短編小説

メリークリスマス オン ザ ロード

作・栗原智昭


 週末の休み、僕は20km離れた隣町で働いているケースケの所で深酒をしてしまった。2週間前にエーコが帰国してしまい、なんとなく寂しかったのだろう。酔った勢いで、まだみんなには隠していたあのことをケースケに話してしまったことだけは記憶にあった。が、こいつも相当飲んでいたし、たぶん覚えてはいまい。

 「おい、ケンジ!大丈夫か?事故るなよ。未来の奥様が泣くぜ!」

 うわ〜、覚えていやがった。エーコが帰国する直前、僕は彼女にプロポーズした。「帰国したら、一緒になろう。」エーコは、だまって、そしてうれしそうにうなずいてくれた。…別に隠す事でもないのだろうが、まだ他のみんなには話していなかった。もちろん、一番の親友であるケースケには真っ先に報告するつもりではいたのだが、その一部始終を事細かに喋ってしまったのだから照れくさい。

 「あの…みんなにはオレから言うからさ。もうちょっと、黙っててくれよな。」

 ケースケはニヤリと笑った。こいつが昼飯に貴重な日本製ラーメンを食わせてくれたのは、もしかしたら「お祝い」ってことだったのだろうか?そのラーメンおかげか、今朝の二日酔いも嘘のようにおさまった。僕は白いヘルメットをかぶり、バイクにまたがってエンジンをかけた。

 「またな!」

 走り始めたバイクのバックミラーに、手を振るケースケの姿が見えた。砂埃を立てながら未舗装の狭い道を抜け、間もなく一本道の国道に出た。赤い大地の中をどこまでも続くまっすぐな道。強い日差しで、アスファルトから陽炎が立ち昇っている。スロットルを開いて、快調に自分の任地を目指した。

 僕自身もこの国で働くのは、あと3ヶ月あまり。いろいろやり残したことはある気もするが、帰国が迫っている以上、この3ヶ月でやれることだけはやっておきたい。帰国後、心置きなくエーコに会いに行くためにも…。

 

 国道をひた走っていると、穴ボコだらけの国道わきに一台の赤い乗用車が止まっているのが見えた。そばには白人が一人立っている。この国では車が故障で立ち往生することなど珍しくもない。そのまま通りすぎようかとも思ったが、別に急いでいるわけではないし、見なれないナンバープレートが気になったので、その車の前でバイクを止めた。

 「どうかしましたか?」僕は、色あせた半袖シャツに短パン姿のその男性に声をかけた。

 「やぁ。急に車が動かなくなってしまって。何分、機械は苦手なものでね。」

 照れくさそうに話す初老の男性の英語の発音は、明らかにこの国の白人たちのそれとは違っていた。そうだ、このナンバープレートは、国際ナンバーだ。

 「見てあげましょうか?僕は整備士なんですよ。」

 彼の紳士的な素振りに、僕はついお節介を申し出た。止まったときの症状を聞きながら、この国では珍しい旧式のボルボのボンネットを開けた。どうやら電気系統らしい。ほら、バッテリーケーブルが変だ。どこかで手抜きの修理をされたのだろう。取って着けたようなケーブルが完全に切れていた。ポケットに入っていたアーミーナイフとバイクの車載工具を頼りに応急処置だ。

 「エンジンをかけてみてください。」

 彼がキーをひねると、エンジンが元気よく回り始めた。

 「おおぉ!生き返った。助かったよ!」

 

