「高千穂神楽の夜は永く」 高千穂神楽の謎(初歩的な…)

番付表の謎


 高千穂夜神楽では舞の演目を順番に並べて「〜番」と数える。そしてそれぞれの演目を指して「番付」という言い方をする。これを全て表にまとめたものが「番付表」である。とりあえず、相撲の番付とは関係ない。

 「高千穂神楽では三十三番の舞が順に舞われる」…というのが一般的認識だ。多くの観光客は観光関係の施設などで番付表を手に入れ、そこに書かれた「三十三番」を鵜呑みにしたまま神楽宿にやってくる。そして、戸惑うことになる。

 番付表の内容をちょっと詳しく見ていこう。手元に4つの番付表がある。いずれにも33の演目が順番に記されている。

例1.高千穂町が製作し各所を通じて配布されている資料(番付表、そのシーズンの予定表、地図が裏表に印刷されたもの。制作者不詳)。観光客が一番手にしやすいものだが、内容は三田井地域(高千穂町の中心部)向けになっている。ここでは2001〜2002年版を参照。

例2.天岩戸神社が発行し岩戸地域各地の夜神楽で配布される番付表。2001年11月に下永之内の神楽宿で入手したものを参照。

例3.2002年2月に開催された高千穂町田原の上田原神楽のための当年専用の番付表。同神楽宿で入手したものを参照。

例4.高千穂町向山尾狩地区の山中神楽のために独自に用意された番付表。2002年1月に神楽宿で入手したものを参照。

  例1・三田井地域向け 例2・岩戸地域向け 例3・上田原神楽 例4・山中神楽
         
彦舞(ひこまい) 太殿(たいどの) 御光屋(みこや) 彦舞
太殿(たいどの) 神降(かみおろし) 彦舞(ひこまい) 御小屋の舞
神降(かみおろし) 鎮守(ちんじゅ) 神降し(かみおこし) とうせい
鎮守(ちんじゅ) 杉登(すぎのぼり) 鎮守(ちんじゅ) 鎮守
杉登(すぎのぼり) 地固(ぢがため) 杉登り(すぎのぼり) 杉登
地固(ぢがため) 幣かざし(ひかざし) 袖花(そではな) 山中様
幣神添(ひかんぜ) 弓正護(ゆみしょうご) 地固(じがため) 神降
武智(ぶち) 住吉(すみよし) 幣神添(へいかんぜ) 地固
太刀神添(たちかんぜ) 岩くぐり(いわくぐり) 沖逢(おきえ) 荒神
10 弓正護(ゆみしょうご) 袖花(そでばな) 太刀神添(たちかんぜ) 住吉
11 沖逢(おきへ) 柴のり(しばのり) 住吉(すみよし) 八つ鉢
12 岩潜(いわくぐり) 地割(ぢわり) 火の前(ひのまえ) 大神
13 地割(ぢわり) 本花(ほんばな) 四人武智(よにんぶち) 岩潜り
14 山森(やまもり) 五穀(ごこく) 山森(やまもり) 座張り
15 袖花(そでばな) 七奇神(しちきじん) 柴荒神(しばこうじん) 五つ天皇
16 本花(ほんばな) 御神体(ごしんたい) 弓正護(ゆみしょうご) 武知の舞
17 五穀(ごこく) 蛇切(じゃきり) 地割(じふり) 杵の舞
18 七貴神(しちきじん) 八鉢(やつばち) 五穀(ごこく) 田植神楽
19 八つ鉢(やつばち) 武智(ぶち) 杵舞(きねまい)・御神体(ごしんたい) 箕舞
20 御神体(ごしんたい) 四人鎮守(よにんちんじゅ) 本花(ほんはな) 山森
21 住吉(すみよし) 火の前(ひのまえ) 岩潜り(いわくぐり) 山神
22 伊勢神楽(いせかぐら) 太刀かざし(たちかざし) 七鬼神(しちきじん) 弓正護
23 柴引(しばひき) 置絵(おきえ) 武智神添(ぶちかんぜ) 沖逢
24 手力雄(たぢからお) 大神(だいじん) 八鉢(やつばち) 注連口
25 鈿女(うずめ) 山森(やまもり) 大神(だいじん) 伊勢
26 戸取(ととり) 柴引(しばひき) 柴引き(しばひき) 岩戸大力男
27 舞開(まいひらき) 伊勢(いせ) 伊勢神楽(いせかぐら) 鈿女
28 日の前(ひのまえ) 手力(たちから) 手力男(たじから) 柴引
29 大神(だいじん) 鈿女(うずめ) 鈿女(うずめ) 戸取り
30 御柴(おんしば) 戸取(ととり) 戸取り(ととり) 手力男
31 注連口(しめぐち) 舞開(まいひらき) 舞開(まいひらき) 日の前
32 繰下し(くりおろし) 繰下(くりおろし) 注連引き(しめひき) 繰下し
33 雲下し(くもおろし) 雲下(くもおろし) 雲降し(くもおこし) 雲下し

