わが村を囲む森林です

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映画鑑賞記録

1979年1月
(2012年1月にシネシャモ日記に書いたもの)


第1週

テレビがつまらないから、ブログを書くのに集中できます。「ペケポン」ってけっこう好きだったのに、最後まで見てもらおうと、川柳や旬の食材当ての肝心なところを最後に回すやり方が気にくわない。自分がコントロールされていると感じると、もう見てやらない。バラエティでの重要場面でのコマーシャルの入り方も気に入らない。あれは精神的に良くない。本当に見たければ録画すればいいんだけどね。その手間をかけてまで見たいという番組はそうもない。

1月01日(月) 夫婦善哉 (NHK) 4点
1月02日(火) 麦秋 (NHK) 4点
1月03日(水) 浮き雲 (NHK) 4点
1月03日(水) 肉体の悪魔 (NHK教育) 4点
1月05日(土) アラブの嵐 (?) 2点


NHK総合で昼4時ぐらいからだったのかなあ、日本名作劇場を放映しました。この3本だけだったのかね。どれも4点で、名作で4点なら普通に面白かった程度で、いったいこれは何だという代物で3点つけている作品のほうが実は興味深い。たとえばロマンポルノで3点つけていると、けっこう楽しめたんだなと推測します。だから、名作が全部4点で、裕次郎作品が2点というこの週は平凡な週だったに違いない。

「夫婦善哉」は豊田四郎監督、森繁久弥、淡島千景主演の1955年の東宝映画。キネ旬2位。同じ年に1位だったのが成瀬巳喜男監督、高峰秀子、森雅之主演の「浮雲」でこれも東宝。読者投票では男子は同じ順だが、女子は「夫婦善哉」1位、「浮雲」2位。いずれにせよ、この2本が接戦だったようです。少し点数が落ちて、3位は木下恵介の松竹映画「野菊の如き君なりき」で、これは前年1978年の正月にNHKで放映されました。小津安二郎の松竹映画「麦秋」は1951年の1位。3本とも白黒。この頃の日本映画のトップテンを眺めたら、けっこう見ていない作品が多い。今年は、このあたりも少しずつ見ていくことにしましょう。

「肉体の悪魔」は、レイモン・ラディゲ原作、クロード・オータン・ララ監督、ジェラール・フィリップ、ミッシュリーヌ・プレール主演の1947年のフランス映画。脚本はトリュフォーが大嫌いなジャン・オーランシュとピエール・ボストで、映画自体も大嫌いなはず。白黒。1952年のキネ旬8位。

「アラブの嵐」は1961年の裕次郎主演作品。1961年1月にスキーで足を骨折し、9月封切りの「あいつと私」で復帰し、「堂々たる人生」「アラブの嵐」と連続ヒット。1961年4月から1962年3月の日本映画の興行ベストテンでは、各々3位、8位、9位に入っています。1962年3月封切りの「銀座の恋の物語」も7位に入っています。ただ、1962年になると裕次郎人気が下降気味になるらしい。「あいつと私」から「アラブの嵐」までの3本は芦川いづみ共演、「銀座の恋の物語」は浅丘ルリコ共演。「アラブの嵐」は1961年12月24日封切りだから正月映画か。配収2億9千万円で、翌年1月3日公開の小林旭主演の「渡り鳥北へ帰る」が3億円で、初めて裕次郎作品を上回ったらしい。ただし、なぜか上述の興行ベストテンに小林旭作品は入っていない。「アラブの嵐」は中平康監督、脚本は中平と山田信夫、撮影山崎善弘、音楽黛敏郎。シャディアという女性も共演。

(シネシャモ日記2012年1月2日)
第2週

1月10日(水) 花ひらく娘たち (テレビ神奈川) 2点
1月11日(木) ミサイル珍道中 (東京12) 3点
1月11日(木) 鍵 (テレビ神奈川) 3点
1月13日(土) ナイル殺人事件 (新宿ロマン) 3点
1月14日(日) 孤独な暗殺者 (フジ) 2点


前の週の作品とこの週の作品を比べたら雲泥の差。先週は平凡な週だったと書きましたが、訂正します。充実した週でした。でも、これはこれで調べがいがある。

「花ひらく娘たち」は、1969年の斉藤武市監督の日活映画で、おなじみ吉永小百合と浜田光夫の共演作。あれれ?浜田光夫は1966年にレストランで電気スタンドを投げつけられて目を悪くしてからも、このコンビの共演作があったのか。しかも1969年というかなり遅い時期に。この年、吉永は24歳で、早稲田大学を卒業。卒業論文は「アイスキュロス「縛られたプロメテウス」とアテナイ民主政についての一考察」という題名だそうな。彼女は「あゝ野麦峠」の映画化を企画していたが、彼女の事務所の代表である父親に社会性が強すぎるという理由で反対され、お流れになったそうです(このあたり、キネ旬の日本映画俳優全集・女優編(1980)を参照)。1969年の出演作は「花ひらく娘たち」と「嵐の勇者たち」のみ。「花ひらく娘たち」は1月11日に舟木一夫、松原智恵子主演の「青春の鐘」ととも公開されており、原作は石坂洋次郎。和泉雅子、渡哲也、杉良太郎共演。「嵐の勇者たち」というのは石原裕次郎主演作で12月31日公開だから、1969年に吉永は映画に出ていないも同然。ヤクザ映画というと東映だが、キネ旬の「ベストテン全集1960-1969」のリストを見ると、1969年の日活公開作はヤクザ映画ばかりで、唖然。吉永はテレビに活路を見出していたようで、ドラマだけでなく「スター千一夜」の司会も務めました。その結果、1973年の15歳年上のテレビディレクターとの結婚となります。作品自体について何も語っていないって?だって、おぼえていないんだもの。

