「星になった少年 Shining Boy and Little Randy」☆☆☆
監督:河毛俊作
脚本:大森寿美男
出演:柳楽優弥 常盤貴子 高橋克実 蒼井 優 倍賞美津子 武田鉄也
動物プロダクションを営む家庭に育つ少年。あるとき、母親の長年の夢だった象を飼う日が来た。象に魅せられた少年は象使いとしての技術を身につけるためにタイの象学校に入学する。2年間の苦しい修行を終えて帰国した少年は子象ランディを調教し、象使いとしての第一歩を踏み出す。しかし突然の事故で、その夢は絶たれてしまう。
実話だそうです。実話だからこの話は涙をもって迎えられる。でも実話でなければ、この話は物語としては成り立たないんじゃないですかね。だって主人公があんな最後を迎えるのは、話の流れとしては大きな違和感を感じてしまいます。
あそこで死ぬことにどんな意味があるんでしょうか。はっきり言って意味はありません。自分の道を歩き始めた少年が突然死ぬ。そのことに対して感じることは、事故の恐ろしさ、突然死んでしまうことの悲しさでしょう。例えば「TOMORROW/明日」という映画では翌朝原爆が落ちる長崎の最後の一夜を丁寧に描き、原爆の引き起こす悲しさと恐ろしさを描いていましたが、この映画で描き伝えているのは事故の悲しさのほうではなく、少年がそこまでどう生きたかなのです。
つまり事故なんていらないじゃないですか。少年は死ななくていいんです。でも死んでしまう。それは実話だからです。実話に縛られているがために、必要のない死を描かざるを得ないんです。映画で描く物語としては違和感しかない死です。つまり、この話を映画にするにはこの描き方じゃダメなんですよ。描くなら、その死に何らかの意味をもたせないとダメでしょう。
例えば象を守っての事故だったとか、パニクった象をなだめようとして踏まれたけどそれで象は落ち着きを取り戻したとかにするか、それか少年が死んだことをきっかけにそれまで偏見的だった象に対する世間の見方が変って状況が変るとか、弟がその遺志をついで完全無欠な象使いに成長するとか、なんでもいいから、その死に意味を付けないといけないんじゃないですかね。じゃなきゃ、あれじゃあ、彼の死に意味がないよ。気の毒なだけです。
正直言って物語は上に書いた部分も含めてどうってことはない。タイに行くまでのくだりも、タイに行ってからも、タイから帰ってきてからも、淡々としていてどことなく盛り上がりに欠ける。感動してほしいらしきポイント(滝のシーン、別れのシーン、映画のシーン、などなど)もあるけど、どれも完璧に予想通りの展開で、あーやっぱりとしか思えない。
しかし素晴らしいのは柳楽くんだ。この平坦で意外性のない映画が、ある程度退屈もせずに観れてその場ではそこそこ泣けてしまうのは、ほとんどが柳楽くんの魅力的な存在感によるものでしょう。柳楽くんあってこそのこの映画。彼の成長の一過程としてのこの映画を観ておくことは、決して損はないでしょう。
ところで映画のシーンにちゃんと武田さんが出ていたことにほくそえんだのは私だけ? あれが実在の映画(「子象物語」)だってみんな知っているかーい。
2005.8.26
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