Hokkeshu Shinmonryu Buddism Rissyouzan Myouhouji  Official Website
年 中 行 事 の 御 案 内         
妙法寺のご案内 法華宗とは 法華経の教え 仏教の教え 仏事と信仰
初  詣 星 祭 り 彼 岸 会 花 祭 り 施 餓 鬼 御 会 式 除 夜 祭
 現在位置: ホーム > 年中行事の御案内 お問い合わせはこちら

平成二十一年度 行事予定

    1月18日   檀家新年会 7月26日   妙見夏祭り
    2月 3日   星祭り節分会 8月16日   施 餓 鬼
3月20日   春のお彼岸総供養    9月23日   御彼岸会
4月15日   妙見法話の会 10月13日   日蓮展参観
5月14日   身延山参り 11月13日   御 会 式
6月15日   妙見法話の会   12月31日   除 夜 祭

初詣
 正 月

 お正月は、元日から七日までを松の内、七日を七草の節句、十五日は小正月としてお祝いをしています。一般に正月は初詣をし、神社仏閣にお参りをして一年の無事と平安を祈ります。

 日蓮大聖人は、「正月の一日は日のはじめ、月の始め、年のはじめ、春の始。これをもてなす人は、月の西より東をさして満つるが如く、日の東より西へわたりてあきらかなるが如く、徳もまさり人にも愛せられ候なり」と仰せられています。

 お正月のはじめに法華経を供養する心がすべての事始めであり、古くは正月には先祖の魂を迎えて祭る行事で盆に対応するものであったようですが、盆が仏教の行事になり、正月は年神を迎え新年の豊作を祈るようになりました。

 めでたく正月を迎えたならば、お仏壇に灯明をささげ、祝膳(ぞうに等)を供え、家族揃ってご本尊、ご先祖に対し、昨年の平穏無事を賜わった慈悲に感謝し、新しい年の年中安泰を祈り、法華経を読誦し、読経、唱題することが、新年最初の行事であります。

 年頭にご本尊に感謝申しあげ家族が健康で新年を迎えたことを報告する祈りの功徳は誠に大なるものがあり、正月三が日の内にお寺へ参詣し、ご先祖の回向をすることが大切です。

 法華経によって新しい年の幸福を万里の外よりあつめて新しい年を生きましょう。日蓮上人は次のように示されています。

 
 今正月のはじめに法華経を供養しまいらせんとおぼしめす御心は、木より花のさき、池より蓮のつぼみ、雪山にせんだんのひらけ、月の始めて出づるなるべし、今、日本国の法華経をかたきとして、わざわいを千里の外よりまねきよせぬ。此をもって思うに、今法華経を信ずる人は、さいわいを万里の外よりあつむべし、影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする国は、体にかげのそうごとくわざわい来るべし、法華経を信ずる人は、せんだんに香ばしさのそなえたるが如し。
 
  トップへ戻る

星祭り
2月3日
 平安朝の昔から行われて来た節分会(歳祭・星祭)の主な目的は、あらゆる災厄を除き払い、年中安泰にして福徳を願うためであります。その為寒中にもかかわらず厳しい修行と敬虔な祈りが要求されます。 私たちの周囲には、災難・剣難・水難・風難・病難・車難・争難・死難等数多くの災厄をもたらせる障魔が充満し、それを受ける多くの人がいる現状です。 

 そこで諸経中の最勝経典である妙法蓮華経の「病即消滅、不老不死」「現世安穏、後生善処」「諸余怨敵、皆悉摧滅」(薬王品)の経力を以て「当年の大厄をば日蓮に任せ給え」の金言を奉じ除災招福を祈願する法要を節分会というのであります。

 特に男子の七歳・十三歳・二十五歳・四十二歳・六十一歳・七十歳・七十七歳・八十歳・八十八歳、女子の十三歳・十九歳・三十三歳・三十七歳・四十九歳・六十一歳・七十歳・七十七歳・八十歳・八十八歳は厄歳でありその前後をも注意を要するのであります。

 日蓮上人もこの厄年のことを、「厄年の人の危き事は、少水に住む魚を、トビ・カラスなんどが伺い、灯のほとりに住める夏の蟲の火中に入らんとするが如し、あやうし。鬼神やゝもすれば此の人のたましいを伺いなやまさんとす」と述べられ、その理由として「神外と申して諸神他国へ遊行すれば慎んで除災得楽を祈り給うべし」と仰せになっております。

 節分会には、氏名年齢干支を書き年中安泰の歳祭りを申込み、法華経の経力により除災招福を得、災厄から免れるようにするのが、法華経信徒です。

 いうまでもなく、自分自身も声を大にしてお題目を唱え、三障四魔を払うことが大切であります。交通安全のお守りも車につけ、法華経の経力で除災しましょう。
 トップへ戻る

