祖母傾山系におけるクマに関する年表(戦後)

 この年表は出版物や新聞報道などから目撃や足跡発見など、クマ生息の手がかりとなるりうる情報を拾い上げ、栗原がまとめたものです。ただし、爪跡など発見時よりかなり古いものである可能性がある情報や、栗原の判断で信憑性に疑問があると思われた情報などは、原則としてここには含めていません。

*新聞報道は栗原が把握している主な新聞社のみ紹介しています。その他の引用文献は別項にまとめました。


戦前の記録は別項参照


<1950年代>

1954(S29)

 傾山サンショウ谷にてG氏が大小の足跡を発見(文献2に再録されている文献11より。夕刊フクニチ同年1/5付で報道、とある)

1955(S30)

 大分県緒方町九折長尾にて、S氏が雪上に足跡を発見(文献2より引用。原典は文献8)

1957(S32)

 傾山山麓にてK氏が子グマの死体を発見(文献2、31より引用。原典は文献7)

1957(S32).12.1

 宮崎県日之影町奥村のイモ畑にてK氏が足跡を発見。イモが食害をうけた。(文献6。文献2では文献5からの引用で「目撃」としている)

1958(S33)

 大障子岩土岩谷にてU氏が樹上で採食中のクマを目撃(文献2に再録されている文献11より。西日本新聞同年11/21付で報道、とある)


<1960年代>

1969(S44).4

 宮崎県北方町上鹿川にてH氏ら2名がクマに遭遇。にらみ合いの末、逃げ帰る(文献12)

1969(S44).4

 宮崎県日之影町釣鐘山付近にてY氏ら2名がクマに遭遇し逃げ帰る(文献12)


<1970年代>

1973(S48)

 傾山梅生谷にてS氏が足跡発見(文献2より引用。原典は文献9)

1973(S48)

 大障子ミソ岩にてS氏が目撃(文献2より引用。原典は文献9)

1975(S50).2

 傾山の林道にて車で通りがかったS氏ら2名が伐採地にいる1頭を目撃(文献1)

1977(S52).8

 熊本商科・短期大学探検部が笠松山にてクマの足跡発見し、石膏標本として採集。これを鑑定した渡辺弘之(京都大学)がツキノワグマと断定(文献2より引用。原典は文献10)


<1980年代>

1981(S56)

 傾山・前傾〜三ツ尾にてK氏が目撃(文献2)

1983(S58).2.24

 高千穂町親父山山麓にて同町職員2人が積雪上にクマのものと思われる足跡多数を発見(宮崎日日新聞2/26付ほかが報道)

※新聞に掲載されている写真を見る限り、クマではなくイヌの足跡(4本指)と、5本の指の「足跡」は人間の手の跡だろう。新聞記者が足跡を取り違えたのでなければ、クマとは無関係だと思う。(以上栗原注)

1983(S58)

 親父山中腹で1頭目撃(文献3)

1984(S59)〜1985(S60)

 四季見原中腹の林道で1頭目撃(文献3)

1985(S60).6

 大吹谷で1頭目撃(文献3)

1985(S60)

 大分県緒方町本谷山のクマガ谷にてY氏が目撃(文献2)

1986(S61)

 大分県緒方町本谷山のクマガ谷にてY氏が目撃(文献2)

1986(S61).11

 日之影町諸和久林道で1頭目撃(文献3)

1987(S62).3

 タカハタ山中腹、黒仁田林道で1頭目撃(文献3)

1987(S62).8

 大分県緒方町尾平林道にてA氏が足跡発見(文献2)

1987(S62).11.24

 大分県緒方町「笠松山山麓」にて緒方町の猟師・S氏が1頭射殺(宮崎日日新聞11/26付ほかが報道)。

※これは現時点での最後の捕獲記録である。ただし、この捕獲場所に関して「実際には傾山付近の禁猟区内であったのを偽って報告した」とする異説がある。また、罠により捕獲後射殺されたのではないか、との疑いも聞いている。(以上栗原注)

