私の在宅生活10年が継続の危機に」全障研新聞20043月25日掲載分。

 私は脳性まひによる重度の障害者です。42歳で障害が重度化して座ることができなくなり、寝たきりとなりました。もうだめかと思いましたが、あきらめるのではなく、人を介してもいいからと考えて、介護人と二人三脚で自分のホームページをつくり、介護情報を発信して います。今年でそんな在宅の生活が10年目になります。

ところが、22日、市役所の福祉課と保健福祉課の4人が突然押しかけてきました。
持ち出された話は思ってもいなかったものです。
315日を最後に市が保健福祉センターに委託している「訪問看護」事業を廃止するのです。
市にとっては予算削減のための「小さな」ことでも、私にとっては、在宅生活を続けること が赤信号に近い事態です。
私は、支援費制度の利用により1日8時間のホームヘルプを受けています。
さらに、身障者医療保険による訪問看護ステーションを週3回(各1時間)利用しています。
これは医師の診断書によって訪問回数が決められています。
今回削減の対象となっている市の保健センターから派遣されている訪問看護は、身障者医療保険で不足する日数、月6回程を
「訪問看護指導事業」の市の独自運用によって全額市の負担で行なってきたのものです。

内容は、私の状態の重度化にともない10年間で変わってきましたが、医療行為については具体的には浣腸だけですから、私の状態を知らない人が見たら軽く受け取られるかもしれません。でも、排泄は、私には命に関わる大事なことです。
私のところに突然押しかけた市の関係者4人は、「医療行為のできるボランティア探せるか?」と言っていました。私は、そんな不確実なものは出来ないと答えました。
「デイサービスを使ってはどうか」とも言われました。
そこには看護士が配置され医療行為ができるはずだということのようです。
でも、私を介護したことのある方々ならわかると思いますが、 施設への移動そのものがたいへんなことなのです。そしてそれは1時間の医療行為だけのためなのです。
だから、今回の訪問看護廃止と言う事態は 私に取って心身ともに重い負担になることは、確実
す。
厚生労働省は、「個人の尊重・人権保障は世界の流れだ・・・」と支援費制度の導入を正当化 してきましたが、地方都市の予算の裏づけもない社会保障の現実の場では、その地域で可能なものは全て利用しても追いつかないのが現状です。自己決定・選択の自由などは、どこを見ても絵に描いたもちのようなものでしょう・・・。
とくに身障者に対する在宅介護は老人福祉の後追いになっているし、障害者個人の人権保障には程遠いと思います。

全介護を要する私が在宅生活を実践してきたことは、ある意味「誇り」と 言えたし、一つの生き方として、多くの人に問題提起と新しい社会保障のあり方の「一つの ケース」になると確信してきました。
今回のように小さな事業・弱者を切り捨てるのも現実です。
私は今、あてのない綱渡りを強いられています

「2月23日要請文」(10年間継続してきた訪問看護廃止の通告を受けてあらためる事ができないのか・・・と緊急要請を行なった。)

★納得できなかった私は、緊急要請文を出しています。2004年4月(文章は省略)

「2月26日担当者の答え」

 
26日に保健センターの参事と係長、福祉係りの3人が回答をもっておとづれました。その内容は、廃止することは変わらないと言う事です。話の内容は分からないこともないのですが、参事のI氏は、すごく威圧的にものを言う人物だと感じました。それも今の私の生活と言うのは、色んな経過があって、現在の穏やかな毎日を過ごしているわけです。その朝ヘルパーが入ってからの途中で「デイサービスへ行け」と言う事は、私にとって大きな負担になることなど一切答えていません。それどころか、私のライフスタイルを変えた方が良いとか、一方的な事を言うのです。この日の説明の中で、重要な事を言っています。正直言って違和感を感じました。それは、公務員法を言い出した事です。「訪問看護が医療事故を起こしたら、新津市は法に触れることをやらせてきたのか・・・」
「刑事訴訟に触れるようなことは、新津市としては継続できない・・・」と言うのです。しかし、公務員が言うのは、市民の請託に答えると言う事、義務もあるわけだけど、そのことは、まったく感じませんでした。よく聞く話ですが、役人が自己保身ばかり言っているような気さえしました。
しかし、私の調査では、これも真実では無いような気がします。その背景にあるのは、市の財政赤字を解消するために、予算の殆どを一般財源化して、小さな事業は、削るというのが、県の指導で行なわれているのです。これは、新潟県だけではないと言われています。「経済至上主義」が日本中いたるところで蔓延しているような気がします。

県の方から指導があったと言うのは、推測でしかありません。しかし、私が昨年11月の県交渉に今回の訪問看護の役割と重要性を訴え、訪問回数を増やせるように市町村に充実のための後押しをするように要求しているのです。この事がきっかけで県の方は「新津が訪問看護指導事業」を拡大運用しているのか・・・となったと推測できるのです。→「0311県への要望書」
◆納得出来ない事。
1、医療事故が起こったらと言う事を担当者は、最大の決めての用に言っていましたが、そもそも、過去10年間訪問を行なってきて「医療行為」を行なってきたために起こった事故などありません。病院関係の訪問看護事業所からも聞いたことはありません。起こることは考えられますが、それは、どんな事業でも同じだと思います。万一起こったときに責任を問われるから事業を廃止すると言うことは、私が在宅生活を始める時にも福祉課長が「何かあったらマスコミに問われる・・・」と言ったのと同じような気がします。本来なら事故が起こったら責任を取ると言うのが本筋だと思います。

2、もう一つ26日の応対の中で公務員法に触れる事は継続できないと言った時に「市民オンブズマンから財政の使い道を問われたときに言い訳できない・・・」 と言う事も発言していました。ただ、「公務員職務執行法」は公務員であることを利用して市の予算を私的運用に使ったり、他のことに流用したような場合だとおもうのです。近年市民生活は多種多様かしています。国の制度で追いつかないことを市町村が独自の判断で市民の請託に答える事は、地方自治の役割なのではないのでしょうか。こんな事が公務員法に触れるのでしょうか・・・。

3、デイサービスに行く事は、自宅を拠点にしてやってきた社会的活動が止まってしまう事や昼休みの10分20分の間にやってきた読書の時間など、無くなってしまった事や、ヘルパーさんへの買い物依頼などか゛スムーズにいかなくなる事があります。 

以上おおよその経過です。そして、私の方から2つ程提案もしました。

(1) 心身障害者医療費助成制度を越える訪問看護料を生活保護の医療費扶助で行なうこと。

(2) 心身障害者医療費助成制度を越える訪問看護の回数を新津市が民間の「訪問看護事業」を行なっている事業者に訪問看護事業を委託する。

このページは2004年の私が納得できなかった事件であります。市町村合併の強引な手法は全国いたるところで様々な形で起こっていると言われていますが、住民福祉を軽視している一例だと思っています。
※自己決定を無視しているところに一番問題があるのだと思います。現在は、新潟市秋葉区になっています。