歩きたくなる街並みを


 2002年末の高千穂町は連休もクリスマスもそっちのけ。二人の新人候補と現職候補による三つどもえの町長選で盛り上った。保守的な土地柄の事、下馬評では「現職有利」。

 ところが、投票箱の蓋を開けてみれば…躍進した新人二候補が競り合う展開となった。新人町長の誕生という結果もさることながら、この投票内容に驚いたのは僕だけではなかったようだ。

 何はともあれ、高千穂町は新しい町長を迎える事になった。僕も移住者とは言え地元在住の有権者の一人だ。「変化」を求めた町民の声を、新町長がどう施策に反映するのか、応援も批判もしながら見守って行きたいと思う。

 さて、この選挙戦が始まる直前、気になるニュースが東京から伝わってきた。地域住民が自主的に景観を保全してきた東京都国立市「大学通り」に建設された高層マンションに対して、高さ20メートル以上の部分を撤去するよう命じる判決が出た一件だ。

 すでに建設され、住民もいるマンションを「壊せ」というのだから、すごい。果たしてこの判決に実効性があるのかどうか少々疑問に思うし、「だったら事前に法的規制をかけておくべき」という意見にも一理ある。

 しかし地域は住民全体で作り上げて行くものだ。地域住民との事前の話し合いが不充分だったとすれば、「違法ではない」からといって何でも許されるとは思わない。何より今回の判決で、「都市景観」つまり「街並み」というものに公益性が認められた、という点を僕は評価したい。

 毎月手元に届くある雑誌の中で、昨秋高千穂が紹介された。編集後記の中で取材者がこの景観の問題に触れていた。「神話」を謳い文句にした観光の町にしては、街並みに風情がない…。

 実はこれ、僕が初めて高千穂を訪れた時に抱いた印象と全く同じだ。そして地元住民となった今も、その思いは変わらない。もちろん、そこで暮らす人々の生活がある以上、景観や風情よりも利便や経済性を求める気持ちは分かる。全てを景観優先にしろ、というつもりは毛頭ない。

 だが、高千穂峡や各神社の境内を別にすれば、観光客にオススメできる散策コース、歩くだけで得した気分になる街並みが、どこかにあるだろうか?ただでさえ雑然とした目抜き通りには、このご時世でシャッターが下りたままの店舗が並ぶ。

 お祭でもなければ週末には人通りが途絶え、閑散なってしまう。無理もない。僕だってこの通りを歩いて散策してみようという気にはなれないでいるのだから。まして写真を撮る気には全くなれない。これが「観光宮崎」の雄・高千穂の街並みなのだ。

 確かに、景観というものの価値は数字では計りにくい。だが、「街並み」が今や重要な観光資源である事もまた事実だ。多くの人が歩けば、街は活気を取り戻す。人が歩かなくなった街は、衰退する。

 それに、住民自身にとっても、気持ちの良い街並みは生活する上での「快適さ」の一つであるし、立派な「福祉」だろう。少なくとも僕は、せっかくならそんな街並みを見て暮らしたいと思っている。

 先の判決は、そういった「優れた都市景観・街並み」の価値を認めたものだ。

 そして、一度失われたら再生が難しい自然景観や自然環境と違い、もともと人為的に生み出された「街並み」というものは、その気になれば(お金もかかるだろうが)再生する事も、新たに作り出すことも可能だ。

 幸いにして新高千穂町長は、この景観の問題を公約に掲げているようだ。だが、この問題は、住民の強い意思と協力がなくては解決しない。「歩きたくなる街」を高千穂に再生できるのか?新町長と、彼を選んだ町民とが、どんな結果を出すのか?2003年、試練の始まりだ。

(夕刊デイリー新聞2003年3月1日「エッセーひろば」掲載)


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