路面電車の今


かつては都市の基幹交通として1965年の時点で総延長600km近かった路面電車も、地下鉄への代替やクルマ社会化の流れに押され、総延長は200km程度(2009年現在)とかなり縮小してしまいました。しかし今日もなお全国20あまりの都市(*)で生活や観光の足として活躍しています。近年では、改良された路面電車システムが、バスと地下鉄の間を埋める「新たな交通システム」として見直されつつあります。2006年春にはローカル線を転換する形で富山ライトレールが開通し、大きな注目を集めました。ここでは主に日本国内の路面電車の現況を紹介します。


路面電車の定義:
ここでは道路上を走行する区間(併用軌道)のある路線を主に取り上げています。東急世田谷線は併用軌道を持ちませんが、1)軌道法による路線であること、2)路面電車型の車両を用いていることと、3)併用軌道区間(現在は地下化された本線部分)もあった歴史的な背景から路面電車の仲間として取り扱っています。他に筑豊電鉄(鉄道だが路面電車型車両を用いて運行し、かつては路面電車に直通)、江ノ島電鉄(鉄道だが小型の電車で併用軌道区間を持つ)、熊本電鉄(鉄道かつ大型の電車を用いているが併用軌道区間あり)を路面電車の仲間に入れることもあります。


表定速度の計算:
各路線の表定速度の正確な資料が見当たらなかったため(状況の変化で大きく変化している路線もあり)、新たに計算しなおしました。「えきから時刻表」などのネット上の時刻表サービスの路線時刻表から日中の所要時間(13−15時代)を求め、路線延長から区間表定速度を計算しました。余裕時分を含めているダイヤが組まれている場合と草でない場合が考えられ、必ずしも実情を反映していない可能性もありますが、乗車経験がある場合はその印象も記載しています。









阪堺電軌
  (阪堺線・上町線)

恵比須町〜住吉〜浜寺駅前、天王寺駅前〜住吉〜住吉公園
営業キロ:18.7km(全線複線)
 全区間 軌道線(併用軌道7.3km、専用軌道11.4km)
軌間:1435mm  電圧:DC 600V  表定速度:19.2km/h(阪堺線)、17.3km/h(上町線)

大阪天王寺付近から堺市内へ抜ける路線である。大阪天王寺から住吉公園までの上町線と恵美須町(大阪)から浜寺駅前(堺)の阪堺線の二つからなる。専用軌道と併用軌道が半々くらいという構成のため表定速度は十台後半と比較的速い。堺市内においては併用軌道区間もセンターリザベーションとなっていて走行条件はよい。かつては連結運転もあったようであるが、現在は単行の電車で運転されている。電車は、近代的な新造車と、車令は比較的古いものの当時としては新鋭のカルダン駆動を用いた新性能車がかなりを占めるようだが、レトロな旧型車もまだまだ多く残存しているらしい。ただ後者は非冷房なこともあって、私が訪れた時期の日中には殆ど運用されていないようであった。80年代には路線の縮小も行われたが、新車、更新車の投入も行われており、庶民の足として親しまれているようである。
上町線天王寺駅前は道路中央に設けられたターミナルらしい駅で、ここからは住吉公園行きと阪堺線直通の我孫子道行きの2系統の電車が発着している。天王寺を出ると混雑した大通りの中央の併用軌道に踊り出る。さすがに繁華街の混雑した通りだけに車の飛び出しも多く、私の乗車した電車はかなりの頻度で警笛を鳴らしていた。松虫からは専用軌道となるが、しばらくすると再び併用軌道、今度は道幅は狭いため自動車との混合交通となる。私の乗ったのが昼下がりの午後ということもあってか交通量も少なく電車は以外にスムーズに走行していたのが印象的であった。しばらく進むと再び専用軌道となり、住吉で阪堺と交差(我孫子道行きの電車はここで乗り入れる)、住吉公園に至る。 一方、阪堺線は、大阪の繁華街、恵美須町を起点とする。しばらくは専用軌道を快調に進む。住吉大社も近づく、東玉出からは併用軌道にはいるが、軌道は道路の端に寄せられていて、なおかつ自動車との混合交通である。交通量が少ないことがあってか それでも電車はかなりスピードを出して(40km/h程度ではあるが)進んでいた。住吉では上町線と交差、住吉大社を横に見ながら併用軌道をさらに進むが、時期に専用軌道になる。我孫子道からは堺市内区間に入り専用軌道を快調に飛ばしていくが、綾の町からは再び併用軌道、といっても3車線の極めて広い道の中央に緑地帯で区画化された立派なセンターリザベーション軌道である。軌道敷は敷石となっているが、ときおり石の割れ目から生えた草がかなり目立つ場所もあり、軌道敷脇の緑地帯(花がきれいに咲いていた)と合わせて、欧米LRTの芝生軌道を連想してしまった。いっそ芝生軌道にしてしまったら景観はさらに向上するのではないだろうか。それはともかくさすがにセンターリザベーションだけあってスピードはかなり出ている。が、ときおり右折車の飛び出しがあり警笛が鳴り響くこともあった。せっかく右折レーンが設けられているのだから全て矢印信号にしてしまえばより円滑に運行(反対車線が見渡しにくいから、右折車にとっても矢印信号の方が安全性が向上するであろう)出来るようになるのではないだろうかとも思った。とはいえ、日本の併用軌道の中ではかなり恵まれた走行環境ではないかと思った。御陵前からは専用軌道、駅間も1km近くに伸び、電車はかなりスピードを出し激しく揺れていた。そして終点直前でやや併用軌道的な雰囲気となり、終点、浜寺駅前に到着するのである。
ちなみに、大阪・堺の「チンチン電車」として親しまれている阪堺電軌であるが、収支的にはかなり苦境のようで、末端部(堺市内区間)の廃止検討が行われている事が明らかになった。一方で、堺市では、2014年開業を目標に市内東西方向のLRT導入を目指しており、この路線が開業の後には南北方向を貫く阪堺線の役割も重要なものになってくると思われ、それまでの維持・発展策が検討されているようです。