「ミサイル珍道中 Road to Hong Kong」は、ビング・クロスビーとボブ・ホープの珍道中もの。高校時代に読んだ中原弓彦(小林信彦)の本「世界の喜劇人」(晶文社)が面白くて、その中で珍道中ものも書いてあった気がします(残念ながら、その本はすでに手放してしまいました)。「ミサイル珍道中」は1962年の作品で、たぶん一番最後の作品。というより、久しぶりに二人が組んだオマケのようなものらしい。1940年の「シンガポール珍道中」が第一作で、40年代に一世を風靡して、二人はマネーメイキングスターの王座を競い合うほどだったようです。ウィキペディアによると、1940年から1952年まで6本作られ、10年おいて「ミサイル珍道中」が作られました。ジェリー・ルイスの「底抜け」シリーズというのは、日本で勝手に「底抜け」を題名に加えたものですが、「珍道中」シリーズは原題もすべて "Road to" が付いています。監督ノーマン・パナマ、脚本メルビン・フランクとパナマ、ゲスト出演ドロシー・ラムーア、ディーン・マーティン、デビッド・ニーブン、ピーター・セラーズ、フランク・シナトラ。ユナイテッド・アーティスト配給。双葉さんの採点は「珍道中もだいぶ疲れました」で☆☆☆。

「鍵」は、この少し前に、キャロル・リード監督、ウィリアム・ホールデン、ソフィア・ローレン主演の1958年のイギリス映画を見ましたが、これは1959年の大映映画。谷崎潤一郎原作、市川崑監督、長谷部慶次、和田夏十、市川崑脚本、宮川一夫撮影、芥川也寸志音楽、京マチ子、中村鴈治郎、叶順子、仲代達矢、北林谷栄、菅井一郎出演。キネ旬の日本映画作品全集(1973)には鉛筆で「菅井一郎のあんまやが怪演」とメモ書きしてあります。なんと、その場面がYouTubeにアップロードされているじゃありませんか。やっぱり珍妙。京マチ子のメイクが異様。1959年のキネ旬9位。

友人と新宿に正月映画を見に行ったら、どこも満員で、一番お目当ての作品を見ることができませんでした。それが何だったか忘れましたが、その友人がロイ・シャイダーのファンだったので「ジョーズ2」だったかもしれません。で、「ナイル殺人事件 Death on the Nile」(1978) を見に行ったわけですが、ここも満員で一番前の席をなんとか確保できました。が、画面全体が見渡せなくて、よくわかりませんでした。少し前にも書きましたが、昨年のテレビ出演回数ランキングで女性一位だった大島さと子さんは、映研の2年後輩で、この映画のキャンペーンでミス・ナイルに選ばれたのでした。キネ旬は1978年の15位。読者選出では9位。興行成績は1979年の2位で、1位は「スーパーマン」。原作は1937年に発表されたアガサ・クリスティーの探偵ポワロもの。「オリエンタル急行殺人事件」ではアルバート・フィニーがポワロを演じていましたが、ここではピーター・ユスティノフ。ほかに、ジェーン・バーキン、ロイス・チルス、ベティ・デイビス、ミア・ファロー、ジョン・フィンチ、オリビア・ハッセイ、ジョージ・ケネディ、アンジェラ・ランズベリー、デビッド・ニーブン、マギー・スミスなど。監督ジョン・ギラーミン、脚本アンソニー・シェイファー、音楽ニーノ・ロータ、撮影ジャック・カーディフ。今、家でのんびり見たら、もしかしたら面白いかもしれない。

アラン・ドロンが主演してそうな題名「孤独な暗殺者」。はてさてどんな映画なんでしょう。記録によると監督クライブ・ドナー、主演ピーター・オトゥール。このコンビには「何かいいことないか子猫チャン」(1965)がありますね。IMDb でクライブ・ドナーの作品リストを探っていくと、"Rogue Male" という1977年のテレビ映画がありました。フリッツ・ラングの「マンハント」のリメイクだそうです。ジェフリー・ハウスホールドが原作で、「追われる男」という題名で創元推理文庫から出たことがあって、アマゾンで中古を1円で売っていたので、早速注文しました(送料込みで251円)。お話は、ヒットラーをライフルで暗殺しようとして失敗した男が、イギリスに逃げ帰ってもゲシュタポに追われる。イギリス政府も彼をドイツ当局に引き渡そうとしているのを知り、追っ手との孤独な戦いが続く。

