このページは障害者がパソコンやインターネットを行う上で、どんな問題があるのか、特にパソコンをまったく操作できない様な私の体験や、このホームページを訪れた友人の情報などを紹介します。尚、あくまで私に起こった事や友人から寄せられた話題です。

私のパソコン      ★電子投票について


ここに紹介するのは、「金ベエ」さんです。彼とは20年近い付き合いになります。学生時代に金沢大学で体のたくましそうな男がいたの記憶しています。今でも、私のホームページに細かい注文をつけたり、私の事を「おっさん」と紹介したり、大切な人物です。現在は、障害者問題研究会のエキスパート・全国大会などのプロデュサーとして活躍しています。そして、全国障害者問題研究会・月刊誌「みんなのねがい」に私の事を書いたりしています。01年5月10年ぶりに取材に来て「ITと障害者」と言う特集記事で紹介しています。
http://www.nginet.or.jp/~kinbe/
 
上の写真は私と薗部さん夫妻、理香てす。2001・5・3撮影

「障害者問題研究」第29巻第4号
「肢体障害の私のインターネットの楽しみ」
        鈴木 正男  他、著者多数

2002年2月発売

【概要】
 私にとって「楽しみ」は、何なのか、その経過と目的を述べながら問題点・主張したいことを述べたいと思います。

 (1)楽しみのきっかけとその道具である機器パソコンなどの変化。
 (2)パソコン等を使うにあたって、障害の変化にどう対応してきたか。
 (3)地域格差を克服し、地域コミュニティの中の情報発信源になれること。
 (4)私のパソコン遍歴の中から感じる問題点と課題。


『はじめに』
インターネットの環境は、めまぐるしく進歩している…。21世紀を迎えた初頭10万円のパソコンで出来るようになっています。インターネットとパソコンは、ハードとソフトが競い合うかのように数カ月毎に機能が強化され、内容量が増えています。しかし、物の性能が向上することが必ずしも人間にとって使いやすいことではありません。例えば、パソコンの解像度は、パソコンが新しく高価になるほど細かい表示が可能となります。モニターには、たくさんの情報が表示される反面、一つ一つの文字が小さくなるのです。一般に中高年者の人が目を細めて使う事になります。この事は、『機能が良くなると便利になる』とは矛盾することで、障害者から見た場合、障害が重くなればなるほど遠い存在で使いにくい物になると言えます。進化を続ける『IT=情報処理技術』は、だれもが使える国民の共有財産になっているのでしょうか。


『パソコンとの出会い』
 私がパソコンを使い始めたのは、1980年代初めパソコンが個人に浸透するようになり低価格になってからでした。好奇心と遊びの範囲でした。この頃は、座位が保てたし、私の「足でパソコン等のキーボードを打つこと」等、何の苦労もなく出来ていたので、長時間、のめり込む日もありました。私が当時やっていた事と言えばパソコン雑誌のゲームプログラムを入力して遊ぶことでした。何日もかかって入力したプログラムは、一カ所でも入力ミスがあった場合ゲームとしては動かないのです。そして、何時間もかかって入力ミスを修正して動いた時の感激と興奮は、何とも言えないものでした。別にそのゲームを夢中になってやっていた記憶もないのです。作る過程の苦労が結果となった時の感動を求めるために楽しんでいたとも言えるのです。「バグ」(入力ミス)が発見出来ず、考え悩む毎日が何日も続く事もありました。突然、解決策を思いつきキーボードを打っていたこともあります。
★シャープの書院を右足でキーを打つ★