岡山電軌
  (東山線・清輝橋線)

岡山駅前〜東山・清輝橋
営業キロ:4.7km(全線複線)
 全区間 軌道線(全線併用軌道)
軌間:1435mm  電圧:DC 600V  表定速度:15.0km/h(東山線)

現在、最も注目を浴びている路面電車の一つ。路線延長は4.7km(2路線)と全国でもっと短いが、中心市街地活性化の起爆剤として延伸(特に駅前から岡山大学病院前までの約1.6km)が検討されている。路線延伸についての具体的な日程はまだ先のことになりそうではあるが2002年7月には新潟鉄工製(ボンバルディアより台車、部品を輸入)の連接LRV「MOMO」が導入され、その優雅な姿と内装で大きな注目を集めている。その他の車両についても、予備車を除いて、カラフルな車体広告で彩られた「軽快電車」型の車体更新車(ほとんど新製車に近いものもあり)で統一されており、さらに、センターポール化、マウンドアップされた安全地帯付き電停(しかも安全柵つき)もしっかりと整備されており、車両だけでなく、付帯設備も含めた近代化が進んでいる。さらに100円バスを意識して初乗り運賃を100円(最大140円)とする異例の値下げを行うなど積極的な経営が目立つ。
難点は、JR岡山駅から駅前の電停までが比較的遠いこと、そして表定速度が特に遅いことがあげられるが、後者については、走行距離が短いこともあって実際に乗車したときにはさほど気にならなかったが、資料によれば東山線で10km/hと全国の路面電車の中でも特に表定速度が遅いとのことが課題となっているとのことである(特に運賃収受・客扱いの時間が課題になっているとのこと)。
運行のほとんどは更新車(車体新造車)によって行われているようである。私が乗車したときには連接LRV「MOMO」はまだ導入されていなかったが、更新車についても車体自体は非常に新しいものが大半を占めるので、ぱっと見た感じでは非常に近代的で快適に感じられた。むろん、走り始めると釣りかけ式モータ特有の鈍い音が響くので、更新車であることがわかるのであるが、高速走行の必要のないこの路線(全長が短く専用軌道区間がない)では充分実用的であるといえるかもしれない。
東山線、清輝橋線共に、岡山駅前(JR岡山駅から遠いのは課題だが、地下商店街には直結の階段がある)を出ると、センターポール化された大通りをゆっくりと進む。途中の電停は、島式であり、ホーム柵までついた(さすがに可動式ではないが^^;;;)立派なもの、かつ整備された大通りの景観によくマッチしたものであった。柳川から清輝橋線が分岐する。東山線は、さらに直進し、城下電停で右折することとなる。城下も立派な電停で、岡山城方面へは、地下道にも接続している。電車はさらにセンターポール化された大通りを進んでいくが、途中から中央分離帯がなくなる。さらにその後、左折して少しの間、カーブの多い細い街路を進んでいく。街路が細いこともあって、小橋電停と中納言電停については現時点(2002年8月)ではノーガード電停のままとなっているようである。終点近くになり、再び広い街路となり、中央の軌道敷を進んでいく。この辺りは、センターポール化はされていないので、いわゆる伝統的な「路面電車的風景」である。終点の東山も安全地帯付きの電停であるが、こちらは岡電では珍しく相対式の停留所であった。正面に東山公園の丘が迫り、線路は二つに分岐しているが、ともに車庫へと続いている。 清輝橋線についてもしばらくは、センターポール化された大通りを進むが、最後の区間のみはサイドポール区間である。清輝橋電停については歩道橋に直結した形であった。




広島電鉄
  (市内線・宮島線)

1号線:広島駅〜紙屋町〜広島港 2号線:広島駅〜紙屋町〜広電宮島
3号線:西広島〜紙屋町〜広島港 5号線:広島駅〜比治山下〜広島港
6号線:広島駅〜紙屋町〜江波 7号線:横川駅〜紙屋町〜広電本社前
8号線:横川駅〜江波 9号線:八丁堀〜白島 他 臨時系統あり
営業キロ:35.1km(全線複線)
 うち軌道線19.0km(併用軌道18.7km、専用軌道0.3km) 鉄道線16.1km
軌間:1435mm  電圧:DC 600V  表定速度:10.4km/h(1系統)、19.9km/h(2系統)など
(*)2系統は宮島線直通(鉄道)