※この捕獲個体については解剖などの詳細な調査が行われ、「野生か否か」と「九州産か否か」が焦点となった(文献2、4)。歯に異常な磨耗が認められたため、「檻に入った経験がある(檻に噛みついて歯が磨り減った)」可能性が提起され、さらに発展して「他地域からの人為移入」との疑いを呼んだ。しかしこれはあくまで一つの解釈に過ぎず、他の情報と総合して、概ね「野生かつ九州産であろう」との結論になっている。一般に言われることの多い「飼育個体の放獣」との説は風評の域を出ないであろう。私見では、この個体が人里に出ることなく生活していたことが、野生グマであることの根拠として重要であると考えている。DNA分析(当時はまだ一般的でなかった)による出処の特定が行われることに期待したい。(以上栗原注)

1987(S62).12.17

 尾平越トンネル西側の送電線付近で延岡市T氏がクマ1頭に遭遇。(文献3)

1988(S63)

 環境庁による現地調査実施(民間機関の野生動物保護管理事務所が委託を受け担当)。翌1989年8月に報告書(文献3)が発表された(朝日新聞1989年8/3付ほかが報道)。

1988(S63).12.31

 本谷山から笠松山の間の登山道で延岡市N氏が親子のクマ2頭目撃。(文献3)

1989(H1)

 大分、熊本、宮崎各県は、ツキノワグマの捕獲を10年間禁止とした。(文献13)


<1990年代>

1990(H2).1.21

 宮崎県日之影町見立から九折への登山道で、延岡の登山者・O氏ほかが、雪上にクマのものと思われる足跡多数を発見し、写真を撮影(夕刊デイリー新聞3/3付が報道)

1990(H2).1.24

 宮崎県日之影町見立(日隠・押ヶ八重)にて地元の林業家・S氏が大きな鳴き声を聞く(宮崎日日新聞2/4付、夕刊デイリー新聞3/6付が報道)

1990(H2).8.13

 大分県緒方町傾山山中の谷間にて別府市の登山者・W氏ほかが、クマと思われる大きな動物を目撃(宮崎日日新聞2/4付、夕刊デイリー新聞8/18付が報道)

1994(H6).9.17

 宮崎県日之影町水無平の沢にて釣客・2人が鮮明な足跡(2つ、幅10cm)を発見、写真に記録(夕刊デイリー9/20付が報道)

1995(H7).2.10

 大分県三重町・清川村境の国有林にて作業中の男性4人がクマらしき動物1頭を目撃(宮崎日日新聞3/12付が報道)

1996(H8).4.21

 宮崎県日之影町見立渓谷の林道にて大分県の男性(匿名)がクマらしき動物1頭を目撃(夕刊デイリー新聞5/10付が報道)

1996(H8).5.8

 大分県緒方町アオスズ谷にて遭難者捜索中の大分県警察官ら4人が親子2頭を目撃(夕刊デイリー新聞5/10付ほかが報道)

※現職警察官が人命に関わる緊急な任務に当たっていたときの目撃談である。この警察官はその後の新聞の取材に対し、顔・氏名・身分を公開た上で証言している。よほど自信がなければ証言できないことだろう。また、目撃は一瞬だったようだが、捜索活動中で注意深く周囲を見まわしていたであろうことも考えれば、十分に信用に足る。(以上栗原注)

1998(H10).11.2

 祖母山から傾山への縦走中の登山者3人が、本谷山の手前でクマらしき動物に突然吼えられる。

※これは個人的に届けられた情報である(2002年1月)。動物の姿は見ていない。情報が限られるため判断は難しいが、その証言に「クマ」を否定できる内容は含まれていなかった。(以上栗原注)

1999(H11).4

 環境庁は、九州全土のツキノワグマの捕獲を5年間禁止とした。(文献13)

1999(H11).11.5

 宮崎県高千穂町田井本の墓地にて地元農家の主婦・S氏が足跡を発見(夕刊デイリー新聞11/6付ほかが報道)。

※この足跡の写真(高千穂町が保管)を見た米田一彦氏(日本ツキノワグマ研究所・広島県)は「クマに間違いない」とコメントしている。同町コミュニティーセンターに石膏足型も保存されているが不鮮明。

1999(H11).12.10

 大分県緒方町傾山の林道にて緒方町の建設作業員・W氏が1頭を目撃(文献13より引用。原典は文献14)


