「高千穂神楽の夜は永く」 高千穂神楽の謎(初歩的な…)

鬼八伝説と猪掛祭の謎


 高千穂神楽といわゆる「日本神話」との関係については別項で紹介させてもらった。だが、高千穂神楽を語るとき、避けて通れないもう一つの「神話」がある。それが高千穂に伝わる「鬼八伝説」だ。

鬼八伝説

 (近畿東征から)帰郷したミケヌ(三毛入野命。後に神武天皇となるカムヤマトイワレヒコの兄で、高千穂神社の祭神)は「アララギの里」に居を構えた。

 同じ頃、二上山の洞窟に住んでいた「荒ぶる神」鬼八(きはち)は山を下り、美しい姫・ウノメ(鵜目姫。祖母岳明神の孫娘)をさらってアララギの里の洞窟に隠した。

 ある時水面に映し出されたウノメの姿に助けを求められたミケヌは、他にも悪行を繰り返す鬼八の討伐を決意し、四十四人の家来を率いて鬼八を攻めた。鬼八は各地を逃げ回った挙句、二上山に戻ろうとしたところでミケヌらに追い詰められ、ついに退治された。しかし、鬼八は何度も蘇生しようとしたため、亡骸は3つに切り分けられ別々に埋葬された。

 救出されたウノメはミケヌの妻となり8人の子をもうけ、その後代々高千穂を治めた。

 ところが、死んだ鬼八の祟りによって早霜の被害が出るようになった。このため、毎年慰霊祭を行うようになった。

 この慰霊祭ではかつて乙女を人身御供としたが、娘をふびんに思った戦国時代の城主・甲斐宗摂の命により、イノシシを代用することとなった。

 今でも鬼八が埋葬されたとされる3つの「鬼八塚」(「首塚」・「手足塚」・「胴塚」)が残り、また他にこの伝説に縁のある史跡として二上山の「乳ヶ岩屋」、ウノメを隠したとされる「鬼ヶ岩屋」、鬼八が投げた大岩とされる「鬼の力石」(高千穂峡)、上野地区の「鬼切畑」には鬼八に切りつけた跡が残るとされる「鬼切り岩」…などが多く伝わっている。また、「アララギの里」とは、現在の高千穂神社のあたりの事とされている。

 この鬼八伝説、単純に聞けばよくありがちな「おとぎ噺」だが、一説には往古の先住豪族vs大陸系民族の抗争が描写されていて、その先住民族の末裔たちがこの地方独特のある姓を名乗る人々ではないか…とも言われている。まるで史実かのように各地に残る関連史跡も、この神話が単なる「伝説」ではないことを物語っているのかもしれない。かつてこの地で壮絶な大河ドラマが繰り広げられた…のだろうか。

高千穂神社本殿の横には鬼八退治を表した彫像が残っている。

 

 さて、この伝説自体に高千穂神楽の話が出てくるわけではないが、問題は「慰霊祭」だ。

 この伝説の中で始まったとされる鬼八の慰霊祭も今日に伝わっている。旧暦12月3日に高千穂神社で執り行われる「猪掛祭(ししかけまつり)」がそれだ。現在この祭は、3つの鬼八塚での慰霊祭のあと、高千穂神社拝殿での「笹振神楽」の奉納、という段取になっている。

鬼八塚での祭式

 

 ここで行われる「笹振神楽(ささふりかぐら)」は、祭壇に向かって立ったまま、笹の束を持った両手を振るだけのシンプルな舞い。笛・太鼓の囃子は一般の神楽とほとんど同じだが、足は動かさず笹の振り方も単調。夜神楽にはないこの「笹振り」が、より複雑な神楽舞の起源(の一つ)であろうと考えられている。実際に見ると、神官が御払いでやる「大玉串」を振る仕草にも近い。

 この笹の束も、神楽舞で使われる各種「採り物」(「小道具の謎」参照)の起源と考えられるだろう。振るたびに笹の葉が擦れ合って立てる音を強調したものが鈴、左右に振るの動きを強調したものが「御幣」や「大玉串」…というのも、あながち無理な類推でもなさそうだ。

「笹振り神楽」を舞う宮司(高千穂神社本殿にて)

 

 この祭では、祭壇にはイノシシが丸々1頭供えられる。かつては鬼八塚の前に枠を組み、そこに引っ掛けるようにして供えられたため、「猪掛祭」の名があるようだ。ちなみに他地域の神事にも、猪や鹿を綱で縛って吊り下げる様式が残っているらしい。

 このイノシシの供え物は、上記の通り伝説では「かつて若い娘を人身御供にした名残」ということになっている。ただ、似た形式で狩の獲物を供える風習は他地域にもあるのだから、「人身御供の代用として…」というのは、もしかしたら名主・甲斐宗摂の人徳を示す逸話として後付けされたのかもしれない。

 むしろ、古来から伝わる山(狩猟)の神への感謝と祈りの儀式が、後に鬼八伝説と結びついたのではないかと思っている。

供えられた大物のイノシシ

 古事記の「岩戸神話」でも、アマノウズメが舞う時に手にしていたのは笹の束ということになっている。高千穂神楽の原点とも言える原初的な祈りの作法が、「笹振り」としてここに伝えられているとみてよさそうだ。


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