Fabrice Zagury という人が書いている解説のテキトー訳です。興味のある箇所だけ訳しているので断片的になっています。自分なりに書き換えているところもあります。
ルイ・フイヤードは、創始者(リュミエール、メリエス)と20年代の前衛的な作家(アベル・ガンス、マルセル・レルビエ)の間に位置する。動く映像を最もポピュラーな娯楽に変えた。グリフィスの作品のように、フイヤードの作品は、原始的な物語から、洗練され、自省的でさえある芸術作品に進化していった。フイヤードは、自分が住む社会の鋭い観察者であり、自分の時代を意識的に映す鏡だった。
ルイ・フイヤードは、1873年2月19日、フランス南部の小さな町リュネルに住むワイン仲買人の一家に生まれた。才能豊かで、文学を学び、詩、戯曲、雑誌の記事を書いた。1905年に脚本家としてゴーモン社に入社。1907年、アリス・ギイが退社し、フイヤードは彼女の後釜に座り、ゴーモン社の制作全体を任される。
フイヤードは精力的な監督だった。生涯で800本の脚本を書き、そのうちの700を監督した。1913年ごろには年間80本の映画を監督していた。べべ・シリーズ(1910-1913)のあと、「ブ・ドゥ・ザン
Bout-de-Zan 」シリーズ(1912-1916)を監督した。どちらも子供が中心のコメディで、「ブ・ドゥ・ザン」は「吸血ギャング団」の第八話にマザメットの子供として出てくる。彼の初期の大ヒット作は5本の長編から成る「ファントマ」シリーズだ。根気強いがトンマなジューヴ警部が大悪党ファントマと戦う。
1920年にフイヤードは自分の信念を次のように説明している。「映画は説教でも協議でも判じ絵でもなく、目と心を楽しませる手段である。この娯楽の質は、観客の興味の度合いによって測られる。」
フイヤードは自らを大衆的な監督であり、知的な監督と正反対の位置にいるとみなしていた。フランスの最初の映画批評家や映画史家たちは、フイヤードをフランス映画の開拓者の一人とはみなさなかった。1920年代の批評家や映画作家たちは、映画を高尚で知的なものにするのを望み、教養のある観客を相手にし、古臭いメロドラマ風なシリーズ物を軽蔑した。これはフイヤードの視点と正反対だった。「私は映画を休息の場、愉快な場、心地良い場、夢の場、すべてを忘れさせてくれる場と考えている。抽象、奇抜、幻覚、奇形の神殿へと変えたがっている者もいるが、それは彼らの勝手だ。大衆は常に勉強するために映画を見に行っているわけではない。彼らは楽しむために集まっているのだ。私は何よりも大衆を上位に置く。楽しむことが彼らの目的だから、唯一の私の目的は彼らの欲求を満たすことだ。大衆は私の主人だ。」
「吸血ギャング団」は第一次大戦中の閑散とした陰気なパリで撮影された。フイヤードは、興味をそそり常にビックリさせるストーリー、環境の空想的で詩的な使用、現実の観察を組合わせることに成功している。彼は、現実離れした登場人物を実際の風景の中に置く。「吸血ギャング団」で最も魅力的なのは時代を直接捉えていることである。もっともありそうにない場面でさえ、20世紀初期を見事に描写している。フイヤードのリアリズムは、都会や郊外の風景、ブルジョワの室内、洋服ダンス、身ぶり、持ち物、人間関係の表現の中に見出すことができる。
フイヤードは、パリとその郊外に主役の座を与え、19世紀に根ざすフランスを描いている。そこは化石化した、永遠を信じる世界であり、ブルジョワの登場人物が共有するモラル同様に不変の世界である。だが、このリアリズムは、奇抜で作り物めいた虚構の世界を排除しない。「劇場でも、文学でも、映画でも、大衆が決して飽きないことがある。小説風の作り話である。この嗜好は、生まれながらに人間が持っているものだ」とフイヤードは言う。彼の作品は19世紀の大衆小説家、アレクサンドル・デュマとユージェーヌ・シューに関連づけるべきである。
「吸血ギャング団」においても小説の伝統を見ることができる。男と女の夢魔、イギリスのゴシック小説、善と悪が必死で戦う大衆小説、秘密組織、誰も知らないリーダー、複雑で混乱した組織の序列など。フイヤードの絵画主義は素晴らしい。海の港、道路、川の土手、古い村、オリーブの木、フォンテンブローの森といった風景は動く絵画だ。フイヤードによれば、ショットが突然印象主義的になる場合があるし、ほとんど抽象的になることさえある。
