[障害者自立支援法と日本の貧困]

◆福祉を受ける権利人間として幸福な生活を送る権利  
  障害者自立支援法が始まって二年、障害者の置かれている状況はとても苦しくなっています。まわりには「ヘルパーはお金がかかるから使えない」という人も増えているし、通っていた作業所が閉鎖されてしまったとい話しもあります。だから、これをなんとかしなくてはならないとみんな思っているんです。

[解答]《からかま なおよし》専修大学教授。専門は社会保障、国民生活研究。日本を中心として先進国の貧困・低所得問題を研究テーマにしている。


唐鎌 福祉を受ける権利、人間として幸福な生活を送る権利というのは日本国憲法で保障されています。国民万人どんな人も生存権と幸福追求権は保障されているということです。労働に参加できる人だけが幸福になれるということではなくて、この日本に住んでいる以上は誰でも、ということが基本理念なのですが、それがまさに今侵されてしまっている。とんでもないことだと思います。

【質問者】でも、年金の財源は足りないって言うし、国の借金が増えているのでしょう。介護
保険も縮小されていますよね。社会保障費がこのままどんどん増えていったら国の財政をますます圧迫するし、消費税が増税されるかもしれないと聞くと、障害者運動ばかり要求はできないんじやないかと思ってしまうんですよね。

唐鎌 たしかに社会保障費は、高齢化により徐々に増えています。最近の後期高齢者医療制度をめぐる論議でも、医療費がこれまでずっと三〇兆円くらいだったのに、ここにきて三三兆四〇〇〇億円になったと、国は抑制に向かいました。年金も一年間に四二兆円くらい給付費がありますので、社会保障費は主に医療と年金でほとんど使ってしまいます。このように、純粋に国民に給付した分だけで八十数兆円あるわけで、増えていることは明確です。 でも一方で、日本の国内総生産(GDP)がいくらかというと、少なくとも五兆円はある。一年間で、です。これは世界の富の約10分の1強を占めていて、アメリカがだいたい二五〜三〇%と言われているんですが、世界第二位が日本です。しかもずっと国民所得も三七〇兆円前後なんです。これもやはり世界第二位。

【質問者】へえー、すごい額ですね。

唐鎌 私たちはバブルが崩壊して不景気になって賃金が切り下げられて、社会保障も切り捨てられて、白分たちの暮らしがたいへんになっていますから、国もたいへんなんだろうと思うかもしれないんですが、本来、国の財政支出の基本になる国民所得は増えているんですね。それなのに税収は上がらないという構造がある。

 

すさまじい富の偏在・・・。
【質問者】それはどうしてなんですか。

唐鎌 簡単に言えば大企業を優遇、つまり大企業の出す法人税率の引き下げ、それと富裕層に対する著しい減税を行ってきたからです。公平という論理の下に所得の再分配、つまり金持ちがより多く支出して、困っている人たち、要するに社会的弱者に与えるという構造をやめろというふうになってきたわけですね。 金持ちはより金持ちになってきている。とりわけ個人所得税の最高税率は九九年の税制改正ですごく下がりました。61%から37%にです。本来国民所得が増えれば税金は増えるはずです。だから今、財政難に陥るはずはないんです。財政難になってもあえて金持ちから税金は取らないで、社会保障を削れば いいっていうことにしているんです。こういう国家の仕組みを見抜かないといけないですね。

【質問者】これまで国にお金がないから、あまりわがままは言えないと思っちゃってました。

唐鎌 決してそうではないのですよ,一方にはものすごい富が偏在しているんです。『プレジデントーPRESIDENT』という雑誌が、「自社株配当」、自分の会社の株を持っている会長さん、社長さんにどれぐらい配当金があるかというランキングを出したんですけれど、一位が任天堂の山内溥さんで、一年間に九七億円です。

【質問者】日本ハムのダルビツシュ投手の年俸が二億円、その四八年分ですね! プロ野球選手が一生かかっても稼げないほどのお金を一年で。

唐鎌 新自由主義というのは、大企業や金 持ちを優遇すると、その人たちが消費をして、それによって中小企業が潤い、そのしずくが底辺の労働者まで降りてくると考えます。これをトリクルダウン理論というんです。でも、これは実態に合っていません。お金持ちというのは外国製品を買うの で、日本企業は潤わないんですね。経済をちゃんとするというなら、障害者の年金とか高齢者の年金とかを増やすことが大事です。


人間が尊厳をもって自律した生活を送るために必要な最小限の物質的条件を用意することを
国家に義務づけ、それを受け取ることを求める権利。日本国憲法第二五条において保障されて
いる。
【生存権、国の生存権保障の義務】
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
(2)国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない

