監督:荒木太郎
脚本:渡辺 護
出演:富士川真林 西川方啓 秋津 薫 佐々木基子 綺羅一馬
時は70年代後半。普通のサラリーマンだった男が、先輩に誘われて行ったバーで一人の女と出会う。最初は好かないタイプと思っていたが、いつでもタートルネックとスラックス姿でどことなく不思議な感覚に襲われる彼女にだんだんと惹かれていく。ある日勇気を出してデートに誘うとOKをもらう。そしてベットイン。しかし彼女はその段になっても浴衣を脱ごうとはしない。なぜかと聞くと火傷があると言う。男は寝付いた彼女の服をそっと脱がす。そこには無数の傷があった。彼女は真性の自虐性のマゾだったのだ−。
って、前半のあらすじを書いてみました。ここから男は求められるまま彼女を陵辱するようになるが、自虐性で擬似的な切腹までして自らを傷つけることで快感を覚える彼女をだんだんと負担に感じてくる。その後二人はどうなっていくのか。っていうのが後半のあらまし。
そういう話だから描かれるからみはほとんどが暴力を伴うもの。縛りはないものの平手や言葉、刃物や蝋燭を駆使した擬似的なSMが繰り広げられます。しかし目を背けたくなるような残虐なものではなく、逆に目を離すことができなくなるような美しさに満ちた、実は愛情にあふれるラブシーンなのです。女は身体の芯まで責められることに飢えていて、それを満たしてくれる男にやっと出会えた嬉しさにあふれています。形はいびつなのは間違いないけど、それはやはりひとつの愛の姿なのでしょう。
しかし男のほうは興味と新鮮味だけで付き合っているので、自分が彼女に暴力を振るい続け、彼女自身が自らを傷つけることに恐怖を覚えてきます。いつしか心は離れていき、彼女の元から離れようとする。それは至極当然のことでしょう。心の動きがみな自然で、哀しい、そして美しい物語でした。
なんといっても主演の富士川真林さんが素晴らしい。マジで真性なんじゃないの?って思えるほどの大迫力のラブシーンには圧倒されましたし、幸薄そうでひっそりと暮らしていたのが突然開放されたがごとく自らの欲望に没頭する姿が胸を打ちました。一見さえない感じにも見えて実は美人というところも役柄にもぴったり。かなり評価高いです。
ただ男の心の声を画面上で実際にセリフで語らせる演出はいまひとつ意図が分からなかったです。
2004.9