(シネシャモ日記2012年1月10日)
第3週

1月15日(月) 六番目の男 (TVK) 3点
1月16日(火) 男性・女性 (池袋文芸坐) 5点
1月16日(火) ワン・プラス・ワン (池袋文芸坐) 1点
1月16日(火) モンタナの西 (東京12) 3点
1月17日(水) クーパーの花婿物語 (東京12) 3点
1月17日(水) 人妻集団暴行致死事件 (烏山) 3点
1月17日(水) 団鬼六・薔薇の肉体 (烏山) 1点
1月17日(水) 少女痴漢 (烏山) 2点
1月17日(水) 青い獣・ひそかな愉しみ (烏山) 2点
1月21日(日) 水で書かれた物語 (TVK) 3点


「六番目の男」は、私の記録によると、1956年の作品で、ジョン・スタージェス監督、リチャード・ウィドマーク、ドナ・リード主演。スタージェス監督は、1954年の「日本人の勲章」と1957年の「OK牧場の決闘」の間の作品(この二本の作品の間には、1955年の "Underwater!" と "Scarlet Coat" というのもあります)。「六番目の男」は "Backlash" という原題の西部劇。ミステリー的要素があるようです。5人の男がインディアンに襲われ、その中に自分の父親がいるのでウィドマークが捜査に出かけるというのが発端。もう一人逃げ延びた男がいるというのが邦題の由来らしい。なんかややこしそうなので、興味ある方は、goo のあらすじを読んでください。IMDb のユーザー投票だと6.5点なので、さほど再見したい気はしない。たとえば、「日本人の勲章」は7.8点だし、「OK牧場の決闘」は7.2点だし。ドナ・リードは1953年に「地上より永遠に」でアカデミー助演女優賞を獲得し、その後テレビの「うちのママは世界一」で人気者に。1958年から1966年まで続いたホームコメディで、原題は "The Dona Reed Show"。

ゴダールの「男性・女性」は1977年12月に一度見ています。それを振り返ったときには、次のように書いています。

ゴダールの「男性・女性」は、よくわからなかったらしくて、3点しかつけていませんが、1年後の1979年1月に池袋文芸坐で「ワン・プラス・ワン」との二本立で見たときには面白くて、その年の1位にしています。現在はクライテリオン版DVDを持っていますが、以前ほどヌーベルバーグの大ファンでもなくなり、仕事に疲れ気味の今見るのは、少々きつい。トリュフォー作品とさほど変わらないジャン・ピエール・レオの相手役は流行歌手シャンタル・ゴヤで、その後、子供向けの歌手として大成功を収めました。数年前に発売されたクライテリオン版には、60すぎの熟女になった彼女のインタビューが収められています。

1966年の長編11作目で、白黒。「気狂いピエロ」の次の作品。ウィキペディアによると、「気狂い」は「きちがい」と読むのに、差別用語のために「きぐるい」と読ませる場合があるとか。さらに「ピエロ・ル・フ」という原題を使用する場合もあるとか。どこか狂っている。

「ワン・プラス・ワン」は1968年のゴダール作品で、ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」の練習風景をダラダラと写している部分と、たぶん政治的な部分が交差する映画。たぶんというのは、ストーンズの部分しか憶えていないから。ブライアン・ジョーンズがラリっていて、使いものにならないのと、ビル・ワイマンが最初ベースを弾いていたのに、いつのまにかキース・リチャーズがベースを弾いていて、ビル・ワイマンがお気の毒と思ったことぐらいしか記憶にない。

「モンタナの西」(Mail Order Bride) は、バート・ケネディ監督のデビュー作で、1964年の西部劇。といっても、ドンパチものではなく、牧歌的なコメディ。「じゃじゃ馬億万長者」のおとっあんバディ・イブセン主演。双葉さんの採点表によると、「死んだ親友の息子デュリアをたたき直すのが目的で」、モンタナの西にやってきたらしい。デュリアというのは「2001年宇宙の旅」のキア・デュリアです。デュリアが通販カタログで花嫁をもらって(原題の由来)、最初ぎこちなかった二人が次第に打ち解けていくあたりが胸キュンだったような気がするような、しないような。双葉さんの評の内容は良いのに、採点は☆☆☆★と、さほど良くない。IMDb のユーザー投票でも6点で、「六番目の男」よりさらに悪い。たとえば、同じバート・ケネディ監督のズッコケ・コメディ「夕陽に立つ保安官」(1969)は何点かというと、あれれ、双葉さんはやっぱり同じ採点だ。正統派西部劇じゃないと、採点が厳しいのかね。「マジメ西部劇ファンはこの採点がよすぎるんじゃないかと思うかもしれない。が、ぼくはバート・ケネディらしいおトボケの味が出ていてうれしかったので黒星一つがとこオマケしたくなったのである」と書いています。IMDb は7.5点。

「クーパーの花婿物語」は1944年のサム・ウッド監督作品。"Casanova Brown" という原題のコメディ。クーパーが結婚をしようとしているが、以前の恋人テレサ・ライトに赤ちゃんができたのを知り、誘拐する。結局、クーパーとテレサはよりを戻す。まったく記憶にない。製作と脚本ナナリー・ジョンソン、配給RKO。原作は舞台劇で、これ以前に二度ユニバーサルで映画化されているらしい。

