全解連書記長 丹波正史氏(98/10)

  「部落問題解決の道筋」
 
 1時間ほど部落問題について報告をさせていただきます。私ども全解連の新聞で「人権の歴史を映画で観る」というものを9回ほど書きました。初めはマグナカルタから遡り、世界人権宣言が制定されるまでの50年を映画で振り返るとしてその歴史等々を調べて、非常に勉強になりました。例えば世界人権宣言が生まれる経緯を調べていきますと、戦争中、中国への侵略、その下での南京虐殺の問題に当たり、考えさせられるものがありました。さらにナチのユダヤ人虐殺の問題などを映画で観ながら振り返ったわけです。
 今年は世界人権宣言50年ということで、制定からちょうど半世紀になります。世界人権宣言は人類の歴史の上で人権を考えるという点において画期的なものであろうと思います。私の本題は「部落問題解決の道筋」ということで、あまり知られていない問題、現在、部落と呼ばれているところがどうなっているかということを中心に報告したいと思います。
 この問題は、私どもは部落差別は解消過程に入り、最終段階に来ていると行っています。しかし他の団体は差別はまだ根深く存在している。厳しい差別の現実があると言われています。これはどちらが本当なのかが問われるわけです。
 現在、部落問題解決の到達段階をどう見るのか。あるいは解決の道筋はどうあるべきなのかということ、これについてまったく相対立した考え方が示されています。このことを踏まえた上で、私どもが考えている部落問題とは何か、あるいは部落、部落民と呼ばれている問題は何か、同和問題と呼ばれている問題はどんな問題なのかについて話していきたいと思います。
 私どもは、部落問題は近世の封建的身分制の下で最下層に置かれていた賤民身分の問題であり、それが明治維新後も国民の一部が封建的身分制の残り物のために歴史的、地域的に差別を受けてきた。そして不当な人権侵害を受け、経済的、社会的、文化的に低位な生活を強いられた。そして近代、あるいは現代における社会問題であると定義しています。
 この問題は同一民族内の封建的身分差別の残り物の問題であって、人種や民族の問題ではないのだと考えています。国民の一部には部落は人種が違うから差別されるのではないか。あるいは民族が違うから差別されるのではないかという考え方がありますが、これは歴史的に見ても誤りです。
 しかし考えてみますと、全国水平社という戦前の組織が出来た時に宣言がありました。この宣言の中には民族問題としての論理が大きく影響している面がなきにしもあらずです。部落問題とは民族問題、擬似民族問題だと言っていますが、民族問題に似通ったような考え方で部落を把握したり、解決の方向を求める傾向があります。今までにもありましたが、最近それが特に強まっているのが現状です。同一民族内の封建的身分制の残滓の問題であるということをぜひ押させておいていただけると幸いです。
 では、部落とは何か。以前はどこの農村、集落でも部落といっていましたが、最近では部落という言葉を使わない状況にあります。我々が今取り組んでいる部落解放運動、以前は未解放部落とか、他の団体では被差別部落とか、行政用語では同和地区と呼ばれています。今、部落と言われるのはどんな地域を指すのか、封建的身分制が解体された明治以降、旧賤民身分の主としてえた身分を血筋とする人々が集中して住んでいる地域であるということで、身分的差別の残滓のために差別の対象とされ、経済的、社会的、文化的に低位な状態におかれてきた地域を言う。以前、私は「血と地」という論文を書いたことがあります。この血は血筋のことではなく、旧身分の末裔であるということで血縁的な系譜のつながりがあるということです。もう一つの土地の地です。当時、部落問題には二つの側面があるのではないかと考えていました。どちらかというと血縁的なものは弱まっているけれども、土地に対する見方にはまだまだ偏見があるのではないかと当時、10年前には考えていました。では、部落と呼ばれている地域が以前のような原型をとどめているのかどうか。大きくは環境も変わったようだが、同じではないかと考えておられるかもしれません。しかし現実には部落と呼ばれた枠組みが崩壊してきているのが今日の状況です。そしてその中で運動団体は部落民という言葉を概念上大事にして、これをキーワードのようにして運動を展開してきた団体もあります。では部落民を規定できるのかという問題があります。