その第一報が飛びこんできたのは4月5日のことだ。「くそぉ、やられたぁ!」そして思った。「やっぱり、あっちにもいたのか…。」
6日付本紙で報道された通り、3月17日熊本県泉村で黒く大きな動物に出くわしたアマチュア写真家・Yさんが、その姿を撮影した。写真自体はブレがひどく、はっきりと判別できるレベルではなかった。しかし、最初イヌだと思ったというYさんも、奥さんと共に双眼鏡などで観察した末に「クマ」と確信して撮影したという。
「幻の九州産ツキノワグマ」といえば、普通連想するのは祖母・傾山系だ。確かにこの山系では以前からクマの噂や目撃談が絶えない。歴代の「クマ探し屋」諸氏が活動してきたのもこの山系だったし、僕自身にとってもホームグラウンドはここだ。
だから、今回の九州中央山地でのクマ目撃・撮影をいぶかしく感じられた方は多いだろう。しかし、公表は控えてきたが、僕の元には以前からある情報が届いていた…。
僕がクマ探し活動を始めた一昨年秋のことだ。山中で出会った男性に僕の活動を説明すると、彼は言った。「クマですか?クマなら九州中央山地の方で見たという人がいますよ。生物調査をやる人ですから信用して良いと思います。」僕は「まさか」と思った。もちろん生息環境としては可能性はあるだろうが、そんな話は聞いたことがない…。
しかしその後、九州中央山地(熊本県側・宮崎県側の双方)でクマに遭遇した、という体験談を数人の方から頂いた。中には見間違いの可能性を否定できない情報もある。しかし、平成十年に宮崎県側から県境の山に登った帰りに、大きな咆哮に続いてクマが谷を駆け上がっていく様を見届けた、という長崎県の男性からの情報などは、クマ以外の動物では説明できない。最新の情報は、昨年夏の未明、熊本県側の道を車で走っていた北九州の男性が、黒く大きな動物が立ち上がる様を見た、というものだった。
「もしかしたら、本当にいるのかもしれない」僕もそう考えるようになっていた。そもそも「九州のクマ=祖母傾山系」のイメージを定着させたのは、九州産クマ問題の祖・加藤数功氏(大分県の登山家・故人)の戦前の調査に拠るところが大きい。これを初めとして歴代の「クマ探し屋」たちの熱心な活動によって、祖母傾山系のクマ情報は集積されてきた。座して情報が集まった訳ではない。
一方、九州中央山地ではそのような活動が活発ではなかった。クマ情報を集める努力が十分になされてこなかったのだから、情報が集積されていないのは当然だ。祖母傾山系のクマ問題にしても、もし加藤数功氏の活動がなかったら認知されることはなかったのかもしれないのだから。
僕は今回、初めてこの山域を視察することが出来た。高度や急峻な地形では祖母傾山系に譲るが、その山深さ、そして発達した深いV字谷には驚いた。もちろん植林も進んではいるが、雑木林や原生林も多く残されている。「いる。この山には何かがいる。」そう感じさせるには十分な山容だった。
そして、実は地元でも以前から時々クマの噂があったことも分かった。決してここ数年だけのことではない。それに、クマが人前や人里に出て問題を起こした事もない。これは人為放獣の可能性を否定する、一つの重要な要素だ。だとしたら、ここにいるものも土着野生クマの生き残りの可能性は高い。距離や開発の状況を考えれば、これらのクマが祖母傾山系から移動してきたとは考えにくい。
まだ確証はない。だが、集まった情報を整理していけば、一つの仮説を立てざるを得ない。「九州には、祖母傾山系と九州中央山地の2山域にクマのそれぞれ独立の野生個体群が生き残っている可能性が十分にある。」これが今現在、僕に言えることだ。あなたが信じようが、信じまいが…。
(夕刊デイリー新聞2002年4月27日「エッセーひろば」掲載)
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