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シネシャモ

Le Roi de Coeur (King of Hearts)
2004年3月 第12回上映





はじめに

今回は、フィリップ・ド・ブロカのファンタジックな佳作の上映です。2003年11月に発売されたDVDには、「カルト映画の傑作」とありますが、なにか違和感を感じます。今回は、愛すべきド・ブロカ映画の一作品として、あるいはホノボノした60年代フランス喜劇映画の一作品として、上映しようと思います。


スタッフとキャスト

1966年フランス映画 1時間41分
監督 フィリップ・ド・ブロカ Philippe de Broca
原案 モーリス・ベシー Maurice Bessy
脚本 ダニエル・ブーランジェ Daniel Boulanger
撮影 ピエール・ロム Pierre L'Homme
音楽 ジョルジュ・ドルリュー George Delerue
プランピック アラン・ベイツ Alan Bates
コクリコ ジュヌビエーブ・ビジョルド Genevieve Bujold
公爵 ジャン・クロード・ブリアリ Jean-Claude Brialy
公爵夫人 フランソワーズ・クリストフ Francoise Christophe
将軍 ピエール・ブラッスール Pierre Brasseur
大佐 アドルフォ・チェッリ Adolfo Celi
娼婦館の女主人 ミシェリーヌ・プレ-ル Micheline Presle
床屋 ミシェル・セロー Michel Serrault

監督 フィリップ・ド・ブロカ (1933-)
彼は、シャブロルの最初の三作(「美しきセルジュ」、「いとこ同士」、「二重の鍵」)とトリュフォーの処女作「大人は判ってくれない」の助監督を務めたのち、1960年に "Les jeux de l'amour" で監督デビューしました。ヌーベルバーグ誕生のど真ん中にいたのに、その後、軽いコメディ映画に専念しているのが好ましいです。「まぼろしの市街戦」に一兵卒だったヒットラーがちょこっと出てきますが、どうもその役を演じているのは彼のようです。「大人は判ってくれない」の遊園地のシーンにも出ているし、「勝手にしやがれ」にも出演しているそうです。以下は私が見たことのある60年代の主要作品です。70年代半ばにもベルモンド主演で「おかしなおかしな大冒険」や「怪盗二十面相」を撮っているけど、60年代の作品ほどは好きになれません。
  • 大盗賊(1962)
    ベルモンド主演。中世を舞台にした活劇。
  • リオの男(1963)
    ベルモンド主演。世界的なヒット作。彼女が悪党に誘拐されたので、ベルモンドが南米まで追っかけるというアクション・コメディ。
  • カトマンズの男(1965)
    ベルモンド主演。「リオの男」のヒットに便乗したアクション・コメディ。世の中が退屈でしょうがない金持ちのボンボンが事件に巻き込まれてハッスルする。
  • まぼろしの市街戦(1966)
  • 君に愛の月影を(1969)
    アメリカの金持ちのボンボンがフランスの田舎娘を好きになり、結婚してアメリカに連れて帰るが、彼女がホームシックになったので、故郷の村ごとアメリカに持ってくる。村の住人たちも一緒に!
原案 モーリス・ベシー (1913-1993)
「まぼろしの市街戦」に素敵なアイディアを提供した張本人です。小説家でも脚本家でもなく、ジャーナリストのようです。1956年の「殺意の瞬間」というジャン・ギャバンが若い娘にだまされる映画の原案も彼のようです。

脚本 ダニエル・ブーランジェ (1922-)
小悪党のような風貌の人で、「勝手にしやがれ」や「ピアニストを撃て」に刑事やギャングの役で出演しています。トリュフォー作品には、「ピアニストを撃て」のほかに、「黒衣の花嫁」と「家庭」にも出演しています。「まぼろしの市街戦」にもドイツ軍の大佐役で出ているらしいのですが、確認していません。脚本家としては、やはりド・ブロカ作品で知られているようで、デビュー作以来、60年代のド・ブロカ作品のほとんど(全部?)を担当しています。