幸福追求権
 生命、自由および幸福を追求する権利の略称で、日本国憲法第13条によって保障される権利。日本国憲法は第三章「国民の権利及び義務」(第一〇条〜第四〇条)の各条文によって比較的詳細に個別の人権を保障しているが、これらに示された権利だけが憲法の保障するすべての権利ではない。第13条は、個別の条文では保障されていない権利について、憲法上保障されるものとする根拠となっている,
【個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重】
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政上で、最大限の尊重を必要とする。


つくられた財政難

 【質問者】財政難というけれどあるところにはお金はあるんですね。

唐鎌 つくられた財政難だということです。政府は社会保障攻撃のときの口実に、すぐに政府の赤字国情発行残高が六〇〇兆円あって、借金が全体でハ○○兆円もあると大騒ぎしますね。だけどそれを解消する計画はなかなか出てこない。社会保障費が削られているだけです。そういう中で道路 している。財政学者の試算によると、九九年の段階に税制を戻すことにすれば、一年間で13兆円税収が増えるそうです。でも、政府はこのお金をずーっと取らないでおきながら、社会保障費を一年間に2200億円ずつ減らしていこうとしているのです。
  まず社会保障削減策ありき、ということですね。その中で生まれたのが障害者自立支援法であり、生活保護の基準引き下げであり、年金の引き下げ、後期高齢者医療制度です。


なぜ社会保障費だけがターゲットになるのか。
 

 【質問者】そこを見ないと出□が見つからない、ということですね。でも、なんて社会保障費だけがターゲツトになっているんでしょう。お金が入らないということを理由にして歳出を減らそうと思ったらほかにもやることはあると思うんですけれど。

唐鎌 いろいろ理由はあると思いますが、やはり社会保障で浮かせたものを別に使いたいということです。端的に言うと軍事費。二〇〇四年の年金改革のときに基礎年 金の財源の国庫負担を、国会決議に従って今の3分の1から2分の1ヘと引き上げることを早期実現しろと言われたんですね。でもそれには二兆七〇〇〇億円かかる。そのとき言われたことが消費税引き上げ。消費税で財源を作らなければ国庫負担増はできない、というわけです。ところが米軍に予算を付けろと言われたらボンと三兆円出 しました。年金の二兆七〇〇〇億円は消費税上げなきやできないと言っているのに、米軍には三兆円ポンと出す。社会保障の優先順位が今の政府ではとても低いということなんだと思います。

【質問者】政府の優先順位の中で社会保障費を減らすことが、とりあえずやりやすいから、という・・・。

  唐鎌 「小さな政府」と言いますが、これも全体を小さくしよう、というんじやないんです。小さくするときにどこをたたくかということで、社会保障が狙われる。本来これは民主的な国家だったらすべきことではないですね。

※新自由主義とは・・・。
 国家の経済への介入は、人間の自由を制約する という主張から、福祉や公共サービス、公営企業 の民営化、労働者保護の廃止、さまざまな規制緩 和による競争の促進などを進める考え方。福祉分 野についても、競争原理を導入して、「効率的な」 福祉を実現しようとする。
  福祉はもともと市場競争を一定程度抑制して、 国民の生活不安や貧困を緩和しようとするもので ある。しかし、新自由主義の考え方は、市場競争 がもたらした問題を市場競争の強化で解決しよう とするために、問題が拡大することはあっても、 解決することにはつながらないといえる。

※小さな政府とは・・・。
 1970年代から80年代にかけて、新自由主 義的な政策の中で出されてきた理念で、福祉国家 に対する否定的、あるいはそれに変わるものとい った意味が込められている。
第一次オイルショック以降、先進国では不況に よって税収が減っているのに政府のすることが増 えているといった考えや、大企業や中高所得者層 を中心として所得の肖分配を否定するような圧力 があった。ここから、政府の仕事を軍事、外交、 治安などだけに特叱させ、教育や福祉における公 的な機能を縮小させようとする「小さな政府」論 が提起されてきた。



【質問者】 日本の政府が国民ことを考えてないということなんでしようか。

唐鎌 ちょっと古い数字なんですけれど、2001年現在で日本の社会保障給村費の対GDP比が17.5%です。EU加盟国 の平均値が26.2%。これが世界で一番多いですね。その差8.7%、日本のGDP比にすると四〇兆円くらいです。今の給 付費が八十数兆円とさっき言いましたが、その半分の四十数兆円を一年間の給付費用にてプラスして、それでEU並みです。スウェーデンは31%使っているので、今の二倍くらいにしないとスウェーデン並みにならない。

[質問者]たしかにそれだけあれば白立支援法も必要ないですね。

社会保障が国力のすごさに見合っていない

唐鎌 先ほどお話しした日本の国力のすごさ、日本のGDPというのは、ドイツとイギリスとデンマーク、その三ヵ国分を足し たぐらいあるんです。世界第二位というのはそんなにすごい国だということなんです。ところが、それにふさわしいものを国 民は受け取っていない。きわめて社会保障が小さな国だということです。

