2005
05/10 フルサイズ
で1000万画素オーバーで、30万円でCONTAXのレンズが使えるようになったら、デジカメを使ってみようかと思っていました。案外早く、若干、予算オーバーですが、CANONが発売してくれました。
ボディはいろいろと言われているようですが、CONTAXのと比べると、軽いし、ファインダーも見やすいし、別に問題があるとは思えません。これで、ツァイスの35mmレンズを使っているユーザーは喜ぶでしょうね。
ボディは確かに高価ですが、レンズ買わなくてよいわけですから、フィルム代だと思えば、メインで使う人だったら、3年で元がとれますからね。
私もニコンとかオリンパスとか、クラっときたことがありますがレンズを揃えだすと、カメラよりも相当高くなりますからね。
で、いろいろやってみて、一応、私の所有する35mmのCONTAXレンズはすべてのレンズが装着できました。少しだけ、ボディにかすり傷がついた程度。
Planar55/1.2、Planar85/1.2 50周年もOKでしたし、Mutar1もつきました。設計誤差があるようで、かならずしも全てがうまくいくわけではないようですが、何回かこすっているうちにすっーとつきました。
ただ、後玉と接触するかどうかは、賭けなので、もう少し慎重にすべきだったかと思います。
正直、この日が来ることを予想して、最低限の35mmレンズを売却せずに持っていたわけですが、これから少しづつ試していこうかと思います。
恋するスターダスト
を読みました。アッという間に読みきってしまったわけですが、予想した以上に新井千裕さんの世界で、この10年間の沈黙が感じられない作品になっていました。
作者と作品を結びつけることにあまり意味があるとは思いませんが、新井さんって、確かもう50超えてるはずなので、それを思うと余計に感慨深いものがあります。(50を超えている人がこの小説を書けることに少し驚きますね)
ただ、年齢的に余裕があるのか、それとも小説に対して距離があるのか、作品としては、余裕を持って書いている感じがしましたね。
写真も力を抜いてとりたいものです。
新井千裕さん
の新刊が出たようですね。この人の本をはじめて読んだときは、私が東京に住んでいたときか、少しその後で、確か、同時期に、岡崎京子さんのPinkを読んで、新井さんの作品とPinkの持つ世に物凄く惹き付けられたことを覚えています。
外に向かって開かれた世界、というのは簡単ですが、実は、外に世界があるわけではなくて、外という言葉が、概念があるだけだなどと思いながらも、おそらく外に近いであめう、何かが生まれる境界に近づくというのも、スリリングで楽しいものです。
私が写真を始めたのも、境界を撮りたいなどと思ったからで、自分の価値観に大きな影響を与えた作家だと思います。
ご興味があれば、ご一読をお勧めします。
05/7-モデムのクラッシュ
でパソコン不通に。
やっと復旧して、久々の更新です。
Planar って
響きは、なんとも言えないものがありますね。これからカメラがデジタル化して、味つけがあまりなくなればなくなるほど、このブランドの価値は上がるのでしょうね。
最近のオークションでのPlanar 55/1.2の値上がり具合を見ていると、このようなレンズがもう作られることはないという感じの値上がり方になっています。もう一本、いっとけば良かったかな、なんて思ったりします。
将来的に銀塩の35mmカメラの位置付けは、少し前のライカのような感じになるんじゃないかと期待していまして、山のようにあるAFカメラは全滅かもしれませんが、一部のカメラはズノーの一眼レフみたいに、20年後ぐらいには、なるのかもしれませんね。そういう意味では、このレンズは確かにおいしいレンズですが。
さて、私はというと、次のニコンのD200ぐらいから、デジカメ参入も良いかなと思っていますが、Planar病にかかったらしく、FEのPlanar 110/2を入手しました。Fの110/2を既に持っているのですが、90年代後半に設計が変更されており、設計変更後のバージョンを入手しました。
Fの方は、開放からシャープですが色収差が大きく、このあたりが改善されたのかどうか関心のあるところです。少し時間ができれば、新旧のPlanar110/2を撮り比べてみようと思います。ファインダーから覗いた印象では、開放での周辺のコントラストを上げた感じで、中心部はあまり変わらないような感じですが、実写の結果はどうでしょうね。
05/5-デジタルカメラのビジネス・モデル
CONTAXの生産中止のニュースを聞いてからというものなんとなく写欲もなく、なんだかなぁという感じで、このゴールデンウィークもちょこっと庭の写真を撮った程度でした。
もう10年程度しかCONTAX645とは付き合えないと思うと少し寂しい気持ちになります。で、もう一台、ボディをとも思うのですが、これがなかなか迷うところですね。
それよりもアクセサリー関係の確保が先かもしれません。
もう一方で最近、デジカメ、一眼レフが気になってきています。
D2Xとか、柴田さんのコメントなど読むと、その気になってきますが、これはこれで、どの程度の画像がでるのか全然、わかりません。
少なくとも、非圧縮のフルデータをプリントしないと、画像がわからない。ニコンに限ったことではありませんが、Jpegに圧縮したサンプルを見て判断しろと言われても、困りますね。雑誌の作例等をみても、全然、どこが良いのかわからない。言葉では凄いといわれても、映像が見えないのですから、なんとも
しがたい感じです。いろいろとサンプルなどを見ると、RAWで手を加えると、良い感じになるようですが、それにかかる時間は結構多そうですね。
あと、別にCONTAXを称えるわけではないですが、あらためてNikonやCanonのカメラの形を見ると、あまり物としての愛着は湧いてこないです。機能的すぎて、デザインがない。一つのスタイルかもしれませんが工事現場のようなゴツゴツした形態は、ちょっと他に選択肢がないのかなぁと思ってしまいます。そういう意味では、RTSのデザインは秀逸でしたが、それもなくなるわけで。
で、デジカメで思うのですが、早く、カメラと映像素子を別モジュールにてきないかと思います。今のデジカメの問題点は、すぐに映像素子が陳腐化してしまうことにあり、当分はこの傾向が続くと思います。
中判では、既にフィルムバックとしてカメラと分離されているのですから35mmでも無理な話ではないと思うのですが。
独立したモジュールとしてデザインされたデジカメは、結構魅力的だと思うのですがねどうでしょうね。
05/4-デジタルカメラのビジネス・モデル
デジタルカメラの市場は、キャノンの一人勝ちの様相であるがよくビジネス・モデルを考えれば、キャノンの戦略とは別の戦略があり、そのまだまだ発展する余地があるので少し書こうと思う。
それは、もともとのカメラのデザインに戻ること、だと思う。カメラの機能を、レンズとカメラ機構と映像記憶機能の3つのモジュールに分解し、それぞれが、一定のルールのもと自在に組み合わせできるような規格を作ること。
今のカメラの問題点は、カメラとレンズの相互依存性が高くなり(AE、AF)、次にカメラ・レンズと映像記憶機能の相互依存性が高くなっている状態にある。(デジカメ)
しかし、よく考えてみれば、一定のルールさえ規格として確立してやれば、AE、AF、映像記憶機能は分離できるはずだし、とくにデジカメになってからは、映像記憶機能の進歩度合いによってカメラ自体を買い換える動きとなっている。
カメラに電子部品が組み込まれ、いくつかのメーカーが淘汰されたように、映像素子を作れないメーカーは、競走上は大変厳しいことになっていると予想される。であるなら、カメラのデザインとして、映像素子を交換できるデザインを早く作った方が、なんて思うのだが。


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