浸透してきたクマ問題


 去る五月三十日の夕方のことだ。かかってきた電話にでると、相手の男性は名も名乗らずにこう切り出した。「私ねぇ、クマ見たんですよ!」大阪からの旅行者であるこの男性はこの日、奥さんと二人で祖母山に登った帰り道、クマが目の前を横切って藪に消えて行うところを見たというのだ(六月五日付け本紙で報道)。僕が登山口に掲示していた「求む!クマ情報・クマに関する注意」の張り紙を見ての初めて「通報」だった。

 僕がクマ探し活動を開始した一昨年の六月、すぐにひとつの「噂話」が入ってきた。その直前の五月に、今回と同じ登山道で関東からの登山者がクマを目撃し、下山後偶然出会った地元の方にその話をしたらしい。残念ながらこの登山者の身元や連絡先は判らず、未だにその証言を直接確認することは出来ていない。

 この一件で、僕は一つの問題に気がついた。祖母傾山系に噂されるクマの存在は永年の謎…というのは地元の住民の多くが知っている。また隣県からこの山に何度も通っているような登山者ならば、この問題は認識しているだろう。

 だが、祖母山は「百名山」の一つとして知られ、遠方からの来訪も多い山だ。関東や関西から初めて来た登山者が「九州産クマ問題」を知るはずはない。かといって彼らからの情報を取りこぼせば、調査を進める上で大きな損失になる。

 さらに昨年の「九州クマ絶滅宣言」は大きく報道された。一方でこの「絶滅宣言」への異論が報じられたのは地元くらいだ。全国各地の登山者の多くは「絶滅宣言」に何の疑いも持たないだろう。「九州にクマはいない」という先入観が、余計に情報提供を阻害する。

 「九州産クマ問題」を遠方からの登山者にも認識してもらい、目撃などの情報を確実に収集するためにはこちらからの働きかけが必要だ。昨年夏、僕は上記の張り紙を作り、関係機関の許しを得て高千穂町内のいくつかの登山口などに掲示させてもらった。一番期待していた秋季も情報提供はなく、そのまま一年近くが経とうとしていた。

 だが、情報はとうとう来た。それが今回の目撃談だ。もし僕が掲示を出していなかったら、今回の目撃談は恐らく表に出ることも、僕の耳に届くこともなかっただろう。

 そして役場やマスコミを通じて連絡があった今までの目撃談とは異なり、目撃発生当日に僕のところに当事者から直接連絡が入った、というのも初めてのことだ。おかげで翌日には現場を確認して無人カメラを仕掛けることが出来た。過去「九州産クマ問題」において、これほど迅速な対応が出来た例は珍しいだろう。

 旅行から戻った目撃者と再び連絡を取り証言の細部を再確認し、僕の現地調査の情報や僕自身の見解も盛り込んで関係者やマスコミ各社に正式発表した。これまでになく正確で信頼性のある情報として受け止めてもらえたに違いない。

 現在、例の登山口にはもう一つの掲示物がある。高千穂町役場による「クマ注意」の掲示である。宮崎県が「クマ絶滅」の公式見解を示して以来、町内部にはクマ問題に表立った対応をすることに抵抗感があった。これは現行の地方行政システムでは仕方のないことだろう。だが今回、その役場も動いてくれた。これまで一人で奔走してきた僕にとって、力強い「エール」だった。

 僕がやってきたことは、撮影活動にしても情報収集にしても、とても地道な作業だ。第一、まだ「クマ確認」の結果は出ない。しかし、多くの人々に「九州産クマ問題」が浸透してきているのが実感できる。

 だから言える。これまでの努力は決して無駄ではなかったのだ、と。

 

(夕刊デイリー新聞2002年6月29日「エッセーひろば」掲載)


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