神楽といえば、神面(神楽面)をつけての舞…そういうイメージがあるかもしれないが、少なくとも高千穂神楽はでは、そうとは言えない。実際に本番の夜神楽を見ればすぐに判ることだが、神面をつけて舞われるのは全体の半分くらいで、残りは面をつけないで素顔(素面・すめん)で舞う。素面での舞いは「平手(ひらて)」とも言うんだそうだが、ここでは判りやすいように「神面舞」・「素面舞」の語で統一しておこう。
同じ演目の中に神面舞と素面舞が組み合わされているものも多い。中でも特徴的なのは、素面舞を前後に分け、その間に神面舞を挿入する形式。その代表例が一般に序盤の「式三番」の一つである「杉登」の舞で、途中に入る神面舞は「入鬼(貴)神(いりきじん)」と呼ばれる。また、一部の地域の「幣神添」の舞では途中に「道化荒神(どうけこうじん)」と呼ばれる神面舞が割りこむ。また前後の素面舞と挿入された神面舞を別の演目として「2番」に数える例も各所で見られる。これが顕著なのが向山地域の山中神楽と黒仁田神楽だった。
神面舞と素面舞にどのような意味付けを見出すべきかは、まだ栗原にとっても謎なのだが、人々が神々の降臨を促し、それに応えて神が姿を現す…というプロセスを表していたのかもしれない(神楽舞は全て「神々」の舞ということになってはいるが)。いずれにせよ、両者の組み合わせが高千穂神楽を理解する上で、重要なポイントの一つのように思えてならない。
上記の「入鬼神」が典型だが、神面舞は一人舞のことが多い。まぁ、視界の効かない神面舞で複数の舞人が同時に複雑な動きをすれば、あまり良い結果にならないのは容易に想像できる。例外的に神面5人で同時に舞う「五穀」は、舞人もさぞ大変だろう。わざと初心者を舞手に加えて、そのぎこちない動きで見物人の笑いを誘う地区も多い。逆に神面二人舞の「御神体」で見られる、お互いを見詰め合ったりする夫婦神の豊かな表情は、それが「面」であることを忘れさせるほど見事。
これに対し、素面では2〜4人の舞が基本になる。四人舞の「岩潜」では最後の「舞上げ」は一人舞になる場面があるものの、終始「素面一人舞」の演目は、一般には「伊勢(神楽)」だけだと思う。素面舞は複数の舞人たちが見せる息の合った動きが醍醐味の一つ。「岩潜」の舞で、複数の舞人がお互いの太刀の刀身を握り合って輪を作り、その輪を潜るようにしてたちどころに身を入れ替える場面は、その極致と言えるだろう。
ちなみにある地区で聞いた話によると、素面舞は全ての振り付けが決められていてそれを厳守する事が求められるが、神面舞では舞人のアドリブやオリジナリティがかなり許されているという。地区にもよるのだろうが、あれこれ各地の神楽を拝観した経験から言っても納得いく話だった。
上野黒口神楽の「岩潜」の舞。(2002年11月)
さて、本題の「神面」の話。地区(神社)によって神楽に用いられる神面の種類と数はまちまちだが、普通10個くらいはあるのではないかと思う。町内全体では数百個ともいわれている。そしてどの舞にどの神面を使うかは、ある程度のパターンはあるようだが、全てが厳密に決まっているわけではないようだ。神楽のないときは、これらの神面は普通それぞれの神社に御神体と共に保管されていることが多いようだが、一部には旧家に伝わるものもある。
上田原神楽では16の神面が用意された(2002年2月)。左後方の木箱には神社の御神体が納まっている。
地元の人々、特に舞人(ほしゃ)は神面のことを「おもて様」と呼び、それ自体を御神体として扱う。神楽の最中、使われていない神面は神棚に並べられているが、ほしゃがこれを手に取るときも一礼するなどの作法があるようだ。他にも、榊の葉をくわえたり(息がかからないようにするための作法)、極端な例ではマスクと白手袋をはめた例もある。また、舞の中で神面をつけたほしゃがお神酒を受けるときには、地区にもよるが、神面を外してその面の口元にお神酒を飲ませる仕草を見ることができ、神面単体で神格化されているのがわかる。
