「高千穂神楽の夜は永く」 高千穂神楽の謎(初歩的な…)

舞人の謎


 高千穂神楽では神楽を舞う舞人(舞い手)を「ほしゃ」と呼ぶ。敬称「〜どん」(=〜殿)をつけて「ほしゃどん」とも言う。今日「奉仕者」の字を当てられることが多い(他に「祝者」など)が、神仏習合の時代が長くあったことを考えると「法者」に由来するのではないかと思う。古くは「願祝子(がんほり)」と呼んだようだ。

 それはともかく、神楽を舞う「ほしゃ」とはどんな人たちであるのか?その素性は…地元の農家の人や大工さんや土建屋さんや店員さん…といった、言ってみれば普通のおじいちゃん、オジちゃん、お兄ちゃんたちである。経験の長短、得手不得手の差はあっても、誰一人として「プロほしゃ」は存在しない。

 

 岩戸在住の「ほしゃ」佐藤訓生さん(写真左は2002年11月上永之内神楽にて)。普段はガソリンスタンドに勤めている。人手不足のため地元地区だけでなく岩戸地域の各地の夜神楽・日神楽で「ほしゃ」を務める。(撮影協力;竹尾石油店)

 

 ただし、高千穂神楽の世界はもともと厳しい「女人禁制」の禁忌があった。このため、今日でも「ほしゃ」は男子のみとなっている。(詳しくは「高千穂神楽と女性の謎」参照)。

 地元の普通の男性が「ほしゃ」になると言っても、誰でもいきなり神楽を舞えるわけではない。日頃から舞の修練が必要だ。基本パターンは似たものが多いとは言え、舞の種類は33。それに「ほしゃ」の役割は舞だけではなく、笛・太鼓の楽奏各種の彫り物・御幣・注連など飾り物小道具の製作など覚えるべきことは多い。だから、一つ一つを覚えて行きながら、何年も何十年もかけて一人前の「ほしゃ」になるのだそうだ。

 こうなると、誰でも気軽に「ほしゃ」となれるわけではない。それでも、かつて人口のほとんどが農家で、しかも他に娯楽もなかった時代であれば、「ほしゃ」が若者たちの憧れの的であったろうことは容易に想像できる。各戸の長男しか「ほしゃ」となる資格がなかった、という話も聞いた。当時は「ほしゃ」に事欠くことはなかっただろう。

 だが、現在では志願して各地区の「神楽保存会」の門を叩いた者だけが「ほしゃ」となる。そもそも農民・農村の祭である「夜神楽」であるから、サラリーマンの志願者は少なく、都市化が進んだ町の中心部では「ほしゃ」がほとんどいないのが現状らしい。今日、「ほしゃ」は絶対的人手不足となっている地区が多いのだ。

 その一方、夜を徹して神楽を舞い通すためには、通常20人くらいの「ほしゃ」を必要とするというから大変だ。そこで良く行われているのが、近隣の地区の「ほしゃ」に応援を求めて夜神楽を開催する方法だ。ある地域で「ほしゃ」を務める知人によると、その地域で開催される複数の地区の夜神楽では、「ほしゃ」のメンバーはほとんど同じだという。つまり、複数の地区にまたがる地域全体から「ほしゃ」を集めて、やっと夜神楽1回分、1チーム分の人数となる状態、というわけだ。

 最近は後継者育成の努力が実って、小中高校生の「ほしゃ」も多くなった。学校のクラブで練習して本番夜神楽では「番外」で披露する、という例もあるし、一人前に番付を任される少年達もいる。彼らが高千穂神楽の将来を担っていることは間違いない。

 2002年1月の河内神楽では、二人の小さな子供たちが「杉登」の舞を任された。

 さて、一つの夜神楽を開催する「ほしゃ」のチームには、責任者となる「元締め」(老練の「ほしゃ」が務める)を筆頭にいろいろな役割分担があるようだが、これは「ほしゃ」たちのごく内輪の話なので、ここでは省略。

 ただ、各舞の中での役割分担のことは、カグラーも知っていて損はないだろう。同時に複数の舞人で舞うとき、その中でもちゃんと序列が決まっていて、筆頭者がリーダーとしてその舞を引っ張るのだそうだ。その舞を最も熟知した「ほしゃ」ということだろう。経験の浅そうな若い「ほしゃ」が、ベテランの「ほしゃ」にリードされながら舞う姿というのも、ほほえましいものだ。とくに複数で舞う神面舞である「五穀」や「七貴(鬼)神」の舞は、未熟な若い「ほしゃ」の登竜門にもなっているようだ。

 そして、年齢差が四世代にもわたる「ほしゃ」たちが、「夜神楽」という一つの目的のために一丸となる姿は、都会の核家族で生まれ育った者として、本当にうらやましく思う。

 

 蛇足だが、一部地区では「七貴(鬼)神」の舞に登場する子神の一部をシロートの男性(一部地区では女性も可)に舞わせる風習がある。これは「ほしゃ」以外の者が本番で神楽を舞える例外的な場面だと言って良いだろう。

 また舞うわけではないが、一部の地区では「岩戸五番」で幼児を登場させる。「戸取」の舞で岩戸が開かれる場面では、一般には神社の御神体などでアマテラスの出現を表現するが、ここに幼児がアマテラスとして登場するわけだ。その扮装からてっきり女の子だと思っていたが、これも男の子らしい。いずれにせよ、なかなか微笑ましい演出だと思う。


 注:本文にある通り神楽ではいくつかの役割をはたす舞人=「ほしゃ」だが、このサイトでは各演目の中での担当について言うときは、便宜上、舞う「ほしゃ」を「舞い手」、囃子を演奏している「ほしゃ」を「楽師」と表現している。各個の得手不得手はあるにしても、それぞれの役割は専従ではない。


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