フイヤードの映画では、いくつかのショットに行動を分けることよりも1ショット内に行動を収めることのほうが優勢である。グリフィスがアメリカ映画を刷新してからしばらくたっても、フイヤードは新たな編集技法を拒否し続け、ショットによる行動の分割やクローズアップを不自然な中断として多用しなかった。画家として、詩人として、フイヤードは、映像の信憑性、すなわち平凡な日常生活に隠された真実の幻影を犠牲にすることなく、最も入り組んだメロドラマと最も迷宮的な連続活劇の作り方を知っていた。
「吸血ギャング団」と第一次世界大戦の社会的・歴史的な同時発生は、「フイヤードの神話」に大いに貢献している。「吸血ギャング団」の公開当時、フランスの空はサーチライトと炸裂する弾丸で引き裂かれていた。パリの閑散とした街並みは好戦的な狂気で破壊され、観客の逃避願望をこの映画の空想的世界に見出すことができる。
オカルト信仰、催眠術、悪魔祓い、透視力、これらすべては、不合理性に取りつかれていることを示している。いくつかの出来事は合理的に説明できるが、説明できないものもあり、シュールレアリストの想像力を刺激した。
「吸血ギャング団」は、戦時中の観客の超自然現象への信仰を満足させた。イルマ・ヴェップは非現実的でもあり、超自然的でもある。彼女は愛を求め、自分の欲しいものを手に入れる。彼女が性的に解放されているために、映画には異端的なところが少しある。イルマ・ヴェップはフイヤードの想像力から生まれたが、彼女は当時の神話の一部となった。彼女は伝染性のエロチシズムと子供のような詩情の両方を放っている。彼女は、取りつかれたように彼女を追い求めるフィリップのような最も理知的な観客に対して未知の世界の扉を開く。
フイヤードの作品は、ダダやシュールレアリスムが生まれた戦後世代の反抗と切り離すことができない。「フイヤードは、驚くべき詩的な天分によって、たやすくシュールな世界を作り出す。彼は自分の夢を実現したような印象を与えてくれる」とアラン・レネはフイヤードを賞賛する。実際、フイヤードが忘れられないでいるのは、シュールレアリストが彼を崇拝したことが大きい。この凝り性のブルジョワと反抗的な若者たちとの出会いは非常に独特である。シュールレアリスムの創始者、ルイ・アラゴンとアンドレ・ブルトンは「吸血ギャング団」をあがめた。映画史家のジョルジュ・サドゥールは次のように言う。「我々が友達になったとき、ブニュエルはフランスの前衛映画に対して非常に厳しかった。彼は当時流行の技法上の離れ業を拒否した。彼の手本は、気どった方法なしに異常な現実を直接描写した「ファントマ」や「吸血ギャング団」だった。」
フイヤードは性や階級の問題を無視しなかった。戦争のトラウマによってもたらされた不安定な社会の中で、男女の関係が変わり始めていることを、この映画は示している。労働者階級と金持ちのブルジョワは互いにサービスを提供しているものの、互いに無関心である。この構造の中で、イルマ・ヴェップは革命的である。昼間彼女はメイド、銀行員、電話交換手として働いているが、本当は、彼女が誘惑する反社会的犯罪者の協力者である。たとえ彼女がヴァンパイア大王、モレノ、サタナス、有毒男の愛人だとしても、本当の黒幕は彼女である。
この映画は、労働者とプチブルの中間的存在が登場する点でユニークである。それはマザメットである。映画が進むにつれ、マザメットは下層からプチブルへと出世する。
自由なアメリカというテーマが何度も出てくる。新しい金が新しい力を生み出す。映画に登場するアメリカ人は、金持ちであれ泥棒であれ、お金をフランスに持ち込む。戦争に疲れた国とその経済はアメリカ資本の流入によって再生される。資本主義は社会的危機に対する解決策かもしれない。
ドイツの侵略から解放されることを待ち望んでる1915年のフランスでこの映画を見ることは一種の儀式である。連続活劇のように今週から次週へと続く記憶は、次週までの物語の空白を埋めようとして、夢や幻想を生む。連続活劇の上映は数ヵ月に及ぶため、観客の精神にしみ込む。シュールレアリストが夢と現実の「連通管」と呼ぶものは、観客に、彼らの日常生活と平行して、空想的な生活を提供する。
フイヤードの話法は因果関係や直線的な論理の上に成り立っておらず、迷宮的でらせん状の道を逆方向に進む。果てしない仮面劇、役割の交換、アイデンティティの喪失は、平凡な現実の背後に神秘的でぞっとする世界を作り出す。ウエイターは偽者で、ワインには毒が混入され、窓はふさがれ、居間は毒ガス室に変わる。 |