伝承では日本神話にある「アマテラスが隠れこもった岩屋の前で、女神・アマノウズメが面白おかしく踊った」のが「神楽舞」の起源という事になっている。
だったら女性が主役の祭であっても良さそうだが、実際の高千穂神楽の世界には伝統的に厳しい「女人禁制」の禁忌があった。舞人(ほしゃ)はもとより、かつては、まかないの料理・配膳にすら女性の手を借りることはなかったようだ。特に、舞いが行われる「神庭(こうにわ)」は今でも女性の立ち入りを一切禁じている地区がほとんどである。かつて女性たちは「見物人」としてのみ夜神楽に参加できた、ということになる。
これは相撲(神事としての奉納相撲が起源)の土俵が女人禁制であるのと全く同じ類の伝統である。また似たような例は「博多の祇園山笠」など全国各地の祭事にも見ることが出来る。これらの禁忌を「女性蔑視による性差別」と受け取るのか、「祭に伴う労から女性を開放し、見物人として楽しんでもらう」というある種の配慮と考えるのか…。いろいろ意見はあるだろう。…そこいら辺に深く突っ込むと大変な事になりそうなので、止めておこう。栗原に言える事は、高千穂の女性達の明るい表情は、一方的に虐げられてきた者たちのそれではない、という事実だけだ。
話を戻して…そんな事情で、今日でも高千穂神楽では舞人(ほしゃ)は男子のみである。したがって、女性が夜神楽に参加できるのは、原則として間接的な関わり方になる。
そんな「間接的な関わり方」だが、まずは「女帯」。舞人が女性の帯をタスキの代わりに掛けて舞うもので、地区によっては、今日でもかなりの数の演目で使われている。これは一種の「安産祈願」であると言われ、女たちは希望して自分の帯を提供している。私事で恐縮だが、妊娠中だった栗原の妻も出身地区の夜神楽に自分の帯を提供し、舞人たちがこれを舞の中で何度もタスキとして使用した。その御利益あってか、翌年春、元気な男の子を安産で授かった。感謝、感謝。
女帯のタスキ(2004年12月、岩戸野方野神楽にて)
他に女性自身が「間接的」な場面で参加することもある。一部の演目(岩戸地域は「火の前」、他では「地割」)では台所の火元(かつてはカマド)の前で「竈神事」が行われるが、神楽宿の家主の女房が参加するようだ。神庭へ向かう「カマド荒神」(の役の舞人)のハカマの裾を見物している女性が引っ張る(派手に転倒させたりする。意味は不明。)地区もある。
実は、現在の高千穂神楽では時代の流れに伴い、厳密な「女人禁制」は少しずつではあるが崩れ、女性の進出はより進んでいる。
その典型的な例が「まかない」で、神楽に伴う食事の仕度を女性達が手伝う地区も多くなっている。戦後の人手不足が転機となったらしいが、男性舞人が最も苦手としていただろう部分に、真っ先に女性が進出した格好だ。
ただ、まかない炊事を男性だけでやっていたころ、それは男たちが女たちの日頃の苦労を理解する良い機会だったはずだし、女たちが夜通しの炊事に借り出される事もなかったはず(女性は各戸で開かれる宴席の仕度だけで大変なはずだ)。「女性進出」といっても、こういう「影」の部分だけで終わっては本意に反するのではなかろうか。
神庭における「女人禁制」の厳密さにも、現在は地区によって温度差があるようだ。「七貴神(人)」の舞の「子神」役にシロート(見物人)の男性を参加させている地区は多いが、ある地区ではそこに女性の参加を認めていたし、同地区の「御神体」の舞では見物人の男女を招き入れて御神酒を勧めたりもした。別のある地区では、「地割」の舞でカマド荒神と神官が向き合って御神酒を飲む時、家主の女房(役の女性)も神庭に入ってお酌をした。これらの地区でも神庭は原則的には女人禁制であるようだが、「神の招きによるものであれば可」ということだろうか?
