「高千穂神楽の夜は永く」 高千穂神楽の謎(初歩的な…)

お囃子と歌の謎


 神楽舞は笛・太鼓の演奏=囃子(はやし)にのせて舞われる。一般には見物人席から「神庭」に向かって右手に並ぶのがお囃子の定位置だが、地区や神楽宿の状況によって変る。

お囃子を後ろから見た所。右から太鼓、ガタ打ち、笛。右側が正面の神棚。(2002年11月3日、岩戸神楽三十三番大公開祭にて)

 太鼓は大きな「しめ太鼓」で、丸太を繰り抜いた胴に牛革を張った物が多い。一部、板材を組み合せて筒状にした物もあったが、これは太い材が手に入りにくくなったためだろう。これを向かって右側からのみ2本のバチで打つ。これが独特のリズムを生み出している。

 「ガタ打ち」は、この太鼓の胴の部分を2本のバチで打つもの。「カタカタ…」と比較的単調なリズムを奏でている。最も基本となるリズムを作り出しているのだろう。ガタ打ちは普通、太鼓の胴を直接叩くが、地区によっては胴に固定した木板を叩く。元来は太鼓とは別に用意された独立の板を叩いていた、という説もあるようだ。

尾狩神楽ではガタ打ちが木板を叩いていた。(2002年1月)

 地区によるが、太鼓の神庭側(ガタ打ちの反対側)に手拍子(小型の和式シンバル)がぶら下げてあることも多い。太鼓打ちやガタ打ちの振動に同調して細かい音を立て、リズムの中のアクセントになっている。ただ、ある地区では一部の舞でだけ、手持ちでこれを打ち鳴らしていた。実は、かつてはどこも手に持って奏でていた、とする説を聞いた。

 この他、打楽器として小太鼓(「むらし」)が使われる地区もある。小刻みに軽く打ち鳴らしており、上記の「ガタ打ち」と似た位置付けだと思う。

太鼓の胴に手拍子が下げられている。右の小太鼓が「むらし」で細長いバチで叩いていた。(2002年11月、下野神楽にて)

 笛は通常横笛だが、縦笛も使われる。どちらも竹笛で音色は同じ。これが独特の旋律を繰り返し奏でていく。ただ、笛が演奏されず、打音だけの囃子が続いた状況も、栗原は何度か経験している。笛師の不足なのだろうか?

 ちなみに、演奏しているのは全て舞人(ほしゃ)で、演奏と舞をお互い交代で担っている。ほしゃになるには、楽奏も習得しなければならないというわけだ。もちろん個々の得手不得手はあるようで、特に太鼓は舞い手にとっては舞い易さに影響するようだ。カグラーも耳が肥えれば、それが判るようになる。

 余談だが、ある地区の夜神楽での出来事。ひとりの少年がひとしきり横笛を吹いた後、別の地区から来た(らしい)ベテランが笛を交代した。初心者カグラーにもはっきりとその腕前が判る見事な笛だった。だが何より印象的だったのは、そのベテラン笛師の姿を横で呆然と見つめる少年の(驚きと憧れの合わさったような)表情だった。この少年はいつの日か、立派な笛師となるに違いない。

 囃子も舞によっていろいろな「拍子」を使い分けている。だが、残念ながら音楽の素養のない栗原にはそれを上手く説明できない。ごめんなさい。

 

 定義上「囃子」ではないが、他に「楽器」の一種としては舞い手が使う「鈴(神楽鈴)」がある。取っ手の上に金色の鈴玉が多数房状についたもの。手首でスナップを効かせて振るが、その音で舞い手の習熟度がわかるほど、使い手で音が違ってくる。この鈴には五色の房がついており、金色の鈴とあいまって、舞の視覚的なアクセントとしても重要な役割を果たしている。

鈴を手にした舞。神楽歌を歌いながら舞っているため、口元が開いている。(2002年11月、上永之内神楽「幣神添」)

 

 お囃子とは別に、「神楽歌(かぐらうた)」とか「唱教(しょうぎょう)」と呼ばれているものがある。

 歌と言うか、呪文と言うか、祝詞(のりと)と言うか…とにかく、舞い手が舞ながら歌ったり、楽師が歌ったりする。残念ながら、その内容を予め知っていなければ、文言を聞き取ることは難しいし、神面を被った舞人が歌えば、まともに聞き取ることは出来ない。仮に文言が分かっても、意味不明の台詞も多い。舞によっていろいろな種類があるらしいし、地区によってもバリエーションがあるというが、ここでは詳しくは取り上げない。

 ただある老師の説明では、かつての夜神楽では「祈りの言葉」としての神楽歌が現在より重視されていて、老練の舞人達が朗々と歌い上げる神楽歌に聞きほれたりしたものだ、という。今日では、神楽歌以前に舞の習熟に力を注ぐ傾向が強まっている、ということなのかもしれない。

 

 もう一つ、夜神楽で登場する「歌」として「神楽せり歌」というのもある。これは神楽舞とは別に庭先で行われた「神楽せり」という若者たちの競り合いの行事で歌われていたもので、呪文のような「神楽歌」に対して、より分かりやすく俗っぽい(ときには色っぽい)内容になっている。

 各種資料によると「神楽せり歌」の歌詞は多様だが、中には神楽の舞人を馬鹿にしたような内容も含まれている。この歌を歌いながら「神楽せり」を行っていたのが、舞人でない(舞人になることを許されなかった次男などの)地元の若者や、他地区から来訪した若者たちであったことを考えると、神庭の舞人たちへの一種の挑発であったのかもしれない。

 「神楽せり」はかつては盛んだったようだが、今はほとんど廃れてしまい、これに伴って「神楽せり歌」を耳にする機会も滅多になくなった。だが、ある地区の夜神楽では舞人が「神楽歌」を歌っているときに、同時に楽師が大声で「神楽せり歌」を歌い、迫力ある「歌の競り合い」を演じた。「神楽せり」の名残だろう。

神楽せり歌の歌詞の例

高ちゆ(高千穂)の ほしや(舞人)は

 あかぎれ足に ひねり足袋(※)

  けくじ チンガリバッサリ舞るばい

ほしやどんたちぁ イモ食ち 屁ひっち

 それくれにゃ 舞わにゃ トーキビ団子 スカワリタイ

(※麻製の地下足袋のようなもの)


 注:本文にある通り神楽ではいくつかの役割をはたす舞人=「ほしゃ」だが、このサイトでは各演目の中での担当について言うときは、便宜上、舞う「ほしゃ」を「舞い手」、囃子を演奏している「ほしゃ」を「楽師」と表現している。各個の得手不得手はあるにしても、それぞれの役割は専従ではない。


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