、2月になっちまった。朝は霜がひどかったが、日中はぽかぽか陽気。バイト先でも「梅のつぼみが膨らんでいる」なんて話がでて、春の足音を感じてしまう。

 O氏が職場の書棚から一冊の報告書を見つけて持ってきた。20年ほど前に宮崎県がまとめた県北部の野生動物に関する調査報告書だ。なかなか立派な体裁だが、めくってみると中身は少々薄っぺらい。現地調査は野鳥は結構気合を入れたようだが、哺乳類は真面目にやったのはネズミ類だけだ。

 その中の「哺乳類リスト」も、なんだか種数が少ない。リストにはもちろんツキノワグマは入ってない…これは仕方ないな。ヤマネもない…これも、まぁ許せる。おや?アナグマがない。コウモリ類、ヒミズ類(ネズミのようだがモグラの仲間)は一種類も入っていない。詳しくはないが、どちらも数種類くらいはいると思うが。特別天然記念物のニホンカモシカがそのリストに入っていないことに気づいた時には、軽い眩暈すら感じた。現物確認が容易でない動物は聞き取りなどでフォローすりゃ良いだろうに。こんな報告書、提出した連中はもちろんだが、受理して公表した担当者にもあきれる。恥ずかしくないんだろうか??20年前の話とは言え、ちょっとショックだ。

 昨年世話になったM局から、TVとラジオの番組への出演依頼。諸事情で先延ばしになっていた話だだが、ようやくまとまった。

 D紙から依頼のあった「エッセイ」の原稿を書く。


2月2日

 山に行きたかったが、天気は雨。写真の整理などしてすごす。いまだに鼻がぐずぐず言っている。

 カメラメーカーO社のユーザー会員向けの月刊誌が届いた。その中で、僕の愛用する一眼レフカメラの全システム(つまりボディ、レンズ、ストロボ他の純正機材)の製造終了が決まったとの告知。かつて一世を風靡した画期的なカメラシステムも今は昔。手動操作主体から全自動制御への流れに乗り遅れ、ここ10年以上も事実上進化がみられないという旧式のシステムだった。今まで生き残って来たこのとのほうが奇跡といえるかもしれない。

 しかし、僕にとってカメラはこのO社の一眼レフで始まったようなものだ。僕が写真を撮り始めたとき、すでにこのシステムは時代遅れになりつつあった。それでも他のカメラは眼中になかった。シンプルで小型軽量、そして接写用システムでは恐らく今でも世界一。野生動物や自然写真のジャンルでは世界中のプロに愛されてきた。そう言えば、クマに食い殺された著名な写真家・星野道夫氏の愛機もこれだった。

 いくつかのボディを買い換えたが、結局落ち着いたのは、これまた時代に逆行するような機械式マニュアルカメラだった。アフリカでゾウを撮ったのも、最近夜神楽を撮ったのもこれだ。一般には不便だし、世間で言われるほど頑丈でもないが、とにかくコイツが手になじんでしまい他のシステムへの乗り換えには至っていない。カメラは道具。道具はシンプルなものの方が、応用も利く。便利になった反面、ちょっと凝ったことをしようとするとかえって不便な近頃のカメラにはない良さがある。

 もっとも、メーカーでの生産が終了したからといって、僕のカメラが使えなくなるわけではない。メインに使っている機種は修理もあと10年は可能(サブ機の方は、すでに修理も終了したが…)。こういうときこそ機械式カメラは寿命が長い。シャッターが切れなくなるまで使ってやろう。

 でも、やっぱデジカメは欲しいなぁ…。

 

 2日前のクイズ(地名「馬生木」…何と読む?)の答えの発表。「もうぎ」と読むんだそうだ。ま、普通は読めんよなぁ。


2月3日

 今日は良い天気だ。最高の山歩き日より!…なのだが、すっかり寝坊した。見が覚めたら昼を回っていた。なんてこったい。山に入るには少々遅すぎる。次週末は忙しいので、今日中に点検をしておくつもりだったんだが…ま、いいや。のんびりすごすことにしよう。あと2週間ほどで猟期も終わるが、それまではジタバタしても同じだ。