これも難しい問題でして、部落民を規定しようとしても規定できないのではないかと一部でささやかれています。私はそうは考えていません。どういうことかというと、部落解放同盟関係の理論家と呼ばれている大賀という方がおりますが、この方が部落民についてどう考えているかについて発言されたものが雑誌に載っています。「これはなかなか難しい。端的には部落の居住者、そしてその出身者、自分は部落民だという意識も入ってくる。だから自分は本当に部落民だと思うものが部落民だといってもいい。そして周りにそう思われているものが部落民ということになる。エタであるということが誇れる思想を持っている者が部落民。部落といわれる地区があり、地区に生まれた者、これが一つ。よそから来た人もそこに住んでいる部落民にされてしまう。ところがよそから来た人には部落民じゃないという意識がある。そこで部落民と言われてもいいという人と、嫌だと頑張る人に分かれる。嫌だと頑張る人は部落民ではない。部落民であってもいいと思う人は部落民だ」と発言しています。
 つまり部落民でいいと思っている人が部落民だと。これはよくよく考えてみると、部落民とは何かという規定ができていません。同義反復、同じ言葉をくり返すというのが実態です。したがって、部落民をどうやって規定するのか。部落解放同盟は一昨年の大会から部落民という言葉を定義できない状況からこの言葉を取ってしまったようです。しかし部落民宣言を学校の中でやっていたりします。部落民という歴史的な概念である。江戸時代の賤民身分が明治に入り、太政官布告、いわゆる解放令が出され、賤民身分が法制上なくなった。しかし現実にはそこに住んでいるのは江戸時代には最下層の賤民身分の人たちだった。そういう人たちが住んでいた。これは明らかに部落に住んでいる部落の民です。その時代には部落民は存在したし定義もできた。しかし今では部落民は結果的に過去の遺物になっている。過去の言葉となり、歴史的に死滅しつつある言葉といっても間違いありません。大阪の市立大学のある教授が部落民の定義を行いました。彼は学者ですから解説がきちんとしています。部落民とは部落民と思われる人、思う人だと言っています。しかし、これは同義反覆であるとも認めています。自家撞着の世界に入っています。例えば部落の旧賤民身分の末裔である人とそうでない人が結婚した場合に、配偶者は部落民といえるのか、あるいはその2人から生まれた子共は部落民といえるのかどうかと疑問を投げかけています。さらに自分の先祖の身分を他人が調べようとすれば、これはプライバシーの侵害にあたる。あるいは他の地域へ流出してしまった人はどうなのかということで、結果的に彼は同義反覆でしか定義づけないという言い方をしています。無理に概念を定義づけようとしても今日ではもうできないという実態になっています。
 しかし今、文部省は小学校課長名で通達を出しています。関係各府県指定都市教育委員会人権教育担当課長宛に同和地区児童生徒の進学状況等の調査を依頼しています。この中身は、一つに高等学校、高等専門学校進学状況、二つ目に大学、短期大学進学状況、3つ目に専修学校、各種学校進学等状況、4つ目に中学校卒業者の就職状況、5つ目に高等学校卒業者の就職状況、6つ目に退学者等の調査という6種類に上っています。これを文部省は全国から集めて、結果的に全国の高校進学率と同和地区の高校進学率の比率を出して格差があるかどうかを調べています。この調査は20数年前から行われていましたが、これが今大きな問題になっています。私たちは、これをやめるべきだと考えています。しかし文部省はやめようとはしていません。この前文部省に申し入れをした時には、この調査はまだ必要だと言いました。その根拠は進学率の調査など、同和教育の予算を獲得するのに必要だということを理由にしています。その際に各府県の意見を聞いた。府県の教育委員会のほとんどがこの調査についてやめる必要はないと回答しました。そのことを理由に文部省はやめる意志はないとしています。文部省としての判断は示さずに、自治体の教育委員会の多くがやめる必要はないと言うからと理由にしています。自治体がやめようと言えば検討したいとも言っています。どういう点で問題があるのか。先ほどの部落民はどうなのかという問題とも絡んでいます。政府は同和地区と呼ばれている地域は全国で4603地区あります。これを対象地域として法律の特別対策の地域指定を行っています。そこには行政が線を引いた所、以前から部落と言われている地域だけに線を引いた所もあります。