短編小説

大きな木の下で

作・解説;栗原智昭


 

「おや、ひさしぶりだねぇ。今日は一人かい?」

「ああ。今日はお客さんはなしだ。」

「もうすぐ日本に帰るんだって?」

「なんだ、知ってたんだ。」

「ここで起こることで、わたしが知らないことなんてありゃしないさ。」

「そうだったな。」

 

「かれこれ2年だね。どうだった、ここでの暮しは?」

「そうだね…。いろいろ楽しかったし、勉強にもなったけど、嫌なことも多かったな…。」

「そりゃぁ仕方ないだろうさ。あんたはもともとこの土地の人間じゃないんだからね。」

「はっきり言うね。」

「だって事実だろう?誰だって生まれ育った土地が一番さ。他所で暮せばいろいろ苦労があって当たり前だ。わたしゃぁ、この土地に根を下ろして以来1000年、いろんな人間を見て来た。他所の土地に生きて苦しまない奴なんかいやしない。通りすがりの奴等は別だがね。だから、あんたがここで苦しんだってことが、あんたがここに生きた証なんだよ。」

「俺がここで暮してきたってことって、意味があったのかね?辛い思いまでしてさ。」

「さてね。多分そりゃぁ、あんた自身が決めることだろうよ。」

「少なくとも大した仕事はできなかったな。」

「あんた、大した仕事をしに来たのかい?あんたがこの土地に来たのが、大それた仕事をするためだったのか、もっと違った何かのためだったのか…。それは、あんた自身が一番良くわかっているんじゃないのかい?

 そこいら辺を走り回っている獣たちを見てごらん。連中は毎日を精一杯生きている。そして何時だってその精一杯のなかで死んでいく。だから悩みもしないし後悔もしない。でもあんたたち人間は違う。人間ってのは欲深い生き物だ。あんたがここで精一杯仕事をしてきたにせよ、手を抜いてきたにせよ、いい結果を残そうが残すまいが、どのみちあんたは完全には満足しやしない。人間ってのはみんな、そういうもんじゃないのかい?」

「こんなことで悩むのは人間だけ、ってわけか。」

「まぁ、そうだね。そしてそれが人間の良いところでもあるし、悪いところでもある。…少しは気が楽になったかい?」

「そうだな。意味があったのかどうかはまだ分からないけど、これはひとつの節目なんだよな。」

「50年も生きてない若造がそこまで悟れれば、上出来かもねぇ。」

 

「ありがとう。もう行くよ。帰国準備が忙しくなるから、もう会いに来れないかもしれない。」

「構わないよ。達者でね。またいつかこの土地のことが懐かしくなったら、会いに来てちょうだい。わたしはこれらもずっとここにいるわ。あなたよりは長生きするでしょうからねぇ。」

(終わり)

 

作者自身による解説


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この作品はマラウィ協力隊機関誌「Zikomo」125号(1998年10月発行)に掲載された同題の作品に加筆修正を加えたものです。著作権は作者である栗原智昭に帰属します。ストーリーおよび文章の全体、部分に関わらず無断で転載、転用することを固く禁じます。Copyright © 1999-2000 Tomoaki Kurihara. All rights reserved. (Revised on 7, Dec., 1999)