栗原@MUZINA Pressの「親指派宣言!」

親指シフトとの出会いと別れ、そして再び…


親指シフトキーボードと出会う(1989〜)

 あれは確か、1989年のこと。僕にとって「初めてのキーボード」は、学生時代に買った富士通のワープロ機「オアシス(OASYS30LX)」の親指シフトキーボードだった。「来年は卒論だし…」というのが、直接のキッカケだったと記憶している。当時パソコン(以下PC)はとても高価で、より安価なワープロ機でも持っている学生はまだ少なかったっけ。

 僕があえてマイナーな「親指シフトキーボード仕様」を選んだのは、「使いやすい」と評判だったからだ。実際、マスコミ関係や出版関係などでは、圧倒的に親指シフトの「オアシス」が支持されていたようだ。物書きのプロたちが認める親指シフトが、優れていない訳がない。

 その期待は裏切られることなく、特別な練習はしたことがなかったけれど慣れるのにそれほど長くはかからなかった。卒論を書き上げる頃には、もうバリバリ使えるようになっていた。

 このとき、僕はひとつの誤解をした(のかもしれない)。キーボードというのは、何であれこうやって普通に使っていれば、自然と使いこなせるようになるものだ、と。自分のアサハカさを知るのは、親指シフトを自ら捨てたときだった。

 

Macのキーボード(1993〜)

 その後時代は変わり、パソコンも安くなり、学生でも頑張れば買えるようになった。生物学を専攻する大学院生だった僕も、文書作成だけでなく図表作成など多目的に使えるPCを買うことにした。93年の末のことだったと思う。教官を中心に周囲にユーザーが多く、直前に比較的安価なモデルが発売になったMac(LC475)を選んだ。

 使い易さで定評のあるMacのシステム(当時は漢字Talk7)にはすぐに馴染んだ。使い慣れたワープロ機と、ほんの少しだがMS−DOS(以下DOS)の経験があっただけの僕にとって、その使用環境は感激ものだった。

 ただ、付属のキーボードはJIS配列だった。当時すでに、キーボードといえばこのタイプが主流で、ローマ字入力が「常識」になっていた。多くのPCユーザーはそのことに何の疑問も感じていないようだったが、親指シフトでのカナ入力に馴染んでいた僕は、言葉を頭の中で一旦ローマ字に変換し、カナのほぼ2倍の打鍵回数で入力する効率の悪いやり方に納得できなかった。かといって、JIS配列でのカナ入力は、一般に不評だった。

 当時Macを親指シフト入力で使うためのキーボードも市販されていたようだが一般的ではなかった。それに、ローマ字入力に慣れないと後々PC機種の選択肢に困ることになる。ここで僕は、親指シフトをあきらめ、ローマ字入力でやっていく覚悟を決めた。

 

ローマ字入力へ

 ローマ字入力のためのの特別な練習はしなかった。かつて親指シフトを使いこなしたように、「じきに使いこなせるようになる…。」そう思っていた。

 でも、それは甘かった。なかなか、使いこなせない。親指シフトのときは、すぐに慣れたのに…。文章を考えながら、同時にローマ字への変換をしなければならない思考の負担。ローマ字入力モード時の記号文字配列のキー刻印との違い。倍に増えた打鍵数によるミスタイプの増加。募るイライラ…。みんなは、よくこんなもの文句も言わずに使っているよなぁ…。そんな日々が続いた。

 最初のMacを1年半ほど使ったあと、ノート型のMac(PowerBook520・漢字Talk7.5)に買い換え、これを携えてアフリカへ(95年)。3年間の現地生活では毎日Macを使える環境ではなかったが(特に後の2年間は電気のない生活)、たまにMacの前に座ると何時間もキーを叩き続けたりした。それが、数少ない楽しみだった。

 僕の脳味噌と指は、ようやくローマ字入力に適応できたようだった。それでも親指シフトの快適さとはどこか違う。だから、日本人の仲間たちには、よく「親指シフトはいいよ〜」なんて話をしたものだ。

 帰国時に僕はそのMacを手放した。帰国したらすぐに新しいMacを買うつもりで。

 

初めてのWindows(1999〜)

 帰国した99年初め、東京での手続きを終えた僕は、すぐに新宿のPCショップへ足を向けた。ノート型Macを買うつもりだった…のだが、30万円以上の高価で少々大柄なモデルしかなかった。そういうラインナップの時期だったようだ。

 迷っている僕の目に止まったのは、あるWindowsノート型機。驚くほど薄くて、デザインもカッコイイ。しかも、下位モデルは20万円。とたんに「浮気ゴコロ」に襲われた僕は、 あっさり「Mac派」の名を返上してしまった。それが僕にとっての初めてのWindows機・VAIOノート(PCG-505S)だった。