30歳頃、足で絵や文字を書いていた事ができなくなって、それで日本語ワープロを使うようになりました。この頃まで「遊びの道具」としてのパソコンはカタカナと英字しか打てなかったので、1985年頃発売された『日本語ワープロ』は革命的でした。40歳ぐらいまで、足でキーボードを打っていました。座っていられたから、足でワープロを打ったり、本を開いたりできたのです。10年以上やれたわけだがら、キー配列等は自然に頭に入りました。42歳で寝たきりになった時「できなくなった・・・」と言うことに対して気持ちの整理ができかけた頃になって、一時は、パソコンやワープロを使うことをあきらめようと思ったりもしました。しかし今の科学技術や電子工学の進歩を考えたら、どんな障害にも合わせた入力機器は、出来るはずだと思うようになりました。仮に自分で打てたとしても若い時のように、数時間も出来ないと思っていたのです。だから、あきらめるのではなく、人を介しても良いのだと思うようになりました。 
 1993年「全障研第27回・新潟大会」にレポートを出す事になり、ちょうどその頃、障害が重くなっていて自分でワープロ操作が出来なくなっていたのです。そこで、必要に迫られて、ノート型ワープロを入院していた病院に持ち込み、『パートナー』によって入力してもらう事になるのです。「パソコンボランティア」などと言う言葉は知るはずも無く、必要に迫られてと言うよりもそれしか無かった、考えつかなかったからでした。「レポート」を作るために「今の自分がどうやったら出来るのか・・・」と言う事だったのです。 

『パソコンを購入』
  1997年『パートナー』の手を介する事によってインターネットをやり始めました。1999年、「ホームページ」開設を目的にパソコンを買うまでの過程でも『パートナー』の役割が重要になっていました。「メール」のやり取りから「ホームページ」の開設まで二人で思考錯誤の毎日でした。
 パソコンを買うと言っても経済的には、とても捻出できる金額ではありません。当然のように『福祉制度』の日常生活用具の申請手続きをすることにしました。ところが、50万円限度額の『意思伝達装置・パソコン』に対する制度は「言葉が話せる」と言うことで、却下され、12万円弱限度額の『日本語ワープロ』で対応することとなります。当時、日本語ワープロでインターネット機能を使える物があったのですが、価格は、日本語ワープロ限度額の二倍ぐらいしたのです。差額を自分が負担する事になっても、あきらめられなかったのです。今、振り返れば「日本語ワープロ」のインターネット機能は、簡単で分かりやすかったのです。 しかし、インターネットの設定の仕方や手順になると初めて目にする『単語・用語』ばかり出てきます。さらに、インターネットに加入するには、「クレジットカード」が必要だと言うので戸惑ったりもしました。 やっとの事で、「メール」が送受信可能となり、インターネットの無限の広さを感じるようになります。特にこの頃、知人が外国へ行くことになって、この知人と一年間メールのやり取りすることになります。知人が行った先は、ちょうど地球で言うと、日本の裏側になるところで「ボリビア」からでした。パソコン雑誌に「電子メール」の決まりごととして「メールアドレス」のドット(.)で区切られた末尾に表示されるのが原則として「国名」を表すのだと言うのです。例えば、日本は「JAPAN」の「jp」。知人がくれたメールアドレスの末尾は「bo」となっていました。このアドレスを見たときの感激は不思議なことが起こるもののような一言では言い表せない、いろんな事が入り交じった感動でした。知人は、近況や仕事の事などと共にその国の催し物・行事・風景などを、知らせてくれた事が一番うれしく感じていたものです。ところが、知人が時々、「写真や図形」などを添付してくれるのですが、このワープロのソフトでは、「開けない」と言う事が後々分かってくるのです。今でもメールを開く時のわくわくするような、妙な気分は変わりません。
 インターネットの最大の特徴は、世界中のありとあらゆる情報が「ホームページ」と言う形で、いつでも誰もが好きな時に「情報」を閲覧できる事が醍醐味でしょう。それも「電子メール」と同じように世界中のどこにいても可能なのです。 ただ、パソコンがあってインターネットに接続出来る環境が整っていないとできません。私が、インターネットの世界を知るきっかけになった『日本語ワープロ専用機』は、インターネットの醍醐味を知る機会になった事は大きな事です。しかし、メールで、写真や絵を送ってもらっても「表示出来ない」。ホームページの閲覧をしていても「このページは表示できません・・・。」と言う事が多くなり、イライラの連続だったのです。
 様々なホームページ見ているうちに「私もこんなホームページを作ってみたい・・・」と言う願望が強くなっていきます。パソコンならソフトをインストール・アップグレードすることも、ホームページ作成ソフトを使うことも簡単に出来ることが分かって来ました。パソコンを「買わなければ・・・」と感じた瞬間です。