日本の元気な路面電車の代表ともいえるのが、広電の市内線である(「日本のLRT」のコーナーでも紹介)。広島市の中心部を縦横に路面軌道が走り、延長19kmのネットワークを形成している。「軌道線」にあたるこの市内区間に加えて、宮島方面にも広島電鉄の路線(宮島線)が伸びていて、こちらは全区間が専用軌道の鉄道線ながら、市内電車がシームレスな直通運転を行っており、実質的に路面電車網に組み込まれている。従って、実際上は軌道区間・鉄道区間合わせて35kmの路面電車ネットワークが広島には存在する。
広島の路面電車の特徴であるが、まず都市の基幹交通として、中心街の足として代表的なものとなっていることがあげられる。JR広島駅を降りるとすぐ「市内電車乗り場」が目に飛び込んできて、次々と電車がやってきては発車していく。基幹交通としての路面電車を見慣れていない関東の住民にとってはまさにカルチャーショックであった。施設面の特徴として、大きく2つ挙げることができる。まずは古くから言われていることだが「走る路面電車の博物館」の異名をとるほど様々な種類の市内電車が走行していることである。実際、市内線の電車に乗車すると、自社発注の軽快電車に混じって、京都・大阪・神戸などかつて路面電車が走っていた街からの様々な転入車が、その街の電車の塗色で今も元気に走行している。さらに期間・区間限定(イベントや土日走行)になるが、単車型のレトロ電車や、外国からの転入車の走行もあったり、被爆後に復旧した「被爆電車」まで走行している(こちらは在来車に混じって普通に運転)。このように様々な懐かしい・珍しい電車に気軽に乗ることができる(しかも基本的に冷暖房つき)のが広島の電車の特徴であったが、最近は大きく変貌を遂げつつある。本線系統にあたる2系統(宮島線直通)や1系統(広島駅前〜紙屋町〜広島港)にはインバータ制御の3連接車(3700,3800,3900,3950型グリーンライナー)やドイツから輸入した5連接超低床車(5000型グリーンムーバー)など最新型かつ大型の車両を積極的に投入、かなりの数にのぼっている。特に宮島線とあわせて運転されている2系統(広島駅前〜紙屋町〜西広島〜宮島口)については、超低床車グリーンムーバーが集中投入され、日中の運行の約半数が超低床車である上に、残りの電車についても基本的には3連接タイプの軽快電車型(グリーンライナー)の電車で運転されており、LRVといえる水準の車両にほぼ統一されている(臨時電車やラッシュ時にはごく一部に旧型車も残存)。ちなみに、1999年から2002年にかけてドイツから輸入した5000型電車が全12編成そろえられたが、さらに今後、2005年頃から国産の超低床車(現在メーカーが開発中)の大量増備を開始し、旧型車を一掃する計画となっているようである(一部の旧型車両は残す模様。それこそ「走る電車の博物館」としてレトロ電車の運行も行うのかもしれない?)。あわせて西広島、広島港、横川駅前とターミナル電停の大改装と線路付け替え(広島港では200mほど延伸)や市内電停の高規格化など、車両以外の施設改良も積極的に行われている。このように一見、相反する特徴を持つ訳だが、これが広電の魅力の一つでもあり、日々進化する路面電車の姿を見ることができる。

さて実際の路線であるが、市内区間に関しては駅間も短く、交差点も多いので、表定速度は12km/h程度と、資料の上では必ずしも「速く」はない。が、軌道敷内の車両乗り入れが禁止されているため、運行はスムーズで、乗っていてあまり遅いようには感じられなかった。
まずは本線系統にあたる2系統(広島駅前〜宮島口)から概要を紹介したい。宮島口行きの電車は前述のとおり、新鋭車両が多い。3連接あるいは5車体車両による運転(全長25-30mほど)のため、市内区間ではかなり迫力がある。広島駅前をでると、ちょっと狭い道をしばらく走るが(ここは大通りへの路線移設計画あり)、広島港方面(5系統)の軌道と分岐した後、紙屋町に続くにぎやかな大通りを直進していく。この辺りは駅間も短く、中心市街地にあたる紙屋町電停に至ってはとおりをはさんで電停が続いているほどである(紙屋町東・紙屋町西)。表定速度の低下を招く一因の一つでもあるが、利便性を向上させている側面もあり、各駅の利用客もかなりにのぼっている模様である。紙屋町からも広島港方面へ向かう路線が分岐しており(1系統、3系統、7系統)、電車の方も非常ににぎやかな交差点である。ここを過ぎると景色が開ける。原爆ドームと平和記念公園の脇を走り抜けていくと、江波〜横川駅に敷設された軌道とのT字路となる(道路自体は十字路)。電車は左に曲がり、横川方面(8系統)からきた線路と合流、大通り中央を土橋まで走行した後に再び分岐、右に曲がって狭い道を走行する。細街路・専用橋・細街路とまるで路地裏のような所を走りぬけた後に、左・右とクランク状にまがり最終的には平和大通りに中央を西進して西広島に至る。西広島は、欧風LRT調の近代的な駅で、ここから先「宮島線」は、鉄道線であるので全線が専用軌道であり、電車の速度もぐっと上がる。地面が近い超低床車ではスピード感はかなりのものであった。併走する山陽本線に比べるとずっと駅数が多いが、小気味のよい走りにより西広島〜宮島口の表定速度は30km/h程度確保されており、2系統全体の表定速度も20km/h程度と、定時で走れば、欧州のLRTと比べても遜色のないレベルとなっている。
2系統以外は、市内区間を走行する路線であり、基本的にはほとんどが道路中央の併用軌道である(朝夕など一部電車は宇品線と宮島線に直通する。いわば3系統に近いが、「0系統」表示らしい)。このうち、1系統(広島駅前〜紙屋町〜広島港)は駅と中心街、港と都心を巡回する路線である。紙屋町(東)までは、先に紹介した2系統と同様のルートであり、そこから先は左に曲がり、宇品線を南下、皆実町付近で広島駅から直接広島港を目指す路線(5系統)と合流する。この辺りまでは大通り中央を走行する。その先、広島港の手前付近までは比較的狭い通りの中央を走行する為、平行道路の整備に合わせて、トランジットモール化の検討も行われているとの事である。終点、広島港手前数百メートルは実質的に専用軌道となっており、最近、旅客船ターミナルの移転に伴って路線が延伸、芝生軌道の導入も行われた。さらに移設された広島港電停自体も、西広島駅同様に欧風LRT調の大変立派な駅となり、旅客船ターミナルに直結している。ここからは1系統電車の他に、3系統(広島港〜紙屋町〜西広島)と5系統(広島駅前〜広島港)の電車も発着している。なお、1系統は都心を巡回することもあって大変混雑している。全線が市内区間であり、広島駅前・広島港付近以外のほとんどは道路中央の併用軌道を走行する純然たる路面電車路線であるが、連接車(3950型グリーンライナーなど)もかなりの数が運用についている事は特筆すべきであり、この路線の大きな特徴となっている。
3系統(広島港〜紙屋町〜西広島)は、走行路線自体は、これまでに紹介した系統と重複している。前者(3系統)は、1系統電車と混じって紙屋町まで走行した後、今度は2系統電車に混じって西広島に至る。宇品線の途中(広電本社前)に車庫がある関係で、朝夕など一部電車は、宮島口方面の直通電車(2系統と同じ連接車)もあるようである。一方5系統(4は欠番)は、広島駅前を出てしばらくすると(的場町)、分岐して、皆実線に入る。そしてここをショートカットして皆実町付近で1系統電車と合流し、宇品線・広島港電停まで至るルートである。この系統についても時々連接車の運用が行われているようである。
6系統(広島駅前〜紙屋町〜江波)は江波線を走行する系統である。広島駅前を出て、紙屋町・土橋までは2系統と同一のルートであるが、6系統はそのまま江波線を直進し、終点・江波まで至る。こちらは単行のワンマンカーが用いられることが多いようである。7系統(横川駅前〜紙屋町〜広電本社前)は2003年春から新設(復活)された系統で、横川駅前から紙屋町を経由して広電本社前(宇品線)に至る系統、一方、8系統(横川駅前〜江波)は同じく横川駅を出るが、そのまま直進し、江波に至るルートである。横川線については7系統新設にあわせて、多くの電停が高規格なものに改築された。連接車の乗入れに対応する為もあるのだろう。特に横川駅前電停については、駅前広場への乗入れが行われ、やはりLRT風の大型ターミナル電停へと生まれ変わった。これらの系統についても一部の電車は連接車が用いられているものの基本は単行のワンマンカーとなっている模様である。
最後に9系統(八丁堀〜白島)であるが、こちらは白島線内のみを往復するミニ系統である。白島を出て八丁堀に至るルートで、八丁堀電停では、横断歩道を渡る必要があるものの本線系統に接続している。他の系統と重複して走行しないこともあってか、時々レトロ電車など一風変わった電車の運行も行われているようである。
このように様々な系統の様々な電車が運転されているのが広島の特徴である。混雑時の団子運転、客扱いによる遅延、そして延伸が予定されている新交通システムとの競合の可能性などいくつかの問題点・不安定要素はあるものの、様々な路線延長計画や改良があり、今後が期待される路線の一つであり、実際乗車してみて、その活気が感じることができたのであった。