撮影 ピエール・ロム (1930-)
ピエール・ロムというとメルビルの「影の軍隊」がすぐ頭に浮かびます。が、それ以外の映画を知りません。調べたら、現在までコンスタントに活動しているようです。


音楽 ジョルジュ・ドルリュー (1925-1992)
優雅で、心地良い。1960年代のド・ブロカ作品のほとんどを担当し、1970年以降も多くのド・ブロカ作品に音楽をつけています。トリュフォー作品も多く、「ピアニストを撃て」、「突然炎のごとく」、「二十歳の恋」、「柔らかい肌」、「恋のエチュード」、「私のように美しい娘」、「アメリカの夜」、「逃げ去る恋」、「終電車」、「隣の女」、「日曜日が待ち遠しい」と長編10本、短編1本を担当しています。アカデミー賞の音楽部門に5回ノミネートされ、1979年の「リトル・ロマンス」で受賞しています(ノミネートのみの4作は「1000日のアン」、「イルカの日」、「ジュリア」、「アグネス」)。他には「24時間の情事」、「軽蔑」、「わが命つきるとも」、「ジャッカルの日」、「プラトーン」など。

出演者

アラン・ベイツ (1934-)
彼が1960年代に出演した映画を1970年代の初めごろテレビでよく見ました。実直なイギリス青年といった感じでした。「逃げる男」、「その男ゾルバ」、「ジョージー・ガール」、「遥か群集を離れて」、「フィクサー」などです。その後も、現在に至るまで数多くの作品に出演しているのだろうけど、ほとんど見たことないです。


ジュヌビエーブ・ビジョルド (1942-)
可愛いお嬢ちゃんといった感じなのに、案外演技派で、最初に注目を浴びたのがレネの「戦争は終わった」(1966)だし、「1000日のアン」(1969)ではアカデミー主演女優賞にノミネートされました。同じカナダ出身の監督と結婚したために、カナダの映画やテレビに出演していたようで、1970年代の初めごろはお目にかかることがなかったのですが、「大地震」(1974)あたりから再びハリウッド映画に出演し始め、「愛のメモリー」(1976)や「コーマ」(1978)といったスリラーに主演しました。1980年代になってからはクリント・イーストウッド主演の「タイトロープ」(1984)にも出演しましたが、アラン・ルドルフという監督の映画に何本か出演しています。が、私は一本も見ていません。最後に見たのは、クローネンバーグの「戦慄の絆」(1988)だと思いますが、ジェレミー・アイアンズ演じる双子の医者が気持ち悪くて、彼女のことはあまり記憶にありません。

公爵役のジャン・クロード・ブリアリ(1933-)は、ベルモンドやレオと並ぶヌーベルバーグの代表的男優です。ヌーベルバーグ全盛の1960年前後にはシャブロルの初期作品やゴダールの「女は女である」に主演していましたが、その後助演に回ることが多く、1970年から監督業にも乗り出しています。

精神病患者の一人で将軍役のピエール・ブラッスール (1905-1972)は、たぶんフランスでは舞台の名優なんだろうけど、「天井桟敷の人々」など数多くの映画にも出演しています。

娼婦館の女主人を演じるミシェリーヌ・プレ-ル (1922-) は、ジェラール・フィリップと共演した「肉体の悪魔」(1946)で有名。

ちょっとオカマっぽい床屋を演じているミシェル・セロー (1928-) は、70年代に「Mr.レディMr.マダム」で本格的にオカマを演じています。

イギリス軍の大佐を演じている
アドルフォ・チェリ (1922-1986) は、イタリア人で、1960年代の国際映画に悪役として数多く出演しています。「リオの男」にも出ていましたが、一番有名なのは「007/サンダーボール作戦」です。


あらすじ

時代は第一次大戦末期。舞台は Marville というフランスの田舎町。この町にドイツ軍が爆弾を仕掛けたことをレジスタンスが知り、町の住民とイギリス軍に知らせる。町の住民はただちに避難する。

