「日本の黒い夏 −冤罪−」


監督:熊井 啓
脚本:熊井 啓
出演:中井貴一 遠野凪子 細川直美 寺尾 聰 石橋蓮司 北村有起哉

 この映画を観て知ることは、警察やマスコミが確証もなく行動し、結果として罪のない個人を世間的に抹殺する可能性は充分にありえる、ということ。すなわちTVや新聞と言ったマスコミを中心とした世間から伝わってくる情報は、100%確かなものばかりではないと言えるでしょう。むしろそんなものの方が少ないくらいかもしれません。この映画はそう言ったことを僕らに示し、考えさせることにおいては充分な成果を上げていると思います。
 ただし、この映画はそれを示すことに成功しているがために、この映画で語られたこと自体が真実であるのかどうか保証されないと言う、逆の効果も生んでしまってませんかね。おそらくはこの映画で示された通り、最初の報道が間違い(もしくは誤解を充分に生みうる表現)で後の報道が正しい(もしくは適正な表現だった)のでしょうが、実は後の報道もまだなんらかの間違いを含んでいるのかもしれないですよね。この映画で示していることはそういうことでしょう。だから僕はこの映画の内容や主張を、100%は信じることはできません。そう感じることが、この映画を理解したことだと思っています。

 この映画を観る人は、最初の報道が間違いであろう事は最初から分かっています。序盤でもそういうナレーションがたしかありましたし、映画自体がそういう前提で作られているのは間違いないところでしょう。しかし事件当日に何があったのか、誰がその事件を引き起こしたのかが詳しく語られるのは終盤になってから。順を追って描かれる事件のあらましの描写だけでは真実は判断できないようになっています。これには非常にアンバランスな印象を受けました。まるで結末の分かっているミステリーを観ているよう。終盤に事件の全貌を改めて描写するのなら、それは最初に持ってくる方がいいと思います。序盤で事件の全容を明らかにして観客を引き込み、その上でいかに真実が伝えられなかったのかを描写していく方が、この映画の言いたいことはダイレクトに伝わるはずです。最初から何があったのかが分かっているのに終盤に改めて詳しく描写するのはあまり意味がないのではないでしょうか。
 また、誤解が生まれてからの警察とマスコミの暴力・圧力についての描写は満載なのですが、なぜ誤解が生まれたのか、どうやってその誤解がとけて行ったのかはいまひとつ分かりませんでした。特に後者の描写不足はかなり物足りなかったです。
 映画の言いたいことは良く分かるのですが、構成、描写については不十分だなあと言うのが感想です。評価は難しいところですね。

 実は僕、白状すると映画を観始めるまで、主演と紹介されている中井貴一さんが冤罪を受けたサラリーマン役だと思っていました。しかし始まったら中井さんはマスコミ側の人で、冤罪を受けたのは寺尾聰さん。これも僕がマスコミの情報に踊らされた結果でしょうか。って、単に情報収集不足だってば。(笑)
 ところでその寺尾さん、本当にすばらしい演技でした。「サトラレ」の好演もあるし、今年の助演男優賞の有力候補ではないでしょうか。このところ非常に充実していますね。