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西欧社会では、1298年、マルコ・ポーロ(Marco Polo,1254〜1324)が、「東方見聞録」で“Zipangri”の存在を伝えて以来、日本への関心が次第に高まったといわれている。 その後、大航海時代になって、東洋からの情報量も急激に増えたことであろう。 オルテリウス(Abraham Ortelius,1527〜1598)は、そのような背景の中で、「地球の舞台」という地図帳を出版した。1570年の初版以来40版を重ねたという大ベストセラーである。
下の地図は、その地図帳に含まれた“韃靼図”(TARIAE SIVE …)の一部分である。1595年ころの出版とみられる。” まだ、本州と北部九州は一体であり、豊後(BVNGO,Bungo)が記入されているだけ。豊前の小倉は見あたらず。

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