そして全国の部落の6割以上が50戸未満の部落です。少数点在型が多い。そういう所では対象地域、部落と呼ばれている小字の地域のみならず大字までを対象にしたところも存在している。そして非常に混住化が、部落だと言われている地域に余所から流入している現象もある。この調査の問題点の一つには同和の子だということを親の了解なしに調べることが出来るのかどうか。法務省の人権擁護委員会は、差別の意図、あるいは外部へ漏らすということがなければ人権侵害にはあたらないのではないかと言っていますが、しかし、兵庫県の学校で授業参観の時に座席表を作り、同和の子だけに印をつけた。それを他の学校の先生たちに配り、それを親たちが見ていた。親の了解もなしに同和の子にしてしまったと神戸弁護士会に訴えた。神戸弁護士会は親の了解もなしにこういった行為をすることは人権侵害に通じると結論を出しました。また、兵庫県の西播地域、姫路の方ですが、そこでは中高連絡カードという、中学から高校に上がる際に、中学校の校長から高校の校長に対して、この子は同和地区の子どもであるという名簿を渡すことがシステム化していました。それが明らかになり、これも人権侵害ではないかという訴えがあり、兵庫の西播地区の教育関係者はこのことをやめたという経緯があります。このことは同和地区の子だと特定することがプライバシーの侵害に通じるという問題をこの調査は抱えているということです。差別をするために調査しているのではないといっても、しかし、個人のプライバシーを調べるということは行政といえども本人の了解なしにできるのかどうかという問題です。同和地区が教育上低位な状態にあった段階で格差を調べる。これは人権侵害につながる可能性があるけれども、同時に社会的に合意が得られる調査でもあったことも事実です。しかし今日できるのかといえば、この17年間は高校進学率の格差が4%あまりあってそれが縮まらないんです。なぜ縮まらないかといえば部落差別に起因しているのではなく、経済的、社会的な環境が影響をしている問題なんです。つまり一般地区でも見られる問題です。そういった性格の問題が同和地区で濃厚に出て4ポイントという数字がでる。どういうことかというと、一般的な部落差別の結果であるとすれば圧倒的多数の同和地区を抱える学校では同和地区の子どもの進学率が低くならなければならないのですが、同和地区を抱える学校の60%が同和地区の子どもの方がそれ以外の子どもの進学率より良いか同じ比率という比率なんです。そういう点からいっても、格差は大きく縮まり、これ以上は格差探しをする必要があるのか。社会性、合理性が存在しているのかどうかという問題を投げかけています。3つ目には調査の判定基準です。同和地区に住んでいる同和関係者の人たち。これを判定する基準があるのかを文部省に聞いてみますと、これは基準を示していませんと回答しました。学校がやっているという結果でした。学校の校長は困っています。そうしますと、学校側が運動団体に名簿を持っていって同和の子かどうかを判定して欲しいということを福岡県ではやっている。判定基準が明確に示せないことをしている。そして判定基準が示せない上に、中学校段階では、例えば名古屋市では、名古屋市の同和対策室長さんは属地、同和地区といわれている対象地域の子ども全部を同和地区の子としています。政府は属地属人、同和地域の中に住んでいる同和関係者を対象にするとしています。しかし、属人の方は調べようがなく、特定の運動団体に持っていくという問題にもなる。では高校はどうか。大学はどうか。高校では通学範囲も広くなっていく。通学に1時間以上かけてくる子もいる。するとどこの子が同和地区の子かは分からなくなってくる。調べようとすれば、先ほどの兵庫県の問題のように中高連絡カードのように名簿を送るという行為が生まれてしまう。では同和地区の子どもで高校奨学金を受給している子どもだけを同和地区の子どもにしたらどうか。これも今は貸付なものですから、全国的には同和地区の生徒の3割から4割しか同和奨学金を受けていない。これだけを数字化すると大きな誤差が出てしまう。すると調査の科学性が保証されているかどうかという問題になってくる。さらに教育上の問題でこの調査が行われるということが同和の子とそうでない一般の子という分け隔てのシステムが学校に出来てしまうということにもなりかねない。これは教育上大きな問題であり、文部省の同和地区の児童生徒の調査は重大な問題を投げかけているということです。この問題は歴史の積み重ねと慣習によってずっと見直されずにきているということもあります。私どもはぜひやめて欲しいという事を訴えています。