 彼がそばの屋台でコーラを買ってきてくれたので、御馳走になることにした。もちろん冷えているはずはない。木陰に座って生温いコーラを飲み始めた。

 「君は中国人かい?」

 「いいえ、日本人です。この国でボランティアとして働いているんですよ。あなたはどちらから?」

 「遠い『北国』からさ」

 彼の車はボルボのワゴン…。

 「もしかして北欧から?それまた遠いですね!それにここは暑いでしょう?」

 「ああ、暑いね。本当に暑い。北欧の凍える寒さが恋しいよ!」

 彼は大きく笑ったあと、汗を吹きつつコーラを飲み干した。そして道の先を見つめて言った。

 「この先に孤児院があるんだ。知っているかい?今日はね、そこの子供たちにクリスマス・プレゼントを渡しに行くところなんだ。」

 そういえば、もうすぐクリスマスだ。ケースケの任地の先に私設の孤児院があるのは聞いた事がある。ワゴンに積み込まれた荷物はプレゼントだったんだ。

 「わざわざ、ご自分で届けに来たんですか?」

 「はははは。それが私の生きがいでね。毎年、違う国の孤児院を訪ねるんだ。少しでも多くの子供たちにプレゼントを渡したくてねぇ。いろいろ行ったよ。アフリカ、南米、アジア…そうだ、思い出した!昔、君の国にも行った事がある。たしか、戦争が終わった後だった。」

 そうか、終戦後の日本にも来ていたんだ。日本が一番貧しく、苦しかった時代だ。この人は若い頃からあちらこちらを訪ねたんだな。…NGOとか教会の関係者だろうか?

 「どこかのNGOの方ですか?」

 「うむ。まぁ、そんなところかな。」

 彼は詳しく話そうとはしない。まぁいい。僕は話を変えた。

 「中東で戦争が起こったようですね。」

 「ああ、悲しい事だ。人間は愚かなことを繰り返す。…このプレゼントを渡したら、あそこの難民の子供たちにもプレゼントを届けてあげたいと思っているんだよ。」

 「でも、彼らはイスラムでしょう?」

 「構わないよ。イスラム教徒のふりをして行くさ。『クリスマス・プレゼントだ』って言わなければ良いんだろ?どんな宗教の人であれ、年に一度くらい幸せを分かち合いたいからね。」

 確かに僕がこの国で体験したクリスマスは、家族や隣人たちが幸せを分かち合うためのものだった。遠くの町で働く者たちも故郷の村に帰り、この日だけは家族と共に過ごす。隣人たちと教会に集い、ささやかな幸福を感謝する…。クリスマスがイベントと化し、若者たちのデートの口実でしかなくなった日本のそれが、いかに道を誤ったものであるかを思い知ったものだ。

 彼が立ち上がった。「さて、前に進もうか。」

 僕もヘルメットを手に取った。「どこかできちんと修理してくださいね。あのバッテリーケーブルはヤバイですよ。」

 「本当に助かったよ。ありがとう。…ところで君、家族は?」

 「日本に両親と…婚約者がいます。」

 「そうか、お幸せに。君と君の『家族』に、神の御加護を。メリークリスマス。」

 「ありがとうございます。メリークリスマス。お気をつけて。」

 かたい握手を交わした。大きな、でも柔らかい手だった。僕は、調子の悪そうなエンジン音を響かせながら赤いボルボが走り去るのを見届けた。

 「クリスマスかぁ…」

 青い空を見上げたとき、僕の頭の中にクリスマス・ベルの音が響いてきた。…シャンシャンシャンシャン…

 


 「ケンジ、明日はクリスマスだぜ。どうするんだ?」

 数日後のクリスマス・イブの日のことだ。職場の現地職員の中でも一番のお調子者・ケニーが聞いて来た。

 「悪いが俺は仏教徒でね。…しかし、だ。クリスマスはクリスマス。明日は他のボランティア仲間と集まってパーティだよ。」

 「そりゃいいや。これはプレゼントだよ。」彼が差し出したのは一通のエアメールだった。「メリークリスマス!」そう言ながら、ケニーはオフィスを出ていった。

 差出人は…日本のエーコからだ。彼女が帰国してはじめての手紙だ。すぐに封を切る。

 「無事に帰国しました。…帰国してすぐ、国際協力の行事に参加しました。…会場で面白い白人のオジサンに会ったんです。世界中の孤児院をまわっているんですって。今回は中東の難民救済キャンペーンのために来日したそうです…」

 すぐにあのボルボの男性を思い出した。まさか同一人物のはずはないが、世の中には同じような人たちがいるものなんだなぁ…。

 

 「…あと、帰国後の健康診断の結果が届きました。で、これはクリスマス・プレゼントです。赤ちゃんが出来ました。」

 …ありがとう、ミスター・サンタクロース。メリークリスマス!

(おわり)


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