職業上は「写真家」とはいえ、まともな収入にならない「クマ探し」活動に専念できるほど、僕もお気楽な身分ではない。この春、高千穂町内でやっていたアルバイトが期限切れになり頭を抱えていたところに、旧友の紹介で新しい仕事の話が来た。
福岡市内のある専門学校で自然環境や野生動物に関する講義を担当しないか、というのだ。同様の仕事の経験があったことと、高千穂から福岡までの交通費も満額出してくれる、というので大喜びで引き受けることにした。以来、週に一度福岡まで出張し、茶髪の若者たちを相手に二科目の講義をしている。
講義の経験があるとはいえ10年前の話だ。往復と講義そのものの労力だけでなく、講義の準備もまた大変。一回90分の講義の準備に、まる2日かかることもある。おかげで、この六・七月は「本業」である撮影活動にかなり支障を来たしてしまった。
また、日常の生活費はもちろん、「クマ探し」活動にかかる経費も考えると、まだ十分な額とは言いがたい。それに半年毎の契約なので、先々の不安もある。それでも、収入面で随分と助かったのも事実だ。
それともう一つ。町内でのアルバイトは余程特殊な仕事でない限り、僕が引き受けなければ他の誰かがやるだろう。ということは、余所者の僕がこの町でアルバイトをすると、他の地元町民の就業の機会を奪うことになりかねない。以前町内でアルバイトしていた頃は、その点を心苦しく思っていた。
決して経済的に恵まれているとは言えないこの町に好きで移り住んできた以上は、「余所者として出来ること」で、地域に貢献出来るようになりたいと、常々考えている。それは「クマ探し」(これも地元のためになる、と僕は信じているが)だけでなく、経済面でもだ。
いつか僕が写真家として名を挙げ、写真やTVの仕事でもっと稼げるようになれば、その収入はほとんど町外からのはずだ。そして、僕はその収入から町に税金を納め、また出来るだけ町内でお金を使う。いつか、そうなりたい。
幸いにしてこの講師の仕事を得た事で、福岡市内でもらったお金を、この町に持って帰って来ることが出来るようになった。こうして町外からのお金を町内に落とせるようになったことが単純に嬉しい。そんな話をすると、ある知人は「地域にとっては、小額の税金を納めてもらうより、そのことのほうがよっぽど意味がある。」と言って笑った。
経済学の世界に「外貨獲得」という考え方がある。主に貧しい発展途上国での話だが、国内での経済活動が多少活発でも、自国通貨が国内でぐるぐる回っているだけではその国は豊かにはなれない。だから、売れるもの(農産物であったり、観光というサービスであったり)を他国に売ることで、外からのお金(外貨)を得て経済的に豊かになろうとすること…くらいの意味だ。
僕が三年を過ごしたアフリカのマラウィという国の場合、農産物、特にタバコが重要な輸出品だった。サファリで有名なケニアでは、最大の外貨獲得は「観光業」だという。ホテルの料金などに「外国人価格」(自国民価格より相当に高い)が設定されているところも珍しくはなかった。
この考え方は、日本国内の地方にも言えるはずだ。都市部で生み出されるお金をいかにして地方に持ってくるか?地域の産物を都市に売る。観光でお金を使ってもらう…もちろんそれに見合った「満足感」を提供しなくてはならないけれど…そうやって入って来た「外貨」が地域の経済を潤わせる、のだと思う。
高千穂の魅力の一つは、地元の人々の人の良さ、穏やかな気質でもある。こんなドライな考え方にはあまり染まって欲しくない、とも思うが、地域経済を考えるときにはやはり必要なことのように思う。
(夕刊デイリー新聞2002年8月17日「エッセーひろば」掲載)
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