伊予鉄道
  (松山市内線)

1, 2系統:松山市駅〜古町〜上一万〜松山市駅(環状線)
3系統:松山市駅〜道後温泉 5系統:松山駅前〜道後温泉
6系統:本町6丁目〜道後温泉 他 坊ちゃん列車等あり
営業キロ:9.6km(複線5.4km、単線4.2km)
 うち軌道線6.9km(併用軌道6.4km、専用軌道0.5km) 鉄道線2.7km
軌間:1067mm  電圧:DC 600V  表定速度:12.2km(1,2系統)、13.1km(3系統)

松山城を中心とした環状の路線や道後温泉への路線を持ち、JR松山駅、伊予鉄郊外線松山市駅、大街道(中心市街地)にも接続している。なお伊予鉄松山市駅は同じ事業体ということもあってか駅前ターミナルに乗り入れているが、JR松山駅から電停までは若干の距離があった(それほど気になる距離ではないが)。
私の訪れた2000年春の時点では、車両はすべて旧型車で運行され、クリームとオレンジの塗色に統一されていた。かなり時代を感じさせる車両・塗装であったが、汚れていたり痛んでいるという様子はなく、悪い印象はなかった。むしろ道後温泉駅やその周囲の景観とよくマッチしており、観光客としてはむしろ味があってよいイメージを持った。
ちなみに現在(2003年)では、単行車型の超低床車も運行され、計画的導入が行われている最中である。こちらは角張ったデザインで白をベースとしつつ、オレンジと黒がアクセントに入ったシャープなイメージの車両である。さらに観光の足として、最近では、「坊ちゃん列車」の運行が行われているとのことである。それこそ「マッチ箱のやうな」機関車が客車を引いているのだが、市内線をこのような車両が走る様はなんともユニークでユーモラスである。外観は蒸気機関車で、蒸気も噴きながら進んでいくが、市内運行用ということもあって、実際はディーゼル機関車による客車列車ということである。
なお、一般車両の運行はすべてワンマンカーであり降車口には両替器風の装置があって硬貨を投入すると運賃分が引かれ、おつりがでるようになっている。ちなみに私はこれを両替器と間違えて走行中にお金を入れてしまったが、運転士の方は快く対応してくれた。印象に過ぎないが、この方に限らず全体的に伊予鉄の接客態度にはかなり好印象を受けた。地下鉄や新交通と違い、路面電車は人の顔が見える。しかも道後温泉までの観光の足という側面もあるため、にこういうこともまた乗りたい、という気持ちを左右する重要な因子だと思う。 ちなみに環状線のうち、北側の「城北線」については、法規的には鉄道線であり、単線の専用軌道を軽快に走り抜けていく。一方、途中、大手町・古町においては鉄道線(伊予鉄)との平面交差もあり、特に大手町においては軌道線(併用軌道)と鉄道線が直角に交わっており、踏切待ちをしている路面電車の姿を見ることが出来る。古町においては、専用軌道となっており、鉄道線と車庫を共用している。乗換も、並んだホームで行うことが出来、比較的スムーズな接続であった。
路線延長は10km足らずではあるのだが、環状線を中心に、鉄道駅、繁華街、そして温泉と市内の要所をしっかりおさえていることもあって、市民の足としても観光の足としてもかなり利用されているように感じられた。



