
![]()
日時:2003−03−04 (火) 晴、小雪舞う 単独
場所:猿啄城、明王山(
坂祝猿啄城駐車場9:37→猿啄城→西尾根ルート→明王山→迫間不動→奥之院
→東尾根ルート→猿啄城駐車場14:36

「岐阜の山旅100コース下」を3月1日に購入する。ぺらぺらと開くと子供の頃(50年ほど前)にお参りした迫間不動の上に明王山がある。
坂祝から行けると書かれているのでやってみようと決める。
国道21号線を犬山から坂祝方面に行くが、地図に書かれた場所に行き着けない。県道345号線に入ってしまい高架で通り過ぎてしまう。それでも何とか駐車場(写真)に着く。

駐車場から工事中の道を少し歩くと登山口がある。そこには目新しい「猿啄城」の標示板(写真)がある。そこには
「別名猿飛城、根尾山城とも呼んだ。応永(1407年)の頃、西村豊中守善政の城であった。享禄3年(1530年)より田原佐衛門の居城となる。天文16年同族の多治見修理は謀反して城を奪いその後18年間在城したが、永禄8年(1565年)織田信長は丹羽長秀に命じて中美濃を攻めさせ、その先陣で河尻鎮吉によって落城した。このとき信長が幸先よしとして、猿啄の地名を勝山と改称、以後勝山城となる。功により河尻鎮吉は勝山城の城主となるが、天正3年(1575年)岩村城へ移るに及んで廃城となる」と。

最初は急な階段(電力会社の保安道)を登り、パイプ構造の城の格好をした展望台に到着する。そこからは木曽川をはさんで鳩吹山(写真)が見える。
写真には写って無いが、御嶽山や、加賀白山まで見える絶好の展望台だった。

展望台(写真)を後にして明王山に向けて尾根を登る。この3階建ての展望台は国道21号線からも確認出来る。

赤松が混じる尾根道をハイキング気分で歩くと、明王山に着く。此処からは西の方向の一部(西にある金剛山で遮られて)を覗いて360度の展望がある。ただし此処からは加賀白山は手前の

明王山から電力会社が作ったと思われる林道を下りて、迫間不動に行く。50年程前からは当然変わっているが、変わりようが大きい。それでも滝のある岩窟は変わっていなかったが、昔はもっと大きな岩と思っていたが。よく考えてみれば自分がまだ小学校の時代だからまだ体が小さかったから、そのように見えたのだろう。

迫間不動からまた尾根道まで登り、明王山の大きなアンテナを見直す。立派なアンテナでこの後、明王山はこのアンテナですぐ同定できるようになった。

尾根道を西に行き、奥之院(写真)にお参りする。ここからも階段を使って迫間不動に降りられる。
帰りは尾根道を戻り、東尾根ルートで駐車場に戻る。この道も展望が良く快適であった。