上記作品をテレビで見たあとで、お隣の千歳烏山にある成人映画館で4本立て。日活ロマンポルノをあなどるなかれ。「人妻集団暴行致死事件」は1978年のキネ旬9位なのだ。原作長部日出雄、脚本佐治乾、監督田中登。川谷拓三とともにピラニア軍団の代表的存在だったが、覚醒剤で5ヵ月ほされていた室田日出男のカムバック作品。室田が可愛がっている若者三人が、頭と心臓の弱い室田の妻黒沢のり子を襲う。黒沢のり子は何かのテレビドラマできれいなお姉さんという印象を持った記憶があるのですが、ウィキペディアの出演リストを見ても何だったか記憶にない。可能性が高いのは「アテンションプリーズ」で、1970年の日曜夜7時半なら、けっこう見ていたのかも。紀比呂子の敵役の親友役だったらしい。(追加: 若者三人の一人が古尾谷雅人だということを書き忘れました。)

続いて昨年亡くなられた団鬼六原作の「団鬼六・薔薇の肉体」。藤井克彦監督、谷ナオミ主演の1978年の日活ロマンポルノ。同じ年の「桃尻娘(ピンク・ヒップ・ガール)」(キネ旬22位)で人気沸騰の亜湖も出演。デビューしたこの年には「星空のマリオネット」(11位)、「オリオンの殺意より 情事の方程式」(寺脇研による1点によって66位)、「トラック野郎 突撃一番星」「トラック野郎 一番星北へ帰る」にも出ています。

「少女痴漢」は1978年の中村幻児監督作品とだけ記録しています。慶応大学中退後、若松孝二監督に弟子入りした人らしい。ウィキペディアによると、1978年9月にユニバースプロで「少女痴漢」を、東映ニューポルノで「痴漢少女」を作っているというややこしさ。私の記録では、最初「痴漢少女」と書いているのをわざわざ「少女痴漢」に書き直しているので、ユニバースプロ作品でしょう。しかし、さらにインターネットの記録を調べていくと、どちらも武藤樹一郎、野上正義、高島亜美出演で、製作ユニバースプロ、配給東映ニューポルノと表記しているのもあるので、もしかしたら同じ作品かもしれない。まあ、どうでもいいか。しかし、この手の作品なら基準1点なので、2点なら何かしらの見どころがあったに違いない。

「青い獣・ひそかな愉しみ」は、けっこう詳しく記録しています。監督武田一成、脚本田中陽造、撮影水野尾信正、音楽淡海悟郎、出演加納省吾、三谷昇。1978年のキネ旬45位で、北川れい子が4位で7点、山根貞男が10位で1点。goo によると、「受験生を抱える家庭で近年とみに増え続ける家庭内暴力とか細い少年期の心理を通して、抑圧された性を描く」作品で、けっこうきれいだった水島美奈子が出ています。日活ロマンポルノ。

「水で書かれた物語」は、吉田喜重監督、岡田茉莉子、入川保則(御冥福をお祈りいたします)、浅丘ルリ子、山形勲出演。原作石坂洋次郎、脚本石堂淑朗、高良留美子、吉田、撮影鈴木達夫、音楽一柳慧(いちやなぎ・とし)。1965年のキネ旬10位。母子相姦の話らしい。石坂洋次郎は「健全な常識に立ち明快な作品を書きつづけた功績」によって菊池寛賞を受賞するが、本人は「健全な作家」というレッテルに反撥したらしい(ウィキペディアによる)。実際、芦川いづみ様が出ている「陽のあたる坂道」や「あいつと私」にしてもドロドロした家族関係があります。吉田と岡田のコンビ作品は1962年の「秋津温泉」に限る。

(シネシャモ日記2012年1月17日)
第4週

1月22日(月) 殺人者たち (TVK) 3点
1月24日(水) いかすぜ!この恋 (池袋文芸坐) 3点
1月24日(水) 太陽をつかもう (池袋文芸坐) 2点
1月24日(水) 先生のお気に入り (フジ) 4点
1月25日(木) ミッドナイト・エキスプレス (テアトル新宿) 4点
1月25日(木) マックQ (新宿ローヤル) 3点
1月28日(日) チャイナタウン (三鷹オスカー) 5点
1月28日(日) ロンググッドバイ (三鷹オスカー) 5点


「殺人者たち」は1964年のドン・シーゲル監督、リー・マービン主演作。ロバート・シオドマク監督、バート・ランカスター主演の「殺人者」とととも2枚組に収録されたクライテリオン盤を少し前に買いました。どちらもヘミングウェーの同じ短編が原作。「殺人者たち」は2010年10月8日に軽く感想を書いています。これ以前にもテレビで見たことがあるのですが、このときの3点は厳しい。テレビ神奈川はテレビ映りが悪かったし、この頃まだ白黒テレビだったような気がするので、厳しくなったのかもしれません。今なら4点あげます。