イギリス軍の大佐は、フランス語が話せるという理由で兵卒のプランピックを選び、爆弾を処理させるために町に向かわせる。町に着いたプランピックは、ドイツ兵に追いかけられて、精神病院に逃げ込む。患者たちは、彼を見て、「ハートの王様」が戻ってきたと喜ぶ。患者たちは病院から出て、誰もいなくなった町で、床屋、将軍、司祭、娼婦館の女主人など、元の職業に戻る。

プランピックは彼らに爆弾を探させようとするが、彼らは、プランピックを「ハートの王様」として戴冠させることしか考えていない。次第に彼らのことが好きになったプランピックは、彼らを町から避難させようとするが、彼らは外界が怖くて、町から離れようとしない。

プランピックは、爆弾が時計台に仕掛けられていることを発見し、爆発を防ぐ。イギリス軍がやってくるが、住民が精神病患者ということを知らないので、一緒にお祭り騒ぎをする。

翌朝、イギリス軍が町から去るとき、患者たちはこっそりプランピックを連隊から連れ出す。突然、ドイツ軍がやってきたので、両軍が鉢合わせし、銃撃戦となり、全員死亡する。

それを見てウンザリした患者たちは自ら精神病院に戻る。プランピックは軍隊に戻り、勲章をもらうが、戦争に加わりたくないし、患者たち(特に若い娘コクリコ)が好きなので、軍隊を逃げ出し、真っ裸で精神病院の前に立つ。(当時アメリカや日本で上映されたものは、ここで終わりますが、DVDに収められているオリジナル・フランス版には、病院の中で他の患者たちと楽しく暮らしている様子が少し加えられています。)


カルト映画

Ira Konigsberg の
The Complete Film Dictionary (第2版)によれば、カルト映画とは、「幅広い人気はないが、特定のグループや特定のタイプの人にとって魅力的な映画」です。

Danny Peary が1981年に出版した
Cult Movies という本には100本の映画が紹介されていますが、その中に「まぼろしの市街戦」が入っています。その本によると、この映画は1967年にアメリカで公開され、新聞で好評を得たのち、60年代の終りから70年代の初めにかけて、全米各地で多くの観客を動員しました。興行収入記録を破ったオースチンを初め、ロサンジェルス、サンフランシスコ、ミネアポリス、ミルウォーキー、デトロイトなど、大学があるところならどこでもヒットしました。マサチューセッツ州ケンブリッジのセントラル・スクエア・シアターでは1971年から5年間上映され続けました。

当時のアメリカの学生に受けたというのは、ベトナム戦争への反発やヒッピー文化と相通ずるテーマを持っていたからでしょう。戦争をしている外界の人々に対して高みの見物をしている精神病患者たちに学生たちは容易に自分を投影できたのかもしれません。

もともとファンタジックなコメディ映画の佳作ぐらいの評価だったかもしれませんが、これだけカルト熱が高まると、反戦というテーマの扱い方が軽すぎるなんて批判が出てきます。ただ、ド・ブロカの全作品から見ると、むしろ反戦をテーマにしたこと自体が問題だったような気がします。「リオの男」で国際的に知られるようになって、豊富な資金が入り、国際的に通用する大作を期待され、それなりのテーマが必要だったのかもしれません。でも、彼は大作より小品のほうが似合うし、傑作より佳作が似合うと思います(私が佳作の小品が好きだから、そう思うのかもしれませんが)。

私が最初1974年に見たとき、高校3年生だったのですが、反戦というテーマは印象に残っていません。たぶん私が一番反応したのは雰囲気だと思います。ド・ブロカの映画には、たいてい子供っぽい愛らしい雰囲気があります。日本未公開の初期3作品にもあるようですし、「リオの男」や「カトマンズの男」にもあるし、もちろん、この映画や「君に愛の月影を」にもあります。そうした雰囲気が最後まで壊れなければ、展開がまどろっこしくても、ギャグがお粗末でも、私は大好きになるはずです。この映画では、古い建物が残っているフランスの田舎町の雰囲気が素晴らしいです。