 だが、初めてのWindows(98)には馴染めなかった。使いにくい。余計なものが表示され過ぎる。DOSよりは飛躍的に使いやすくなっているが、DOSの経験と知識がないと使いこなせないシステムだ。Windowsがバージョンアップする度に言われてきた「Macを超えた」などという言葉は、Macの真の使いやすさを理解していないDOSユーザーの偏見だ。

 そして、初日からフリーズを連発する、信じがたいほどの不安定さ。よくMacは不安定と言われるが、僕はMacでこれほど深刻な状態は経験したことがない。こんなものが、PCの主流になっているなんて…。「浮気」をした僕は初日から後悔することになった。

 不安定性の問題はその後、大体の原因がわかってかなり改善したが、今も解消した訳ではない。その後、4年以上もこのPCを使い続けたのは、Windowsが気に入ったのではなく、買い換える余裕のない経済的理由によるところが大きい。

 

気に入ったキーボードに裏切られた

 ただ、Windowsのシステムはともかく、VAIOのキーボードは気に入った。もちろんJIS配列だったが、すでにローマ字入力に慣れていた僕は、超極薄にもかかわらず良好なキータッチの感覚に好感を持った。これはキーボードの出来ではあまり評価されないMacには真似ができないだろう。携帯性のよいB5サイズの極薄ボディもMacにはないものだった。「この機体で、システムがMacで、キー配列が親指シフトだったら、理想だな…」何度もそう思った。

 帰国後はメール、文書作成と、毎日のようにVAIOのキーを叩いた。親指シフトの方がもっと快適だ、とは思いつつも、キーボードの使い勝手は悪くなかった。その後何事もなければ、そのままローマ字入力を受け入れていたかもしれない。

 だが、VAIOを使い始めて1年も経たないうちに、そのキーボードに裏切られた。キートップのひとつが外れて飛んだのだ。B5サイズ・極薄ボディのモデルというのは、本来サブマシンという位置づけであって、これをメインのPCとして使うこと自体が間違っていたのかもしれない。でも、買ってまだ1年も使っていないし、毎日延々とキーを叩いていた訳でもない。

 保証期間内であったため無償修理してもらった。キートップではなく、固定している本体上部カバーの破損(磨耗?)だった。「不良品だったのか?」

 だが、その後このトラブルは治まらなかった。またキートップが外れたのだ。そのころにはPCを毎日欠かさす使っていたたし、保証修理の期限も切れていたので、セロテープで仮止めして使い続けた。そうこうしている間に、また別のキーが外れ、その次にはまた別のキーが…。購入から約4年、7つのキーがテープで止められている状態になった。このキーボード、キータッチは良好だったが、明らかに強度が不足している。

 

 

ローマ字入力を考え直す

 外れて仮止めされているキーは右からBack Space/O/K/I/U/T/Aの7つだ。Back SpaceやO/K/I/U/T/は右手で強く叩きがちな位置にあるキーだし、負担が大きかったのはわかる。だが、左端の左手小指で叩く位置にあるAキーが何故はずれたのか?

 外れた6つのキーのうち4つ(O/I/U/A)は母音キーだ。ローマ字入力では、打鍵の約半分が5つの母音に集中する。Aキーが外れたのは、多分そのためだろう。

 では、何故そんな使用頻度の高いキーであるAキーが、左端の使いにくい位置にあるのか?

 ローマ字入力で利用されるアルファベット配列は、もともと英文タイプライターのキー配列がベースになっている。そしてこの配列は、実際の英文の中での使用頻度に基づいて決められている。Aキーが端に置かれているのは、多分英文の中での使用頻度がそれほど高くないからだ。文字キーだけではない。親指で操作しやすい位置に一際大きなキーとして置かれているSpaceキーも、単語の区切りごとにSpaceを多用する英語の特性に見合っている。

 僕らがローマ字入力で使っているのは、本来英語の特性に合わせた「英文用アルファベット配列」であって、決して「ローマ字化した日本語用の配列」ではない。そんな「借り物」のキー配列を使うために、僕らはわざわざ言葉を頭の中でローマ字化し、カナの約2倍の打鍵をしなくてはならない。「道具に使われる」とは、まさにこの事だ。

 他に手段がないのなら、それでも受け入れよう。だが、現にあるのだ。日本語のために作られ、かつて多くのプロユーザーがその効率の良さを認めたキー配列が。

 

 2003年2月、僕は長い長いまわり道を経て、再びあの「親指シフト」に立ち戻る決心をした。


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