古い映画をまだ名画座で見れたんですね。プレスリーの「いかすぜ!この恋」は双葉さんの採点表によると、1965年の "Tickle Me" という作品で、監督はノーマン・タウログ。相手役はジョスリーン・レーンという私の知らない女優さん。「ラスベガス万才」でアン=マーグレットにくわれてしまったので、有能な女優を使わなくなったらしい。女性ばかりの美容牧場にプレスリーがやってくるという設定はなんとなく記憶があります。双葉さんの採点は☆☆☆と平凡。当時書いた感想がありました。

ヨォ、プレスリー!! 今までプレスリーの映画なんて、と思っていたけど、さすが国民のアイドル。この映画でのプレスリーの自信満々さはどうだろう。

たいした顔していないのに、腕っぷしが強くて、頼もしくって、歌が上手で、全女性に愛されて、自分では意識してないのに、顔から体から女に対して色気を見せる。他の男なんてまるで存在感がない。もし、こんな男がいたら、もう殺してやりたいぐらいにイヤな男だろうが、まるでそうは思わせず、ただただ自分と同化させてくれる。ここまで徹底した独自の世界を作り出すなんて今の映画じゃできませんゾ。映が以前にプレスリーがいたから、できたのだ。これは一つの神話である。プレスリーは神様である。

しかし、時の流れは残酷なことヨ。神様は天から降りて、みっともない姿をさらけだしてしまう。時の流れが自分と逆らった方向に進もうとするなら、こういう人は、その方向へ進もうとはせずに、流れの底に沈むべきですナ。

開巻のバスに乗り遅れた人は災難ですナ。こんなけっこうな経験はありませんゾ。エルビス死すとも、映画は残る。


「太陽をつかもう」は、クリフ・リチャードとシャドウズが出ている1966年の作品とだけ記録しています。ヒット曲「サマー・ホリデイ」が原題の「太陽と遊ぼう!」は1963年のピーター・イエーツ監督作品なんですが、「太陽をつかもう」は双葉さんの採点表にもキネ旬の「ヨーロッパ映画作品全集」にも載っていません。IMDbによると原題は "Finders Keepers" で、10点満点のユーザー投票で4.6点のトホホの音楽コメディ。監督シドニー・ヘイヤーズ。

「先生のお気に入り」は、私の5点満点の採点では4点で意外と好成績。ジョージ・シートン監督、クラーク・ゲイブル、ドリス・デイ主演の1958年のロマンチックコメディ。パラマウント映画。原題の "Teacher's Pet" のほうが有名かも。ドリス・デイが "Teacher's Pet" と歌う部分だけ口ずさめます。白黒映画なんですね。

「ミッドナイト・エキスプレス」(1978, Midnight Express) は、アラン・パーカー監督、ブラッド・デイビス主演で、麻薬密輸の罪で逮捕された男が不当に長い刑に処せられ、脱獄を試みる話。トルコを舞台にした実話。音楽ジョルジオ・モロダー。1978年のキネ旬ベストテンでは14位ですが、読者選出では5位と一般的な人気が高い。当時書いた感想がありました。

この映画は、一人の男が主人公である。この男は、麻薬所持のためトルコの警察に捕まってしまう。男は不当に裁判されて、かなり長い間、刑務所の中で過ごすことになる。

トルコの刑務所は、かなり不潔だが、刑務所内部は自由に出歩くことができ、他の人とも話すことができる。ただ、アメリカ人とトルコ人の違いがこのアメリカ人をいらだたせる。刑務所にいるということは外の社会と断絶されることで、この映画ではそれが強く感じられる。彼の不安は、人間として忘れられるかもしれない、ということだろう。

この男は、まわりに対して無力なのである。ただ、最後に脱獄することになるが、あくまで偶然であり、ほとんどなすがままである。これが本当なのである。まず脱獄の映画だと、その脱獄の計画のすばらしさ、あるいは脱獄者の不屈さが描かれるであろう。ところがそれはまず作り話めいている。ところが実話になると、「パピヨン」にしろ「ミッドナイト・エキスプレス」にしろ、囚人は、なかなか抜け出せない。われわれと同じ人なら、まず脱獄なんてできなのである。もし、脱獄できるとしたら、この映画のように、たまたまそうなったというぐらいのものでしかない。

もともと、この映画は脱獄の方法を描いたのではない。なぜなら、この刑務所の立地条件がまるでわからないからだ。また、壁を開けて脱獄しようとして、地下水道に入ったまではいいが、すぐ行き詰まってしまうアッケなさを見ろ。また、壁の穴がすぐ見つかってしまうアッケなさを見るがいい。

それに、この映画は、主人公の生き様を描いたものでもない。ほとんど、この男は為すがままにされているのである。彼は、われわれと同じなのである。彼はわれわれの一つのモデルなのである。