特に、各地区にはその地区の「氏神」たる神社の祭神を表徴する神面が一つあることが多いようだ。いうなれば「夜神楽の主賓」で、格別の扱いを受け、神楽舞の要所で使われるのが普通。特に前述の「杉登」の舞の中の「入鬼(貴)神」の舞では、そういった面が使われる事が多い。恐らく、「氏神の出現」を表現しているのだろう。本ページ後半にご紹介してあるものも、そのような重要な位置付けの神面である。
「地割」の舞に伴う「問答」で「神官」から「荒神」が御神酒を受けるシーン。舞人は神面を外し、その口元にお神酒を染ませた白紙をあてがっている。(2001年12月、浅ヶ部神楽にて)
高千穂神楽の神面の多くは、能楽や狂言の面の流れを汲んだ作りになっているといわれる。中には、そのまま能楽面ではなかろうか?とも思える神面もある。古い神面の各個の由来などについては不詳のものが多いが、特徴的なものなどをご紹介しておこう。
岩戸地区で風変わりな神面と対面した。他の神面が正面から見たときに最も映えるように作られているのに対し、この面はより立体的で、横から見たときのほうが映える。形状だけでなく、濃い着色を施されていない点でも、他と一線を画している。その雰囲気からして、他の神面とは異質なものであることはすぐに判った。「尾迫(おさこ)荒神(こうじん)面」と呼ばれるものなのだそうだ。天岩戸神社で開催される「岩戸神楽三十三番大公開祭」や、岩戸五ヶ村地区の夜神楽で対面できる。
その筋の専門家によると…古く中国より伝来した伎楽(ぎがく)という芸能で使われる「崑崙(こんろん)面」の流れを汲むもので、室町時代後期の作…らしい。現存・現役のものとしては高千穂神楽で最古の面とのこと。地元旧家に伝わり「火災から自ら逃れて焼失を免れた」とか、「盗もうとした盗人をこらしめた」とか、近年では「取材記者が写真を撮ろうとしたら、カメラが壊れた」とか、その神威を示すいろいろなエピソードも残るそうな。ちなみに下の写真は、かなり難しい状況での撮影だったため、こんな良いカットが撮れるとは期待していなかった。きっと、尾迫の荒神さまからの「お許し」があったのだろう。
「尾迫荒神面」の独特の形状は伎楽面の特徴のようだ。(2002年11月3日、岩戸神楽三十三番大公開祭にて)
他の一般的な系統の神面としては高千穂神社(旧称「十社大明神」)に伝わる「十社さま」と呼ばれる面も古い。浅ヶ部神楽で対面した。これは桃山時代の作と言われているが、より古いとする説もあるようだ。
「十社さま」の面(高千穂神社所蔵)。(2001年12月、浅ヶ部神楽にて)
続いて、牛のような立派な角を持つ、その名も「牛神さま」。これは「牛神大明神」の別名を持つ石神神社に伝わるもので、野方野神楽の要所で使われている。
現存する神面の中にはかつて角があった形跡のあるものもが他にもあるらしい。神楽では「鬼神」という言葉も多用されるから、かつては鬼のような面が多数あったのかもしれない。
野方野地区の石神神社(別名・牛神大明神)の「牛神さま」(2002年12月、野方野神楽にて)
もちろん、主流はもっと新しい神面だ。そして、現在でも面師たちが神面を彫り続けている。
岩戸在住の面師・工藤正任さん。息子さんと二人で神楽面を製作している。高千穂神楽だけでなく、九州各地の神楽でその作品が使われている。また、実際の神楽用だけでなく、記念品や贈答品として個人からの注文も多いらしい。(2003年4月、工藤氏の工房にて)
素面舞を含め、神面に関することだけをとっても多様な高千穂神楽。さらに様々な衣装がこれに組み合わされる。でもそれについてはまた別項で。(衣装の謎)
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