今回DVDで再見して、不満なことがあります。精神病患者たちが、自分たちの役割を演じることに夢中で、あまり人間味が感じられないことです。特に、高校3年のときには胸キュンだったアラン・ベイツとジュヌビエーブ・ビジョルドのロマンスは、ビジョルドが最後まで心のない人形のようで、ちょっとガッカリです。

今回の日本盤DVDには1974年にテレビ放映されたときの吹替えが入っています。ジャン・クロード・ブリアリは広川太一郎が担当しており、ブリアリの印象は、原語版よりも日本語版のほうが強いです。


失敗したミュージカル化

Ken Mandelbaum という人が書いた Not Since Carrie: Forty Years of Broadway Musical Flops という本があります。これは戦後ブロードウェイ・ミュージカルの失敗作を紹介した本です。「まぼろしの市街戦」は「映画のほうが良い」というタイトルの章で紹介されています。ミュージカルのタイトルは 映画の英語題名と同じ "King of Hearts" です。1978年に上演されました。

このミュージカルの脚本を最初に書いたのは、スティーブ・テシック Steve Tesich で、彼は1979年に「ヤング・ゼネレーション」 ("Breaking Away") でアカデミー脚本賞を受賞します(私が大好きな青春映画です)。ただ、このミュージカルが地方からブロードウェイに進出する際、ジョウゼフ・スタインという人が脚本を書き直しました。

1970年代の終わりごろになると、「まぼろしの市街戦」のテーマも使い古されたものになっていました。しかも、町の人々が去ったあと精神病患者たちが町の住人になる最初の15分からあとは、ほとんど話が展開しません。スタインの脚本には、ユーモアが欠けており、話の展開がなく、長ったらしいサーカスや戴冠式といった脱線で埋められていました。

このミュージカルはブロードウェイのミンスコフ劇場で6週間上演され、180万ドルの赤字になりました。この本によれば、「略奪された七人の花嫁」、「ジョージー・ガール」、「道」、「風と共に去りぬ」などもミュージカル化して失敗したそうです。


シャボン玉のような初期作品

トリュフォー、ゴダール、シャブロルというヌーベルバーグ三大監督のデビュー作すべてに関わったフィリップ・ド・ブロカは、当初、ヌーベルバーグ派の監督と見られていたようです。ヌーベルバーグは若者の生態を軽妙に描いた作品が多いのですが、その中でも特に軽やかだったようです。アメリカのポーリン・ケイル女史のガイドブックから最初の3作品に対するコメントを抄訳してみます(Pauline Kael, 5001 Nights at the Movies)。
Les jeux de l’amour (1960) The Love Game
気まぐれで、とても軽いコメディ。ヌーベルバーグから生まれた素晴らしく楽天的な映画で、ありがたいほど些細。結婚したい女性と、いつまでも自由でいたい男性(ジャン・ピエール・カッセル)がいる。二人は軽薄すぎて、最初はバカに見えるが、まわりの世界から歓びをつかむ方法を知っているし、彼らの手にかかれば、小さな歓びがとてつもないものに思えてくる。ド・ブロカのスタイルはダンスのように弾んでいて、映画は驚きと思いがけない不調和に満ちている。
Le farceur (1961) The Joker
ド・ブロカ独特の些細なコメディ。夢見がちでエクセントリックな家族が出てくるが、奇行があまりに非現実的。でも、映画は次第に面白くなってくる。軽快で好色な若者ジャン・ピエール・カッセルがグラマーなアヌーク・エイメを追っかける。ド・ブロカはまだ20代なのに、起用で、バレーのように優雅なスタイルを持っている。映画は陽気だが、不快感を与えない。
L’amant de cinq jours (1961) The Five-Day Lover
ジーン・セバーグ演じる女主人公は情事が終わっても後味の悪さを感じない。「愛はシャボン玉。地面に落ちると終わる」と彼女は言う。機知に富んだ顔のジャン・ピエール・カッセルが彼女の恋人だ。フランソワ・ペリエは彼女の夫で学者だ。ミシェリーヌ・プレールはファッションデザイナーで、カッセルの愛人だ。勘定は彼女が払う。この4人は、ロマンスとウソの網で結ばれている。話の筋が進展し、プツンと切れ、突然別の角度から彼らをとらえる。セリフは美しく、説明できないほど人の心を動かすものが多い。寝取られ夫のペリエは、子供たちをベッドに連れて行き、母がなぜいないかを説明する。「母親の帰宅がなぜ遅いんだろうと考えてるんだろ?ハイヒールを履いているから、長く歩くのが難しいんだよ。」
どんな作品か想像がつきますか。これまで見る機会がなかったし(すべて日本未公開)、今のところ見れそうにないのが残念です。死ぬまでに見てみたいものです。ド・ブロカは、同じジャン・ピエール・カッセル主演で同じような題材を扱った作品を、「リオの男」と「まぼろしの市街戦」の間に撮っています。1965年の「ピストン野郎」という作品で、これは日本公開されています。双葉十三郎さんは、「ド・ブロカのタッチはすこぶる、洒脱で新鮮でコメディ効果も秀抜、さわやかな感覚にも感心させられた」と述べています(「僕の採点表II」)。すでに新鮮味が薄れてきた頃の作品だから、最初の3作品はどんなに素晴らしいことでしょう!

