ホームヘルパーの心

「介護保険」や「支援費制度」の新しい社会の仕組みとして実施されてきました。実施段階で各方面から矛盾や問題点が指摘されました。その中に「基盤整備」の遅れ、「マンパワー不足」が言われてきました。国はそれなりの数字を出して「介護職員の養成を行なう」と言ってきました。しかし、私は、2004年の年頭にあたり、感じているのは、ヘルパー養成段階のお粗末さを感じずにはいられないと感じています。
 介護の現場で実際に介護を行なえる最低限の条件として「ヘルパー2級」があります。しかし、実技講習として40時間そして施設実習は3日間、訪問介護1日という短い期間でしかありません。そしてこれらの実習では文字通りの実習ではなく「見学」と言うのが、その実態です。
 介護保険は、個人を尊重することがその前提になっていて、以前のような大雑把ではなくなっているのです。施設内での事故やプライバシーの侵害に配慮しなければならなくなっているのです。施設の職員は、仕事が増えている一方で税制的な面では、抑制されているといわれています。研修生を受け入れる事さえ、拒む施設もあるということです。一人一人に個人指導できないのが現状なのだと言えます。私は、これでいいのかと怒りさえ感じます。
 2001年12月3日午後いつものように「訪問介護」が訪問しベットから車椅子移動する際介護員が尻餅を付くような形で床にくずれ私もうつぶせになるようにおおいかぶさったのです。
 この瞬間、私の左手が床につき上腕頚部骨折に到ったものです。この介護員は、この日始めて単独で介護したものです。私の記憶ではなれている介護職員から訪問中の段取りを見習った日は、1日だけあったような気がしますが、実際に介護はしてないと記憶しています。会社側は1回動向させているといっていますが、もしそうだとしてもぶっけ本番に近い形でやらせている事に手順の誤りがあるといえます。

この民間会社の責任者も私の指摘を認めています。私のところへ民間会社が入ったのは半年前です。ことあるごとに思ったことですが、介護以前の基本的なことか゜お粗末なのです。ようするに「在宅介護の基本」が教育されていない人物が上司になっていたり、この人物が1番問題をおこしてきたと言う事も実際に
これまで、介護をされてきた私が1番感じている事です。病院や施設で介護の経験があるとかいっていますが、そもそも経歴だけで在宅介護の責任者として
配置する事が大きな間違えだと私はおもっています。在宅介護の良いところ難しいところがおろそかになるのは、介護保険で金儲けをするために「数をこなす」事が命じられているからではないでしょうか。

゜最後に骨折して「なぜ家にいるんだ・・・」と思う方もいるかもしれませんが整形外科医の一言「入院しても家にかえってもやることは同じだよ・・・。」という言葉で私は最後の最後「家に帰る」と決断しました。介護という事になれば、自分の家が1番いいのは分かりきった事です。

今回の事で奔走してくれた訪問看護婦のメンバーも「家に帰った事は、正解だった・・・。」と言ってくれました。知る人は知っていますが,個人重視の介護は病院では出来ないと言うことです。
あるとすれば,夜中の心痛剤が必要な時できないと言う事でしょうか。ただ訪問看護婦が対応する事にはなっています。

 今回の骨折は起こるべくして起こったのかもしれない・・・。ここに書く内容は同一人物が起こした事である。トイレなどの転倒は、事故が起こりやすい場所としていわれているけど今回は、昼食の時ベットから移す時に転倒したものです。
先日も書いたように私を移動することは、始めてかもしれない人にやらせた事が、問題なのかもしれない。段取りを指導すべき責任者が「同一人物」なのです。「優秀な人材が不足している・・・」と言う言葉を介護職員の養成に携わっている関係者の声が納得できるような気持ちでいます。 
1、朝食後の薬と牛乳を飲ませずに帰った・・・。ヘルパーが帰った後、気がついた私は,事務所に電話したら「本人がいないので・・・」と言われた。本当にこんな対応しかできなかったのかと私は,思った。このとき、だれかが、私の家に来て対応する事だってできたはずで、実際は、午後の人に牛乳を飲ませてくれと伝えただけだった。
2、ステレオの電源を消してくれと言ったはずなのに1箇所だけついたまま帰った。
私は,深夜そのことに気か゛付いたこのことは常識ある人間なら「1箇所消えてない・・・」と私に問い掛ればなかった事かも知れない。

