(御霊神社)
| 拝観日 | 場所 | 備考 |
| 2003/1/11-12 | 平成センター | 全日程拝観 |
2003年1月11日〜12日(「自然派宣言!/クマ探し日記」より抜粋)
穏やかな天気の週末になった。今日は、年明け最初の夜神楽取材。寒波の襲った先週のような天気でなくて、本当によかった。
この日は町内2ヶ所で夜神楽が開催される。この内1ヶ所は昨年全日程を取材しているので、他方を取材する事にした。神楽宿となる地区の公民館を訪れると、舞人たちは身支度のために帰宅した後。残っていた数人の関係者に挨拶すると、すぐに「あっ、あの!」と、僕の身元に思い当たったようだ(もう、神楽宿でも悪い事は出来ない…)。
まだ、他に来客がなかったからか、内注連など飾り着けの写真を撮ろうとした僕に、木箱に納まった神面も手元で見せてくれた。木箱には意外にも四つの神面が納まっていた。二つはこの地区の氏神を表徴する神面で、新旧二つ。代がわりしたそうで、似てはいるが古いほうは他ではあまり見ない無骨な風貌だった。他に古い男女二神の面。これも相当古い神面のようだが、一般的な神楽面より小ぶりで、上品な顔立ち。明らかに能楽面に近い作りのものだった。残念ながら製作年代などは判らず。
3時半頃に始まった神社での宮神楽、そして「道行き」を追いかけ、夕方からの神楽舞いを最前列から撮影。隣には神楽の音楽を調べに来たという女子大生(お母さん同伴により、悪さはしておりません)。幸い観光客は少なめで、「身動きが取れない」というほどの状態にはならなかった。そして、間口も閉め切ってあり、あまり寒くないので助かった。
が、あまり寒くなかったせいか、それとも久しぶりの福岡への出稼ぎの疲れか、序盤から眠気を感じた。一脚に固定したカメラを握り締めたまま、ついウトウト…。やはり夜神楽は、ちょっと寒いくらいが良いのかも。
序盤が終わった頃、神棚の木箱から白い「般若」のような神面がうやうやしく取り出された。明らかに特別扱いだが、事前に見せてもらったこの地区の「氏神さま」とは全くの別物。そしてこの面をつけた舞手が、ひとりで舞を披露した。内容は「入貴神の舞」と呼ばれる舞だが、普通これだけで一つの番付を構成する事はない。演目も示されなかった。説明もなかったため疑問は解消せず、後で舞人の一人を捕まえて質問。で、やっと事情が飲みこめた。
実は、この白い神面は、近くの他地区の氏神さまだった。その地区では神楽が廃れてしまったが、「せめて氏神さまにだけは舞ってもらいたい」というその地区の住民の願いにより、二年ほど前からこの地区の夜神楽の席で「番外」でご登場頂くことになったという。僕は気付かなかったが、この舞が披露されている時、その地区の住民たちが連れだって来ていたそうだ。
高千穂の夜神楽は、はた目ほど安穏と維持できているわけではない。この地区も今は夜神楽を開催できているが、すでに民家での開催は断念しているし、舞人の数は明らかに不足している。神楽の開催を断念せざる終えなかった人々の無念の思い。そして彼らの願いを受け入れたこの地区の人々。高千穂の人々にとっての「夜神楽」という行事の重さを、改めて感じることが出来た気がする。
さて、明け方からは前にも増して睡魔と戦いながら、シャッターを押し続けたが、午前9時ごろ終幕。使用フィルムは15本。閉め切られていたから判らなかったが、外は快晴でかなり冷え込んだようだ。女子大生君を駅まで送って帰宅。
(後略)

御霊神社氏神の新旧の神面。左が当代の氏神面(「杉登」)だが、先代の面も現役(右・「五穀」)。

他の地区の氏神面が登場(番外「入貴神」)
2003年1月11〜12日の丸小野神楽(番付順)
| 番付表 | 実際の順番 | ||
| 1 | 彦舞 | 1 | 彦舞(17:00ごろ開始) |
| 2 | 太殿 | 2 | 太伊殿 |
| 3 | 神降 | 3 | 神おろし |
| 4 | 鎮守 | 4 | 鎮守 |
| 5 | 杉登 | 5 | 杉登(前半) |
| 入貴神 | |||
| 杉登り(後半) | |||
| 神事・直会(夕食) | |||
| 6 | 地固 | 6 | 地固め |
| 7 | 幣神添 | 7 | 幣神添 |
| 8 | 武智 | 8 | 本花 |
| 番外 | 鎮守?(子供舞) | ||
| 番外 | 入貴神 | ||
| 9 | 太刀神添 | 9 | 弓刄添(たちかんぜ) |
| 10 | 弓正護 | 10 | 八つ鉢 |
| 11 | 沖逢 | 11 | 住吉 |
| 12 | 岩潜 | 12 | 五穀 |
| 13 | 地割 | 13 | 御神體 |
| 夜食 | |||
| 14 | 山森 | 14 | 沖逢 |
| 15 | 袖花 | 15 | 七貴神 |
| 16 | 本花 | 16 | 地割 |
| 17 | 五穀 | 17 | 武知 |
| 18 | 七貴神 | 18 | 山森 |
| 19 | 八つ鉢 | 御神酒 | |
| 20 | 御神体 | 19 | 岩潜 |
| 21 | 住吉 | 朝食・御神酒 | |
| 22 | 伊勢神楽 | 20 | 柴引 |
| 23 | 柴引 | 21 | 伊勢神楽 |
| 24 | 手力雄 | 22 | 大力男の舞 |
| 25 | 鈿女 | 23 | うずめの舞 |
| 26 | 戸取 | 24 | 戸取の舞 |
| 27 | 舞開 | 25 | 舞開き |
| 28 | 日の前 | ||
| 29 | 大神 | ||
| 30 | 御柴 | ||
| 31 | 注連口 | ||
| 32 | 繰下し | ||
| 33 | 雲下し | 26 | 雲下し(9:00ごろ終了) |
配布された番付表は高千穂町製作の三田井地区向けのもの。内容も概ね三田井地区などに多い形式に沿ったもの。
飾り付けで特徴的なのは、外注連がないこと。前庭がほとんどない神楽宿(公民館)の立地によるものかもしれないが、狭い庭しかなくても小さな外注連を作る他地域の例を考えると、もともと外注連を立てる習慣がなかったのかもしれない。同時に「みどりの糸」「乗り柴」もなく、番付の「御柴」や「繰り下し」などの省略、また本文にある通り間口を閉め切っていた(「戸立て」)のも、これに伴うものだろう。
「みこうやほめ」の唱教に相当するものはなかった。「太伊殿」の序盤で唱教があったのみ。
番外が二つ挿入された。子供舞は、まだ未熟で未完成状態の二人舞(たぶん「鎮守」だろう)。幼い2人の舞に暖かい笑い声と「おひねり」が飛んだ。2つ目の番外「入貴神の舞」は本文にある他地域の氏神を招いてのもの。
「弓刄添」と紹介された番付は、「たちかんぜ」だそうだ。内容は確かに太刀を使った「太刀神添」で、弓矢は登場しなかった。「弓正護」がなかったが、もしかしたら、両者(同系統の舞とされている)が統合されているのかもしれない。
御神體では、先導として他地域にも見られる神官のほか、男女2神が冒頭に登場。これらは「命付け」では鶺鴒(せきれい)となっていた。
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