ケイル女史の映画ガイドには、ベルモンド主演の「大盗賊」と「リオの男」に対するコメントも含まれていますが、最初の3本ほどは気に入っていないようです。それ以後の作品は、まったく取り上げていません。たぶん、最初の3本に魅了された映画ファンは、才気が次第になくなったのに失望したのだと思います。デイビッド・トムソンの「新映画人名辞典」によれば(David Thomson, The New Biographical Dictionary of Film)、トムソンは、最初の3作を見ているときも、「調子に乗っているうちはいいけど、一息ついたら、よろめいて、自らの陽気さを模倣し始めるんじゃないか」という心配があったようです。で、実際にそうなって、「リオの男」と「まぼろしの市街戦」の国際的ヒットでさらに悪化したと述べています。それでも、初期の作品によって、「魅力的な映画について論じるときは、かならずド・ブロカの名前が出てくるに違いない」というのが締めくくりの言葉です。



60年代のフランス喜劇映画

1964年秋、小柄でハゲ頭で短気なルイ・ド・フュネスが「大混戦」と「ファントマ危機脱出」で一躍大スターになりました。ちょうど40歳でした。彼が主演した1966年の「大進撃」は、1998年の「タイタニック」までフランスの興行成績1位だったそうです。

1992年の「フィルム・フランセーズ」という雑誌に、1956年から1990年に興行成績が良かったスターのトップテンが掲載されました(Ginette Vincendeau, Stars and Stardom in French Cinema)。

  1. ルイ・ド・フュネス
  2. ブールビル
  3. ジャン・ポール・ベルモンド
  4. ジャン・ギャバン
  5. フェルナンデル
  6. アラン・ドロン
  7. リノ・バンチュラ
  8. ジェラール・ドパルデュー
  9. ジャン・マレー
  10. ベルナール・ブリエ
人気投票だと結果が違うかもしれませんが、興行成績から見れば、フランス人はコメディアンが好きなようです。純粋にコメディしかやらないというのはルイ・ド・フュネスだけですが、ブールビルもフェルナンデルも基本的にコメディアンです。ドロンよりもベルモンドが上なのもコメディができるからだと思います。

