先日、県総合博物館(宮崎市)で開催中の特別企画展「絶滅危惧生物展・生きものたちからのSOS」を拝見した。県内で絶滅に瀕していたりすでに絶滅してしまった生物を中心に「生物の絶滅」問題について分かりやすく解説されている(17日まで)。
野生生物全般に興味があるとはいえ、やはり今の僕にとって一番の関心は「ツキノワグマ」だ。今回の展示では「宮崎県版レッドデータブック」の解説を、ほぼそのまま引用する形で九州産クマの現状が紹介されていた。
「レッドデータブック(または『赤本』。以下RDB)」というのは、ある地域内に生息する各種の野生生物について「今後その生物が絶滅してしまう危険性」を評価し、リストにまとめた書物の総称だ。そこでは、完全に絶えてしまった『絶滅』、「絶滅寸前」を意味する『絶滅危惧』、その一歩手前の『準絶滅危惧』などの段階に分けて、各生物の現状が示される。
RDBは1966年、国際自然保護連合という機関が全世界の生物を対象にまとめた報告書が最初で、その赤い表紙にちなんで、この通称が生まれた。その後、世界各国で同様の資料が編纂されるようになり、近年の日本では都道府県ごとにRDBの編纂が進んでいる。
その中で相次いで各県内『絶滅』(または『野生絶滅』)のお墨付きを頂いてしまったのが、わが「九州産ツキノワグマ」である。昨年5月、生息の可能性が残されていた熊本・宮崎両県に続いて大分県からも『絶滅』の判断が出そろい、「九州クマ絶滅宣言」として話題になったのは記憶に新しい。
RDBは行政機関が参照する、野生生物に関する最も基礎的な資料だ。その内容はそのまま施策に反映されることになる。緊急にしかるべき調査・保護対策が行われる(べき)『絶滅危惧』と、何をしても手遅れの『絶滅』。評価上はたった一段階の違いだが、正反対の施策につながりかねない。それを考えれば、RDBでの『絶滅種指定』は事実上の「絶滅宣言」といえるほど責任重大なものだ。
ここで皆さんに読んでいただきたい一文がある。やはり九州のクマの現状について書かれたものだ。
「(ツキノワグマは)九州では絶滅したか、生息しているとしても数頭だと推察される」
『絶滅』か『絶滅危惧』のいずれかの状況だろう、と言っているわけだ。クマがまだ生息していると考えている僕としても、確証を提出できない現状では、『絶滅』と決め付けていないこの表現は許せる。もしかしたらこの文を書いた人も「実はよくわかりません」と言いたいのかもしれない。
驚いたことにこの一文は、「絶滅宣言」の元になった前述の宮崎県版RDBの解説の一部だ。『絶滅』という評価結果と、この解説文が言っている内容とは明らかに矛盾している。RDBではこういう時のために『情報不足』というカテゴリーも用意されているのに、なぜこんな矛盾した内容のまま結論が公表されたのか?謎だ。
が、ひとつだけ言えることがある。宮崎県版RDBに掲載された動植物は1188種にのぼり、掲載を見送られたものも含め膨大な数の生物が評価対象になったはずだ。ツキノワグマはその中のひとつに過ぎない。限られた期間と予算の中で、これだけの数の生物種をひとつひとつ綿密に調査し、すべてに高精度の結論を出すことなど、ほとんど不可能に近い。責任の重さとは裏腹に、RDBには常にそういう危うさが伴っているのだ。
まして文面ですでに矛盾のある結論を、あなたは受け入れることができるだろうか?。RDB上の記載が生物の「絶滅」を決定するのではない。「いるのか、いないのか」その事実によってのみ決まるのだ。
各県版RDBは今回の「絶滅危惧生物展」でも既刊の多くを閲覧できる。興味のある方はぜひ手にとってご覧頂きたい。
(夕刊デイリー新聞2002年3月9日「エッセーひろば」掲載)
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