とすれば、一体何が残る。トルコの警察、あるいは裁判所のあいまいさ、ゴウマンさが残る。いや、そんなことではない。

この主人公は、われわれと同じ人間であり、たやすく同化させてくれるところに意義がある。この映画は、われわれに大変な経験を積ませてくれるのだ。

だから、最後の喜びもひとしおである。


その「ミッドナイト・エキスプレス」を見た伊勢丹裏のテアトル新宿は二本立ての名画座だったのですが、もう一本は見る気がしなかったらしく、紀伊國屋横のアクション専門一本立て名画座の新宿ローヤルで「マックQ」をハシゴしています。「ダーティハリー」に触発されたらしきジョン・ウェイン主演の1974年の刑事もの。と思っていたら、親友が殺された事件を追求するために刑事を辞めて私立探偵になった男の話らしい。監督ジョン・スタージェス、音楽エルマー・バーンスタイン、撮影ハリー・ストラドリング・ジュニア。ワーナー配給。それにしても、IMDbでジョン・ウェインの作品リストを眺めていて思ったのですが、日本人向けにカタカナのアルファベット表記ってどうなのよ。"Ribati baransu wo utta otoko" って何の映画なのか、すぐにはわからない。それから、「ダーティハリー」はキネ旬の何位だったのか調べたら、1972年の11位で、10位の「フレンチ・コネクション」の131点と1点しか違わないのに、この順位差は大きい。以前は読者投票を男女各選考委員1名分としてベストテンに加えていたのですが、1972年から読者選出として分離させ、そこでは「ダーティハリー」は「時計じかけのオレンジ」に次いで2位で、「フレンチ・コネクション」は6位。

私立探偵ものが続きます。なんか異常なところがありますが、見事なストーリーテラーであるロマン・ポランスキーの「チャイナタウン」は、ジャック・ニコルソン主演で、フェイ・ダナウェー、ジョン・ヒューストン共演。ニコルソンの鼻を切りつける変な小男としてポランスキー自身も出演しています。1976年9月にテアトル新宿で一度見ています。その時を振り返ってどう書いているかというと

「チャイナタウン」は、このときはまあまあ面白かったのですが、この何年か後に再見したときのほうが面白かった記憶があります。ポランスキーって話の語り口がうまいんだなあって、そのとき初めて思ったような気がするし、それ以降ずっとそう思っています。それは、1979年1月29日に三鷹オスカーで「ロンググッドバイ」とともに見たときのことだから、そのときのことを回想する3年後までにDVDであらためて見て、そのときもっと詳しく書こうかなと思っています。現在、IMDb のユーザー投票では7万人近くが投票しており、8.5点で60位。ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェー主演、ジョン・ヒューストン共演、ポランスキーも出てます。脚本ロバート・タウン、音楽ジェリー・ゴールドスミス、撮影ジョン・A・アロンゾ。

あはは、三年後の今日に預けています。残念ながら、まだDVDを購入していません。フィルムノワール作品リストにも入っているので、近いうちに見なきゃね。IMDb では現在10万人以上が投票して、8.4点で71位。キネ旬は1975年の14位で、読者は7位。1974年のアカデミー賞の主要部門にノミネートされていますが、獲得したのはロバート・タウンの脚本賞のみ。

「ロンググッドバイ」も一度見ています。東京に出てきたばかりの1975年4月に池袋地球座で見ています。)。そのときは4点だったけど、これも点数が上がっています。探偵ものは最初見たときはストーリーを理解するのに大忙しで、楽しく鑑賞できないんですかね。最初見たときを振り返って書いたのは次のとおり。

「ロング・グッドバイ」(1973, The Long Goodbye)は、もちろん、レイモンド・チャンドラーの私立探偵フィリップ・マーロウものが原作です。マーロウを演じるのはエリオット・グールドで、もさっとしていて、なんかイメージじゃない。監督ロバート・アルトマン、音楽ジョン・ウィリアムズ、撮影ビルモス・ジグモンド。脚本はリー・ブラケット(「三つ数えろ」「リオ・ブラボー」「スターウォーズ:帝国の逆襲」)。リー・ブラケットって女性だったのか!ポーリン・ケイル女史によれば、アルトマン風の即興のセリフがあちこちに出てくるので、リー・ブラケットが脚本を書いたってことを文字どおりに受けとらないほうがいいとか。

1974年のキネ旬では合計5点で61位。五木寛之氏が1点(10位)、今野雄二氏が1点、佐藤重臣氏が3点(8位)。これもフィルムノワールの作品リストに入っているので、そのうち見ることにします。700本以上収録されている Michael F. Keaney の "Film Noir Guide" には「チャイナタウン」もこれも入っていないので、変だなあって思ったら、1940年から1959年までに限定していました。
この二本を見た当時書いた感想がありました。

ちょっと見れば、「ロング・グッドバイ」は、チャンドラーの傑作ハードボイルド小説をみごとに破壊して、アルトマン調にし、「チャイナタウン」はポランスキーが念入りにハードボイルドの世界を描いたもののように見える。しかし、よく見れば、本当にハードボイルドなのは「ロング・グッドバイ」であり、「チャイナタウン」よりはるかにハードボイルド小説の感じに近い。