[質問者]政府は施政方針演説や国会の答弁でも必ず「財政的にたいへん厳しい状況だ」とか 「国民の生活がたいへん苦しくなっているのはわかっているけれども、なかなか」・・・みたいな話ですよね。

唐鎌 でもそうじゃない、ということですね。あえて財源を取れるところから取らなくしているのです。その中で所得の再配分 が壊れていて、軍事費とか道路にはこれまでと同じように使われているのに、社会保障だけがたいへんと見なされ、削減対象に されている。

[質問者]二段階ですね。これだけすごい国力があって、ちゃんとお金を取れば国のお財布に入るお金ももっと多くできるというここと、お金の使い道がすごく偏っていて、国民の社会保障給付に回るお金が少なくされているということ。あるところにはあるわけだから、それを出せっていう運動が必要なんてすね。

唐鎌 この間、燃料費の高騰で苦しんでいる漁民の方たちがデモをやりました。すると急に政府が漁船が使うガソリンに補助を すると言いましたね。やっぱり立ち上がら ないとダメだと思うんですね。

国民同士が分断され競わされている

[質問者]私たち、自立支技法に反対する運動をやっていても、高齢者の人たちもすごくたいへんな思いをしている、生活保護の人たちだっ てたいへんな思いをしている、と思うと、自分たちだけがこういう要求をしていいんだろうかという気持ちになることもあって・・・。

唐鎌 いっしょにやればいいじゃないですか。まだまだ目本の運動って縦割りですよね。もっと生活保護の団体にも高齢者の団 体にも呼びかけていくべきです。労働組合のナショナルセンターもあるわけだから、リーダーシップを発揮しなければ。ネットカフエ難民を放置しているようでは、障害者の暮らしがよくならないのは明らですよね。ちゃんと働けばちゃんと幸せになれるっていう道をつくることです。そうじゃなきゃ、労働に参加することが難しい人たちが幸せになれる道なんて出てこないじゃないですか。

[質問者]でも、真面目に働いていても暮らしは楽にならない、仕事しようと思っても働けない人もいる、こんな暮らしをしているんだか ら、働かない障害者や高齢者がなんて社会保障で生活していけるんだ、感情的に納得できない、というのは少なくない国民に共通した 思いなんじやないかと。

唐鎌 そこが分断されていると思うんです。去年台風九号で多摩川が氾濫して、救助隊が逃げ遅れたホームレスの人を助けた んです。すると多摩川流域の 狛江市 とか 川崎市 に対して、二〇〇〇件も抗議の電話があったそうです。税金使ってホームレスを 救うんじやないと。そこまで心がすさんでしまっているんですね。働いている人が追い込まれている。そして、そういうちょっとしたちがいで国民同士がいがみあっているというのが実情です。政府が国民を分けて、競わせる。それに成功しているんですね。

社会保障で幸せになることが国民の合意となる社会

[質問者]障害者はサービスを受けているんだからそれにお金を払わないなんて甘えてる、受げたらそのぶんはちやんと払え、という「応益負担」の考え方が自立支援法では強調されています。

唐鎌 福祉を受けるのは個人だから、受益者負担もしかたがないと言いますけれど、受益者負担というものは、普通以上の所得があることが前提です。こんなに安い障害年金、一級でも八万円いかないわけでしょう。それで負担はできないです。 日本はもっと社会保障で幸せになっていいということを認める社会でなければいけないと思います。『ハリーポッター』の作者J・K・ローリングさんも生活保護を受けながら書いていたんですものね。母子家庭で三十代のお母さんが子どもを連れて毎日喫茶店に行って、売れるかどうかわからないものを書いていたら、日本だったらすぐに自立支援の対象です。でも、それができるイギリス社会があるんですね。 社会保障でも幸せになれる権利があるということをどこかで認めて、国民の合意になっている社会。その合意をどうつくっていくかですね。その中で障害者運動の果たす役割は大きいと思います。  

 

※国内総生産(GDP)国内で単年度に新たに生産され、市揚で取引された財やサービスなどの付加価値の総計。
国内の景気向上を反映するという視点から、経済計算の中心的指標になっている。

●社会保障支出の対国内総生産(GDP)(2000)

国別 社会保障支出額 国内総生産 対GDP比
日本(億円)
アメリカ(100万$)
883,452
1,510,161
5,048,297
9,935,270
17.5
15.2
スウェーデン
ドイツ
フランス
デンマーク
オーストラリア
スイス
イギリス
オランダ
ノルウェー
イタリア
スペイン
78,781
577,927
400,304
48,698
57,785
65,768
402,517
103,456
43,625
282,913
119,329
248,521
2,027,814
1,414,501
173,921
207,115
251,985
1.560,143
402,553
175,201
1,164,251
608,821
31.7
28.5
28.3
28.0
27.9
26.1
25.8
25.7
24.9
24.3
19.6
EU全体 2,239,229 8,546,676 26.2