「写真家」という肩書きで活動しているが、白状すると僕は写真について専門的な修業をしたことは一度もない。
写真学校も出ていないし、偉い先生に弟子入りしたこともない。「写真部」のようなサークル活動の経験もない。プロ活動している数人の友人からアドバイスを受けたり、ひところ、福岡の写真屋でアルバイトをしていた経験があるくらいだ。それ以外はすべてが独学で、とりあえず自分に必要な技術から身に着けてきた。
そんな「エセ写真家」の僕は、恥ずかしながら長い間風景写真というものをマトモに(プロのレベルで)撮ったことがなかった。写真家としては普通は必須の分野なのだが、野生動物をテーマに、特に無人撮影という特殊な技法をメーンに撮影して来た僕にとって、風景は記録上の事務的な写真で十分だったのだ。
が、その僕が一年ほど前から、高千穂で風景写真を撮るようになった。実は町内の友人の勧めで、写真を絵葉書に加工して販売することになったのだ。
すでに撮りためた作品が多くあった「夜神楽」の写真から製品にしたが、需要が多いのはやはり高千穂峡などの名所の写真。カメラと新調した三脚を担いで高千穂峡などを撮影して回ったのは、昨年の今頃だったか。
夏は山の写真。三秀台から祖母山を狙ったが、雨の多い夏だったので、夏らしい空を待ち続けた。
続いてトライしたのが、秋の雲海だった。9月初めから雲海の名所である国見ヶ丘に通い続け、ようやく絶好の雲海に出会ったのは1ヶ月半後だった。
もらろん紅葉も狙ったが、山をおおった美しい紅葉が麓へと降りて来る頃から天候不順に見舞われ、高千穂峡の紅葉には恵まれなかった。これは今年の課題だ。
こうして高千穂の風景写真を撮りはじめた僕は、撮影を通じて改めて高千穂の景観と向き合う事になった。三脚を据えるてカメラのファインダーをのぞき込む。そこには、イメージ通りの美しい景観が広がっていて欲しい。
が!むむ、電線が…電柱が…高圧線の鉄塔が…携帯電話の電波塔が…白いガードレールが…青い作業シートが…放置された資材や重機が…。濃緑色の植林地は、夏場はともかく新緑や紅葉の季節には山の斜面にまだら模様となって目立つ。
現在はデジタル画像処理技術が発達しているので、パソコン上でちょっといじれば、写り込んだ電線や電柱を消してしまうことなど難しくはない。
だが、もともと芸術としてではなく、「事実の記録」として写真を始めた僕にとって、演出や画像加工には今でも強い抵抗を感じる。可能な限りデジタル加工はしたくない。
だから、撮影の際には、カメラ位置を変えたり、レンズを代えたり、あーでもない、こーでもない、とベストな「切り取り方」を模索する。
特に観光名所である高千穂峡で、ちょっと見上げると電線や鉄塔が目立つのは、本当に目障りだ。国定公園、そして国の「名勝」指定を受けているのにも関わらず、このざまだ。
かつて住んでいた町の一角に、空が妙に広く感じられる区画があった。後から気づいたのだが、実は電線と電柱が全くなかった。新しい都市計画で作られた区画で、電線はすべて地下に埋設されていたのだ。電線がないだけで、これほど景観が変わるとは!
電線の埋設は費用面で大変かも知れないが、電柱の位置を変えことで目立たなくなる場所もあるだろうし、ガードレールは外側だけ緑色に塗るというのはどうか。
僕も高千穂の町に住んで3年が経ち、この景観に馴染んでしまいつつある。でも、カメラのファインダーとレンズを通して見た風景が、改めて町の景観について考えるチャンスを与えてくれた。
(夕刊デイリー新聞2004年6月19日「エッセーひろば」掲載)
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