「チャイナタウン」は、時代が戦前になっており、すべてが忠実に再現されているようではあるが、なぜかケバケバしく、どぎつい。主人公、JJギデスは、名前こそいかのもハードボイルド探偵といった感じだが、どこかナヨナヨしい。しかも、女依頼人と寝るのであるからチャンドラーやロス・マクドナルドの主流派とは違う。マーローは絶対女を抱いたりしない。「ロング・グッドバイ」を見よ。目の前に裸の女がワンサといるのに、まるで興味を示さない。一級の探偵や殺し屋(探偵と背中合わせ)は、絶対女に気を許さない。

マーローやアーチャーといった探偵は、悲劇を客観的に見つめる第三者だが、冷酷になりきれないところから、その悲劇が彼らの中にもしみ込んでいくのである。彼らは第三者になりきれないのである。外面的に第三者であっても内面は事件の中に入っている。JJは、外面的に事件中の人物とかかわりあっても、内面的にはまるでかかわりあっていないように思える。

「チャイナタウン」は、全部が作り物みたいだ。事件は、大変陰惨なものとなったが、作り物ではそれも白々しい。JJ自体、作り物みたいで、彼の人間性がよく出ていない。探偵ものでは、探偵は私たちと同化しなければならない。私たちは、JJに同化できないのである。

一方、「ロング・グッドバイ」は、事件が最後までよくつかめない感じだが、マーローと我々は見事に同化している。まず、開巻を見たまえ。実にいいではないか。リアリティがあるのだ。

彼をとりまく人物が、みんな実にくさいが、それに事件も平凡だが、マーローの心にはJJ以上に悲しみがしみこんでいくである。

ラストがにくいですなァ。


(シネシャモ日記2012年1月24日)
第5週

1月29日(月) 元禄忠臣蔵 (三百人劇場) 1点
1月31日(火) 昭和残侠伝・血染の唐獅子 (池袋文芸地下) 4点
1月31日(水) 昭和残侠伝 (池袋文芸地下) 3点
1月31日(水) 狼の時間 (東京12) 3点
2月02日(金) 家族の肖像 (岩波ホール) 5点


振り返ってみると、溝口、マキノ、ベルイマン、ビスコンティという凄い週だったんだなあって感心しますが、そのわりに点数は低い。一番の原因は、溝口健二の「元禄忠臣蔵」が楽しめなかったこと。誕生日に友人からチケットをもらって見に行ったので、申し訳ないのですが。もともと有名な忠臣蔵の話自体に興味がなかったし、長回しで静的だし、前後編ある長さなので、退屈したのでしょう。今ならもっと評価できると思いますが、数年前にどっと溝口作品のDVDが出たときも、買おう買おうと思いつつ、いまだに購入していないので、やはり苦手意識があるのでしょう。1点というのは不当に低い気がするので、お好きな方は私にセンスがないと思っていただきたい。ウィキペディアによると、1941年12月に前編、1942年2月に後編が公開されたそうです。キネ旬では、後編が1942年の7位。

キネ旬の日本映画作品全集(1973)には、山田宏一氏による詳しい「昭和残狭伝」シリーズの解説が載っています。全部で9本あります。
  1. 「昭和残狭伝」(佐伯清、1965)
  2. 「唐獅子牡丹」(佐伯、1966)
  3. 「一匹狼」(佐伯、1966)
  4. 「血染の唐獅子」(マキノ雅弘、1967)
  5. 「唐獅子仁義」(マキノ、1969)
  6. 「人斬り唐獅子」(山下耕作、1969)
  7. 「死んで貰います」(マキノ、1970)
  8. 「吼えろ唐獅子」(佐伯、1971)
  9. 「破れ傘」(佐伯、1972)

私の一番好きな東映シリーズなんですが、1968年に作られていないところを見ると、健さんのシリーズの中では人気がない方だったのでしょうか。ストイックすぎるんですかね。ちなみに、キネ旬の日本映画俳優全集・男優編(1979)によると、1968年の健さんの出演作は次のとおり。

  1. 「日本侠客伝・絶縁状」
  2. 「獄中の顔役」
  3. 「荒野の渡世人」
  4. 「侠客列伝」
  5. 「緋牡丹博徒」
  6. 「ごろつき」
  7. 「人生劇場・飛車角と吉良常」
  8. 「祇園祭」
  9. 「新・網走番外地」
  10. 「博徒列伝」

「血染めの唐獅子」はシリーズの中で一番面白かった記憶があります。実際、自分のトップテンを眺めても、この作品がこの年に6位に入っているだけです。

言うまでもなく、このシリーズに欠かせないのが池部良。いつも悪いほうの組にいるのですが、最後は親分のあくどさぶりに耐えきれず、健さんとともに殴り込みに行く(その道中、健さんの唄う「唐獅子牡丹」が必ず流れる)。池部良が親分に盃を返すときだったか、盃で額を割られるという印象的なシーンを憶えているのですが、あれはこの作品でしたっけ?そのときの親分は河津清三郎だったと思うのですが、彼は二作目から五作目まで悪い親分を務めています。そういえば、彼を本当に痛い目にあわせたのは、溝口の「祇園囃子」の若尾文子でした。彼女に唇をかまれたせいで、こんなに悪い男になっちゃったのかな。