長崎電軌
  

1号:赤迫〜大波止〜正覚寺下 3号:赤迫〜桜町〜蛍茶屋
4号:正覚寺下〜西浜町〜蛍茶屋 5号:石橋〜西浜町〜蛍茶屋
他 臨時系統(2号, 7号, Z号)あり
営業キロ:11.5km(複線11km、単線0.5km)
 全区間 軌道線(併用軌道10.2km、専用軌道1.3km)
軌間:1435mm  電圧:DC 600V  表定速度:14.6km/h(1系統)

私が長崎の路面電車に乗ったのは10年近くも前のことであるが、長崎は市電が便利であるということは噂に聞いていた。車に阻まれて渋滞に巻き込まれる、という固定観念が染みついていた私ではあったが、長崎の市電に乗ってみてその疑問は氷解した。市内に軌道が張り巡らされていて大変便利なこと、長崎では道路中央を電車が走っているが基本的に専用レーンになっていること、そして何より驚いたのは一回100円、そして乗り継ぎも可能であるということであった。確かに車両は旧式のものばかり(一部に更新車あり)であったが乗客も多く、まさに電車が活かされていると感じた。旅行者である私にとってはレトロな電車はむしろいい雰囲気を出していた。そして、民間企業による運営で、長く低運賃を維持、しかも黒字経営であるということを聞いてさらに驚いた。


熊本市交通局
  

田崎橋・上熊本駅前〜辛島町〜健軍町
営業キロ:12.1km(複線11.9km、単線0.2km)
 全区間 軌道線(併用軌道11.8km、専用軌道0.3km)
軌間:1435mm  電圧:DC 600V  表定速度:12.4km/h(2系統)

私にとって初めて乗車した路面電車は熊本市電であった。もう10年以上も前の話なのであるが、当時は路面電車と言えば過去の乗り物という観念が頭にあり、熊本駅前に降り立ったとき、そこに待ち構えていたピカピカのスマートな電車には驚かされた。当時の最新鋭車「9200型」であった。その後、熊本市電には、輸入の超低床車が日本で初めて導入され、全国的な注目を集め、路面電車復権の動きが加速されることになったのであった。
現在の熊本市電の路線は、田崎橋から熊本駅前、辛島町、そして中心市街地の通町筋を経由して健軍町に至るルートと、辛島町で分岐して上熊本駅にいたるルートの二つである。クラシックな旧型車も比較的多く残存しているが、日本初のVVVFインバータ車、そして日本初の超低床車と意欲的な車両も数多く保有しており、軽快電車型やLRV型の車両の割合も比較的高い。また、上熊本駅周辺には、インファンド工法(コンクリートの軌道面にレールを樹脂包埋)の施工がなされており、これまた意欲的な「日本初」である。
さて、実際に乗車してみたところであるが、たまたま乗車した日が、地元デパートのセールに伴う「市電無料」期間であり、まず度肝を抜かれた。そんなこともあってか、中心街においては、大変多くの歩行者、そしてかなりの乗客の数であり活況を呈した。 まずは、熊本駅前であるが、市電の乗り場は、熊本駅の駅舎からは少々離れているが、存在感は十分にある。熊本城・中心街の方面に向かうホームについては、駅前広場に直結した大変広いものとなっている。一方の田崎橋方面については、この先2つの電停しかないこともあって、非常に小さなホームとなっている。とはいえ、降車はそれなりにあるわけだから拡幅してもよいかもしれない。さて先述のとおり、田崎橋方面については、この先2電停しかないため、かなり空いている。終点付近で軌道は単線となり田崎橋では熊本駅・健軍町方面に向かってすぐに折り返す形となっている。健軍町方面に向かっていくと、しばらくはそれほど広くない道を、右へ左にカーブしながら比較的ゆっくりと辛島町方面に進んでいく。ここで上熊本方面の路線と合流し、横目に熊本城を眺めながら、さらに健軍町方面に進んでいくが、この辺りから道幅は非常にゆったりとしたものとなる。ちなみにここから通町筋、水道町付近が中心市街地のようである。ちなみに通町筋には立派なアーケードがあり、私が訪れた日が休日だったこともあって、歩行者で活況を呈していた。通町筋電停の前には広い横断歩道があるが、歩行者信号が青の時には、トランジットモールと見間違うばかりの様となっていた。ここから健軍町までは、直進区間が多く、かなり快適に進んでいった。併用軌道の路線としてはかなり表定速度も速い部類なのではないだろうか。途中の水前寺駅通では、JR駅との結節改良が行われることになっているとのことである。 一方、上熊本方面の路線であるが、「たぬき」(の童謡)で有名な洗馬橋電停(船場橋)から1区間が専用軌道となっている。ちなみに洗馬橋電停もなかなか立派な電停で、ちょっとした広場にはやはり「たぬき」の像がたっていた。他の区間は、基本的には併用軌道である。上熊本駅手前で軌道は道路脇へ曲がっていき、坂を登り、車庫からの線路と合流した後に上熊本駅に到着する。この辺りは、インファンド工法で作られており、私が来た時は、まだ新しく白いコンクリート面が印象的であった。旧型車の油脂の問題などで芝生軌道化は見送られたとの事であった。現在は、熊本電鉄の上熊本駅は若干離れたところに位置しているが、将来は結節される計画もある模様である。 市電無料サービス期間中だったこともあるのだろうが、全体には活況を呈していた。支線延伸計画と共に熊本電鉄のLRT化延伸と市電乗入れ検討など様々な計画が浮上してきており、将来が楽しみな路線である。またいつか訪れてみたいと思いつつ熊本を後にしたのであった。