一方、60年代といえば、ルイ・ド・フュネスに全然興味なさそうな「カイエ・デュ・シネマ」誌の批評家たちがアメリカのコメディアン、ジェリー・ルイスを異常なほど評価していました。ルイスは自ら監督を務める「映画作家」だったからだろうけど、コメディアンとしては、ド・フュネスもルイスもギャグが子供じみているし、騒々しいところがあります。ただ、彼らは、好色ではないし、下ネタも少ないので、安心して見ていられるという共通点もあります。この辺のことは、また、そのうち考えることにしましょう。

それでは、私が見た作品や気になる作品を挙げてみます。私としては、「まぼろしの市街戦」を、こうした作品の流れの中で見たいのです。

生きる歓び (1960)
ルネ・クレマン監督とアラン・ドロンのコンビが「太陽がいっぱい」の翌年ぐらいに作ったコメディ。イタリアとの合作で、舞台がイタリアだし、共演者たちもイタリア人が多いから、フランスのコメディというより、イタリアのコメディ。中学生の私は、ドロンとバルバラ・ラスの初々しい恋愛に胸キュンでした。
地下鉄のザジ (1960)
レイモン・クノーの小説をルイ・マルが映画化したもの。ザジという少女は可愛かったけど、ルイ・マルは優等生タイプで、あまり心がこもってない感じがするので、映画がスマートにできていても、なんか今ひとつ好きになれません。同じ意味で、ブリジット・バルドーとジャンヌ・モロー共演の「ビバ!マリア」もベルモンド主演のパリの大泥棒」もイマイチでした。
何がなんでも首ったけ (1961)
ロジェ・バディム監督、ブリジット・バルドー主演。実はバルドーのお色気コメディを1本も見たことがないのですが、何か挙げとかなきゃいけないと思って。彼女のコメディは50年代後半がピークらしく、「この神聖なお転婆娘」、「裸で御免なさい」、「殿様ご免遊ばせ」、「バベット戦争へ行く」、「気分を出してもう一度」などがあります。
わんぱく戦争 (1961)
イブ・ロベール監督。フランスの田舎で子供たちがオチンチン丸出しで戦争ごっごをするというもの。夜中、寝ぼけまなこで見たので、どれくらいの露出度だったか記憶にありません。「わんぱく旋風」という続編あり。
女はコワイです (1962)
ジャック・タチの助監督をしていたピエール・エテの作品ですが、残念ながら彼の作品を一本も見たことがありません。30まで科学研究に没頭していた男が、急に性に目覚めるという話のようです。
アイドルを探せ (1963)
ジョニー・アリディとシルビー・バルタンの歌謡コメディ。たしか、この二人は実生活で結婚したんじゃなかったっけ?ミッシェル・ボワロン監督は、50年代後半に、バルドーのお色気コメディや、ドロンがみずみずしい「お嬢さん、お手やわらかに!」などの青春コメディを作っています。
リオの男(1963) ド・ブロカ監督、ベルモンド主演。
「大混戦」シリーズ (1964-)
1964年9月にフランスで公開され大ヒット。ルイ・ド・フュネスを中心とするサントロペのお巡りさんたちのトンマな活躍ぶりを描いた映画で、1982年までに6本作られました。たぶん、日本では2作目の「ニューヨーク大混戦」までしか公開されていないと思う。念のため調べてみたら、1979年の「サントロペ大混戦」というのがあるのですが、これは日本で劇場公開されたのか、ビデオのみの発売か?
「ファントマ」シリーズ (1964-1966)
1910年代の連続活劇を再映画化したもので、1964年11月にフランスで公開され、「大混戦」で人気急上昇のルイ・ド・フュネスが珍妙な刑事を演じていたので、これもヒット。「危機脱出」、「電光石火」、「ミサイル作戦」と3本作られましたが、主人公のジャン・マレーよりもド・フュネスの比重が大きくなっていきます。昔、テレビで見ましたが、全体的に古臭いし、ド・フュネスも騒いでいるだけって感じで、面白かったという印象は残っていません。
フィフィ大空を行く (1964)