 本題に入ります。部落問題が解決された状態はどんな状態なのか。一つには格差がなくなる。生活上の劣悪さがなくなる。あるいは教育水準の格差がない。不安定就労、仕事の格差がなくなる。このデータは政府が1993年に行った全国調査を載せたものです。格差がなくなったことをデータを入れて説明したものです。しかし差別はあるじゃないかと。就職での差別、結婚での差別、あるいは教育現場での差別があると。しかし、これは政府の話ですが、労働省では差別につながる履歴書問題、あるいは採用の問題はあったけれども、部落の人たちを直接排除するような就職差別は全国でゼロになっている。そのくらい少なくなったということです。その点では改善が見られた。では何があるのか。政府の文書では根深い差別がある。特に結婚の問題があると。東日本の国立大学の学者で同和問題の委員をしている方がいます。その方が本に書いています。同和地区で結婚の際に見合い結婚をした例がないと。あるいは他地域の青年と同和地区の青年が結婚した例がないと。これも現実を知らないと思います。他地域の青年と結婚の例はいくらでもあります。私も実際に知っています。この問題は言葉が独り歩きしてしまうのが悪いクセです。他地域の青年との結婚も進んできているというと、しかし家庭内でのトラブルがある、あるいは親、親戚がつき合いをやめてしまうではないかという問題を投げかけてきます。しかしこれも克服されつつある問題であるし、結婚とは両性の合意でするものであるし、周囲の反対も部落という問題だけ限らないわけです。差別の証明ができない。落書きの問題もそうです。法律が切れる前になると、あるいは自治体で条例を作らせようとすると落書きが起きてくる。三重県の自治体でもありました。誰が書いたものか分からないという問題がある。落書きやインターネットにおける差別があるとしか言えなくなってきた。差別は実害がない限り差別ではないと私は考えています。例えば就職で実害を受ける。就職で部落だとして入れてもらえないのは実害です。部落だとして結婚できない。裁判では慰謝料だとして出る。落書きという表現行為では、その落書きを消せばいい話です。それをわざわざ保存して生徒たちに見せるということが近畿では行われている。三重県では人権啓発センターがあり、そこには落書きを写真に撮り、それをパネル化している。しかし落書きはあくまで落書きです。特定の個人が実害を受けたものではないのに、まだまだ差別は存在しているとしている。こういった部落に対する非科学的な偏見や認識、これが仮に起きてもそれを許さない地域を作ればいいわけです。全解連が出す4つの指標を作った時に一番悩んだのがここです。ある人が結婚問題ではおかしな発言をしたのですが、こう言いました。その地域で同和問題についての偏見が7、8割近くなくなれば、それは解決したことだと。それまでは全解連も部落差別の根絶だという考えを示していました。100%なくなると。しかし、それではいつまでたってもなくならないと。5、60年先の話になってします。それではおかしい。これは民主主義の問題であるので、そういうことを社会的に容認しない地域ができればそれは解決したと言えるのではないだろうかということになりました。その人はそういった言動をした人は村八分にしてしまえといったのですが、私は恥ずかしい言動であると分かってもらえればいいのではないかと思います。これが部落問題の解決ではないかということです。その他、長年の生活習慣、生活態度、これは差別と貧困のために作られたものですが、わだかまりを持つような問題状況を克服するとか、身分的な壁をうち破ることができれば解決するのではないかと考えています。
