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17世紀末から18世紀末にかけて、我が国で流通した日本図は、先に見てきたように 石川流宣あるいはその系統の浮世絵的手法によるものが、主流であったといわれている。
1779(安永8)年、これまでとはがらりと違う、かなり正確さを追求した日本図が出現した。作者は、水戸藩の学者長久保赤水。 長久保赤水は、建部賢弘が制作した“享保日本図”を基にして国土の形を描き、さらに文献による研究の結果で緯度を定め、経度をもとに等間隔の経線をいれ、極めて機能的な地図を制作することに成功した。 それまでの日本図に比べると、方向についての精度が飛躍的に向上したことは明らかである。 また、街道の里程も記入して、距離関係も明確にした。
下の地図は、長久保の“改正日本輿地路程全図”の1833(天保4)年版(復刻版/ゼンリン・ラパン1999/9)である。 色調も落ち着いていているし、形も実態に近づいていることがよく分かる。

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