第一戦 富士スピードウエイ(ゼッケン12番 Driver:宍戸 護/Passenger:大野宏考
大野広考君は普段はZZR1100に乗っていて、かなり派手にバイクを寝かします。でも、
今回は初めてのサイドカーレースですので、パッセンジャーです。私が少し説明した乗りかた
では説明不足で、今回1位になった方が見かねて教えてくださいました。
決勝は6台ですが、私は5台しか見てなくて、スタートした瞬間から、Z−2のエンジンと
TZR500のエンジンでは1周、30秒も差がでます。(勿論腕の差もありますが、、、、。)
1周めで、最終コーナーで1台がコースアウト。2周インで第1コーナーで、そして、第2コー
ナーでもオーバーラン。という事は、5ひく3は2位だと喜んで、{ウサギとカメだね、まるで。
ウサギはすっ飛んでいって、昼寝。カメはのこのこいって、結局3位ですが、表彰台に上って
しまいました。それでも私は写真にあるような美人にもめもくれず、MX125ccレースのた
に、モトクロスコースにいってしまいました。
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土曜日の公式練習も、雨でした。タイヤは、我らのマシンの
はオールラウンドなので、そのまま走る事になりました。
コースは、至る所に水たまりがあり、川のように水が流れていた
ので、ハイドロプレーニングを引き起こし、練習中に2回ほど、
横を向いて、とっさに大逆ハンをきって、もうだめかと思ったの
だが、何とか立ち直ってスピンはまぬがれました。
しかし、これが、翌日の大事件のプロローグだったとは・・・。
当日も、雨が時折激しく降って、スタート時間も、モンキーが、
FISCOをはしるという、無茶な、そして、300台が、一斉
に走ったので、大幅に遅れてしまいました。
#それならば・・・エキスパート125のモトクロスのレースが、
#同じ時間だったから、リタイヤ届けを出しておいたのだが、走
#れたね@なんて考えてました。
ソシテ、スタート・・・当然のように、一番後ろ。
1周目が終わり、ゼッケン11番の同じノービスクラスのLCR
という、ヤマハTZ500のエンジンの早いマシンが、早くも第
1コーナーで激しくクラッシュしてサンドの、向こうに転倒して
いる。
やったね、これで、いくらおいらのマシンが非力で、年代物の、
ZUのヨシムラチューンでも、ドンぺでは、無くなった、などと
考えて走っていると、だんだんと気分が乗ってきて、無理をしだ
したんだね。ついにヘアピンを、抜けたところ、左コーナーで、
大スピン!?(;-_-X;)
多分4回転はしているだろう。ふと、パッセンジャーが居ないの
に気付いて、丸島君が来ると、早くに乗れなどと、勝手なことを、
言っているんだ。自分で振り落としておいて(;^_^A アセアセ…。
そして、また走りだしたんだが今度は、危なくないように、気を
つけて、乗らなくちゃなんて考えていたのだが、M.C.コーナー
を、抜けて、300アールで、また、河ニノッテ、スピン。
そのとき、何で、こんな簡単にスピンしてしまうのか、と、気に
してみたら、リヤブレーキが、きかなくなっていたんだ。それで、
今度はコーナーの進入で早めにシフトダウンをしなくては成らな
くなった。
その後、ジュニアの、小林組も、同じコーナーデ、スピンしてお
いらがまえになって、ゴールしました。
そして、かたずけるのは大野君と丸島君に頼んで、エキスパート
250のレースに出ました。スピンの恐怖なのか、レースは、本
来ならもっと早く走れるのだろうに、体が堅くなって走れなかっ
た。
結果は9位デ、ノーポイントでした。丸島君には、非情にも振り
落としてしまって、悪いことをしてしまった。あんな体験なんて
やろうとしたって、できないし、怪我ヲさせなくて、ほっとして
います。
2001年第1戦サイドカーレース参戦記
ドライバー 宍戸 護 パッセンジャー 大野広孝
今年も参加台数が少なく6台です。キャブが同調を取ったのに、以前より、
パワーが無い感じですが、スタートをして、1周は、後ろにまだ2台がいたのですが
、ストレートで、1台最終コーナーで、もう1台にぶち抜かれて結局、びりを走りま
した。かなり振り回、もう1台にぶち抜かれて結局、びりを走りました。かなり振り
回せるようになったのでもう一回油面調整をして挑戦します。
7月1日のレース結果をお楽しみに。
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