監督:行定勲
脚本:坂元裕二 伊藤ちひろ
出演:大沢たかお 柴咲コウ 長澤まさみ 森山未來 山崎 努 天海祐希 杉本哲太 宮藤官九郎 津田寛治 田中美里
本編を観る前にこの映画の予告編を5回くらい観ました。感動的な素晴らしい予告編で、観る度に涙を誘われてしまいました。おかげで本編にはもう泣かされる場面は残っていませんでした。予告編、見せ過ぎ。アレは予告編ではなく、ダイジェストです。しかもそれだけ見ればもう充分という完成度。
あと僕は原作を読んではいないのですが、あまりに大ヒット作であるがうえに、そのあらましは広く知られています。「高校生時代に恋人を病気で失った青年が、大人になってそれを振りかえる」ということは、たぶんこの映画の観客の99%はあらかじめ知っているでしょう。映画自体の宣伝にもこれは謳われています。すなわち、高校生時代の彼女(アキ)が死ぬことは最初から分かっているのです。そうでなくても映画の中でも序盤で明かされているし。
こういったこの映画に対して僕がおかれた状況では、この映画に心動かされることはほとんどありませんでした。初めて観たのに、2度目3度目の気分。予告編で見知った場面やセリフ、世間の情報に氾濫している展開の数々。次に何が起きるか、全部分かっちゃうのです。原作を読み、予告編を観た人は映画を観る必要ないんじゃない? 好きな映画なら何度でも観たいというタイプの方はこの限りではないけど。更なる感動はたぶん何もないよ。
それにしてもこの映画、釈然としない。
普通、映画や物語で現在と回想による過去を交差する手法の場合、過去に残された(観客もしくは登場人物にとっての)驚くべき事実が隠されている場合が多いでしょう。それによって現在語られている物語が最後に意味を発現するというのが物語の組み立て方としては一般的でしょう。しかしこの映画では上で書いたように過去のクライマックスたる事実(アキが死ぬということ)は公知のことなので、回想としての過去のストーリーが現代の話にはさみ込まれている効果が非常に薄い。単に両方の話を分断しあっているだけになってしまっているのです。
この話なら僕だったら現代パートと過去パートの相互変換や両者の融合的な場面などなくし、過去パートをすべて終わらせてから現代の話に持っていきますね。そのほうが過去がもう取り返しようのないものだとはっきり分かるでしょう。だって過去を取り戻そうとする話じゃなくて、過去を振りきろうとする話なんだしね。
唯一、ある意味衝撃の事実的なしかけはあるにはあるのですが、その事実の過去と現代の関わり方が単なる偶然でしかないのは少し情けない。アレが偶然ではないという設定が欲しかった。もうひとつ最初の最初で大きな偶然があるのも頂けないしね。偶然の多用は物語を薄くするよね。
あと無人の学校の教室にすんなり入っていけちゃうのとかもなんか不自然。
そもそも、サク君は何を引きずっていたの? 恋人が死んだこと自体ではなかったの? だとすればあんな展開で彼は昇華できたのでしょうか。それとも死んだこと自体ではなく、彼女が残していったものに対しての想いだったの?(ネタバレになるので詳しく書けず) だとすると、それがその死以上に引きずる要因である意味が分からない。サク君、深読みしすぎ。もっと死んだことを哀しむべきでしょう。じゃなきゃ、この映画でたっぷり時間をかけて描かれた彼女とのたくさんの想い出がなんだったのか、分からなくなるよ。あんなに愛し合ったのに。
結局サク君は、今の今までアキとのことをすべてすっかり忘れていたってことなのでしょうか(そういう症例もあるし)。それが今回の彼女の失踪によっていきなり思い出されてしまったということなのでしょうか。じゃないと、なぜ彼は婚約しているのか、カセットテープの内容をあんなに驚きを持って聴き返せるのか、説明はつかないかな。このへんはちょっとよく分からなかったけど。
僕が思うにこの映画で必要なのは、サクがアキの死によっていかに苦しんだのかということ。そこを大きくカットしてしまったまま、過去の話と現代の話を交差させているから、サクの苦しみが見えてこないのです。サクが苦しんで苦しんでやっと乗り越えた先に律子との婚約があったのなら感動的だけど、単に忘れていた、ということであれば、律子の立場は最悪だよね。それを目の当たりにした律子にも、また乗り越えなくてはならない山ができてしまったはず。
一応ラストに、二人共に昇華できたような展開があるけど、本当にあれで二人とも納得できるのでしょうかね。そしてなにより、アキは納得するのでしょうか。
と言った不満点はすべて現代パートと、その過去パートとの相溶性に対するもの。過去パートは素晴らしい。過去パートだけなら、若い恋愛の切なさと楽しさ、もうすぐ失ってしまうものに対する哀しみやそれを乗り越えようとする二人の姿に心動かされること必至の大満足の大傑作。(予告編を観てなければ)めちゃくちゃ泣かされたことでしょう。
だから、総じて考えるに、原作通りに現代パートのつけたしなど必要なかったのではないかと思ってしまうのでした。
しかし素晴らしいのが長澤まさみ様。もう”様”扱い。(笑) 一つ一つの表情、振るまい、立ち姿の美しいこと。そして輝かしいこと。水着サービスもあるし(笑)。「ロボコン」の彼女も良かったが、今回もそれ以上に素晴らしい。彼女なしにはこの映画は成り立っていないでしょう。なぜクレジットが3番目なのでしょうかね。間違いなく主演でしょ〜よ。
2004.5