 怪我の巧妙か、しばらく鼻をかみなら過ごしていたのが、徐々に楽になってきた。そろそろ風邪も治まるか?今度のTV・ラジオ出演までには完治していないと困るしね。


2月4日

 朝は冷え込んだが、日中は春分の日にふさわしい良い天気。山に行きたいところだが、バイト。

 帰りにD紙支局に記者氏を訪ねる。先日書いたエッセイの原稿はとても好評。それに添えるべき写真も預けてきた(これが採用されるかどうかは未定だが)。


2月5日

 地元M紙の朝刊に県立博物館の特別展の紹介記事を見つけた。数日前からこの博物館では絶滅危惧生物の企画展示をやっている。そこにツキノワグマの剥製も展示されているらしい。その記事にはこう書かれていた。「…本県の絶滅種、絶滅危ぐ種を紹介するコーナーには、祖母・傾山系に生息するとされるツキノワグマのはく製や…」。そう、「生息していた…」でも「絶滅したとされる…」でもなく、「生息するとされる…」と紹介されたのだ。新聞社が気を利かせたのか、博物館がそのように説明しているのかはわからないが、クマ現存を前提とした表現がこういうところで、当前のことのようにさりげなく使われるのは近年なかったことだろう。クマ問題の認知度の高まりを強く感じることができた。

 O氏がめくっていた資料の中から、また新しいクマ塚の情報を見つけた。僕が見落していたものあって、僕のリストに3つのクマ塚が新たに加わった。結構あるもんだ。

 宮崎市のクマ探し人・K氏がO氏に送り届けてきた本のコピーを見せてもらった。そこには九州産の見たことのない動物が紹介されている。「メラジカ」…シカの一種だが、一般的なニホンジカとは明らかに違った形状の角を持つという。これが「伝承」のレベルならさして気には留めないが、なんと当時農林省まで巻き込んで、昭和25年には新種として学名がつけられているという。が、今時の図鑑類には全く紹介されていない。単なる奇形か何かだったのだろうか?気になるなぁ…。ちょっと情報を集めてみよう。

 夕方から雨になった。風邪はほぼ落ち着いたようなのだが、ちょっと頭が重い。

 近所の中学校から保護者向けの講話の依頼。


2月6日

 雨は上がったが濃霧の朝になった。その後は良い天気。が、風邪がまだ完治しない。鼻をかみながお仕事。

 夜10時前から夜回りに出てみる。林道で所々に浅い積雪が残っている程度で、凍結はない。テン1、ノウサギ1、そして一度ササヤブがガサッといったが、何か不明。


2月7日

 穏やかな一日。朝からO氏に連れられて、未確認の石碑を見に行く。ただし、クマ塚ではない。集落のそばから細い道をたよりに山林のなかへ。あれこれ石碑はあるが、お目当のものではないらしい。O氏と案内の方を置いて先へ進んでみるが、何もない。シカかイノシシの新しい足跡を見つけた。山を歩くのは久しぶりだなぁ。病み上がりで少しきついけど、気持ち良いや。ケータイが鳴り、下にいるO氏から呼び戻された。それらしい石碑を確認した後、職場に戻ってデスクワーク。

 明日は未明から出かけなくてはならない。早く寝よ。

 …が、普段夜更かし生活をしている奴が、急に早寝をしてもそうそう寝付けるものではない。


2月8日

 あまり寝付けないまま、午前3時起床。この時間まで夜更かしすることはあっても、この時間に起きることは滅多にない。眠いのを我慢して、4時前に宮崎市に向けて出発。この日は朝からM局のTV番組に出演しなくてはならない。

 他県の読者はピンと来ないかもしれないが、宮崎県最北の内陸にある高千穂から県南部の宮崎市までは距離にして約150km。高速道路がないので、通常車で3時間半くらいかかり、国道10号線(延岡市〜宮崎市)の混み具合によっては、4時間を要する。福岡まで途中から高速道路を利用すれば3時間を切ることを考えれば、とても県内とは思えない距離感だ。この日出演するのは午前10時前から始まる番組なのだが、リハーサルのためスタジオ入りは8時。朝の渋滞が始まる前に辿り着きたかったので、こんな早出になってしまった。

 さすがに道はガラガラ。未明の国道を順調に走って、3時間ほどで到着した。が、早すぎたらしく指定された駐車場もTV局も開いてはいない。仕方なく近くの路上で少し休んだ後、近所のファミレスで改めて朝食。8時前にTV局へ。

 この日の担当ディレクター氏は、元協力隊員で、通称「クマさん」ってのがいい。簡単な打ち合わせやカメラリハーサルの合間に、昨年秋の取材でお世話になったディレクター氏たちがやってきた。本番の出番直前まで彼らとおしゃべり。先の番組は局内でも高い評価を受けているようだ。本番では2人の司会者と掛け合いながら、クマ探しのことを説明させてもらった。