以上が、乗ったことのある路線、以下がこれから乗ってみたい路線です。


土佐電鉄
  

御免町〜はりまや橋〜伊野(*) 高知駅前〜桟橋通5丁目
営業キロ:25.3km(複線18.3km、単線7km)
 全区間 軌道線(併用軌道22.3km、専用軌道3.0km)(**)
軌間:1067mm  電圧:DC 600V  表定速度:18.7km/h(御免線)、14.9km/h(伊野線)、13.7km/h(桟橋線)
(*)系統分断されている
(**)郊外の併用軌道(御免線)は専用軌道的(未舗装・道路脇)

乗ったことはない。伊野、御免まで路線が伸びており都市間連絡鉄道的な性質(すなわちローカル線)を持つ路線もあるため、慢性的な赤字に苦しめられているが、レトロ電車の復活や様々な外国電車の輸入(改造の上で営業線上を走行)、3連節タイプの超低床車の導入そして増便や系統延長など極めて積極的な経営が行われていると聞く。近年、高知駅前広場へ乗り入れも果たしたし、芝生軌道の本格的導入など自治体等のバックアップも手厚い。高知を訪れた際には是非乗車してみたいと思う。


鹿児島市交通局
  

鹿児島駅前〜交通局前〜郡元〜谷山
鹿児島駅前〜鹿児島中央〜郡元
営業キロ:13.1km(全線複線)
 全区間 軌道線(併用軌道9.1km、専用軌道4.0km)(**)
軌間:1435mm  電圧:DC 600V  表定速度:17.6km/h(1系統)、14.8km/h(2系統 高見馬場〜郡元間)

乗ったことはない。公営事業者の中では珍しく堅調な経営状態なのが特徴であるということである。3車体構造(客室は中央部分のみ)の国産超低床車が計画的に投入(2005年5月現在9編成)されており、結節改良などの延伸計画が真剣に検討されているようである。鹿児島に訪れた際は是非乗車してみたいと思う。




廃止路線


名古屋鉄道
(岐阜市内線・揖斐線、美濃町線・田神線)
2005年4月廃止

揖斐線・市内線:(岐阜駅前〜)新岐阜駅前〜徹明町〜忠節〜黒野
美濃町線:新岐阜〜競輪場前〜日野橋〜関(新岐阜直通)
美濃町線:徹明町〜競輪場前〜日野橋(市内区間)
営業キロ:36.6km(複線4.6km、単線32km)(*)
 うち軌道線23.9km(併用軌道14.2km、専用軌道9.7km) 鉄道線12.7km
軌間:1067mm  電圧:DC 600V(/1500V)(**)  
表定速度:
 揖斐線・市内線 最速21.5km/h(急行) 
 美濃町線 最速27.3km/h(新岐阜〜新関) 市内は15km/h程度
(*) 廃止直前の値・岐阜駅前〜新岐阜駅前(0.3km)は休止
(**) 美濃町線・新岐阜直通は各務原線経由のため複電圧

全線廃止となった路線ときくと、本数は少なく、旧型車ばかりのローカル線を想像しますが、岐阜の路面電車に関して言えば、確かに特色ある旧型車両も残存していたり、運転本数も少ない区間もあるなどローカル色は強い路線であったものの、LRVといえる水準の車両で日中4本/時間の運転を行う区間(岐阜市内線・揖斐線黒野まで)もあるなど、かなり積極的な施策も行われていました。廃止直前の時点では。現在ではほとんどの車両が冷房化され、運用の多くはインバータ車(市内・揖斐線780型)や部分低床型LRV(美濃町線800型)を含む新性能車両によって行われていました。そして郊外線に直通していたり(市内線・揖斐線)、軌道線ながら都市間連絡鉄道の性格を持っていたりする(美濃町線)ため、連接車も多く(市内・揖斐線770型、美濃町線880型、870型)、また単行車両でも連結運転を行っていたのも大きな特徴でした(市内・揖斐線780型)。
しかし、中京圏全体でモータリゼーションが進んでいることもあって経営がかなり苦しい上に、道幅が狭いなどの理由で併用軌道の電停には安全地帯が設置されておらず、しかも軌道敷の車両の進入が認められているため、併用軌道区間においては利用しづらい面が多々見られ、利用客も一貫した減少傾向にあるということで、2005年3月をもって岐阜の路面電車(および揖斐線)全線が廃止とされてしまいました。さすがに、都市の中心部を貫く路線ということで、揖斐線・市内線、美濃町線ともに末期までそこそこの利用客(総計で年間600万人程度)があったため、第3セクター、上下分離により民間委託(岡山電軌)など様々な尊属検討も行われましたが、最終的に厳しい財政状況が致命傷となり、存続は断念されてしまいました。その後も、フランスの交通企業が参入を打診したり、民間の有志が復活を計画したりと様々な動きが見られるために注目を集めていますが、すでに撤去作業も始まっており、復活はかなり厳しい状況と思われます。以下は、過去に乗車した際の体験記となります(揖斐線・市内線:2001年9月、美濃町線:2000年7月)。