3、通院介護に行って診察券などを私の財布から出すわけだけど戻って来た時に診察券が入っていたところに戻っていない。このことは「物があったとこに戻す」と言う基本がなされていないと思う。
4、11月頃、通院から帰ってきたらA社のヘルパーが「私玄関の入り口の戸を空けていった・・・」と言う事がありました。
私は言葉も出なかった考えられない事が起こっていたのです。

皆さんどう思いますかこんなことのほかにもあるんだけど何も被害がなかった・・・。てすむんでしょうか。戸を明けっぱなしという事は、部屋を暖めて置くと言う目的から無駄になったし、電気料は無駄になったし,本当笑っちゃいます。


 



この骨折に際して各方面から、色んな情報や「話し」がありますが,そのいくつかをここで紹介します。上の文章からも言える事は、起こるべくして起こったと私は思っています。少なくとも「私の方は,こけたくてこけたわけではないし・・・。骨折なんか頭にも浮かばなかった・・・。」事です。しっかりと訓練された介護職員を派遣していれば、なかった事かもしれないのです。


POINT 1
A社の対応の悪さは,私だけでもなければ、特定の介護職員に問題があるのかと言えばそうとも言えない所が感じられます。A社は,職員養成機関からもっていて他の養成講座などより高額な講習料を取った上で介護の現場へ直接送り込んでいる。人材育成ルートが多いと言う事です。そして、カリキュラムは、現実に現場にいる人の講義が少なく、レポートの提出が多いと言う事です。私の知るがきりのことを言えばいつも行く「病院」関係者の主催する養成講座が3万円程度に対してA社は8万円以上なのだそうです。何が違うのでしょうか・・・。

POINT 2
私の所へ訪問していA社の職員に私は,基本的な事が出来ていないと忠告したことがあります。それは、訪問したときの「声かけ」が出来ていなかったのです。ところが一人だけこれらの基本的な事を最初からできていた介護職員もいるのですが、テクノスクールの訪問介護養成講座の出身者でした。やはり養成段階から「どのような人から講義を受け、どのような実技を自主的に重ねてきたか・・・。」と言う事にあるのだと思います。その人の在宅介護に対する考え方と言う事も出来るかと思います。

POINT 3
 今回私が骨折にいたる結果を招いたのは,在宅介護を軽く考えている人が命令一つで派遣するような段取りに問題があったのだと言えます。例えば、私の所に訪問看護婦が入っていますが、配置されるのは,経験の十年前後の人が殆どです。それでも2.3回以上は,先輩に同行するのが普通です。介護の経験がいくら長くても在宅介護の重要なところを認識しその都度的確な判断をし、対処しなければならないことが多いのです。利用者から指示されたこと、依頼された事を忘れないために介護職員が自分の腕にメモしている光景を目にする時、当たり前のことだけど、優れた介護職員だと感じます。A社の問題の人は、自分のやり方で自分のペースでやってしまう病院などで仕事をして来た事が体から離れないのだと言う気がします。言うまでもなく在宅介護はそこに暮らしている一人一人が主人公でなければならず、全て違う生活環境にいる事を大事にしなければ出来ない仕事だと思っています。

上に書いた事が笑って済ましていいのかと言うのが、私の本当の気持ちです。しかし、現場で働いている訪問介護員の人達は,過酷な労働条件や介護に対する経験が浅いために起こっている。人間関係の対立などの中に置かれていることも感じられます。私は,このような「優秀な介護職員が不足している」と関係者が言うようにこのような中で起こった被害者だろうし、上司の命令一つで派遣する介護職員も被害者だろうと思っているところです。他のページでも述べているように、日本の訪問介護制度が利用者の声を繁栄していない矛盾を抱えた未成熟な制度が根本にあるのだと思います。

ホームヘルパーのモットーを書いてくれた優秀なヘルパーさんの四ヵ条を紹介します。
1、ハート=温かい心、思いやり(偏見を持たず、ありのままの姿を受け入れる)
2、ハンド=熟練した技(利用者一人一人に添ったやり方を見つける)
3、ヘット=幅広い知識と考える力(どうすればもっとよくなるか?と考える)
4、ヘルス=:健康(精神的・身体的にもいつも笑顔でいられるように)

「これが出来なければプロじゃない。」と言う事を求めなければならない。