 しかし他の団体はこう言っています。部落解放が実現されたことを、ふるさとを隠すことなく、自分の人生を自分で切り開き、自己実現していける社会。人々が互いに人権を認め合い、共生していく社会としています。ここでふるさとを隠すことなくということがあります。ふるさとを隠そうが隠さまいが自由です。わざわざ言う必要もない。これを部落解放の基準にすること、ここに部落問題を民族問題として考えている一辺が濃厚に現れている。そして共生していく社会とあります。共生とは生物学の世界で生まれた概念です。違った種が共存して生きている。あるいは強い魚に寄生して生きている。これも共存です。人種問題、民族問題では共生社会を一つのキーワードにして解決の方向を見いだそうとすることは多々あります。それは一つの考え方としていいのですが、部落問題は共生ではありません。融合していくことがいいわけです。それをいつまでも異質で永続的な存在としているわけではありません。同一民族内の問題なので、共生ではなく、融合を遂げれば解決してしまうのです。それを部落の人間、差別される集団だと永久に固定してしまうことは部落問題解決に逆行してしまう。差別する集団と差別される集団という図式的なが考えがここには展開されていますし、民族問題の解決の方法がここに出てきています。こういった考え方が濃厚に出てきているというととです。
 では部落はどうなってきたかについて触れたいと思います。
 ここで解放同盟の新聞の元編集者の土方鉄という作家がこのように言っています。「文化の復権」の中で、「事態の進行は劇的だと言わなければならなかった。その過程で部落の文化は根こそぎ消えていった。第一仕事が変わった。履き物、下駄、雪駄、わら草履、竹細工、革細工、靴造りなど、部落が近代に入って以来、営々と手を使って生きてきたその生業が消えたのだ。そのかわり若い層は給与生活者になっていった。内職的な仕事や職人としていわゆる出来高払いの賃金から固定の月給を得るようになったのだから、住居の変化に倍して意識に変化をもたらしたに違いない。冠婚葬祭、みな変わった。結婚はホテルで、葬式は葬儀社が取り仕切る。部落の独特の親しい人が集まって執り行ったこれらの儀式はすべて他人の企画通りに行われ、仕事や慣習が激変して人々の意識が変わらないはずがない。もっと突っ込んでいうと、部落の文化が一般化、平準化してしまったのだ。若者の目にアイデンティティーが見えなくなって当然なのだとあり、その上で伝統的な共同体としての部落が崩壊を始めたといって誤りはなかろう。それを手をこまねいて見ているだけではどうしようもなかろう。まず共同体の崩壊をくい止めなければならない。新しい血を注入して、古い時代にも増して人と人をつなぐ共同体の建設、再生に取り組むのだ」とも言っています。この方も融和ではなく、連帯や共存共栄でなければならないし、共に行動する者でなければならないとして、部落と部落外は永続的に違うのだといい、違うと言ってきた大きな根拠は文化だとしています。文化は何かというと、昔ながらの部落での雪駄造りなどの生業、あるいは人と人の交わり、関わり方であるとしています。そして部落の共同体が崩壊してしまったと嘆いている。私は歴史の過程の中で当然起こることで嘆くことはないと思っています。最近、部落に独自の文化が存在していたと強調されています。国際法の権威ある先生とお会いした時に、それでは部落のアイデンティティーとしての文化はどうなるんですかと聞かれました。私はそれはどういうことですかと聞き返しました。文化といえる面はあるかもしれないけれども、部落独特といえるかどうかには疑問があります。
 部落は原型がとどまらないくらい解体が進んでいると考えています。一つには混住化があります。同和地区と呼ばれている地域がどういう状況にあったのか。これは1971年の全国調査の混住率、同和地区に住んでいる同和関係者とそうでない人の比率は同和関係者が住んでいる率が高かった。現在は40%で、同和関係者外の世帯が60%という状況です。混住化が進んだことが部落が解体していることの一つの現れです。さらに結婚ではどうか。同和地区に住むもの同士での結婚が全体の3分の2。同和地区と同和地区外の人との結婚が3分の1です。これは同和地区内での結婚であり、もともと混住化が進んでいるので、同和地区関係者だと断定できるものは100分の16しかいないということです。このように原型がくずれ、地域は大きく変化しています。愛知県の場合では小規模部落が非常に少ないものですから、対象地域の中で同和関係住民は91%、同和関係外の人は9%です。しかし、愛知県では同和地区外の人との結婚が全国一位の比率です。地区外との結婚は3分の2。地区内との結婚が3分の1となっている。年齢では29才以下の結婚では82%が地区外との結婚になっています。混住が進んでいない愛知県の同和地区でも地区外との結婚が増えている。このことからも部落の解体が進んでいるといえると思います。さらに人工的な面からでは、1971年の調査の時、同和関係人口が全国で120万人。1993年の調査では89万数千人に割り込んでいる。