・岐阜市内線+揖斐線
岐阜市内線と揖斐線は直通運転が行われており実質的に一体化していました。全線併用軌道・複線の市内線に対して、揖斐線は、単線ながら全線専用軌道の鉄道線でした。車両についてほとんどは770型(新性能連接車)、780型(連結運転可能なインバータ車)といった新型車によって運行されており、廃止直前の時点では全線(黒野〜新岐阜;岐阜〜新岐阜間は休止済)に渡って日中1時間4本が確保されており、廃止路線の中ではかなり利便性の高い水準にあった路線と思われます。ちなみに味のある旧型車も何両か在籍しており、これが鉄道愛好家たちの注目を引いていたのがこの路線の特徴でもありました。その中でも、大正生まれ、すなわち現役車の中では日本最古の車両の一つである510型は、丸みを帯びた前面と丸窓形式の戸袋窓が人気の電車で、廃止に伴う廃車は実に惜しいものがあります。
さて、岐阜市内線の起点は「岐阜駅前」でした。が、すでにかなり以前から電車が1つ先(徒歩5分)の新岐阜駅前発となっており、岐阜駅前の電停ははっきり言って閑散としていました。2001年10月の時点で、実質的な起点は名鉄電車のターミナルである新岐阜駅前となっていたようです。岐阜駅前は市内線の中で数少ない立派なホーム(他には忠節)を持った電停であるのに対して、新岐阜駅前は他の電停同様、道路上に緑のマークがついただけ、それでも横断歩道に接続し、電停の周りにはロープで囲まれているので電停上で電車を待つことも何とか可能でした。新岐阜駅前を発車すると、程なく徹明町に到着、ここからは美濃町線(市内線)に乗り換えも可能です。このあたりは岐阜でもっともにぎやかな通りとなっているようです。電車は時折信号や右折車に引っかかりながらも、それなりのスピードを出しながら道路中央を進み、忠節橋を渡るとほどなく市内線の終点に近づき、道路から離れ、大きくカーブしながら忠節駅に到着します。ここからは「鉄道線」である「揖斐線」となりますが、ほぼ全ての電車が直通するため実質的には同一の路線と見なすことが出来ます。市内区間での遅れも見越したダイヤになっているため若干停車(時間調整)した後、黒野を目指して出発するわけですが、ここからは「鉄道線」であり、単線ながらしっかりとしたホームも備えられた専用軌道となります。そのため、揖斐線・岐阜市内線の電車には可動式のステップが装備されていて、市内線走行中は低い位置に出されていたステップが、今度はプラットホームの位置にあわせた高い位置のステップに切り替わります。忠節以後はすべて専用軌道(鉄道)のためかなりの高速運転となります。電車がほとんど新型車両で運行されているためかなり快適、終点の黒野までは街から田園風景へ、郊外をかなりスムーズに進んでいました。なお、「急行」も設定されており、以前は市内区間も通過電停がかなりあったようですが、末期は市内線内は各駅停車、忠節発車後に、数駅を通過するのみとなっていました。ちなみに2001年10月以前は黒野から先、本揖斐まで路線が延びており、さらに支線として谷汲方面に向かう谷汲線も存在していました。どちらも昭和初期製造のクラシカルな鉄道車両で運行されており、こちらもまた鉄道ファンの人気の高い路線でした。


・美濃町線
起点は徹明町ですが、1980年代初頭の880型大量投入以降は、田神線を経由して鉄道線である各務原線に直通、新岐阜駅に乗り入れていた系統が事実上の本線となっていました(本線系統と称す事とする)。徹明町は市内線区間として美濃町線日野橋まで電車が運転されているが一時間に2本と、路面電車にしては超閑散区間であり、私が乗車した時(2000年7月)も、連接車も運用に入っているのにも関わらず、乗客は数名と寂しい状況でした。一方、本線系統は2000年に投入されたばかりの部分低床LRV(800型)や連接車(880型、870型)を中心に運転されており、最近まで1時間に4本と単線路線の割にかなり高頻度で運行されていましたが(2001年秋ダイヤ改正まで)、末期には本線系統さえも日中の閑散期には1時間2本と少々寂しい状態になっていました。資料によれば輸送密度は2000人程度と、揖斐・市内線系統同様かなり厳しい状況にあったようです。むしろこのような状態の中でも、運用の多くがLRV(あるいは軽快電車)と呼んで差し支えない水準でなされ(本線系統)、運転本数もそれなりの水準が確保されていたのはむしろ特筆すべきことだったのかもしれません。ちなみに美濃町線の方も、新関〜美濃は99年3月に廃止になっており、残りの区間は2005年4月、揖斐線・市内線と合わせて全廃されるにいたっています。
さて、岐阜市内線の方では、軌道敷への自動車の侵入と安全地帯の装備されていない電停が問題であると指摘しましたが、美濃町線についていえば、そもそも純然たる併用軌道区間は少なく、しかも併用軌道区間の多くも単線であることから、ここを普通に走行する乗用車はあまりいないようでした(電車の後ならともかく、どちらの方向から電車がくるかわからない上に、対向車が来る危険もある)。このため、私が乗車した際には、市内線と比べると意外とスムーズに運行されているという印象を受けました。
そうはいっても、私が乗車した際にも、電車が来ても踏切内に進入したまま移動しようとしない車の存在など、他では到底見る事ができない光景をしばしば目にし、岐阜の路面電車がおかれている立場を垣間見たような気もしました。

