「珈琲時光」


監督:侯孝賢
脚本:侯孝賢 朱天文
出演:一青 窈 浅野忠信 萩原聖人 余貴美子 小林稔侍

 物語のうち多くには起承転結があるけど、この映画には転も結もない。起があり承があったらそれで終わり。若干拍子抜けするけど、淡々とした空気が最初から最後まで一貫しているので、これはこれでいいのでしょう。観終わった直後は物足りない感じもしたけど、少したって振り返るとそれも良しかなと思います。

 この映画のメインテーマは(違うかもしれないけど)「言えないもどかしさ」でしょう。言いたいことがあるけど、それを言ってしまったらどうなってしまうのか、それが怖くて言い出せない人たち。その姿を見るのはある意味イライラするけども、でもああ自分だって言えないかもしれないなあと恥じてみたり。
 主人公の陽子は遠く離れてお互い結婚する意志のない恋人の子を宿している。両親や、恐らくは彼女のことを想っているであろう男友達は彼女に自分の言いたいことがどうしても言えない。言っても何かが変わるとは思えない。でも言いたい。でも言えない。あああああああ。
 鈍感なのか確信犯なのか、彼女はそんな周りの人の想いには全く応えずにマイペース。父親ならこう言うはず、男友達ならこう言うはず、と普通なら感じるであろうことを周りは何も言わないということを彼女はどう考えているのか。明るくて品もあり、愛想もよくてそこそこ美人。愛すべき彼女であるがゆえにそのもどかしさは募るばかり。彼女に振り回され気味の男友達が少し可愛そうに思えて。(笑)

 実は僕は歌手の一青窈さんが結構好きで、2枚のアルバムもよく聴いています。今回の映画への出演も期待していましたが、なかなか自然で素晴らしいと思いました。ずっと演技していって欲しいと思っているわけではありませんが、よくぞ出演してくれました。浅野さんは派手目にギラギラした役もできればこういった落ち着いた穏やかな役もはまっているのが凄いよね。今回も好演。

 あと、人ごみの駅のホームをじっと映していると電車が入ってきてそこから一青窈さんが降りてくるとか、電車に乗っている一青窈さんを映していたと思ったら隣を走っている電車にパンするとそこに浅野さんが乗っているとか、そういう意外なカット割が面白い映画でした。あのタイミングは簡単そうで難しそう。何度も何度も撮りなおしたのかなあ。



2004.12