これは4半世紀の間に同和地区から他の地域へ流出しているということです。さらに被差別体験はどうなのか。同和関係者の5人に1人の割合で聞いたものです。この10年間に差別を受けたことがあるかないか。ないと答えた人は10中9人でした。今までに差別を受けたことがあるかというものを含めますと3人に1人いる。25年前に受けたというものなどです。しかし3人に2人はまったく受けたことがないという状況です。被差別体験も大きく薄れていると言っても過言ではありません。さらに格差が大きく解消され、周辺と比べても見劣りすることもなくなりました。地域の人間関係、これも変わりつつあります。以前は地区の中に親方がいて、そこに働きにくる職人がいる。結果的に親方がその地域を支配するという関係が多々見られましたが、これも高度経済成長の過程の中で崩壊した。前近代的な人間関係が仕事関係を主にしてありましたが、これも崩壊した。今、部落は解体過程にあり、そのことが部落問題を客観的には解決の方向へ大きく進んでいると言えます。
 最後になりましたが、これも共に考えていただきたいのですが、一つは部落問題を解決する上で3つの問題があると思います。法律は基本的になくなりました。政府は特別対策も基本的に終結したと言っています。ただ残務処理が残っていると。その中で同和行政、あるいは特別対策を継続していくということが、結果的に行政による同和の固定化ではないのかということです。だから、このことを一日も早く終結させていくということが必要ではないか。あるいは同和教育としては分け隔ての特別教育が行われている。この意味で同和教育も終わりにするべきではないか。そうでないと行政上の同和の固定、教育上の同和の固定につながりかねない。行政が部落差別を固定化してしまうのではないかという問題がある。二つ目には、運動のあり方で、何か問題が起こると差別だと糾弾する。これを強圧と感じ、恐ろしいと思われてしまうこのような行為をやめる。えせ同和行為では、同和関係の団体を名乗り、高額な本を売りつけられるといったことを度々聞きます。このようなことはきっぱりと断ることも大事だと思います。愛知県の場合では大型プロジェクトが計画されていますからよけいに同和を名乗って特権を得るようとしているものがいます。現実にも起きています。三つ目には、同和教育を人権教育に切り替えようとしている問題です。再構成するということです。これはいいのですが、この中身は人権と称した同和教育です。例えば小中学校の人権教育指定校を見ますと、その多くが同和地区を持つ学校です。それが研究指定校になっている。名前だけが変わったという様子が伺える。人権に再構成するということであれば再構成する必要がある。ただ人権教育というものを、人権の問題は心の問題だと矮小化するわけにはいかないということです。政府、あるいは行政の方は人権問題の中でも差別問題を重要な課題を位置づけています。同和とか外国人問題、障害者問題、女性問題を差別、人権問題としています。しかし政府は、世界人権宣言をお読みになればお分かりになると思いますが、差別、平等の問題では、貧富の差別の問題、あるいは思想、信条の差別の問題、これを抜いてしまっています。ですから人権といっても非常にせまいものを人権と捉えて学校で教える。それも国民の心の持ち方が悪いから差別が起きるのだということになってしまうと、これは問題解決につながらない。ですから人権といいながら同和教育が行われるような状況は一日も早くなくしていく。そして人権教育が行われる場合には子どもたちの人権、あるいは学校の先生方一人一人の人権がどうなのかということを出発点にしないと、心の問題で、道徳そのものは市民道徳を身につけることは大事なんですけれども、それだけに偏ってしまうと問題解決につながらないのではないかと思います。
 私が今日、報告させていただいたのは、運動団体によって大きな考え方の相違がある。そして、その問題の原点になっているのは部落、あるいは部落民をどう考えるのか、その中には擬似民族的な考え方が存在しているのではないか。さらにその上にたって、今、部落といわれている地域は解体過程にあり、しかも九〇年代に入ってから急速に起きているということ。一〇年後には解体してしまったということを誰もが認めざるを得ないような状況になるといっても言い過ぎではないということを報告して終わりにしたいと思います。

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