さて、新岐阜駅には専用の低床ホームが設置されていました。ここから次の田神までは鉄道線(各務原線)を走るため、スムーズな運転でした。田神駅にも美濃町線用低床専用ホームがあるのが興味を引きます。そしてここから分岐、車両基地を過ぎると併用軌道に入ります。アスファルトで舗装された道路中央の単線軌道です。競輪場前電停からは右に曲がり徹明町からの軌道と合流、しばらくは道路中央の併用軌道を進むのですが、後続に鉄明町からの続行電車が見えるのが印象的でした。
野一色の手前からは道路を離れ、専用軌道となります。そうはいっても、道路(国道156号線)とはほとんど併走、途中、道路脇の砂利道を走る併用軌道区間も存在します。洒落た言い方をすれば、いわゆるサイドリザベーション区間であり、歩道からの乗り降りが容易といわれてはいるのですが、いかにも路地からの飛び出しがありそうであり、実際の運用には難しい面もあるかもしれない、ということを感じさせられました。
日野橋は列車交換も可能な大きな電停で、いわゆる市内区間はここまでです。この後もおおむね道路と併走していきますが、下芥見あたりから道路を離れ、一旦専用軌道に入ります。その後、上芥見付近では天井川となった用水路の下にある生活道路脇の併用軌道を電車が走るという何とも変わった光景を楽しむことができました。美濃町線特有の景色として有名で、いわゆる「市電」というよりは都市間接続の「軽便鉄道」として誕生した歴史を色濃く残した区間であったという事ができると思います。この辺は交通量も少ないので、併用軌道とはいえ、かなりスムーズな走りを楽しむことが出来ました。電車は長良川を越え、田んぼの真ん中の専用軌道を快走した後、再び国道と合流、道路中央のしっかりと防護された専用軌道(踏切付き)をスムーズに進み新関に至ります。
新関は美濃町線では数少ない有人駅で、ローカル線のターミナル駅といった風情があります。多くの電車はここ止まりのですが、99年3月までは、新関から、美濃駅まで軌道が伸びており、のんびりと電車が走っていました。新関から先しばらくは併用軌道、美濃駅の手前は専用軌道という構成になっていたのですが、長良川鉄道との競合を避けるために、部分廃止となり、長良川鉄道関駅への乗入れがはかられるという工事が行われたという歴史があるのです。一部電車(大体1時間に1本)はS字カーブの踏切を越え、長良川鉄道の関駅に乗り入れることえで、乗り換えの便がはかられていましたが、5年程度の使用で美濃町線全線の廃止と共に使用が停止されました。ちなみに旧名鉄美濃駅はほぼそのままの形で資料館となり、ホームには2000年に引退したモ600型、モ510型車両が展示されているとのことです。


このように個性あふれる岐阜市内線・揖斐線、美濃町線なのですが、利用客はかなり少なく(キロ当たりの輸送密度が一日2000人台)、平時はかなり空いており、以前私が訪れたときもガラガラでした。むしろここまで路線が維持できたのも大手私鉄が運営している為なのかもしれません。末端部はさらに乗客が少なく、2001年10月に、支線である谷汲線、末端区間である本揖斐〜黒野の廃止が行われ、枝を断たれた本線の方も結局2005年4月に廃止となってしまいました。輸送密度は2000人程度と、諸外国のLRTと比べると存在意義が全くないと言い切れるほど少ない乗客数ではないものの、独立採算を基本とする日本においては、実際にかなり非常に厳しい値であったと思われます。人口40万人を擁する県庁所在地の中心街を貫く路線としては、なぜ利用が伸び悩んでいたのか、その理由はいくつかあったものと思われます。まずは、中京地区は大手自動車メーカーのお膝元ということで、モータリゼーションの進行が著しいことが挙げられると思います。そして市のメインストリートを縦断する本線自身は、すでに廃止済み(交通渋滞解消のため)であり残存路線自身は本線ではなかったことも乗客が伸び悩んだ理由の一つでしょう。そしてさらに市内の停留所はいわゆるノーガード電停で乗降にはかなり危険を伴ったことや、軌道敷内へ車両の進入が認められているために定時性が確保されていなかったことが乗客減を加速させたものとおもわれるのです。反対に、これら要因を解決しておけばそこまでの乗客減はおさえられた可能性もあり、実に残念な結果となってしまいました。 とはいえ毎年多額の赤字を生み出してきており、これまでは、大手私鉄・名鉄の内部補助によって支えられてきたというのは事実です。名鉄本体の経営が厳しさを増す中、すでに内部補助を期待できる状況にありません。となると自治体の支援が必要不可欠になってくるわけですが、こちらの財政も全国どこも厳しい状況にあります。地域の住民が、「多額の赤字を負担して軌道を維持するくらいなら、廃止もやむなし」と判断したのなら、路面電車ファンとしては大変悲しいのは確かですが、仕方ないことです。路面電車を全廃にしてバスに統一するというのであれば、ぜひバスの高機能化や走行環境の改善を図り、立派な都市交通に育てていってもらいたいものです。しかしながら、貴重な車両に貴重な車窓が残された路線だっただけに路面電車ファンとしては大変残念です。大正時代からの生き残りである510型電車、そしてかつてのインターアーバン(都市間連絡の「路面電車」)的色彩を色濃く残す美濃町線の上芥見付近など、産業遺産としての価値も非常に高いと個人的には思われるのです。都市交通としての主役は岐阜においてバスに譲るにしても、せめて、他社への譲渡が行われなかった旧型電車と郊外の併用軌道(例えば上芥見付近の数キロなど)をセットで保存鉄道として保存できないものでしょうか。





<参考文献>
以下のような文献を参考にしつつ、自分の乗車体験をもとに全国の路面電車の現状についてレポートしてみました(既乗路線のみ)。主観的な感想もあるとは思いますが、「画像データベース」(ようは撮りためた写真たちですが)と合わせて現地の雰囲気を感じてもらえればと思います。なお、路線延長等の記載のデータは、「日本の路面電車ハンドブック 2001年度版」を参考にしていますが、鉄道区間と一体的に直通している路線については、路線延長・表定速度を一体のものとして扱い新たに算出しています。またその後変動のあった路線についても2005年現在の実情に合わせて修正しています。

「日本の路面電車ハンドブック 2001年度版」(日本路面電車同好会)
原口隆行「日本の路面電車 I,II,III」(2000、JTB出版販売センター)
和久田康雄「路面電車 ライトレールをめざして」(1999、成山堂書店)
鉄道ピクトリアル No.688(2000年7月臨時増刊号)
鉄道ジャーナル No.410(2000年12月号)
鉄道ジャーナル No.397(1999年11月号)

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