 ちなみに、表中の青字は「式三番」とよばれるもので、一般には「神降」・「鎮守」・「杉登」の3つを指す(山中神楽の個性的な「式三番」については別項参照)。例1の番付表では、「式三番」を含む1〜7番を「よど(宵殿)七番」としている。「式三番」や「よど七番」は、全三十三番の中でも最も重要な演目と考えられており、略式の「日神楽」などではこの部分だけを舞うらしい。

 また赤字は「岩戸五番」(実際には6〜7番あったりする)と呼ばれる演目。「柴引」・「伊勢神楽」・「手力雄」・「鈿女」・「戸取」・「舞開」の6番をこれと考える地区が多いようだが、一様ではない。表記や順番にも差異がある。一般にはちょうど夜明け前後の時間帯で、これは「アマテラスが岩屋から出てきてくれて世界が再び明るくなった」という神話のシーンの演出として、夜明けを利用している言われている。

 

 それはともかく、本題。上記番付表4例を比較しただけで、番付というのが地域ごとにずいぶん違うのが理解できるだろう。もともと口伝で伝わってきたものなので、演目のタイトル表記の細かい違いは気にしなくてもよいのだが、明らかに異なる演目もある。

 実際のところ、基本となる番付順も演目内容も、地区ごとに違うと思ったほうが良い。したがって例3、例4のようにその地区専用の番付表ならともかく、例1、例2のような広域向けの番付表は、「だいたい、こんな感じです」という程度のものでしかない。

 さらにその時々の都合で番付順が急に変更されることさえある。上述の「式三番」や「よど七番」を含んだ序盤の部分、そして「岩戸五番」以降の最後の部分はあまり変更はされないようだが、中盤の番付は急な変更も日常茶飯事。舞人の楽屋では「おい、次は何やる?」なんて会話が当たり前に交わされている。番付順というのはもともと確定されたものではないのだ。

 それに「三十三番」についても…実は、もともと演目が33そろっていない地区もある(そういう地区ではオリジナルの番付表は配布されないものだ)。あるいは、舞人の人手不足、ベテランの急な欠席、スケジュールの都合などの事情で一部の演目が省略されるのも、別に珍しいことではない。また近年は後継者育成の一環として子供たちに神楽舞の練習をさせる地区が多いが、練習に参加した全員に舞を披露してもらう、などの理由で「番外」を加えることも珍しくない。

 実際のところ、栗原が夜通し取材した地区のうち、本来の内容で三十三番の舞が奉納されたのは、むしろ一部の地区でしかない。「高千穂神楽は三十三番の舞が舞われる」…これ自体が先入観に基づいた誤解でしかないのだ。

 「三十三」という数は「三十三天・二十八宿・陰陽五行…」から来ている、ともいうが、はっきり言って、栗原にとってはこの説明自体が意味不明。高千穂神楽に限らず日本各地の「神楽」では「三十三番」というのが標準的なのかもしれないが、「三十三番」でなければならない理由は不明だし、実際そうでない例は宮崎県内だけでも少なくはない。


 さらにはもっと根本的な問題として、「番付」の数え方が地区によって一様ではない。ほぼ同じ内容の舞を、ある地区では1番として数え、他所では2番以上に分けて数えたりする。逆に、普通は別の舞として数えるものが、抱き合わせで1番と数えていた例もあった。むりやり「三十三番」に合わせたのではないか?と思われる地区も現にある。

 また番付表で連続する複数の演目が、実際の舞では融合して区切りがよく分からないこともある(特に「岩戸五番」以降の終盤の部分に多い)。結局のところ、何をもって「ひとつの番付・演目」なのか?その疑問に答えられる者などいないだろう。

 私見ではあるが、結局のところ夜神楽で本当に大切なのは「33」という番付の数よりも、「集落が一丸となって、夜を徹して舞い続けること」なのではないかと思う。少なくとも、拝観する側のカグラーが「番付表」とか「三十三番」とかにこだわってもあまり意味がないのだ。その地区ごとに、その年ごとに、それぞれの「番付」がある、くらいに思っておこう。

 さて、番付表には「命付け(みことづけ)」という項目が掲載されていることがある。それぞれの舞を最初に舞った神様、あるいは、神楽宿に降臨して舞人(ほしゃ)と同化して舞う神様の名前が各番付ごとに示されたものだ。多くは日本神話に登場する神々の名が付けられているが、神話に登場しない正体不明の神様もいるとか。でも、神楽と日本神話との関わりに付いては、また別項で(高千穂神楽と日本神話の謎)

 もう一つ付け加えておくと、いわゆる「夜神楽」=「夜神楽奉納行事」というのは、上記の演目の舞を舞って全てが終わるわけではない。他所から来たカグラーたちには見えにくい部分で、きちんと手順を踏んで行事が進む。そういった日程全体のことは、これまた別項で(日程の謎)


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