【2004年サイドカーレース第2戦 筑波】 ドライバー  吉岡 利昌 パッセンジャー 宍戸 護 日時:2004年5月30日(日) 場所:筑波サーキット エントリー車輌:ZーU860 改 見所 ドライバ:吉岡 パッセンジャー:宍戸の 初組み合わせ CBR600RRで、筑波を走り込んだ吉岡君は腕を上げている! 宍戸の親父がパッセンジャーというおおきいプレッシャーに負けないで、走れるのか? 結果報告 吉岡君は29日の朝、千葉市稲毛区でレンタカーを借りて、江戸川区の前田亭によって一緒に 東大和のチームマイロード2の初代サイドカーのドライバーの原 光春氏(スクエアオートボデー{板金屋さん})にいって サイドカーを積み込んでそのまま筑波サーキットに行き車中泊。 私は30日の午前5;00に起きて、筑波へ行き、のんびり。 さあ、エンジンをかけてウオーミングアップ。暖機運転の場所で、ウオーミングアップ。 そして、タイムトライアル。 おかしい、ギヤがはいらない! それでも何とかエンジンをかけて走り出したがクラッチが滑って全然走れない。 それでも、決勝まで時間があるのでクラッチ滑りを直そうと言うことになり、 いろんな人に聞いたけれど30年前のZ−2のクラッチ板なんてだれももっていません。 しょうがないので堀内さんがアルミ板を削ってクラッチ板を作ろうと言うことになって、 汗だくになりながら、堀内さんがつくってくれました。 さあ、之で走れるぞ!とスタートラインに並ぼうとコースインそしてサイテイングLAP。 シケインをぬけたところでなんと!コースアウト!ガードレールとスポンジバリヤーにつっこんでしまった。 マーシャルの人も手伝っていただき、壊れたカウルをはぎ取ってスタートラインまで戻ってきて、スタート。 しかし、走れない、クラッチが又滑ってる! こうしてゼッケン13番の吉岡、宍戸組のレースは終わってしまった。 そして、そのときは気が付かなかったけれど、カウルははずした状態で走って良いのかどうかも 問題になっているはずですよね。 カウルとクラッチを直して次のレースは藤本、吉岡ペアです。