以前は大好きな作品でした。サーカスに逃げ込んたコソ泥の青年が、背中に羽根をつけて空を飛ぶ練習をしていたら、本当に飛べるようになるというファンタジックなコメディ。監督は空を飛ぶのが好きな「赤い風船」や「素晴らしい風船旅行」のアルベール・ラモリスで、1970年にヘリコプターで空中撮影中、事故死。
ロンドン・パリ大脱線 (1964)
ロベール・デリー監督・主演。昔、淀川さんの映画劇場で見て、のんびり楽しめたという印象があります。双葉さんの「ぼくの映画採点表II」によれば、恋人にウソをついてロンドンにラグビーを見に行ったデリーが観戦中に前歯を折って、そこからいろいろ事件に巻き込まれるようです。デリーの監督作品は、ほかに「ミス・アメリカ、パリを駆ける」(1961)や「大沈没」(1967)があります。後者はルイ・ド・フュネス主演で、70年代になってから日本公開されました。そこそこ面白かったです。
カトマンズの男(1965) ド・フロカ監督、ベルモンド主演。
大追跡 (1965)
人気絶頂のルイ・ド・フュネスがブールビルと組んだ作品で、超大ヒット。ド・フュネスのツッコミとブールビルのボケが見事、と言いたいところですが、残念ながら未見です。
タヒチの男 (1966)
監督はジャック・ベッケルの息子ジャン・ベッケル。ベルモンドが世界中を駆け巡りながら、女から女へ渡り歩く。ベルモンドの無責任ぶりが楽しい。
まぼろしの市街戦 (1966)
大進撃 (1966)
超を3つぐらいつけたい大ヒット作品。「大追跡」と同じド・フュネスとブールビルのコンビで、監督がジェラール・ウーリーというのも同じ。私が笑えるギャグはなかったけど、二人がケンカしながら田舎道をトボトボ歩いているといったシーンが大好き。
女王陛下のダイナマイト (1966)
60年代のジョルジュ・ロートネルは、とぼけた味を加えたギャング映画が得意でした。この映画は、リノ・バンチュラとミシェル・コンスタンタンというイカツイ顔の二人が、イギリスのギャングたちをやっつける痛快なアクション・コメディです。大きな橋がダイナマイトで本当に爆破されるシーンに口アングリです。
プレイタイム (1967)
ジャック・タチの壮大なる大コケ作品。「ぼくの伯父さんの休暇」(1952)や「ぼくの伯父さん」(1958)でユロ氏を演じるタチはホノボノした感じですが、実際は完全主義者の映画作家で、60年代は結局この1本で終わってしまいました。ぼくたちはもっと庶民的な「伯父さん」を期待していたはず。
ぐうたらバンザイ! (1967)
監督は「わんぱく戦争」のイブ・ロベールで、主演はフィリップ・ノワレです。70年代になってから日本公開されました。内容は覚えていませんが、1976年に見た映画の6位に入れているから面白かったんだろうし、題名どおりの映画だった記憶があります。
夜霧の恋人たち (1968)
植草甚一氏は「大人は判ってくれない」の映画評の最後に「アントワーヌは自殺をしたんだろう」と書いていますが、なんの、なんの。10年後のアントワーヌ・ドワネル君は喜劇的世界で恋愛修行中です。最後にストーカー男さえ登場しなければ100%心地良いコメディになったと思うけど、そんな心地良い世界なんて信じていないトリュフォーは、どこかでバランスをとりたかったのでしょう。
大頭脳 (1969)
フランスとイタリアの合作映画。「大追跡」や「大進撃」のジェラール・ウーリー監督が作った列車強盗コメディ。今回はルイ・ド・フュネスがいないけど、ベルモンドとブールビルのコンビにデイビッド・ニーブンやイーライ・ウォラックといった芸達者がからんできて、けっこう国際色豊かです。
君に愛の月影を (1969) ド・ブロカ監督。

ご意見などお気軽に。 メール
村長 粟村彰義
 
(アワムラ アキヨシ)

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