山田宏一氏の解説によると、健さん扮する花田秀次郎と池部の風間重吉という花と風のコンビが定着したのは、この四作目からだそうです(名前は同じでも、各作品、独立した話で、別の人物)。女優陣は藤純子。

「昭和残狭伝」はシリーズ一作目で、まだストイックな感じがなかったような、その分だけ私の興味を引かなかったような。佐伯清という監督がこのシリーズの最初と最後を飾っているのですね。なんか古臭いイメージがあって、マキノ雅弘や山下耕作という名前ほど興奮しない。女優陣は三田佳子で、なんとなく松方弘樹が印象に残っているような。

なにしろ30年近く見ていないシリーズなので、「血染の唐獅子」あたりDVDで買って見たい気もするのですが、高いので、クライテリオンあたりがまとめて安く発売してくれませんかねえ。レンタルで安く見ることができるのでしょうか。なんかレンタルって苦手。こういうのは新宿の昭和館の三本立てで見るに限るのですが、不覚にもこれは池袋文芸地下でした。

ベルイマンは「仮面/ペルソナ」のあとの60年代後半も年1本ペースで作品を作り続けていたようですが、その頃の作品は地味すぎるのか1972年の「叫びとささやき」まで日本公開されていないはずです。この頃のは映画祭などで評価されるなどのきっかけがなくて日本公開されなかったのでしょうかね。1969年にテレビ用に作った「夜の儀式」というのは1975年に岩波ホールで上映されました。「狼の時間」は1968年の作品で、平日の昼2時から東京12チャンネルで放映するって、アナーキーでパンクな時代だったんだなあ。

IMDbのユーザー投票によると、6,000名以上が投票して、7.7点と高評価。ベルイマン唯一のホラー映画で、危機にある芸術家が悪夢に悩まされ、零時から夜明けまでの「狼の時間」に痛ましい過去を妻に語るという話らしいです。主演はマックス・フォン・シドーとリブ・ウルマン。白黒撮影はスベン・ニクビスト。

「家族の肖像」は先日引退された大学の先生が、引退のときに上映されたようです。映画ばかり見ていてダメな生徒は、遠くから感慨にふけるしかない。昨日書いたことから考えると、私は反カント的で、ベルイマンやビスコンティ好きの先生はカント的だったのでしょう。そういえば、カントの「判断力批判」を夏休みの間に読めと勧められたような気もします。大学自体が金持ちっぽくて、私には似合わなかったなあ。

「家族の肖像」自体は面白くて満点。1978年11月から公開されていたので、キネ旬では1978年の1位。「キネマ旬報ベスト・テン80回全史1924−2006」によると、製作時点から4年後の日本公開で、これがヒットしたことでビスコンティ・ブームになり、未公開だった作品が次々と日本公開されました。ビスコンティ自身は1976年に亡くなっていました。遺作は「イノセント」(1976)で、そのひとつ前が「家族の肖像」(1974)。バート・ランカスター、ヘルムート・バーガー、シルバーナ・マンガーノ出演。当時書いた感想がありました。

一人ゆうゆうと書斎で暮らす大学教授。メイドが二人おり、家事一切の心配もない。学問に没頭しており、孤独感はあるが、絶望にはいたらない。実にうらやましい。こちらとしては、部屋の中で一人で暮らしてゆけるものならどんなに素晴らしいことだろうと思っているのに、そうはいかない。

ところが、彼の人生もこのままでは終わらせてくれない。いくら世間と関わりあおうとしなくても、やはり社会とは、どこかで関わりあわなくてはいけない。この教授が何年こんな生活をしているかは知らないが、かなりの間だろう。そこへ突然と外部の者が忍びこんできたら、彼の社会への免疫が利かなくなりかけてしまっている今、死ぬしかないのではないか。

孤独に生きてきた者が人と関わりあうのがどんなにわずらわしいことかわかるのである。主人公はまるで檻の中のライオンだ。ライオンだが草食のライオンだ。外へ出ると撃ち殺されるだろう。この教授が外へ出ると「ベニスに死す」になる。「ベニスに死す」では、主人公は不器用に少年を愛してしまい、外部の世界は刺激的で心臓に悪かったのであろう、死んでしまう。

ここでは、彼の家の中に忍びこむ。ああ、本当にわずらわしいなあ、他人と関わりあうのは。しかし、一方で人と接したくもあったのだ。人と接していくこと、これは「愛」によって為されるのであろう。彼が一番心に触れたコンラッドという青年。しかし、教授は心から彼を愛することはできない。人間への不信感というより、人間との関わりを断っているのだ。彼は怠惰なのだ。

一見、落ち着いた人物に見えるが、実は彼の虚像なのである。社会から逃げているのにすぎない。知性のかたまりの彼は、頭の中では欲望に身を任せる人たちに勝てるのだが、実際はそうはいかない。

むなしいのである。すべてがむなしい。人間の心の生き方は何であろうか。社会に身を任せるか、自分の中で生きていくか、どちらも悲しい。その接点を生きるのは、なかなかむずかしい。


(シネシャモ日記2012年1月31日)

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