(山中神社)
| 拝観日 | 場所 | 備考 |
| 2002/1/19-20 | 甲斐某氏邸 | 全日程拝観 |
注記…このホームページでは、町内各地区の神楽をそれぞれの地区名を冠して「〜〜神楽」と表現する慣例にしたがっている。それに倣えば、ここでは「尾狩神楽」となるのだが、実は、この地の夜神楽は伝統的に同町の旧狩底、尾峰地区(現・尾狩地区)、さらに対岸の旧乙女、草仏地区(現・日之影町乙草地区)の四集落の合同行事として開催され、ただし神楽宿には旧狩底地区の民家が使われている。このため、ここではこの地の夜神楽を、地名ではなく氏神の名を冠して「山中神楽」と表記することにした。
2002年1月19〜20日(「自然派宣言!/クマ探し日記」より抜粋)
曇り空の天気。少し朝寝をした後、昼頃から出かける。この週末も夜神楽の取材だ。この日は高千穂町南部の夜神楽を訪ねてみることにした。山中を走りなれているはずの僕が心細くなるほど狭い山道を延々と進み、少し迷った後に辿り着いたのは、山間部の小さな集落だった。明らかに早すぎる来客だったようで、若い「ほしゃ(舞い手)」が舞の練習をしていた。
高千穂町内の夜神楽を全日程取材するのはこれで3回目。一部参観しただけのところを含めると5地区の夜神楽を拝見した。総称として「高千穂夜神楽」の呼称がしばしば用いられるが、その内容は一様ではなく、地域ごとに特色がある。今回の地区も「氏神」に神仏習合の名残が強く見られる点や、一部の舞(番付)が独特であること、番付の進行に独自のパターンがあることなど、とても興味深く拝見。他の地域では神楽宿の間口は普通開放されたままの所が多いが、ここでは朝必要なときに開いただけ。それに見物客に対する夕食や夜食の賄いも手厚かった。お陰で極寒に凍えたり、空腹に悩まされる事はなかった。睡魔と戦いつつ、何とか15本のポジフィルムで撮影完了。
高千穂夜神楽という伝統芸能は「固定化されたもの」であるかのような印象を受けるかもしれないが、実際には集落ごとの多様性に富み、ある面保守的ではあるが、またそれぞれが常に進化・変化の途上にある。そして、その多くが消滅の危機に瀕している。単に文献や画像に残すとかだけでは不充分で、その行事が地域の生活の中で「生きている」事に本当の価値がある。そう考えると、こういった伝統芸能の保存問題は、希少野生生物の保護問題と何か共通しているようだ。
(後略)
山中神社の「御神体」。神仏習合の名残が強く残る。
田植え神楽の1シーン。この他にも「田植え娘」に扮したほしゃたちの舞など。
激しい動きを繰り返す「座張り」
2002年1月19〜20日の山中神楽(番付順)
| 番付表 | 実際の順番 | ||
| 1 | 彦舞 | 1 | 彦舞(18:00開始) |
| 2 | 御小屋の舞 | 2 | 御小屋の舞 |
| 3 | とうせい | 3 | とうせい |
| 4 | 鎮守 | 4 | 鎮守 |
| 5 | 杉登 | 5 | 杉登(前半) |
| 6 | 山中様 | 6 | 山中様 |
| 杉登(後半) | |||
| (夕食) | |||
| 7 | 神降 | 7 | 神降 |
| 8 | 地固 | 8 | 地固(前半) |
| 9 | 荒神 | 9 | 荒神 |
| 地固(後半) | |||
| 10 | 住吉 | 10 | 住吉 |
| 11 | 八つ鉢 | 11 | 大神(前半) |
| 12 | 大神 | 12 | 田植神楽 |
| 13 | 岩潜り | 13 | 杵の舞 |
| 14 | 座張り | 14 | 箕舞 |
| 大神(後半) | |||
| (夜食) | |||
| 15 | 五つ天皇 | 15 | 岩潜り(前半) |
| 16 | 武知の舞 | 16 | 座張り |
| 岩潜り(後半) | |||
| 17 | 杵の舞 | 17 | 五つ天皇 |
| 18 | 田植神楽 | 18 | 武知の舞(前半) |
| 19 | 箕舞 | 19 | 八つ鉢 |
| 武知の舞(後半) | |||
| 20 | 山森 | 20 | 山森(前半) |
| 21 | 山神 | 21 | 山神 |
| 山森(後半) | |||
| 22 | 弓正護 | 22 | 弓正護 |
| 23 | 沖逢 | 23 | 沖逢 |
| 24 | 注連口 | 24 | 注連口 |
| 25 | 伊勢 | 25 | 伊勢 |
| 26 | 岩戸大力男 | 26 | 岩戸大力男 |
| 27 | 鈿女 | 27 | 鈿女 |
| 28 | 柴引 | 28 | 柴引 |
| 29 | 戸取り | ||
| 30 | 手力男 | 29 | 戸取り・手力男・日の前 |
| 31 | 日の前 | ||
| 32 | 繰下し | 30 | 繰下し |
| 33 | 雲下し | 31 | 雲下し(9:00終了) |
番付表は、山中神楽専用のものが用意されていた。三田井地区などとは番付の内容がかなり違う。
「杉登」は他地域では「素面舞(前半)・神面舞・素面舞(後半)」が普通だが、ここでは素面舞のみ。その間に面をつけた「山中様」が割り込む部分は、他の地区の標準的「杉登」の1番分に相当するだろう。この「素面舞(前半)・神面舞・素面舞(後半)」のパターンが中盤の多くの番付に当てはめられているのが特徴。「岩戸五番」の後半部分は各番付が融合しているようで区別が難しい。
番付表では「とうせい」の欄に「式三番の二番目の舞」という説明があり、そうなると式三番は「御小屋の舞」「とうせい」「鎮守」ということになる。ところがこの表にはないが、最初に行われる神社での「宮神楽」で1時間ほどかけて舞われたのは「とうせい」「鎮守」「杉登」「山中様」だったようだ。このうち「杉登」+「山中様」が他所の「杉登」に相当するとなれば、この4番が事実上の「式三番」(他所の「神降」「鎮守」「杉登」)と見て良いだろう。
「御神体」に代わるユーモラスな舞は「田植え神楽」ほか。「田植え神楽」「杵の舞」「箕舞」の3番が「大神」の間に挿入される部分は、おそらく他の(それも農民の)民俗芸能のものがそのまま挿入されたもの、と思う。
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