青年海外協力隊

自分を磨くつもりで挑戦を


 青年海外協力隊員として共にアフリカで活動していた友人の一人に、延岡出身のK君がいる。帰国後サラリーマンとして働いていた彼から昨秋に連絡があった。協力隊関係の仕事で再びアフリカへ向う、とのことだった。今頃は、同じく協力隊員だった奥さんと共に、現地に赴いているはずだ。

 協力隊経験者の中には、帰国後生きる道を変えた者たちが少なくない。福祉の道を志した元自動車整備士。森林生態学を学ぶため留学した元電気技師。教員として派遣されていたある若者は、今宮崎市内で医学を志ている。国際協力事業団(JICA)やその関連機関に就職し、国際協力に携わっている者も少なくない。帰国後すぐに派遣先だった国に戻って開業した者もいれば、世界放浪の旅に出た者もいる。

 もちろん、日本で地道にサラリーマンをしている帰国者たち、専業主婦となった女性隊員も多いのだが、ボランティア活動などに関わりながら、再び国際協力の現場で活動することを夢見る者が少なくない。前述のK君もそのチャンスをうかがっていたのだろう。

 かく言う僕もアフリカでの体験がなければ、帰国後写真家として活動することもなければ、高千穂に暮らしながらクマを探す道を選ぶこともなかっただろう(その話は随分前にこの欄にかかせてもらったことがある)。協力隊経験者の多くが海外に目を向ける中で、日本国内での活動に専念している点では少数派だが、協力隊参加で人生が変った人間の一人であることに間違いはない。

 協力隊というと、「崇高なボランティア活動」というイメージを持っている方々も多いかもしれないが、それはちょっと誤解だ。困っている人々のための奉仕活動…というのは表面的な意義付けでしかない。

 現場にたった一人で放りこまれた隊員は、異国の文化の中で「もみくちゃ」にされ、現地の価値観と衝突し、孤独感に包まれる。感謝されるはずだった自分の活動が、現地人から煙たがられることなど珍しくもない。だから「ほどこし」や「〜してあげる」などという奉仕の思いだけを拠り所にしていては、あっという間に挫折感に襲われ、二年間もの任期は全うできないだろう。

 そんなとき必要になるのが「現地の人々と肩を並べて共に働き、共に成長しよう」という感覚だ。相手の為だけでなく、自分自身の為にもなる。だから一緒に成長しながら、最後まで頑張ろう…。これは協力隊の最も基本的な哲学でもある。

青年海外協力隊員としてアフリカで働いていたころ

 泣いたり、笑ったり、ケンカしたり、ブチキレたり…の任期を終えて晴れやかに帰国する隊員たちは皆、その協力隊活動から「自分自身の成長」や「新たな夢」など沢山のお土産を勝ち取っているものだ。

 その大切なお土産を、一生の心の宝にする者もいるし、前述のように次へのステップにする者もいる。いずれにせよ、現地で「残してきたもの」より「得たもの」のほうが多い…これが協力隊を経験した僕らに共通した意見だ。

 協力隊員の募集は春秋年2回。その度に各地で「募集説明会」が行われ、僕ら協力隊経験者が体験談を話したり、来場者の質問に答えたりする機会を持つ。僕は帰国後、そういう行事には積極的に参加するようにしてきた。

 集まってくる人たちも多彩で、協力隊にある種の憧れや夢を描いている人もいれば、逆に「就職がないのでその代わりに」という現実的な動機の人も、このご時世で増えている。

 いずれにせよ、不安と期待の入り交じった表情を見せる。僕はそんな若者たちに必ず言うことにしている。「協力隊も良いことばかりではない。誰かのために、ではなく、自分自身を磨くつもりで挑戦してみなさい」と。

 

(夕刊デイリー新聞2003年4月5日「エッセーひろば」掲載)


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