<2000年>

2000(H12).1.中旬

 大分県緒方町傾山の林道にてM氏とW氏が子クマ1頭を目撃。(文献13より引用。原典は文献14)

2000(H12).3.17

 大分県緒方町傾山の林道にて緒方町の建設作業員・W氏が親子2頭を目撃(宮崎日日新聞3/19付が報道)

2000(H12).3.18

 大分県緒方町傾山の林道にて荻町の建設業・S氏が親子2頭を目撃(朝日新聞3/19付が報道)

※16日には作業現場物置でアメの袋が破られているのが見つかっているが、関連は不明。前年末からこの付近では目撃が続き、上記のほかにも目撃談があるようだ。特に親子クマの目撃は連続しており、また同一個体と考えられ、信憑性が高い。(以上栗原注)

2000(H12).5?

 宮崎県高千穂町の祖母山への登山道にて千葉県の男性登山者が1頭目撃との情報あり(未確認情報)

2000(H12).10.15

 宮崎県高千穂町の土呂久林道にて福岡県の旅行者・Y氏が1頭目撃。走行する車の目前を走って逃げた。(夕刊デイリー10/17付ほかが報道)

※電話で直接話をすることができた。すでに暗くなっていたこと、ひとりで車を運転しながらの目撃であったこと、後姿しか見ていないこと、またY氏への聞き取りの際ニホンカモシカが判別できていないことを確認していること、さらにその後の調査でこの付近にでは高頻度でニホンカモシカが出没していることなどから、誤認の可能性も否定できない。しかし、旅行者とは言えこの山域に慣れた方であること、視点の高い車であったとはいえ「足が見えなかった」と語っていること(かなり短足の動物であると思われる。)、体高を「1m弱」と語っている(この数字は大きく見積もりすぎていると考えているが、いずれにせよかなり大きな動物であったと思われる。)などの点で、クマの可能性が残る。(以上栗原注)

2000(H12).10.21

 宮崎県高千穂町才田付近の林道にて同町のT氏夫妻が至近距離から子グマらしき動物1頭を目撃。(夕刊デイリー新聞10/23付ほかが報道)

※T氏夫妻に面談の上、目撃時の状況の聞くことができた。同時に二人で目撃していること、夕方に近い時間帯とは言えまだ十分に明るく視界も開けかつ至近距離であること、顔の正面・座っている横姿・歩いている姿(全身)など目撃が多面的であること、最初に目にとまったときの姿を「座っていた」と表現している(クマ以外でこの姿勢をとれる日本産野生動物はサルくらいだろう)こと、首のあたりの白い模様を見ていること、などの点で、見間違いでは説明できず極めて信憑性が高いと考えている。また、T氏夫妻はこの日に前後して、現場付近で奇妙な獣の声を何度か聞いたと証言している。(以上栗原注)

2000(H12).12.17

 宮崎県高千穂町才田にて同町出身の熊本の女性がクマらしき動物1頭を目撃。(報道はされず)

※上記の10月21日の目撃現場に近い場所で、そばには畑がある。本人には話が聞けなかったが、目撃は畑に来た時のことで、「恐くなってすぐに車でその場を離れた」と伝え聞いている。


<2001年>

2001(H13).4.1

 宮崎県高千穂町の土呂久林道にて福岡県の登山者・S氏とその友人が至近距離から1頭目撃。車のボンネットの横まで近づき、山側へ上っていった。(夕刊デイリー4/3付ほかが報道)

※電話で直接話を聞くことができた。深夜のこととはいえ、こちらに近づいてくる姿を正面から見ていること、「車のボンネット横のあたりまで来た」という至近距離(記憶違いでなければ助手席から3m以内だろう)で目撃していること、山に向かって立ち上がるようにして崖を登って行く様子を見届けているなどの点で、極めて信憑性が高いと考えている。また、近づいてくる車に対し穏やかな対応を見せている点で共通すること、目撃地点の近さ、そして大きさなどから、前年10月21日に目撃されたものと同一個体ではないか、と推察している。(以上栗原注)

2001(H13).5.21

 大分県が同県版レッドデータブックを発表。この中で同県内のツキノワグマは「野生絶滅」との判断を示した。熊本県(98年)、宮崎県(00年)もすでに同様判断を示していたことから、事実上の「九州産クマ絶滅宣言」となった。(朝日新聞5/22付ほかが報道)