 目的のパソコンを買う前に、雑誌などで検討してから電気店に何か所か電話して予約する事にしました。人気商品だったのか、片方の電気店は、「いつ入荷するのかわからないので・・・」と言われ、一方の新潟へ進出したばかりの電気店は、「一週間後に入荷」の返事をもらいました。私の長い人生の中で電話で何かを問い合わせる事は、何度もあります。初めから「言葉を理解できない…」と言われることなど、悔しい思いは、よくあることです。でも、この時の電気店は、言語障害の問題も無く進みました。
 97年3月パソコンを受け取りにいきます。そして、うれしさと不安が入り交じって迎えた翌日、パートナーの手によって私の指示でセッティング、接続などを行いました。購入したパソコンは15インチです。そこで、ビデオ入出力端子を利用してテレビに接続。テレビの方は、パソコンを使う時には、標準画面に切り替えて使うことにしました。大きな画面で、私が見やすくなるのです。解像度は、悪くなるけど小さな画面を見ているよりは見やすいと思ったからです。
 『ホームページの作成』を主にパソコンを使っているわけですが、パソコン操作のサポートは、殆ど『パートナー』によるものです。時間の余裕のある土日が中心です。日常的には、ベットで寝ている時間が圧倒的です。ホームヘルパーがいる時間も車椅子に乗っていますが、食事の前の20分ぐらいしか本を読めません。幼児期から床に本を置いて足でページを捲りながら読んでいた姿勢に慣れてきたせいか、ベットでは本を読むことなど考えられないのです。パソコンをやる時は、車椅子に移動させてもらいベルトで体を固定し、車椅子にテーブルを置きキーボードや本などを置いて、左側にあるテレビをモニターしながら私が言葉で指示するようにしています。パソコンをやっている時は、夢中になって、時間を忘れてしまう事も多く2時間ぐらいが平均で、もっと長くなってしまうこともあります。

 Windowsの事は自分で本を買ったりして理解出来るようになります。インターネットの設定も市販されている本を見ながらやりました。winbowsを起動させ、日本語の入力の仕方までは、パソコンに付属してきた説明書でも理解できたのです。パソコンの各パーツ・役割などは、言葉の意味も理解していました。ところが、笑ってしまうけど、windowsの期画面を目にしながら「初期画面って、なんですか・・・」等と、メーカーに電話していました。最初の頃はマウスのダブルクリックの意味も分からなかった。私は、パソコンを使う前から、windowsパソコンの初歩的な使い方から、色々な応用までの進め方を解説しながら出版されていた週間誌を読みつづけていました。これら書店に並んでいるガイドブックはパソコンの画面を図解など、手順をそのまま載せながら解説しているので分かりやすいと思いました。『電子メール』『インターネット』やwindowsのガイドブックも同じです。(パソコンに付属してくるメーカーの説明書は、文字ばかりで分かりにくいと言うことは、多くの人から聞くことです。)雑誌から得た事で、パソコンのWindowsのタスクバーの文字の大きさを大き目に設定したり、マウス操作に不慣れなパートナーのために、ウスポインターの移動の速さを遅くしたり、マウスクリックの反応の速さを遅くしたりしました。

