幻のクマを追って


 九州男児・栗原です。僕は今、絶滅したとも言われている「幻の九州産ツキノワグマ」の撮影に取り組んでいます。直接のきっかけは昨年春ごろ、大分県・宮崎県境の祖母傾山系で目撃などが相次いで話題になったこと(ニュースレターVol1, No.3参照)でした。もともとクマについて詳しいわけでも調査経験があったわけでもない僕がこのテーマに着手したのにはいくつかの理由がありました。

 ろくな調査も保護対策もないまま「ほったらかし」にされている(のかもしれない)ことへの苛立ち…。アフリカ(青年海外協力隊)時代に独学で身に付た無人撮影法を活かせると考えたこと。僕がアフリカでぶつかった「野生生物や自然環境の保護と住民の生活の両立」という壁を、この九州産クマ問題でクリアしてみたい、という思い。ただ、このあたりの話は詳しく書くと長くなります。興味のある方は僕のホームページへ。

 現地に乗り込んで間もない頃、地元の方たちと焼酎を飲みながらクマについて語り合っていてすぐに気付いたことが一つありました。彼らの多くにとってクマ問題は、どちらかというと「ツチノコ」「ネッシー」「雪男」的な話題だったのです。僕が考えているような「希少野生生物問題」という感覚はありませんでした。

 そして地元登山家を中心に、熱心にクマを追いつづける方々は「きっといる」と言い、地元「専門家」諸氏は、目撃談などの状況証拠があるなかで「科学的な証拠がない」として「いない」と言います。この「いる、いない」の議論は、古い新聞記事を見ると少なくとも昭和20年代くらいから現在に至るまで、ほとんど進歩していない感じです。昨年の宮崎県、今年の大分県の「クマ絶滅宣言」(両県版RDB)もその延長線上にある気がしてなりません。

 当初半信半疑だった僕も、現在は「クマは少数ながらもまだ生息している可能性が高い」と考えています。信じようが、信じまいが、真実は一つ。僕が目指しているものはそこにあります。昨年、ある新聞記者が「(クマ問題の中での)栗原さんの存在感は大きい」と言ってくれました。もし、僕の調査・撮影活動のスタイルが、クマ問題に新しい流れを生み出しているとしたら、こんなにうれしいことはありません。

 宮崎県高千穂町をベースに「クマ探し」を始めて、早いもので1年が経とうとしています。この春からは高千穂に連日泊まり込んで、来る日も来る日も山に入って「クマ、クマ、クマ、クマ…」。現在、常時11台の無人カメラが山中でクマの到来を待っています。そして僕は毎夜の夜回りです。飲み仲間の地元のおっちゃんたちから「栗ちゃん、クマはおったけぇ?」と声をかけられ、「うんにゃぁ…なかなか出て来んばい!」と答える毎日です。みなさんから「やったね、栗ちゃん!」と祝ってもらえるのはいつのことやら。そうそう、皆さんがこれを読む頃、僕は高千穂町民になっているかもしれません。

(2001年5月 日本クマネットワークニュースレター「Bears Japan」に無題で掲載)


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このエッセイは2001年5月 日本クマネットワークのニュースレター「Bears Japan」に掲載されたもので、同会の了承を得て転載しています。このページに掲載されている文章、画像の無断転用・複製を禁じます。Copyright © 1999-2001 Tomoaki Kurihara. All rights reserved. (Revised on 6, June, 2001)