※レッドデータブック(絶滅の恐れのある野生生物のリストの通称)は、すでにある情報(研究報告など)を元にして編纂されるのが普通で、改めて調査が行われることはあまりないものだが、ここでも栗原の知る限り各県が過去にクマ調査をした事実はない。したがって「十分な調査に基づいた最終結論」と受け止めるのは早計である。実際「絶滅」と断定するには余りにも根拠が不足しており、各県の判断は「勇み足」の感をぬぐえない。現状では「情報不足」あるいは「現状不明」などのカテゴリーにするのが妥当だろう。(以上栗原注)

2001(H13).7.16

 宮崎県北川町の林道で1頭目撃との情報あり(目撃者の身元不明。信頼できる筋からの未確認情報)。

2001(H13).10.2

 大分県宇目町の沢で地元の男性がクマらしき動物1頭を目撃。(大分合同新聞11/30付が報道)

2001(H13).11?

 祖母山への登山道(大分県竹田市)で関東からの登山客がクマらしき動物を目撃したとの未確認情報あり。


<2002年>

2002(H14).5.30

 宮崎県高千穂町の祖母山への登山道にて大阪府の登山者・W夫妻が1頭目撃。(夕刊デイリー新聞6/5付、宮崎日日新聞6/6付が報道)

※電話で直接話を聞くことが出来た。午後1時ごろ、下山中に登山道脇のササヤブの中で動く大きな動物に気づき、立ち止まって様子をうかがっていると、至近距離(証言では3〜4m。錯覚を考慮しても10m以内と思われる。)で登山道を横切るように反対側のヤブに消えた、とのこと。道を横切る瞬間にほぼ全身の横姿を見ている。「体長1m」と言うのは過大に見積っている可能性が大きいものの、夫妻も一旦はイノシシを疑った上でその姿などから「イノシシではない、クマだろう」と証言してる。雨が降っていたとはいえ十分に明るい時間帯であったこと、2人で目撃していること、その動物がとっさに逃避せずに、まずは接近してくる夫妻の様子をうかがいつつつやり過ごそうとしたと思われる行動などから考え、信憑性は高い。(以上栗原注)

2002(H14).9.15

 宮崎県北方町上鹿川山中で林道を車で走っていたS氏(福岡県の男性)が親子2頭を目撃(夕刊デイリー新聞・宮崎日日新聞9/18付が報道)

※目撃の翌日、ご本人に現場を案内してもらいながら話を聞くことが出来た。午後3時半頃の出来事で、林道脇の雑木林が開けた斜面でのこと。見通しも明るさも十分だった思われる。気がついて車を止めて見ると、斜面を逃げ下ろうとしていた2頭のうち大きいほうが立ちあがってこちらを振り向いたという。この行動と、全体的な身体の動きや顔立ちから「クマだと思った」という同氏の印象などから考えて、クマ以外の動物とは考えにくい。同氏は動物の体色を「濃いグレー」と表現し、当初はこの点を疑問に感じていたが、本州の専門家から「夕方などにツキノワグマがそのような色に見えることがある」との指摘を頂いている。信憑性は極めて高い。(以上栗原注)


<2003年>

2003(H15).4.16

 環境省は鳥獣保護法の全面改正(「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」)にともない、九州各県でのクマ捕獲禁止をこの日より5年間と改めた(同法施行規則)。これにより平成16年で一旦期限切れとなる予定だったクマ捕獲禁止は、事実上4年間延長された。

2003(H15).12.10

 宮崎県日之影町見立の集落で、住人の1人が自宅ベランダから20メートルほど離れたクヌギ林の側にいるクマ親子2頭を目撃。

※翌年2月末になって情報が入ってきたものだが、本人を自宅に訪ねて話を聞くことが出来た。非常に見晴しが良い場所で、親が立ち上がった姿をほぼ正面から全身を見ており、「月の輪模様」もはっきり見えたと証言している。民家と近くと言っても、非常に山深いところにあるごく小規模の集落で人気が少ない。さらに現場付近にはクヌギが多数植栽されていたことから、クヌギの実を求めて集落に接近してしまったものと思われる。信憑性は極めて高い。(以上栗原注)


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