僕は「クマ探し」活動のなかで、九州産ツキノワグマに関するいろいろな文献や資料を集めてきた。しかし、本格的な調査に基づいて書かれた報告書や公文書は非常に少ない。それがこのクマ問題をいつまでも「謎」のままにしている所以でもあるが。
そんな希少な文献の中には、「大御所」たる環境庁(現環境省)が九州産クマ問題について言及した文献もいくつか実在する。今回は改めて「環境庁は九州産クマ問題をどう見てきたか」について検証してみたい。
僕が入手したもののうち二つは、環境庁(省)がおよそ五年ごとにまとめることになっている「自然環境保全基礎調査」別名「緑の国勢調査」の中でまとめられたもので、第2回調査時と第4回調査時に哺乳類の詳細な分布調査(主に聞き取りによる)が行われている。
第2回調査時の報告書が発行されたのは昭和54年。この報告書によると、ツキノワグマは「九州では確実な生息情報は得られていない。」とされ、分布図には「絶滅情報」の印が複数あるだけだ。
さらに翌55年には、この調査についての専門家諸氏の見解をまとめた「報告書(その2)」が発行されているが、そこでもツキノワグマは九州では「すでに絶滅したものとみてよい」との結論が出されている。この当時、環境庁も「九州産ツキノワグマはすでに絶滅」と考えていた、と受けとめて良いだろう。
ところが、その後事件が起こる。昭和62年、大分県緒方町でのクマ捕殺だ。捕殺体の綿密な解剖などを行った九州大学による調査の報告書(昭和63年)では、異常な歯の磨耗が指摘され「移入品」との疑いもかけられたが、最終結論は「野生であることは間違いなく、また九州産である可能性は否定できない事実」とされた。
環境庁も直後にクマ調査で実績のある専門機関に緊急調査(主に現地調査)を委託している。昭和64年にまとめられたその報告書によると、新たに発見された爪跡やクマ生息に十分な自然環境などを根拠に「九州のツキノワグマは生存の可能性が高い」との結論が出されている。
つまり、この射殺事件にはいろいろな憶測が付きまとうものの、これを機に「九州にはまだクマがいる」に軍配が上がったことになる。
さて、前述の「自然環境保全調査」の第4回時の調査報告書が発行されたのは、その後の平成5年だ。ここで発表されたツキノワグマの分布図を見ると、「昭和60年以降の新情報」が九州に少なくとも3つあったことが示されている。そして「ほぼ絶滅状態とされる四国、九州からも情報があり、今後これらの地域でのさらに詳しい調査が望まれる」とのコメントが添えられた。昭和50年代の第2回調査のころ一旦は「絶滅」と考えた環境庁も、ここでそれを撤回したことを意味している。
さて平成の時代になり、日本でも絶滅のおそれのある野生生物たちに関する情報をまとめる作業が盛んになった。以前ここでもご紹介した「レッドデータブック」である。このレッドデータブックを、日本全土に生息する全種の生物を対象にしてまとめたのも、やはり環境庁(省)だった。哺乳類については初版が平成3年。その改訂版は平成10年にデータのみが先に公表され、今年平成14年春にようやく書籍として出版された。
本州、特に東日本には相当数の個体が生息するツキノワグマは、種全体としてはまだ「絶滅危惧種」のリストには入れられていない。しかし、レッドデータブックのカテゴリーの一つである「絶滅のおそれのある地域個体群」として、いくつもの地域のツキノワグマが局所的に絶滅にひんしていることが示されている。下北半島、紀伊半島、中国地方、四国…そして九州。
新旧の日本版レッドデータブックは、九州のツキノワグマが絶滅寸前の、早急に保護対策を取るべき地域個体群であることを訴えている。
(夕刊デイリー新聞2002年9月28日「エッセーひろば」掲載)
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