 約50分の番組中、出番は序盤の10分間ほど。控え室に戻ると、急に睡魔が襲ってきた。番組終了までの間に局の中を見学させてもらうが、頭はぼ〜っとしている。ううぅ…眠い。

 午後からは同じM局のラジオ番組の収録があり、それまで休んでいたい気分だが、この空き時間に訪れなくてはならないところがある。県立博物館だ。ここでは丁度、絶滅危惧生物の特別展が開催されている。それに先日からメールでやり取りのあった動物担当の学芸員にも挨拶をしておきたい。M局をいったん出て、博物館へ移動。

 学芸員のS氏は特別展の会場でY紙記者の取材を受けているところだった。記者氏も交えてしばしクマ、そしてオオカミなどの情報交換。まだ比較的若く、やる気のありそうな学芸員だった。ちなみに展示会場ではツキノワグマ(本州産らしい)のはく製2体とご対面。

 昼食後、再びM局にもどってラジオ番組の打ち合わせ、そして収録。この番組は1時間枠で、アナウンサーを相手に正味40分ほど話せる。そもそも、昨秋のTV取材時のディレクター氏がクマ問題を語りこむ僕に「このラジオ番組ならたっぷり語ってもらえる」と担当者氏に推薦してくれたのが出演のきっかけだ。教養番組でもあり、楽しくも、かなり踏み込んだ内容になった。これは24日放送ね。

 すべて終了し、M局を出たのが午後3時半。もらった謝礼は、すぐさま近所の写真用品店でフィルムに化けた。ひと休みしたいところだが、渋滞に巻き込まれる前に市街を出たい。居眠りしないよう気を張ったまま10号線を北上した。日が沈み、道が混み始めた5時半、車を止めて仮眠。

 ちょっとウトウトしただけだと思ったら、1時間半も熟睡していた。気を取り直して再出発。以前M社長に教えてもらった山越えの近道を抜け、実走行3時間ほどで高千穂に到着。レストランで夕食をとっていると、雨が降り出した。走っている途中に降らなかったのは幸いだった。


2月9日

 雨は上がり、良い天気になった。さすがに早起きは出来なかったが、昼前から山に向かう。3週間ぶりだ。8ヶ所のカメラのうち、一番奥のJ地点を除き7つを点検。いくつかのカメラがトラブルで停止していた。5ヶ所からフィルムを回収。日差しはぽかぽかだが、時折吹く風が冷たい。

 山からの帰り、道沿いの白梅が咲いているのに気がついた。春近し。

 前日、応募していたローカルな写真コンテストの結果が届いていた。2作品のうち、ひとつが「入選」。「グランプリ」の賞金を狙っていたのだが、そう甘くはない。そりゃそうだ。もともと「遊び」で撮った写真が入賞したのだから、よしとしよう。

 この日、ソルトレイクシティで冬季オリンピックが開幕した。長野五輪は、アフリカから一時帰国したときに見たっけ。もう4年経ったんだなぁ。


2月10〜11日

 朝はゆっくり目に起床。外は小雪が舞っている。小春日和も昨日まで、か。コーヒーを飲んでいると、O氏から電話。「今夜の神楽宿は寒いぞ!良い場所を取らないと大変だぞ。早く来い!」そう、この日は今シーズン最後の高千穂夜神楽が執り行われる。僕も食事を済ませて昼頃から出かけた。

 この日の「神楽宿(神楽が行われる民家、または建物)」は予定では個人宅になっていた。ところが、実際の神楽宿になったのは、その方の母屋ではなく、おそらく農業機械・作業用の大きな倉庫。そこに「神庭(神楽が舞われる8畳四方のスペース)が特設されていた。客席にも畳が敷き詰められたが、もともと半開放の大きな空間だ。おまけに雪の舞うこの天気。O氏の言葉どおり、寒くなりそうなだ。O氏と二人で、壁に守られた最前列に陣取る。ついでに用意されていた石油ストーブを背後にキープ。

 夕方が近くなるにつれ、見物客が集まり始める。そぞろにやって来た写真愛好家らしい一団が神楽の番付表(三十三番の舞の予定表)を見て、「面を着けた舞はどれだ?」と言い出した。熱血高千穂神楽男・O氏がこれに黙ってはいなかった。「面をつけない舞が多いのは高千穂神楽の特徴。神面舞いばかり撮るのはシロート。それで高千穂神楽を観たつもりになってもらっては困る!」きつい言い方ではあるが、O氏の意見はもっともだ。

