「高千穂神楽の夜は永く」 高千穂神楽の謎(初歩的な…)

神楽宿の謎


 夜神楽は本来、その地域の一般家屋の一つを「神楽宿(かぐらやど)」に指定して(順番や希望、くじ引きなどで決まるらしい)、そこが舞台になる。舞が行われる「神庭(こうにわ)」だけで8畳(2間=約3.5m四方)のスペースを要し、さらに囃子、楽屋、見物人の席…と、相当な広さが必要になる。高千穂の古い家屋は、このためにやたらでかい。最大で幅25m、奥行き10mに達するというのだから、都会なら豪邸のサイズだろう。

 高千穂神楽の研究に没頭した故・小手川善次郎翁は、高千穂の伝統的民家の構造にも注目している。僕も神楽宿に通うようになってから、その理由がわかった。彼が残した資料などから高千穂の伝統的家屋の典型的な構造をまとめてみよう。

 TR高千穂駅前にある「千木の家」。町内の民家を移築したもの。敷地の関係でかなり縮小されているとはいえ、かつての民家の雰囲気が伝わってくる。

 向かって中央に神棚のある大きな部屋(「表・おもて」)があり、ここは客間、あるいは儀式のための神聖な部屋とされていたようだ。ここの奥の神棚の前に前述の「神庭」がつくられる。その手前半分ほどは見物人の席だ。

 右手にはさらに部屋があり奥と手前の2部屋に分かれる(「局・つぼね」)。本来は寝室だったようだ。神楽の際には奥が楽屋(舞人たちの控え室)に、手前は見物人席になることが多いようだ。

 左にも部屋(「御前・ごぜん」)があり、ここは本来家人の居間に相当する。昔は必ず囲炉裏があったようだが、現在は「掘りごたつ」などに姿を変えている。神楽では、主に家人や神楽の役員、来賓などのための席として使われているようだ(特に奥の部分)。

 さらにその左の空間は、かつては土間、今日では通常台所に改装されている。

 現在はほとんどの家屋で内外装に手が加えられているが、今でも間取りにかつての面影を見ることは可能だ。民家での夜神楽を拝観する機会があれば、間取りを見まわして見るとよいだろう。

押入 押入・神棚 仏壇・床の間

土間

(台所)

御前

(関係者席)

(見物人席)

   

(神庭)

   

(見物人席)

(楽屋)

(見物人席)

間口

庭(外注連が建つ)

高千穂の古い民家の典型的な間取り(カッコ内は主に神楽開催時の使われ方)

 

 屋根は本来かやぶきで、棟の部分に「千木(ちぎ)」とよばれるものが乗せられているのが特徴だった。千木はかやぶき屋根の補強など構造上の理由で必要なものなのだと思うが、宗教上の意味もあるらしい。そして神楽の際には、ここに御幣や弓矢を飾った(棟飾り)。残念ながら、かやぶき屋根と千木を今の一般民家に見ることは出来ない。写真の「千木の家」など、かろうじて文化財などの形でいくつかが保存されているだけだ。

上の写真の「千木の家」の屋根。上に載せられているのが「千木」

 こういった家屋の構造や大きさには、もちろんいろいろバリエーションがあったようだが、要するに各家屋は神楽を開催できる(とても名誉なことと考えられている)ような構造になっていたのだ。大きな集落であれば、自宅が神楽宿になるのは何十年に一度。そのためにこの土地の狭い山里にこれだけ大きな家を構えたのだから、高千穂の人々の神楽への思いの深さは並々ならぬものがあったのだろう。

 ただ、昨今は小さな家が増え、神楽宿当番に当たっても自宅を神楽宿として提供するのが困難な家庭も多い。そこで、最近は地区の公民館や神楽専用の施設をつくって、そこで開催する地区が増えている。

 一般には、公民館などの施設で行われる夜神楽より、一般民家での夜神楽の方がカグラーたちには人気がある。確かに古い民家での夜神楽はそれだけで風情がある。「本来のスタイル」という意味でも「民家」が本筋だし、地元でも「公民館での神楽は『観光神楽』だ」という保守的な意見もある。

 ただ、今風に改装された民家では天井の低さや変更された間取りが大きな障害となって神庭が狭くなり、結果的に舞がこじんまりとしてしまう場合も多い。特に神庭の上には「雲」を吊るすため、天井の高さは深刻だ。例えば、「岩潜」の舞で4人が頭上に掲げた刀を振り回す場面などでは、天井の高さの差がモロに出る。このため、夜神楽開催に備えて天井を剥がした例や、改築の際にも夜神楽終了まで天井を張るのを控えた例もあるが、止む無く「雲」を省略する事例も多い。

 また、民家での開催が予告されていながら、母屋での開催を断念して今風の倉庫が使われた例もあり、こうなると「風情」は望むべくもない。

 一方、夜神楽開催を前提に作られた公民館や専用施設では、一般に神庭の作りに余裕がある。また、家財道具などがない分、見物人席を広く取れる。特に岩戸五ヶ村地区の夜神楽で使われる専用施設「神楽の館」は、古い民家を移築・改良したもので、古民家の風情と専用施設の長所を併せ持った魅力的な施設となっている。

岩戸五ヶ村地区の「神楽の館」での夜神楽(2002年12月、岩戸五ヶ村神楽「蛇切」)

 

 「民家での開催が本筋」とはいえ、それはあくまで前述のような民家の構造があっての話だ。その前提が崩れつつある今、見物人(観光客)の急増もあって、民家での開催を断念する地区が増えているのは仕方がないことだろう。それを全面否定したら、夜神楽の開催自体を断念せざる得ない地区が増えるのは目に見えている。

 もちろん、開催場所の決定は、地区の方針や神楽宿の家主の希望によるところが大きいようなので、外部のカグラーがとやかく言うべきことではない。ただ、少なくともカグラーが拝観する夜神楽を選ぶとき、「民家での開催」に無理にこだわることはないだろうと思っている。

 

 さて、神楽宿に行くと、そこにはあれやこれやと不思議な飾り付けがあったりする。それについては、また別項で。(飾り付けの謎)


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