春秋彼岸会
 3月21日・9月23日

 彼岸とは、梵語の[波羅蜜の訳で、くわしくは到彼です。生死にさまよう苦悩の多い此の岸(娑婆世界)から、煩悩の中流を渡って、永遠の平安のある彼の岸(常寂光世界)に到るという意味です。

 わが国で彼岸が行われるようになったのは平安時代の初期のことで、日蓮上人ご在世の鎌倉時代には、「現世安穏・後生善処」の祈願法として武士の社会に広まり、この頃より、彼岸の中日を期して、死者の冥福を祈り、自分の得道と成仏を祈願する風習が広まっていったようです。さらに江戸時代になると彼岸の行事は民衆の生活の中に入り、寺では施餓鬼法要が行われ、先祖供養の行事として、さまざまな習俗を生むようになったのであります。今日では先祖供養の日として、春秋彼岸の中日は、国民の祝日となっているのです。

 彼岸の季節は、昼夜の時間が平均し、気候も暑からず寒からず中道の気候であり、それはちょうど仏さまの中道思想に通じています。そこでその中日を中心に七日間仏道修行の基本である六波羅蜜を実行し、後生菩提を求めるいわば仏教強調週間であります。

 ここで波羅蜜とは、迷いの世界(生死の此岸)より悟りの世界(涅槃の世界)に至ったという意味で、自他ともに涅槃に至らしめる菩薩の優れた行いをいいます。そして六波羅蜜とは、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六つを指しています。六波羅蜜の修行の根本はすべての物に感謝する報恩感謝の修行といえます。

 そこで、お彼岸には自分が今日あることを感謝する意味において、ご先祖の回向やお墓供養するのも大切な彼岸中の仏道修行であります。日蓮上人は持妙法華問答抄に

一切衆生皆成仏道の教なれば上根上機は観念観法も然るべし、下根下機は唯信心肝要也、されば経には浄心に信教して疑惑を生ぜざらん者は、地獄餓鬼畜生に堕ずして十方の仏前に生ぜんと説き給えり、いかにも信心して次の生の仏前を期すべき也

 と示されています。
 私たちは唯お題目を一心に信じれば、それは六波羅蜜の修行をすべて越える修行となり、後生善処の大願をも成就することになるのです。

 妙法寺では、春の彼岸の中日に総供養をつとめ私たちの先祖さますべての供養をすると同時に戦争・災害・事故などで生命をうばわれた人々の霊に対し、安らかな冥福をお祈りしています。少子化や未婚、あるいは子に先だたれて家をついでくれるもののない人も多くなりました。総供養に参詣して心からお題目をお唱え下さい。

 
  トップへ戻る

 
釈尊降誕会
5月8日
 お釈迦さまの誕生された日を記念し、花で飾られた御堂に誕生仏がまつられ、甘茶をそそぎます。「花まつり」ともいっています。お釈迦さまは、七歩あるいて「天にも地にもわれ一人、わたしはこの世を救うのだ」と天地を指さされました。私たちも自分に誇りをもち、命を尊びあい、この世の苦しみを救う祈願をささげましょう。五月八日
 トップへ戻る

施餓鬼法会
8月16日
 お釈迦さまの十大弟子の一人に、神通力第一とうたわれた目連尊者がいました。尊者があるとき神通をもって自分の母の姿をみますと、餓鬼道に堕ちて痩せ衰えている姿がありました。これに心を痛めた尊者は、鉢に食物を盛って与えました。母は左手でこの鉢を持ち、右手で飯をつかむのですが、それが口に入る前に炎となって食べることができません。
 母の苦しみをみて堪えかねた尊者は、母がどうしたら救われるかとお釈迦さまに教えを求めました。お釈迦さまは、母の罪が重く、目連一人の力ではどうすることもできないことを述べ、それを救う道を教えました。それは、七世の父母のため百味飯食、五菜を供えて、十分の衆僧を供養し、その力にすがることでした。
 
 これから盆の期間(八月の十二日から十六日まで)中は、精霊棚を設けて、水・茶湯をはじめ、供飯、果物、野菜等を精霊棚にお供えをするようになりました。そして施餓鬼法要で先祖の戒名を記した塔婆をたて供養するのです。
 棚経は、家族全員で、法華経の法味をささげることが大切であります。盆は七日頃から墓掃除をし、家の仏壇を掃除し、仏具を磨き浄め、精霊に供える野菜果物を求め、精霊棚を設け百味五果を用意いたします。迎え火をつけ精霊を迎えて、お寺さんに棚経をあげてもらい得脱を請うわけであります。
 十三日を迎え盆、十六日を送り盆といいますが十五日に蓮の葉に飯を包んだ「蓮の飯」と「送り団子」を供え、お帰りになる精霊のみやげにするというのです。