 僕自身も高千穂神楽について勉強して知った事ではあるのだが、高千穂神楽において神面を着けた「神面舞い」と、着けない「素面舞い」とのコンビネーションはかなり重要な意味を持っているようだ。一般に「神楽=神面舞い」のイメージが強いのは事実としても、特に写真家の中には最前列に陣取った挙句、素面舞いの場面では居眠りしているような輩が少なくない。そういう連中の中には「神事に参列している」という自覚に欠け、マナーがよろしくない者も少なからずいる。「良い写真作品を撮る」ことにしか興味がないのだ。O氏が上記で示した露骨な不快感はそのためだ。

 

 そんな話はさておき、夕方5時半過ぎから本格的な神楽舞いがスタートした。夜神楽全日程撮影も4回目で大分慣れてきた。先日の番組出演の謝礼のおかげで、ポジフィルムはこれまでより多めに用意できたので、いつもより少し速いペースでシャッターを切る。番付表をざっと見ただけでは三田井神楽(高千穂の町の中心部・三田井地区の形式)に比べ際立った特徴が分かりにくかったが、細部に余所にない組み合わせの舞いなどが観られる。子供たちや中高生がほしゃ(舞い手)として多く参加していたのも印象的だった。

 夜半から降雪は激しくなり、雪が積もり始めた。寒風が最前列まで吹き込み、冷え込みは厳しい。ストーブの近くに座れたのは幸いだった。が、今期最後の夜神楽とあってか、未明まで見物客で混み合った。夕方O氏が「ゲットした(僕のために?)」女子大生2人も、僕の後ろで寒さと睡魔に耐えながら舞いを見続けている。

 真っ白に雪化粧した風景が日差しに照らされ始めた午前10時前、今シーズン最後の高千穂夜神楽の全日程が終わった。一時フィルム不足を心配したものの、36枚×18本半で撮りきる。5cmほどの雪が屋根に積もった車で2人の学生さんを町に送り届けたあと、自宅の布団にもぐりこみ夕方まで昼寝。

 

 夜、今回の撮影中に不調に陥ったカメラを再度点検。修理が必要のようだ。壊れそうな自分の体にも「ファイト!一発!」を注入。


2月12日

 この日のバイトは模様替え作業。神楽取材の疲れを持ち越さなかったのは幸いだった。

 バイトの帰り、たまっていた洗濯物を持って町のコインランドリ―へ。待ち時間の間に、最近その近くにオープンした店を訪ねる。閉店した喫茶店を改装したその店は、なんと「インターネットカフェ」!24時間営業のコンビニすらない高千穂の町に「インターネットカフェ」である。興味津々、扉を開き、マネージャー氏に挨拶。

 店の半分は8台のパソコンを置いたパソコンルーム。学校帰りの2人の女子高校生たちが、何を見ているのか楽しそうに液晶ディスプレイに見入っていた。店の残り半分は白を基調にした明るいカフェ。カウンターの端に置かれたデモ用パソコン以外は、普通の喫茶店だ。夜はショットバー(これまた高千穂初か?!)として営業しているという。インターネットどころか、パソコンにも触れたことのない人が多い高千穂で、まずはお茶やお酒だけが目的でも良いから来てもらいたい、との配慮だという。自宅からインターネット接続している僕としても、訪れやすそうなカウンターの登場を歓迎したい。

 D紙記者氏から連絡があり、先日原稿を提出したエッセイが16日に掲載予定とのこと。別に取材の申し込み。

 夜10時前から夜回りに出てみた。前々夜の雪の後、好天が2日続いたので積雪はごく一部。ウサギやテンの足跡を何度か見かけたが、動物の気配はなし。


2月13日

 曇り空で薄ら寒い天気。バイトの後、役場へ出向く。観光課が主催した写真コンテストで入賞した作品のネガを提出。

 そのあとD紙記者氏と落ち合って、取材を受ける。昨年一年間の「クマ探し」を振り返りつつ、今後の抱負などを語る。


2月14日

 バイトして、久しぶりに普通の一日。…何もないよ。ほんとだよ。僕は甘いものは嫌いでね。チョコレートなんて欲しくねーや。


 これ以前の日記は「クマ探し日記(6)」  続きは「クマ探し日記(8)」

エッセイ「アフリカとクマ探し」  参考文献  ライブラリーの目次

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