2003年1月の下田原神楽にて。「七貴神」に女性の見物人2人が子神役で参加した。
さらに別のある地区では、「神庭」に女性が立ち入ることに、なんら抵抗を示さず、「ウチらは、あんまし気にせんとですよ〜。」という「ほしゃ」の言葉に驚いたことがある。山奥にあるこの集落は戸数が極端に少なく、「ほしゃ」の人数も少ない。恐らくこの集落ではかなり早い時期から、女性の協力なしに夜神楽を維持して行くことが困難になったのだろう。
では「主役」である舞手としてはどうか?実は、まだ例外的ではあるが、舞にも女性の進出が現実のものになってきている。
現在「中学生まで」という条件付で、学校行事などで神楽の女神舞を披露するため指導を受けている女子生徒達もおり、そんな女子生徒が本番の夜神楽や日神楽で例外的に許されて舞った前例もすでにある。
2002年10月、高千穂神社境内の「神楽保存館」にて。学校の文化祭で舞を披露するため、神楽師匠たちの特訓を受ける女子中学生たち。舞っているのは女神舞の「鈿女」だが、本来一人で舞うものを三人舞にアレンジしたという。
同じ宮崎県内の他地域の神楽には、実際に女舞が登場しているとも聞く。高千穂神楽でも舞人の人手不足はすでに深刻化している。舞人=男子にこだわっていては、夜神楽の維持もままならない地区も出てくるだろう。そしていつか、高千穂神楽にも「例外」としてではなく、一人前の「ほしゃ」として女性が舞う日がやってくるのだろうと思う。もちろん賛否はあるだろうが、栗原個人はいつの日かそんな「女舞」をぜひ見てみたいとも思っている。
参考までに、下記に高千穂神楽のうち「命付け」で「女神」が登場しているものを紹介しておこう。意外だが、勇壮な素面舞である「武智」や「太刀神添」も女神舞とされている。将来「女舞」が実現するとしたら、当然これらの「女神舞」であろう。(番付・演目・命付けは高千穂町製作の三田井地区向け番付表を参考にした。)
| 番付 | 演目 | 命付け |
| 4 | 鎮守 | オオヤツヒメ・ツマヅヒメ |
| 8 | 武智 | オトタチバナヒメ・ソトオリヒメ |
| 9 | 太刀神添 | オオヤツヒメ・ツマヅヒメ |
| 15 | 袖花 | アマノウズメ・ツマヅヒメ・イシコリドメ・コノハナノサクヤヒメ |
| 16 | 本花 | アマノウズメ・ツマヅヒメ・イシコリドメ・コノハナノサクヤヒメ |
| 17 | 五穀 | オオミヤノメ(他に男神4) |
| 18 | 七貴神 | 子神の一人が女神(他に男神6〜7) |
| 20 | 御神体 | イザナミ(他に男神イザナギ) |
| 25 | 鈿女 | アマノウズメ |
命付けで「女神の舞」とされている神楽の演目(高千穂町製作の三田井地区向け番付表より)
ところで、かつて女性、特に若い娘達にとって、夜神楽にはまた別の大切な意味があったらしい。
実は、かつて「夜神楽見物」の席は、若い男女の出会いの場、お見合いの場であった、というのだ。楽屋で年長の舞人から「ほれ、あそこで見物している娘なんだがね…」と若い男に縁談があったり、娘は一緒に来た親戚から「ほら、今舞っている若い人…」なんてやり取りがあったんだろうか。あるいは、祭の喧騒の中で、ふと気付くと若い二人の姿がない…なんて話もあったそうな。そうして結ばれた男女もかつては多くいたようだ。
そういえば、「御神体」の舞での見物人への絡みは「良縁をもたらす」と言うし、一部地域の「八鉢」の舞で男根(の作り物や大根を代用)を振りながら見物人の女性にからむ所作は「子宝を授ける」といわれる。夜神楽が縁で生れた子を特に有り難がる風習があったというから、「夜神楽」と「男女の縁」は、切っても切れない関係だったようだ。
「御神体」の舞で男神(赤面)が女性客に迫り、女神(白面)がそれを引き止めようとしている場面。(2002年11月、押方五ヶ村神楽にて)
岩戸地域の「八鉢」では、「子宝を授ける」という「男根」が登場する。(2002年11月3日、岩戸神楽三十三番大公開祭にて)
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