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『ホームページ作り』
インターネットは、ワールドワイドと言うだけではなく、使う人のインスピレーションや目的に応じてあらゆる情報を得たり、情報発信できる物です。ホームページ作成は「ホームページの作り方」と言う本を本屋さんに電話して紹介された物です。 この本は、ホームページの作り方から登録アップロードの仕方まで、解説したものです。この本を読んだ後で、ソフトを買ってきてインストールしました。完成まで3ヶ月は掛かったでしょうか・・・。『ホームページ作成・公開』をしたいと思った大きな理由の一つに「自分が数年間書き溜めてきた文章を誰かに読んでほしかった・・・。」そして10代頃、仕事にしたいと思って勉強していた『グラフィックデザイン』の感性を活かせると思ったのです。『ページ作成ソフト』は、自作の画像も作れるようにはなっていますが、実際は、細かい所を作るとなると時間がかかってしまいアイディアも構想も半分は、表現出来ないでいます。99年5月私のホームページ「POWER OF LIFE」の自己紹介など大筋が完成し、サーバーにアップロードしようと思った時、わからなくなり先に述べた外国へ行っていた知人の手を借りることになりました。パソコンを買った時48歳だった私は「パソコン教室」のポスターを見たけど50歳以上だから対象外だなぁと思って見過ごしました。ここまでの過程で問題が生じた時以外は、「私の学習とパートナーの手によってマイペース」にやってきたと思っています。私としては、パソコンを20年前からやっていた訳だし、windowsの操作も失敗を繰り返しでも感覚的に理解したほうが確実と思うわけです。パソコンのすべてを知る必要はなく、目的に添って使えれば良いのだと私は考えています。いくつかの問題にぶつかってそれを解決する方法を考えたり、悩んだりすることも『楽しみ』だと言えます。『楽しみ』と言えるかどうか別にして、ホームページを開設したいと思った大きな理由の一つに『私の生き方』を公開することによって様々な意見や感想が帰ってくる事を期待していました。もちろん、最悪何の反応もなかったとしてもそれはそれで、良いと思っています。私のホームページが思わぬ使われ方をしていることが、分かってきました。ホームページに書いている事は、毎日の生活から考える『介護情報』であり社会福祉に対する『私の考え』を書いて来ました。思わぬ使われ方と言うのは、訪問介護員養成講座などで「一つの事例」として使われているということです。もちろん私の了承を取った人が数人ですが、私の生活に直接かかわっている人もいれば、昔からの友人もいます。少なくとも身近な所にいる人達の間に『地域コミュニティ』が出来ていることです。

 『今後の課題と問題点』
 「パソコン教室」のポスターを見た時、注目しなかったのは、年齢だけではありません。これまでの日本の社会を考えれば、障害者のためのパソコン講習や専門家など聞いたことがありませんでした。地域格差があるのも現実だと思っていたからです。障害の度合い、パソコンの使用目的に沿った技術的習得程度に応じたサポートを出来る専門家が必要でしょう・・・。 サポートをすると言っても本人が認識できる事でなければなりません。例えば、私のホームページ作りの過程で、先に述べた「知人」の手を借りることになり家に来てもらいました。私はアップロードの仕方に行き詰まっていただけであり、その他の使用環境は、積み重ねて作ってきた環境なので変えたくなかったのです。
ところが、知人が画面設定を変えてしまい困ったことがあります。知人が良いと思っても私にとって都合が悪かったからです。そうなった時、どうやって設定を変えたのかはっきり分かりません。私が意として変えた事ならば元に戻せますが、困ってしまいメールでもどに戻す手順を教えてもらいました。希望した時に、いつでも生活している地域に関係なくサポート出来る組織・専門職の養成が求められると考えます。理学療法士や作業療法士との連携も考えられ、在宅でもサポートできる、 1、『パソコン操作ヘル
パー』2、『パソコン利用目的アドバイザー』3、『パソコン利用環境アドバイザー』4、『パソコン技能講習アドバイザー』等が考えられます。

 パソコンを初めとする日常生活用具の研究開発に障害者を参加できるよう法的に定める事を様々な機関に義務づけることです。開発した機器をだれもが所有できるように社会保障制度を変えることも大きな課題です。1980年代に障害者基本法を制定したアメリカでのことですが、その頃のパソコン雑誌の記事によれば、既に会社や企業・行政の研究機関などに障害者が参加して『紙幣判別機』『点字モニター』など、視力障害者のための機械を開発していたと言うことでした。現在の日本にパソコンを使うためのいくつかの入力機器やソフトが、存在することは知っています。しかし、最初から障害別や程度に応じて開発された物かと言うと疑問です。そして、一番問題だと思うのは、そこで障害者が使っている『日本語ワープロソフト』が一般社会で使われている、日本語ワープロソフトの一部しか使えないとか機能が劣るし、デザインも悪いと思うのです。なぜ、障害者がその時代の最高レベルの物を使えないのか・・・と言う事です。厚生労働が、今この時点においても『パソコンは多機能だから、本人が使うか曖昧なので『日常生活用具』に指定できない・・・』と言うとしたら、相変わらず日本の社会保障が「出来るだけ保障しない」体質のままだと思います。 多機能だから給付出来ないなんてどこに書いてあるのでしょうか・・・?さらに、パソコンは多機能だからと言ってどんな人でも全機能を必要としないでしょう。 多機能なパソコンだからこそ、多様化する現代社会が要求する無限の可能性に答えられるのだと思います。インターネットを楽しむ時、もう一つ欠かせないのは、通信費用です。インターネットは、パソコンとパソコンとが、通信回線によって『クモの巣』のように世界中がネットワークによって結ばれているものです。個々の通話に回線が占有される電話と違い、電子メールは共有のネットワークで分散処理できるため、災害などの緊急事態の情報交換にインターネットが威力を発揮することが、先のアメリカで起きた『テロ事件』の時言われました。 最近、耳にする『ブロードバンド』『常時接続』等という言葉が、最先端技術として持て囃されていますが、 所得保障がされていない障害者に取っては、『接続料』が大きなバリアになります。遠くにいる人と、パソコンの上で会話したり、顔を見ながら話をすること等は、今のパソコンなら容易いことなのです。そして、これらの問題が解決することになれば、パソコンを使った『在宅就労』も可能となります。これには、社会的なコンセンサス・政策が必要となるでしょう。今ある、日常的なインターネットの機能をさらに拡げることなり『真のIT革命』となるでしょう。原稿全文

