(歳神社)
| 拝観日 | 場所 | 備考 |
| 2002/12/7-8 | 神楽の館 | 全日程拝観 |
2002年12月7日〜8日(「自然派宣言!/クマ探し日記」より抜粋)
また雨の終末になった。今夜は町内3地区で夜神楽が開催されるが、僕は地元・岩戸地域の地区を選んだ。昼過ぎ、僕の自宅からちょうど川向こうに位置する神楽宿へ。天候の関係か、準備が少々送れているようだった。
ここの神楽宿は、夜神楽専用に作られた建物だ。かつては他の地区同様、持ちまわりで民家を神楽宿にしていたらしいが、隣の日之影町で取り壊されそうになっていた古い民家を譲り受けて移築し、最小限の改良を加えて夜神楽のための施設にしたという。一般に「民家で夜神楽」というと風情のある民家を想像するだろうが、実際には家人の生活上の理由から内外装を大きく手直しされているのが普通だ。外装はともかく、中は古い民家の真っ黒な梁や柱がそのまま生かされているこの施設ではかつての伝統的民家で開催されていたころの夜神楽の風情を味わう事ができる。
この地ではすでに知人・顔なじみも多く、初対面でも地元の人なら「クマ探し屋」のことは大抵知っているようだ。それに先週地元紙D紙に掲載された「高千穂神楽の多様性」というエッセーを読んで下さっていた方もいた。舞人の多くは前週とほとんど同じ顔ぶれで、そのうち一人はもともとよく知っている人である。そんなこともあってか、僕は「地元民」の一人としてリラックスして神楽宿に腰を据える事が出来た。神様を神楽宿にお招きしての最初の神事では、「一般拝観者代表」で「玉串奉納」デビュー。
名古屋からのTV取材と宮崎市のビデオプロダクションで2台のTVカメラが並んだ。さらに夜神楽が本格的にスタートするころには観光客も多くなった。マナーという点では、取材者や観光客の行動に気になる部分もいくつかあったが、観光化が進むほど、そういった問題が増してくる。これは最近よく指摘されていることで、ある意味「高千穂神楽」の今後の方向性が問われている、ということでもあろう。
さて、前週と2週続けて岩戸地域の夜神楽(「岩戸神楽」と総称される)を拝観したわけだが…前週の夜神楽との差異は小さいが、地域全体で比較的独自性が強く、他の地域との差異が明確である、との印象を受けた。
冷え込みは比較的緩かったが、朝には天候も回復した。朝10時前に全日程が終了。僕も19本のフィルムで撮りおえた。
(後略)

スサノオが太刀を振りかざして大蛇に立ち向かう「蛇切」
| 番付表 | 実際の順番 | ||
| 1 | 太殿(たいどの) | 1 | 太殿(19:30頃開始) |
| 2 | 神降(かみおろし) | 2 | 神降 |
| 3 | 鎮守(ちんじゅ) | 3 | 鎮守 |
| 4 | 杉登(すぎのぼり) | 4 | 杉登(前半) |
| 入貴神 | |||
| 杉登り(後半) | |||
| 5 | 地固(ぢがため) | 5 | 地固 |
| 6 | 幣かざし(ひかざし) | 6 | 幣かんぜ |
| 7 | 弓正護(ゆみしょうご) | 7 | 弓正護 |
| 8 | 住吉(すみよし) | 8 | 住吉 |
| 直会(夜食) | |||
| 9 | 岩くぐり(いわくぐり) | 9 | 岩くぐり |
| 10 | 袖花(そでばな) | 10 | 袖花 |
| 11 | 柴のり(しばのり) | 11 | 御神体 |
| 12 | 地割(ぢわり) | ||
| 13 | 本花(ほんばな) | 12 | 本花 |
| 14 | 五穀(ごこく) | 13 | 柴のり |
| 15 | 七奇神(しちきじん) | 14 | 七貴神 |
| 16 | 御神体(ごしんたい) | ||
| 17 | 蛇切(じゃきり) | 15 | 蛇切 |
| 18 | 八鉢(やつばち) | 16 | 八鉢 |
| 19 | 武智(ぶち) | 17 | 武智 |
| 20 | 四人鎮守(よにんちんじゅ) | 18 | 四人鎮守 |
| 21 | 火の前(ひのまえ) | ||
| 22 | 太刀かざし(たちかざし) | 19 | 沖逢 |
| 23 | 置絵(おきえ) | 20 | 大神 |
| 24 | 大神(だいじん) | 21 | 火の前 |
| 25 | 山森(やまもり) | 22 | 山森 |
| 直会(朝食)・休憩 | |||
| 26 | 柴引(しばひき) | 23 | 柴引 |
| 27 | 伊勢(いせ) | 24 | 伊勢 |
| 28 | 手力(たちから) | 25 | 前の手力男命舞 |
| 29 | 鈿女(うずめ) | 26 | 鈿女命舞 |
| 30 | 戸取(ととり) | 27 | 戸取の舞 |
| 31 | 舞開(まいひらき) | 28 | 舞開 |
| 32 | 繰下(くりおろし) | 29 | 繰下 |
| 33 | 雲下(くもおろし) | 30 | 雲下(9:45頃終了) |
番付表は天岩戸神社が製作した岩戸地域広域向けのもの。ここでは「五穀」「太刀神添(太刀かざし)」「地割」が省略された。
同じ岩戸の上永之内地区にも共通した(岩戸神楽の)特徴に気付いた。比較的目立つ他地域(特に三田井地域)との違いのみを以下に挙げておく。
一般に「1番」である「彦舞」はなく、「みこうやほめ」からそのまま「1番・太殿」へ切れ目なく移行する。
中盤に「蛇切」がある(これは他地域にはない)。
序盤に素面舞が集中し、神面舞は中盤以降に多く、「素面舞(前半)・神面舞・素面舞(後半)」の形式は「杉登」以外には見られない。
その中盤(夜食〜朝食)には多少順序の入れ替えや時間の都合による省略(演目そのものや舞の内容の省略)がある。だが、全般に変更は少ないと思う。中盤最後の「山森」(素面四人舞のみ)はこれが定位置のようだ。確認はしていないが中盤最初の「岩くぐり」も同様だと思う。
「シシ」が登場するのが「山森」ではなく「住吉」である。
「カマド神事」が行われるのは「地割」ではなく「火の前」である。
「八鉢」には逆立ちなどの軽業はなく(逆立ちをしようとするが、出来ずに転ぶ…ような所作がある)、男根(ここでは木彫りのリアルなモノ・上永之内では大根を代用)を振りながら見物客の女性にからむ「かまけわざ」がある。また、頭巾ではなく、頬かむりをしている。
衣装のうち、「被り物」は素面舞の鉢巻、神面舞の「どっさり」一部「頬かむり」があるだけで、他地域に多い「烏帽子」「毛笠」は一切ない。
なお今回「山森」では、舞手の一人が後半幼児を抱きかかえて舞うシーンがあったが、この子はその舞手の実子で、何も毎回そのようなことをしているわけではないとのこと。一種の「アドリブ」である。このような事が許されるのも、この地の夜神楽が「伝統芸能」としてではなく「村祭」として伝承されてきている証であろう。
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