 祭るというのは迎え、もてなすということで精霊に喜んでもらい、自分の生き方をうかがい、霊と自分とが共同飲食し自分の生き方を反省し、自分は一代ですが名は末代、人間の行為は良きにつけ悪しきにつけ先祖を傷つけることにもなるので、俗にいう“親の七光”ともなれば“末代までタタル”ということにもなるので、精霊とそうしたことを語り合うのが施餓鬼の供養なのです。
 施餓鬼は精霊をお迎えし、今は亡き人の冥福を祈り、鎮魂を願い三悪道を離脱して成仏していただく「魂」と「魂」との語り合いの時です。
  
 トップへ戻る

御 会 式
11月13日
 宗祖日蓮上人は弘安五年九月八日、身延にお住い遊ばされること九ヶ年、その間お弟子やご信者の指導教育にたいへんお忙しい毎日でありましたが、お弟子やご信者のすすめにより、療養のため草庵をお立ちになられました。

  庵の内には昼は終日一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす。伝え聞く釈尊の住み給いけん鷲峰を我朝此砌に移し置きぬ、霧立ち嵐はげしき折々も山に入りて薪をとり、露深き草を分け深谷に下りて芹をつみ、山河の流れも早き巌瀬に菜をすすぎ袂濡れて干わびる思いは、昔し人丸が詠じける和歌の浦にもしほ垂つつ世を渡る海士もかくやとぞ思い遣る、つくづく浮身の有様を案ずるに仏の法を求め給いしに異ならず・・・・。
 身延のご生活が大変困窮であったことがしのばれます。

 そして、おもてむきは常陸の湯に行くとし、内心は入滅をさとられ、秋色そぞろな甲斐路を十日の旅、竹の下を経て、十八日に池上宗仲の家に着かれたのであります。
 池上宗仲の邸で、お弟子とご信者に立正安国論の講義をされたのですが、これが上人の最後の講義となったのです。
 病重く間近かに入滅を迎えられることをさとられた上人は、お弟子やご信者に法華経の教を誤りなく後世の人に伝え、信心をたやさぬようにと遺命され、そして上人の終生の願いであった、帝都(時の都、京都)布教を、日朗上人の縁者の子、経一磨(後の日像上人)に遺言されました。

 池上宗仲の邸で、お弟子や、ご信者一同涙を流しながら、合掌し声をあわせてお題目を唱えるなか、日蓮上人は眠るがごとく入寂遊ばされました。
 秋のおわりにもかかわらず、庭園の草木は、桜をはじめ、いっせいにその花を開き、上人のご入滅をかざったのであります。
 時に弘安五年(一二八二)十月十三日、午前八時、ご聖寿六十一歳でありました。この日を御報恩会式というのであります。御会式は、お彼岸や、うら盆の法要よりも、大切な報恩法要と言えるのであります。法華宗信徒ならば御会式法要には、必ず参詣するようにいたしましょう。

 日蓮は教主釈尊の御使ならば、天照大神正八幡宮も頭を傾け、手を合せて地に伏し給うべき也。法華経の行者をば梵釈左右に侍り日月前後を照し給う。かかる日蓮を用いぬるとも、悪く敬はば国亡ぶべし。
 妙法寺の会式法要は、十一月十三日です。
 
 トップへ戻る

除夜の鐘
 12月31日
 除夜法要は、大晦日に修行される法要で、その法要とともに除夜の鐘が鳴り響きます。除夜の鐘は過去一年間の煩悩が「除かれる夜」という意味で打ち鳴らされる百八(百八煩悩)の鐘のことをいいます。
 今年一年の自分の生活を振りかえり、日常生活において心を煩わし身を悩ましている煩悩(むさぼり、いかり、おろか)を滅して、心の安らぎを得ようとして、また今年一年の反省をし、新しい年を迎えるにあたって、新たに、信心の志を得ようとするのが、この法要であります。

 また一年間家庭が安穏に過されたことは、ひとえに、仏祖三宝のご守護によるものでありますから、一年間の仏恩の報謝のため、お仏壇の掃除をし、本年最後の感謝の法味をささげます。またお寺の除夜法要に参詣して、一年の締めくくりをするのです。
 法華宗寺院の除夜の鐘の音は「朝に響かば梵音(仏さまのお声)となり、夕に響かば、清浄の泉となり、法華のみ法を伝え、鐘韻永えに澄み、一天四海安穏、自他の所願、成就ならしめる」ありがたい鐘の音であります。
 トップへ戻る

交通の御案内

法華宗真門流 立正山 妙法寺


住   所
〒669-3812 兵庫県丹波市青垣町小倉809

交   通
北近畿豊岡自動車道青垣インターより車で8分
JR福知山線柏原駅より車で25分

丹波・妙法寺へのお問い合わせ御相談はお気軽にこちらまでお寄せ下さい。
TEL 0795-87-0090
FAX 0795-87-2180
E-mail  i-myouhouji@nifty.com

 このページのトップへ戻る
 
Copyright(C)2007.myouhouji. All rights reserved.