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電子投票の提案」 みんなのねがい4月号「みんなのひろば」投稿文より。

「選挙権を行使するには・・・」

今年は,総選挙の年です。
こうしている間にも,解散・総選挙が行われるかもしれません。
国民の基本的権利の一つであるはずの選挙権ですが、その権利を行使するために、
重度障害者には、問題がいくつもある事を感じています。障害のために文字が書けない
移動が困難であるなど、高齢者にも通じる問題なのではないでしょうか。
投票所へ行けなくても郵便投票制度があります。しかし、その手続きはたいへんです。
まず、選挙管理委員会への郵便投票資格証明書の交付申請を行うことから始まり
証明書とともに郵便投票をしたいという申し込みをします。
そして、投票用紙と不在者投票の封筒・返信封筒などが送付されてきます。
ですが、この何段階かの中でも,自分の名前を自分で書かなければいけないのです。
代筆は許されません。
投票所まで介護者の手助けで行けたとしても、身ず知らずの選管の人に口頭で伝え
代筆してもらうのです。しかし、これは、プランバシーの侵害にならないのでしょうか。
文字が書けないだけで選挙権が狭くなるなんて、文明国家と言えるのでしょうか。
どんな新しい道具・システム・精度ができても、使う人間の問題で良い物にも悪い物にもなります。
郵便投票も悪用されてから規制が多くなったと聞いています。
今や、インターネットで物品を買ったり、金融取引まで行う時代です。
今私が考えているのは,「インターネット投票」です。こんなことを考えるのは,奇抜な事なんでしょうか。


コメント

2000年6月25日に行われた。総選挙の結果は,ご承知の通りです。
今回の総選挙は、3年8ヶ月ぶりのものです。この4年たらずの間、インターネットは、
猛烈な勢いで、一般に広く普及しその影響力は各政党と政治家に取って無視できない存在
になっていると思われます。5月のインターネット人口が1917万人になると言う調査結果が、PC雑誌などに載っています。国民の16%が利用している事になります。
公職選挙法では、インターネットでの選挙活動を認めていない・・・と言うより規定が無いのです。今後、法整備が進められ選挙活動として認められるようになると思われます。
実際にインターネットによる選挙活動を認める法案を国会に提出しょうとする政党もあります。そして「インターネット投票に関するアンケート」の結果によると回答者の約8割が、「支持政党・候補者がいない」とするいわゆる無党派層で半数は「投票へ行かない」と回答しているそうです。反面「インターネットで投票が可能になったら投票する」と言う回答は、約7割にも達し、インターネットで投票が可能になった場合投票率の向上に大きく貢献し選挙結果への影響力は、大きくなると予想されます。
電子投票が実現すれば、55年体制の崩壊のようなすさまじい政治の変動が起こるのは間違いないと思われます。

電子投票が実現することによって、これまで選挙に参加できなかった障害者なども、棄権することなく投票できる事だけではなく、集計作業なども必要がなくなり、投票結果が瞬時に可能となるでしょう。「国民全員に情報端末機器を配布する」とか「IT担当大臣を置く」など言われていますが、今問題なのは,こられを可能にするための法整備・システムつくり・個人情報の保護の具体的法案を作れるかと言うことだと思います。

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