過疎でも住宅不足


 一年前から高千穂町の住民となった僕だが、最近同じ地区の別の家に引っ越した。以前の家はもともと期限付きだったためだ。今回入居した家も一般的に言えば「難有り」の物件だが、僕はとても気に入っている。当分は腰を落ち着かせることが出来そうだ。ここに到るのは長い道程だった。

 「クマ探し」を始めた一昨年、僕は実家のある福岡から週に1泊ほどのペースで高千穂町に通って作業をしていた。労力的にも金銭的にも大変な思いをしたこと、そしてこの間に高千穂の人々の人情に触れたことが、僕に高千穂への移住を決意させた。

 高千穂町では町中から少し離れると、結構空家が目立つ。実際に過疎が進んでいるらしい。だったら住む家なんてすぐに見つかる…そう期待して昨年春、再度高千穂に乗り込んだ僕だったが、考えが甘かったことにすぐに気づかされた。この町で過疎が進んでいるのも、空家が点在しているのも事実だ。だが、借家は少ない。この町の住宅不足はかなり深刻だったのだ。

 人口が減っているといっても若い世代が中心だ。四世代の大家族も珍しくないこの地域では、家人の一部が転出したくらいでは家は空かない。仮に空家にしなくてはならないとしても、先祖伝来の土地・古い家屋ならば、大きな借金があるわけでもなかろう。土地・家屋の購入に莫大なローンを抱える都市部の家庭とは違って、慌てて他人に貸す必要はない。

 何より「過疎」は「人口の流入がほとんどない」という状況なのだから、借家の需要も少なく、不動産開拓が盛んなはずはない。おまけに平地の少ない山里の地形では開発にも限界があろう。

 結局、状態の良い空家の多くは「祭や神楽で年に何度も帰省するからダメ」と断られた。その他は人が住めないほど痛んだ家ばかりで、大方は所有者とも連絡が取れないような物件ばかり。朽ち果てつつある空家を見つける度に、残念に思った。この家をきちんと管理していれば、まだ人が住めたただろうに…。

 過疎が進む主要因は、もちろん地域経済の低迷と職不足などだろう。だが、この住宅不足では地元出身者でも一旦町を離れれば、簡単には戻って来れまい。まして僕のような「移住者」にとっては、「仕事」以前に「家」がなくては話にならない。「この住宅不足を改善しなければ、人口が増えないのも当然」少なくとも僕はそう感じた。

 家を探しながら僕はこんなプランを夢想したが、非現実的だろうか?…古い町営住宅や空家に最小限の修繕を加えて管理し、町外・県外に宣伝して入居希望者を募る…のだ。地元出身のUターン希望者は最優先にしよう。そういうシステムがあるのなら故郷に帰ろうか、という人も出てくるように思う。

 一方他所からの移住者には条件を付けたって良い。たとえば「地域振興に貢献できる人材であること」とか「地域で不足している専門性をもった人材であること」とか。

 半年か一年くらいは「仮移住」の期間とするのも良いかもしれない。多少の不便に不満を感じる人たちや、地元に馴染めない人たちには、早めに出て行ってもらったほうがお互いのためだ。その後は、住民票移動を前提に長期契約とする。ゆくゆくは家を買ったり建てたりする人もいるだろう。

 「そんなことをしたって、希望者がいるはずない。」という悲観論もあるだろう。確かに今のままではそうかもしれない。でも、移住者にとって必要なのは「最低限の環境」と「プラスアルファの魅力」だと思う。整えるべき「環境」とは、上記の「住宅事情の改善」であり、以前ここで指摘した「インターネット環境の整備」だと僕は考えている。

 「魅力」はすでに多くある高千穂だが、これも新たに開拓する余地はある。だがそれについてはまたの機会に書くことにしよう。

 

(夕刊デイリー新聞2002年6月8日「エッセーひろば」掲載)


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